仮面ライダーだけど、俺は死ぬかもしれない。 作:下半身のセイバー(サイズ:アゾット剣)
津上翔一。
記憶喪失の青年。
人懐っこい温厚な性格をした───能天気な人。
雰囲気はナマケモノのようであるけれど、動きはまさに働きアリのようで、機敏に仕事をこなす。よく笑い、よく笑わせる、虫も殺せぬような───優しい人。
小日向未来はそう彼を評価している。
その思いは今でも変わらない。変わることなどない。
二年前───ツヴァイウイングの公演中に突如として大量発生した認定特異災害たるノイズによって引き起こされた惨劇の渦中に呑み込まれた小日向未来と立花響を助けるべく、津上翔一は嵐の中に飛び込むようにその場に現れた。恐ろしい災害が巻き起こるライブ会場へ恐怖を微塵も感じさせぬ勇猛とした足取りで踏み出した。
そして、彼は小日向未来を庇って───重傷を負った。
瀕死の重症であった。彼の口から吐き出された血の泉を未来は今でも鮮明に───怖いほどに覚えている。あの後、未来は連れていた小さな女の子と共にライブ会場から脱出に成功し、女の子は無事に両親と再会することが叶った。
しかし、未来は───親友の立花響と津上翔一の両名ともに出会うことはできなかった。
響と再会を果たしたのは───病院であった。
逃げ遅れてしまった響はノイズの被害によって、胸部に目を覆いたくなるような重症を負い、緊急手術が行われていた。胸に突き刺さった
待合室で未来は響の無事を涙ながらに祈ることしかできなかった。
こんな時、あの人がいてくれたら───。
考えるだけで吐きそうになった。苦しくて、寂しくて、会いたくて仕方がなかった。あの笑顔をもう一度だけ見たくて、大丈夫だと、心配ないからと、ただ励ましてもらいたくて───なのに、瀕死の彼が
優しかった青年はどこにもいなかった。どこにもいなくなって、手が届かないような遠くへ行ってしまった。
行方不明。
人間を等しく炭素の塊に変える
時は経って一ヶ月。
手術に成功した立花響が意識を取り戻し、日に日に容体が安定して、言葉を交わせるぐらいには回復しても尚───津上翔一は二人の前に現れなかった。現れるわけがないのに、二人は取り憑かれたように彼の帰還を願って、ずっと待っていた。待ち続けていた、無駄だと心の中では分かっていたのに……。
小日向未来が最後に見た津上翔一の光景は───ノイズに囲まれた血だらけの翔一の優しい笑顔だった。シャツが真っ赤に染まって、口から止め処なく吐血されて、それでも立ち上がって───未来に
後悔があった。でも、何を後悔すれば、どこから後悔すればいいのか、もうわからなくて
泣いて、泣いて、泣き続けて───笑えなくて。
彼の大好きだった笑顔が作れなくて。
孤独じゃないのに、こんなにも寂しくて───二人ぼっちが悲しくて。
こんなんじゃダメだと思った。
立ち直ったのは響だった。彼女は長いリハビリを終えて、無事に退院を果たし、日常生活に戻れるようになった途端───津上翔一の生存を信じて、彼の帰宅を待つと言い出した。辛そうに俯いた顔だった。何かに祈るようにスカートの裾を握っていた。それでも
「翔一さんは、生きることを諦めるような人じゃないもん」
夢のような光景だった。あるいは、夢だったのかもしれない。
記憶は曖昧で、訝しいほどに朧げになっていた。
ツヴァイウイングの二人が───剣と槍を手にして、聖なる唄を奏でながら、ノイズと必死に戦っていた。
天羽奏が叫んだ───生きることを諦めるな、と。
その懸命な声に響は深い
仮面ライダーが助けに来てくれたことはハッキリと覚えている。
仮面ライダーが響を、ツヴァイウイングの二人を、みんなを助けるためにやって来てくれた。
でも、その黄金の戦士は泣いていたような気がして、苦しくて、悲しくて───。
夢はそこで終わっていた。
そこで意識が途切れたのか、夢として終わってしまったのか、響には定かではなかった。
とても信じ難いその夢を誰にも打ち明けれぬまま、夢の中で叫んでいた天羽奏の命を諦めない心に従って、立花響は決意した。彼を───津上翔一を待ち続けよう。きっと彼は帰ってくる。だって、ここが彼の居場所なんだ。私と未来がいて、翔一さんがいる場所が───笑顔の居場所なんだ。
「未来、翔一さんの好きなものって知ってる?」
「……えーと、ごはん? あ、わかったかも。食材全部だ」
「当たってるけど……えっとね、食べ物もなんだけど、他にはね、人の幸せそうな笑顔が大好きなんだって」
嬉しそうにそう言った。
「だから、私たちが笑ってなかったら、あの人、すごーく困ると思うから、きっと飛んで帰ってくるよ」
「………………」
「だって、翔一さんって、私たちにとってはヒーローなんだもん。どんなに辛い時も側にいてくるヒーローなんだから」
「……うん。そうだね。そうだったね」
こうして、二人の少女は待ち続けた、一人の青年を。
根拠もないままに待ち侘びた。それは永遠に続くと思われた長い時間だった。心の中にぽっかりと空いた穴を埋めることができず、過ぎ去る風のような
それでも津上翔一を信じて待っていた。
そして、あの惨劇から半年が過ぎた頃───。
よく晴れた青空に染められた或る日の昼下がり。
お好み焼き屋『ふらわー』にその男は唐突にやって来た。
「ただいま」
いつものように能天気に笑いながら───少し痩せこけた青年が自分の家に帰ってきたように、涙ぐんだ二人にそう告げた。
津上翔一だった。
彼は死んでいなかった。
あの地獄のような会場から、絶望的だった生還を果たしていた。
二人は飛び掛かるように翔一に抱きついて、そのまま一晩中わんわんと彼の胸で泣きじゃくった。言いたいこと、伝えたいこと、積もるほどにあったけれど、やっぱり涙が止まらなかった。
その間、彼は何も言わず、ただ悔いるように目を閉じていた。
およそ六ヶ月───ライブ会場の惨劇を終えて津上翔一は行方を
それでも翔一が生きて帰ってきてくれたことは何よりも嬉しくて、どんな奇跡よりも幸せだった。願いが叶った。想いが届いた。祈りが通じた。そう思って、延々と泣いてから───笑った。
津上翔一も笑った。笑って……苦しんでいた。
申し訳無さそうにして、少しだけ苦しそうな顔をして───笑ってみせた。まるで、ごめんね、と言っているみたいで辛かった。
彼は何かを隠していた。
半年もの間、何をしていたのか。
その身に何が起こって、何と戦っていたのか。
彼は何も語らない。
その必要はないと言わんばかりに作り笑いで誤魔化してしまう。
帰ってきた翔一が、過労の日々に追われていたあの頃よりも疲弊していて、時折とても苦しそうに眉間に皺を作って、何もないところで崩れ落ちるように転んだり、バイクで出掛けた後は倒れるような素振りで部屋に籠もってしまったり───苦悶の表情を一瞬だけ過らせた。
津上翔一は何かを隠している。
とても恐ろしいものを───隠さなくてはならない
それが何なのか───知る者はいない。
ただ一人を除いては。
危険な怪物であった。
気を抜けば、人間さえ見境なく襲ってしまうようなバケモノだった。変身の代償に耐え難い苦痛を求め、肉体を容赦なく蝕んでいく力だった。人間としての形を揺らがせる獣の如き醜さを秘めていた。
とてもあの頃の生活には戻れなかった。
少なくとも、あの二人がいる陽だまりには戻れなかった。
暴れ散らすだけの
後遺症が及ぼす激痛に身体が慣れて、辛うじて生活ができるようになるまで───六ヶ月。
六ヶ月───自分の中に住み着いた化け物と戦い続けた。
耐えて。
苦しんで。
死に物狂いで戦い抜いた。
暴れることすらできず、悶絶することもできず、拷問のような苦痛を全身に浴びせる老化現象に何度も心を潰されて、破壊と再生を繰り返す異常な肉体に人間性を失って───それでも折れずに戦った。
人間ならざる狂気と化した本能に
二人の半年がぽっかりと穴の空いた時間だったと言うのなら、彼の半年は控えめに言っても地獄と形容するしかできない
だから、
誰も彼の痛みは理解できなくて、彼の苦しみを知ることもできないのだから、ただ此の世で一人だけ───津上翔一の痛みを知った私だけは覚えていよう。
彼と時間
それこそが非情な現実を物語っていたとしても……。
***
「翔一さぁ〜ん!」
アンノウンみてぇなノイズたんと殺伐とした追いかけっこを制した後、ついに過労を訴えて動かなくなったバイク(ただのガス欠)をえっこらえっこら押しながら歩いていた。
すると、けっこう後ろから聞き慣れた声がしたので、振り向くと響ちゃんと未来ちゃんがいた。手をブンブン振って駆け寄ってくる。JCかわええなァ〜……ああ、明日からJKか。JKかわええなァ〜(テイク2)
───もしもし、ポリスメン?(冷めた声)
やめてよ、奏ちゃん! 警察のお世話になった仮面ライダーなんて、目も当てられないじゃない! ……いや、仮面ライダーとはもう呼ばれてないけど……俺ただのバケモノ扱いだけど……まあいいけど。
───一人で勝手に落ち込むなって。……てか、いいのか、そんな状態で二人に会っても。
ん? ああ。でぇじょぶ、でぇじょぶ。かれこれ二年もギルスの後遺症と戦ってきた男だぜ、俺は。三十分ぐらい痙攣&海老反り決めりゃ0円スマイルを作れちゃうぐらいの体力は残ってるよ。任せなって。俺を誰だと思ってるの? 翔一さんだぞォ?(信頼/zero)
だから、見ててください、俺の……
(^U^)
───絶対にやめといた方がいい。
(^U^)<マジデェ?
───なんか腹立つもん。
(^U^)<モウシワケゴザイマセン、コノヨウナカオデ
「翔一さん、どうしたんですか、そのバイ───なにその顔ムカつく」
(^U^)<チョットマッテネ…
NOW LORDING……(変身解除中)
「よし、戻ったぞ^U^)
「戻ってない、戻ってない。ちょっと残ってる」
「なんか寄生されてるみたいだよ、翔一さん」
おっと、まずい。JKを明日に控えた二人がガチで引いてる。
───あたしも引いてるけど。
一人追加されました。計三人のJKが恐れ慄くニーサンってスゲェ……!
「これでどうかな^」
「あ、うん。許容範囲」
許された。
それから三人(+一人)で我が聖地『ふらわー』に向かって並んで歩く。可愛らしいJKに挟まれ、内側にも美人なJKを抱えた俺もこの際JKと言っちゃっても過言ではないだろう。
───過言が過ぎるだろ。
ツッコミを頂いた。まあ、俺はJKはJKでも、ノイズたんに対して常に
───2点。
じ、十点満点中ですか?
───1000点。
俺の心がジャッキングブレイクされてザイアァエンタァプラァイズされた瞬間であった。100点満点なら0.2点やんけ……辛辣ゥ……。
「それで面接どうなりました?」
と、俺の1000%落胆している気持ちを察してか、未来ちゃんが腫れ物を触るような感じで聞いてきた。すると、それに反応して響ちゃんが此の世の終わりみたいな顔をして声を荒らげた。
「もしかして、落ちちゃったんですか⁉︎」
「ちょっと響っ!」
「だって、私たち寮なんだよぉ〜! 全然会えなくなっちゃうじゃん」
「HAHAHA」
まあ、俺も受かると思ってなかったし。
面接に行ったのは、その場の空気に流されたって感じだったし……なんか行かなきゃいけない雰囲気だったし……。
半年もほったらかした警備員のバイトを正式に辞めてからも、職場で良くしてもらっていた先輩たちとお酒を飲みに行く機会があった。まあ、普段は断るんだけど、その日はノイズたんとの業務も終わってたし、たまにはいいかって感じで何も考えずホイホイついて行った。
で、二次会で入ったスナックでドンチャン騒ぎになって……この辺から記憶がスゲェ曖昧なんだけど……いつの間にか知らない人と肩組んでコサックダンス踊ったり、知らない人とトランプタワーを作ったり、向かいの店のオカマ店長と缶蹴りしたり、それから気が付いたら道の真ん中で酔っ払いたちに胴上げされてて、そのまま知らない人と飲んで───。
リディアンって学校の用務員やらね?(唐突)
あ〜いいっすね〜(酔っ払い)
みたいな感じで、今日のお昼に、私立リディアン音楽院の用務員のバイトの面接に行ってきたんですよ。うん。説明したところで、ぜんぜん意味わからんな、これ。お酒って怖E……(震え声)
普段、リディアンは外部からのバイトなんて募集していないらしいんだけど、急遽欠員が出たせいで、補充しなきゃならんくて、それで酒の席でなぜか一緒になった俺に声をかけてくれたというわけなんです。
うん。やっぱり意味わからん。お酒怖ッ……二度と飲まない(フラグ)
でも、リディアンの地下って謂わば秘密組織のアジトみたいなものだから、用務員さんといえど、そのへんの馬の骨を採用するわけにはいかないんじゃない? だとしたら、俺一番ダメじゃん! 何処の馬の骨か本人ですら知らない記憶喪失の馬鹿だよ? 馬じゃなくて鹿の骨の可能性もある馬鹿だよ? やめときなって、こんなアホ雇うの……。
───お前が言ったんじゃねぇか、炊事洗濯お掃除とか雑務が得意ですって。
それは……(記憶掘り起こし中) えーとね、あれは定職に就けない俺の自虐ネタで、誰か過労死寸前の専業主婦は要りませんかっていう一風変わった笑いをお届けしようとしただけなんだよ。
───どんな笑いだ⁉︎ みんな冷めた目どころか、哀れみの目で見てたぞ。現代社会の闇を見たって感じの目だったぞ。
俺の自虐ネタ基本的に笑いにならないんだよなぁ……なんでだろう(無自覚)
「で、その……結果はどうでしたか」
「ん? ああ」
バイクをその場で止めて、上着の裏ポケットをゴソゴソ……お目当ての書類をこれ見よがしに掲げる。
「じゃーん。受かっちった」
俺、リディアンの用務員(非常勤)になります。
***
まあ、その後の二人のテンションは異常だったと言わざるを得ない。
あの未来ちゃんですら小さくガッツポーズした後に小踊りするぐらいだ。響ちゃんに至っては俺の周りをワンちゃんみたいにグルグルしてた。なに? ここ掘れワンワン? ほら働けワンマン?ヒェ(幻聴)
何がそこまで嬉しかったんだろうか。……あれか。俺がバイトを辞めて、ほっこり休日を過ごすのが許せなかったのか。社畜は一生働いてろ!って感じだったのかな。辛っ……(泣)
だ、だって、しゃーないやん! ギルスは俺にお仕事させないレベルの凄まじい後遺症をぶつけてくんだもん! ただでさえ、いつもコッソリ仕事中抜け出して、ノイズたんをコッソリしばいて、コッソリ帰ってくるのに───ノイズたんしばいた後、地面から掘り出されたミミズみたいに動けなくなるのよ⁉︎ バイトなんて掛け持ちできないでしょう⁉︎
だから、許してェ……これからはモヤシで暮らしていくんで……働かせないで……! あるいは、誰か養ってェ……!(切実)
「まあ、働くんだけどね」
ジュージューと美味しそうな香りを煙にのせて焼かれるお好み焼きを二本のヘラでひっくり返して、また焼いて、お皿に盛り付け、ソースをぶっかけ、鰹節なんかもまぶして、お客さんの席へと持っていく。へっへっ、やっぱりこの仕事が一番落ち着くなぁ……。
「翔一さん、私、辛味噌スペシャル大盛りで!」
「はいはい。未来ちゃんは?」
「私も辛味噌スペシャルで」
……ということで、今回は秘伝のお好み焼きに辛味噌を混ぜて、上に目玉焼きを乗せた特製辛味噌スペシャルで優勝していくことにするわ……(一般社畜男性)
───なんか始まった。
それじゃあ、まずは予め作っておいた生地と具材を鉄板に潜影蛇手していくわ……。
───ほとんどの工程が終わっていやがる!
ン゛ッ⁉︎ ちょっと待ちなさいノイズたん⁉︎ 俺の頭の中に業務開始の連絡を潜影蛇手してくるのは卑怯でしょ!
───どうすんだ、翔一?
ええい! ここはおばちゃんに任せて、急遽番組の内容を変えて、俺はノイズたんで優勝していくぞ! 優勝どころか気分は初戦敗退だけれども! 俺以外にノイズたんで優勝できる奴はいねぇ!(謎のプライド)
待ってろ、ノイズたん! この食塩と醤油で必ずお前を優勝させてやるからな! 覚悟しておけ!
「ちょっと、翔一さん、何処に行くんですかっ⁉︎」
「未知の食材が───俺を呼んでいるのッ‼︎」
ヘルメットを被り、グローブをつけて、店前に停めてあるバイクに跨り、エンジンをかける。……ああ、やっぱり、ギルスになっても俺の日常は変わらないのね。
「変身ッ!」
仮面ライダーだけど、俺は社畜です……!
原作一話までにリアル二年かかったうんちみたいな二次創作作品があるらしい・・・(土下座)