仮面ライダーだけど、俺は死ぬかもしれない。   作:下半身のセイバー(サイズ:アゾット剣)

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XDU三周年ですか大したものですね(溶けた石を見ながら)


♭.俺はライダーよりもバケモノの方がお似合いかもしれない。

 潮風の匂い。

 波のさざめきが戦火の音に掻き消される。

 都心から大きく離れた貿易港で働く人々の活気ある気配は失われていた。邪悪な軍団を率いる災害(ノイズ)がここ近辺に現界する報せを予め受けた大凡の人々は避難を完了し、嵐が過ぎ去るのを神に祈りながら待ち侘びた。

 それは咆哮(こえ)であった。

 聞く者すべてを震撼させる野獣の吶喊が遠方から木霊して、汗水を垂らして労働に勤しむ作業員らは手を止め、互いの顔を見合わせると一心不乱にシェルターへと急いだ。

 第三号の声だ。アレの声がする場所には必ずノイズが現れる。今すぐ逃げなければ、バケモノ同士の戦いに巻き込まれてしまう。命の危機を前にして誰もが恐怖心を原動力に足を動かした。

 本来ならば予兆もなく()()するノイズに事前の対策を講じる手段は無いに等しい。だが、(かつ)ての第二号と同様にノイズ出現を予知しているのではないかと疑うほどの的確な速さで対応する未確認生命体第三号の獣じみた遠吠えは民衆にとって警報(サイレン)としての役割を担っていた。

 実際に第三号もそのつもりで叫んでいる。

 天羽奏には余計な同情をさせまいと説明を省いているが、彼の咆哮の大半は危険を呼び掛ける警告に過ぎなかった。戦闘中には、適度に雄叫びを周囲に向けて発することで、逃走の機会を失った者へノイズの位置を間接的に知らせ、隙を見て戦線から離脱するように促していた。

 効果は絶大と言えた。二年前に起きたあの事件を期に、人々の心の中でノイズに対する危機感が膨れ上がっていることも理由の一つとして数えられるのだろう。第三号の声が少しでも聞こえたのなら、政府が発令する公の警報を待たずにシェルターへ向かえ。今や専門家でさえ口を揃えてそう発言している。そうして、人々は間接的にもノイズの被害を防止する術を身につけ、第二号が姿を消してから二年もの間、ノイズによる年間の犠牲者は未だ極小数に抑えられていた。

 その対価として、彼は人々からノイズ以上に恐れられることになったが───それは()()()()()()話だ。

 ある日、足を挫いてノイズから逃げ損じた親子を守りながら戦ったことがある。屋内での戦闘であった。死闘の果てに手傷を負ったが、いつもと変わらぬ勝利を収めた彼は何の思慮も持たず、部屋の片隅で震える親子の無事を確かめようとして、血塗れの手を伸ばし、敢えなく拒絶された。

 

 バケモノ‼︎ この子に触れないで‼︎

 

 身を挺して子供を守らんとする母の決死の叫び声であった。恐怖で身震いを起こす腕の中に無垢な子供を覆うように隠して、目の前に佇む血だらけの化け物から懸命に我が子を庇い続けていた。

 その時になって彼はようやく自分がもう〝仮面ライダー〟ではないことに気が付いた。

 ギルスの声は、ほぼ総ての生物に産まれながらに備わっている生存本能を過剰に煽ってしまう畏敬の音質を発していた。威嚇という防衛手段が独自の進化を突き詰めた果てなのかもしれない。あるいは、声帯すら獲物を狩る武器として進化させた結果なのかもしれない。どちらにせよ、何にせよ、他でもない敵意を撒き散らしながら戦う彼を誰がヒーローと呼んでくれるのか。

 それでも彼は叫び続ける。如何に拒絶されようと、怪物と罵られようと、戦場から一人でも多く離れてくれるというのなら、声が枯れるまで叫んでやろうと二年前から決めていた。

 二年前の雪辱───。

 彼がまだアギトであった時に、人々から英雄視されたが故に、一つの過ちを犯したことを忘れてはいない。必死に英雄(ヒーロー)を縋るあの手を振り解けなかった自分の弱さを忘れるはずがない。

 

 〝なにが仮面ライダーだ……弱くて、愚かで、紛い物のくせに〟

 

 元から英雄(ヒーロー)の役割はガラじゃなかった。正義の心とは無縁だった。誉れを尊ぶ気持ちも見当たらなかった。ここにあるのは記憶すら与えられなかった紛い物の粗末な魂だけだ。

 その名を呼ばれたから演じていた。どうせ、他に何も無かった身の上だ。貰えるものは貰っておく。それだけの理由で〝仮面ライダー〟という肩書きを務めただけに過ぎない。今さら失ったとしても、現在(いま)という自分がまた一つ消えただけだ。

 俺にはもう何も残されていない。

 捨てられるものは心ぐらいか───。

 

 〝俺に仮面ライダーの名は重すぎる〟

 

 潮風の匂いが(ほの)かに嗅覚を刺激した。

 指の先まで神経が研ぎ澄まされて、闘争に飢えた獣の意志に圧迫される。心が喰われる感覚と言えばいいのか。意識が血に染まるような正気ではない衝動が脈打つ心臓の鐘音を高めていく。

 不意に小指が熱くなった。

 先日に邂逅を果たした少女との約束が脳裏に過ぎり、優しい少女のあどけない笑顔が記憶を掠めた。

 その熱を振り払うように手を握り締める。

 ギルスは灼熱の(まなこ)を走らせながら、空間から薄っすらと影を滲ませて発生した雑音(ノイズ)の悪しき軍団と対峙する。無意識の内に黄金の戦士を彷彿とさせる徒手空拳の身構で迎撃しようとしていた彼は名残惜しくも構えを解き、大地を這うように身を屈めた(ケダモノ)の如き獰猛なる態勢に変えて、戦いの奔流に心を委ねた。

 

『d::ie↓□d◆i♯e||d″i⇔%e÷?!!?!』

 

 〝来いよ。()()()()なら遊んでやる〟

 

 ウミネコが鳴く青空の下で一匹の獣は疾風(かぜ)となる。

 心が擦り切れるまで、心が喰い殺されるまで───ギルスは血に飢えた闘争心を剥き出しにして、高らかに吠えた。

 

 

***

 

 

 波の音色が麗やかな歌声に重なる。

 都外に位置する貿易港一帯を中心に多数として出没したノイズと交戦する二つの影があった。

 風鳴翼と立花響。

 物理現象に囚われない位相障壁を歌によって無力化することによって、ノイズに対抗し得る唯一の戦力とまで言わしめるFG式回天特機装束(アンチノイズプロテクター)に身を包ませた若き戦姫の二人もまた第三号の後に続き、遅れながらも参戦していた。

 とはいえ、第三号とは未だ顔を合わせていない。あの肌が粟立つ咆哮も耳にしていない。

 第三号がノイズと交戦している場所は港の中央から数百メートル離れている。どうやら、戦いながらも移動しているらしい。民間シェルターから遠ざかっていく動き方をしているが、真意は定かではない。

 司令官である風鳴弦十郎の指示により、第三号が距離的にも手を出せなくなった海沿いに発生した災害(ノイズ)を優先して叩くことになり、現場に到着した翼と響は埠頭が設けられた区域に現れたノイズの対処をすべく、戦闘を開始していた。

 

「う、うりゃあああっ‼︎」

 

 響は悲鳴に近い間抜けな雄叫びを上げながら、何とか拳を振り回して、ノイズの猛攻を間一髪で凌いでいた。

 

「はぁぁ───ッ‼︎」

 

 翼は気迫すら刃に変えんとする声を上げ、滑らかな剣術を駆使しながら、迫り来るノイズを瞬く間に細切れに変えていく。

 手練れの戦姫と未熟な戦姫。

 二人の仲は、背中を預けるに値する戦友には程遠い。不安定な距離感が垣間見える。

 前線で死闘を演じる二人の戦姫の勇姿に、かつての天羽奏と風鳴翼のような卓越された連携の面影は無い。実質一人で戦っているようなものだ。ギクシャクとした歯痒い雰囲気が沸々と漂う。互いに踏み入れることのできない壁を作らざるを得ない空気が出来上がってしまっている。

 弦十郎も二人の関係には頭を悩ませていた。

 どうしても立花響を認めることができない風鳴翼の辛辣な態度が不仲を生み出している大方の理由だが、それに関して彼女を強く叱咤することはなど弦十郎にはできなかった。

 天羽奏の面影を重ねて、天羽奏の(ガングニール)を見せられて───ただでさえ自分を追い詰める傾向がある翼にとって、立花響という少女の存在は、二年前の惨劇を物語る悪夢と大差ない。

 あの日以来、翼は自分の弱さを嫌った。

 強くあるために不要なもの一切を捨て去った。心すら戦士には無用の情緒であると切り捨てた。そうして、帰るべき鞘すら失った抜身の剣だけが残った。

 そんな不器用な生き方しかできない風鳴翼にとって、光に満ちた太陽のような少女は見ているだけで辛いに決まっている。

 

「酷な話だが、今は信じるしかないか」

 

 二課の作戦本部から弦十郎は風鳴翼の叔父として見守ることしかできなかった。

 

 

***

 

 

 爆ぜる剣戟が災害(ノイズ)の脅威を無に還す。

 慎ましげに反らせた銀色の刃が軽やかに踊る。胸の内から威勢のある歌声が飛び出てしまうのでないかと疑うほどに晴れやかな心境だった。

 体が羽のように軽い。

 風鳴翼は重石のとれたような開放的な感覚を味わい、内心で首を傾げていた。

 鉄のように冷たい絶刀(アームドギア)を握る掌が温かな熱を発している。人の心。それが剣に宿る。貴き熱を反芻するように精神(こころ)で感じ取った翼は飛翔するように力強く剣を振るい、舞うように高らかな気持ちで唄うことができた。

 悪くない気分だった。

 責務や使命感ではなく、風鳴翼という少女の想いに応えるように天羽々斬の切れ味がより鋭さを増しているような気がした。

 防人の歌。

 守りたいという願いが鉄の塊に魂を宿す。

 晴れ渡る青空にV字の隊列を為して滑空するフライトノイズの群れが敵の品定めでも済んだのか、垂直に急降下して二人の戦姫を目がけて飛来する。瞬時に絶刀(アームドギア)を身の丈を悠に超える大剣へと変形させ、翼は大扇子を振るうように隕石めいた飛行型(フライトノイズ)を粉砕する。

 造作もなくノイズを退けた翼の目に、もう一人の戦姫たる立花響が倒れる瞬間が走った。

 未だ素人の域を出ない響は空中からの攻撃に対応できるほどの高い技量を身につけていない。何とか直撃は避けたものの、地面に突き刺さったノイズの衝撃をもろに受けて、大きく転倒してしまったのだ。

 響がダメージを負ったと勘違いした翼は顔色を変えてノイズを薙ぎ払いながら彼女の元へと駆け寄った。

 

「立花っ!」

 

「す、すいません。あははは……」

 

 何とか笑って誤魔化そうとした響は、翼の目が鋭く細められるのを見て、ガックリと肩を落とした。

 

「退きなさい」

 

 翼の冷淡な一言が響の胸に突き刺さる。

 

「あなたが無理して戦う必要はない。私一人でも十分です。それとも他に戦う理由があるの?」

 

 物静かな瞳が刃となって無力な少女を睨みつけた。

 縮こまるように響は口籠ることしかできない。

 長年に渡って災害(ノイズ)と果てなき死闘を繰り広げている風鳴翼を助力しようなどという驕りはない。彼女の隣に立つどころか、足手纏いになってしまっている自覚はある。

 尚も戦場にしがみつく大層な理由───響は唇を噛んだ。答えることができない。

 剣の戦姫は冷たい口調で言葉を続ける。

 

「奏の力が宿っているから───などと口にはしないで。あなたの胸の中にある(ガングニール)に責務を感じているのなら、それは大きな間違いよ。少なくとも奏は選ばれたから戦っていたのではない。自分で選んで、覚悟を決めて、戦っていたの。

 私は知りたい。立花響が戦場(ここ)にいる理由を。答えられないのなら、今すぐに撤退しなさい」

 

 品のある厳かな声音ではあったが、感情の起伏は隠せていなかった。

 響と翼の視線が絡み合う。

 巨大な水晶の瞳は青空のように澄んでいた。

 そして、これは風鳴翼の紛れもない本心だと響は悟る。翼は今この場で立花響に覚悟の是非を問うことによって、二人の拗れた関係に決定的な終止符を打とうとしていたのだ。それが最悪の結果を招いたとしても、このまま延々と引きずるより幾分はマシであると判断したのだろう。

 響は少しだけ言い淀んだ。義務感や正義感では片付けられない明確な言葉にできるほどの崇高な理由が、果たして自分の中にあっただろうか。答えは出ない。答えなど何処にもない───だから、それが答えであった。

 響は気恥ずかしそうに頬を緩めた。

 

「いつでも、どんな時でも、誰かのために頑張れるって、それは素敵なことだから───そう、教えてくれた人がいるんです」

 

「…………」

 

「勝手かもしれない。我儘かもしれない。正義かどうかなんてわかりません。でも、間違いじゃない。誰かの為に頑張ることだけは間違いじゃない。

 だから、今の私にできることを全力で頑張ります。翼さんや奏さんのように強い覚悟はまだ持てないけど……この手で守れるものがあるのなら、私は戦います!」

 

 少女の鉾のように真っ直ぐとした輝きを抱く瞳が翼の固執した心を激しく突き動かした。

 翼が真っ先に思い浮かんだ言葉は───()()()

 立花響にではなく、あの用務員に言葉を失うほどに呆れてしまった。

 あの人畜無害そうなトボけた笑顔はそこまで人の心に影響を与えていたのか。争いとは無縁な顔をして、生きてるだけで幸福だと言いたげに笑いながら───彼の言葉はどれだけ人の心の支えになっているのだろうか。

 推し量ることはできない。少なくとも、目の前で健やかな笑みを浮かべる少女の華やかな心を支えているのは紛れもなくあの陽気な青年だろう。

 人はこうも誰かの支えになれるものなのか───。

 呆れるほどに焦がれてしまって、翼は自分の小指をそっと眺めた。

 彼と交わした約束の証は不思議なまでに翼の心を支えていた。平穏な笑顔一つで誰かを支えることができる簡単な世の中だから、風鳴翼の歌声もきっと誰かの背中を支えているはずだ。耳を澄ませば、そんな彼の声が聞こえてきそうだった。

 なにが約束だ。約束とは名ばかりの一方的な契りではないか。

 背負われたのだ、風鳴翼の夢を。

 そして、立花響も何かを背負われて、背負われた分だけ背負うために戦場(ここ)に居るのだろう。

 それこそが、人が人を想う美しい営みではないか。

 小指に宿る優しい温もりの残滓を噛み締めるように翼は静かに微笑んだ。響からすれば、それは初めて見る風鳴翼の優しい笑顔であった。

 気高き歌姫が零した一握りの温もり───想う人は同じ。

 

「……あなたは退き際を弁えなさい」

 

 スイッチを切り替えた翼は、颯爽とした足取りで踵を翻し、長髪を揺らしながら呟くように口にした。

 

「シンフォギアとて万能ではない。未熟な戦士を気にしながら戦えるほど、私も高い技量を有している自負はないの。限界は自分で決めなさい。それが戦士の第一歩よ。……それに、あなたに何かあったら、私はあのお節介な用務員に合わせる顔が無くなってしまう」

 

 謂わば合格通知のようなものだった。

 風鳴翼は立花響を未熟ながらも一人の戦士として、戦場に立つ資格があると認めたのだ。

 響はポカンと口を半開きにしながら、長い思考時間を経て、やっとのことで憧れの風鳴翼に認めてもらえたことに気がついた。内心では野兎のようにピョンピョン跳ね回りたいぐらいに歓喜の瞬間であったが、感動を押し留めてもそれを無視できないでいた。

 

「…………用務員? 用務員って、まさか、翔一さんと会ったんですかッ⁉︎」

 

 響の興味はそこだった。

 翼は自然に肯定した。

 

「ええ」

 

「────!」

 

 声にならない声とはこういうものなのだろう。青ざめた表情の響は焦る気持ちで頭がいっぱいであった。

 風鳴翼は誰がどう見ても美少女と形容できる容姿をしている。スレンダーなモデル体型は若い女性が目指すべき目標として有名ファッション雑誌が毎日のように取り上げているし、和風美人を体現したかのような麗しい顔立ちは男受けが良いらしく、彼女を慕う男性ファンは増加の後を絶たない。

 美人トップアーティストと平凡な女子高校生。

 負けてしまう。何がとは言わないが、色々と負けてしまう気がする。響は目をぐるぐるさせながら、あわわわと危機感を覚えて狼狽していた。

 あのバカは誰にでも懐き、誰にでもオープンだ。

 ただし、恋慕の話になると一向に踏み入れさせてくれない硬派な男でもある。好きな女性のタイプを聞けば「良い人」と答えるほどに謎めいた恋愛観を持っており、響も未来も女性として相手にされていないのではないかと疑いを持つレベルの素っ気なさには常々モヤモヤさせられている。

 かれこれ三年以上の付き合いになる響や未来が積み上げてきたものの成果と言えば、割とグラグラな信頼関係と買い物という名のデートに連行できる権利と気軽に家にお邪魔できる優越感ぐらいだ。

 もしも、風鳴翼ほどの高嶺の花たる美人があのバカと本気で仲良くでもなってしまえば、響と未来の三年という道のりは秒で追いつかれてしまうだろう。間違いない。乙女の勘がトップギアで囁いている。

 響は動揺で狂った呂律のまま翼に訊いた。

 

「な、なな、何を話してたりしていらっしゃったんですか」

 

「……とくに」

 

 翼は頬を赤く染めて、そっぽを向いた。

 まさか、絹ごし豆腐を箸で掴めずに四苦八苦した挙句、用務員に力の抜き方を丁寧に教わって、やっとのことで冷や奴を食べることが叶い、二人して互いの手を叩きながら子供のように喜んでいたとは口が裂けても言えまい。

 響はそんな茶番などつゆ知らず、翼の恥ずかしそうな顔に何かがあったことだけは察せられた。それも決して良からぬことだ。乙女の勘が囁く。響が予測している以上に二人の仲は縮まっているのかもしれない。

 

「その顔は絶対に何かありましたよねッ⁉︎ 何か二人だけの良い思い出を作って、ちょっと思い出したら恥ずかしいって顔ですよね⁉︎」

 

「お喋りは終わりよ。構えなさい」

 

「後で翼さんは翔一さんと何があったか、事情聴取ですからねっ!」

 

「拒否します」

 

「ダメです!」

 

 有無を言わさぬ強い語気に押されて、翼はなんだか色々と早まってしまったかもしれないという気持ちになった。

 立花響とこれから上手くやっていけるだろうか。人付き合いは苦手な方なのだ。とくに遠慮なくグイグイ来る子は扱いづらくて難しい。前途多難だ。溜め息も出る。億劫だ。

 でも、悪くない。

 風鳴翼の隣には天羽奏がいた。そして、今は天羽奏の力を持った別の少女が翼の傍らに立っている。

 天羽奏の面影を立花響に重ねていた自分が情けなくなった。

 似ているが全然違う。

 似ているところはせいぜい一つだけ───。

 笑ったときの顔が幸せそうなところだ。

 

「ノイズは一匹も逃すな! 避難状況は不明。逃げ遅れた生存者がいる可能性も考慮しろ!」

 

「はい! 翼さん、後ろは任せて下さい!」

 

 二人の戦姫は曲がりなりにも小さな一歩を踏み出した。

 その輝かしい栄光の前進を踏みにじらんと空間から不気味に滲み出る災害(ノイズ)の群れが騒々しい雑音を吐き散らしながら、二人を面妖な陣形を用いて包囲する。

 絶刀(アームドギア)を構えた翼は響へ視線を向けて、一点突破を試みると合図する。響は小さく首肯して両の拳を握り締めた。

 二人が駆け出す───その時であった。

 

「ッ───この音は⁉︎」

 

 聴き慣れた駆動音に翼は咄嗟に身構えた。

 

「エンジンの音……あの人と同じ……」

 

 響の瞳が哀愁に染まり、乾いた潮風が髪をなびかせる。

 嵐の予感が迫る。

 そして、鬨の声が唸りを上げた。

 遥かなる海原を真横に侍らせたエンジンの鼓動が戦場に響き渡る。

 深緑の鎧に包まれたオフロードバイクが大地を疾駆していた。ペダルを刻むように踏み、スロットルを手早く回しながら騎手(ライダー)は暴れ馬の如くマシンの前輪を浮き上がらせ、ウィリー走行のまま速度を維持してノイズの群れに猛然と突っ込んでいった。

 激しく回転する車輪に蹴散らされる災害(ノイズ)

 タイヤが地に落ちて、一先ずは落ち着きを取り戻したバイクは威嚇するように深々と鼓動するが、エンジンが弾けるような爆音を脈打つと急発進して、凶器となった前輪を荒々しく持ち上げた。襲いかかる分厚い鋸めいた車輪がヒューマノイドノイズの顔面を粉砕し、スリップさせた後輪が勇敢に飛びかかるクロールノイズを叩き返した。

 目を奪われてしまうほどの至妙な技術(テクニック)がバイクすら災厄を跳ね除ける牙と変えていた。

 アスファルトを焦がしながら運動を停止した車輪が巨大な円を描きながらマシンを静止させる。巻き起こる排気ガスの煙霧を裂いて、それは怒れる咆哮と共に禍々しい居姿を二人の前に現した。

 

「■■■■■■■■───ッ‼︎」

 

 烈風の如く戦場に飛び込んできた深緑の怪物は、またしても未確認生命体第三号であった。

 剣の戦姫と獣は視線を交わした。翼の瞳には信じられないものを見ている驚愕が入り混じっていた。未確認生命体第三号は別の場所にてノイズと交戦中との報を受けていたが───まさか、もう片付けたというのか。

 第二号(アギト)とは違うはずの第三号(ギルス)。ただ、戦士としての頂点に達する途方もない強さだけはどちらにも備わっていた。

 肩を上下に揺らしながらギルスは二人の装者が溢す呼吸の拍を聴き取る。体力を消耗している様子はない。戦闘続行が可能な容態である。この場を二人に任せても構わないが、ノイズの感知能力が発現したということは()()()()()()になるのだろう。不確定な未来の可能性を予測するのではなく、()()()現実(いま)に変わろうとしている未来から直接拾い上げる。あれはそういう能力(チカラ)だ。

 俺にしか聞こえない声であるのなら、俺が行くしかあるまい。

 だが、悪魔の双角(ギルスアントラー)による索敵を広範囲に及ぼすほどの潤沢なエネルギーは残されていない。此方は元よりガス欠の一歩手前。疲労困憊が激しい体質の(ギルス)にとって連戦は時間との戦いになる。

 

「第三号さん!」

 

 響の何かを訴える声は無視でいい。彼女は何かと第三号(ギルス)を気にかけているようだが───今の彼にとっては()()()()()()

 ギルスは超常的な視覚を用いて、直ちに現時点での戦況を頭に叩き込む。ノイズの総数はそれほどだが、対処が面倒な遠距離型(セルノイズ)飛行型(フライトノイズ)がそれなりに視認できる。愚直に格闘戦(インファイト)に持ち込むのは(やぶさ)かではないが、エネルギーに困窮している現状で丁寧に一匹ずつ仕留めていくのも不安が残る。必殺の一撃もこうなってしまえば、当分はお蔵入りだろう。今はこの殺意にも似た衝動と無我の境地に身を委ねて戦うしか選択肢は与えられていない。

 この区域一帯で使えそうなものは何かあるか。見渡す限りの海上コンテナの山。乗り捨てられた重機(フォークリフト)。停泊している貿易船───なるほど、逃げ遅れた生存者がいるとすれば、この船が濃厚か。ならば、優先すべきは遠距離型(セルノイズ)飛行型(フライトノイズ)の陣形を引き剥がすことか。装者(シンフォギア)の二人組に厄介なフライトノイズの処理を任せて、此方で本陣を潰した方が効率は良い。

 

 ───やれるのか、そんな状態で⁉︎

 

 天羽奏の心配する声が脳裏で響く。どうやら、肉体の疲弊は隠せていないらしい。彼女の焦りようから相当な息切れを起こしているのだろう。確かに呼吸するだけで喉が焼けるように痛い。肺臓が潰れているのかもしれない。あるいは気管に異物が混じったか。呼吸が正常に機能していないのは確かだ。

 どちらにせよ、脳髄が滞りなく機能している限りは危惧する必要は皆無だ。指の関節をゴキゴキと素早く曲げて、脳の伝達速度をチェックする。異常は無い。神経細胞は生きているようだ。

 

(全然できるに決まってんじゃん。やる気もりもりスライムもりもりだZE! これしきの労働で音を上げてたらエルさんたちになんて言われるか分かったもんじゃないからね。HAHAHA)

 

 戦闘とは不釣り合いである陽気な声音はギルスの戦いに染まった思考を裏側へと覆い隠す。

 敵戦力が塊となって動いていることから戦略的な陣形を意識していることは承知である。どこかに知能を有する司令塔でもいるのだろう。当面は気に留めることではない。問題は遠距離型(セルノイズ)が二匹、群れの後方で待機していることか。

 爆弾というより爆発が厄介だ。優先して始末しておきたい。

 気は乗らないが正面から突破するのが最も手早く現実的な策だ。多角的な運動は見込めないが、遮蔽物には余念がない交易港(ここ)ならば、地の利を活かして上手いこと立ち回るしかない。狙うはコンテナが密集している場所か。誘導できるか。何匹引き連れるか。こればかりは祈るしかないだろう。……それとも(ギルス)のヘイト吸引力を信じてみるか?

 

 ───でも、そんなに戦えないだろ。ノイズも食ったんだし、無理しなくても……。

 

(まあまあ。なるようになるっしょ。それに前に言ったじゃん? あのクラゲは狩るって)

 

 ───え? ……ロードノイズはいないぞ?

 

(どっかにいるんじゃない? そのうち出てくるよ。出てこなかったら、引きずり出すけど)

 

 爪先で地面を小突きながら、ギルスの僅かな残量(エネルギー)を正確に把握するために、筋肉の膨張を繰り返させ、過剰な代謝による細胞の変異速度から具体的な数値を算出した。誤差は多少あるのだろうが、おおよそ三分程度と推測───変身してから二十分も経っていないのだが、何とも厳しい体質(デメリット)を負ってしまったものだ。

 そこまでして、俺を(バケモノ)に陥れたいのか。

 それとも俺みたいな奴が人間のフリをしているのが気に食わないのか。

 いや、()()()()()()。好きにすればいい。俺も好きにやらせてもらうだけだ。

 右足を半歩後ろに引き下げて、膝を曲げ、腰を落として獲物に飛びつく肉食獣の如き前傾姿勢へ移行する。両手の拳を握り締めて攻撃の意思を固め、湧き上がる殺戮の衝動を舌で舐めるように冷血な闘志を身に宿す。

 

魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する、この地獄変───社畜は職場(ここ)にいる)

 

 ───なんだ、その名乗りは。

 

(ギルス、爆げ───あっ、フライングは困ります! あーお客様! 一斉に動き出すのは困ります! あー! お客様っ! あーっ! 困ります! あー! もうやってやらァーッ‼︎)

 

 ギルスは止め処ない憤怒を拳に宿したかのように大地を殴りつけ、空間を裂くような咆哮を天に轟かせた。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ‼︎」

 

 (いくさ)の始まりを告げる声を涸らせて失墜の獣は短距離走者(スプリンター)のような爆発的な加速でノイズが生み出す地獄の大釜へと果敢に駆け出した。恐怖心を損なった勇壮な脚は尋常ではない速力を生み出し、彼我の距離を瞬く間に縮めていく。

 

『g&i°l°lsd▽◇e^^=s//e><rv↓e〒°→☆d%$☆to+:〆d#ie??!!』

 

 憎悪に満ちた耳障りな雑音が仰々しく連なって反響する。一匹の獣を敵と認識した津波(ノイズ)は既に動き出しており、深緑の怪物を嬲り殺さんと正面から衝突した。

 呑み込まれる哀れな獣。

 だが、災害となった津波でも強固な山を削り切ることなどできない。

 力及ばずに弾き返されたのは物量で勝るノイズの方であった。

 獰猛な一匹の(ギルス)によって掻き乱されるノイズの大群が固めていた陣形は敢えなく瓦解する。ギルスの俊敏な動きに対応できるノイズは存在しない。圧倒的な量で押し切る戦法はこの獣に至っては愚策である。反応速度が違うのだ。ギルス───いや、変身者である津上翔一の強さはこれに尽きる。敵陣の渦中で絶えず殺意に襲われながらも、全ての攻撃を去なして、狩られるのではなく狩る立場としてギルスがノイズの喉元に食らいつけるのは究極的な反射速度の賜物であった。

 適応力と言ってもいい。戦況は川の流れのように一瞬一秒で移り変わる。足踏みしている敵などいない。玩具の兵隊など何処にもいない。生きているのなら個々で動く。敵意に過敏になれ。頭で把握しろ。感覚で理解しろ。すべてに対応してみせろ───!

 休む暇もなく四方八方からノイズが殺伐と飛び掛かる地獄絵図の真ん中でギルスは生きていた。拳で打ち砕き、足で振り落とし、飛んで跳ねてノイズを撹乱する。背中を地に着けて開脚すれば、ブレイクダンスを踊るように回転して、迫るノイズを叩き蹴り、辺り一面に煤が舞う狼煙を巻き上げた。

 

「■■■■■ァ‼︎」

 

 極限的な強さで獲物(ノイズ)を次々と狩る(ギルス)を立花響は憂うような瞳で見つめていた。

 彼女はかつて第二号と第三号の話を風鳴弦十郎から個人的に聞いていた際に、彼が零したある言葉を思い出した。

 

「第二号も第三号も、あれは命そのものが戦いであった者だけが辿り着く極至だ。俺が考えるに……彼らはずっと昔から戦っていたんじゃないか。休むこともなく、ただ、ひたすらに、な」

 

 そして、今も───。

 (ギルス)は悲しき咆哮を天に轟かせて、怒りを拳に戦っている。

 

「ウタを、唄うな……」

 

 初めて第三号と出会った時、彼はそう叫びながら苦痛に踠いていた。

 胸が締めつけられるような気分に響は無心で頭を振った。

 どうしても、第三号が気になってしまう。

 なぜ、あの凄まじい強さを持つ深緑の怪人を、優しさが服を着て歩いているようなあの青年と無意識に重ねてしまうのか。

 大好きなあの笑顔が獣のような仮面の下に隠されて、今も泣いているような気がして───あの第二号と同じように。

 

「立花ッ!」

 

 叱責の声に我を取り戻した響の目には、空中で旋回を繰り返すフライトノイズの群れに剣先を向ける翼の背中があった。

 

「第三号のことは今は捨て置け。私たちは私たちの為すべきことをする。貴女も未熟であれ戦士であるのなら、戦いに集中しなさい」

 

「……はいっ!」

 

 そうだ。私は歌を辞めない。この歌は───きっと誰かを守れる歌なのだから。

 

「■■ォ───ッ!」

 

 渾身の正拳突きで三体のヒューマノイドノイズが重なった壁を殴り飛ばしたギルスは敵陣に風穴たる突破口をこじ開けた。背中に凍てつくような殺意の視線が常に突き刺さっている現状下であろうと関係ない。敵陣の真ん中を突っ切れるのは今しかないのだ。

 ギルスは大量のノイズに背を向けて脇目も降らずに走り出す。

 敵の攻撃の手は緩むことはない。四方から迫る滂沱のような攻撃の合間を間一髪かい潜り抜け、ギルスはついにノイズの本陣を強行突破に成功した。

 そして、そのまま彼は見定めていた場所へ足を向ける。

 瞬時に後ろを振り返ると一匹の漏れもなくノイズの群れは逃亡する(ギルス)を追いかけていた。嬉しいような悲しいような気分であるが、僥倖であることには変わりない。

 一心不乱に逃亡を謀る(ギルス)の背中を何の疑いもなく追跡するノイズは、やがて、(うずたか)く積まれた海上コンテナに脇を固められた狭隘な一本道へと誘い出される。

 そして、その先には巨大な重機(フォークリフト)が出口を塞いでいる。

 追い詰められた? いや、()()()()()

 ギルスは行手を阻むフォークリフトの目の前まで盲目的に疾走すると勢いそのまま車体を素早く右足で蹴り、跳躍の要領で横の海上コンテナの壁に左足で()()する。地面と平行しているわけではない。重力は容赦なくギルスを地面に叩きつけようとしている。だからこそ、ギルスは三歩目を踏み出すべく空を仰ぎ見ていた軀をくるりと旋回させ、狭い通路に敷き詰められた溢れんばかりのノイズの群に足を伸ばした。

 刹那の浮遊感から───着地の感触。

 足の踏み場なら大量にあった。

 狭い通路に深く考えもせずに突っ込んだ故に身動きが取れず、騒々しく(ひし)めき合うだけのノイズの群れがギルスの足場となっていた。

 手始めに先頭にいたヒューマノイドノイズの顔面を踏み砕き、煤に変わる前に新たな足場(ノイズ)へ跳ぶような大股で颯爽と移動する。そうして、ノイズを踏み殺しながら入り口付近まで到達するとギルスは大きく跳躍した。

 狩人の手刀が狙いを定めたのは、陣形を崩さんと集団の後方から頑なに動かなかった遠距離型(セルノイズ)───!

 

『÷f▼l><%yi°n€^\g???!!』

 

「■■■■ァァァ───‼︎」

 

 爆撃による遠距離攻撃を行っていた二匹のセルノイズを守護する肉壁たるノイズは(こぞ)ってコンテナに挟まれてしまい、今や一匹も残っておらず、丸裸となった逃げ腰の獲物だけが動揺に身を強張らせていた。

 こいつは多種に存在するノイズの中でも爆弾を生むという特質上、無秩序に被害を大きくさせる災厄だ。予期せぬ犠牲を産み落とす可能性が最も高いため、率先して狩るべき対象と判断する。

 断末魔を鳴かせる暇すら与えぬ激甚の手刀がセルノイズの血肉を易々と引き裂く。鮮血の雨にも似た炭素の粉塵を撒き散らして消滅するセルノイズを看取ることなく、ギルスはもう一匹の爆弾魔(セルノイズ)の命を刈り取るべく、大地を蹴り上げた。

 残されたセルノイズが慌てた様子で爆弾を射出しようと一歩後退る。

 セルノイズから分離されることによって小型ノイズと化した爆弾が解き放たれ、ゴムボールのように地面を軽快に弾み───ギルスは臆することなく爆弾(それ)を掌で掴んだ。

 

「■■■■ッ‼︎」

 

 起爆するまでの一秒にも満たない僅かな時間(ラグ)を利用して必殺の間合いに踏み込んだ(ギルス)はセルノイズの脇腹を抉るように手にした爆弾(ノイズ)を捻じ込んだ。

 

『w→○h#\\□〆€a¥●t??!!』

 

 爆発は起こらない。小型ノイズが孕んだ爆薬となるエネルギーを放流させ、(セルノイズ)に返却させたことによって起爆を阻止したからだ。

 ギルスは腕部に寄生する生命鎧(ライヴアームズ)を経由して微量のオルタフォースをセルノイズの胎内へ強引に流し込む。爆薬を生成する災害は人類にとっては忌避すべき脅威であるが、厄介な位相差障壁の特性を鑑みれば、この爆弾も有利に働くことがある。

 セルノイズの爆弾は、爆破する直前に物理法則に従うべく位相差障壁によるベールを脱ぐことによって、物理的な爆風を生み出すことができる単純な構造である。逆に言えば、位相差障壁に守れた状態で爆発すれば、その威力はノイズにも向けられることになる。

 (アギト)の源たるオルタフォースの荒波がノイズに蓄積されたエネルギーを半ば浸食するように逆流を起こし、すべてのノイズに等しく備わる位相差障壁の肝となる在り方を制御する器官を半ば暴走させて()()()()

 そして、オルタフォースに刺激され、爆薬という果汁に満たされた小型ノイズが叩き起こされて、セルノイズの制御も虚しく一斉に起動する。硝煙のような香りが鼻腔を(くす)ぐった。この匂いは嫌いじゃない。

 

 あとは爆弾の束(ダイナマイト)に変わったコイツをブン投げるだけだ───!

 

「■■■■■■■■ァァァァッ‼︎」

 

 片腕で貫いたセルノイズを悠々と持ち上げる。圧倒的な膂力に任せてセルノイズを振り回しながら乱暴な遠心力を加え、コンテナに挟まれた小路に密集するノイズの群れへと峻烈たる勢いで投擲した。

 為す術もなく投げ飛ばされたセルノイズは通路の奥に駐車された巨大なフォークリフトの車体に激しく叩きつけられた。ずるりと力尽きたように地面に滑り落ちて、枝のような痩軀に幾つも実らせた葡萄の果実が黙々と赤く膨らみ始める。一回り、二回りと大きく膨張して───。

 その直後、破滅的な轟音が天を突いた。

 爆発が起こったのだ。

 死の爆炎が逃げ場を失ったノイズの群れを包み、火の海に染める。

 ギルスは爆発の衝撃に身を伏せた。想像よりも爆発が激しい。真横で何か金属の破片が突き刺さる音を拾い、肝を冷やしながら、ゆっくりと顔を上げる。

 燻る炎が弔火のように雑音の名残りたる塵を焼きながら、海から渡ってきた潮風に飄々と抵抗もなく揺らされていた。積まれていたコンテナは無秩序に横転して凹んだ末に穴が開いている。バチバチと炎上する重機から絶えず吐き出される黒い煙が青空すら焦がさんと放恣に昇っていく。ギルスは辺りに散らばった焦げた金属片が車のドアか何かの部位だと知ると何とも億劫な気持ちになった。

 どうやら、重機(フォークリフト)も意図せず爆発してしまったらしい。

 

(ビ、ビックリしたぁ……汚ねぇ花火のつもりがとんでもねぇ花火になっちった…………請求書とか送ってこないよね? ね?)

 

 ───余計なこと言わなきゃカッコいいのに。

 

 奏の呆れたような安堵の声が聞こえる。

 首を巡らせて周囲を仔細に警戒するギルスは暫くの沈黙の後、()()()()()と奏の言葉に遅れながらもオーバーリアクションで応えた。

 

(えっ⁉︎ カッコいい? 俺ってカッコいいの⁉︎ ヤッター! 奏ちゃんに褒められたー! 奏ちゃんにかっこいいって言われたー! FOOOOO! テンション上がってキター! 今夜は赤飯だァー!)

 

 ───いや、もう駄目だな。あたしの目が節穴だった。忘れてくれ。

 

(そんな殺生な……⁉︎ 今度からは決め台詞でも言えるようにしとこかな。そっちの方がカッコいいかな。うーん。ネタが豊富過ぎて迷うなぁ。なにが一番ウケるんだろうね)

 

 ───ネタなのかよ。格好良くしたいんじゃないのかよ。

 

(基本的に俺は何やっても格好つかない呪いに掛かってるからね。ふざけないと死ぬ病気を患ってんの。ギャグの世界の住人だから)

 

 ───はぁ、翔一らしいっちゃらしいけど、なんだかなぁ……まっ、とにかくお疲れさま。翼たちもそろそろ終わってる頃だろうし、カチ合う前に早いとこ逃げちまおう。

 

 奏の提案にギルスの変身者である津上翔一は指の関節を曲げて(ほぐ)しつつ、大雑把に苦笑した。

 

(ところがぎっちょん。まだ終わってないんだ、奏ちゃん)

 

 ───えっ?

 

 小首を傾げるような声を漏らした奏に普段と変わらぬ快活な笑みを含ませながら翔一はゆったりと───途端に動きを変えた。

 ギルスは何の予備動作もなく背後から伸ばされていた異質な腕を払いのけ、転瞬の間に手首を掴み、躊躇を介せず全力で背負い投げた。

 稲光の如く一瞬の出来事に奏は戸惑うが、その影には見覚えがあった。息を呑む緊張の声。奏は影の接近に気付けなかった。

 (ギルス)の背中に微細な音一つとして漏らさず忍び寄っていた異形の影の正体が陽の下に晒される。人類に極めて近しい胴体と四肢の特徴を持ちながら、海月の傘を模した頭部から細い触手のような髪が伸びる認定特異災害の一種たるロードノイズ。

 

 ───コイツは、この前の逃げたクラゲのロードノイズ⁉︎

 

 奏の動揺を隠せない声とは異なり、冷静さを欠かないギルスは至って泰然と身構えた。その眼光には殺意のみが迸る。

 

『g Gg GILLS naze wakatta!!??』

 

 投げ飛ばされた海月(ヒドロゾア)が地に伏したまま狼狽する。

 ギルスが如何に優れた感知能力を有しているとはいえ、索敵を可能とする悪魔の双角(ギルスアントラー)には当然として制限がある。長時間連続しての使用は、あまりの精密さが時として仇となってしまい、知覚を施した莫大な情報量に圧倒されて脳細胞が焼き切れる危険性がある。そのため、感知能力の発動はあくまで意識的な任意に留まる。

 それに加えて、よもや、搾りカスとでも卑下すべき微々たる残量の(フォース)で続けざまに戦闘を強いられていたギルスは、僅かとなったエネルギーの消費を極限にまで抑えるため、一切の感知能力を遮断し、(ギルス)の筋肉繊維を司る生体装甲(バイオチェスト)生体装甲皮膚(ミューテートスキン)を筆頭とする肉体の維持に殆どの(フォース)を割いていた。

 感知などできるはずがない。

 他の生命体はまだしも、ロードノイズだけは感知できるはずがない。

 海月(ヒドロゾア)の無機質な相貌が醜く歪む。邪悪な瞳には、とっくに干からびているはずの深緑の怪物が拳を携えて闘志を燃やしていた。

 なぜ気付かれた。なぜ戦える。なぜそれほどまでに強い───海月(ヒドロゾア)のロードノイズは風に晒された枝垂れ柳のように()()()()と立ち上がり、次の瞬間にはギルスへ凶猛な速さで襲いかかっていた。

 眼を疑うほどの速力。不意打ちじみた飛び掛かり。凡百の(つわもの)ならば後れをとって、屍を晒すことになるだろう。

 だが、ここにいるのは死地を走り抜ける風の如き猛獣。

 一対一であるのならば、負ける道理はない。

 ギルスは即座に身を屈ませて回避しつつ、海月(ヒドロゾア)の防守に乏しい腹部に反撃(カウンター)の拳打を叩き込む。貫くような音律が跳ねて、拳骨の痕が烙印の如くロードノイズの腹筋に刻まれる。

 強力な一撃を受けて、大きくよろめきながら後方へたたら踏む海月(ヒドロゾア)へ怒れる(ギルス)は容赦ない攻撃を畳み掛ける。

 破壊の限りを尽くす暴風のように左右の鉄拳が唸るような快音を鳴らして、防御すらままならぬ海月(ヒドロゾア)の胸部や顔面を撃砕せんと殴りかかる。

 一方的な暴力だった。

 攻防は無いに等しかった。

 奏には、ギルスの戦いを主観の視点でしか体感することができない。しかし、それ故に、この男がどれだけデタラメな強さを会得しているか、その一端を見せつけられていた。

 眼だ。攻撃の最中でも津上翔一の視点は留まることを知らない。気を抜けば酔ってしまいそうなほどに目紛しく動き回る視線はギルスが敵と見做した者の腕や脚は勿論のこと、視線や口唇の動き、関節の度合い、あらゆる部位を剣呑に見据えていた。

 そうして、何度も敵の動きを見続けた彼は一言だけ告げるのだ。

 見切った、と。

 放たれた豪殺の拳を何とか受け止めた海月(ヒドロゾア)が殴打の反撃を繰り出すが、(ギルス)の俊敏な動きに翻弄され、攻撃は虚しく空を切る。

 粗末な空振りほど隙は大きくなる。その貧弱な時間に容赦なく一撃を叩き込むのが反撃(カウンター)

 ギルスは海月(ヒドロゾア)の懐に潜り込んで脇腹に肘を突き立てた。粉骨の衝撃が走る。堪らずに後退るロードノイズの頬に一発の右拳(ストレート)を打ち込み、間髪容れずに左の拳で下顎を突き抜けるような痛烈なアッパーカットを放つ。

 その威力たるや、百五十キロに近い体重を持つ海月(ヒドロゾア)を中空に打ち上げるほど───。

 

 〝隙ばかり窺いやがって……そんなにアギトの力が怖いかッ‼︎〟

 

 (ギルス)のハイキックが炸裂する。

 大海原を穿つ銛のように犀利な上段蹴りを海月(ヒドロゾア)に捻じ込んだ。

 抵抗もできずに蹴り飛ばされ、陽に照らされたアスファルトに転がり落ちるロードノイズが悲痛の呻き声を上げる。痛覚があるわけではあるまい。手も足も出ない実力差に腹を立てているのだろう。駄々を捏ねるように両の拳を地面に叩きつけた。

 

『ggGg……kono youna GILLS wa shiranai??!!』

 

 海月(ヒドロゾア)の残忍な生命を終わらせるために(ギルス)は処刑人の如き死の足音を地に響かせながら、ゆっくりと手刀を振り上げ───。

 唐突に胸郭が()()()と跳ねた。

 

「…………ッ⁉︎」

 

 何事か、と懐疑の目線を胸部に向けることなく、(たちま)ちに異変は起こった。全身の筋肉が嘘のように脱力を開始。痙攣と寒気。意識が強く揺さぶるように混濁する。

 この症状は急性心不全のそれとよく似ている。

 血流が不調をきたしたのだと把握するのに時間は掛からなかった。

 翔一は(ギルス)の源が如何にして生み出されているかを知覚していたが故に───心臓に負担を強いていることは重々と承知している。だが、意外であった。心臓はそこまで柔な器官ではない。加えてギルスの因子によって内臓の機能は隈なく強化されているはずだ。心臓に至っては、心膜の硬度と心筋の強度を同時に底上げすることで心臓の機能を損なわずに強化していたはず。

 いや、それが原因か───。

 究明は敢えなく完結した。

 エネルギーの供給が間に合わず、弱った心筋が心膜に阻害され、拍動が正常に行われなかったのか。確証は得られないが、考えられる原因としては最も頷ける。

 まずい。心臓がやられたのなら、あとどれだけエネルギーが残っていたとしても関係がなくなる。

 (しわが)れた喉元へ震えが止まらない掌をそっと当てる。装甲板(クラッシャー)から渇いた息吹が漏れ出す。ひゅー、ひゅー、と無機質な呼吸音が放出される。

 噎せ返るような息の運動に気道が詰まる。酸素を上手く取り込めない。空気が腐肉のように不味い。肺が血反吐に犯されているのか。呼吸が難しい。

 しくじった。翔一の脳裏には、それだけが過ぎる。

 

 ───おい、どうしだんだよ翔一⁉︎ なんか変な息遣いだぞ⁉︎

 

「■■……ッ! ■■ォ……‼︎」

 

『omae wa okashii?!?! naze imada GILLS de irareru??!!』

 

 海月(ヒドロゾア)が膝をつきながら、恨めしい怒号を走らせる。

 脚を一歩を前に踏み出して、よろめきながらもギルスは戦意に満ちた拳を震わせるが、閑静とした苦慮の果てに片膝を地に預けた。

 崩れ落ちるような感覚が意識を揺さぶる。

 ダメだ。エネルギーの供給が間に合わない。

 喰われていやがる、俺の命が───。

 ついに悪魔の双角(ギルスアントラー)が無情を意図するように萎縮する。脆弱性を訴える(ギルス)の呼吸の荒さを耳にして、好機を見たりとロードノイズが動く。

 

『GILLS wa korosaneba aAa aa aaaAaGItoLLS!!!!???』

 

 怨恨に染まった金切り声が吐き出される。

 その声を合図にして、ギルスに飛びかかるクロールノイズが二匹───爆発から奇跡的に難を逃れて、横転したコンテナに身を忍ばせていたのであろう雑兵(ノイズ)は弱り果てた(ギルス)に体当たりを仕掛ける。

 苦悶に動きを止めていたギルスの反応速度は著しく低下していた。クロールノイズの接近を許し、危なっかしい動きで身体を捻らせ、何とか直撃を(かわ)したのは良いが、両腕を拘束されるようにしがみつかれてしまった。

 振り解こうと身体を乱暴に揺らし、苦闘の末に二匹とも腕から引き剥がすことに成功する。大地に叩きつけて、惰性を貪る蛙腹のように肥えた贅肉を踏み潰した。

 突然、奏の警告が走る。

 

 ───翔一、後ろだ!

 

「■、■■ァ……ッ⁉︎」

 

 その隙を狙っていたのか───飛びつくような糸が彼に巻きついた。

 海月(ヒドロゾア)の触手である。

 細長い管のような透明色の触手が海月(ヒドロゾア)の頭部から六本ほど伸ばされて、両の前腕と腹部ごと絞めつけるようにギルスを縛っている。身動きがとれない。力づくで解こうにも今のギルスでは無理がある。

 

「■■……ッ⁉︎」

 

 彼は吐き捨てるように舌打ちした。

 悪魔の双角(ギルスアントラー)による索敵を惜しんだツケが回ってきたようだ。

 ギルスは懸命に身を捩らせて拘束を解こうと抵抗する。双角が萎縮された状態では本来の10分の1にも満たない能力しか扱えない。加えて、彼を束縛せんとする触手は厳重に巻きつけられている。

 だが、他にやりようはあるはず。同時にギルスは第三の眼(ワイズマン・オーヴ)を発現させる。ヒドロ虫と言えば、俗に電気クラゲと呼ばれる海月の触手から発射される刺胞の毒を危険視すべきであろう。

 刺胞毒への応急処置を施せる程度には知識の蓄えが翔一にはある。しかし、それが役に立つかどうかは疑わしい。相手はクラゲではない。ロードノイズと呼称された生体兵器である。炎症や疼痛を起こす程度の刺胞毒で留まってくれるわけがない。致死性の高い毒を生み出しているはずだ。果たして、どこまでギルスの免疫力を信用できるか───。

 だが、すべては杞憂に終わる。

 毒など無かった。触手に刺細胞らしき構造は見当たらなかった。

 拍子抜けだ、と安堵する翔一ではなかった。何かあるに違いないと勘繰って、続けながら第三の眼(ワイズマン・オーヴ)海月(ヒドロゾア)の全身の構造を理知的に把握せんと凝視する。

 妙なものを捕捉したのは海月(ヒドロゾア)の頭部。だが、それが何か分からない。翔一の知識に一向に当てはまらない。彼が生物学に広いというわけではない。彼の専門分野は別にある。それでも出所が不明瞭な記憶が含んだ知恵は幾度となく彼を窮地から脱している。多少の信頼は寄せていた。

 

(なんだ。この変な細胞は。見たことがない。少なくとも人体には無い。待て。そもそも奴の肉体を構成している物質は何だ。殴りつけた感触が妙だった。あれは頑丈なゴムに近かった。ん? ゴム……?)

 

 思考が落ち着きを取り戻し、新たな焦燥を生み落とす。

 翔一が真実に辿り着くとほぼ同時に、ノイズ内部に蓄積された特有のエネルギーがあるものに変換され、海月(ヒドロゾア)の頭部を中心に蓄積されていく異様な光景を第三の眼(ワイズマン・オーヴ)が捉えてしまった。

 合点がいった。納得はしていないが、大凡の答えは得た。

 あれは発電器官だ。筋肉の細胞が変質した発電板が集合して高出力の電圧を生む。デンキウナギやデンキナマズの特徴だ。クラゲではない。

 ギルスはすぐさま自身に巻きつく触手を睨みつけた。電気抵抗を削いだ伝導体。反して、海月(ヒドロゾア)の体質は絶縁体であると推測できる。

 

(野郎ッ、詐欺だろ⁉︎ 本家は落雷だったろうがッ‼︎)

 

 ───おい⁉︎ なんかアイツ、バチバチしてるぞ⁉︎

 

(放電だね! 流石にマズいかもしんない!)

 

 青い稲妻が触手を這うように弾ける。

 ギルスは焦る気持ちを抑えられずに触手を引き千切らんと非力を承知で足掻くことしかできない。

 ()()()()()()と凶悪な音響を撒き散らしながら、海月(ヒドロゾア)の無色透明な頭髪が眩い雷光を閃かせる。ロードノイズが放出する電流の威力は巨大な象ですら感電死に至らしめるほどの傲慢な衝撃を孕んでいる。並大抵の生物ならば、焼かれもせずに心臓を止められてしまうだろう。

 十全の状態ならまだしも、力を削られて虚弱な生命体となった(ギルス)にとって、海月(ヒドロゾア)の凄まじい放電に耐えられるかどうかは極めて怪しい。

 海月(ヒドロゾア)のロードノイズは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。

 翔一は舌打ちを交えて忌まわしい敵を睨み据えることしかできない。

 だが、決して辞世の句を残そうとはしなかった。

 無意識の内に握り締めた拳が高鳴って、小指に温かな熱が灯る。

 

『yakikirete shimae GILLS!!!???』

 

 そして、雷鳴の音が解き放たれた。

 破滅的な凄まじい電撃が哀れな(ギルス)の全身を穿った。人体が許容できる電圧を遥かに上回る殺気の電流が五芒星を無限に描くように四肢を駆け巡る。血肉の一片も残さず蹂躙の限りの尽くさんと痛々しい燃焼を嫌というほど繰り返させる。

 暴れ回る殺伐とした電流の奔流に為す術もなく、深緑の軀を小刻みに激しく揺らす。狂ったように踊る。痙攣と言うよりも振動。支離滅裂な動きを神経が意図したわけでもなく、ただ、電気に弄ばれるようにギルスは死の一撃を永遠と食らい続けた。

 悲鳴すら上げられない。

 痛いの一言すら絞り出せない。

 全身に流れていた血液が一瞬で干上がる感覚。視界は青い閃光で真っ白な世界を広げて、炎の柱に磔にされたような拷問じみた激痛だけが感知できる。火刑に処された古の魔女もこんな気持ちで死んでいったのかもしれない。

 

 ───■■‼︎ ■■ッ‼︎

 

 肉が焦げる香ばしい匂いが充満する。深緑の鎧が黒ずんでいる。装甲板(クラッシャー)の隙間から煙が舞っていた。

 

 ───■■……ッ‼︎ ■■ィ‼︎

 

 焼き殺された細胞が吐き出す焦げ臭い煙が(ギルス)の終わりを知らせる。

 ギルスは立ち尽くしたまま動かない。動けるはずもない。

 たとえ、(ギルス)の因子が尋常ならざる再生力を駆使して、肉の内側まで焼かれた身体を治癒させようとも、急激な痛みに耐え兼ねた精神はもはや原形を留めていられるはずがない。それどころか、ギルスでさえなければ、もっと楽に死ねたであろうにと慈しみをくれてやるべきだ。

 哀れな獣はその身に天罰を受けたように雷に焼かれた。運命に争い続けた悪しき業を清算すべく、血に塗れた肉体は焼き尽くされる。

 苦痛に叫ぶことすら許されずに───否。

 断じて否である。

 痛みに叫ぶことなど彼はしない。苦しみに嘆いて、悲しみに折れて、精神(こころ)が張り裂けそうな痛みに泣き叫びそうになったとしても、彼は声を上げて叫んだりはしない。

 

 ───■■、■■、■■‼︎

 

 ……本当に聞きたい声が、聞こえなくなってしまうから。

 

 ───起きてくれよ、翔一ッ‼︎ 翼と約束したんだろ! だったら、こんなところで終わるなよ、翔一ィ‼︎

 

 闇の中で呼ぶ声。

 この音が聞こえる限りは───まだ、やれる。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ‼︎」

 

 

『!!!!?????』

 

 天すら喰らわんとする惨禍の咆哮が死した(ギルス)の大顎から解き放たれた。

 

『b bb baka na?!?!?!』

 

 ロードノイズが得体の知れぬ怪物に身を震わせる。

 なんだ、このバケモノは。有り得ない。有り得るはずがない。

 致死量の電流を叩き込んだ。地球上の生命体ならば、例外なく抹殺できるほどの感電だったはずだ。それがなんだ。なぜ、意識を保てる。

 再生能力にも限度がある。精神ばかりは生身の人間である。神経の通った生命であるのなら、過度な痛みに耐えられるはずがない。

 ギルスは不完全で未完成の生命体だ。こんなに強いはずがない。もう戦えるはずがない。

 なのに、なぜ、このバケモノは死を赦さない。

 

『nannda……nannda omae wa!!??!!??』

 

 ロードノイズが知ることはないだろう。

 津上翔一という人間の真の強さ───目蓋の裏側に宿る情景が何かを。

 独りで戦っていた少女がいる。独りで背負い込もうとした少女がいる。心を捨ててまで誰かを守りたいと願った誇り高き少女がいる!

 本当に痛いのはこんな焼かれるような痛みじゃない。ましてや心臓が止まりかけた痛みじゃない。

 本当に痛いのは───心の痛みだッ‼︎

 

 〝この程度の痛み───〟

 

 燻る死の炎が巻き起こす激痛に苛まれながら、今にも消えてしまいそうな小指(ぬくもり)を握り締めて───二人の少女の笑顔を想う。今は失われた尊き笑顔を想い、込み上げてくる悲しみが怒りに変わる。

 

 〝あの子の痛みに比べればッ‼︎〟

 

 ギルスの激情が走る。

 魂の叫びが超因子(メタファクター)に宿る賢者の石を激しく閃光させる。心臓が鐘を鳴らすように激しい鼓動を再開させ、凍りついた筋肉が躍動する。オルタフォースの渦が悪魔の双角(ギルスアントラー)を深い眠りから目覚めさせ、再び天に舞い上がらんと解放させた。

 脚部に寄生する生体装甲(ライヴレッグス)が反応する。

 (ギルス)は使い損ねたエネルギーを根こそぎ生体装甲(ライヴレッグス)に叩き込むように喰らわせる。骨が砕けて軋むような不気味な音が右脚から鳴り響き、肉を裂いて反りの大きい緑刃が姿を現した。

 右踵から伸びる禍々しい大鎌の刃が蒼穹を睨みつける。

 赤い双眸が迸る闘志を燃やす。

 蹴り上げられた右脚が一本の大鎌のように振るわれ、疾風の一閃が海月(ヒドロゾア)から伸びる触手の束を美しくも大胆に斬り裂いた。

 

「■■■■■■■■ォォォォォォッ‼︎」

 

 もはや、時間などと言える悠長な世界は何処にもなかった。

 瞬きすら許されない刹那の風に彼我の距離はもう失われていた。

 そして、すれ違うように一閃の静寂が呑み込んだ。

 急いで格闘に持ち込もうとした海月(ヒドロゾア)の忙しない動きが無謀を語るように潮風が流れた。

 神速と呼ぶに相応しい超高速の転身脚(バックスピンキック)によって振り回される死の大鎌(ヒールクロウ)の刃がロードノイズの脊髄を完全に捉えた瞬間だけが世界に刻々と焼き付いた。

 ズシャリ、と───斬り裂く音色が虚無に響く。

 互いに背中を向ける零の時間。

 ギルスは振り向くことなく力強い足取りで前へと進む。

 海月(ヒドロゾア)は振り返ろうとしたが、切断された首から大量の赤い煤を放埒に撒き散らすだけだった。消えた頭部は、大地に凄まじい弧を描く黒い血液の痕を辿っていけば、見つかるかもしれない。

 宙に浮かび上がる天使の輪が活動の終わりを告げる。海月と霊長の姿を象ったロードノイズは恨めしい言葉の一つも残すことなく敢えなく炭化する。

 涼しげな潮風に吹かれて───寂しげに消滅した。

 カツカツ、と。

 黒い鮮血の足跡だけが勝者が誰なのかを物語る。

 

「待て、第三号ッ!」

 

 声の方角に顔を向けると、戦いを終えた剣の戦姫が埠頭の真ん中でギルスを睨んでいた。外傷は見当たらない。少しだけ表情が和らいで見えるのは、果たして目の錯覚か。

 剣と獣。

 両者に違いなく、間違いは腐るほどにある。

 それでも間違い続けても尚───届かない理想を追い求める。どこまでも似たもの同士。だが、決して相容れてはならない。

 そこにあるのは悲劇だけであると知っているから。

 互いに視線が複雑に絡み合った。

 

「翼さん!」

 

 遠くから少女が走ってくる。

 その少女の背後には、幸薄そうな作業員らが五名ほど身を寄せ合いながら、命が無事であったことを安堵しつつも、これから起こり得る何かに怯えて、固唾を飲んで此方を窺っていた。

 だからこそ、ギルスは張り詰めた仮面の奥底で、誰にも悟られぬように頬を緩めた。

 遅れてきた立花響は血相を変えながら、これから予想される悲惨なる争いを止めるべく、二人の間に割って入ろうと前に出ようとして───翼は彼女を手だけで制止させた。

 その表情には第三号に常として向けていた修羅の権化たる殺意は何処にもなく、ただ真っ直ぐとギルスを見つめていた。響は不安の余韻を感じつつも、翼の濁りのない瞳を信じるべく大きく頷いてから一歩後ろへ下がった。

 翼は絶刀(アームドギア)の剣先を下ろし、あの時に感じた小指の温もりを抱き締めるように手をぎゅっと握り締め、高らかに宣言する。

 

「私は力無き者を護りたい。罪なき人々の今日を守る為に風鳴翼は剣を振るい、明日へと羽ばたくために歌を唄うと心に誓う!」

 

 力強い言葉だった。

 迷いの吹っ切れた少女の独白は名刀の刃紋のように澄んでいた。

 

「第三号、おまえは何の為に戦う? その力を誰の為に振るっている?」

 

「…………」

 

 (ギルス)は何も答えない。

 血脈の如く赤い双眸を二人の戦姫に向け、嘲笑するように静観する。何の為? 肉食獣が獲物を狩る理由が必要か?───挑発的な視線が翼の剣呑な眼差しと交差した。

 一触即発の展開だが、翼の剣はついに動かなかった。

 いつになく冷静な剣士へ興味を失せてしまったのか、ギルスは肩を回しながら、倦怠感を漂わせる素振りでギルスレイダーに跨った。

 エンジンが始動し、慣れた足捌きでチェンジペダルを踏む。

 その背中を響はじっと食い入るように観察する。

 有り得ない話であるはずのに、どうしても、毎日のように見送っていたあの青年の背中がギルスの背中と重なって仕方がないのだ。

 何度も見送って、何度も手を伸ばして、何度も掴み損ねてきた大切な人の背中を見間違えるはずがないのに───どうして、胸がこんなにざわついてしまうのだろう。

 遠くなっていく隆々とした深緑の背中。

 津上翔一によく似た優しい背中。

 

 こんなに近くにいるのに、どこまでも遠い。

 

 孤独な背中。

 

 

***

 

 

 血反吐。

 口腔内にこびり付いた血塊を吐き捨てる。

 河川敷の芝生に放埒に寝転がった津上翔一は額に滲む玉藻のような汗を拭いながら、鉄の味がする溜め息をついた。(ギルス)の代償───地獄のような時間を耐え抜いた彼は昇る太陽に手をかざした。

 急激な老化を遂げた腕の骨格が明らかとなって、醜いだけの異形の影と化す。今にも朽ちて消え去りそうな腐蝕の腕には、人間性と呼ばれるものは残されていない。

 こんな俺でも心は捨てたくない。

 でも、いつかはその日が来るのだろう。

 何の為に戦うのか。

 誰の為に戦うのか。

 あるいは、何もないからこそ、戦ってしまうのか。

 過去も記憶もない。誇りも信念もない。命と力だけを背負った紛い物だったから、こうして、この世界で何食わぬ顔をして、今に縋って生き足掻いているのか。

 

 なんて()()()()()生命。

 

 ───なんか翼も吹っ切れたみたいだしホント良かったぁ〜!

 

 天羽奏の抑揚のある声が脳裏に響く。

 

 ───長い付き合いのあたしでさえ、翼の融通の効かない真面目さには手を焼いてたってのに、翔一はすごいよな。なんつーか、うーん、うまく言葉にできないなこれ。とにかく、あたしから礼を言わせてくれ。翼のこと、気にかけてくれて、本当にありがとう。

 

 友人が立ち直ったことに安堵していた奏の感謝の言葉に、翔一は自嘲するように苦笑した。

 俺は何にもしてないよ。心の在り方を決めるのは、いつだって本人の心だ。

 迷いながら、悩み苦しみながら、人は自分の答えを見つけ出す。険しい道のりを進み、挫折を繰り返し、時には信じた道に裏切られ、時には涙で乾いた土を濡らし、どうして分かり合えないんだと傷つけ合って、それでも肩と肩を貸し合いながら未知なる嵐の中を懸命に進んでいく。

 そうして辿り着いた場所で自分だけの答えを得るのだ。

 人は、それぞれが導き出したその答えに〝正義〟という名を与え、それまでの道を〝人生〟と呼ぶ。

 津上翔一が持つことを許されなかった人間の誇りそのものである。

 

 ───いつかさ、あたしが身体に戻って、翼にもちゃんと事情を説明して、そしたら、立花も小日向も全員つれてさ、みんなで遊びに行こう。ピクニックとかどうだ? お弁当作ってさ。あたしも料理手伝うからいいだろう? 絶対に楽しくなるって。

 

 甘い声で諭すような奏の言葉に、翔一は無言の微笑みを返し、しばらく、無窮の空を見上げてから───ぽつりと。

 

「ねぇ、奏ちゃん」

 

 ───なんだよ?

 

「ずっと翼ちゃんと仲良くしてあげてね」

 

 ───当たり前だろ。翼はあたしにとって大切な光なんだ。

 

「光、か……」

 

 奏の当然だと言いたげな強い語気に津上翔一は頬を薄っすらと緩ませて、頭上に広がる青空を見上げた。

 

「それなら安心かな」

 

 千切れ漂う雲を見つめて───小さく息を吸う。

 生きるために息をする。

 生きているのだと言うために息をする。

 空にポツリと雨のように───。

 

「……あとどれだけ()つかな、俺の命」

 

 奏に聞こえないぐらいの掠れた小声を漏らす。

 嘘が一つ。

 あるいは、もっと───。

 たとえば、アギトが自然という名の大気から無尽のエネルギーを蓄えているとすれば、自身の肉体で完結しているギルスは何処から戦えるだけの莫大なエネルギーを生み出して───いや、変換しているのか。

 心臓が鼓動する胸に手を当てて、翔一は言葉を呑み込んだ。

 もういいだろう。

 それは語らなくていいんだ。

 俺が死ぬまでは語らなくていい───くだらない戯言なんだから。

 

 

***

 

 

 

 忘れるな、■■■よ。

 おまえが守りたいと心から願うもの───。

 それは何よりも美しいものであることを。

 思い出せ、■■■よ。

 おまえの魂が信じ続けたものとは何だ。

 失くしてなどいない。

 奪われてなどいない。

 闇を照らす光とは何かを───。

 

 もう一度だけ、思い出せ。

 

 その背中を支えてくれる優しさを。

 その背中を押してくれる温かさを。

 

 おまえは誰よりも知っているはずだ。

 

 恐怖(おそ)れずに疾走(はし)れ───。

 

 我らはそこで待っている。

 

 

 

***

 

 

 えっこら、えっこら、ギコギコと。

 

「…………」

 

 あら、誰かと思えば、今をときめく翼ちゃんじゃない。授業中だぜ? サボリかい? 遅刻? お寝坊さんなの?

 

「違います。仕事です」

 

 わかってる、わかってるから、そのムスッとした顔すんのやめてよん。

 

「津上さんは何を」

 

 ん? ほら、あそこに鳥さんの巣箱あるでしょ? 前に救助しちゃったのよ。んで、親鳥さんがUターンしないように急いで巣箱を作っちゃって、そのまんまだったから、今回はしっかりとした耐久性のある巣箱を作ってあげようと思いまして───そうだ。翼ちゃん、そこ切るの手伝ってよ。

 

「はい?」

 

 ほら、ノコギリ。どうせ次の授業はじまるまで暇でしょ?

 

「……わかりました」

 

 へへっ、これでDA○H島のロケに呼ばれても大丈夫だね。

 

「あっ(折れたノコギリを見つめて)」

 

 うわっ……不器用だな〜(煽り)

 

「ち、違います! これは鋸の刃が錆びていただけで、決して私が不器用だからというわけでは───」

 

 じゃあ、コッチのノコギリ使う?

 

「武士に二言はありません」

 

 がんばれー……って、ダメだよ⁉︎ そんな切り方しちゃダメダメ! ノコギリで兜割りはできないよ⁉︎ ジャパニーズブレードじゃないんだから、こう、引くときに力を真っ直ぐ入れるの!

 

「引く? こうですか」

 

 そうそう。うまいうまい。やればできるじゃない───あら、親鳥さんが翼ちゃんの肩に。やだ……絵になるわ……(うっとり)

 

「…………(助けを求める視線)」

 

 お家作ってくれて、ありがとう、って言ってんじゃない?

 

「私は別に───あ」

 

 おお、今度は俺の肩に───って、(フン)すなーっ⁉︎(劇的な回避)

 

「…………」

 

 あ、今、翼ちゃん笑ったね。

 

「笑っていません」

 

 いいや、笑ったね。見ちゃったね、翼ちゃんの可愛い笑顔。この目にしかと焼き付けちゃったね。俺のゴーストも囁いてる。風鳴翼OUTです。俺の中にいるバーローな審判もテンションアゲアゲで言ってる。

 

「笑ってなどいません!」

 

 カワイイー! ヤッター! SAKIMORIの笑顔ヤッター! カワイイー! 家宝にしたいぐらいにカワイイー! SAKIMORIカワイイー!

 

「だから、笑っていませんって! もう! 子供みたいに(はしゃ)がないで下さい!」

 

 ええんやで。いっぱい笑って、ええんやで。

 泣きたい時に泣いて、笑いたい時に笑う、心ある人間に与えられた特権なんだから───顔真っ赤にしてるSAKIMORIカワイイー! FOOOOOOOー! やっぱり、女の子は笑顔が一番やでー!




SAKIMORIかわいい(挨拶)
前回二万文字は嫌とか言ってたくせに分割先で二万文字超えるうんち作者で申し訳ない。かっこいいギルスを書きたくなっただけでこの有り様ですわ・・・書けたかどうか知らんけど。
オリ主だけ怒涛のシリアスですまないすまない。あんなにヤベェ後遺症とか毎回食らってんのに命が無事なわけがない。命(肉体)も心(精神)も削られて、あるのは痛み(感覚)だけ。それでもおまえは戦うんだよな。仮面ライダーだからじゃなくて、人を想って戦う優しいおまえだから誰かを救えるんだもんな。つまりはおまえは仮面ライダー。でも自分を救うつもりはない。伝われ、この切なさ。
〈以下補足〉
前話でオリ主が言っていた「退職」などの言葉はぜんぶ自分がいつか死んでしまうことの遠回しな比喩です。指切りで約束したのは、俺が死んでも二人を再会させてやるから、俺が居なくなっても二人は仲良くやれよって意味です。読み返してみてね(小声) これで読者さまも存分に苦しめ。心がアッてなれ。そして感想を書け(本音) 書けば作者が嬉しくてアッてなります。
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