仮面ライダーだけど、俺は死ぬかもしれない。 作:下半身のセイバー(サイズ:アゾット剣)
前回との温度差に腹壊しそうな内容と量ですまないすまない。
立花響は唄を歌った。
逃げ遅れた少女を背負い、大量のノイズに追われながら、誰にも助けを求められない孤独な街で安寧の地を探して走り回る。息を切らしながら、体力の限界を迎えながら、それでも果敢に逃げ続けた。
挫けることは死を意味する。絶望に染まる状況でも、響は己を奮い立たせて我武者羅に走り続けた。
やがて、逃げ場のない狭い路地に追い込まれ、ついに忌まわしき認定特異災害に囲まれてしまった時───。
〝生きることを諦めるな〟
不意に思い出したあの言葉が響の胸を熱く迸らせて、彼女は無意識の中で口ずさむように聖詠を奏でた。その唄こそ───立花響の身に宿った聖遺物・
凶暴な衝動───天まで届く光の柱が走る。
そして、シンフォギアが立花響を包んだ。
純白のプロテクターを纏った戦士のような姿に戸惑いを隠せない響は安易には認め難い記憶を呼び起こされ、激しく動揺した。あの日───ライブ会場の惨劇の渦中、ツヴァイウイングの天羽奏がノイズと戦っていた時の勇ましき容姿と一致していたのだ。
唯一の違いは武器である槍が無いこと───。
だが、もしも、これが
覚悟を決めた響は怯える少女をしっかりと背負い直して、
やはり、そうだ。この力は、ノイズと戦える力なんだ。
そうと分かれば───響は恐怖を捨てて、ノイズの包囲網へ一点突破を試みる。止め処なく溢れてくる歌に身を任せて、彼女を囲っていたノイズの大半を文字通り殴り倒した。
「お姉ちゃん、スゴい!」
少女の歓声に照れながらも、自分が得体の知れない力を行使していることに若干の疑問を感じ───しかし、この力があの天羽奏から引き継いだものだというのなら一切の迷いは無かった。
(あの人が歌っていたこの唄が間違いなわけあるものか!)
襲いかかるノイズを拳打で叩き伏せて、ノイズに支配された地獄のような街から出ようと走り出した手前───。
『u¥→u÷U>°%u…urusai koe da』
その異端な雑音は現れた。
人間のような軀を持ちながら頭は
見たこともないノイズだった。
言葉───言語を習得したノイズ。
響は無心で頭を振った。あれは言葉でも声でもない。人間の声帯器官を真似て、聞くに耐えぬ不協和音を並べることにより、さも発声しているように見立てているだけに過ぎない。
とはいえ、コミュニケーションは可能なのか───否、その歪んだ笑みの綻びが間違いなく邪悪な
(そこをどけぇぇえ───ッ!)
響の
(ええっ⁉︎)
彼女のパンチは片手で受け止められていた。
杖の尖った先端で地面を軽く小突き───
軽々と吹き飛ばされた響は───背中の少女の悲鳴に意識を留め、天性の才能を開花させるように無茶な姿勢制御を空中でやってのけた。くるりと回転して被弾した態勢を整えた。絶叫を上げる少女を強く抱え直し、両足で着地する。まさに危機一髪であった。
その見事な動きにロードノイズは苛立った。
響は呼吸を整えながら、胸に込み上げてくる歌を途切れさせないように意識する。この蛇ノイズは他のノイズとは格が違う。歌うことを止めてしまえばその瞬間───これは響の理由もない直感であった。勘に近い。だが、的を射ている。
(なんとかして、
戦う力がある。シンフォギアには装者の身体能力を向上させる機能も付与されている。そのため、彼女の突き出す拳は砲弾の如き殺傷能力を秘めていた。
だが、響は戦闘に関してはずぶの素人。殴り合いの喧嘩など人生で一度足りとも経験したことがない。
剣を手にした人間がみな等しく剣士になるわけではない。幾度となく剣を振るって、その重みを知り、初めて剣士と名乗るのだ。
力があっても───強くなれるわけではない。
いつかの青年がそんなことを言っていた。呑気な性格の彼があまりに場違いなことを言うものだから、響はその言葉を何となく覚えていた。まさに、この状況そのものだ。
過信するな、立花響! 私の背中に背負った命は私のものじゃないんだぞ! ───素早く目線だけを動かし、ざっと周囲の様子を窺い、目に止まった建物───運送会社の倉庫と思しき建造物の中へと疾走する。恐らくは仕事中だったのだろう、巨大なシャッターは開いていた。
倉庫内にノイズはいなかった。
淡い光源の照明がぶら下がり、段ボールが積まれた幅の大きい鉄棚は倉庫内部の随所に大きな影を落としていた。身を隠すのに打ってつけだった。
響は鉄棚の影に少女を下ろした。
「ここで静かにしててね」
子供をおぶったままで勝てる相手じゃない。
響は自分の頬を叩いて、眼前の敵を強く睨んだ。ゆっくりと迫り来る
結局、響は馬鹿正直に駆け出した。下手な小細工などできるはずもないし、真っ向勝負しか思いつかない。
(今度こそ、当たれぇ───!)
響の振り回すような拳は
驚きも束の間───掌底が響に打ち込まれた。
それから何度も攻撃を仕掛けるが、響は全く歯が立たなかった。ついにロードノイズに傷一つ負わせることなく、響の取り柄である体力だけが消耗していく。それに伴い、彼女が奏でる聖なる歌も次第に弱まり───
歌えなくなった。
それはシンフォギアの敗北を意味する。
「がッ……⁉︎」
「お姉ちゃん⁉︎」
少女の心配する声───倉庫の隅で涙ながらに響へ駆け寄ろうとしていた。
来ちゃダメ! ───言葉が喉より先へ出ようとしない。
仕方なく響は少女の方へ駆け寄り、その細々とした幼い矮躯を抱き締めて、倉庫の奥へ奥へと逃げ続けた。苦渋の決断である。逃げ切れるわけでもない。追い詰められるのは時間の問題であった。
やがて、二人は倉庫の一角で蛇型ロードノイズに呆気なく追い詰められてしまった。響は何とか幼き少女を自分の背中に隠して、最後まで守ろうとするが───果たして、
『zitu ni orokashii……omae ha AGITΩ ni tikai』
「ぁ、あぎ、と……?」
『a aa@a……k kk korosaneba!!??』
激情に身を任せるように
避けることはできない。彼女の背中には守るべき少女がいる。
受け止めることもできない。立花響は戦闘に至っては単なる素人でしかない。
命が奪われる───死が見えた。
生きることを諦めたくない頑固な心と心の内に隠した恐怖心が死の間際で鬩ぎ合って───あの時に助けてくれたツヴァイウイングも仮面ライダーもどこにもいなくて───必死に目を瞑った響は無自覚のまま、心の奥底で彼の名前を叫んだ。
───助けて、翔一さん‼︎
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ‼︎」
乙女の祈りは怨嗟の咆哮となって───残酷な運命に引き合わせた。
その獣は突如として立花響の目の前に現れた。
獣───そうとしか表現できなかった。
コンクリートで造られた壁を発泡スチロールを壊すように易々と殴り砕き、
深緑の隆々とした鎧のように強固な筋肉。
腰部に装飾された金色の
響は息を呑んだ───まるで、あの
しかし、そのような希望に満ちた惰弱な発想は一瞬の内に打ち消される。
異形の生命体が銀色の
遠くから木霊した残響を耳にしたことはあれど、視界に収まるほどの至近距離からその咆哮を体感したことはなかった。故に思い知らせた───この声は武器なのだ。ただの一声で、響の心にまだ燻っていた闘志が嘘のように霧散した。いや、彼女だけではない。力を得た響を一方的に追い詰め、その脅威を知らしめた
これが未確認生命体第三号───ノイズを喰らう化け物。
その足の下で、腕を捥がれたロードノイズが息絶えてなるものかと蠢いていた。奪った女型の
響が手も足も出なかった強力な
その表情はわからない。
仮面が張り付いていて───何もわからない。
「未確認生命体……第三号……」
『gi……gGGg……!?!?』
ギルスに屈辱の限りを尽くされ、挙句は踏まれて、戦闘不能と思われた隻腕の
虚を衝かれたはずのギルスは───あろうことか、興味が失せてしまったように足を上げてロードノイズを逃した。
咄嗟に立ち上がり、今までの借りを返さんと女型の
何たる脚力か───あのロードノイズが為す術もなく吹っ飛んだ。
直撃する瞬間、ギルスは体躯を捻るように旋回を加えて、その蹴撃に只ならぬ破壊力を与えていた。人間では到底不可能な域───素人の響でさえ、この化け物の強さがどれだけ馬鹿げているのか理解できてしまう。
血のように赤い煤を撒き散らしながら吹き飛ばされる女型の
ギチギチと音を立てながら中途半端に伸びた触手が右腕に収納される。手の関節を確かめるように曲げながら、気怠げな足取りでギルスが段ボールの山へと近づく───ふざけた怪物にトドメを刺すために。
すると、突然の停止。
思い出したかのように響と少女が茫然と佇む方角へ首を向け、殺意が漲る紅の
ぎらぎらとした熱い目───狙いを定める野生の肉食動物のそれである。
「ひっ」
背中の少女が恐怖のあまり響の腕にしがみつく。この化け物に恐怖心を抱かぬ者など此の世にはいない。命ある生物としての本能が警鈴を鳴らすのだ。
一刻も早くこの場から離れなければ───何が起こっても不思議ではない。
しかし、こちらのすぐ傍にはロードノイズがいる。これでは逃げられない。響の拳が位相障壁を持つノイズに届いたところで、その上位種に位置するロードノイズには実力的に太刀打ちできない現状───逃亡は極めて難しい。あの邪悪な司祭を模した
そこまで考えていた響だったが───それこそが間違いだった。
敵はもういなかった。
響のすぐ隣まで迫っていた祭司のような
『gGggg…GILLS───??!!!?』
そして、飢えた毒蛇が獲物へ飛びかかるように俊敏な動きでギルスに襲いかかる。完全に意表を衝かれたギルスの後頭部へ錫杖を鈍器のように振り下ろした。
だが、それも不発に終わる。
ギルスが響と少女を無言で見つめていたのは、決して二人を捕食対象として捉えていたからではない。そこにいたはずの獲物を探していたに過ぎない。喰うのはお前ではなく、この俺だ───頭部の感覚器官たる
その反射速度は異常───それは
地面に背中から叩きつけられる男型の
奇襲すら無駄に終わる。
奪った錫杖を叩き折り、決して逃さぬ執念にも似た殺意の塊たるギルスが立ち上がった
「■■■■■■■■ッ‼︎」
容赦のない拳が幾度となく放たれる。響の拳とは違う───明確な殺意だけが迸る。命を奪う意志を感じさせる殺伐とした鋭い拳打が流れるようにロードノイズに打ち込まれていく。速い───目で追うのが精一杯だ。防御すら許されない
破裂するような轟音が響き───
だが、まだ終わらない。
ぐぢゅりッ───肉を砕く生々しい音が響き渡る。
「──────ッ」
見るに耐えぬ光景だった。
如何にノイズであれ、生きたまま捕食される恐怖と絶望によって促される決死の抵抗は人間のそれとよく似ていた。足をばたつかせ、腕を振り回して、腰で振り落とそうとする───だが、肉を喰らわんとする猛獣は必死に抗う
ギルスが封じたものは───ノイズの
彼に触れられたノイズは人間一人として炭素へ還元できなくなる。ノイズとしての性質を奪われて自壊すらできなくなる。単なる物質へと貶められ、物理法則に従わねばならなくなった無力な生命体たるノイズは
蜘蛛の糸に絡まった肉を貪り喰らうように───ギルスはノイズを喰らうのだ。
『y Yya yame ☆>〆s↓#<to*▽▲p×:=!!??!!??』
「■■■■■■■■───ッ‼︎」
ぶちぶちぶちぶち、と───ゴムのように噛み千切られる雑音の肉。
鮮血じみた煤が食い千切られた首から噴き出される。
思わず響は目を伏せた。彼女の背中に顔を埋める少女にはこの凄惨なる光景は見えていないであろうが、その残虐を極める音だけでトラウマとして記憶されるだろう。
辛うじてまだ胴体と首が繋がっているロードノイズだが、喉仏まで噛み砕かれた頸部では生存などできるはずがなかった。少なくとも、他のノイズならば肉体が大きく破損した時点で活動は不可能となる。
しかし、
ロードノイズの生命力は四肢を欠損しても動きを止めぬほどに強靭であった。一般的なノイズと違って、ロードノイズは内部に蓄積されたエネルギーの量が桁違いなのだ。役目を終えると自壊しなければならない程度の活動エネルギーと違い、エネルギーを自律して生み出す器官を各々に与えられたロードノイズは容易に殺せるようなノイズではない。
『GILLS omae ha kanarazu kono te de korosu??!!』
怒りを露わにして錫杖を振り回す。
『ima koko de kiero GILLS!!!!』
何よりロードノイズに撤退という選択肢は
それ故に厄介───この兵器を止める術は極めて少ない。
長時間に及ぶ戦闘行為による疲労───力を制御できず、過分なパワーに振り回され、絶えず過剰なエネルギーの奔流に身を押し潰されそうになっているギルスにとって、長期戦とは猛毒を吸い続ける行為と同等の意味を持つ。その肉体は時間と共に破壊される。己の力によって着実に身体を壊されている。
故にギルスの戦闘可能な時間はごく僅か。
既に一時間以上の戦いをノイズ共に強いられていたギルスにもう戦える時間は残されていない───はずだ。
司祭姿の
そして、錫杖が乱暴に振り下ろされる瞬間───ギルスの
〝おまえがきえろ〟
風を斬るような
ずぶり───鮮血の煤が弾け飛び、
たった一撃───それが決め手となる。
ロードノイズの渾身の攻撃を嘲笑うかのように最小限の動きで避けたギルスは目にも留まらぬ韋駄天の貫手を必殺の
ドクドクと不規則ながらに鼓動している。
その不気味な臓物をギルスは躊躇うことなく握力に任せて握り潰す。腐った林檎が潰されたようにそれは
その瞬間、頭上に光の輪を浮かべたロードノイズは否応なく肉体を炭素の塊へと変貌させ───初めて自壊を許される。
動かぬ赤黒い砂像となった
「すごい……」
一部始終を目撃していた響はそんな言葉しか絞り出せなかった。
息もつけない熾烈な光景が目に焼き付いていた。ロードノイズを圧倒してしまった。獣のように野生的な
それは響の目からしても、怖かったし、恐ろしかったし───とても悲しそうだった。
血を吐くような声で
未確認生命体第三号───響を一方的に追い詰めたロードノイズを虐殺と称しても差し支えない実力差で圧倒してしまった異形の怪人が抱く赤き瞳は未だ獰猛に揺れている。
その首が再び響の方へ向けられる。
まだ狩り足りないとでも言うのか。血塗れの指がゴキゴキと関節を曲げて鳴らされる。何かを探るように
次の瞬間───倉庫内に激震が襲った。
倉庫の天井が何か途轍もない重さに耐え兼ねて、圧し潰されて落ちてきてしまった。こじ開けられた天窓から月光が差し込んで、鉄骨混じりの瓦礫の山が土煙を巻き上げ───そこから溢れ出す有象無象のノイズが奇声を発しながら響と少女、そして、ギルスへと攻撃を仕掛ける。
「ノイズッ⁉︎」
しまった。まだノイズは残っていたんだ。
「ここから動いちゃダメだからね、絶対!」
涙目の少女を鉄棚の影に押し込んで、一度は失った闘志を燃え上がらせるべく響は大きく深呼吸した。頬を叩き、拳を握り、弾むようにその場で小さく跳躍───恐怖で固まった身体をほぐして、悪意が滲んだノイズへと向かい合う。
息を吸って───
天羽奏が歌っていたあの歌をもう一度口ずさむ。大丈夫。今はしっかりと声が出せる。まだ私も戦える。まだ歌うことができる。胸に激しく鼓動する熱い心が刻む聖なる歌に従って───立花響は唄を歌った。
ノイズの位相障壁を調律するには歌うしかないのだから、彼女は歌に身を任せて拳を握る。
歌いながら、戦う───それがシンフォギア。
(はぁぁ───ッ!)
ロードノイズには勝てなかったが、普通のノイズならば───。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ‼︎」
空間を引き裂くような咆哮が轟いた。
響は驚いて、音の方向へ顔を向けると───ギルスが頭を掻き毟るように手で押さえて苦しんでいた。
「■ァ……ッ‼︎ ■■ォ……‼︎」
嗚咽のような苦悶の
両膝から崩れ落ちて、地を舐めるように悶絶する。激しい頭痛に苛まれているかのように頭を抱えて、足を痙攣させて踠き苦しみ、怨念じみた絶叫を吐き散らす。
やがて、その痛ましい獣は頭を大地に叩きつけた。何度も頭を打ちつけて、何度も脳に刺激を与えて、何度も何度も痛みを呼び起こす。
理解が追いつかない異常な光景───響は呆然とした。
しかし、彼女の歌は途切れることはなかった。彼女はほぼ無意識で歌唱していたのだから、如何なる残虐な光景が目に飛び込んできても、今の立花響に唄を止める術はないに等しかった。
だからこそ、ギルスは血を吐いた。
吐いた血は───ギルスに残された最後の自制心だったのかもしれない。仮面の下で青年が自分の舌を歯で噛み切り、痛覚によって意識を留めんとする最後の抵抗が行われていた。だが、ギルスに残された人間としての心は容易く獣の衝動に呑み込まれてしまう。
噛み切った舌も再生させられて、手も足も自分のものじゃないように感じられて───獣は嘆くように叫び散らした。
「■ゥ……■■ァァ───タをッ‼︎」
声がした───
「───歌ヲ、歌ウナァァァァァァァァァァァァッ‼︎」
***
ウタがきこえる。
───だ■だ、■■ッ!
ウタが闇の中できこえる。
───しっ■りしろ! ■■! ■み■■れるな、自■を忘■るな!
ウタが───おいしそうなウタが───俺の衝動が───狂ったように───声が───ッ!
───■■、■っ■■■ろ!
喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ!
いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ!
喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ!
いやだ、いやだ、いやだ、くらえ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ!
喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ!
いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、くらえ、いやだ、いやだ、いやだ!
喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ!
いやだ、いやだ、くらえ、いやだ、いやだ、いやだ、くらえ、いやだ、いやだ!
───■■ーっ! ■■ーっ‼︎
「お、俺を呼ぶなあああああああああああああああああああああああッ‼︎」
***
「■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ‼︎」
理性を失った猛獣が咆哮する。
獲物を狩る野生の豹の如く身を屈めて疾走する
(えっ───)
ノイズなどまるで眼中になかった。
何の抵抗もできなかった響の細い首へ深緑の右腕は食らいつくように伸ばされて、響の首を力強く絞め始めた。そのまま恐ろしい膂力を用いて、彼女を軽々と片手で持ち上げる。息ができない。両足は既に宙に浮いている。気道が圧迫されて呼吸は不可能となっていた。
頬に冷たい感触───もう一方の腕から殺気立つ金色の鉤爪が伸びて、響の幼い顔を引き裂かんと頬に触れるように添えられていた。
(殺される───!)
死を予期する瞬間、ギルスはまたもや頭痛に苦しみ始めて、苦悶の末に響を乱暴に放り投げた。地面に叩きつけられた響は激しい咳をこぼしながら、まるで、何かと戦っているかのように無秩序に暴れ散らす
それはただひたすらに痛ましい。
両腕を裂くように伸びた曲刀の如き鉤爪で憂さ晴らしでもするかのようにノイズを葬り去るギルスは時折、耐え難い頭痛に何度も地面に転がりながら、それでも暴力だけが己を鎮めることができる救いの手なのだと言い聞かせるように、ただ怒りに身を任せて殺戮の爪を傲慢に振るい続ける。
血を吐くような叫びが木霊する。
響は気づかない。
「わけわかんないよ……」
ピタリと動きを止めたギルス───その咆哮は天に向けられた。
「■■■■■■■ァ───ッ‼︎」
嗚呼、まだウタが───うまそうなウタがきこえる───!
「〝Imyuteus amenohabakiri tron〟」
そして、もう一人───聖なる歌声は解き放たれた。
遥か空より舞い降りる剣の如き乙女の歌が混沌とした戦場に刃を突き立てるべく、凛として空に響き渡る。その歌唱力、聴き間違える者はいないだろう。
ギルスは咄嗟に防御に徹する構えで空を仰いだ。響はこれから何が起こるのか予測すらできていなかった。
闇夜に浮かぶ月の光に少女の影が数多の剣となり、激しい合戦に撃ち放たれる矢の雨のように微塵の容赦もなく降り注ぐ。それは涙───友を失った少女の嘆き悲しみであったのかもしれない。
だからこそ、俺が受け止める───!
【千ノ落涙】
閃いた光芒が天より降り注ぐ刃の雨となって、ノイズの大群に情け無用と言わんばかりに突き刺さる。その光の剣は墓標のように突き立てられ、大量に蠢いていたノイズを一匹残らず炭素の塊へと滅してしまった。一瞬にして、辺りを塵の残滓だけが踊り舞う荒地に変えた恐ろしい一撃に響は目をパチクリさせて───いや、回避不能の広範囲に渡る斬撃に耐えた禍々しい獣が一匹ゆらりと残っている。
両腕の金色に瞬く鉤爪が幾多の剣を薙ぎ払った摩擦熱の余韻を煙としてぷすぷすと上げていた。赤い獰猛な双眸が絡みつくように闇の中に揺らめき、戦場へと舞い降りた少女と対峙する。
「風鳴……翼さん……⁉︎」
そこにいたのは元ツヴァイウイングにして国が誇るトップアーティストである───あの風鳴翼であった。
彼女もまた唄を歌っていた。
冷酷な表情を固めた風鳴翼は立花響の纏うシンフォギアを一瞥し、かつての盟友の面影を重ねずにはいられなかった。沸々と湧き上がる名状し難い感情が複雑な表情を隠させない───だが、目前の理性なき獣への明確なる憤怒の感情を隠すつもりはなかった。
「第三号───貴様はまたしても、またしてもッ! 今度は奏のガングニールまで!」
彼女には、この化け物を決して許せぬ理由がある。
「どこまで奏をつけねらうつもりだ、第三号ォ───ッ‼︎」
「■■■■■■■───ッ‼︎」
両者がぶつかり合う。
銀色の刃と金色の爪が激しい火花を散らし、演舞の如く凄まじい剣戟が繰り広げられる。目を見張るような熾烈な攻防戦───獣と剣士が互いを敵と判断し、その命を奪わんと本気の殺し合いに興じている。
そこに話し合いの余地などない。
二人は、二年という長い時間の中で───ずっと殺し合ってきた。出会えば殺し合い、互いに命を奪い合う歪な関係を築き上げてきた。
「第三号、今日こそは貴様を斬るッ!」
『───駄目だ、翼! ガングニール及びその装者の保護を優先しろ!』
「くッ───……了解しました」
司令たる風鳴弦十郎の命令に背くことはできない翼は素早く剣を振り払うように滑らせ、迫る鉤爪を弾きながら、華麗な体捌きで円を描くように足払い───翼の意図に気付いたギルスは蛙のように飛び上がって後退する。
両者とも攻撃を躊躇う間合いまで距離を空ける。
二人は決して目を離さない。
お互いの必殺の間合いは熟知している。行動パターン、予備動作から些細な癖までも───何百回もの死闘が二人の身体には染み付いていた。
先に動いたのは───ギルスだった。
翼の目には隙と思しき苦慮の間隔が見えたが、この彼我の距離ならば確実に命を仕留められるような隙ではなかった。何より翼の背後には保護対象の
咆哮───何度聞いても慣れない怒り狂った声。
ギルスは腕部から伸びた黄金の鉤爪を無造作に握った。掌を真っ赤な血で滲ませながら鋼鉄をも斬り裂く刃を無理に掴んで───爪を腕から引き千切らんとする残虐な勢いで横へと強引に引っ張る。
ギチギチと悲鳴のような音───肉が剥がれる嫌な音。
そして、解き放たれる得体の知れない触手。
それは昆虫の触覚を連想させる嫌悪すべき形態を模した金色の触手であった。長さは十メートルを悠に超える。深緑の腕から粘液を撒き散らしながら、それ自体が意思を持つように波打ちながら蠢いていた。これこそがギルスの持つもう一つの武装───
疲弊したように呼吸を荒くしたギルスは短い苦悶の末に───駆け巡る衝動を押し殺して───
「■■■■■■ァ───ッ‼︎」
天に仇なす憤激に満ちた咆哮が響く。
力強く穿たれた黄金の
「貴様───ッ⁉︎」
「え」
咄嗟に動けるはずもなく、目を閉じる暇もなく、殺気を帯びた触手が自分の───真横を通り過ぎる瞬間を響は呆然と眺めることしかできなかった。凄まじい風圧を感じて、ふわりと髪がなびいた。視線を少し横にズラすと気味の悪い触手がすぐ隣にあった。
何に目掛けて触手を振るったのか。
響は振り返って、ただ唖然とした。
そこにいたのは───片腕を失った女型の
響のすぐ真後ろまで迫り、戦意を失った彼女へ必殺の鞭を振り下ろさんとしていたロードノイズは胸部を鉄槍の如く真っ直ぐと伸び切った触手に突き貫かれ、有無を言わさぬ制止を余儀なくされていた。
『AGITΩ no narisokonai GILLS huzei ga……!!??』
その怨嗟の声も虚しく、女型の
「■■■■■■■■■■ッ‼︎」
怒りの
爆散はしなかった。
音もなく煤の塊となって
ギルスは黒く滴る手を拭うことなく、
「待て───いや……くそッ‼︎」
任務は放棄できないと悔しそうに声を漏らす翼。
響は頭が混乱して碌な思考ができないままであったが、
(私を助けてくれた……?)
その結論は実に答えを急ぎ過ぎたものだったが、響が確かめるべく声をかけようとした時は───そこには誰も居なかった。
ただ、バイクのエンジン音だけが寂しい声を響かせていた。
***
少し戦い過ぎた───。
津上翔一は膝から崩れるように倒れ伏した。
濃厚な油の臭いと湿ったような煙を吐く夜の街の裏側───如何に悶絶しようと誰も気に留めないような無法地帯である裏路地で翔一は重々しい音を立てる室外機の隣に這いずるようにして座った。
灯りの無い夜の帳───青年の不規則な呼吸が闇夜に呑まれ、凍えた両肩を抱き締めるように押さえた彼は奥歯を血が滲むほど食い縛った。
来る、あの時間が───。
逆さになった砂時計がその砂を余すことなく落としていくように、津上翔一の身体から生命活動に必要な栄養素の全てを喰らう。彼の肉体は一時的に
それが一種の老化現象となって───彼を地獄に叩き堕とした。
額には幾多の血管が浮かび上がり、蒸発してしまうかのように肉が
「がッ───ァ」
肺が圧迫されて息が止まる。
「ォ──────ッ」
五臓六腑が居場所を失い、身体に握り潰される。
「──────……」
声さえ無くなって───。
全身の骨が退化して砕ける音がした。
筋肉の繊維がぶちぶちと解けて、雑巾のように絞られた気道から胃液が込み上げてくる。嘔吐───声にすらならぬ歪な音。翔一は人間として、生物として、これ以上ない屈辱に塗れた退化をその身に受ける。人体が持つ最低限の機能さえ損なわれ、この地獄のような時間だけ───彼は生きた肉の塊となっていた。
残されていたのは脳の機能とそれを生かす心臓。
痛みと死だけを背負わされた。
気が狂いそうだ。
脊髄に想像の余地すら与えぬ激痛を巡らせる。悲鳴を上げる声も、悶える筋肉も、涙を流す水分さえ、尽くを奪われた。あるのは痛覚───最も忌むべき神経が脳に焼き付いた。
耐え難い死の痛みを味わって───死ねない。
破壊と再生。
壊されて、生かされる。
そこに規則性はなく、保たれる秩序はない。
津上翔一を苦痛に満ちた生き地獄に縛るものは、彼に宿った
津上翔一の肉体が生死の循環の果てなき輪に囚われる。途方もない輪廻が痛みとなって襲う。細胞が生まれ、殺され、また生まれては殺される。彼の血肉に宿った狂気の怪物の因子がそれを可能としていた。人間という脆弱な生物の域を壊して、新たな生命体へと生まれ変わろうと繭の中で蠢いている。
翔一はそれを必死に抑える。
命を喰らえば、このような
立花響。
風鳴翼。
どちらでもいい。
「■■……ッ!」
潰された声帯が飢えた獣の如き声を漏らす。
喰らえ、喰らえ、喰らえ───。
逃れることなどできない。拒むことなどできない。
お前は喰らうことで進化する。喰らわなければ永遠に退化する。そういう
「■■■───ッ」
まさか、ノイズを喰らえば事足りると思っているのか? それは本当にそうなのか? 津上翔一、お前は気づいているはずだ。お前がノイズ如きを喰らわねばならぬ理由が───お前はずっと前から分かっていたはずだ。分かっていたから、自分を騙して、誤魔化した。
苦しかろう。痛かろう。
楽になれ、津上翔一───
喰らうことがお前の生きる唯一の道だ。本能の赴くままに喰らえ。喰らって、喰らって、喰らって───喰い殺せ。
「■■ァ……■■ェ……」
喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ───!
「■ァ……だ、黙れェええええええッ‼︎ 喋るなァああああああッ‼︎」
翔一は血を声に叫んだ。
破壊と再生を繰り返し、死の痛みを絶えず味わいながら、尋常ならざる速度で老化した肉体を無理やり起こして、乱暴な拳を大地に叩きつけた。決して老化現象が終わったわけではない。津上翔一が名状し難き狂気にも似た憤怒によって、行き場のない暴力を強いただけに過ぎない。
まさしく
怒りを声にして悪魔の幻聴を殺す。
喰らえ、喰らえ、喰らえ───その言葉を
「■■■■■■■■───ッ‼︎」
人間という形を失っても───翔一はその場で暴れ回った。
弱り果てた拳で自傷するように壁を殴り、折れた骨でゴミ箱を蹴り飛ばし、黒き空で蠱惑的に輝く月に向かって餓狼のように吠えた。
喰らえ、喰らえ、喰らえ。
人など捨てろ。心など要らない。捨ててしまえ、そのすべてを───喰らってしまえ!
「■■ァ……■■はッ……俺はァァッ‼︎」
───目を閉じて、翔一。
優しい声が響いた。
温かい声音が胸の中に誇らしく宿って───津上翔一は失いかけていた自我を取り戻す。そして、声が導くままに目を閉じた。暗い世界が広がる。冷たい闇に呑まれて、心が消えて、沸々と狂気の獣が牙を剥く。
その瞬間───光が灯る。
温かい光の唄。
歌だった。
優しい歌声が頭の中に響いて───天羽奏の唄に染まる。
闇に喰われた心が安らいで、悪魔の囁きが聞こえなくなって、人間としての魂が彼女の歌を聴きたがっていた。安寧の歌声。獣の衝動を殺す女神の聖歌だった。
津上翔一は毒が抜けたように崩れ落ちて、何も言わずに座り込んだ。
───〜♪
頭の中に響く歌声を心の支えに───地獄のような時間を耐え抜く。
津上翔一に宿った
彼が
彼女はいつも歌ってあげた。
歌ってやることしかできなかった。
装者としての戦士の肉体も無く、人間として寄り添えることもできず、ただ苦悶にのたうち回る翔一を見ることしかできなかった。でも、その痛みを黙って見過ごすことなどできるわけがなく、津上翔一に宿った魂だけの天羽奏は心の声を震わせて───偽物の唄を歌ってやることしか思い付かなかった。
ちゃんと歌えているか、わからなかった。声帯もないのに、息を吸うこともできないのに、魂だけで唄うなんて前人未踏の試み過ぎて戸惑いばかりがあったけど───翔一は
声が聞こえて───聞こえなくなった。
そう言って、笑っていた。
残酷な話だと奏は思う。
津上翔一の肉体は、彼が許すのであれば、一時的とはいえ天羽奏が支配することができた。端的に言えば、身体を貸し与えられた状態。完全な憑依。その際は魂だけ故に感じることのない感覚神経───五感もはっきりと伝わる。だから、翔一は食事の際は必ず奏に肉体を渡して、味覚を通じて食べさせていた。時には、奏が運動したいと言えば、翔一は易々と二時間ほど自分の身体を貸し与えた。
自分の身体が他人に勝手に動かされるということへ抵抗がなかったというより、奏が己の肉体を取り戻した時に動きに支障がないようにするためのリハビリだと言っていた。
だったら、なぜ───。
天羽奏を戦わせないのか。その痛みを分けてくれないのか。
彼は二年という月日の中で一度も彼女に
せめて、数分程度の時間でも良かった。───翔一が心に異常をきたすほどの激痛の中で奏が身体を借りることができれば、その間は奏が痛みを受けて、翔一にその痛みの感覚は回ってこないはずだった。
ほんの数分だけ、数秒でもいい。痛みから逃れて休むべきだ。でないと、心が死んでしまう。奏は必死に説いた。私のことは心配しなくてもいい。身体に住まわせてもらってる家賃ぐらいは払う。
そう言って、何とか想いを伝えて───翔一は頑なに頭を横に振った。
拒み続けた。どれだけ苦しんでも、気が狂いそうになっても、その痛みを贖罪のように受け入れ続けた。
この痛みは───力の対価なのだ、と。
だから、この痛みは俺が背負うべき業なんだ。俺に
だから、奏は彼の痛みを見ることしかできなかった。
それが嫌で嫌で、苦しくて、どうしようもなかったから───天羽奏は歌を奏でることにした。自分にできる唯一のことだった。あの時、津上翔一が死の間際に言った
それが今の彼女の精一杯だった。
これしかできなくて、これぐらいしか与えてやれなくて───。
───汝がこの男を支えてやれ。
───我々にできぬことを汝が為せ。
───汝を死の運命から引きずり上げたこの男を、今度は
あの天使たちの言葉を思い出して───きっと、これは私にしかできないことなのだと言い聞かせて、自己犠牲を当たり前のようにこなしてしまう危なっかしい男のために───私を救うために命を捨てた
それがきっと天羽奏に残された業なのだから。
後遺症描写するだけで前回のギャグが嘘のようになるなる(白目)
ps.ダイナミック踵落とし出し惜しみ侍ですまない・・・作者の好きなライダーキック5本の指に入る必殺技をホイホイと使いたくないんや・・・(なお、そのせいで戦い方がアマゾンズになってしまう件)
Q.残業編の残業って何?
A.後遺症
Q.オリ主三人称視点だと人違くない?
A.無我の境地(笑)ですから
Q.ノイズ食ってる理由って何?
A.そ の う ち ・・・勘のいい読者が既に生まれそうで怖いっすね
次回はネタバレイコン画(予定)