仮面ライダーだけど、俺は死ぬかもしれない。   作:下半身のセイバー(サイズ:アゾット剣)

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(温度差)ないです。


♩.俺が原作に介入するのは許されないかもしれない。

 ───キミのパパとママはね、もういないんだ。

 

 白衣の男は機械のような声で少女に告げた。

 

 ───あの場には私も居合わせたから、よく知っている。あれだけ血を流していたんだ。助かりはしないだろう。

 

 情緒の欠片も滲ませず、非情なる現実をまだ十歳にも満たない少女に淡々と突きつけた。

 

 ───都合よく、その場に医者がいたわけでもない。いたとしても、その医者も爆発に巻き込まれていただろう。生存は絶望的だ。今頃は大使館が遺体のチェックでもしているんじゃないか。

 

 嘘だ。

 少女が懸命に絞り出した言葉はそれだった。

 嘘だ。嘘だ。

 狂ったように繰り返す。

 パパとママは生きている。私を一人になんてしないもん。

 溢れんばかりの大粒の滴を呑み込むような眼差しで睨みつけ、今にも男の襟元に飛びかかりそうな勢いで泣き叫ぶ。幼い声はとっくに涸れて、嗚咽のような金切り声が喉から湧き上がっていた。

 白衣の男は少女の涙を凍えるような視線で見下ろしながら、即座に否定した。

 

 ───人は死ぬ。如何なる時も、如何なる場合でも、生命という呪縛がある限りは誰も死から逃れられない。不完全ゆえに不条理に屈する。それが命だ。それが人間だ。人は神ではない。

 

 白衣の男が口にした言葉の真意など、少女には到底理解できるものではなかったが、暗に両親の死を受け入れろと言われた気がして、胸が苦しくなった。

 少女はそれでも盲目となって父と母が生きていると泣き喚いて主張した。何の根拠もなかった。何の意味もなかった。無情の絶望感だけがそこにはあった。

 生きている。生きている。生きている。

 暗示のように言い聞かせても、頭の何処かで賢い自分が否定した。

 きっと、もう死んでいるんだ。

 声には出さない。出すわけにはいかない。

 稚拙な願いを叫ぶ幼き言葉の節々は、抑圧された辛苦の感情によって、徐々に寄る辺のなき怨恨へと姿を変えていく。生きていてほしい。生きていなきゃ嫌だ。死んだら嫌だ。なんで死ななきゃならない。パパとママが何をした。なんで奪った。なんで奪う。なんで、なんで……。

 喉が詰まる。

 なんで私を一人にしたの───?

 白衣の男は壊れゆく少女との生産性に乏しい討論を望まなかった。何一つとして動じない冷徹なる双眼で見下ろし、白衣の内側から一丁の自動式拳銃を手にした。弾倉を詰めて、安全装置(セーフティ)を外し、スライドさせる。

 そうして、泣き崩れる少女の目前にその拳銃を置いた。

 

 ───身寄りをなくしたキミに与えられた選択肢はもう無いんだよ。さあ、その銃を握りなさい。引き金に指をかけろ。安全装置は外してある。照準は合わせなくていい。息も整えなくていい。ただ、()()

 

 潤んだ瞳が自我を失ったような呆然とした様相を呈して、手を伸ばせば届く位置にある拳銃を眺めていた。

 手に取ろうとは思わなかった。

 だって、それはパパとママが嫌いだったものだから……。

 長々とした沈黙を遮って、痺れを切らした白衣の男が嫌がる少女の腕を掴んで、無理やり拳銃を握らせた。少女は必死に拒んだ。子供が大人の腕力に敵うはずもなく、糸に操られる人形のように従うしか他なくとも、殺人の道具を手にすることに嫌悪感を覚えて堪らなかった。

 白衣の男は心など欠落したように虚無の表情を貫いて、少女に銃器の重みを知覚させることを強いた。仮面でも被っているのではないかと疑うほどに男は顔色一つ変えることはない。

 グリップから掌へ直に伝わる鉄色の冷たさが全身を駆け巡る。ゾッとする悪寒に少女は弱々しい悲鳴を洩らしたが、白衣の男は震撼する細い腕をがっちりと支えて、倒れ込もうとする少女の背中を体で受け止めていた。

 銃口が少女の意思とは無関係にある方向へゆっくりと移動する。

 暗闇だった。

 闇の抱擁が解かれるように目が慣れてきて、次第に血生臭いその情景をありありと暴いた。

 赤黒く滲んだ剥き出しのコンクリートと錆びついた鉄格子に挟まれた牢獄に小さな影がじっと少女とその銃口を見据えている。獣かと疑えば、それは恐ろしいことに人間と同じ容姿をしていた。

 少女と同じぐらいの年齢をした少年であった。

 痩せ細った身体は何らかの病気を患っていて、蠅が何匹も集っている。飛び出さんばかりの目玉は赤くなり、顔だけならば老人のようで、骨格が浮き出た木乃伊のような体躯は骸骨と何ら変わりない不気味さを備えていた。衣服はボロ雑巾と何ら変わりなく、焦げた肌の色に混じる腐敗の痕跡を隠すことすらできておらず、悪臭が永遠と漂っていた。

 戦争孤児───この国では、文字通り腐るほどいる。

 果てなき紛争が生んだ被害者は銃口を向けられているにもかかわらず、大したリアクションもなく、恐怖に動転するわけでもなく、来るべき死を受け入れるように少女の瞳を漫然と見つめていた。

 

 ───彼は見ての通り難病を患っている。この国の医療設備では到底助からない。彼に待ち受けるのはどのみち死だ。……誘拐したのではないよ。正規の手続きを経て買収した。安かったよ。彼の命はこの一発の弾よりも安かった。

 

 白衣の男が耳元で囁く───〝撃て〟と。

 

 ───キミが当たれと念じれば、キミにその資格があるのなら、弾丸はあの子の額に吸い込まれていくだろう。ああ。殺したくないというのは聞けない相談だ。キミのご両親は殺されたんだ。ならば、キミには殺す権利がある。報復の義務がある。そこにいる少年はキミのパパとママを殺した反政府組織に加担していた少年兵なんだ。そして、爆薬を仕掛けた実行犯には彼も含まれている。ほら、殺す動機ができただろう?

 

 殺したいとは思わないのか───?

 少女は泣いた。ぐしゃぐしゃに泣きじゃくりながら、引き金にかける指に得体の知れない力を延々と預けていた。この胸に渦巻く感情の色が何を表しているかさえ、どうにもわからなくなって、苦しいのか、悲しいのか、悔しいのか、殺したいのか───少女は何も考えることができずに、喉から這い上がる叫声だけが怒りをぶちまけるように響き渡っていた。

 ただ、もう一度だけ、大好きなパパとママに会いたくて、会えなくて、どうしようもなくて───世界が真っ黒に堕ちていく。

 ふと、少女はこの銃を自分の頭に向けたい衝動に駆られた。しかし、その誘惑が過ぎる度に、頭の中を掻き回すようにして、愛する両親との思い出が瞬いて、呼吸が苦しくなる。ついに少女は発狂したように劈くような絶叫を怒り任せに吐き散らして、ぷちりと糸が切れたように膝から崩れ落ちる。

 あとは鼻を啜る音と嗚咽だけが残っていた。

 撃てなかった。殺せなかった。

 パパとママの仇を前にして、何もできず、何もしようとせず、思い出だけは汚したくないんだと、みっともないことを心が叫んでいる。

 

 なんて嫌な感覚……。

 

 ───まあいい。予兆はあった。簡単なところから始めていくとしよう。

 

 そう言って、白衣の男は項垂れる少女に一輪の赤い花のような安っぽい玩具を差し出した。

 

 ───これは日本のオモチャで風車という。日本人の血を引くキミなら知っているだろう。これを回せ。走るのではなく、息を吹きかけるわけでもなく、手も足も使わずに、これを回せ。

 

 涙目の少女は誰かを殺めるぐらいならばと力無く拳銃を床に置いて、異国の地で懐かしい玩具を手にした。赤い羽根はプラスチックで造られており、少女の小さな吐息がかかるとカタカタと忙しなく揺れる。

 だが、風車は回らない。回転軸が固定されていて、並大抵の風力では羽根が回ることのないように改造が施されていた。

 どうすれば、この風車は回ってくれるというのか。

 答えは単純だった。

 

 ───風を生み出せ、雪音クリス。

 

 白衣の男が少女の左手に手枷のようなブレスレット型の装置を嵌めた。

 

 ───さすれば、キミはアギトに変わるだろう。進化の時だ。人は神ではなくとも、人は神を超えられるのだ。

 

 

***

 

 

 人里離れた一邸の大きな洋館。

 陽射しの届かない常闇に包まれた館内には、碌な手入れを施されていないのか、人が住まう気配は失われていて、廃墟同然の侘しさを醸し出していた。

 

「…………」

 

 そんな館内の埃っぽい部屋の隅で少女は目覚めた。

 スプリングが破損した固いベッドの上で、胎児のように丸まって、浅い眠りに耽ていた少女は目蓋を開けるとぽろりと頬を伝う小さな滴に気がついた。

 シーツを手で撫でてみると微かに湿っている。

 ずっと、私は泣いていたのか。

 少女は己の弱さに煮えたぎるような腹立たしさを覚えたが、懐かしい夢の余韻がまだ胸に残っていたせいか、湧き立つ感情は虚しさへと還元されていった。

 気怠げに身を起こすと麗しい銀髪がさらさらと流れるように少女の背中に落ちていく。何度も目を乱暴に擦ってから、周りに人がいないことを確認して、ようやく安堵したように吐息を漏らす。

 このような醜態をあの女に見られるわけにはいかない。

 今の私は戦士なのだ。あるいは部品とも言えるだろう。

 たとえ、罪なき生命をこの手で破壊することになったとしても、臆することなく血で染まった刃を振るわねばならない。人の業には余るほどの計り知れない咎を背負うことになったとしても、我が身が朽ち果てるまでこの脚を止めるわけにはいかない。

 地獄のドン底を這ってでも突き進んでみせる。

 あの日から、そのような覚悟を決めて、自らの意志で、あの女の口車に乗ったのに───今さら涙など見せてなるものか。

 

 冷たい床に素足を投げ出し、軋む音を立てるベッドの上に座って、しばし放心の時を過ごす。

 そうしていると、小さな円卓に忘れ去られたように置いてあった赤い風車を視界の端に入れてしまった。何度も捨てようとして、いつまでも捨てられなかった名残の品であるそれを熟考の末にそっと手にした。

 安いプラスチックの羽根は傷ついてボロボロになっていた。持ち手の棒はポッキリと折れてしまって、何度もテープで補修した後が残っている。それでも回転軸の固定具だけは奇跡的に機能していた。

 

「…………」

 

 少女は目を瞑って、祈った。

 大切な思い出がある。

 忘れたくない思い出がある。

 会いたい人がいた。会いたい人がいる。

 会えない人がいた。会えない人がいる。

 それでもこの手はずっとあの感覚(ぬくもり)を追い求めている。

 

 神さま、もう二度と会えないのに、もう一度だけ会いたいと願ってしまうのは罪ですか?

 

 いつのまにか少女の頬にはまた涙の痕が浮き上がっていた。止め処なく滴る雨粒が赤い風車の上に落ちては優しく跳ねた。静かに肩を震わせながら少女は咽び泣くように俯いた。

 大切な思い出をこの胸に抱きしめて、あてもなく祈り続ける。

 雨のように注ぐ落涙に気づかぬフリをして。

 

 あとどれだけ私は泣けばいいのだろう───。

 

「教えてくれよ、アギト」

 

 愛おしいその名を呟いても、風が吹くことはない。

 

 赤い風車を回すことができるのは、きっと、彼だけなのだから。

 

 

***

 

 

 蝸牛が顔を出す絶好の雨日和を目前とした正午の曇り空。

 雨雲に覆われた灰色の空が湿った匂いを漂わせる私立リディアン音楽院高等科の中庭に彼はいた。

 花壇の手入れをしていた津上翔一は()()()()と口を開いたまま、忘我のように曇天を仰いでいた。手に持ったスコップが土を抉ったまま動きを止めて、およそ数分の時間が経とうとしているが、心ここにあらずといった間抜けな顔で静止を続ける。

 抜け殻のようだった。頭上に白い蝶がひらひらと寄ってきても、肩に小鳥が止まり木と間違えて休んでも、思考すら真っ白な翔一は彫像のように動かなかった。

 とにかくボケ〜としていた。

 側から見れば、いつ降るかもわからぬ雨を待ち焦がれている蛙のような能天気さが窺える。無論、雨が大地を潤す時など彼は微塵も待っていない。雨が降る前に外での業務を終わらせようとしていたのだから、尚更である。

 

 ───どうした翔一? そんなに口をあけてたら、餌をねだる鯉みたいだな。

 

 彼の身に宿るもう一つの魂である天羽奏が揶揄うような言葉をかける。

 だが、翔一の反応は薄かった。あんぐりとした口をむすーっと閉じるだけだった。

 

 ───さては、なんか悩み事でもあるってのか?

 

 興味ありと言いたげな無邪気を含んだ声色だった。奏の知らない津上翔一の新しい一面が見られるのではないかと単純に期待したのだろう。

 日常における津上翔一は極めてマイペースな性格をしている。何事に関しても、ありのままを受け入れて、深く悩まず、とくに考えず、センチメンタルとは無縁のような生き方で、おもしろうるさく暮らしている。

 戦いの時とは違う、本当の津上翔一がそこにはいるのだ。

 天羽奏はこの呑気な男の中に叩き込まれて、早二年の月日を経験しているが、精神だけの存在という不安定な現状を未だに苦と思えないでいられるのは、紛れもなく津上翔一そのものに依るところが大きい。

 見ていて飽きない。話していて退屈しない。何をしても、何もしなくても、この青年と過ごす時間は奏にとっては有意義だった。たとえ、永遠を強制させられたとしても、この愉快な青年とならずっと一緒にいられる気さえした。

 道端に咲く花を愛でて、囀る鳥の音色に耳を傾けて、はしゃぎ回る子供の背中に輝かしい未来を重ねる───世間から「バケモノ」と罵声を浴びせられている津上翔一の瞳には、誰もが忘れてしまいそうな世界の美しさばかりがいつも刻まれていた。

 そんな人間の温かな心を寄せ集めたような男だから、あの仲良し二人組もあそこまでお熱になるのだろう。今の奏には、彼女たちの気持ちが手に取るようにわかる。いや、実際に天羽奏の心の中にもあるのだろう、二人とまったく同じ想いとやらが───。

 

 ───悩みがあるなら聞いてやるよ。遠慮すんな。あたしと翔一、運命共同体みたいなもんだし、一蓮托生の仲だろ? な?

 

 撫でるような声で奏は上の空な翔一に洗いざらい吐かせようとする。

 奏は知っている。この男は押しに弱い。とことん弱い。例の仲良し二人組から学んだことだ。あの二人は大概の要求をそれで通していた。

 翔一は本気で嫌な時は笑って誤魔化そうとする。逆に嫌でも何でもない時は特に目立ったアクションはない。そのような場合であれば、押しに押せば渋々と口を開いてくれる。

 わかりやすいと言えば、わかりやすい男だ。

 奏の目論見通り、唇を尖らせた翔一はゆっくりと息を吐き出し「大したことじゃないんだけど」と前置きをしてから話し始めた。

 

「なんか変な夢見ちゃってさ」

 

 ───夢?

 

 そうそうと頷きながら、土で汚れた左右の軍手を握り合わせた。

 

「あんまり内容は覚えてないんだけど、色んな人に手を握られてんの」

 

 ───うん。

 

「ちっちゃい手だったり、よぼよぼの手だったり、ゴツい手もあったし、しなやかな手もあった。肌の色も疎らだった。だけど、みんなが俺の手をガッチリと握って、なんか言ってんだ」

 

 ───うんうん。

 

「それだけ」

 

 ───それだけ?

 

 ずっこけるような気持ちを味わった奏を気にすることなく、目を瞑った翔一は腕を組んでウーンウーンと唸り始めた。

 

「別に悪い夢じゃないはずなんだけど、誰の顔も思い出せないし、何言ってるか全然聞こえなかったし、なんか起きてからモヤモヤするし、なんだろうなこの感じ、あー、そう、これは───」

 

 〝虚しさ〟

 

「で、いいのかなー……わっかんね」

 

 不機嫌そうにへの字に口を曲げた翔一はそれを()()()()()夢だと切り捨てることで、胸元に悶々と燻る歯痒いだけの嫌な気分にケリをつけようとしていた。

 しかし、奏は声だけでもわかるほどの穏やかな笑みで言った。

 

 ───なんか翔一らしい夢だな。

 

「……俺らしい? なにそれ。奏ちゃんの中で俺はいったいどんなキャラに出来上がってんの」

 

 ───バカ。

 

「百点満点の回答をたった二文字で表さないでくれる?」

 

 ───じゃあ、優しいバカ。

 

「ええ感じの形容詞を付け足せばいいってもんじゃないんだけど」

 

 ───まあまあ。沢山の人に手を握ってもらったんだろ? 手を握る時なんて、何か良いことがあった時って相場が決まってんだから、きっと、翔一がその人たちに何か良いことでもしたんじゃないか。あたしはそう思うよ。

 

「んへぇー……」

 

 ───なんだそのやる気のない返事は。

 

「俺が人に良いことをするだなんて、なんかこうピンとこない」

 

 ───……翔一って、じつは鏡とか見たことないんじゃないのか。

 

「朝顔洗う時に見てるけど、日に日にゾンビみたいになっていってるから、俺が見てるのは鏡じゃないかもしれない。俺の肌はもうちょっとツヤツヤだったはず(確認中)……そうでもなかったわ」

 

 ───いや、そこで落ち込むなよ。

 

「周りのJKが眩しすぎて、俺はもう若くないのねってことを痛感させられる毎日です」

 

 ───中学生より走り回ってる奴が何言ってんだ。

 

「奏ちゃんのぶんも走ってるんだよ」

 

 ───おつりが出るぞ。

 

 そこまで淡々と会話を続けて、何の変哲もない談笑にすっかり変わってしまっていることに気がついた。それが面白くて、おかしくて、いつものように二人で気が済むまで笑った。

 

「良いことして、か……そうだったらいいなぁ」

 

 小さく呟いて、翔一は青くない空を見上げながらこっそりと微笑んだ。

 

 

***

 

 

「うぇ〜もう手がくたくただよ〜」

 

 放課後の教室。

 溶けるように机に突っ伏した立花響は終わりの見えないレポート課題を横目に大きな溜息をついた。

 課せられたレポートの題目は人類を脅かす〝認定特異災害(ノイズ)〟について簡潔に要約するというテーマであったが、ペンは思うように進んではくれず、時間だけが刻々と浪費されていた。

 響の付き添いである小日向未来が図書室から収集した参考資料をトントンと小気味よく揃えてから、穏やかな声色で横でぐったりとしている友人を優しく諫めた。

 

「もう響ったら……先生に無理言って、今日までレポートの締切を伸ばしてもらえたんだから、さすがに夕方までに提出しないとダメなんだからね」

「ううっ……でも、今日は雨なんだよ?」

 

 そう言って、教室の窓から瞭然と広がる鉛色の空を二人して眺めた。

 耳を澄ませば、遠くからゴロゴロと雷さまが腹を空かせている音が聞こえてくる。未来はタブレット端末から天気予報のアプリを起動して、雨雲の流れを確認した。日が落ちる頃には大雨に見舞われるだろう。地域によっては大雨警報も出ているらしい。

 

「これが終わったら、未来と一緒に流れ星を見に行くはずだったのに、こんな天気じゃお星さまも真っ暗だよ」

 

 ()()()見る流星群を楽しみにしていたのに───と、唇が止まる。

 

「…………」

 

 そこに違和感を覚える必要はなかった。

 立花響という少女の日常は、幼馴染の親友と過ごす陽だまりのような時間が大半を締めている。それはシンフォギア装者となった今でも変わらないだろう。ずっと昔から二人一緒に居るのが当然であって、それぞれが違う道を選んだとしても、まるで運命が定めたかのように気づかぬ内に同じ道を二人で手を繋いで帰っていた。それが当たり前だった。二人にとっての常識だった。

 そして、立花響と小日向未来の幸せはいつもそこにあった。

 でも、今は違う。

 いつしか二人で帰る道は木枯し舞う冬の寂しさのようなものを時折感じさせるようになっていた。いつもの帰り道も、視線は自ずとバイクに跨るあの人の背中を探していた。似たようなエンジン音が聞こえたら二人して急いで顔を向けて、肩を落としながら「違ったね」と笑い合った。

 戻れない。あの人を知ってしまったから、二人で満たされていたあの頃にはもう戻れない。物足りない空虚な心を埋めるため、二人はどちらかが提案したわけでもなく、いつものお好み焼き屋へ自然と足を運ばせる。そこで待っている能天気な頭をした青年にたくさん甘えるために、笑顔で会いに行った。

 

 いつからだろう。立花響と小日向未来の陽だまりに───津上翔一が不可欠になってしまったのは。

 

「翔一さん、お仕事で流れ星は一緒に見に行けないって言ってたけど、『ふらわー』のシフトには書いてなかったよね。学校のお仕事なのかな? 大変なのかな、学校の用務員って」

 

 ボソボソとか弱い口調の響に、未来は言葉を濁らせた。

 

「私も、よく知らない……」

 

 普段の未来らしくないどこか歯切れの悪い返答だった。

 

「ねぇ、響」

「うん?」

 

 あのね、と言いかけて、未来はゆっくりと口を閉ざしてしまう。

 

「…………」

「未来? どうしたの?」

「ううん。なんでもない。あ、そうだ」

 

 一瞬にして顔色を変えた未来は課題のレポートの一文を指先でなぞった。

 

「ここの『認定特異災害・ノイズが頻出するようになったのは六年前に謎の沈没を遂げた幽霊船の事件を機に……』ってところは修正した方がいいと思うな」

「ええーっ⁉︎ その説、割と信憑性高いんだよ⁉︎」

「それオカルト掲示板か何かの話でしょ。学校のレポートに書く内容じゃないよ、もう」

 

 未来は友人に隠し事をしてしまった罪悪感に苛まれて、胸にズキズキとした痛みを抱いた。

 言えるはずがない。まだ本人から何も聞けていないのに、あの話を響にできるはずがない。だから、今はこの胸に閉まっておこう。

 そう自分を納得させた未来は独創的な文字で綴られたレポート用紙に目を落とした。この課題のレポートが問題だらけなのは決して嘘ではない。文字が絶望的に汚いのはこの際どうしようないが、内容だけを評価したとしても安易に頷けるものではなかった。

 

「『日米の友好の証として建造され、海底に眠る謎の遺跡を調査するために両国が運営していた〝あかつき号〟の悲劇はおよそ二十年前に遡る』───なんで響はこういうものはしっかりと調べられるのに、肝心なところは抜けているんだろう……」

 

 頭を押さえる未来にお構いなく、目をキラキラさせた響は元気を取り戻したかのように身を乗り出して力説し始めた。

 

「でもね、掲示板によると、その船が沈んじゃった時はすごい嵐で、もう何にも見えないぐらいの異常気象だったらしいよ。そしたら、その暴風雨の中で、海面が光でいーっぱいに輝いて、大きな光の柱がその船を包んだって話がね───」

「はいはい。口じゃなくて手を動かさないと帰れなくなっちゃうよ」

「未来がいるからいいもーん」

「またそうやって……もう」

 

 未来は満更でもない様子で頬を赤くした。

 そうこうしているうちに、窓の外からぽつぽつと雨の柔らかな音が二人だけの教室に響き渡った。降り出した雨は次第にその勢いを増していく。最初は小雨だったが、今や()()()()と地面を激しく叩いていた。

 

「ねぇ、未来」

「なに、響」

 

 空の青さえ遮る鉛の雲が無窮に広がり、生命芽吹く大地へと雨を捧げる。

 

「痛くても、苦しくても、どこまでも頑張れちゃう人って、誰かに助けてほしいとか、誰かに慰めてほしいとか、思ったりしないのかな」

 

 雨は降り続ける。

 

「……思うよ。きっと、思ってる」

 

 ()()()()と涙を流すように───。

 

「そうだよね。うん。やっぱり、未来に聞いて良かった」

 

 その大地を悲しみで覆うのだ。

 

 

***

 

 

 地下っと♡(右パンチ)

 地下っと♡(左キック)

 血祭りじゃああああああッ‼︎(ジャーマンスープレックス)

 

「■■■■■■■■ァ───‼︎(訳:頭にドーンだYO!)」

 

『I\\s=▽n°’t♪i£^t÷d°※e▲a〆|^d%y:♢et????』

 

 人っ子ひとりも居なくなった地下鉄のど真ん中でノイズたんの中身(へんな粉100%)がぶちまけられる。南無三。ブリッジ状態から背筋と腹筋パワーで飛び上がるようにスタンドアップして、タックルかましてくるノイズたんを手刀で叩き潰し、後ろからピョーンとダイブしてきたノイズたんを上手いこと受け止めて、慈愛をもって抱き締めてやる。ヨーシヨシヨシ……ジ○グブリーカータヒねぇっ!(パイパー無慈悲)

 ピコピコうるせぇノイズたんと張り合うようにワーワーうるせぇ(ギルス)の大声が今日も今日とて喧しく反響しております。ニッポンは今日も平和です(感覚麻痺)

 俺はダッシュでノイズたんにラリアットかましたり、顔面を床に埋めてやったり、近くにあったベンチを引っぺがして投げつけたり、悪役レスラーばりの残虐なファイトに勤しんでいた。

 

「■■……■■■ァ‼︎(訳:オラァ‼︎ 毒霧じゃい‼︎)」

 

 もはや、仮面ライダーらしからぬ卑劣な技も厭わない。今の俺はさながらダークライダーである。超ド級ブラック会社の闇に従う悪のライダー。休暇も与えられず、身をすり潰しながら労働に苦しむ俺はついに悪役のライダーに転職することを決意したのだ。俗に言う闇堕ちである。もしくは地獄堕ち。青いデュナミストと金ピカのゴーオンの人が俺を待ってるぜ! おっと、真っ赤な毒霧が口から漏れちゃう漏れちゃう(じゅるじゅる)ペッ……ここらへん清掃する人には申し訳ないと思う気持ちはあるけれど、残念ながら俺は極悪非道なダークライダーとなったのだ。そんな思いやりの心なんかブラックホールにでも食わせてやれ! 公共の施設だろうが何だろうと俺のヨダレで汚してやるぜククク(暗黒微笑)

 これも全部ノイズってやつのせいなんだ。一匹いたら百匹はいるGみてぇなノイズたんが次から次へと五臓六腑にまで届いちゃうラブラブ攻撃をぶちかましてくるからいけないんだ。(厳密に言えば、折れた肋骨の破片が肺を傷つけて、口の中がトマトジュースなだけなんだけどね!泣けりゅ!)

 どれだけ俺に情熱的なんだよ。ノイズたんの愛が重いよ。心臓に響くよ。俺を見つけたら脇目も振らずに真っ先に飛びかかってくるじゃん。しかも全員で多方向から逃しませんよと言わんばかりにくるじゃん。俺のこと大好きかよ。つまり、年がら年中ノイズたんに囲まれている俺はハーレム主人公。やれやれ。モテる男は辛いね。辛すぎてセーブデータをリセットして、カセット思いっきりぶん投げたいわ。

 

「■■ァ……■■ァ……ッ」

 

 帰りたい(小声)

 でも、本日は原作が進む大事な日なんですわ。翼ちゃんが血みどろスマイルでお陀仏しかけてしまうトラウマ不可避のヤベーイ日だから、多少の無茶は度外視する気で挑む所存です。あのデンジャラスな顔を一回でもリアルで目にしたら、間違いなく俺は一人でトイレに行けなくなる自信がある。夢にも出ると思う。そんでおねしょもドバドバしちゃう気がする。(※彼は成人しています)

 そんな恥ずかしいことするわけにはいかねぇよ。二度と社会復帰できなくなるわ。待ってろよSAKIMORI。俺のスッカスカの尊厳のためにもマジキチスマイルだけはやめちくりいいい‼︎(懇願)

 ああ、そうそう。外は生憎の雨なので風邪引かないようにしないとね。風邪なんて引いたことねぇけど。やったぜ。俺の体は健康みたいだ。突然やってくる心筋梗塞の恐怖に毎日ガクブルしてんだけど、風邪は引かないから体はきっと健康なんだ(自己暗示)

 ん? てゆーか雨だと? ヒェ……原作と違うやんけ(白目) ふえぇ……おじさん唯一の強みである原作にわか知識がクソの役にも立たなくなっちゃうよ(震え声)

 んまあ、正直ね、原作と展開が違うやんけとかそんな話はもうすっかり諦めましたよ。ええ。だって、(ギルス)が居るもん。明らかに存在しちゃならんケダモノフレンズがいるんですもん。そりゃ雨だろうが雪だろうが何なら槍だって降りますよ───って、槍みてぇなのが降ってきたあああ⁉︎ 連続バク宙で後方に回避! ザクザクザクと床に変形したノイズたんが突き刺さる。一息つく間もなく別のノイズたんが横から襲いかかってきた。反応はできるが、着地の余波で片膝をついてしまった態勢では到底避けられないタイミングだった。……ほんと休暇どころか息継ぎすら許さないね、キミら。

 

 そんなに俺のことが嫌いかい?

 

 奇遇だね、俺もだよ。

 

 ───翔一ッ⁉︎

 

 奏ちゃんの小さな悲鳴が聞こえるが、荒波のように押し寄せてくるノイズの連続攻撃を三発ほど腕で弾いた時点で返事を挟む余裕は無くなっていた。

 手数に押し負けた俺は数体のノイズに喰らいつかれるように揉みくちゃにされて視界を奪われる。焦って後退したのがマズかった。背後にホームへ続く階段があったことを失念していた。足を踏み外した時にはもう遅い。哀れなばかりにゴロゴロと長い階段を転がり落ちていく。ロクな受け身も取れない最悪な落ち方だ。苦肉の策として、我武者羅に階段を拳で叩いて回転方向を調整したり、ノイズを掴んでクッション代わりに衝撃を殺したり、なんとかダメージを軽減させようと抗った結果、幸いにも首の骨は折れなかった。カルシウムの勝利である。牛乳飲んでて良かった。

 地下鉄のホームまで転がり落ちると、身体にへばりつくノイズを力づくで引き離し、後転を交えて何とか距離を保ちながら起立する。

 乗降場に無人の電車が停まったまま放置されているせいか、ただでさえ横幅の狭い通路がより窮屈に感じる。肌寒い地下の森閑とした空気を犯すように、目に毒と言わんばかりの色合いのノイズがなだれ込んでくる。

 

『p↓≦le::a◎s°e>d#%i=e±◆e×\\ar□ly?!?!』

 

 ───後ろの方に爆弾タイプだ! 気を付けろ、翔一!

 

 頭の中に響く少女の警告に従って、視線を群れの後方にズラせば一匹のぶどうノイズが確認できた。身体中に実らせた小型ノイズの爆弾を発射しようと準備を進めている様子が見て取れる。

 どう仕留めようかと思案していると牽制の態勢から一転し、先頭集団のノイズが一斉に動き出した。真っ直ぐとこちらに突撃してくる。俺は止むを得ずみじめな乱戦に持ち込まれる羽目になる。物量で押し切られぬようにするため、目で各ノイズの位置を毎秒毎秒頭に叩き込み、止まることのない攻撃の連鎖の合間を縫って、格殺の一撃でノイズを一匹ずつ確実かつ迅速に葬り去る。本来ならばダイヤモンドに匹敵する硬度のミューテートスキンは今や人肌と大差ないほどまでに防御の性能が落ちている。一発も喰らってはならない。異常な再生能力は健在であれ、敵陣のド真ん中で傷を癒すような時間は無いに等しいのだから。

 

 ………。

 

 ………………。

 

 いや、キッツ‼︎ マジでキッッッ‼︎

 

 ヤメだァーッ‼︎ もうヤメヤメ! こんなのムリじゃん‼︎ ムリムリ! つまり、今の俺って、ゴキみたいな生命力とゴリみたいな怪力をもっただけのゴミみたいな脳した人間よ⁉︎ ゴリゴキゴミが揃った最低のG3だよ。俺はただの人間なんだよぉ!(必死の人間アピール) そりゃノイズたんの砂遊びとスケスケバリアに対しては多少の耐性あるけども、今のギルスパイセンは間違いなくシンフォギアに劣ってる! グロがエロに負けてる! 俺もエロに方向性を定めて転職しようかな。やっぱ遠慮しておこ。ギルス好きだもん。でも、そろそろヤバい。ハートがドキドキでノイズたんはウジャウジャ。俺の心はグラグラってわけ。もうやだあああ⁉︎(泣) 拙者おうち帰りゅううう⁉︎ ぴええええええん‼︎

 

「■■■■■■■アアァァァ───ッ‼︎」

 

 とかやってる間に、八割ぐらい消し炭になるまでノイズたんをしばき倒してやったわ!(息切れ) しかもノーダメージでよぉー⁉︎(煽り) ザマーミロだぜ、社畜ノイズたん! 悲しみのクソ雑魚ワンオペに無双される気分はどうよ⁉︎ ええ? 恥ずかしくて言葉も出ませんかー⁉︎(息切れ) ……褒めてぇー‼︎ 奏ちゃんチョー褒めて‼︎

 

 ───正直、あたしなんかが褒めていいレベルじゃないんだけど……。

 

 おっかしいな。奏ちゃんの声がガチ引きしていらっしゃる。

 

 ───どんな敵とどれだけ戦っていたら、そんな武の極致みたいな戦い方ができるようになるんだか。あたしじゃ想像もできな……あっ……翔一、翔一!

 

 ふぁい?(ノイズにチョークスリパー中)

 

 ───あのすごい天使サマって、ずっと一緒にいたんだよな?

 

 エルさんのこと? うん。記憶喪失の俺が浜辺に打ち上げられてた時から、エルさんたちは当然のように俺の中に在宅していらっしゃったよ。(ノイズにキャメルクラッチ中)

 

 ───今までにさ、その天使サマと一度でも戦ったことってあるのか?

 

 たたかう? ないない。そもそもエルさんは戦える身体がねぇもん。(ノイズにフランケンシュタイナー中)

 

 ───ああ。そっか。そうだもんな。

 

 ウンウンと納得する奏ちゃん。まあ、仮にエルさんたちに体があったとしても、ロンリーライダーで強化フォームもない俺が一人立ち向かったとしても、ラスボス天使に勝てるわけないんだよなぁ(遠い目) フルボッコにされる未来が見える見える。あー怖ッ。

 おおっと、何曜日のたわわか知らねぇがプルプルした丸い爆弾をぶどうノイズたんが発射してきた。ぼよんぼよんと弾む二つのボールはさながらOPPAIのように刺激的だった。いや、刺激どころじゃねぇわ。危険が危ないわ。タイミングを見計らって、下敷きにしていたノイズの頭を引っ掴んで、OPPAIみたいな爆弾へと雑にブン投げる。すると爆弾はノイズたんにぶつかったことで派手に空中で爆ぜた。上から見ても下から見ても汚ぇ花火である。ある程度の距離を確保した上での爆発だから俺に被害はナッシング。これがみんな大好きガードベントよ。近くにいたおまえが悪いんだよなぁ(Q.E.D.完了)

 爆発の黒煙が視界いっぱいに広がって、さながら煙幕のようになる。おかげで後方に残ったノイズたんの動向を窺うことができなくなったが、それはあちらも同じことだ。近くでしつこくピコピコしているノイズたんを回し蹴りでぶっ倒し、爆発の煙が視野を阻むその隙に真横で停車している列車の窓を蹴り破って、俺は乱暴に跳び移った。ダイナミック乗車である。近くにあったおまえが悪い(万能浅倉威理論)。この電車を経由して、残り数少ないノイズたんの後ろから奇襲を仕掛けてこの戦いをさっさと終わらせてやろうという算段よ。

 

 待ってろぶどうアームズノイズたん! そのエチエチな実を揉みしだいて、闇堕ちさせてから最後は華々しく光堕ちさせてやっからなミツザネェ!

 

「たあああぁぁぁ───ッ‼︎」

 

 ……その必要なくなったっぽい。(しょぼん)

 

「三号さん! えーと、あー、ぐ、偶然ですねっ! こんなところで会うだなんて!」

 

 最後に残ったぶどうノイズたんを右ストレートでぶっ飛ばしたニッコニコの響ちゃんが俺に手を振ってきた。どうやら、俺が転がり落ちてきた階段をフツーに降りてきて、俺に夢中なノイズたんの隙だらけな背後からフツーに畳み掛けて、フツーに全員もれなく殴り倒したらしい。あれ? もしかして俺って囮? ノイズたん用の撒き餌か何かなの?

 てか、響ちゃんも呼吸が少しゼェゼェしてるようなので、俺のプロレタリアにどっぷり浸かった悲しき雄叫びを聞きつけて、急いで走ってきてくれたのかもしれない。なんかごめん。俺のことはほっといて大丈夫よ。ノイズたんに多少の遅れはとっても必ず昇天させるから。自壊なんて寂しい真似させる前にしっかりと仏にしてやっから。

 

 だから、その悲しそうな顔やめてよん。響ちゃんは笑ってる顔が一番可愛いのに……。

 

 辺りをキョロキョロ見渡して、ノイズたんの反応が全部お亡くなりになられたことを確認する。とりあえずは安全かな。よーし休憩タイムだ。ちゃんと休まないと労基がお叱りに来るからね。俺のところには絶対に来ないけど。

 そのまま電車内の座席に俺はどっこいしょと腰を下ろし、噎せ上がるような呼吸を整える。骨とかだいたい再生し終わってるんだけど、やっぱりスタミナはどうしようもない。真っ白に燃え尽きた感のある座り方で俺はホーム側に佇む響ちゃんを視界に入れないようにしながら、ボドボドな身体を休ませる。もずく風呂にでも浸かりてぇ気分だわ。

 

「あのッ! 私、第三号さんにどうしても聞きたいことがあるんです! 聞かなきゃいけないことがあるんです!」

 

 俺はもちろん反応しなかった。指先一つとして動かさず、聞こえていないフリをしたけど、響ちゃんは止まらなかった。

 

「なんで戦うんですか」

 

 声が震えていた。表情は見ていないが、もしかしたら泣いてくれているのかもしれない。

 

「なんで、そんなに苦しそうなのに戦えるんですか。痛くないんですか。辛くないんですか」

 

 辛いよ、給料とか出ないからね。

 痛いよ、とくに財布が。ガソリン代もタダじゃないからね。

 苦しいよ、どんだけ働いても増えない貯金残高を見ていると。

 でもね、俺はノイズたんを食べなきゃいけないの。栄養摂取なの。食べるために仕方なく頑張ってんの。人間が労働する理由ってのは、突き詰めれば、食べ物にありつくためだ。生命の根幹を為すのは食事だよ。何も喰らわずに生きていけるものなどこの世には存在しない。人も動物も植物も、何かを喰らわなければ生きていけない。

 喰らうことは生きるためには必須の行為。

 俺はそれを事務的にやってるだけなんだから、そんな可哀想な目で見るのはよしてくれ。響ちゃんのように立派な志を持って、誰かのために戦ってるわけじゃないんだからさ。

 

「三号さんの背中───私の大切な人の後ろ姿にとっても似てるんです。温かくて、優しくて、なのに……いつも寂しそうで」

 

 声が沈んでいく。

 

「何かを独りで背負ってる」

 

 …………。

 

 そりゃ背負うさ。背負えるもん。他に何も持っていないカラっぽの紛い物だからね。ポケットなら空いている。ずっと昔から何にも入ってない。だから、詰めるだけ詰めてるだけ。いっぱいになるまで押し込んでるだけなんだ。

 たぶん、他の人なら無理かもしれないけど、俺には偉大な仮面ライダーの力があるからね。どれだけ重たい荷物でも持っていけちゃう。そう考えると便利だよ。アギトもギルスも、仮面ライダーってのは、俺に底知れないものを背負わせ───背負えるんだってことを教えてくれる。

 

 ───翔一……おまえ……。

 

 つまりは自業自得ってことよ。同情ならお門違いもいいところ。あくまで俺はノイズたんを食べたいだけ。その過程でちょっと寄り道程度に人助けしてるだけなの。軽い気持ちなの。コンビニ感覚なの。そうそう。忘れちゃいけない。俺はダークライダーに転職したんだった。グフフフ、これからは勝手気ままに暴れてやるからな。そんな風に俺を哀れんでいたら、痛い目みることになるぜ、響ちゃん!

 

 そう、こんな感じになッ!(飛びかかりモーション)

 

 と、響ちゃんをビビらせて追い払おうと腰を上げ、床を素早く蹴った直後だった。

 

 プシューとドアが閉まった。

 

「■■ッ⁉︎(訳:ファ⁉︎)」(ドアに頭をぶつける)

 

 ───なっ⁉︎

 

「え?」

 

 ライトが点灯を繰り返し、唸るような駆動音を上げて列車が一人でに動き出した。何のアナウンスもなく無言のまま発進する。ガタンゴトンと軌条を踏み、車内を揺らしながら運転士のいない電車は前に進み始める。

 俺は閉ざされたドアの窓にカエルのようにみっともなく張り付いた。車窓から見える景色を無我夢中で楽しむ子供のような態勢であるが、内心は焦りに焦っていて、ゆっくりと遠ざかっていく響ちゃんにヘルプコールの視線を懸命に送る。ダサい。何から何まですごくダサい格好である。

 

 響ちゃあああん⁉︎ 助けてえええッ‼︎ なんかドナドナされちゃってりゅううう⁉︎ ファーッ⁉︎

 

「さ、三号さん⁉︎ ええっ⁉︎ 電車が勝手に動いて───ええッ⁉︎」

 

 ───ッ⁉︎ 翔一、電車の奥にノイズが現れたぞ‼︎ あれは……ロードノイズッ⁉︎

 

 ま た お ま え ら か よ (泣)

 

「待ってくださいっ! 私は───ッ」

 

 止めて止めて! 誰か止めてくんしゃい! てか出して! ここから出してええええええッ‼︎ うぎゃあああああ⁉︎(悲鳴)

 

 動き出した列車を追って、必死に走りながらも俺に手を伸ばす響ちゃん。空気だけを虚しく掴んだ響ちゃんの手がどんどん遠くなっていく。あーいかないでぇーっ⁉︎

 ついに駅のホームの端で力無くへたり込んでしまった響ちゃん。さながらドラマのラストシーンである。上京しても私たちズッ友だかんねー!みたいな? ……いや、なんだこの絵面(冷静)

 

 つーか、さすがに電車の止め方なんて俺も知らないぞ。いやいや、待て待て。どーせ、この暴走気味にグングン加速してる電車もまともな動かし方してないんだろ? さっきから車輪がやべぇ量の火花を散らしてんの見えてんだよなぁぁぁクソアンノウンもどきイイイッ⁉︎(激おこ)

 

「■■■■■■■■■■■■■■ッ‼︎(訳:当列車は地獄行きとなっておりまあああす!)」

 

 

***

 

 

 時の(暴走)列車、デンライナー(普通の電車)。

 次の駅は、過去か、未来か、もしくは……え? 市出ちゃうの? いまチラッと車窓から駅名標を確認したけど、想像してたよりも遠くにドナドナされるみたいで思わず目を疑ったわ。

 これが俗に言うイマジネーション不足か。トッ○ュウジャーもびっくりだ。想像力が足りてないよ。なんか腹立つからヒ○ナステップでも刻んでおくか(無駄のない無駄な動き)

 とかやってる隙にダイナミックチョォォォップ‼︎(ただのチョップ) 相手は死ぬ‼︎ バイバイくそアンノウンもどき! 二度と来んな!(中指STAND UP) おいブレーキどれだ⁉︎ これか⁉︎ これなのか⁉︎ いや待ってコレ止まんないね‼︎ イマジネーション高すぎじゃない⁉︎ いったいどこまで俺を連れて行く気なの⁉︎ はやく降ろしてえええええええ‼︎(泣)

 

 この後、電車を(手と足と触手で)止めた。




ラブコメの波動が強まると約1名お命の波動が薄まるこのシステムなんなん?

どうでもいい私事なんですが、新しい仮面ライダーの情報を見て期待に胸ふくらませていると、2秒で考えた作者のこの名前(下ネタ)に気がつき、なんだか申し訳ない気持ちになりました。あんなに大きくないです。てか、あのベルトに挿せる本ってエ(自重)動物のところならいけそうですね(意味深)はいすいませんでした。
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