仮面ライダーだけど、俺は死ぬかもしれない。   作:下半身のセイバー(サイズ:アゾット剣)

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♬.俺の死期は下乳に悟られているのかもしれない。

 いつの日だったか。どれだけの時間が経っていたのか。何度太陽と月が空の支配権を譲り合って、昼と夜を繰り返していたのか──外の世界から隔離されていた私には何も分からなかった。

 大人たちの冷淡な視線を浴びながら、私は私の中にある()()()を開花させようと足掻くけれど、祈りを捧げる矛先を見失った思念は硝子のように砕け散った。

 何度も点灯していた機械の手枷(ブレスレット)の光が消える。

 赤色の風車は今日も回らなかった。

 回らなければ何も変わらないのに、私には現状を打破しようとする気力さえ削がれていた。神さまにお祈りをする意味も理解できなくなって、魂が深い海の底に眠ってしまったように今はただ生きているだけで息苦しい。

 幾つもの嘆息が重なって聞こえた。あの大人たちはまた私に乱暴するのだろうか。それとも得体の知れない薬品を投与するのだろうか。もしかしたら、いよいよ私も無価値の烙印を押されて、廃棄処分が決定されるのだろうか。どっちでもいい。少し前に仲の良かった女の子がいたけれど、大人たちに用無しだと蔑まれて、評判の悪い資産家に売られていったらしいから、私もそうなるのかもしれない。それでもいいや。

 心は折れている。

 パパとママのいない世界を無理して生きようだなんて、これっぽちも思えなかったから──私は自分の命でさえ()()()()()()()()

 どうでもよかったんだ、この世のすべてが。

 吐き気を催す異臭が(こび)りついたコンクリートの寝床で薄い雑巾みたいな布切れに丸まって横たわる。小さな鉄窓から月明かりが差し込んで、那由多の果てに輝く星空を見上げながら、私は私が雪音クリスであった過去の残滓に縋ろうとする。

 無垢な少女であったあの頃に。

 パパとママの温かい手に繋がれていたあの頃に。

 音楽で世界が救えるのだと本気で信じていたあの滑稽な夢物語に──。

 

 (かじか)んだ唇をこじ開けて、稚拙な(こえ)を奏でようとすれば、乾いた瞳に涙が溜まるばかりで、醜い嗚咽すら捻り出せない。

 私はもう歌えない。

 歌いたくない。

 こんな世界で何を想って歌えばいい?

 誰の為に歌えばいいの?

 

 誰か教えて。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ‼︎」

 

 その時の咆哮(こえ)を何と形容すべきか。

 血肉を欲する悪魔の産声か、はたまた(たけ)る獣畜の号哭か。

 そこには一切の感情が淘汰されていて、およそ人間性と呼べるものは何処にも見当たらない。

 〝本能〟──ただそれだけを背負う。

 生命のあるべき真実(すがた)咆哮(こえ)となって轟く。

 やがて、非常事態を報せる緊急の警音(サイレン)が研究施設の全域を蔽った。止め処なく乱射される銃火器の音。怒号と悲鳴が重なる阿鼻叫喚が自ずと聞こえてきた。

 物音が小さくなっていく。

 声が一つ一つ消されていく。

 死の匂いばかりが濃くなる一方、白衣の研究員が真っ青に染めた表情で一心不乱に走っている姿を目にした。白衣は真っ赤なペンキをぶちまけられたように汚れていて、よく見れば、片方の肩から先の腕が綺麗さっぱりに無くなっていた。趣味の悪いマジックだと私はぼんやりと考えていた。

 

 ──実験は失敗だ。あんなもの生まれるべきじゃなかった。

 

 そんなことを呟いて、私のような実験体の子供たちが何人も取り残された鉄の牢屋(ベッドルーム)には目も暮れず、屠畜場と化しているのであろう研究所から逃げるような足取りで去っていく。

 

 ──先史文明が破滅の道を選んだ理由がわかった。あんな化け物になるのなら、誰だって死んだ方がマシだ。ノイズが正しかったのだ。(いた)みを伴わない苦痛なき死こそが至高だったんだ。ヒヒヒッ、なんだその結末は。人類史の全否定ではないか。

 

 私たちを置き去りにして、狂ったように荒ぶる声が遠のいていく。

 

 ──ああ、そうだ。そうだとも。イコンにアギトが二人しかいなかったのは何故だ。簡単だ。必要とされなかったからだ。誰から? もちろん人間からだ!

 

 天井から何か巨大なものが這いずる音が聞こえる。それも異常に速い。

 

 ──進化とは何かを切り捨てることだ。(かつ)て生物の偉大なる祖先の多くが母なる海を捨てたように、アギトもまた捨てたのだ。何を捨てた? 決まっているだろう、すべてだ! だから、あんな不完全なもので溢れ返ったのだ! 人類は最初からどうでもよかったんだ。心を殺してまで生きたいだなんて誰も思っていなかったんだ。みんな死にたがっていたんだ。ずっと、昔から、死にたくて、死にたくて、死にたくて‼︎

 

 ずるずるずるずると天井の音が隻腕の研究員を執拗に追跡する。

 

 まるで、食べ損ねた餌を追いかけているみたい。

 

 ──あれが〝生きる〟という生命活動の究極の形であるのなら、命の価値などゴミにも等しい‼︎ あああ、やめろ、私の命を糧にするな‼︎ おまえはもうアギトにはなれない‼︎ 私の命に縋るなああああああ‼︎

 

 プツリと電源が落ちたように発狂した金切り声はそれ以降聞こえなくなってしまった。

 そして、私は知った。

 本物のバケモノとは何かを。

 神の力に手を伸ばした愚者の末路を。

 

 私は知ったのだ。

 

「──■サないデ」

 

 この世界はとっくに地獄だったのだと。

 

 

***

 

 

 乱暴な降雨が禊の如く血と汚泥に塗れた(からだ)を洗い流す。

 冷たい唇の隙間から堪らず(あふ)れた吐息は白煙の塊となって、暗雲に満たされた闇夜に重々しく舞う。肢体を(つた)う無躾な雨粒に貫かれるような寒さを覚えた。捨てられた子犬のようにその場に(うずくま)ることを(ゆる)されるのなら、どれだけ気が楽になったことか。

 これまでとは比にならない圧巻とした緊張の渦が肉を得て、片膝をついてそこに坐していた。

 血みどろだった。

 誰よりも傷ついて。

 何よりも苦しそうだった。

 意識を失った風鳴翼を抱きかかえる深緑の両腕から引き千切れられた金色の触手がだらりとぶら下がり、鮮やかな生肉の色を衆目に晒している。生い茂る緑の上に赤く染めた雨の滴を絶えず垂らし、死の沈黙を(かたど)るように微動だにしない。

 獣がいる。

 ここにいるはずもない、神話の獣が。

 鋭い悪寒が稲妻のように背筋を走る。喉元まで胃液が逆流するような感覚が胸中から迫り上がってきた。恐れているのか、この私が──無意識に二の腕を摩る鎧の少女は頭を横に振った。ふざけるな、と怨敵を見据えるような荒々しい瞳で(それ)と相対する。

 忌まわしき神話の再来を告げるかのように獣の慟哭が赤色の瞳に宿り、滴る闇の中で妖しく灯る。

 青銅の鱗鎧が天の涙に打たれながら、その許容しがたい光景を睨み続けた。決して臆したわけではない。恐怖に打ち克つ憎悪にも似た感情がここにあるのだ。

 

「ギルス」

 

 鎧の少女は傷だらけの獣をそう呼称した。

 

「ギルス……」

 

 その名を耳にして、立花響が反芻するように口にする。

 

 ギルスは何も答えない。

 鮮血じみた赤に彩られた(まなこ)の深い視線は腕の中で眠る少女に注がれていた。

 白い肌をぽたぽたと雨粒が叩いても、まるで目覚める気配をはない。母親に抱かれて寝息を立てる幼子のように安らかな顔だ。(つるぎ)のように凛とした様相を崩さない普段の風鳴翼からは想像もできない安心しきった表情は和やかに緩んでいた。

 外傷は多い。派手に血が出ている。だが、命に関わるような怪我は受けていない。失血の心配もないだろう。破傷風の危険性が高いぐらいだ。

 全治三ヶ月の負傷かと誤認してしまう傷ましさだが、意外にも骨は折れていない。肋骨と上腕骨にかけて複数の亀裂が入っているが、奇跡的にも骨折には至っていない。土壇場において、天ノ羽々斬(シンフォギア )に備わる防御の性質が潜在的に引き上げられていたというのか。

 一週間は絶対安静が必要。それからは様子見と言ったところか。

 ぼやける頭の中で淡々と結論を弾き出し、ギルスは長い沈黙の果てに動いた。

 

「───⁉︎」

 

 鎧の少女には、一瞬にして姿が消えたように見えた。

 咄嗟に身構えて視線を左右に振るう。索敵に時間は必要なかった。目の届く範囲にギルスが留まっていたからだ。雨を凌ぐに申し分ない広葉樹の木陰で、物音一つ立てず、満身創痍となった風鳴翼を慣れた手際で寝かせている。か細い身体を慎重に地面へ下ろして、大樹の幹に背中を預けさせる一連の丁寧な動作は熟達した看護師のようだ。

 異形の怪人はあまりに人間の扱いに長けていた。その事実が筆舌に尽くし難い奇妙な情景を抱かせる。

 

 安らかに目蓋を閉じた少女の顔。無遠慮に垂れ下がる濡れた前髪を指で優しく掻き分けて、気道の確保まで済ませると、何事もなかったかのようにギルスは平然と腰を上げた。

 だが、その行動は制止を余儀なくされる。

 小指が握られていた。

 ぎゅっと力強く握られていた。

 意識は損なわれているはず。気絶していたと誤認したわけでもあるまい。しかし、現に風鳴翼の弱々しい掌の中には(ギルス)の小指に値する部位を離さまいと力一杯に握られていた。

 

「…………」

 

 感情の推移を覆い隠す無情の仮面から初めての動揺を感じられた。

 扱いに困ったわけではない。

 ただ、重かった。

 それだけの話。

 荷物がまた一つ増えただけだ。

 (ギルス)は血の色が染みついた両手で辿々(たどたど)しく少女の手を包み込むように握り返す。そこに人並みの感覚(ぬくもり)が篭っているとは考えてもいない。これは死人のように冷たい手だ。いずれ灰塵のように朽ち果て、奈落の底に沈むだけの哀れな獣の腕に過ぎない。

 

 きみが握る手はこれじゃないだろ。

 

 (もつ)れた糸を(ほど)くように少女の手を振り払って、成すべきことを成すために、深緑の獣は〝敵〟と対峙する。

 

「はじめましての挨拶は必要か?」

 

 鎧の少女が満を辞して口を開いた。

 ギルスは当然のように言葉を返さない。滂沱に晒された戦場へと重々しい歩みを進めるだけだ。

 だが、その足は少女の発する次の言葉でピタリと止まった。

 

「おまえさ、もうじき死ぬんだろ」

 

 凍りついた世界に亀裂が入る音がした。

 

 

***

 

 

 何を言っているのか、最初はわからなかった。

 ゆっくりと時間をかけて、たった数文字の言葉の真意を嚥下した。

 おかしな話をする子だと天羽奏(あたし)は笑うことで納得をした。

 だって、そうだろう?

 この青年(バカ)が死ぬはずないじゃないか。

 生命力がゴキブリみたいで、倒れてもゾンビのようにすぐ復活するようなヤツだぞ? みんなが真剣な顔してる時もくだらないギャグばかりを考えて、頭の中じゃいつもミラーボールが回ってるような、なんか、こう、一人だけ世界観が違うような、そんな愛らしいバカがどうして死なきゃいけないんだ。

 さっきだって、暴走した電車を止めるために力づくで抑え込んで、濡れた軌条に足を滑らせて、思いっきり車輪に巻き込まれたくせに「ンンwwwこれで拙者もプロシュート兄貴ですぞwww」とかよくわかんないこと言うし「中世ヨーロッパの拷問体験コース受けてるみたい(感想)」とか「待って。このままだと燻製肉太郎つーか挽肉太郎コースじゃん。ハンバーグにされるやつじゃん。これはトラロック不可避」とか、絵面はとことんグロくて死ぬほど痛そうなのに、軽口ばかりを叩いてやがった。

 結局、こんな痛みは慣れたもんだと笑い飛ばして、泣き言一つも漏らさず、戦場(ここ)まで戻ってきたんだ。千切れかけた脚も、粉砕された骨も、見たところ怪我の大半は再生を完了してる。すごい能力(チカラ)だ。こんなにも心身ともにタフな奴がそうそう死ぬわけないだろ。

 みんな知らないだろうけど、こいつは現職のドクターみたいに怪我や病気にめっぽう詳しいんだ。いざとなったら勝手に一人でテキパキと治療するし、ぱっくり裂いた傷口を糸で器用に縫合なんてこともする。大丈夫だとか心配しなくていいとか、けらけら笑いながら言ってるうちは本当にいつも大丈夫だったんだ。戦闘中に攻撃を食らって、キツそうにしてても、痛いのは今だけだって、()()()()()()って、あたしに教えてくれた。

 

 死にはしないってハッキリ言ってくれた。

 

 言ってくれたんだ。

 

 ほら、またお前のことを勘違いしている子がいるぞ。

 いつもみたいに馬鹿馬鹿しく笑い飛ばしてやれ。

 空気の読めない場違いな無駄口をいっぱい叩いてやれ。

 どうせ、あたし以外に心の声は聞こえないけど、いつまでも黙ったままなんてお喋りなお前らしくないだろう。せめて、あたしだけは聞いてやるからさ。みっともない愚痴でも、小馬鹿にしたような煽りでも、まったく関係のない与太話でも──ずっと聞いてやるからさ。

 

 俺がそんなんで死ぬものかって、言ってやれよ。

 仮面ライダーは死なないって、教えてやれよ。

 

 …………。

 

 なあ、翔一。

 

 なんでそんなに難しい顔してるんだ。

 

 どうして、何も言わないんだ。

 

 

***

 

 

「…………え」

 

 苦悶に満ちた沈黙を破ったのは立花響の絶望に触れたかのような声だった。理解が追いつかない虚無めいた感情が息となって吐き出されたように、中身のない伽藍堂の声が豪雨に浸された公園に異様なほど響いた。

 戦意など保てず、心の整理も手につかず、唯一の武器である固い拳が力を失って無防備に開かれる。腕を肩からぶら下げているような脱力感に支配され、響の戸惑いだけが見え隠れする目線はごく自然にギルスへと注がれた。

 

 (ギルス)はただ受け入れていた、悲しみの雨に打たれることを。

 

(死ぬ? 未確認生命体第三号が? いつも私を助けてくれた三号さんが? なんで? どうして? 違うよ。違う。だって、だって──)

 

 疑問と否定が混在する。

 何のリアクションも起こさず、機械のような黙殺の様相を貫くギルスに痺れを切らした鎧の少女は耳を塞ぎたくなるような事実を淡々と述べる。

 

「ギルス──いや、ネフィリム? どっちでもいいか。違いなんてほとんどありゃしない。

 おまえの生命活動に必要なものと言えば、聖遺物が生み出す特有のフォニックゲインに加えて、人間の生命(いのち)そのものが固有振動として発する霊魂(たましい)のフォニックゲイン──この二種類だけだ。

 そのどちらかを食っちまわないと、大気の物質を取り込めないギルスは生命維持に必要な量のオルタフォースを体内で変換できない。そうなりゃ、歩くどころか、呼吸することもできなくなって、いずれは餓死寸前の野良犬みたいにポックリとくたばる」

 

 ギルスに反応はない。

 自らを戒めるように、彼女が語る事実に黙って耳を傾けていた。

 

「そうなりたくなけりゃ、聖遺物か人間のどちらかを食うしかない。

 手っ取り早いのは人間の方だ。限られた数しか発見されていない聖遺物より、そこら中に五万といる人類の一人や二人をつまむ方が楽だもんな。超古代の文明じゃ、そのせいで酷いことになったらしいけど、アタシもそこまでは知らないし、知る気もない」

 

 少女の口調は挑発するような語気があったが、縛るように細められた双眸からは不快な怒りを携えていることが容易に窺える。

 彼女は怒っている、人肉を喰らうことで生を謳歌する忌まわしき(ギルス)に対して。

 声色がより冷たくなる。

 

「でも、おまえはその手段を選ばなかった。未確認生命体第三号が出現してから、行方不明者の数は寧ろ減少していたらしいし、人食いの事件なんて一件も起きちゃいない。

 だったら、どっかの組織や施設から世間に公表されてねぇ聖遺物をブンどって、それを腹ん中に収めてんのかと思えば、そういうわけでもない」

 

 鎧の少女の鋭い指先が、雨水が滴る(ギルス)の真紅へと突き立てるように向けられる。

 

「残る可能性として考えられるのは、自分自身の生命(いのち)を削るしか──おまえがそこにいる理由にはならない」

 

 人間にのみ波形される魂の音色(フォニックゲイン)──それは大地に芽吹いた生命の鼓動が織りなす旋律であり、端的に言い表すならば、寿命と言っても差し支えなかった。

 (はじまり)があれば(おわり)もある。

 代償とは、常に等価であることを求められる。命の対価は命で支払う。揺れる生の天秤は死を(もたら)される事によってのみ均衡を保つ。矛盾ではない。生命(いのち)と等価であるモノなど、死を措いて他にないのだ。

 

 易々と頷き難い真実を突き付けらた立花響は流暢に機能しなくなった唇と舌を無理に動かして、鎧の少女へ煮えたぎった反論めいた疑問をぶつけた。

 

「ま、待って。そんなわけない。おかしいよ。だって、だって、三号さんは」

 

 人間の命を糧にするために血肉を欲し、その結果として自らの命を糧に変えて生きているというのなら、それはつまり──……。

 

「人間じゃないってか? 馬鹿言えよ。こいつは正真正銘()()人間だ」

 

 鎧の少女が呆れ果てたと言わんばかりの眼光を無知な少女に向けた。

 

「そんなことも知らねぇのか。ギルスには人間の理性がまだ残ってる。〝ネフィリム〟に進化すればそいつも完全に失われるが、こいつは人間としての半面を持ってる〝ギルス〟なんだよ」

 

 だからこそ、タチが悪い──吐き捨てるように少女は言った。

 

「どのみち、ギルスもネフィリムも食うことしか能がない。タガが外れてるか、外れかけてるか、そんな些細な違いだ。人間としての心が残ってるうちに、人間として殺してやるのがせめてもの良心ってやつだ」

 

 少女は紫水晶(アメジスト)の双鞭を如何なる距離にも対応できるように手繰(たぐ)り寄せる。

 

「……あいつだって、そうしてた」

 

 激しい雨音に掻き消されるほどの憂慮に染まった小さな囁きを残して。

 

「ほら、構えろよ、未確認生命体第三号。おまえはここに戦いに来たんだろ⁉︎ アタシの《ネフシュタンの鎧》を食いたきゃ、力づくでやるんだな! その死にかけの肉体(カラダ)で完全聖遺物とどこまで張り合えるかは目に見えているけどなッ」

 

「ダメッ‼︎ そんなことはさせない!」

 

 ばしゃばしゃと泥濘(ぬかる)んた芝生を踏みながら、立花響が(ギルス)を庇うように立ち塞がる。

 

「どけよ。おまえは後だ‼︎」

 

「どかない‼︎ この人は絶対にやらせない!」

 

「テメェ……ッ‼︎」

 

 鎧の少女は奥歯を噛み締める。

 

「だったら、お望み通り、おまえから相手してやるよ!」

 

 話し合いの余地など(はな)からありはしないと明確な殺意が物語る。あの風鳴翼を(くだ)した手練れだ。戦闘経験に乏しい響の実力では一方的な展開になるだろう。それを理解した上で、奮戦せねばならないと覚悟を決めた響は弱々しく震撼する拳を無理にでも握った。

 鵜呑みにすべきではないが、鎧の少女が語った話が、仮にでも真実であるとすれば、立花響はどのような強者が相手であれ一歩たりとも引き退るわけにはいかなくなった。

 未確認生命体第三号──ギルス。

 彼は幾度となく窮地を救ってくれたのだ。響が撃槍(ガングニール)の装者として戦場に足を踏み入れたこの一月の間、人と獣の狭間で(もが)き苦しむ異形の戦士は、確実に近づきつつある死の(とき)を憂いもせず、ただひたすらに未熟な少女を見守っていた。

 

 戦姫として覚醒したあの時から、ずっと、ずっと──私が傷つかないように。

 

 その両手で優しく守ってくれていたから。

 

「今度は私が守る番……! 何があっても、私が()()()さんを助け──」

 

 不意に肩を掴まれた。

 戸惑う暇もなく、強引な膂力で後方へと投げ飛ばされる。

 

「──っ⁉︎ ギルス……さ……ん?」

 

 泥水が弾ける冷たい芝生の上に叩きつけられるように尻餅をついてしまった響は降雨に打たれる雄々しき異形の背中を目にした。人体とは異なる骨格を顕著に浮き彫りとする禍々しい背が()()()()と音を鳴らして躍動する。

 その光景には、胸の芯からゾッとする悪寒を駆り立てる(おぞま)しいばかりの不気味さがあった。

 

 硬質の鎧たる皮膚の内側で何か別種の生物が蠢いている。

 

 それは(ギルス)という繭を食い破らんと軀を(うね)らせ、激しく暴れ回っていた。まだ力は弱いのだろう。ゴムの弾力に押し返されるように強硬の生体装甲(バイオチェスト)に幾度も阻まれている。進化を求む内なる獣と変化を拒む外なる獣の対立がそこにはあった。

 生理的な嫌悪感を覚える面妖な動き方に響は鳥肌を立てる。その一瞬、地を這い、四肢に巻きつき、毒牙を突き立てる百足(ムカデ)のような蟲害の影が見えた。

 

 あれは……寄生蟲……?

 

 そうして、二人──いや、三人は気付いた。

 黙する(ギルス)は鎧の少女の言葉に耳を傾けていたわけではない。

 力の暴発。あるいは災厄を呼び込む進化の予兆。肉体の裏側で御せぬ闇の動乱を抑え込もうと必死に抗っていたに過ぎない。

 度重なる戦闘(たたかい)の連鎖に怯まず、(ギルス)の力を行使することを惜しまず、盲目となって駆け抜けたその体躯は疲労を極めている。肉体のあらゆる機能が急激に弱まっていた。加えて、致命傷の域に達する外傷の数々を治癒すべく、僅かな余力さえ搾り切った。

 雀の涙も力は残されていない。今の彼が内なる堕天の獣(ネフィリム)を抑えられる(すべ)があるとすれば、それは精神による屈服だけ。意識すら半透明に()ける状態でどこまで堕天の獣(ネフィリム)を従わせられるか──誰にもわからない。

 

「■ァ……■■ゥ……ッ」

 

 ギルスの喉から喘ぐような嗚咽が漏れる。

 

「まッ……ァ■■……■ア■■……■ッ……だァ■■な■るぅかアアアアアアッ‼︎」

 

 解放された大顎(クラッシャー)から声帯を握り潰されたような(しゃが)れた絶叫が天地に走る。

 よもや、その声に「恐ろしい」などという明瞭な言葉は当てはまらない。耳を突くような咆哮(こえ)を前にして、響が抱かざるを得なかった感情の姿は決して恐怖などではない。目を逸らしたくなるような痛みへの悲哀。鳴いて血を吐く獣への届かない同情の果て。

 なんで、そんなに辛そうなのに戦うんですか?

 疑問。

 もしかしたら、死んじゃうかもしれないのに、どうしていつも私を守ってくれるんですか?

 疑問。疑問。

 あなたはいったい誰ですか?

 疑問。疑問。疑問──ではない。

 立花響がその瞳で見つめる先には、(ギルス)の背中があって、傷ついた人間(ひと)の背中がある。幻惑として重なる一人の青年の背中が響の左胸に鼓動する鐘を乱暴に叩いた。

 

 大切な人によく似た──孤独な背中。

 

 本当によく似ている、思わず、苦しくて見間違うほどに。

 

「…………」

 

 だらりと両手を無気力にぶら下げるギルスは曇天を仰ぎ、背に隠れた少女を一瞥することもなく、諌めるように告げる。

 

「──()()()()()

 

 声がした。──ありえない。

 人間の声だった。──似ていた。

 どこかで聞いたことがあるような声だった。──聞き間違いだ。

 そして、聞いたこともない冷ややかな声だった。──聞き間違いに決まってる。

 

 だって、あんなに怖い声を出せるような人じゃないもん。

 

 少女の動揺など知らぬギルスは右腕の生命鎧(ライヴアームズ)から伸ばされていた触手を掴んだ。金色の間接肢はすでに千切れている。捻れた断面から白桃色の肉叢がはみ出ている始末だ。到底使い物にはならない。武器たる悪魔の触手(ギルスフィーラー)を構成する筋肉繊維の神経は機能の大半を放棄している。

 この触手は死んでいる。

 いや、触手だけではない。この崩れかけの肉体(カラダ)では、いよいよ命を()てなくなってきた。外面だけの見せかけの再生では限度がある。無理に繋ぎ合わせた骨髄が軋んで悲鳴を上げている。酷使された細胞が次々と壊死して腐り落ちていくのが体感でも知覚できる。(あな)の空いた臓器では正常な活動などできるはずもなく、隈なく全身に悪影響が出ている。

 

 見ろ、俺の中に眠っていた寄生蟲(ギルスワーム)が騒ぎ始めていやがる。

 

 おまえは正気なのか、と──俺の狂気を笑っていやがる。

 

 死に絶えたはずの悪魔の触手(ギルスフィーラー)を腕力で引き抜こうとするが、卑しい痛覚の神経がまだ生き残っていたらしく、小さく舌打ちを吐き捨てた。

 今さら痛みなどで俺を止められるはずがないのに──仮面の下に埋もれた嘲笑は誰に向けての侮蔑なのかは定かではない。

 緑の腕から叫喚する赤い飛沫が潰れた果実のように飛び散る。()()()()()()()()。肉と骨が引き剥がされる不快な音が狂気を奏でる。溢れんばかりの血潮が滝となって緑の腕から滴り、地を赤の領域に変える。

 響は耳と目を同時に塞ぎたくなって、残虐に狂った光景から目を離そうとして──できなかった。今ここで目を逸らせば、何か大切なものを見落としてしまう気がしたのだ。

 

 ブチリ、と食い千切られたような音がして。

 

 血に()()()

 

 生命鎧(ライヴアームズ)から新たに生成された悪魔の触手(ギルスフィーラー)が雨天の闇に解き放たれる。

 (よど)んだ鮮血を滴らせた触手は輝かしい金の色相を醜悪に滲ませ、生命(いのち)(ほとばし)る彩へ染め上げられた。血の色だ。彼岸花よりも濃い死の色彩。腹を裂けば出てくる。腕を切り落とせば溢れてくる。生物の胎内に等しく流れる命の泉。人間が忌み嫌う鮮やかで邪悪な色。

 ()()()()()()──。

 忌避すべき色相に侵された触手は(ギルス)の腕の装甲を突き破って、それ自体が生きているかのような独特の()()()を加えながら、まだ延々と伸び続ける。背中でのたうち回っていた寄生蟲が新たな触手の正体であることは大凡(おおよそ)の察しがついた。獣腕の内部から毒蟲の如き異物が巻きついている影が見えるのだ。肩甲骨に値する部位から発生したであろう悪魔の触手(ギルスフィーラー)は骨と肉を縛りつけながら、雨粒に紛れて血涙を滴らせている。

 

 あの色は間違いなく(ギルス)の血液。

 

 だが、そうであったとしても──。

 

 ただの返り血にしてはあまりにも美しかった。

 

「すぐに終わる」

 

 紅血の悪魔の触手(ギルスフィーラー)が旋風した。

 

 




Q.それ本当にギルスフィーラーか?スティンガーじゃない?
A.うるせえ2Pカラーのギルスフィーラーなんだよ!エクスラッガー用意して出直してこい!

以下、ロクでもねぇおまけ(胸糞注意)

〈男性二人と子供の声が録音されたテープ〉
「おまえの廃棄が決定した」
「……え」
「地雷で両脚を吹っ飛ばし、働けなくなったお前をモルモットとして安値で買ったはいいが、これ以上お前に使い道はないと判断した。我々は慈善団体ではない。使えなくなれば即切り捨てる」
「廃棄処分だ。神に祈る時間はくれてやる(銃の安全装置が外れる音)」
「ま、待って‼︎ お願い殺さないで‼︎ なんでも、なんでもするから殺さないで‼︎」
「(深いため息)そういえば、例の組織から横流ししてもらったあの疑わしい因子が……」
「培養に成功したという(ひどいノイズで聞こえない)の因子か」
「はい。欧州での一件がありますし、例の遺骸と共に発見された(ひどいノイズで聞こえない)は完全聖遺物の指定を受けたと聞き及んでおります」
「(長い沈黙)ふむ、こんな命にもまだ使い道があったか。万が一の事態に陥ったとしても、この脚では何もできまい。よし。使えんガキどもを集めて、両脚を切り下ろしておけ」
「はい。そのように」
「殺さないで殺さないで殺さないで……」

察して(無茶振り)
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