仮面ライダーだけど、俺は死ぬかもしれない。   作:下半身のセイバー(サイズ:アゾット剣)

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アギト20周年らしいですよ(震え声


♪07.POWER to TEARER

 ──記憶喪失? 気づいたら砂浜に? それは……大変ね……だから……いえ、ごめんなさい。余計なことだったわ。

 

 ──気が済むまでここに居ていいから。ここはね、私が経営してるお好み焼き屋のあるビルの空き部屋よ。好きに使って大丈夫。ほらタオル。お粥作ってきてあげる。えーと……。

 

 ──名前……分からないわよね。そうよね。記憶喪失だもの。気を害したのなら、ごめんなさい。

 

 ──……そうね。名前が無いと不便ね。名前はとても大切なものだから。でも、すぐに決めなきゃいけないことではないわ。

 

 ──名前はその人の在り方を示すものよ。たとえ仮の名だとしても、誰かに名乗るんだから、あなたがこうありたいと思う名前で生きなさい。

 

 ──それがいつかあなたの誇りに変わるから。

 

 

***

 

 

 津上翔一は家を出る。

 住み慣れた六畳間の古びた一室に書き置きの封筒を残して。

 

 一言も発さぬまま黙々と傷だらけのスニーカーに履き替え、ヘルメットとグローブを手にして、旅行用のボストンバッグを背負う。片手で軽々と持ち上がった大きいだけの鞄は己が生涯の写鏡のようだった。

 中身のない命。

 それが彼だった。

 見知らぬ世界で自己という意識に目覚め、身を揺さぶられるほどの衝動に突き迫られるまま、極致に達した常ならざる()()を行使した末に直感した。拳に(くすぶ)る熱が教えてくれた。雨打つ水面(みなも)に映った自身の虚像が語っていた。

 おまえはもう()()()()()()のだ。

 否定はしなかった。できなかった。

 ひと欠片の躊躇も介さず無心で敵を殴殺する自分が何よりの証拠だったから。

 

 最も恐ろしかったのは本能(じぶん)を冷たく俯瞰するように傍観していた理性(じぶん)。闘争を是として黙する恐怖なき我が身の心。

 暴力の許容。

 それは即ち人格の破綻。

 破壊を拒む理性はあった。しかし、それを嘲笑うかのように凌駕する野生の如き本能が精神(こころ)感覚(いたみ)を包んで、焼けるように熱い血液に溶かし、肉体に注ぎ込むのだ。

 熱い熱い血脈が弾けて。

 心臓の鳴動を加速させ、深い海の底で眠る得体の知れない魂を目醒めさせる。

 

 抗えない。

 止められない。

 

 殺戮という機能で四肢を操る暴虐の化身。

 

 神すら恐れぬ悪魔のような自分自身を彼は恐れた。

 

 記憶障害を患っていた彼を診察した医師はどれだけカルテと睨み合っても脳に異常を発見できなかった。心理的な疲弊による一時的な症状でもない。正常に機能している。医師の安心感を抱かせる声色に反骨の姿勢を呈することなく彼はゆっくりと肯首しながら、やはり問題があるのは脳髄だと推測していた。

 彼の脳は、異常でなくとも正常でもなかった。

 人間が個体としての意識を査定する支柱的な機能を保有するのは神経の中枢たる脳だけである。彼は自分の中に()()()()が決定的に喪失していることを察していた。それ故に一見は正常の(てい)を装う脳幹の大部分は崩壊しているのだろうと他人事のように考えていた。

 解離性障害の延長。非我の境界を実感する彼の神経は生命体が絶対として持つべき致命的な感覚が無かった。生きるためには不可欠な能力が欠けていた。

 

 それは〝生〟への欲求。

 

 生命(いのち)に執着がない。

 

 ()()()()()()()()()

 

 彼は常日頃から、自分が死ぬことをどうでもいい現象(こと)だと認識していた。

 それはもう人間として終わっている。

 死の恐怖がない。

 倫理の基盤たる死を拒絶する理性が備わっていない。

 だからこそ、死線巡る暴力の渦中に身を置いても何も感じない。

 どれだけ戦っても、どれだけ殺されそうになっても、彼は何の感情も抱けない。傷を負い血を流し、耐え難い痛みに悶えても、その先にあるはずの究極的な恐怖に辿り着けず、虚無という闇から逃れられずに空回る。

 

 命の破綻。

 生きているのに、生きていないような伽藍堂。

 

 だから、彼は最初から人間ではなかったのだ。

 

 少なくとも津上翔一は今も尚、そう()()している。

 

 

 玄関の扉を少し開けると、(まばゆ)いばかりの陽光の矢が陰影を貫くように鋭く差し込んだ。晴天とした蒼穹に浮かぶ太陽。泳ぐように散らばる白い雲。電線に留まる雀が安らかな(さえず)りを奏でる。

 良き一日のはじまりに相応しい朝の日常(すがた)

 社会的な普通。

 布団を畳み、歯を磨き、顔を洗う。朝食を食べ、洗濯物を干し、仕事へ行く。

 誰かとすれ違えば「おはよう」と言って「おはよう」と返される。「いい天気ですね」と笑えば「そうですね」と笑い返される。

 当たり障りない普通の毎日。

 飽くべき循環の日々──それが好きだった。

 

 とても大切なものだった。

 大切だった気がした。

 

 なぜだろう。

 なぜなんだろう。

 

 どうして、人間でもない自分がそんなものばかりを愛おしいと思ってしまったのだろうか。

 

 その答えは自分(ここ)にない。

 もうどこにもない。

 

 温和な朝の陽射しに目を細めた彼は逃げるような素振りで顔を背けると、薄暗い廊下が物静かな閑寂の景色へと変貌していたことに気付く。

 意味もわからず戸惑いの情感に流されて、また逃げるように目を伏せた。

 今更ながらに思い至った。

 こうして振り返るのは初めてだった。

 振り返ることをやめてしまった。

 振り返ることを忘れてしまった。

 振り返るものがないから、ただ前に進んだ。

 前に。

 闇から闇へ。

 光を捨て、ただ深い闇へ。

 それこそが津上翔一の進むべき〝前〟なのだと信じて。

 

「………………」

 

 ここに〝津上翔一〟と名乗ってしまった青年がいる。

 

 なぜ、よりにもよって暴力の(さが)が指の先まで沁み込んだこの自分が偶像(ヒーロー)の一人たる其の名を語ってしまったのか。

 もう覚えてなどいない。

 きっと大した理由もなく適当だったのだろう。咄嗟に口走っただけなのだろう。

 

 それでも少しは()れただろうか。

 

 あの〝仮面ライダー〟に──……。

 

 扉を開き、外に出る。

 外の世界は光で満ちていた。

 

 欺瞞に満ちた偽物(いつわり)の世界。

 所詮は誰かが綴る物語の一頁に過ぎない。

 誰かの手に握られたペンによって定められ、紆余曲折する運命に否応なく従わされる道化が生きる世界──いや、生かされるだけの世界。そのような不条理が罷り通る絶対的な摂理。スポットライトの光に照らされ、役を全うする(キャラ)たちが()()()()()()()()ニセモノの世界。紛い物の星。物語の舞台。薄っぺらい。なんて薄っぺらい……。

 

 そうだったら、良かったのに。

 それだったら、楽だったのに。

 

 紛い物は一人だけ。

 生きていないのはただ一人。

 

 

「…………」

 

 ゆっくりと音もなく扉を閉める。温かな光の筋を走らせる玄関が冷たい闇に覆われていく。

 預金の少ない男の一人暮らしにしては、よく靴が並ぶ土間だった。

 静かな寝床であれば何処でも構わなかったのに、よく居間が騒がしくなる物件だった。

 孤独でいいと定めたつもりが、よく人が集まる場所になった。

 数奇な運命として受け入れたが。

 不幸な事故のように諦めていたが。

 生命の実感を奪われた彼に()()()()()証拠を残していたのは紛れもなく彼女たちだった。中身のない命が今の今まで地に伏せることを拒み続けた理由があるとすれば、彼女たちの存在こそが、その偉業を成り立たせる最たる要因であったのだろう。

 

 孤独(ひとり)ではとっくに死んでいた。

 死を当然のように受け入れていた。

 その諦念にも似た無の意思を蹴散らされたのはいつからだったか。たった一つのちっぽけな希望(のぞみ)を空っぽの器に注がれて、ずっと生かされてきた。

 生きた。

 生きていたと言える。

 きっと生きていたんだ。歌を愛した少女たちと共に過ごした時間は……。

 

 思い出の場所──ごはん食べたり。

 

 帰るべき家──お布団で寝たり。

 

 俺の居場所──みんなと笑ったり。

 

 陽だまり──「ただいま」が言える場所。

 

 生きていた。

 俺はきっと生きていたんだろう。

 

 だからかな。

 

 ちょっぴり寂しいね。

 

「いってきます」

 

 ガチャン、と。

 最後の挨拶はいつもと変わらぬものだった。

 

 

***

 

 

「広木防衛大臣が暗殺された」

 

 緊張の一声が特異災害対策機動部二課の本部にて粛々と響き渡った。

 息を呑まざるを得ない重厚な空気に支配された一室には、腕を組んだまま神妙な顔付きを崩さない司令官たる風鳴弦十郎の他に、日課の訓練を終えたばかりの立花響、情報処理を担当するオペレーターの藤尭朔也と友里あおいの三人がいた。

 櫻井了子は別件で席を外している。加えて、前回の戦闘で負傷した風鳴翼は入院を余儀なくされ、そのマネージャーの緒川慎次も当然ながら欠席である。

 沈黙の時間が訪れると踏んだ響は背筋をきっぱりと伸ばして挙手をした。その表情には困惑の色が窺える。

 

「はい! 質問です、師匠ッ」

「どうした、響くん」

「私、政治に詳しいわけじゃないんですけど……」

 

 どこか自信無さげな挙動を伴う彼女の視線は隅に設けられた長椅子へ向けられた。

 

「あちらでお茶を啜っていらっしゃるのはもしや……」

 

 少し距離が離れているが、はっきりと視認できる。

 長椅子に腰掛ける気品の高そうな初老の男性は湯呑みに注がれた茶をまったりとした様相で飲んでいた。縁側が似合いそうな雰囲気だと束の間に呑気な思考を弄んでいたが、響の記憶が現状(こと)の異常性を訴えかけた。

 どこかで拝見した顔だった。ネット記事に載せられていた覚えがある。記者に囲まれながら質問に答える姿はテレビニュースで何度か目にしたはずだ。

 政界の人間。

 彼こそが、暗殺された広木防衛大臣その人だったはず。

 もしや防衛大臣の幽霊が自分にだけ視えているのではないかという発想に行き着いた響はおどおどしながら、閉眼する弦十郎に救いを求めるような視線を向けた。

 弦十郎は短く「うむ」とだけ頷く。

 

「広木()防衛大臣だ」

「……もしかして謎かけですか」

「すまない。言葉足らずだったな。世間には、広木防衛大臣は持病の悪化で死亡したことになっている。暗殺は成功したと思わせるためにな」

「へ? えーと、それはつまりはどういうことでしょう?」

「暗殺は実際に起こった。しかし、それは失敗に終わった。事前に暗殺計画のリークがあったからな。俺たちはそれを上手く活用して広木防衛大臣の死を完璧に偽装したというわけだ」

「はぇー。さすがは諜報機関っ! あれ? でもどうして死んだことになってるんです?」

「敵の正体と狙いが未だわからん。また狙われる可能性も十分ありえる。身内にも被害が出るかもしれん。そこで死を偽装をした上で、二課の本部で身柄を保護する形になった。これは一部の者にしか伝えていない。響くん、他言無用で頼むぞ」

「はっ、はい! ──大臣さんもよろしくお願いしますッ!」

 

 響は直立して深々と(こうべ)を垂れた。すると、品定めするような力強い眼光で射抜かれた──が、すぐに微笑ましいものを見るような目でぺこりと会釈を返してくれた官職の男に対して、もしかしたら優しい人なのかもしれないと心のメモに付け加えておいた。

 

「妙ですね、この暗殺」

 

 言葉を発したのは藤尭朔也だった。手元にある液晶の端末で作成された資料に目を通す彼の眉間は険しい。

 

「かなり綿密に計画されているにも拘らず、計画実行の前日で、敵側にこちらの内通者がいると思われるほどの機密がリークされ、こうもあっさり計画を食い止められるとは……」

「何か思うところでもあるのか」

 

 藤尭は「推測の域を出ませんが」と前置きして、どこか苦々しい表情で口を開いた。

 

「この計画──本当はもっと後に実行される予定だったのではないでしょうか」

「ふむ」

「二課に届いた暗殺計画の全貌……。犯行に及んだ敵側もそれ相応のプロです。資金も潤沢。身代わりとなる過激派の革命グループも複数用意していたことから、コネクションも極めて広い。並大抵の組織力ではない。これらの要素から予想できる敵の正体は……」

米国(アメリカ)。ならば、やはり狙いは完全聖遺物(サクリストD)となるか。二課という組織その公然性の脆弱さを露わにして糾弾……より安全性を重視するという名目でサクリストDの引き渡しを要求する。シナリオはこんなものか」

「サクリストDが二課の手元から離れる前に決着を付けたかったのでしょう。(くだん)の移送が急遽早まったのは彼らにとって不足の事態だった……確証はありませんが」

「焦りが生んだ失態か。()()()()()()()のこともある。否定はできん。なんにせよ、何者かの手の内で踊らされているように思えて仕方ないな」

「ですね。あんなものが匿名で、それも二課の厳重なセキリュティを破って、直接送ってくるだなんて……」

「俺たちの想像を超えた大きな陰謀が動いていると考えていいだろう」

 

 二人の嘆息が重なる。

 響は頭上で「?」を浮かべていると隣の座席へ友里が移動し、そっと職務用のタブレットを差し出した。戸惑いながらも響はそれを受け取り目を落とすと、液晶の画面には何かの文章が提示されていた。

 友里は端的に補足をする。あくまでその内容には触れず、立花響のその眼で確認すべきだと表情が語っていた。

 

「これは暗殺計画の情報と一緒に二課へ送られてきた秘密の文書。それを翻訳したものよ。ここには響ちゃんが無視できない重要なことが書かれているわ」

「私が……無視できない……?」

「〝仮面ライダー〟よ」

「────ッ⁉︎」

 

 その途端、響は目の色を変えて画面に食い入るように文書を読み始めた。

 

『まずは緊急につき強引な手段を用いた非礼を詫びさせてもらう。

 君たち特異災害対策機動部二課へ暗殺の計画阻止を託したのは他でもない、君たちが〝仮面ライダー〟と深く関わるものだからだ。我々の予測であれば、仮面ライダーという存在を排斥せんと動く勢力が国政の実権を握ることになる。それだけは阻止せねばならない。神の力に対抗できるものは神をも砕く牙なのだ』

 

 神? 神ってあの神さま……?

 響の脳裏に過ぎる。人と獣を混ざた異端の形貌を象るノイズの亜種──ロードノイズと呼称された強靭な特異災害の背中には天使の羽根のような骨格が突き出ていた。

 なぜそれが響の意識を掠めたのかは定かではない。

 だがもしも、古来より人々が崇め奉る〝神〟と呼ばれし超常が実在していたとすれば、現在(いま)の世界はどのような色で神の瞳に映るのだろうか。

 

『我々の正体を明かすことはできない。信用せずとも構わない。ただ、これだけは知っていて欲しい。我々は仮面ライダーに返しきれない恩がある。もう二度と返せなくなった借りが残っている。

 仮面ライダーという名に、その誇り高き正義の姿に、勇気と優しさに満ちたあの心に、幾度となく救われた。これから先、世界は変革の荒波に呑み込まれていく。その時、我々には、この星には、仮面ライダーという白銀の輝きが必要なのだ』

 

「…………」

 

『だから今は、君たちの仮面ライダーを、人々の希望を背負うヒーローの名を、どうか守ってほしい。それが我々の願いであり、彼への(とむら)いとなる。君たちの英断に期待する』

 

「弔い……」

 

 響は直感した。この文書(メッセージ)を作成した顔も名前も知れぬ何処かの誰かは〝仮面ライダー〟と呼ばれた者と親しい関係だったのではないか。

 根拠はない。この文面を読んだ響が胸を締め付けられるような情動を抱き、()()()()()()()()()()()()そう感じただけに過ぎない。

 仮面ライダー──バイクに跨る仮面の異形。

 その鋼鉄の如き仮面の下に潜む素顔を知った者の真摯な想いが込められている。そんな気がした。

 

「………………」

 

 癒えぬ傷を背負って、己の血を浴びながら悲しみを叫ぶ仮面の獣──未確認生命体第三号。

 その素顔は誰も知らない。

 知らないのだ。

 誰一人として知らないままなのだ。

 

「響ちゃん?」

「な、なんでもありません! 大丈夫です! 平気へっちゃら……」

 

 訳もなく熱く火照った眼元を拭う。

 まだ確信ではない。凶暴な獣と形容すべき未確認生命体第三号の仮面の下をこの眼で見たわけではないのだから。

 信じる。

 あるいは祈る。

 どうか夢であってくれ、と──。

 

「情報を二課(こちら)に持ち込んだのは親日派と考えるのがベストか」

 

 弦十郎の推測に藤尭が小さく頷きを返す。

 聞き慣れない言葉に響がまたもや困惑を露わにしていると、状況を即座に察した友里が甲斐甲斐しく説明をはじめる。

 

「いま米国政府は親日の保守派と改革派で対立しているの。十年前に起きた首都ワシントンでの大規模なテロ事件を境に、更なる軍事力を欲したアメリカの改革派は和親条約を盾に日本が保有する聖遺物の譲渡を再三要求しているわ。今のアメリカの政権は改革派が握っている。戦後、日本との繋がりを強固にしてきた保守派は今や日陰に追いやられてしまった背景があるの」

「じゃあ日本とアメリカの仲は悪くなっているんですか……?」

「そうね。二十年前のあかつき号事件から両国の溝は確実に深まったと考えていいでしょう。

 日本との間に軋轢を生む行為は国益を損なうと判断する親日の保守派と多少の無茶を承知で軍備を第一に考える改革派の小競り合いはずっと続いている。今回の情報提供は親日派のものだと考えるのが一番妥当かも」

「でも、この文章は……」

 

 言葉(ここ)にある想いは信じて良いのではないか──。

 

 響の真っ直ぐな瞳に友里は少し困った顔を向けただけだった。

 国家という肥大化した集団は常に損得を基準に行動する。そこに感情はない。国家が優先すべきは自国の保全。国家の武力とは社会的秩序を守ることのみに注がれる。そのためならば、他国に刃を向けることなど躊躇に値しない。今回の騒動もまた国家が弾いた算盤の解答に従い、機械的に実行された自国の守護に留まる。

 アメリカという国家が二極化の末に分断されていたため、国家という巨大な括りの計算が狂っただけなのだ。

 友里の表情はそれを物悲しくも語っていた。

 響にそれを否定することはできない。しかし、信じたい気持ちを押し殺すつもりもない。

 そんな少女の直向(ひたむ)きな心情を汲み取った友里は「そうね。信じましょう」と柔和な微笑みを返した。

 

 二人の会話に耳を傾けていた藤尭は「そう言えば」とあることを思い出す。

 

「アメリカの改革派、噂じゃとんでもない兵器を開発しているらしいじゃないか」

「たしか……高性能AIを搭載した強化スーツ……だったかしら。大規模な災害が起きた際に危険地域での生存者の捜索や瓦礫撤去に対応できる新世代の強化外骨格(パワードスーツ)って銘打たれていたはずだけど……」

 

 平和的な目的を掲げて(おおやけ)に開発されているとはいえ、人徳に従って設計された生易しい兵器(モノ)ではないことは明白である。響を除くその場の全員が理解に至っていた。

 

「聞いた話だと、AIの性能(スペック)に装着者の肉体が追いつけなくて、開発が大幅に遅れてるらしいよ」

「AIが学習した動きは実際の人間がモデルって話ではないの?」

「そのモデルになった人間……これは情報の出どころも不確かな噂話なんだけど……未確認生命体第一号なんじゃないかって。人間の動きじゃないから人間の身体がついていけなくなった。アメリカ政府が第一号のことを秘匿しているのは明らかだしね」

「そうだとしたら、アメリカは……」

「アギトを造ろうとしているのかも」

「その逆もありえる」

 

 深い思慮に沈んだように黙り込んでいた弦十郎が唐突に口を挟んだ。藤尭と友里は彼の言葉の意図がわからず、遠くを見つめるような双眸を仰ぐように覗き込んだ。

 

「逆?」

「アギトの抹殺だ」

 

 ぞくりと背筋を何かが這う感覚が走る。

 

「了子くんの話によると、アギトは人類の進化した姿……。俺たちの知っているアギトは謎多き者だったが、正義の使者に相応しい戦士だった。だが、誰しもがそうなってくれるとは限らない。ある日突然、壮絶な力を手にした者が、その力に酔わない保証はない。それどころか力を制御できず、無辜の民に牙を剥く事態に陥ることも想像に容易い。それが集団となればどうだ? アギトによる反社会組織が誕生すれば、誰がそれを止められる? 誰にもできない……今のままでは……。

 アギトに変われなかった人類が淘汰されるかもしれない、その可能性……無視はできない」

「では、その準備を米国は着々と進めていると……?」

「どの国でも、万が一に備えるのがお偉いさん方の仕事だからな。日本にはシンフォギアを纏う心強い装者がいる。だが他国にはいない。可能性の低さを鼻で笑っている場合ではない。抑止力。今求められているのはそれなのかもしれん」

 

 風鳴弦十郎の冷静に物事を見据えた意見は非現実的な妄言として切り捨てるにはあまりに恐ろしいものだった。

 国家が有する武力の総力は凄まじいものである。だが、それは戦争を前提とした軍事力に換算される。もし仮に人ならざる(アギト)に目覚めた人間が暴徒と化した時、一体どの程度の武力を行使すれば阻止できるのか、どれだけの犠牲を対価に抑えられるのか、すべて未知数の領域である。

 武力を動かすには金が掛かる。金が無ければ武力は廃る。

 だが、個人の暴力にはその枷がない。あるのは法の下にある手枷だけ。その手枷たる法律の効力は国家の武力によって辛うじて成り立っている。

 国家の武力と個人の暴力による力関係の均衡が崩れ去ってしまった時──果たして、社会の秩序は今まで通り保たれるのだろうか。

 

 響はぎゅっと口を噤んだ顔を俯かせ、スカートの裾を力一杯に握った。

 弦十郎は一つ咳払いをして、無意識の内に鬱蒼な声色へと落ち込んでいった喉を出来る限り震わせた。

 

「とにかくッ! もっと情報を集める必要がある。敵からすれば、サクリストDの移送は奪取するまたとない機会(チャンス)。かなりの戦力を率いて強襲を仕掛けてくると思われる。例の《ネフシュタンの鎧》の少女も介入してくるだろう。気を引き締めてかかるぞッ」

 

 猛々しい激励を発する司令官の一声を寄る辺に現実へ引き戻された三人は深く肯首した。

 何を思い当たったのか、そのまま兎のように跳び上がった響は「よぉしッ! もう一回お外走ってきます! 翼さんと奏さんのぶんです!」と意味のわからない決意の宣誓を言葉にして、落ち着きのない子犬のような慌ただしい足取りで席を立った。

 少女の熱く燃えるような背中を見送ってから、藤尭はそっと弦十郎に耳打ちをした。

 

「来ますかね、第三号はサクリストDの移送に……」

「わからん。だが、俺の第六感は〝必ず〟と囁いている。彼もまた俺たちが知る仮面ライダーの一人……そう信じているからな」

 

 小さく息を吸った弦十郎の頭には、響から聴取した《ネフシュタンの鎧》を纏う少女の言葉が駆け巡っていた。

 己の命を燃やして戦うことしかできない心優しき獣──その寿命は恐らく目前まで迫っている。

 何の為に戦い、何の為に傷つき、その膝を地に着かせようと言うのか。

 

「もし、第三号と相見(あいまみ)えることが再びあるのなら、俺は本気で第三号(ギルス)を無力化して捕縛する。この身を賭けても止めてみせる。彼を死なせることだけは避けたい。これ以上、彼を戦わせることがあってはならない……そんな気がするんだ」

「勘ですか」

「ああ。魂のな」

 

 

 

 走る。

 息を刻んで、走り続ける。

 胸中を闇の色へと塗り潰す心の翳りを誤魔化すため、我武者羅に足を酷使する。

 

 ──来ないで。来ないで。

 

 祈るように。

 願うように。

 叫ぶように。

 

 立花響は走り続けた。

 

 ──お願いだから、嘘であって。

 

「…………翔一さん」

 

 酷烈な雨に打たれる獣の背中を見送った、あの日から。

 すでに二日の時を経た。

 明日の任務で三日となる。

 それでも未だ──津上翔一との連絡は途絶えたままだった。

 

 

***

 

 

 

『奏ちゃんの反抗期がつらい』

 作詞:津上翔一 作曲:津上翔一

 

 デデンデンデデーン(開幕からパクリ疑惑)

 KA・KA・KA〜‼︎ KA・WA・WI・WI〜♪(手拍子) KA・WA・WI・WI〜♪(手拍子)

 

 KANADEちゅわぁ〜〜ん‼︎(耳を傾ける)

 

 …………。(静まり返る世界)

 

 …………。(もうちょっと待ってみる)

 

 …………。(´·ω·`)

 

 はあああああああああい‼︎(代役)

 

 マイプリティエンジェル奏ちゅわ〜ん? ご機嫌ナナメ45°の奏ちゅわあ〜ん? WOW〜WOW〜YEAH〜! FOOOO──!

 

 かれこれ三日は未読無視〜♪ ハートが痛くて鬱を生み〜♪

 海の浜辺でぇ〜大熱唱ぉおおおッ‼︎(○映さんのいつもの荒磯に波バッシャアーン‼︎) しょっぺえええッ⁉︎ 口に海水入っちった……ペッ!

 ツッコミ不在じゃギャグが成立しない〜♪(ペッ

 終わらぬボケにピリオドを打てない〜♪(ペペッ

 

 だーれかーつっこんでくれぇー(チラッ

 だーれかーボケとめてくれぇー(チラッ

 

 か・な・で・ちゅわあぁ〜〜ん‼︎(ビブラート全開) ペエエエッ‼︎ 駄目だ海水の味が口ん中から離れない……オエッ!

 

 (〜嗚咽の間奏12秒〜)

 

 KA・KA・KAッ〜〜〜ペッ‼︎(開き直り) KA・WA・WI・WI〜♪(ペエッ) KA・WA・WI・WI〜♪(ペエエッ)

 KANADEちゅわ──あっどうもお婆さん犬の散歩ですか。そうですか。やだ駆け足で俺から離れていく……カラオケでサビにいく瞬間に店員さんが入ってきて気まずくなるやつと同じだこれ……恥ずかCのCはビタミンCのCィィ‼︎ 元・気・ハ・ツ・ラ・ツ‼︎ FOOOOOOO──‼︎(リアルガチ末期キチガイテンション)

 

 ということでね!(脈絡のない繋ぎ)

 ラスボス全裸さん曰く俺のライフが尽きる最期の日がやって参りました〜! どんどんぱふぱふ〜! 余命ゼロです! 寿命ゼロです! テンションはストロングゼロでぇすッ! 張り切って逝きましょお〜! おやおや社畜ジョークからただの死人のジョークに代わってるゾ〜☆ いっけな〜い! 緊張しちゃってボケが雑になっちゃうわ〜もう心臓が止まりそう! なーに言ってるんだ。これから本当に止まるだろ?(キメ顔) HAHAHAHAHA‼︎

 おやおや。もしかしてツッコミ担当がボイコットしたら、俺のギャグもブレーキ踏んじゃうと思っていたのかい? なんて浅はかな考えだ。浅すぎて浅草の提灯になっちゃったわ。この年中無休の社畜を舐めてもらっては困る。死ぬギリギリまでボケ倒してやるからな……!(野獣の眼差し)

 

 手始めに……そうだね、折角目の前に海があるんだから、ひと泳ぎでもしておこうかな。こう見えても水泳は得意なんだぜ。いつ水落ちしても大丈夫なように備えておこうと思ったんだけど、ぶっちゃけ最初からそこそこ泳げてました! さては通信教育やってたな俺ェ〜? ちなみに得意な泳ぎ方は──犬かきだァァ‼︎ ワァァンッダァァァァ‼︎ いえええーい‼︎(シャツを脱ぎ捨てようとする)あっ奥さんどうも可愛いトイプードルですな。……脱げないなこれ。てか早朝なのに人けっこういるのねここ。

 

 …………。

 

 なにしに来たんだっけ(記憶力おじいちゃん)

 

 いやまあ全裸さんとの約束までまだ時間あっから、暇を潰せる場所を探してバイクを走らせてたら、なんか行き着いただけなんだよなあ。流石は俺の初期リスポーン地点。安心できるなあ。

 奏ちゃん、この浜辺はね、俺が目覚めた場所なんだ。ここが社畜のはじまりの場所だったんだ。

 

 ──…………。

 

 傍には何故かバイクがあって、頭の中では鬼畜上司がスリーマンセルでスタンバっててさ、状況が意味不明すぎて泣きたくなったね。なんか泣けなかったけど。

 それから色々あってさ。仮面ライダーなんて悪い冗談みたいな呼び方されちゃってさ。もうぷんぷんって感じだったよ。それから……一回ガチで死んだっぽいけど、三途のリバーでエルさんたちに捕まって、俗世に再接続されてギルス先輩オンラインってワケ。HAHAHA。まじウケる。辞表出したらその場で破り捨てられたみたい。世も末なんだけど。

 でも、エルさんが奏ちゃんを使ってまで俺を()()させたのはきっと大事な理由があったからなんだろうし不満はないよ。むしろ満足。得した気分。買い物したら福引券もらってキッチンペーパー当てた時と同じぐらい得をした感覚よ。うんうん。

 奏ちゃんにはね、すっごく感謝してる。俺一人じゃぜってぇ挫折してたし、奏ちゃんにノイズたん食べさせなきゃいけないとか関係なく、俺には暴力ぐらいしかすることないから、どっちにしろノイズたんハントしに行ってたと思うし……負い目に感じることなんてナイナイ。

 奏ちゃんのおかげで楽しかった。ずっと笑いっぱなしだった。ありがとうね、奏ちゃん。

 それからゴメンね。おじさん、嘘つきで。

 

 ──…………。

 

 でも、この感謝は本物よ。楽しかったんだよ。本ッ当に楽しかった。

 

 ──……それでも……あたしは……。

 

 ん?

 

 ──翔一に、幸せになって欲しかったんだ。

 

 ッ──………………。

 

 …………。

 

 そっか。

 

「幸せだったよ。世界で一番、幸せな人間だった」

 

 そ、それにほら、まだ希望は残ってるっぽいしね。なんだっけ。スキャンダルの剣? ビーチサンダルの剣? なんでもいいや。それ貰ってちゃちゃっと復活しよう。コンテニュー土管からニョキニョキしようぜ!

 つ・ま・り! お通夜ムードでお線香焚くには早すぎるってモンよ〜! 平成が終わらない限り、紛い物でも一応は平成ライダーの肩書きがある俺は永久に不滅って寸法よぉ〜‼︎ 令和なんて知るか! エブリデイ平成! エンジョイしなきゃもったいない! ブハハハハハッ‼︎

 

「待ってろよ……ちんちんぶらぶらんだる……この究極生命液、炙りステーキの風味タルタルソースで美味しく平らげてやっからな……!」

 

 ──翔一……おまえは……。

 

 とりあえずは準備体操しておこう! 力の賢者直伝のマッスル体操だ! ンンンンンッ腹筋崩壊パワアアアあああ‼︎ FOOOOO‼︎

 

 ──本当に……幸せだったのか……?

 

 ──翔一にとっての幸せって何なんだ。

 

 ──どうして、そんな平気な顔で笑えるんだ?

 

 ──本当に笑っているのか?

 

 ──なあ、翔一……?




何がとは言いませんけど、コイツまた嘘ついてるでやんす・・・。

オリ主くんは作中で一度も「生きたい」とか「死にたくない」とか生きる意志を感じさせるような言葉は一度も使っておりません。ていうかむしろ死(ここから先はry)
作品のタイトル・・・過労死しそうな主人公の嘆きではなく、生きようが死のうがどうでもいい主人公が吐いた言葉って思うと意味変わってきますね(ゲス顔)
てことで次回からラストバトルに突入します。(鬼畜の所業)
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