仮面ライダーだけど、俺は死ぬかもしれない。   作:下半身のセイバー(サイズ:アゾット剣)

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地雷で雪合戦しようぜ!!!(支離滅裂な発言)


♭.俺にとっては最悪な状況に陥るかもしれない。

 青銅の蛇(ネフシュタン)

 俺の粗末な脳味噌が保有している記憶が正しければ、その出典は世界で最も親しまれる書物の一冊たる旧約聖書まで遡るはずだ。

 それは苦しくも険しい長き旅を強いられるイスラエルの民が口にした神への不満から始まった。四十年間にも渡り、果てなき荒野を彷徨い続けた彼らは、導き手たる神に向けて不満を口にした。先の見えない旅路に人々の精神は参っていたに違いない。

 しかし、どのような理由や理屈があれ、神の意向に逆らう事は地上で最も罪深き咎である。イスラエルの民には当然のように過度な天罰が下ることになった。

 それは毒蛇。

 神はイスラエルの民に死の蛇を放ったのだ。

 毒蛇に咬まれた民が大勢死んだ。そして、これからも死ぬことになる。偉大なる神が愚かな人間への戒めとして顕現させた天災。それに抗う(すべ)など一介の民が持ち得るはずもなく、イスラエルの民は必死に天へ許しを乞うことしかできなかった。

 彼らを率いるモーゼは神に祈った。主よ、愚かな我等をお許しください、と──その信心たる祈りは神へ届くに至る。

 神はモーゼに「青銅で蛇を造れ」と啓示を授ける。青銅の蛇を旗竿に掲げることによって、たとえ毒蛇に咬まれたとしても、それを仰ぎ見れば無事に命は助かるだろうと神は告げる。

 そして、モーゼは神の言葉の通りに青銅の蛇を造り、それを掲げることによって、イスラエルの民を毒蛇から救ったのだ──という内容だったはず。

 

 言うまでもなく、イスラエルの民を毒蛇から守った青銅の蛇こそが例のNehushtan(ネフシュタン)だ。

 中世の解釈では、旗竿に掲げられた青銅の蛇(ネフシュタン)は後々の時代で十字架に磔の刑に処されたキリストの前兆だったという考え方もある。聖書だけあって諸説や研究史は大量に有るが、俺もそこまで詳しくないので割愛させてもらう。

 重要なのは青銅の蛇(ネフシュタン)に施された神の加護が人間を死から()()()という一点にのみ注がれているということ。これが再生能力として現物に反映されているということなら納得もできるが、大きな問題が一つある。

 

 青銅の蛇(ネフシュタン)は鎧じゃない。

 

 本来、青銅の蛇(ネフシュタン)で生成された鱗の鎧(スケイルメイル)なんて物騒極まりない代物はどこにも存在してない。謂わば『戦姫絶唱シンフォギア』のオリジナルの物品である。史実と異なる神話の遺産がどのような能力を持つのか──頼りとなるのは原作アニメの知識に絞られる。

 あの魅惑の南半球を曝け出すエチエチな白タイツがとんでもねぇ再生力を兼ねた兵装であることは、アニメの記憶がぼんやりとしているニワカファンの俺でも覚えている。完全な融合を果たせば、最強生物(OTONA)による渾身の一撃を喰らっても、完治に至るまでの高速再生を可能としていたはずだ。

 故に、生半可な攻撃では退けられない。

 だが、制御も(まま)ならない不安定な今の(ギルス)では最悪の場合も起こり得る。

 

 雪音クリスを無傷で撤退させるには、俺はどれだけの力で戦えばいい──?

 

 わかっている。

 (おまえ)は甘いと言うのだろう。

 この期に及んで、死に瀕した状態であるにも(かかわ)らず、未だに手心を加えようとしている。

 そんな俺をおまえは腹の底から(わら)うだろう。

 でも、いいんだ。

 やらせてくれ。

 あの子たちは俺とは違う。

 本物と偽物。

 異物である俺が死んでも、世界は変わらない。

 だが、戦姫(メインキャラクター)の死は世界の過失だ。逆に彼女たちさえ生きていれば、それで世界は如何(どう)とでもなるだろう。短慮で楽観的な結論には違いないが、この世界はそうあるべきなのだ。何かが欠けていようと何かが混じっていようと、覆ることのない残酷な事実として、この世界は『戦姫絶唱シンフォギア』という物語の仮面を被っているのだから。

 

 それにね。

 俺はまだ死なないよ。

 だって、死ぬときは孤独(ひとり)で──そう決めてるんだ。

 

 ずっと、ずっと昔から。

 

 決めていた気がするんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〝不愉快〟

 

 大脳が犯される不快な感覚。

 

 〝極めて()()()()()

 

 視界が真っ黒に染まる。

 

 〝(まこと)(いつわり)──そこに境界線など在りはせぬ。所詮、(すべ)て等しく白痴(まやかし)に過ぎん。誰が死のうと何が消え失せようと意味など皆無だ〟

 

 誰かが俺の頬を優しく撫でる。

 妖艶な冷笑が耳の内側から囁く。

 

 〝絶対なる神の遊戯(きまぐれ)で世界はあるべき真実(すがた)を奪われた。この世界(ほし)に貴様が悶え苦しむほどの価値はない〟

 

 姦淫な手掌が冷たく心臓を握る。

 

 〝ゆえに却下である。貴様の(いのち)は我のものだ〟

 

 なんだこれは。

 だれだこれは。

 意識の介入──?

 思考の改変──?

 そんな埒外な芸当を可能にするのは熾天使(エルロード)ぐらいだ──。

 

 〝忌々しい()を語るな。魂の内側(ここ)には貴様と我しかおらぬ。如何なる存在も我らの逢瀬は邪魔できぬ〟

 

 (ちがう)

 

 〝何も考えずとも良い。今宵は許諾(ゆる)そう、我が胸の中で眠ることを……〟

 

 これは──。

 

 〝一緒(とも)に尽きるぞ、我が(アギト)よ〟

 

 呪縛(のろい)だ。

 

 

 

***

 

 

 解き放たれた深紅の悪魔の触手(ギルスフィーラー)が篠突く雨へ凄惨に躍る。

 血を啜る悪鬼めいた蟲の関節肢から白刃の如き旋風が巻き起こり、雑音(ノイズ)の残党を瞬く間に斬り裂いた。完全聖遺物《ソロモンの杖》によって従順に操られていたノイズの(からだ)には喰い千切られたかのような残虐な(あな)が空き、塵芥の煤へと霧散する。

 一振り、二振り──(ギルス)は腕力のみで荒波が打つ曲線を強引に発生させ、猛獣を調教する陰険な曲芸師のように血染めの触手(ムチ)を乱暴に振り下ろす。

 地面に女々しく尻餅をついたままの立花響は反射的に顔を伏せた。彼女の周囲に仰々しく蔓延(はびこ)るノイズの群集が抵抗も反応も許されず、埃を払うような一瞬の内に蹴散らされる。酷烈な一撃で串刺にされる炭素の肉塊が闇夜の雨に躍り狂った。

 今宵の悪魔の触手(ギルスフィーラー)は血に飢えている。

 まるで、産まれたばかりの幼虫が腹を空かせているように。

 

「この野郎ッ‼︎」

 

 数秒の遅れは(ギルス)の生命力を侮っていたため──底知れぬ恐怖を噛み殺し、鎧の少女は両腕に力を込めた。

 紫水晶(アメジスト)の双鞭を回転させ、凄まじい遠心力を加えた即死の攻撃を手負いの(ギルス)へ仕掛ける。完全聖遺物の一部たる武装(ムチ)の最大瞬間速度は容易く音速に至った。目視では追えない。直感に縋るには手傷を負い過ぎた。

 ならば、防御が最善か?

 ギルスは()()()()と壊死した体細胞が液体へと溶解しつつある左腕を冷たく一瞥した。溶け落ちた黒色の生体装甲皮膚(ミューテートスキン)の隙間から生身の肌が少しだけ顔を(チラつ)かせている。薄っぺらい外面(ガワ)だけでは耐えられまい。もはや、防御性能に関してはただの人間以下と言えるだろう。

 防御は愚策。

 軌道を完全に予測する他あるまい。

 二本の鞭が鉄槌となって大地を揺るがす強烈な殴打を叩き込む。火薬を仕込んでいるかと疑えるほど湿った地表は大袈裟に爆ぜた。直撃すれば(おわり)が待つことが否応なく察せられる。絶え間ない衝撃に噴出された土塊へ紛れながら(ギルス)は豹の如き俊敏さで前転を繰り返して回避に徹する。

 

 敵は武器ではない。その使い手である。

 人間であるなら、幾分御しやすい。

 

 得体の知れない確信が神経を辿って、重篤の筋肉をマリオネットのように突き動かす。

 本能が赴くままに──生命のあるべき真理(かたち)がギルスの身も心も溶かしていく。

 戦闘(たたかい)だ。これこそが殺し合いだ。雑魚(ノイズ)の掃除とはワケが違う。血と肉が沸き立つ容赦無用の死合だ。見ろ、この魂に刻まれた鏖殺の記憶が無邪気に喜んでいるではないか。

 

 〝戦いだけが、俺が何者であるかを教えてくれる──‼︎〟

 

 無貌の面に閉ざされた口角が無意識に吊り上がる。

 前転直後に発生する硬直を弾力(バネ)に変え、泥濘(ぬかる)んだ大地を踏み締めて弾かれたように敵へと疾走を開始する。爆発的な速度で距離を詰めるギルスに対して、冷静を(よそお)った鎧の少女は鞭を大きく手繰(たぐ)って水平に薙ぎ払う。空間が(ひず)むような悲鳴が紫水晶(アメジスト)の刃から響き渡り、雨の帳を烈々として引き裂いた。

 目と鼻の先まで迫る一撃──ギルスは雲を全身で仰ぐように体躯を逸らし、鞭の真下に滑り込んだ。スライディングによる紙一重の回避。雨によって濡れた地面ではスピードが衰えることはない。

 

「それ以上近づけると思うなよ、バケモノ‼︎」

 

 驚愕に顔を歪める少女が間髪入れずもう一方の鞭を頭上に掲げてから強力な一撃を振り下ろした。それとほぼ同時。危機察知の超感覚に優れたギルスは怒涛の接近を潔く中断し、後方へ跳ぶようにして距離を取る。咄嗟の判断から行動に移すまでが異常に(はや)い──標的を見失った鞭先は湿った土壌を無闇に抉るしかなかった。

 

(反応速度が馬鹿みてぇに速い──!)

 

 少女の舌打ちは誰の耳にも届くことはない。

 認めたくはないが、反射神経は(ギルス)の方が格段に上だ。加えて、あの()()()()()()()()達人の如き体捌き──恐らく白兵戦に持ち込まれた時点で自分は敗北するだろう。

 何がなんでも(やつ)を近づけさせない。

 万が一にもあの妖拳の射程まで接近を許せば、命の保障はない──!

 

「…………」

 

 曇天に唸るような雷鳴が轟いた。

 降り頻る雨粒は勢いを増すばかり。

 視界が(かげ)る所為か、余計な思慮ばかりが膿のように深まる。(いくさ)の最中にも(かかわ)らず、少女の脳内に青白い過去の憧憬が遠慮も知らずに膨らんだ。

 大切な思い出、その一つが頭の中に巡る。

 堕天の獣(ネフィリム)──人間(ひと)であることを捨てた暴食の獣を前にして、()()()()()

 せめて、人の手で安らかに眠ってほしい、と──泣きながら血だらけの拳を握った。

 俺がやらねばならないのだ。こんなふざけた仕事を、俺以外にやらせてたまるか。

 自分に言い聞かせるように何度も呟いて、割れた仮面の下に物悲しい笑顔(ニセモノ)の仮面を重ねて。

 

 〝お願いクリスちゃん。この子たちに祈ってあげて。がんばったねって、おつかれさまって。俺の手じゃもう無理だからさ〟

 

 なぜ今そんなことを思い出す。

 祈れるはずなんてないのに。

 どれだけ祈ったって、もう会えないのに──。

 

 雨が邪魔だ。

 月の光が恋しい。

 

 恋しいのだ、狂おしいほどに。

 

「こ……こぉのおおおおおおおおおッ‼︎」

 

 鎧の少女は吼える。その手に殺意の鞭を握り締めて。

 獣は一言も発さずに緑の地表を蹴る。どこまでも冷血に。

 

 青い稲妻が落ちる。

 それが両者の闘争の意識に触れることはない。

 

 この雨は俺の唯一の味方(アドバンテージ)だ、と──嗅覚を和らげる慈悲の雨に打たれた獣は得心する。

 戦闘(たたかい)のテンポを狂わせる後手の立ち回りも、少女の激動の形相を見れば功を奏したと言える。

 あくまで戦場を支配しているのは此方(こちら)なのだと意識に刷り込ませる。心理戦には及ばない。対人戦において精神の平常を保つことは戦士として必須の条件だ。逆に一度でも平常心が乱れてしまえば、精神の波を鎮めることは困難となる。

 精神(こころ)とは大空と同じ。永遠に日照らす青とは限らない。

 

 ──汝の心には雨も降れば、雷が落ちることも雪に積もることもあるだろう。如何なる天変地異を前にしても不動の精神であれ。それこそが〝風〟の本質である。

 

 風を司る熾天使(エルロード)のかつての訓示を反芻するようにギルスは大地を蹴り上げる脚から苦悶の感情を削ぎ落とす。踏み締めるたびに骨の節々が軋むが、度外視(シカト)を決め込む。

 肉体がとうに限界である事を悟られてしまえば、相手は持久戦に勝機を見出し、互いの間合いを鑑みずに彼我の距離を一定まで開ける可能性がある。それが一番厄介だ。ギルスが即死の双鞭を去なしつつ、必殺の間合いまで距離を縮められるのは精々一度が限界である。片道切符の余力しか残されていない。

 厳しい現実を示唆するように脚部に激痛が走る。

 骨と骨がぶつかり合って破砕(クラッシュ)するような尋常ではない疼痛に苛まれた。

 軟骨(クッション)が逝ったか──。

 膝の骨髄が木っ端微塵に砕かれたであろう感触に顔を歪めていると、鉄槍の如く引き伸ばされた紫色の水晶が眼前を閃光のように通過した。咄嗟に顎を引いていなければ、眼球は潰されていただろう。素直に肝を冷やすが、竦み上がって臆するほどではない。

 

 戦いへの恐怖は、とっくの昔に死んでいる。

 今ここにあるのは、狂気に等しい闘争への衝動だけだ。

 

 修羅を体現する獣の双眸が赤色の残光を闇に走らせる。

 

(ナメやがって‼︎)

 

 怒髪天に達した鎧の少女は(ギルス)を喉を掻き切らんと双鞭を振るうが、突発的に何か違和感を覚えて手を止めざるを得なかった。

 

(──⁉︎ あいつの右腕、あの赤い触手はどこに消えた⁉︎)

 

 少女の眼は深緑の獣だけを貪欲に追っていた。

 一瞬一秒たりとも視界から外すまいと集中していた彼女は激闘の中で(ギルス)が半ば引きずっていた悪魔の触手(ギルスフィーラー)の影を完全に見失っていた。

 躊躇をかなぐり捨てた双鞭による憤怒の乱撃が周囲に見境なく濃霧の如き巨大な土煙を発生させ、触手の存在感を狡猾(うま)く抹消していた。夜の薄暗さと降り止まぬ大雨も相まって、視野は極端に狭く限られている。

 土埃が舞う狼煙の如き闇に右腕を隠した(ギルス)はタイミングを図りながら、青銅の蛇(ネフシュタン)の攻撃に注視しつつも自律して行動を可能とする触手と共有した皮膚感覚を脳で処理する。

 

 悪魔の触手(ギルスフィーラー)が獲物を捕らえたようだ。

 

 最初で最後の接近の機会(チャンス)だ。これを逃せば後がない。手詰まりだ。緊張して然るべき局面のはずだ。

 なのに、自分でも不気味なほどに清涼(すっきり)している。脳髄(あたま)に大きな風穴(あな)でも空けられているじゃないかと疑うほどに澄み切った透明な感覚が全身を包んでいる。

 苦痛(いたみ)すらも生命(いのち)を感じる要因(ファクター)に過ぎない。

 今はただ無性にこの闘争(たたかい)が心地良い。

 

 心地良いのだ、生命(たたかい)が。

 

 〝そうか。俺はもう人間(ヒト)としては終わっていたのか〟

 

 ギルスは魂の内側で壊れたように冷笑(わら)う。もはや、今の彼には自分の名前さえ思い出せない。戦う理由も守るべき人もすべてが()()()()()()

 どうでもいいのだ、何もかもが。

 どうでもいいと──言わせてくれ。

 俺にこれ以上、背負わせるな。

 漁網のように力強く手繰(たぐ)り寄せた深紅の悪魔の触手(ギルスフィーラー)を剛列な膂力を用いてギルスは振りかざした。大蛇が獲物を絞殺するような目紛しい軌道を描いた触手は次の瞬間には鋭い速力で解き放たれていた。

 触手による殴打ではない。この距離では届かない。

 これは()()

 目視できない土煙の中で悪魔の触手(ギルスフィーラー)が捕縛した何かを猛烈な勢いで叩きつけるように鎧の少女へ投げ飛ばしたのだ。それなりの質量を持つ物体であることは瞬間的な光景であれ理解できたが、視覚が乱される環境下ではその実態を掴むことができない。

 鎧の少女は当然のように身を固めて防御の姿勢を構える。

 だが、投げ飛ばされた物体(もの)がはっきりと視認できる距離まで到達すると張り詰めた緊張を弱めずにはいられなかった。

 

「ノイズだァ⁉︎」

 

 投擲された物体は人間型(ヒューマノイド)ノイズだった。

 間違いなく《ソロモンの杖》を用いて召喚された雑兵(ノイズ)の一匹である。まだ()()()()が活動していたとは考えてもいなかった少女は一瞬のみ呆気に取られて開口したが、致命的な隙には成り得ない程度の驚愕に抑えた。

 何の意図があって、青銅の蛇(ネフシュタン)に対してノイズを投擲したのかは理解の外だ。こんなもので時間は一秒たりとも稼げない。

 両の手掌が握る双鞭で無惨に叩き落とす──直前で行動を変える。青銅の蛇(ネフシュタン)の唯一の武装を大した脅威にもならない雑魚(ノイズ)一匹如きに費やすのは状況的にも愚行と判断した。それこそが(やつ)目的(ねらい)ではないのか。双鞭の矛先は常にギルスへ向けるべきだ。片方だけでは止められない。ノイズを囮にされ、急接近を仕掛けられたら、此方の反撃が遅れる可能性がある。

 墜落する飛行機のように真っ直ぐと投げ飛ばされた人間型(ヒューマノイド)ノイズを払拭するような軽々しい手刀で真っ二つに叩き斬る──それが少女の絞り出した最善だった。

 

「そんなものでアタシの隙を突けるかよ!」

 

 少女の指先がノイズの腹部に触れた。

 

 その瞬間──ノイズは自壊する。

 

「なっ」

 

 ノイズを構成する物質の大半は炭素──赤錆の如き濃密な煤の煙幕が視界一杯にぶちまけまれた。

 古典的な目眩(めくらまし)である。だが、効果は抜群であった。

 虚無めいた灰塵だけが鮮明に拡がる景色を眼前に、少女は一時的に視覚を遮断された事実の意図を理解する。それは頭の中で何度も跳ね返って、扇情的な恐怖の色へと変わった。

 少しとはいえ、()()()()()()()()()()()()

 それだけで少女は凍てつくような戦慄を味わった。

 

 すぐさま煤の煙幕を我武者羅に掻き分けるようにして少女は視界を確保した。浪費した時間は三秒にも満たない。しかし、彼女の目に飛び込んできた戦場たる公園は奇しくも少女の危惧に従うかのように無視しがたい異変を(あらわ)にしていた。

 

 (ギルス)がいない。

 

「あの野郎、どこに消えやがった⁉︎」

 

 左右に視線を素早く動かす。雨に打たれる緑色の地平が延々と続くばかりで何もない。

 野草を踏み締める足音を拾うために耳を側立てる。強まるばかりの雨音が聴覚を妨害して何も聞こえない。

 前後左右を確認しても敵影は見当たらない。滂沱が地を叩く音色だけが響く夜に少女は取り残されていた。

 

(そうだ。血だ、血の跡を追って──)

 

 (ギルス)は萎れた芝生に玉藻の如き赤い痕跡を残していたはず──。

 

(途切れてる? 何もないところで?)

 

 不自然な鮮血の残滓を目の当たりにして、嫌悪すべき予感が全身を電撃のように駆け巡る。鎧の少女の位置からおよそ十五メートル先で血の跡が途切れている。そこまでは接近したに違いない。では、その後はどのように行動した。前にも横にも動いていない。撤退を選択したのであれば、最初の索敵で敗走する背中が見えても可笑しくはなかった。

 そこにいるはずのものがいないのは何故だ──?

 わかっている。

 自分はまだ芯から人間なのだ。

 人類が所有する最高峰の兵器たる完全聖遺物《ネフシュタンの鎧》でどれだけ外面(ガワ)を誤魔化そうと中身はただの十代の少女──ありきたりな道徳や普遍な倫理に囚われて物事を考えてしまう。

 

 敵は人間を捨てようとしている〝怪物〟であるにも拘らず、つまらない人間性を当て嵌めようとしてしまった。

 

(チクショウ‼︎)

 

 毒を吐き捨てる僅かな時間すら惜しい。

 鎧の少女は雨雲に埋もれた黄金の月に向かって猛々しく咆えるように紫水晶(アメジスト)の双鞭を全身全霊の出力で振るい上げた。

 

(うえ)かァァああああああッ‼︎」

 

 暗黒が漂う雨空に飛翔する禍々しき影が一つ。

 神話の獣が降り頻る天涙に紛れて少女の真下へと舞い降りんと両腕を翼のように広げていた。

 固く握られた拳の手甲が青銅の蛇(ネフシュタン)の一撃を火花ごと強引に弾き、二撃目として放たれた紫鞭の刃の先に悪魔の触手(ギルスフィーラー)殴打(ぶつ)けて相殺させる。

 止められない⁉︎

 だが──‼︎

 簡単に去なされてしまった双鞭を中空で荒々しく波打たせて、少女は両腕を交差させる。巧妙な絶技で操作された双鞭が複雑な螺旋を描きながらギルスを包囲する。重力の摂理に任せて落下するギルスには避けられない攻撃──それもまた人間の理にして、血に飢えた獣の真理には留まらないと知る。

 魔法のようだった。烈風に揺れる木枯らしのようにギルスは双鞭が打つ刃の波をひらりひらりと回避して見せた。

 鎧の少女の顔色が青く染まる。

 青銅の蛇(ネフシュタン)──強固な鎧としての凄まじい防御力と神の遺物たる不朽の再生能力を兼ねた兵装に果たして傷をつけることができるのか。

 無理だろう──ギルスは判断する。

 もう左手はほぼ人間だ。右手に関しては感覚がない。蹴るにしても耐えうる骨が圧倒的に足りない。青銅の蛇(ネフシュタン)の装甲に小さな傷を刻むことすら現状では不可能だと考える。

 だから、()()ことにした。

 殺害は至極簡単な域。

 狙うは喉──気管を潰す。絞首で窒息させれば、青銅の蛇(ネフシュタン)は無傷で死なずとも、中身の人間は綺麗に殺せる。それなら左手の握力でも問題ない。ここで終わらせる。

 

 文字通り、少女(こいつ)の息の根を止める──‼︎

 

 

「────────────ァア?」

 

 

 鎧の少女──雪音クリス。

 死の恐怖が発する圧に耐えかねて、相貌に表す気色を初雪のような白に染めてもなお、真珠のように(つぶら)な瞳は可憐に美しい。

 

 今まさに、この手が(あや)めようとしている生命(いのち)──。

 

 それは間違いなく。

 

 津上翔一が守りたかったものだった。

 

 

***

 

 

 〝おじさんは怪しい人じゃありませーん!〟

 

 ──ウソだ! バッタの怪人なんてアタシ知らないもん! こんなに怖い歯並び見たことないもん! 顔がすっごくワルそうだもん!

 

 〝クリティカルで傷口抉るの上手ね。おじさん年甲斐もなく泣きそうなんだけど。いやでもまだ高校生だったわ。わははは〟

 

 ──怪しい……おっきな筒みたいな銃持ってるし……こわい天使さまにキックするし……すごくすごく怪しい……!

 

 〝アヤシクナイヨーボクゼェンゼェンアヤシクナイヨー(裏声)〟

 

 ──ゔゔゔゔ〜……!

 

 〝そんなに睨まないでよ。この強くて渋くてイケメンなNiceGuy(ネイティブ発音)に、ちょこっとだけ、お嬢さんの可愛いお膝にできた傷を見せてほしいだけなんだ。

 

 ──みるだけ?

 

 〝この消毒薬は何だと思う?〟

 

 ──…………。

 

 〝心配しなくても大丈夫。おじさんこう見えても前職はね……ぬぬ?〟

 

 ──どうしたの?

 

 〝いやあ俺の脳内ゴッドさまがテンション高くてね。さっきやっつけた天使さまにず〜っと中指立ててんの。やーいやーいって感じでうるさいの。普段はこんなんじゃないんだけどね〟

 

 ──のうないごっど……?

 

 〝やっべ超ドン引きしてる。うわぁって顔してる。そしておもむろに電話をかけようとしないで。精神科は間に合ってるから。異常しかないけどこれが正常だから大丈夫なの〟

 

 ──やっぱり怪しい人なんだ! バッタ怪人なんだ!

 

 〝違うのよ! 違う違う。んまあ飛蝗で怪人なのは否定できないけども、どちらかって言うと企業戦士というかほぼ公務員みたいな感じというか、でも俺の決定権は神さまが握ってるっていうか……無言で受話器に手を伸ばさないで。精神科も警察も呼ばないで。怪しくないから! ね!〟

 

 ──ママが言ってた。こういうときは保健所に連絡するの。

 

 〝ママさあああんこの子間違ってますよおおおおお‼︎〟

 

 ──かわいそうな動物を保護してくれるんでしょ?

 

 〝ママさああああああん間違ってなかったけど俺は今すごく複雑でえええええす‼︎ ヴッ⁉︎ さ、叫びすぎたせいで、腹の傷口が開いて、ピューって……虹が……とっても……キレイです……(遺言)〟

 

 ──おじさんってバカなの?

 

 〝おおっと。洞察力が優れてるなあ。麒麟児か?〟

 

 ──怪しいおじさんは悪い人?

 

 〝怪しくはないけど、悪い人だよ。()()()()()

 

 ──じゃあ、ここに何をしに来たの?

 

 〝そりゃお仕事だよ。社畜だからね。でも、ちょっと、ほんのちょっと、しくじっちゃってね。残業が確定さ。とほほ〟

 

 ──あ、アタシも着いていっていい……?

 

 〝危ないよ。それにいや〜なモノ腐るほど目にすることになる。

 

 ──それって研究所(ここ)よりも?

 

 〝……どこも同じかな〟

 

 ──じゃあ一緒にいる。孤独(ひとり)は寂しくて痛くて嫌だから、アタシは誰かと一緒がいい。ひとりぼっちは嫌なの。だから、だから……。

 

 

***

 

 

 久遠の(とき)が過ぎ去った。

 尋常ならざる重圧に支配された景色は時間さえも容易に錯覚させる。世界が凍結したわけでもない。非情な現実に流れる時間は例に漏れず前進しているはずだ。

 しかし、空間が凍りついたように停止した光景を目の当たりにして、立花響は拷問じみた永劫を感じていた。

 少女と獣。

 終焉なき雨音を(つんざ)くように雷鳴が瞬き、二人を悲劇的に照らし出す。

 

()れよ」

 

 芝生の上へ放埒に背を預ける少女はそのような言葉で沈黙を破った。無気力に濁んだ双眸から闘志は完全に消し去られ、魂が抜け落ちたように大の字になって死の瞬間を待ち侘びる。

 少女の目の先には(ギルス)がいる。

 ギルスの手の中には少女の頸部(くび)が握られている。

 馬乗りに組み伏せられ、彼女の敵意すら見失った目線は必然的に雨天に溶け込む獣の仮面を仰ぐしかなく、自然と互いを見つめ合う態勢になる。

 目を逸らす労力も、顔を背ける努力も、今の彼女には一切が失せてしまって、気付かぬ内に紫水晶(アメジスト)の双鞭が使い手を見限ったかのように手掌から離れていた。

 ギルスが手指に多少の力を入れさえすれば、矮小な生命もろとも彼女の頸髄はへし折られるだろう──なのに、この深緑の獣は電源が落ちたように動かなくなってしまった。

 

「アタシは負けた。コッチは万全な状態(コンディション)だってのに、最初からボロボロだったアンタに負けたんだ。何の文句も言えるはずないだろ。言えるはずないんだ。ああチクショウチクショウ……!」

 

 勝てると思って挑んだ戦いで──完膚なきまでに敗北した。

 怨嗟の遺恨など残せるはずもない。愚かしく命を乞う真似も、死力を尽くして一矢報いる抵抗も、選択すらせずに放棄した。己が人生の終幕に興味はない。命に執着心も生まれていない。

 何の権利も今の雪音クリスには許されていない。

 黙して死を待つ。

 それだけが許されているはずだった。

 それだけで十分だった。

 なのに、どうして、こんなにも魂は泣き叫ぶのだろうか。

 

「アタシだってわかんない。こんな気持ちは初めてだ。頭ん中でアタシの大切な、大切だった記憶(もの)が溢れかえって、ぐちゃぐちゃになって、腹立たしくて、何もかもわかんなくなって」

 

 彼女は心の内を吐瀉するように無心で口を動かした。

 

「何で似てるんだよ……(おまえ)なんかが、アイツの(やさ)しい拳に……なんでだよ……どんな罰だよ……」

 

 泪と呼ぶべき雨の一滴が白い頬から滑り落ちていく。

 

()れよ。もう()ってくれ」

 

 永い沈黙が訪れた。

 啼泣の雨が(こえ)となって耳朶を叩く。

 そうして、悲哀の旋律に溺れるだけの時間が過ぎ去って──ギルスは忽焉とその手を離した。何も語らず、何も言わせず、奇妙な威圧を放ちながら厳かに立ち上がり、何の枷も与えずに鎧の少女をあっさり解放した。

 瞠目する少女に一瞥も暮れず、手負いの獣は真っ赤に染まった右腕を押さえて、血塗れの脚を引き摺りながらその場を立ち去ろうとする。

 酷く弱々しい背中に向かって、鎧の少女は怒声をぶつけた。

 

「オイッ⁉︎ どこ行くんだよ‼︎」

 

「………………■る」

 

「はあ?」

 

 ずるずると老いた亀のような鈍重な歩みを進めながら(ギルス)は嗄れた声色で答える。限界を迎えた肉体が衰弱し、声帯が人間に戻りつつある証拠でもある彼の発声は、もはや吐息に近かった。

 

「………………帰る」

 

 辛うじて聞き取れる声量は何故かハッキリとしていた。

 

「俺の仕事は終わった」

 

「何言ってんだよ。トドメぐらい刺していけよ! アタシはまた立花響(あいつ)を襲うぞ! わかってんだろそれぐらい!」

 

 ようやくギルスは足を止める。

 途端に()()()()()()と左腕から完全に溶解した生体装甲皮膚(ミューテートスキン)が粘り気の強い墨汁のような液体となって崩れるように地面に落ちていった。土の上で凝固した黒い塊から蒸気の煙が上がる。まるで、命を焚べて燃えるように、烈しくそれは立ち昇る。

 この黒い液体、どこかで──響は謎の既視感を覚えたが、冷静に思考できる状況ではなかった。

 左腕から生身の肌が晒される。焼け爛れた皮膚から血肉の色が見えた。ぽたぽたと指先から赤色の雫が溢れ落ちる。

 ギルスは振り返りもせずに重々しく告げた。

 

「残業はもう沢山だ」

 

 また歩き出す。

 

「いい加減飽きた。こんな戦いを繰り返すのは」

 

 一歩進むたびに鮮血が飛び散る二足の脚を動かして。

 

「飽きたんだ、こんな痛みを背負うのは……」

 

 彼は闇の海に沈んでいくように消え去った。

 ありったけの哀しみを置き去りにして──。

 

 約五分後──。

 戦火で荒れ果てた公園の真ん中でへたり込んだ立花響と気を失っている風鳴翼の二名は駆けつけた風鳴弦十郎によって保護された。彼が現場に到着した時には《ネフシュタンの鎧》と《ソロモンの杖》なる完全聖遺物を使いこなす謎の少女の姿は影も形もなかった。

 一足遅かったと悔やむべきか、二人の無事に安堵すべきかは躊躇(ためら)われる。

 両者は決して無事という二文字では片付けられない状態だ。命に別状はないとはいえ、特異災害対策機動部二課の最高戦力たる翼は重症。響に至っては軽傷で済んでいるものの、様子がおかしい。

 両名を病院へ移送している最中、響は雨に濡れた身体をタオルで拭くこともせず、無心で携帯電話を握り締めていた。弦十郎は何も聞かなかったが──。

 

「気のせいだよ……気のせい……いるはずないよ、あの人が……」

 

 向日葵のように明るい笑顔を振り撒く少女の声色とは思えない暗鬱な独り言は弦十郎の胸にも刺さるように聞こえた。

 

 こうして、雪音クリスとのはじめての邂逅(ファーストコンタクト)は多くの爪痕を残して幕を閉じる。

 

 されど、夜空は依然として泣き続ける。

 

 

***

 

 

 激しい夜雨(よさめ)が慟哭を叫ぶ。

 人間の気配が殺された夜の繁華街は黒い海のようだった。街灯の火が雨に沈んだ路肩に幻想的な炎を宿し、飾り気のない公道を煌びやかに照らす。

 光の泡沫。

 そして、雷鳴──。

 雨風が華やかに彩る夜の街を汚すように、不恰好な青年が一人、ガードレールにもたれて歩く。

 干涸(ひから)びた亡者の如き痩軀は降り殴る雨粒に殺されてしまいそうなほど脆弱な容貌を呈している。靴底が水面と化したアスファルトを()り、雨を凌げる静謐な場所を求めて宛てもなく彷徨わせる。

 まさに屍。

 肌にまとわりつく衣服と視界を遮る重たい髪。全身を絶え間なく叩きつける滂沱に晒された彼は溺死してしまいそうなほど容赦ない吐血を唾液と混ぜて地に浴びせた。

 びちゃびちゃと不潔で(なまぐさ)い汚臭を撒き散らす。

 

「おぇ……ぁ……ッ」

 

 津上翔一は限界だった。

 棒のような足を盲目的に動かしながら、彼の身体は(ギルス)の忌むべき後遺症に蝕まれていた。枯れ木の如き手足から血管が浮かび上がり、顔の肉の下から骸骨が剥き出たように皮膚は渇いていた。

 気を抜けば、細い喉から真っ赤な血液と一緒に臓器の一つや二つ吐き出しても何ら不思議ではないほどに彼の体内は混沌の崩壊を迎えている。

 

「まァ……あぁ……まだ……だ……」

 

 都内の道路トンネルの入り口に辿り着く。

 全長六十メートルの薄暗い常闇が続く天井には照明の灯火が夕陽のように熱い影を落とす。新聞紙やペットボトルのようなゴミが散らばる窮屈な歩道を壁伝いに這うように進む。行き先はない。強いて言えば雨が止むまで──彼に思考はほとんど停止していた。

 意識がぼんやりと夢現(ゆめうつつ)に惚けている。

 目に映るものすべてが下卑な幻に感じる。

 しばらくして空き缶に躓いた。それだけでバランスを崩す。

 正面から激しく転倒する。無条件反射の受け身すら機能せず、顔面を殴打し、鼻の骨が曲がって血が飛び出す。そのまま水に浸された虫のように四肢を蠢かせ、地面を掻き毟るように悶え苦しむ。

 

「ァ……がッ……あああッ」

 

 呼吸ができない。

 突発的な老化現象は全身に巡るあらゆる生体内物質を貪り尽くし、生命活動を破滅させる。骨格は形を維持できずに砕け、内蔵は萎んで役目を放棄し、ゆっくりと津上翔一の命が苦痛を孕んで死んでいく。

 なのに、彼は一向に死なず。

 ()()()()()()()

 死ねば治癒(なお)るのだ。生命そのものを侮辱し兼ねない異常と言えるほどの再生能力が津上翔一の〝死〟を認めなかった。生物の中枢を担う器官がどれだけ死滅しようと遺骸を糧に発芽する花ような神秘性を伴って、彼は何度でも蘇生させられた。

 ゆえに彼を幾度となく殺しているものは後遺症たる老化現象ではなく──。

 堕天の獣(ネフィリム)再生力(ちから)であった。

 

「あああああああああァァァァァァァァッ‼︎」

 

 生と死を永遠に繰り返す。

 彼にできることは叫喚して喘ぐだけ。

 癒えぬ疼痛が地鳴りのように脳髄を揺さぶり、地獄の底に叩き落とされた意識を手放せない。噛み締めろと言わんばかりに楽になる手段の一切を奪われていた。

 

 万死の輪廻が渦巻くように廻り続ける。

 

 愚かな人間を無限に殺し続ける。

 

 ()()()と言い続ける。

 

「─────────ッ‼︎」

 

 彼がその力で守り抜いた生命(いのち)が〝死〟の運命(さだめ)から脱却したというのなら──。

 

 彼の奪った〝死〟はどこへいくのだろう。

 

「───ッ‼︎ ───ッ‼︎」

 

 背負えと言い続ける。

 

 背負わぬばと魂が泣き叫ぶ。

 

 俺の知らない魂が、俺に責め苦を背負わせる。

 

 

「──哀れんでやろうか、ギルス」

 

 

 聞いたことのない声──あるいはどこかで聴いたかもしれない声が仄暗いトンネルに反響する。

 腹這いに苦悶する彼は虚無めいた視線だけを動かし、声のする方向を見つめた。

 

「ほう、まだ自我があるのか。(にわか)には信じられん精神力だ。ギルスは〝生きる〟ためにまず心を殺す。過度な苦痛を与えて、己の心をへし折り、人ならざる怪物に変身(かえ)たがる」

 

 トンネルの奥──誰かがいる。

 

「過去に誕生したギルスは一つの例外もなくネフィリムに堕ちた。どのような戦士であろうと月の満ち欠けが一周する頃には変わり果てる。そうして互いの血肉を求めて殺し合った。皮肉なものだ。生きるという行為に縛られた生命が真っ先に他の生命を蹂躙しようとするのだから」

 

 ()()()()とハイヒールが地を突く音が近づいてくる。

 

「誇るがいい。二年間もよくもまあギルスで戦えたものだ。私の出会ってきたギルスの中でお前の右に出る者はいない。断言してやる。胸を張って誇りに思え」

 

 魔性の女。

 目を惹くほどの妖艶な美を纏った金髪の魔女がいた。サングラスの奥から微かに覗く黄金(こがね)の瞳はみっともなく地を這う青年を滑稽と言わんばかりに、冷たく、蔑むように、じっと見下ろしている。

 嘲るような狂気の笑みを薄紅の唇が形作る。

 彼女は歩道柵にもたれるように腰を落として、色欲を掻き立てるような艶かしい仕草で足を組んだ。

 

「名乗りましょう。私の名はフィーネ。二年もこの時を待った。あなたが強すぎるのがいけないのよ。でもこれでやっと()()な話し合いができるわ」

 

 フィーネ──。

 どこかで聞いたことのある名前だ。

 耄碌(もうろく)な思考が重たい腰を上げて深遠に埋もれた記憶を漁る。女の名前をゆっくりと咀嚼するように脳髄が情報の処理を始め、半透明な世界に色が戻るように鮮明な意識が覚醒する。それと同時に最悪の状況に陥っていることを知覚した。

 咄嗟に立ち上がろうと電気信号を送る。だが、(からだ)は意に反して動かない。未だ彼の肉体は生と死の螺旋から逃れておらず、脳に返ってくるのは激痛ばかりでとても動ける状態ではなかった。

 津上翔一はフィーネと名乗る女性を辛酸を舐めるような痛烈な眼光で睨んだ。血塗れの声帯を震わせて言葉を強引に発する。

 

「おまえッ……対等、だと……これが……⁉︎」

 

「ええ。ロードノイズ、天ノ羽々斬、ネフシュタンの鎧──どれだけ負傷していようと、体に不調を(きた)していようと、あなたいつも一方的に勝つか手加減しているかの二択じゃない。

 まさに正真正銘のバケモノね。そんなに強くなって、どうするつもりなのかしら。神にでも喧嘩を売るつもり?」

 

 どこか含みのある口調だが、詮索している暇はない。

 

「それで……二年……待ったと……? 俺が……うご、けなく……な、るまで……」

 

「あなたの死の瀬戸際を待っていただけよ。あまりにも死ぬ気配がしないものだから、何度か嫌がらせもしたけど、所詮はノイズね。限界がある」

 

 悪びれる様子もなく淡々と非道な悪徳を語るフィーネに翔一は敵意の眼差しを送る。

 

「それ、で……な、んの……用だ……」

 

「あなたを救いに来たと言ったら、信じてくれるかしら?」

 

 森閑(しん)と静まり返る赤い枯寂に息を呑む音が零れ落ちる。

 蛾の羽ばたきが電灯の(あかり)に赫々たる(かげ)を生み、艶麗の美貌へ煌びやかな鱗粉のように降り注いだ。

 

「近いうち、特異災害対策機動部二課本部が保管する完全聖遺物・サクリストDの移送が計画されているわ。その正体は不壊の剣《デュランダル》よ。半永久的なエネルギーを何の代償もなく生み出せる聖遺物──私はこれを覚醒させる」

 

 淑女の口調から凛々しい声色へと変わる。

 

「起動したデュランダルは二課本部に再度回収させる予定だが、その前に少し、前人未到の実験をしようではないか、ギルス」

 

 彼女の声には狂気という感情の昂りが垣間見える。フィーネはせせら笑うように艶やかな唇を歪ませながら色っぽく舌なめずりをした。

 

「お前にくれてやろう、無尽のエネルギーを」

 

 その言葉で津上翔一は理解した。

 

「そして、アギトに変身(もど)れ。それが私の願望(のぞみ)だ」

 

 フィーネは間違いなく()()()だ──!

 

「お前の身体が血を吐くほどに欲しているものだ。要らぬとは言わせんぞ。

 私の見立てではもってあと三日の寿命(いのち)。杞憂は無用だ。すでに手回しは済んでいる。お前が惨たらしく朽ちるまでには万事間に合わせてやる」

 

 底知れぬ闇を孕んだ(まなこ)が翔一を深淵に誘うかのように見つめている。金髪の魔女は星に願う処女(おとめ)のような恍惚とした頬を緩ませて唇を動かした。

 

「私はアギトになりたい。ずっと、何万年も昔からそう願ってきた。

 本来、アギトとは、人類の相互理解を阻む『バラルの呪詛』を()()()()()ために生まれた存在だ。それを悪しき人間どもは戦争(たたかい)の手段として扱った。そのせいで中途半端な(ギルス)が次々と生まれ、やがて地上は堕天の獣(ネフィリム)で溢れ返った。神が地上を白紙に戻したのは然るべきことだったのかもしれぬ。

 すべての人類に眠る(アギト)の力は封印されている。私は幾度も肉体を移ろいでアギト封印の解放に奔走したが、ついに神が刻んだ封印を解くには至らなかった。無理に解放すれば、不完全なギルスとして覚醒し、ネフィリム化は免れないことになる。

 絶望的であった。ここ数百年は諦めていた。『バラルの呪詛』の発生源たる月の破壊が現実的と思えるぐらいにはな。だが、そんな時だ」

 

 フィーネは笑う。彼女にとって、奇跡の福音とも言える存在を前にして──。

 

「お前は現れた。アギトであるお前が‼︎ ギルスに退化したとはいえ、元々はアギト──! 万物の根源を為すオルタフォースさえ賄えば、再び(アギト)に舞い戻れることもできよう‼︎

 数年前は、未確認生命体第一号と封印されし熾天使(エルロード)()()らしき目撃情報を耳にして震えたものだ。エルロードは絶対神(テオス)の勅命でしか動かない。なれば、第一号は間違いなくアギト……‼︎ 未確認生命体第一号と厄介なエルロードが()()()()()くれたおかげで、私はこうして新たなアギトたる未確認生命体第二号のお前と接触できた。同じ時代に二体のアギト‼︎ 実に星の巡りが()い‼︎ 我が宿願、果たすべきは今世──ッ」

 

「なにを……いって……」

 

「理解できずとも一向に構わない。お前は黙って(アギト)に進化すれば良い。拒否はするな。お前が生き残る(すべ)は他に無いと知れ。

 まさか、枯渇したエネルギーをノイズ如きで補えると思っている愉快な(たわ)けでもあるまい。ノイズを捕食する(ギルス)など私は見たことがない」

 

 フィーネと翔一の決して相容れぬ心情を含んだ視線が複雑に絡まる。

 ()()()と氷山に顔面を叩きつけられたような痛恨の悪寒が血脈を走り抜けた。

 

「……ああ。そうか。なるほど。理解した。想像以上だ。これは予測できなかった。反吐が出るほどのお人好し。それでは困る。ならば、少し話をしよう」

 

 なんだ。なにを理解した。俺の何を理解したんだ。

 こいつはどこまで知っている? こいつは何を知っている?

 

「認定特異災害──通称『ノイズ』と呼ばれる災害が、惑星の自然環境に一切の影響を及ぼさず、人類だけを執拗に貪欲に抹消することを可能とした唯一無二の兵器であることは理解しているか?

 如何なる物質であれ炭素原子に変換してしまう能力は大地を司る熾天使(エルロード)から着想を得たものだが──短時間であれ戦闘行為や破壊活動をノイズに強いるにはそれなりのエネルギーが必要だ。しかし、地球という星を汚さないためにもノイズに用いられるエネルギーは清らかなものでなくてならない。そこで採用されたエネルギーがオルタフォースに最も近しいもの──自然が発するフォニックゲインだった。ノイズが自壊した後、余分なエネルギーはすべて自然の一部に帰るという寸法だ」

 

 ただし──、とフィーネは続ける。

 

「地水火風を依代としたフォニックゲインも完全な純潔とは言い難い。自然もまた穢れを多く孕む。ゆえにノイズの原動力たるフォニックゲインには更なる改良を加えた。一切の毒素を除去し、この世で最も透明な音色(ノイズ)として人類殺戮の自律兵器は生まれたのだ。知っていたか? アレの放つ不快な音響は戦姫の歌声よりも美しいらしいぞ。私の好みではないがな。

 こうして、お前が日夜狩っているノイズは生まれたということだ。

 さて、本題だ。美しくて穢れのないノイズに流れる()()()フォニックゲインは……果たしてギルスのオルタフォースに変わってくれるものだと思うか? 答えはNOだ。空気を吸って胃が膨れるものか。腹の足しにもならんぞ、あれは」

 

 だが、エネルギーには違いない──と、フィーネは愉悦の沼に浸るような残虐な笑みを浮かべた。

 直感が脳裏を焼き尽くすように鋭く走った。

 彼女が口にする次の言葉が簡単に予測できてしまう。目を背けなければならない真実を、嘘で塗り固めた結論を、耳を塞がなければならない現実を──彼女は(わら)うような(ことば)に変える。

 津上翔一は眼球を真っ赤に充血させ、血腥い口腔を広げながら彼女の声を遮るように腹の底から叫んだ。

 

「やめろおおお‼︎ それ以上喋るなッ‼︎」

 

「血肉にはならずとも、()()()()()()()()には丁度いいだろう」

 

 彼の渾身の叫声はあっさりと重ねられた。

 

 聞くな。聞くな。聞くな──‼︎

 

 翔一は心の中で呪詛のように唱えた。

 

 この場にいるもう一人の少女の耳を塞ぐように。

 

「私とて、肉体を移り変えて今日(こんにち)まで生き永らえてきた身だ。一つの肉体に魂は二つとして共存はできんことは誰よりも深く深く理解している」

 

「黙れッ‼︎ 口を閉じろ‼︎」

 

「魂であろうと生きている限りエネルギーは欲する。しかし、魂などと言う非物質には、食物を噛み砕き捕食する器官も、毒素を分解して栄養のみを蓄えるような器用な真似もできん。それを可能とする人体は一つの魂を喰わせてやるので精一杯だ。当たり前であろう? 肉体に宿る魂は一つだけ──私()()のような例外を除いてな」

 

 ()()()()と頭が痛む。

 迂闊であった。悔やみ切れぬ現実を前にして翔一は呼吸を荒らげる。醜悪に老化した五指で無闇に地を削り、赤い爪痕を刻んだ。

 黒幕(フィーネ)に対する警戒心の方向を誤った。そして、彼女もまた心魂の在り方について高い知了を得ていることを失念していた。

 先史文明の破滅と共にフィーネという人格は永遠となった。彼女の子孫の血肉に潜んだ終焉(フィーネ)の魂は、多くの時代を超え、その異常な執念と記憶を引き継がせ、幾度となく現世に顕現してきた。

 恐らくだが、フィーネの媒体となった肉体の元の主人たる魂は彼女(フィーネ)の魂に融合されたか、侵食するような強引な手段を用いて消されたのだろう。そうやって先の問題を解決してきたのだ。

 津上翔一が絶対にできないやり方でいとも簡単に解決してきたのだ。

 

「仮に一つの肉体に魂が二つ共存を余儀なくされたとあらば、肉体の恩恵を得られない片方の魂に純潔なエネルギーを供給せねばならない。

 そこでノイズだ。確かにアレは良い。毒のない美しいエネルギーだ。浄化の必要もない。そのまま喰わせてやれる。聡明な判断ではないか、ギルスよ」

 

「だまれえええええええええッ‼︎」

 

 煮え滾ったドス黒い憤怒が活力に変わる。永劫に続く死の輪を噛み砕き、骨も肉も萎縮した貧弱な両足で翔一は大地を豪傑に蹴り上げた。

 怒り狂った獣のような形相でフィーネに掴み掛かる。

 しかし、彼の味方はどこにもいない。世界にも、運命にも──彼は万象から見離されている。

 べちゃべちゃと口腔と鼻孔から絶え間なく沸き立つように血潮が滴り落ちた。足の先から頭の天辺まで身体中の血液が抜かれるような感覚に翔一は無気力に膝を屈するしかなかった。

 

「おァ……てめッえ……ぶッ……ごォ……⁉︎」

 

「叫び過ぎだ、愚か者。賢者の石碑(ワイズマン・モノリス)だけでも残していれば、そのような無様な苦しみに縛られることはなかっただろうに……。

 お前の肉体が新たに生成している賢者の石碑(ワイズマン・モノリス)はあの少女のモノだ。少女の魂は(アギト)の力に触れた。絶唱の代償すら退ける奇蹟の治癒──あの少女に蓄積されたオルタフォースは並の量ではあるまい。下手に目覚めれば、今のお前と同じ獰猛な獣に成り下がるかもしれぬ。それを阻止するために、お前は自分の賢者の石碑(ワイズマン・モノリス)を授けたということだろう。

 急場凌ぎにしては上出来だ。よく考えついた。人間の思考とは思えん。つくづく人の域を超えているのだな、哀れで優しいギルスよ」

 

 そう言って、嬉々として()()()語り聞かせたフィーネは優雅な仕草で腰を上げ、興味を失ったように踵を返して彼に背を向けた。

 血反吐の慟哭を叫ぶ獣の青年に終焉の巫女は容赦なく釘を刺す。

 彼女の用事はこれで済んだ。

 もう津上翔一は逃げられない。

 

「病室で眠る少女──私が息の根を止めても構わんのだぞ?

 では、三日後にまた会いましょう。哀れなギルスと──哀れな歌姫。私がその地獄を終わらせてあげる」

 

 




なあにこれえ?(絶唱顔)
ギャグなんてなかった・・・もうまぢむり・・・リスト(腕)カットしよ・・・(本末転倒)

Q.ノイズ食ってた理由は?
A.奏 さ ん の エ サ

以下、今回のまとめ。
①病ンデレ○○○・○を飼ってる(というか飼われてる)オリ主がいるらしい。なおオリ主が四期と五期は観てない設定であることを本作の初投稿日から察してほしい(無茶振り)
②まさか後半のカミングアウト書くのが面倒で戦闘シーンが長引いたとは誰も思うまい。
③意識が順調にネフィリム化やったぜ。安心して。暴走(?)は進化フラグよ。でもメタルグレイモンになるとは限らないよね。作者はライズグレイモンが好きです(唐突な自分語り)
④ロリクリとへんたいふしんしゃホッパーさんの事案。なおこれ以上書く予定はない。直前に起こったバトルの下書きはあるけど投稿するかは不明。
⑤原作ラスボスによるピロロロロロ…アイガッタビリィー(撮影場所千○ヶ谷トンネル) なおウキウキ全裸さんも勘違いしまくりな模様。
⑥こんな時でも入れる保険ってあるんですか⁉︎ そこにデュランダルがあるじゃろ?(暴論) ラスボス全裸さん…赤ぇ触手みてアギトに戻れるって思ってる読者さまは一人もいませんよ…たぶん。
⑦そんなことよりノイズさん食おうぜ!(GoToEat対象外) 個人的に本作で一二を争うクソ鬱設定だと思います。こんなんでも夫婦漫才やるとしたら本当の夫婦になるっきゃねぇな。でもそん時オリ主はきっと土の中で遅めのバカンスよ。お労しや…(合掌)
以上が今回のまとめというかやらかしでした。

以下、次回予告というか謝罪。
このクソ作者は定期的にボケないと死んでしまう病気を患ってるので番外編(?)のラブコメ(?)を挟むかもしれないです。すまぬ。作者を堅苦しいうんち文章から解放させてクレメンス。
ほんへ? 7節は残業編の山場(ダイナミックお葬式)なんで、そこそこ気合い入れて書くから許して。
・・・でもここでやるほんわか日常回ってかえって辛くな(ここから先はry

最後に一つ。
感想や評価、誤字脱字報告、いつも本当にありがとうございます。気楽に感想書いてええんやで(放心)
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