仮面ライダーだけど、俺は死ぬかもしれない。   作:下半身のセイバー(サイズ:アゾット剣)

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養殖(定職に就いた)OTONAvs野生(定職に就けない)ΩTΩNA ファイッ


♩.俺はやっぱりOTONAに勝てないかもしれない。

 およそ、今から二年前───ライブ会場の惨劇から間もない頃。

 最新の医療設備が整っている都内で最も大きい病院の影をオフロードバイクに跨ったまま訝しげにヘルメット越しに見つめる青年がいた。

 津上翔一と名乗った記憶喪失の男。

 そして、彼の視線は津上翔一の身に宿った天羽奏の意識でもある。

 

「ここに奏ちゃんが入院してるって噂で聞いたんだけど……」

 

 ───まあ、見ず知らずの人には教えてくれないよな。

 

 はぁ、とガックリ肩を落とす。

 

「せめて、元気な奏ちゃんの身体ぐらいは拝んでおきたいんだけどなぁ」

 

 ───あたしはいいよ。今、ここにいるなら、それだけでさ。

 

 奏の優しい声音に難しい顔をした翔一は頭を横に振った。

 

「でも、やっぱり確認すべきだと俺は思うな。自分の状態がどうなってんのか分かんないんだよ? 知る権利が剥奪されてんだよ? 医療の崩壊だよこれは」

 

 ───なんか違う気もするけど、まあ、知りたいってのはあるにはあるよ、本当は。

 

 ライブ会場の惨劇───十万人に及ぶ観客を襲った認定特異災害の大量発生。

 ノイズを殲滅すべく己の命を燃やし尽くした津上翔一の逃れられない死から救うために一筋の光明を信じて天羽奏は禁忌の絶唱を使った。結果として彼を蘇生させることに成功したが、その負荷によって彼女の肉体は崩壊寸前の危機を迎え、それを食い止めるべく三体のエルロードが天羽奏に憑依して事なきを得た一連の騒動。

 そこで彼女が熾天使に言われた衝撃の一言が「邪魔」である。

 傲慢なエルロードによって行き場を失った奏の魂は必然的に津上翔一の身体に宿ってしまい、こうして脳内会話で通じ合う奇妙な共同生活を営んでいるわけであった。

 当初はこの状況に不便さを感じたものだが、一週間も経たない内に二人とも完全にこの異質な状況に慣れてしまった。

 

「うーん。何か良い方法はないかなぁ」

 

 ───別に無理して確認するようなことじゃないだろ?

 

「いや……あー、うん。まあ、そうかもね」

 

 昏睡している天羽奏の肉体は病院のベッドの上である。ライブ会場の惨劇の後、天羽奏の魂無き肉体がどうなってしまったのかを二人は何一つとして確認できていなかった。メディアでは、彼女が無事であることだけが報道されていたが、天羽奏という少女は国家が総力を上げて秘匿しているシンフォギアの装者であるため、信憑性というものはどこか薄い。

 それに津上翔一には確認しておきたいことがあったのも事実だ。多少の無理はしてでも天羽奏の身体には一度会っておくべきだろう。

 

「……よし。変身するか」

 

 ───はあっ⁉︎

 

「ギルスなら透視できるし、壁だってよじ登れる。奏ちゃんの病室ぐらい見つけられるって」

 

 ───でも、その後、後遺症が……。

 

「なーに、大丈夫だって。戦ってエネルギー消費するわけじゃないんだから。一時間ぐらい血ィ吐いたら元通りよ───それにさ、やっぱり自分の身体が無事かどうかはしっかり確かめとかないとダメだよ、奏ちゃん」

 

 ───翔一、おまえ……。

 

「俺も奏ちゃんのおっぱいが萎んでないか心配だし」

 

 ───あたしの感動を返せ!

 

 はっはっはっと笑いながら翔一は人気の無い場所に移動した後、深緑の異形たる(ギルス)へと変身した。

 透視能力を備えた真紅の瞳(デモンアイズ)が真っ白な病院の壁を食い入るように凝視する。意識を集中させて壁の奥で眠る入院患者を一人また一人と確認していく。

 たとえ、感知能力の上位互換である超越感覚の赤(フレイムフォーム)を失おうとも(ギルス)の索敵の精度は極めて高いものだった。(ギルス)もまた(アギト)と始祖を共にしている。火を司る熾天使(エルロード)による因子はアギトにのみ継がれたわけではあるまい。

 ()()とまでは及ばずとも五感を始めとする感覚神経は異常なまでに敏感である。それ故に大きな弊害を齎らされることも多々あるのだが、それこそが不完全な生命体の所以であろう。あるいは、怪物(ネフィリム)としての因子がそうさせているのかもしれない。

 翔一の予想は後者であった。

 どう頭を捻っても分からないことがあった。生命の危機に晒される戦闘行為において、()()()()()()()()意図が理解できなかった。炎症性分子の暴走による疼痛の肥大化である。凄まじい代謝を繰り返す細胞が末梢神経への信号をより強めているのか? いや、生命鎧(ライヴアームズ)生体装甲(ライヴレッグス)を統制する制御器官(ハンドリングオーヴ)のような高性能な意思の伝達手段が備わっているにも関わらず、戦闘の足枷になるような不合理な生態(デメリット)を不完全とはいえアギトに属するギルスが残すわけがない。

 これは恐らく、俺の中で蠢く堕天の獣(ネフィリム)の悪意───。

 こいつは俺の心を殺したがっているんだ。

 人間という心を殺して単なる化け物に陥れたいのだ。

 奏にはこの事を黙っている。彼女に伝えているギルスに関する情報の殆どは翔一が繕った虚実(デタラメ)であった。心優しい彼女のことだ。ギルスの力がどれほどの闇を孕んでいるのか、それを知れば彼女は深く悲しんでしまうだろう。これ以上は何も言うわけにはいかない。だから、これから先、真実を告げる機会はないだろうし、言うつもりも毛頭ない。彼女には、こんな()()()()()()()を知らずに生きてほしい。そんな切なる願いが津上翔一を想像を絶する我慢比べの戦いへと向かわせていた。

 

(くっそ、おっぱい見つかんねぇな)

 

 ───どこを目印に探してんだ、おまえ。

 

(おっ、この大きなお山お二つはまさか……⁉︎)

 

 ───それで見つけんな、変態!

 

 実際は天羽奏の特徴とも言える艶やかな赤毛で判断したのだが、翔一は頑なに彼女の大きな胸部を揶揄うように弄る。

 間違いなくセクハラである。

 だが、やめるつもりはない。いずれは法廷に立たされるかもしれないが、奏の恥ずかしそうにツッコミを入れる声が癒しとなっていたので、翔一は司法が見逃してくれる限りは自重はしないと心に誓った。

 つまり、胸部の大きさはあまり関係がなかった。

 そもそも翔一の下ネタは小学生の低レベルのものだ。奏も否応なく津上翔一という人間と一時も離れられない生活を強いられているが、この青年が性欲を持て余しているところを未だかつて目撃していない。美人な女性には鼻の下を伸ばすこともあるが、それだけで満足といった感じである。奏にはこの男が解脱した仙人のように見える時がある。もしかしたら、記憶喪失前は住職でもしていのではないだろうか。

 いや、それも有り得ない。

 これほどまでに戦い慣れた強者が拳を禁じた者というのは辻褄が合わないような気がする。

 

(よっしゃ、登りますか)

 

 透視という行為に少なからずの罪悪感なるものを感じ始めていた翔一の真紅の瞳(デモンアイズ)が天羽奏らしき少女が眠る病室を発見した。

 周りに目撃者がいないことを確認し、最悪の場合は催眠波で混乱させることも念頭に置いて、驚異的な脚力を駆使して跳躍を繰り返し、四階にある目的の病室が見える窓まで辿り着いた。蜘蛛のように壁に張り付いて、室内を再び確認する。訪問客はいないようだ。

 

(おっぱい狩りの男、スパイダーマッ‼︎)

 

 ───狩るなよ、あたしの胸。

 

 分配する栄養素(エネルギー)を調節して針金のように細くした金色の鉤爪(ギルスクロウ)を使ってカチャカチャと器用に窓の鍵を開ける。奏からは「これからは誰も夜は安心して眠れないな」と冷ややかな言葉をもらって「大丈夫。俺の心はサンタクロース。見た目はサタンなクロースなんだけどね」と一人で笑いながらガラガラと窓を開けて、静かな病室へ侵入する。

 

 ───翔一、見ろよ、あたしだ!

 

 清潔な純白のベッドの上で天羽奏が静かに横たわっていた。経鼻経腸のチューブに繋がれている奏は、まるで、時間が止まってしまったような侵し難い静寂を纏っていた。

 意識不明の天羽奏───ツヴァイウイングの片翼。

 その表情はどこか和やかなものだった。

 そっと耳を澄ませば、彼女の安らかな呼吸の音を拾うことができた。近くに心電図モニターなどの医療機器が見当たらないことから、医師は一先ずは彼女を無事と診断したのだろう。

 

(元気そうでなりよりなにより)

 

 ───はぁ〜なんか一安心って感じだな〜。

 

 奏の声がどっと緊張感の抜けたものに変わった。

 やはり、自分が生きているのか死んでいるのかさえ、何もわからない状態と言うのは精神的に堪えるものである。多少は無茶をしてでも来て良かったと翔一は心の中で頷いた。

 ギルスは病室をざっと見渡した。棚の上に置かれた溢れんばかりの大量の見舞いの品や千羽鶴の束。彼女の無事を祈願するファンレターの山は綺麗に整頓されて並べられていたが、それでも驚くほどの量が積まれていた。

 一枚だけ手に取って目を通してみると「ずっとまっています」と子供の文字で書かれていた。奏の息を呑む声が聞こえた。それがどんな心境を物語る声音だったのか、翔一には想像もつかなかった。喜んでいたかもしれないし、申し訳なかったかもしれない。あるいは、悔しがっていたのかもしれない。

 だから、翔一が言える励ましは一つぐらいしかなかった。

 

(また歌えるよ、みんなの前でさ)

 

 ───……うん。

 

 その為に津上翔一は忌まわしい(ギルス)を受け入れたのだから───手紙を元の場所へ戻すとその横に置かれた花瓶を見つけた。紫色に彩る風流な花が一輪だけ挿されていた。

 

(桔梗だね。美味しいんだよ、これ)

 

 ───へぇ……いや、食べないけど。ちなみに花言葉とかある?

 

(んー? たしか永遠の愛とか変わらない愛とか。まあ、ずっと待っていますよ、みたいなニュアンスじゃなかったっけ?)

 

 ───変わらない愛か。なんかいいな。翔一もそう思うだろ?

 

(俺は……愛とかよくわかんないや)

 

 そう言って笑った。

 

(これは翼ちゃんだな)

 

 ───なんでわかんの?

 

(毎日手入れされてる。ここに来れる人なんて限られてるでしょ? でも、ちょーっと下手というか水が多すぎるというか。私生活が壊滅的なあの子のことだしね)

 

 ───だったら、翼だな。翼は歌と戦い以外は滅茶苦茶なんだよ。

 

 嬉しそうに奏は語った。

 親友が未だに自分のことを想ってくれていることが嬉しくて仕方ないといった感じだった。奏の弾んだ声につられて、翔一も仮面の下でこっそりと微笑んだ。

 結局、翔一が探していたもの───天羽奏の容態について、何か手掛かりとなるような物的証拠は見当たらなかった。この病院の看護婦は優秀なのかもしれない。薬の空袋などが見つかれば僥倖であったのだが、そういうものはしっかりと始末するように教育されているらしい。

 翔一は致し方なしと思って、眠り姫のように安らかな天羽奏の顔を見つめた。

 

(綺麗な顔してんなぁ)

 

 ───なんだ? ……さては口説いてんのか。

 

(はっはっはっ、中々に面白い冗談を言うね、奏ちゃん)

 

 ───ぶっ飛ばすぞ。

 

(なんで⁉︎)

 

 突然の辛辣が過ぎる彼女の苛立ちにわけもわからず脳内で平謝りをしつつ、津上翔一は勝手に天羽奏の()()をはじめた。

 奏の痩せ細った手を割れ物を扱うように慎重に握って、脈が刻む速度を確かめる。極めて正常な脈拍数である。次に彼女の腕を肘から曲げさせてみる。筋肉は適度に解されているようだった。看護婦が定期的に天羽奏の筋肉を使わせているのだろう。つまり、天羽奏はいつ目覚めても不思議ではないと病院側が判断したのだ。

 しなやかな腕には薬剤を投与した痕が残っていたが、近日に至ってはそれも無くなっている。薬に効果が見られなかったというより、投与する必要性が無くなったと推測した方が頷ける。

 

(なるほど。奏ちゃん、ちょっとお口の中に失礼するよ)

 

 近くに置いてあったウェットティッシュで人差し指をざっと拭ったギルスは何の躊躇いもなく規則的な呼吸を続ける少女の口腔内に除菌された指を突っ込んだ。

 

 ───ちょッ⁉︎ 翔一⁉︎

 

 頭の中で奏が甲高い悲鳴を上げる。彼女の身体は依然として身動き一つとらないが、とうの本人は顔さえあれば、赤面のあまり死にそうになっているかもしれないほどの羞恥心に見舞われた。

 しかし、ここに来て、この能天気な(バカ)は無反応であった。

 翔一は誤差を承知で天羽奏の体温を測っていた。ギルスの極めて敏感且つ正確な感覚神経ならば、体温が正常か否かを判別できると踏んだのだ。結果としては良好だった。この年齢なら何の問題もない熱だ。

 そっと口から体温計代わりの指を抜くと奏の涎が指先から細い糸を引いていて、奏はもはや声にもならない悲鳴で暴れているような状態だったが、身体は全く動かないのだから、何とも奇妙な状況である。

 

 ───し、翔一……⁉︎ お、おお、お前な……ど、どういう、せ、性癖してんだよッ‼︎

 

 奏の勘違いはもっともだった。翔一は何の説明もしていない。

 なのに、翔一は人が変わってしまったように天羽奏の身体を調べていた。ギルスの頭部に開いた第三の目(ワイズマン・オーヴ)を天羽奏の肉体へ向けさせる。本来ならば、敵の弱点───主にロードノイズの心臓部の位置───を見破る鷹の目としての役割を持つ第三の目(ワイズマン・オーヴ)X線撮影(レントンゲン)代わりに使用するのは些か無理があるとは思うが、腫瘍や癌細胞のような極めて致死性の高いものは精密に視認することができる。あるいは、臓器の欠陥にも第三の目(ワイズマン・オーブ)は過剰に反応する。

 そこを突いて確実に息の根を止めてやれということなのだろうが今は関係ない。

 

(……呼吸や心拍が正常に機能にしているということは脳幹に異常は無いと考えていい。胃腸も働いている。各部の疾患は見られない。内臓の損傷はほぼ完治したのか? あるいは元から無かった可能性もある。薬剤の投与も中断したということは何か身体に不調を起こしているわけでもない。今ここにいる天羽奏の状態は至って健康だ)

 

 故に疑問が残る。

 大いなる熾天使でさえ、完全な治癒に時間を有すると語った〝魂を注ぐ器〟とは、人体のどこを示す言葉だったのか。天羽奏は絶唱によって如何なる傷を何処で負ってしまったというのか。奏からエルロードの話を聞いた翔一は当初においては中枢神経たる脳髄や脊椎に何らかの影響を受けて、目覚めることができない状態にあるのだと踏んでいたが、予想は大きく外れているようだ。

 彼の目の前で眠る意識不明の天羽奏は至って健康であった。

 皮肉なまでに健康的な状態であった。

 つまり、現代医療ではどうすることもできない目には見えない何かが(くだん)の器であり、天羽奏は絶唱の負荷によって(それ)を失いそうになっている。それは人間が生きる為に必要不可欠な部位だというのなら───意識そのものか? 精神? 人格? だが、天羽奏のそれらは全て津上翔一の肉体に完全に宿ってしまっている。幾度となく天羽奏と会話を試みて、記憶や人格に何か欠損はないか、彼女に黙って調べていたが、天羽奏の魂は天羽奏という人間の内面そのものであった。

 津上翔一に宿った天羽奏の意識は本物であった。

 ならば、熾天使の手を煩わせるほど治癒が難しい()とは、精神や人格のような人間の内面を形成する表層意識の崩壊である可能性は極めて低い。では、残された可能性は何だ。天羽奏は何を患っている。何を傷付かせ、何に苦しんでいる───?

 

 ───ど、どうしたんだよ、翔一。さっきからなんか難しい事ばっかり考えて……らしくないっていうか、ちょっと怖いぞ。

 

 落ち着きを取り戻した奏の言葉に翔一も我に返った。要らぬ心配をかけてしまうような思考が彼女に漏れていたようだ。

 

(あー……ね。奏ちゃんのおっぱいが萎んでなくて安心してたんだよ)

 

 ───最低かっ⁉︎

 

(でも、若い内に下着はしっかり着用していないと、おっぱいって形が崩れやすいから、大人になるとすぐに垂れちゃうの。そこだけは心配かな)

 

 ───余計なお世話だ!

 

 はっはっはっ、と笑う翔一。

 

(よし、あんまり長居したらマズいし、ギルス先輩のままだと凄い誤解を生みそうな気がするからさっさと退散しますか)

 

 確認しておきたかったことも、不本意な結果とはいえ、確かめることはできた。もし、天羽奏が意識を取り戻したとしても、私生活に支障を及ぼす後遺症は残らないだろう。それだけ知れただけで翔一は満足だった。

 だが、恐らくは口を尖らせているような感じの奏は満足していなかった。

 

 ───……ちょっと待てよ。

 

(ん? やっぱり自分の身体が心配かい?)

 

 ───いやいや、そうじゃなくて……その、見てけよ。

 

(……?)

 

 ───あ、あたしの胸、特別に見てもいいぞ。

 

(……??)

 

 何を言ってんだ、この子は?

 

 ───いや、だからさ、毎回毎回、おっぱいおっぱいって言ってるからさ。その、まあ、あたしは命を救われたわけだし? こんなことで恩を返すってわけじゃないけどさ。うー……あっ、そう! 感謝の気持ちの一環として! ご褒美的な⁉︎ こうして生身のあたしもいることだし、まあ、べつに胸ぐらいなら……そこから先はこれから次第だけど……。

 

 何かとんでもないことを言い出した現役アイドルに翔一は呆れ声で叱責の一つでも言ってやろうと思ったが───その()()は悪くなかった。

 

(そうか───胸か)

 

 ───へ?

 

(奏ちゃん、謝罪と土下座なら後で死ぬほどするから、ちょっと失礼するよ)

 

 まさに、鬼畜の所業だった。

 奏が何か応える暇もなく、ギルスは簡易な患者衣の防御力が皆無に等しい襟を掴んで何の躊躇いもなく左右に広げた。それはまだ十七歳である少女の柔肌を曝け出す行為に他ならない。

 ポヨン、と柔らかい擬音が聞こえてきそうな光景が翔一の目を通して奏にも飛び込んできた。

 

 ───お、おぉぉぉいッ⁉︎ 何やってんだ、このド変態ィィ⁉︎

 

 隠すべきものは隠されているとはいえ、歳不相応な十代乙女の深い谷間が露わになってしまい、身体の持ち主である奏は頭の中で恥ずかしさのあまり金切り声を荒らげる。しかし、実行犯たる津上翔一は奏の声に無視を決め込んだ。反応をしてやれる余裕はなかった。この時だけは津上翔一は彼ですら忘れていたもう一人の自分に還っていたのだから。

 その目は機械のような冷たさが秘められている。

 男なら目を奪われて然るべき大きさの乳房に翔一は微塵の関心も寄せていなかった。肩甲骨から下───主に胸骨部を中心を真紅の瞳(デモンアイズ)第三の眼(ワイズマン・オーヴ)で頑なに凝視する。見えないものすら見ることができる視覚器官を用いて津上翔一は()()()()の視認を試みた。それは戦士(アギト)にとって光の力(オルタフォース)を生み出す賢者の石に次ぐ重要な()()であり、(ギルス)が失った()()でもある。もしも、それが現れるとしたら、確かに(ここ)にあって然るべきだろう。

 

 ───お前ェ‼︎ あたしにもな!こ、 心の準備ってもんが……ッ⁉︎

 

 羞恥に憤慨する奏はそこまで言って、翔一の異変に気付いた。

 当の犯人である津上翔一が彼女の豊満な乳房など眼中になく、冷徹な瞳で昏睡する天羽奏の胸奥に宿った得体の知れない何かを観察していることが伝わってきて、諫める言葉を失った。

 その目は患者を診察する医師のそれだった。

 天羽奏という人間をタンパク質の塊として一切の情緒もなく、ただ()()だけの無感情な目がそこにはあった。

 

(ここにあったのか、俺の……心臓(ココロ)

 

 血脈の如く(フォース)を通わせる戦士(アギト)心臓(こころ)───賢者の石碑(ワイズマンモノリス)

 

(魂を注ぐ器……人間の魂を守るための(アギト)か。なら、後のことは全部、俺の仕事か)

 

 ───な、何が見えてんだよ? あたしには何にも見えないけど。

 

 奏の当惑する声を聞き、翔一は目を閉じて、またいつもの優しい声に戻る。

 

(分子化してっからね。肉眼じゃ確認はできないよ。多分、この時代の最新医療でも明確な意図を待ってコレを探さない限りは発見することすら難しいんじゃないかな。はぁ……面倒くさい……)

 

 どうやら、この世界は俺のことを殺したいほどに憎いらしい。熾天使(エルロード)が人間という座から俺を引き摺り下ろしたがっていた理由がわかった気がする。

 こんなもの───人間じゃ耐えられない。

 喉元まで這い上がった弱音をすり潰して、何も知らない奏にこの思考を読ませないように一度頭の中をリセットする。

 

(バナナたべたい)

 

 ───うわっ、急に知能指数下がった。

 

(誰がゴリラじゃい)

 

 ───言ってねぇよ誰も。てか、用が済んだなら早くあたしの服から手ぇ離せ、この鬼畜変態!

 

(ふぁーい……あっ)

 

 丁度その時だった。ガチャリと病室の扉が開けられて、小さな花束を抱えた長髪の少女と目が合ったのは───。

 やってしまった。平静を装っても内心ではかなり落ち込んでしまっていた(ギルス)は無意識の内に周囲の感知を怠ってしまった。第三の眼(ワイズマン・オーヴ)にエネルギーを費やしてしまったため、悪魔の双角(ギルスアントラー)が正常に機能していなかったことも苦渋の理由として挙げられるが、今この状況において失敗の原因を追求することにどんな意味があるというのか。

 風鳴翼だった。その手はまだドアノブから離されていない。見慣れた病室だったはずだ。誰よりも足を運んでいるはずだ。その場所に───友が眠る聖域に悍しい悪魔が紛れ込んでいる。目を疑うような光景だったに違いない。

 彼女の一歩後ろには今は風鳴翼のマネージャーを務める緒川慎次も見受けられた。彼も驚いて何の行動も取れずにいた。二人ともまだこの異質な状況を呑み込めていない様子だった。

 津上翔一は心の中で黙祷を捧げる。

 

(これはオワタ)

 

 風鳴翼の視点からすれば、異形の怪物が眠る親友の邪魔な衣服を破り去って、その血肉を喰らおうとしている残虐たる惨状の一歩手前にしか見えないだろう。あるいは、ただの強姦魔にでも見えたかもしれない。

 どちらにせよ、この後の絵は容易に想像できる。

 

(…………スーパー懺悔ターイム)

 

「───第三号ッ⁉︎」

 

 翼は首にかけたペンダントを迷わずに掴んだ。その中には聖遺物の欠片が秘められており、彼女がそれを手にしたということは戦闘態勢を意味する。

 

「奏に何をするつもりだぁぁぁッ‼︎」

 

(いや、ナニをするつもりもありませんって!)

 

 ───これは弁解の余地無しか⁉︎

 

(とりあえず、にーげるんだよォォォ!)

 

 このような経緯を経て、未確認生命体第三号と風鳴翼の因縁は始まってしまった。

 二年という月日の流れ。

 風鳴翼は親友の命を狙われた怒りを剣に変えて獣を斬らんとし、津上翔一は内なる衝動に呑まれて悲しみを拳に変えて防人を撃つ。

 二人は今宵も戦場で(まみ)える。

 そこには救いはない。

 勝者は報われるわけでもない。

 ただ、運命がそうさせているだけに過ぎなかった───。

 

(翼ちゃん! ちゃんと体に合ったブラつけてんでしょうね⁉︎ ちっちゃいから大丈夫ってわけじゃないの! そういうのはネット通販じゃなくて、ちゃんとお店の人に聞きなさいって、お母さん何度も言ったじゃない!)

 

 ───お巡りさん、こいつです。ていうか、翼、こいつ斬っちまえ。

 

(俺の唯一の味方が敵になった⁉︎)

 

 津上翔一の受難は続く。

 

 

 

***

 

 

 

 いっけなーい☆ 捕食捕食♪ 私、津上翔一(仮)、どこにでもいる記憶喪失の社畜ライダー鰓! 特技はノイズたんをキレイな達磨さんにして(はらわた)を抉ること! でも、ある日、色んなコンプライアンスに引っかかるからニチアサではやっちゃいけないって叱られちゃった(悲) えっ⁉︎ これからは深夜33時かアマ○ンプライムに飛ばされちゃう⁉︎ これから一体どうなっちゃうの〜(泣) 次回、社畜ライダー鰓、最終回『これがわたしの辞表(拳)』と『もちろんオレらは抵抗するで?(パワハラ)で』の二本立て。次回もノイズたんの心臓が辺り一面にドロップドロップ♡

 

 ───勝手に終わんな。

 

 こっちは奏ちゃんのおっぱい!

 

 ───どういうことだコラ。なんであたしが胸の付属品みたいになってんだ。

 

 今はね、タコみてぇなくそアンノウンもどきを追いかけて、郊外をマラソンしてるの! ぶっちゃけ早くブッ飛ばさないとエネルギーが切れちゃうから焦っちゃって、腹立っちゃって、もう激おこ(プンプン)

 ギルスレイダーたんで追跡してるんだけど、あのくそタコ野郎、川に入ってから妙に速くてブチ切れそう(怒) 他のノイズたんは胃の中に収めちゃったし、くそタコ野郎も脇腹と左肩をごっそり抉ってやったから、動きも悪くなって、そろそろハートキャッチギルキュアできると思ってたんだけど、意外としつこくて、しつこくて、もう残量エネルギーやばくて目眩と吐き気がしてきた。ハァー⤵︎キレソウ⤴︎

 

 ───なんかさ、歌聞こえない?

 

 あ、これはやってしもた(スーパー懺悔タイム)

 

 ───翼かっ⁉︎

 

 お月さんが出てるお空から巨大な銀の剣が降ってきた。そのままタコのアンノウンもどきは真っ二つになってグッバイ。天ノ逆鱗ってしゅごい便利なのね。そのダイナミックエントリー俺も欲しいわ。……なんか降った後はガン×○ードみたい。懐しいなオイ。

 

「第三号……」

 

 大剣となったアームドギアの天辺から俺を見下ろす臨戦態勢の風鳴翼ちゃん。あいかわらずスゴーイ殺気ね。そのうちビームでそう。いや、出されたら流石の俺も土下座して許しを請うけども。

 

 ───翔一、この距離は大丈夫なのか?

 

 うん。まだ何とか。あの剣に乗ってるぶんかな、絶妙な距離でフォニックゲインが届いていない。ちょっと小腹が空いたぐらいかな。

 でもなぁ〜このアングル非常にマズいんだよなぁ〜な〜んでシンフォギア装者はもっと身の周りの防御力を固めようとしないのかなぁ〜……にしても足細ぇな翼ちゃん。理想的なモデル体型やね。でもね、そのアングルはね、ピチピチハイレグのね、なーんにも守るものがない股関節のね、うん……(悲しい目)

 

 ───あたしと翼でいつか訴えてやるからな。

 

 朗報……じゃなかった悲報だわ。悲報、俺氏ムショ暮らしが決定する。社畜からの解放って捕まることだったのか(?) いや、させんけど。仮面ライダーは警察のお世話になんかならないって前にも言ったでしょ。だから、最後までセクハラしまくって自爆してやるからな。

 

 ───どんな執念⁉︎ セクハラをやめろよ!

 

 カワイイ子をみて、キャーキャー言うのは勝手でしょ!

 

 ───おまえはキャーキャーというより、なんか、たまに哀れみを感じるんだよ! あんな服着てかわいそうって感じの目なんだよ翔一は!

 

 だって、シンフォギアって寒そうじゃん! 夏場ならぜってぇ熱々の地面に腰下ろせねぇし、お花摘む時とか絶対に不便だろうし、可哀想だと思うじゃん!

 

 ───着眼点がおかしいんだよ!

 

 俺がおかしいの⁉︎ みんな慣れ過ぎてるだけなんだ! もっと鏡を見てくれ! キミたちはそんな露出の多い武装しなくても、素のままが可愛いんだから大丈夫よ! 自分にもっと自信持って! 危ない橋渡らなくても輝けるから! もっと自分を大切にして! ユーキャンドゥゥゥゥイット!

 

 ───おまえはどこ目線なんだよ⁉︎

 

 ちょっと方向性を見失ったファッションをする子供の心配をする大人。

 

 ───翔一に心配されたら、もう自信なんて一生つかねぇよ。

 

 そ こ ま で 言 う ?(ギルスレイダーのエンジンをかける)

 

「待て、第三号ッ‼︎ 逃げるな!」

 

 待ちませ〜ん! そんな破廉恥な格好してる子なんか待ちませ〜ん!悔しかったら着替えてからマシンSAKIMORIに乗って追いかけてきてくださ〜い!(今できる最大の煽り)

 

 ───おい、前!

 

 げぇっ関羽⁉︎ じゃなくて響ちゃん⁉︎ いきなり飛び出して来ちゃダメじゃない! ファイナルベントしちゃうとこだったでしょ‼︎

 

「だ、第三号さん」

 

 ふええ……ブレーキ不可避だよぉ……しかも、なんで泣きそうになってんのキミ……?

 

「立花響! なぜ来た!」

 

 スタッと俺の背後に着地するSAKIMORIこと翼ちゃん。

 俺の前方でちょっと泣きそうな顔になってる響ちゃん。

 そして、ピチピチ露出のシンフォギアに挟まれたムキムキなバイオ装甲の(ギルス)氏。なんだこの絵面。何地獄だよ。一人だけ仮装パーティーの趣向を間違えたみてぇになっちまってるよ。え、みんな今日はガチのやつって言ってたのに、なんでそんなド○キで買い揃えたみたいなやつばっかりなんだよ。これじゃ一人だけクオリティがコミケだよぉ〜みたいな感じ。

 

「わ、私だって、戦えます!」

 

「アームドギアも無しに───奏に救ってもらった命を無駄にするな!」

 

「無駄にしません! 無駄にしないためにも、奏さんが目覚めるまで……奏さんの力で、私が戦います!」

 

「立花……ッ!」

 

 いや、俺を挟んで喧嘩しないでくれる? ここ一本道だから動けないんだけど。邪魔なら退きますから。ちょーっと道を開けてくれるだけでいいんで……翼ちゃんメッチャ睨むやん。あれだ。飲み会ですんごい盛り上がってんのに、ウーロン茶だけ飲んで、荷物まとめて帰る気満々の奴を見る人の目だ。二次会行く? って聞きにくいな〜って思ってる人の目だ。違うか。違うわ。

 と、とりあえず、ギルスレイダーたんから降りるかぁ……ここ駐禁取られないよね? おもっくそ国道っぽいけど。車道のど真ん中だけど。

 

 ───なあ、もしかして、この喧嘩の理由ってあたし?

 

 あー、いや、どうだろう。そうなると俺にも責任があると思うし、まあ、奏ちゃんは気にしない方がいいよ。これって青春みてぇなもんだから。それに多分、翼ちゃんは響ちゃんのことを本気で怒ってるって感じじゃないでしょ。奏ちゃんが守った大事な命を死と隣り合わせの戦場に放り込みたくないって思ってんだよ。翼ちゃんはずっと戦ってるもの。戦いの辛さを知ってるんだよ、奏ちゃんと同じようにさ。だから、あの目はそういう葛藤がある目だよ。あれが翼ちゃんの優しさなんだよ。やっぱりイイ子やん。

 

 ───……翔一って、なんか、こう、たまに? うん。すごーく稀にまともなこと言うよな。

 

 グェ…イツモイッテルヨォ…。

 

「ノイズはもう残っていない。その第三号(バケモノ)で最後だ」

 

「待ってくださ───」

 

「こんな私怨に塗れた戦いに───奏の(ガングニール)を使わないで。お願い」

 

「…………」

 

 ───ごめん、ちょっとあたし泣きそう。

 

 俺も泣きそう。やっぱり百合の力は偉大なんやで……(他人事)

 

 ───これで翼の誤解が解けてりゃなぁ……。

 

 ……いや、きっと、翼ちゃんが俺を斬るのは正しいんだろうさ。

 

 ───え?

 

 でも、今は───今だけは斬られるわけにはいかんのよ。

 さぁて、何度目だろうね、翼ちゃんとファイトすんのはさ。

 最初はアギトの時だったか。あん時は困ったけど、手加減はしっかり出来ていたと思うし、力だってセーブできた。でも、ギルス先輩は違うんだよなぁ……そりゃもう歌という餌がありゃ全力で飛びついちゃうもの。コントロールなんてできやしない。気を抜いたらオート戦闘になっちまう。それぐらい危なっかしいものなのよ。

 つまり、俺の崩壊しそうな自我をどうやって保つかって話なのね。俺という人間であるために、俺は何をすべきか。何を捨てて、何を殺すべきか。そんなものはとっくに決まっている。俺は俺であるために───俺はシリアス(笑)を捨てる!(もとからない)

 

「第三号、覚悟───ッ‼︎」

 

「■■■■■■■■■■ッ‼︎(訳:お手柔らかに)」

 

 ヤァァーwwwハンヤァァーwwwセンツナァ–wwwヒビクゥゥゥ‼︎(HEY) ヤーハンヤァァwwwMUJOヘェェwwwヤーwイヤーイヤーwイヤァーwww(HEY HEY)FOOOOOO───‼︎

 

 ───おまえがイントロ歌うんかい! って、このツッコミも何回やったことか……。

 

 cv.水○奈々やぞ! こんなのライブ感覚で気ィ紛らわすしかないっしょ! ───あ、その零距離からの斬撃はまずい! 当たっちゃう⁉︎ ンンンンン密ですッ‼︎(掌底で吹き飛ばす) まだ来るか! 綺麗な顔して、綺麗なおっぱいの形して、しかも、そんな露出の多い服着やがって、こっちまで寒く感じるわ! 風邪引くぞ! 服着ろぉーっ! なんだその怒り任せの剣は⁉︎ そんな甘っちょろいフェイントみたいな剣でギルス先輩がやられるかっ‼︎

 M☆I☆T☆U☆DEATH───‼︎(カウンターパンチ)

 馬鹿! 威力出し過ぎ! クッソ、やっぱりコントロールきかねぇ! 勝手にカラダが追撃しようとしやがる! 全自動戦闘兵器かよ! 拳よ、とまれえええ! 当たる直前で全筋肉をフルで活動させて急ブレーキ! もちろんその後しっかり反撃は食らうんですけどね! (斬られて空中でダブルアクセル) あ、コラ! こんな時だけライヴアームズたん反応して爪出そうとすんな! 引っ込みなーさーい!(グイグイ) あ、サビくるぞ! スタンバーイ!(エアサイリウム用意)

 ヤーイヤーイヤーイヤァー! SA⤴︎RI⤵︎NA・SA・I⤴︎⤴︎ ハァイッ!(合いの手) 忙しいなオイ! 俺あんまりライブとか知らないけどこんなに忙しいもんかね⁉︎ 戦いながら生歌鑑賞って難易度鬼畜過ぎじゃない⁉︎

 

「そのような舐めた動きで───!」

 

 ンン⁉︎ この距離で蒼ノ一閃ですか⁉︎ さあ、みなさんもご一緒に、せーの、月○天衝ォー! んなこと言ってる場合じゃなかったわ(遺言) やめてください死んでしまいます! とても避けられないからキックで相殺! いや、すげぇ痛ェ───‼︎ ……ッ!

 

 ───翼、ホント強くなったなぁ……。

 

 毎度毎度ギルス先輩とじゃれてたら強くもなりますよ!(足を押さえてゴロゴロ)

 

 ───今なら逃げられるんじゃないか?

 

 いいや、無理だね! 今強引に逃げたら、翼ちゃんの容赦ない攻撃が後ろで傍観してる響ちゃんに当たる可能性がある!

 

 ───じゃあ、どうすんだよ。もうエネルギー無いんだろ?

 

 むしろ、エネルギー無いから自我が結構ハッキリしてる説あるねコレ! まあ、どのみち、アントラーがしなしなになるまでは翼ちゃんの鬱憤に付き合うしかない! 付き合うしかないんだよ! わかったら立てよ俺! いつまで休んでんだ⁉︎ 痛みなんて二の次よ! 翼ちゃんからのありとあらゆるヘイトは俺が独り占めなんだから立つしかないんだよ‼︎ 世界中の風鳴翼のファンが微妙な顔して羨ましがるぞ! やったぜ!

 

「■■■■■■■■■■■ッ‼︎」

 

 だーかーら! 隙あらばギルスクロウ出そうとすんな! あれってシンフォギアでも簡単に斬っちゃうんだからな! そんで翼ちゃんは必殺技あんまり出さないでもらえますか⁉︎ ギルス先輩って防御力う○ちなんで! あ、ちょ、天ノ逆鱗はやめっ、アアアアア⁉︎(ヤーイヤーイヤーイヤァー!アメノババキリィー!) FOOOOOO───!(ヤケクソキチガイテンション)

 

 

***

 

 

 立花響の目の前には壮絶なる闘いの火花が散らされていた。

 風鳴翼と未確認生命体第三号。

 両者の激しい攻防は憎悪と殺意に満ちた暴力の応酬であった。互いに一歩も退かない超至近距離での格闘戦。空間を震わせる絶刀(アームドギア)の剣閃を手甲で弾き、死角を突く上段蹴り(ハイキック)を肘で受け止めて、風鳴翼の猛攻を達人じみた体捌きで去なす第三号の俊敏な動きは響からしても恐怖すら感じるほどだ。

 機械のように的確な殺陣で───攻撃へ転じる一瞬のみ嘘のように(ケダモノ)へ変わる。

 棍棒の如く振られた裏拳によって弾かれ、キィンと悲鳴を上げる絶刀(アームドギア)が月夜に剣先を向けた瞬間、(ギルス)は右脚を大きく踏み出し、引き絞った弩弓のように震える拳を突き出した。

 攻守交代───鉄をも粉砕する重たい一撃が拳に乗せられて放たれる。翼は武器による防御が間に合わないと踏んで、両手を交差させて守りの態勢を固めるものの、その威力を相殺できるはずもなく、地面を抉りながら吹き飛ばされる。

 とはいえ、その姿勢は変わらず───ギルスの一撃を耐え抜いた。

 

「第三号───! 今、わざと私に防がせたなッ⁉︎」

 

 翼は吠える。

 

「どこまでも愚弄するつもりか、第三号ッ‼︎」

 

 両者は疾走する。

 剣と拳が交わって豪傑な火花を散らした。

 響は呆然と二人の殺し合いを眺めることしかできなかった。戦う覚悟の是非を問われた時、彼女は真っ直ぐと覚悟ならあると答えた。自分の中に宿った(シンフォギア)が天羽奏から引き継いだものならば、それを為し遂げる責務が自分にはあると思ったからだ。しかし、それは大きな間違いだった。言葉だけなら人間は如何様にも口に出せてしまう。響の覚悟とは、所詮は借り物でしかなく、意志を持たない貧弱な心でしかなかった。今この時、立花響は戦いとは何かを思い知らされた。足が竦んで何もできずにいるのが何よりの証拠である。

 戦いとは、生命を奪うこと───()()()()

 認定特異災害(ノイズ)を倒して、力なき人々の生命を守ることではない。殺すか、殺されるか。究極的な二択を絶えず迫られ、時には非情な決断を強いられる。それこそが戦闘(たたかい)。何かを殺して初めて人は何かを守る権利が得られる。それが戦場の真実であった。

 風鳴翼と未確認生命体第三号は二年間もの時間(とき)の中で、互いに生命を奪い合っていた。そこには誇りも名誉も存在していない。敵であるか否か。それだけの話。勿論、利害が合えば共闘もする。大量に出現した(ノイズ)を奪い合うように戦うこともある。だが、所詮は殺し合う運命(さだめ)が待ち受けた。もう戦場(ここ)には、救うべき命すらないというのに。

 

(これが戦い……)

 

 恐怖で力が抜けていく。

 あの日、撃槍(ガングニール)でノイズをやっつけた時はこんな感情は抱かなかった。もっとすんなりと戦えた。頑張れた。必死に頑張れたのに、今は身体が凍ってしまったように動かない。

 立花響は認めたくなかった、この無益な戦いを───。

 すると、腕部を覆う純白の装甲(プロテクター)()()()()と音を立てて揺れ動いた。噛み合わない歯車が軋むような音であった。風は吹いていない。響は何も動いていない。この小刻むような振動は間違いなく歌の鎧(シンフォギア)の意思だ。撃槍(ガングニール)が担い手である響に何かを伝えようと独りでに動いている。そのように響は感じ取った。

 

(ガングニールが嫌がってる……?)

 

 撃槍(ガングニール)───天羽奏の心がこの戦いを拒絶している。二人が争うことを拒否している。それは響の深層心理に潜んだ思考を撃槍(ガングニール)が汲み取っただけかもしれない。だが、きっと、それは確かに天羽奏の心だったのだろう。

 

「第三号、貴様が何であろうと私には関係ない!」

 

 風鳴翼が絶刀(アームドギア)を振り下ろしながら叫んだ。

 

「奏に手をかけた───それだけで十分ッ‼︎ 貴様は私が斬る!」

 

 実力は拮抗しているように見える。

 戦いの素人である響の目からしても、翼の凄まじい剣戟は幾度となく(ギルス)の徒手空拳を用いた体術によって返り討ちにされているのがわかった。並大抵ではない技術を駆使した反撃(カウンター)が去なされた攻撃の隙を突いて放たれる。憤怒の勢いで猛攻しているはずの翼はジリジリと(ギルス)によって押されている立場にあった。

 しかし、肉体にダメージを蓄積しているのは優勢に思えた未確認生命体第三号の方だ。流石に戦姫(シンフォギア)が持つ必殺の大技までは自慢の体術でも退けることはできないのか、あるいは彼女の怒りはこの身で受け止めなくてはならないという意思があるのか、巨大な大剣へと姿形を変えた絶刀(アームドギア)の一閃は第三号の雄々しい体躯に深々とした傷を負わせていた。

 血を流している。

 熱い血を滴らせて声を噛み殺すような苦悶を上げる。

 だが、それは再生能力によって瞬間的に治癒される。尋常ならざる新陳代謝を繰り返す幹細胞の分裂が骨髄まで砕かれた部位を瞬時に修繕していく。さながら時間が巻き戻る奇蹟のような自然治癒力を兼ねている(ギルス)の傷は瞬く間に癒され、散らばった鮮血だけが漆黒の皮膚に赤く染みついた。

 だが、完全無欠のように見えた再生能力も時間が経つにつれて、その著しい効果を薄くさせていく。中途半端に治癒が止まり、開いたままになってしまった生傷から流血が零れる。

 

「■■……! ■■ッ‼︎」

 

 未確認生命体第三号───〝堕天の獣(ネフィリム)

 (アギト)に届かなかった哀れな猛獣(ケダモノ)。この世で最も忌むべき有害の生命体。力を求めて同族を喰い殺し、血肉を求めて人間を貪った、神々の時代における最悪の化け物が彼であった。

 七体の熾天使が地上を()()()()ために、無差別な大洪水を起こした事の元凶は堕天の獣(ネフィリム)だったのではないかと櫻井了子は推測していた。聖像(イコン)を見る限り、地上に蔓延るネフィリムはノイズでは止めることができず、その繁殖能力の高さからアギトを凌ぐスピードで増殖していったのではないかと彼女は自論を述べていた。

 飢えるだけの怪物が地上を覆い尽くす地獄───神の使徒が大地を見限る理由には十分過ぎる。

 

(でも、それは……)

 

 遥か昔、まだ地球が名も無き星だった頃───現代(いま)ではない。

 

(やっぱり、見間違いじゃない。第三号さんはきっと苦しんでる!)

 

 立花響には見えていた。

 血を流して拳を振るう(ギルス)の慟哭の叫びが痛いほどに伝わってしまった。握り締めた拳が直撃する瞬間、心を持たないはずの(ギルス)が憂いや後悔の感情に苛まれるかのようにその動きを遅らせて、見逃してしまいそうなほど微弱に拳を震わせているのを響は目撃してしまった。

 それは人を傷つけることを躊躇う人間の心そのもの。

 だが、未確認生命体第三号は内なる獣の衝動を抑えきれず、殺意の剣を振り下ろす戦姫たる少女の攻撃に反射して拳を叩きつける。何度も、何度も、意思に反して、苦しみながら戦っている。

 響には、どうしてもそう見えてしまった。

 

(こんなの悲し過ぎるよ───!)

 

 響は今度こそ覚悟を決めた。

 戦う覚悟が固まらずとも、この悲しいだけの戦いを止める覚悟はあって良いはず。

 二人が激しい鍔迫り合いで肉薄している最中、その誰も立ち入れぬ殺伐とした戦いの渦中へと身を投げ出すように響は駆け出した。拳は解いた。足の震えはない。真っ直ぐと一直線に戦いを止めるために(シンフォギア)を使う。

 

「翼さん、待ってください!」

 

「来るな、立花ッ‼︎」

 

 翼の怒号が響いた。

 それは間が悪かったとしか言い表せない。

 その一瞬だけは来てはいけなかった。怪物(ネフィリム)の悪意に満ちた獰猛な衝動にほんの一瞬のみ呑まれた津上翔一が一切の手加減を除いた殺す気の拳を放った瞬間だったのだ。

 手遅れと言わんばかりに(ギルス)の理性を失った渾身の拳が突き出された。気を張り巡らせて戦闘の姿勢を崩さない風鳴翼へ殴りつけたのではない。戦う意思を持たない格好の餌である立花響に標的を定めて、無我に囚われた(ギルス)は怒れる拳を打ち放っていたのだ。

 生物としての本能───弱者を嬲る強者の意識がそうさせた。

 

(───ッ⁉︎)

 

 0.3秒間の無意識───意識を奪い返した津上翔一は思わず舌打ちをしたい気分になった。

 しまった。もう止めることはできない。FG式回天特機装束(アンチノイズプロテクター)の防御力を過小評価しているわけではないが、装者の精神状態に依存する性能に信頼を寄せているわけでもない。何よりも今にでも泣き喚きそうな表情をしていた響の心理状態は撃槍(ガングニール)に最悪のコンディションを齎しているに違いない。

 強引だが、やるしかない。

 槍の如く突き伸ばされた剛腕を無理に捻って、拳の軌道を大きく逸らす。脚部における体重移動を後方へ屈めることによって速力を殺しにかかる。恐らくは間に合わないだろう。だが、直撃時の威力は最小限に抑えられる。

 

「立花───ッ‼︎」

 

 翼の悲鳴がこぼれる瞬間───赤い弾丸が二人の戦姫を退けて目の前に躍り出た。

 

「ええっ⁉︎」

 

 特異災害対策機動部二課司令官───風鳴弦十郎。

 赤いシャツを捲り、ガッチリとした筋肉の鎧に覆われたその巨腕で顔面を守るように固める。人類最強の漢が神代の魔物たる(ギルス)(ストレート)を生身の腕を盾にして防御の構えで挑むというのだ。無謀だろうか。否、この世界において、人間という域を超えた異常な力を身につけた()()のような者に不可能はない。

 

(曲がれェ───ッ‼︎)

 

 津上翔一は心の奥で叫ぶ。

 

(耐えろォ───ッ‼︎)

 

 風鳴弦十郎が剣呑な(まなこ)を開いた。

 そして、弾けるような轟音が鳴る。

 理性を損なった(ギルス)から撃ち放たれた壮絶なる拳は、自我を取り戻した翔一の尽力もあってか、軌道を真横に大きく逸らしていたが、弦十郎の逞しい巨腕の盾を削るように掠っていた。

 摩擦───腕が熱を帯びて燃えるようだ。

 刹那の時を経て、弦十郎は(ギルス)の赤い双眸と見つめ合った。力を渇望する飢餓の闇の奥底に何か熱いものが音もなく佇んでいる。それはかつての黄金の戦士のように静かな決意を携えていた崇高なる魂の音色───いや、違う。

 こいつが見ているのは、俺の後ろにいる少女だ。

 立花響という少女を()()()瞳で見つめている。

 

「ぬッ⁉︎」

 

 視界の外から拳が飛んでくる。

 殺気は微塵もなかった。ただ、風を斬るような音が耳朶に届いた。

 大気を掬い上げるように腹部を穿つ(アッパー)を弦十郎はもう片方の手で抑える。紙一重の反応の差であったが、果たしてわざと防がせたような思惑を過らせる拳であった。

 震脚を用いて衝撃を消し飛ばせる程度の威力しかない。先程の一撃に比べれば赤子のようなパンチだ。小手調べにしては悪手が過ぎる。

 懐疑的な表情を隠せない弦十郎はそれでも捕らえた(ギルス)の拳を逃すまいと人間離れした握力に任せて拘束する。痛がる様子もなく、ゆっくりと腰を落とす(ギルス)が左足を後方に伸ばしている姿が目に入った。蹴撃の予備動作。しかも、この距離と態勢なら股間蹴りが濃厚である。

 まただ───弦十郎は眉をひそめた。こいつは俺にわざと攻撃を防ぐように煽っている。

 だが、それに気づいたとしても、真意を悟らせない第三号の作意に逆らってむざむざと攻撃を食らうような余裕は此方にはない。弦十郎は大きく息を吸い込んだ。

 

「どぉぉりゃああああああああッ‼︎」

 

 そして、弦十郎はそのまま片手でギルスを持ち上げた。

 響はポカーンと口を開ける。

 翼は何とも言えない引きつった顔をした。

 (ギルス)も流石に動揺したのか、抵抗らしい行動を取れずに釣り上げられた魚のように体躯を宙に浮かばせた。だが、そこに焦燥と言える感情はなく、一瞬の内に冷静な判断へ切り返す。

 人類最強である弦十郎に持ち上げられ、上下逆さになった(ギルス)は逆立ちでもしているような状態にもかかわらず、その体幹を失うことなかった。真逆の重力に晒されながら、身体に一本の芯を通しているような絶妙なバランスを保ち、弦十郎の頭上で巧みに伸身を翻して旋風するように軀を捻らせた。

 さながら、雑技団のような華麗な動きだった。

 がっちりと掴まれた手に強引な回転力を加えて、弦十郎の拘束から逃れたギルスは空中で何度か旋回を繰り返し、態勢を整えながら、片膝すら地に触れることなく弦十郎の背後へと着地した。

 一呼吸すらなかった。

 両者は即座に振り向き、握り締めた鋼鉄の拳を振り上げた。

 

「…………」

 

 二人は互いの拳を目前にして動きを止めた。

 互いに超常の域に達した強者として認めたが故に、拳ではなく、交わる視線だけで事を収めようと試みる。暴力に訴えるのではない。言葉と知力で穏便に済ませる。それが大人というものだ。

 やはり、こいつは───弦十郎は(ギルス)の血に飢えた悪しき双眸の奥底に宿る心を垣間見た。それは立花響という少女を穏やかな目で見守る優しさであった。

 これは弦十郎の男の勘に過ぎない。理屈も根拠もない。だが、それならば、第三号が戦闘中に見せた不可解な動きも説明がつく。

 

「退いてくれるか、第三号」

 

 これ以上、この二人が争えば何が起こるかなど想像に難くない。

 少なくとも、どちらも只では済まないだろう。

 弦十郎の言葉に第三号は応えるはずもなかった。

 ただ、戦闘という遊戯に飽きてしまったような放埒な素振りで弦十郎に背を向けた。それは戦いの終わりを知らせる合図であった。弦十郎が使った震脚の衝撃の余波で横になったギルスレイダーを面倒そうに起こし、ハンドルを握ってから気怠げに跨った。

 何も告げることはなくエンジンを噴かす。慣れた足捌きでチェンジペダルを踏み込んだ。

 

(あれ───?)

 

 その一連の流れを見て、響は幻を重ねた。

 あの背中にそっくりだった。

 誰かのために走り続ける心優しき青年の背中───何百回と何千回と見送ってきたあのライダーの背中に途轍もなく似ていたのだ。

 

(……翔一さん?)

 

 疾走(かぜ)のように走り出したバイクに跨る(ギルス)は闇夜へと消えていった。

 

 

 

***

 

 

「OTONAコワイ……ナニアレ? ナンデギルスノパンチフツーニトメテンノ? SHINKYAKUコワイヨ……(アスファルトの上で悶えながら)」

 

 ───結局さ、旦那と翔一、ガチで戦ったらどっちが強いんだ?

 

「そんなんOTONAに決まってんでしょ! 勝てねぇよあんなん! もうOTONAがアギトに覚醒してくだしゃい!(魂の叫び)」

 

 ───うーん。どっちも大概なんだよなぁ……見てるこっちが心折れそうになる。

 

「勝手に俺をOTONAにカテゴライズしないでくれる?」

 

 ───はいはい。




☆現状☆
ビッキー→二人が戦うなんてこんなの絶対おかしいよ!
SAKIMORI→あいつだけは刺し違えても斬る。
バーロー奏→翼も心配だけど翔一はもっと心配なんだよな…あいつ絶対あたしになんか隠しているだろ。
ゲッター線を浴びた人→一瞬だけ第二号のように見えたのは気のせいか?
バカ主→そんなことよりSAKIMORIを笑わせてぇな…(準備体操)


というわけで次回から拗らせたSAKIMORIの攻略(?)かもしれない。
※活動報告をあげました。ノイズ語翻訳の仕方も書いております。お時間があればどうぞ。ライダーに関する詳細な設定などもそっちに挙げる予定です。

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