仮面ライダーだけど、俺は死ぬかもしれない。   作:下半身のセイバー(サイズ:アゾット剣)

33 / 36
原 作 再 現


♬.俺の腕じゃ届かないものもあるのかもしれない。

 ──もしも世界がたくさんあったとして。

 

 なにかがきこえる。

 

 ──その中に悲しみのない世界があったとして。

 

 声なのか、音なのか、よくわからない。

 

 ──そこであなたがこれ以上ない幸せを手にしていたら。

 

 ただそこにある。そこにあり続ける。

 

 ──あなたはそれでもこの世界を愛せますか。

 

 色のない悲しみ。

 

 ──彼のように、愛せますか。

 

 

***

 

 

 あれ? ──と、立花響は泡が弾けたように微睡(まどろ)む世界から目覚めた。

 言い様のない違和感に触れながら、深く沈んだ(まぶた)をこじ開け、外の景色を吸い込もうとする。

 しかし奇妙なことに意識の自由が肉体に結びつかない。全身の神経が別の何かにすり替えられたかのように感覚は返って然るべき反応を(もたら)さない。何もできない状態のまま立花響は暫し困惑するしかなかった。

 もういっそ諦めて寝入ってしまおうか。まだ夢の最中であれば今度こそ現実に帰れるだろう。そう考えた直後に、脳裏を掠める悪夢のような記憶が彼女の意識を土足で踏み荒らしていく。

 

 ──この人殺し! いったい何人犠牲にして生き延びたんだ⁉ 答えてみろよ! なあ! いくらガキでも人殺しには変わりねぇんだよ!

 

 ──なんでお前が生き残るんだ! なんでお前なんだ! お前じゃなくたってよかっただろ! お前じゃなくても……! なんで……ッ!

 

 怒りや悲しみが無秩序に突き刺さる。

 

 なんだこれは。

 これは誰の記憶だ。

 

 答える者はいない。

 

 ──12874人もの屍を踏み越え奇跡の生還を果たした少女にインタビューを試みたいと思います! あの日、会場で起こった悲劇その真実がいま少女の口から明らかにされるでしょう!

 

 彼女はそんなもの知らなかった。

 少なくとも彼女の記憶ではなかった。

 

 ──ほら、例の立花さん。あそこのご主人いなくなっちゃったらしいわよ。家も子供も、全部残して。

 

 ──こんなことになるなら、娘さんはあそこで死んだ方がマシだったのかもしれないわね。

 

 だがそれは間違いなく()()()の記憶であった。

 

「どうして私なの」

 

 あり得たかもしれない世界線とでも言えばいいのだろうか。

 

「私、なんにも悪いことしてないよ」

 

 それとも、この悲惨な運命に弄ばれる少女の姿こそが、真実(ほんとう)世界(モノガタリ)なのだろうか?

 

「私じゃないよ。私じゃない……」

 

 ──これもまた一つの可能性にすぎません。

 

 またあの(コエ)が聞こえる。

 

 ──これまでたくさんの可能性を観測()てきました。百千万億那由他阿僧祇劫……たった一つの望みのために、原始(はじまり)終焉(おわり)を繰り返しました。

 

 人のようでいて無機物のような(オト)が。

 

 ──それでも人間(ひと)は変わらなかった。無量の可能性を退いて、人はその身に闇を抱えてしまう。拭いきれない泥のように深い闇を。

 

 諭すように耳元へ囁きかける。

 

 ──それはあなたも例外ではありません、立花響。

 

 ピキッ、と何かがヒビ割れた気がした。

 

 ──あなたは守られていただけ。痛みを知らぬ赤子と同然。その胸にあるはずのものを見えない場所に隠されていただけなのです。

 

 すっと意識が鮮明になるような感覚が指先まで駆け上る。

 

 ──もうわかっているのでしょう。何を呪うべきか、何を憎むべきか、その手に答えは握られている。

 

 遮断されていた神経が再起する。

 血が熱く。

 熱く、熱く、揺らいで。

 

 ──〝仮面ライダー〟という虚像を、ただの人間に押しつけたのは、他でもない……わたしたちなのですから。

 

 ()()()──と、張り詰めた弦がはち切れるような感触が脳髄に鋭く走る。

 その瞬間から、彼女の魂は現実の肉体へ吸い込まれていくように機能すべき感覚を急速に取り戻した。まず〝熱〟を指先から。やがて全身の肌へ焼けるような熱を浴び続けた。

 熱い。

 無性に熱い。

 意味もなく、理屈もなく、ただ熱い。

 響の頭の中には先ほど体験した奇妙な記憶などもはや殆ど残っていなかった。何を見せられ、何を考えさせられたか。思い出すことも許されなければ、気にする余裕も与えられなかった。

 ただ一つ、覚えているもの──もしくは置き去りにされたもの。

 

 ()()という得体の知れぬ衝動。

 

 そうして現実の世界へ意識を傾けた響の視界に映ったものは、まさに地獄のような、あるいはそのものを具現したかのような凄惨な光景だった。

 

「─────…………」

 

 炎。

 揺らめいでいる炎の海。

 狂宴に身を委ねて踊るが如く黒煙の空には火の粉が降り注ぎ、蒼茫を紅蓮の闇へと染めている。光が閉ざされた瓦礫の山には自分以外の生者はおらず、煉獄めいた惨状を響は黙って見つめるしかない。

 灼熱の粉塵が頬を(かす)めて、ようやく響はこの尋常ならざる景色こそ紛うことなき現実なのだと認識する。しかし感情はまだ追いついてはくれない。これはなんだ? この地獄はなんだ? 意味を持たぬ自問を繰り返すばかりで碌な結論は導き出せない。

 

 ふと、知らぬ間に両手で巨大な剣を握り締めていたことに気付く。

 金色の剣だった。

 少女が手にするにはあまりに大きな剣だった。

 そこから()()()()とドス黒い血液めいた何やら悍ましいモノを心臓に送り込まれているようで、響は恐怖のあまり剣を反射的に手放そうとした。

 

 だが、その手は動かない。

 

 地獄の惨劇を産み落とした完全聖遺物《デュランダル》を響は手放せなかった。

 

「どうして……いや……ちがう……私じゃない……」

 

 ゆっくりと息を呑みこむように、理解したくないものを理解してしまう。

 

「私じゃないよ……私じゃ……だって……だって……」

 

 目が開けられなかった──わけではない。

 むしろこの目はずっと開いていたのだろう。

 

「なんにも悪いことしてないのに……」

 

 ただ見たくなかっただけで。

 

「なにも……だれも……」

 

 闇に呑まれた自分の(すがた)を。

 それを良しとした自分の心を。

 

「見えない……──────ッ」

 

 立花響は見たくなかっただけなのだ。

 

「───■ゥ■■■■■■■■■ァァァァ‼︎」

 

 この地獄を。

 

「クソ……なんだよありゃ……」

 

 瓦礫の山に埋もれた青銅の蛇(ネフシュタン)の少女──雪音クリスは流血した額を拭う気力も奪われて、炎と踊る悪魔めいた戦姫を複雑な心境で眺めていた。

 アレはもう立花響ではないのだろう。

 原始的な破壊と殺戮に心身を食い潰された獣と相違ない。まるで飢えた暴食の猛獣。どこかで見たことのある形容(すがた)。異形でないだけマシと捉えるか、人間の形を保っているからこそ悪夢めいていると感ずるか、どちらにせよ気分の良いものではなかった。

 

「あれが無尽蔵のオルタフォースを喰らった者の末路だってか……?」

 

 白むような意識から朦朧(ぼんやり)と思い返す。

 窮地に立された少女の懸命な歌声に呼応し、突如として起動した不滅不朽の完全聖遺物《デュランダル》は己が意志を持つかのように立花響を選定した。

 響もまた取り憑かれたかのような表情で、大地に突き刺さった奇蹟の大剣に手を伸ばした。その柄を握り締めた瞬間、湧き上がるような負の情動が全身に駆け巡り、一瞬にして彼女は深い闇に呑み込まれた。精神の攻防は無いに等しい。委ねたのだ、己の中に芽吹いた闇に。

 

 そして漆黒に染まった立花響は怒れる咆哮と共に不朽の剣(デュランダル)を振り上げた。

 錆びついた刀身に(まばゆ)いばかりの金色(こんじき)が走り、世界を照らす日輪の如き輝光が爆ぜるように増大すると、想像を絶する凄まじい力の本流が解き放たれてしまった。

 ロードノイズと交戦していたクリスは白い稲光が世界を食らい尽くす異常な光景を刹那に体感した。反応はできなかった。ほんの一瞬に過ぎなかった。白一色の視覚が通常に戻った時には、彼女の(からだ)は汚塵のように地を転がり、石屑の山に飲み込まれていった。

 

 たった一振りであった。

 普遍な工場施設を炎渦巻く悲惨な荒地に変えたのは一振りの斬撃──いや、あれは斬撃と呼べるものではない。光の暴風雨。それも死の光だ。荒れ狂う根源的な力の暴走と形容するしかない。

 無尽の暴流する(エネルギー)を浴びて、見境なく血肉を蹂躙された雑音(ノイズ)の大半は煤すら残さずに消滅。縞馬(ゼブラ)のロードノイズの消息は不明。しかし無傷で済んではいまい。完全聖遺物の鱗鎧に守れたクリスですら致命的なダメージを負ってしまったのだ。無事でいるわけがない。

 

「まさ、か……ネフシュタンが……こうも……」

 

 青銅の蛇(ネフシュタン)が無ければ、クリスは骨も遺らず灰塵の空に消えてしまっていただろう。完全聖遺物の恩恵が如何に凄まじいものであるか、身に染みて実感せざるを得ない。

 だが、それは不朽の剣(デュランダル)でも同じこと。

 青銅の蛇(ネフシュタン)の常軌を逸した再生能力は健在である。現在進行形で破損した鎧は超速で補修されている。しかしクリスの視点から見れば《ネフシュタンの鎧》の再生速度は普段より著しく低下しているように感じられた。

 

「オルタ、フォースの……余韻ってか」

 

 震える指先で装甲に触れると静電気が弾けたように金色の閃光が瞬いた。

 青銅の蛇(ネフシュタン)の尋常ならざる再生力を阻害するほどの光の力(オルタフォース)を秘めた不朽の剣(デュランダル)

 強力無比な二つの完全聖遺物を持ってして成し遂げられる偉業とは何か──……。

 

「わかんねぇ……わかんねぇよフィーネ……」

 

 乾いた唇から弱々しい声が漏れる。

 

「こんな力なら……アタシたちの中にある〝(アギト )〟は……手にしちゃいけないものなんじゃないのか……?」

 

 そう嘆いたクリスの(つぶら)な瞳に、黒い獣と化した立花響の凶悪な赤色に染まった(まなこ)が重なる。じっと見つめている、雪音クリスの泪に潤んだ瞳とその奥にある敵意を。

 理性などない。秩序もない。

 それでも今、彼女が考えていることだけは察しがついた。

 

「アタシを……やるってか……」

 

 身の丈にも勝る黄金の大剣を引き摺りながら、黒い影に呑まれた戦姫はゆっくりと一歩ずつ踏み締めて、雪音クリスのもとへ近づいていく。

 クリスは情けなく笑った。もはや逃げ惑う気力も底をついてしまった。破壊という狂気に身を委ねてしまった少女の何とも言い表せない顔貌を一度見上げてから、クリスは瞼を閉じた。

 己が敵を排除するため──ただそのためだけに、立花響は不朽の剣(デュランダル)を振り下ろした。

 

 

***

 

 

 〝ねえ、キミさ、仮面ライダーは好き?〟

 

 〝あれ? 男の子なのに珍しいね。他の男の子はみんな好きだよ? あー、さてはその顔「女の子で特撮好きな方が珍しいだろ」って思ってる? ふふっ、図星だね〟

 

 〝仮面ライダーはもはや道徳の教科書と何ら遜色ないほどに熱い人間のドラマが込められているんだよ。単純な勧善懲悪のストーリーと思って侮るなかれ。作品一つ一つに涙なしでは語れない深いテーマがあってね……って話聞いてる? さっきから砂場で何作ってるの? 十一面観音菩薩立像……? ここ近所の公園だよ? 俗世から離れた仏師が身を隠す洞穴とかじゃないよ?〟

 

 〝もう、ちゃんと話聞いてよ。キミなら絶対ハマると思うんだけどなあ。機関車トーマスで号泣するぐらいだもん。オーズの最終回観たら脱水症状で死ぬんじゃないかな。冗談だよ。真に受けないで〟

 

 〝よーし。決めた。わたしがオススメする仮面ライダー作品をキミに観てもらいます。拒否権はなし。とりあえず平成全二十作品から。 その後は昭和。令和と続いていこう。大丈夫。わたしもまだ半分ぐらいしか見終わってないし、ママに真とアマゾンズ止められてるから〟

 

 〝そんなイヤそうな顔しないでよ。一作品でも観たらきっと仮面ライダーの虜になるよ。憧れるよ。変身したくなるよ。本当カッコいいんだもん〟

 

 〝でもキミはどっちかって言うと、仮面ライダーになりたいって言うタイプじゃないよね。仮面ライダーみたいにがんばろうとする人だよね。ふふっ。わたしにはお見通しだよ〟

 

 〝だって、キミのそういうところがわたしは好き……かもしれないから〟

 

 

***

 

 

「■■■■■■■■■■ァッ‼︎」

『f°=||8u♯c△k*≒≠▽;:^≧!!!!』

 

 ギルスの妖拳が黒豹の女神官の振るった権杖に阻まれた。甲高い金属の悲鳴に怒号めいた雄叫びが混ざり、反発する衝撃が虚空を震わせる。両者はそのまま後退することもなく苛烈な肉薄を続け、額と額をぶつけ合い、(ほとばし)る憤怒の眼光で睨み合いながら、金網フェンスを押し倒して平面駐車場へ転がり込んだ。

 厭くことも知らず、互いの喉元へ牙を突き立てるように、青空の眼下に晒された閑寂の駐車場を闘志の色に染め上げんと二者は駆ける。

 

 実力が拮抗していたとしても地力の差で黒豹(ロードノイズ)に軍配が上がる。それも僅差の末の判定ではない。ギルスの衰弱した能力値(スペック)では、女王の名を冠する雑音(ノイズ)に到底及ばぬほど圧倒的な格差が生まれている。

 技術や経験則で力量を濁すことも極めて困難であった。幾度の打ち合いを経て、推測から確信に変わった。敵は間違いなくロードノイズの中では最強クラス。基礎的な身体能力だけではなく、戦闘技術にも津上翔一に迫るものがある。

 小手先だけの技量ではない。見切らせない立ち回り。隙を見せない構え。超人的な闘争に慣れた戦士の動きだ。この黒豹は過去に何人ものアギトを抹殺してきた手練れの(つわもの)なのかもしれない。

 

 ならば──と、片足でブレーキをかけたギルスは路面(アスファルト)を削りながら腰下まで拳を引き絞る。黒豹の女王も(ギルス)の動作に合わせて両脚を制止させると得物である権杖を両手に持ち替えた。明白とも言える防御の姿勢に翔一は眉を険しく寄せる。

 女王(クイーン)の両足がしなやかに地を蹴り、拳打にとって致命的な距離の間合いが開く。それでも迷わずギルスは攻めた。大地を力強く蹴り上げ、腰の捻りを使って右腕を限界まで引く。即座に黒豹の女神官は反撃(カウンター)を決めるべく上半身の重心を落とし、解き放たれようとしている(ギルス)の拳を深く注視する。

 そして、ギルスのストレートパンチとロードノイズのガードのタイミングが完璧に合わさる瞬間、翔一は躍動する筋肉の駆動を大きく変えた。

 加速した右拳を時間が止まったかのようにピタリと静止させ、入れ替わるようにギルスは左腕を突き出した。フェイントの動作から打ち放つ出の速い縦拳。黒豹の態勢が僅かに崩れる。しかし決定的な一撃にはなり得ず、(すんで)の所で権杖に弾かれた。

 やはり反応が速い。柔軟に対応してくる。

 内心で舌打ちをかます翔一の闘志は依然として前のめりのままである。次の一手は既に繰り出されていた。

 停止していた右拳(ストレート)が再び始動。しかし威力を損なったこれは黒豹の脅威にはならない。権杖で簡単に払い落とされる。負けじと左拳を振るう。そこそこの大振りだが、これも防がれる。

 計三度に及ぶ連撃を終えて、黒豹が攻勢に転じる。権杖を左手に持ち替え、右手のみを防御の構えに留める。翔一はすぐに察した。四度目の攻撃に合わせてカウンターを仕掛けてくる気だ。ギルスはもう右腕を引き絞っている。今度ばかりは黒豹(ロードノイズ)もフェイントを警戒してくるはず。愚直に突っ込めば手痛い仕返しを受けることになる。

 

 ()()()()()。攻撃を誘われてることぐらいわかっている。こっちも正攻法で狩れるだなんて思っちゃいない。

 

 一縷の迷いさえ見せないギルスは弩の如く引き締められた右拳を解き放った。それは真っ直ぐな軌道を描き、万全を整えた黒豹の懐へ飛び込んでいく。豹王のロードノイズは右腕の裏拳を構える。手筈通りと言うべき一連の動作は軽やかに行われた。タイミングも読み通り。後はカウンターに繋げるだけ。

 しかし、ギルスの攻撃は黒豹の防衛に到達する寸前、速力を大きく失った。

 黒豹の女王に動揺が走る。フェイントの警戒。だがそれにしては踏み込みすぎだ。(ギルス)の拳を払い除けて痛恨の一撃を食らわせるには十分すぎる位置。ロードノイズは疑心を投げ捨てカウンターを強行した。

 まず、右の手甲でギルスの右拳を弾く。なるべく強く。しかし動作は最小限に留める。攻撃の反動でガラ空きとなったギルスの右半身にそのまま右腕の掌底を突き出して、権杖の有効的な間合いへと押し戻し、決定的なダメージを与える。それでこの戦いは幕を閉じる──はずだった。

 

『▲€y=′′∥o¢♪u⇔…??!!』

 

 致命的な一撃を放つための布石となる掌底があろうことか封じられていた。()なしたはずの(ギルス)の右手が黒豹の右手首を凄まじい握力で拘束していたのだ。

 反撃(カウンター)の一手に投じる黒豹の腕を封じるために、ギルスは攻撃が弾かれる前提で拳の速度を緩めたのかと勘づいた時には、黒豹の顔面は叩き殴られていた。

 ぶ厚い拳骨が女王(クイーン)の鼻柱をへし折る。そして鈍い衝撃音が連なった。引き抜いた左の拳打から出血している。基節骨と中節骨が砕けたか。左手(ひだり)はもう使い物にならない。

 強烈な殴打を顔面に食らった黒豹の眼には(いま)だ色褪せぬ闘志がぎらつく。左拳が逝ったことに気付いていないのか、視線はまだ左腕を警戒している。

 これをチャンスと言わず、何と言うのか。

 血を吐く拳を黙殺し、ギルスは攻の姿勢を崩さず、堂々たる勇壮の一歩を踏み込んだ。

 

 それは女王(クイーン)にとって予想だにしなかった暴力的な衝撃であった。

 頭突き。

 何の捻りもない粗暴な頭突きをギルスは黒豹にぶち当てた。大鐘が震え上がるような打撃の余韻が雑音(ノイズ)の中枢意識を振盪させる。黒豹の女王は堪らず後ろに引き退ろうと蹌踉(よろけ)るものの、それ以上の後退を掴まれた右手が許さない。

 

 ギルスは更なる追い打ちを仕掛けるべく左足を半歩押し下げ、蹴りの態勢に移行する。狙うは顔面。顎でも構わない。威力を優先した上段蹴り(ハイキック)で確実に首を落として息の根を止める。

 死の気配を敏感に察した黒豹は咄嗟に左手で握られた権杖の形状を変質させる。後端を鉄鍼のように鋭く尖らせ、今最も防御の意識が低いギルスの右太腿へと突き刺した。乾いた紙粘土に爪楊枝を打つように権杖は生体装甲皮膚(ミューテートスキン)をあっさり貫穿し、赤色を滴らせる鉄鍼の先から血飛沫が跳ねた。

 翔一の苦悶が呻き声となって、仮面の奥から漏れる。

 

「■ァ……ッ⁉︎」

 

 右手の握力が弱まる。

 

「■■ァァ……アァ■■■■■■ッ‼︎」

 

 激痛を振り払うように左脚で上段蹴り(ハイキック)を繰り出すギルスであったが、穴を開けられた右脚だけで重心を務めるのは絶対的に無理がある。右脚の傷口から吐瀉するように血を噴き出した。それでもバランスを危うげに保ち蹴りつけたが、何もかもが遅い。

 右手の拘束から解き放たれた黒豹の女神官は猛獣のような俊敏さでギルスの蹴撃を掻い潜ると、脇下まで締めた両掌を噴火の熾盛の如き勢いで突き出した。

 破裂音。

 空気の入りすぎたタイヤが破裂するような音。

 

「─────────ッ⁉︎」

 

 痛みを慟哭に変える労力すら掠め取る掌底の双撃は(ギルス)の脇腹から内臓ごと(えぐ)るような掌打となり、莫大な殺傷力を遺憾なく発揮した。

 血の混じった強酸性の胃液を口腔で味わいながら、翔一は真っ白に消えゆく意識を傍観する。まるで魂だけが死の底に堕ちる肉体に追いついていないみたいだ。

 

 これはいけない。()()

 

 両足が地を離れて意識が飛ぶ。微睡(まどろみ)から覚めるように意識を取り戻すとギルスは自動車のボンネットをソファのようにして背中を沈めていた。距離にして八メートルほど。時間は一秒も経っていないだろう。焦点の合わない澱んだ視界には黒豹の女神官が片膝を値に預けて頭を抱えている。ギルスの攻撃が響いている証拠だった。

 とはいえ、結果的に押し負けたのはギルスである。

 白煙を吐き出す(へこ)んだボンネットから起き上がろうと両足に力を入れようとするものの上手く動けない。権杖の刺さった右脚はまだしも、左脚すら産まれたての小鹿のような有様である。難病に犯された患者のように涸れた呼吸は喉を痛め、自分が今どうやって息を吸っているのかすら分からない。気が遠くなる。血液が脳に循環していないのかと疑えるほどに五感がボヤけて薄れていく。

 

(当たったのが脇腹で良かった……骨は折れてない……ヒビは入ってるだろうが……立てる……まだ立てる……)

 

 体内はもう原型を留めていないであろう脇腹を(さす)りながら、自分に言い聞かせるように心の中で呟く。だが、そんな(まじな)いじみたものが通じるわけもなく、両脚は沈黙を貫いていた。

 

(……笑えるな、これ)

 

 こんなことばっかりだ。何かを求めると、いつも犠牲が付き(まと)う。いつだって奪われたものの方が多いのに、世界はそれを平等だと言い張って、また奪い去っていく。

 イヤになる。何もかも壊したくなる。いっそ全部壊してしまえば、きっと失っていったものたちも報われる。

 

 そうは思わないか──と、()()は訊いてみた。

 

(そんなもんだよ……生きるってことは……)

 

 また笑って一蹴された。またそうやって誤魔化された。

 

(それでも……この道を……がんばることを選んだのは……俺なんだからさ)

 

 せめて、この仕事ぐらいは終わらせないと──ギルスは太腿に貫通した権杖を握り締めた。

 遅疑の情緒を見せず、己が心に従うまま膂力に任せて権杖を引き抜いた。悲惨に飛び散る血液の雫。苦痛の声は聴こずとも、計り知れない痛みは太腿から絶えず溢れる流血から容易に察せられる。

 

 このまま眠ってしまえ。もう休んでしまえ。どうせ立てはしないのだから。もう立てるわけがないのだから。

 

 ──それは違う。

 

 ()()を少女は否定した。

 

 ──翔一は立つ。立っちまうんだよ。このバカは……。

 

 鳴ってはならない音が残響する。骨と肉の悲鳴。もしくは生命(いのち)の哀叫。それに伴って傷口から滝のような流血。まさしく死に体と判断せざるを得ない状態。

 意に介さず。

 目に見えているもの。耳に届いているもの。

 すべてを心で押し潰して、立ち上がる。

 両脚で大地を踏み締めて、二本で足りぬなら中身の砕けた左手を使って、ギルスは戦闘態勢を続行した。

 

「……■ァ■ァッ……■ァ■■■■■ァアアアアアアッ‼︎」

 

 天に轟かせる獣の咆哮。

 雄々しく、猛々しく。

 そして、もの悲しい叫び声。

 

『In≒s::♭◎is\t¢※÷en±♤t>|……??!!』

 

 未だ衰えぬ野獣の闘志を耳にして、黒豹の女神官は苛立ちを隠せぬ素振りで体内から武器である権杖を召喚する。次こそ仕留める。殺気立つ双眸が風前の灯火のような淡い命の炎を揺らすギルスを見つめる。死にかけ。あまりに憐れ。しかして容赦も温情もないと黒豹は大地を蹴り上げた。

 接近する雑音(ノイズ)の女王。

 ありがたい。津上翔一は内心で感謝した。敵が近づいてくれるなら無駄な体力を消耗せずに済む。右足の風穴がある限り、ギルスの自慢の瞬発力は地に落ちたも同然。それでもゴミのように微かな勝機を見出せるのは肉弾戦しかない。

 敵が彼我の距離を詰める。残り二歩の間合い。

 今しかない。ギルスは右手に隠し持っていた権杖を黒豹の顔に狙い定めて投擲した。投槍のように向かってくる権杖に黒豹の女神官は反射的に足を止める。まさに一瞬。ギルスが不意打ちで権杖を投げ、相対する黒豹が首を逸らして権杖を避けたのは僅か一秒の内の攻防。

 だが、その一秒は遥かに大きい一秒である。

 

「■■■■■■■ォォォォォッ‼︎」

 

 身を捨てるが如く(ギルス)は突貫する。

 無茶苦茶な跳躍じみた一歩で距離を潰し、己が限界まで右拳を引き絞る。遅れて黒豹の女王が咄嗟に防御の姿勢に移る。横にした権杖を胸先に構え、軌道を追えない拳打を反射的な動作で凌ぐ。そのような意図が垣間見える。

 しかしギルスの右拳(ブロウ)は権杖に阻まれることなく脇腹(ボディ)に突き刺さった。呆気なく獣の打撃は女王の腹に食い込んだのだ。

 黒豹の女王は顔面に重傷とも言えるダメージを負っている。それ故に防御(ガード)の意識が上方に傾いていたのだ。加えて、頭部を狙った権杖の投擲によって無意識に警戒は首から上に固定され、一瞬一秒を争う激戦においては致命的な理と成りうる。

 ギルスはそれを突いた。

 そうやって塵埃のような細い勝機を今まで掴んできたのだ。

 

『n>>u→……!?!?』

 

 苦に歪んだ嗚咽が漏れる。強烈な一撃が刺さった。致死に及ぶダメージを孕んだ一発。黒豹の女神官が今まで受けてきた攻撃の中で最も重たい拳であった。だが、そこで折れる女王(クイーン)ではない。ギルスが瀕死の淵から立ち上がったように豹の女王の中にもまた底の知れぬ闘争心が燻っている。

 (ギルス)はまだそこにいる。ならば死力を尽くして狩り合うだけ。

 激烈とも言える拳打を受けながらも権杖を振り上げていた黒豹の女神官は反撃と言わんばかりにギルスの肩に叩き落とした。

 痛撃が左肩から全身に走る。()()()と骨髄が軋み、息が喉奥で詰まる。あまりの重さに両膝は曲がり、負担を強いた右太腿から赤い悲鳴が上がる。バランスを保てない──……。

 

 だったらそのまま砕けろッ!

 

 目の据わった翔一は正気を捨て、女王の腹筋に血塗れの右脚を使って膝蹴りを叩き込んだ。思いも寄らぬ反撃に瞠目する黒豹は直撃を受けながらも報復の権杖を振るった。ギルスはそれを左腕で受け止めて、負けじと四指の手刀で鳩尾を突く。双方まだ終わらない。次の一手が迫る。ならば此方も次の次を──!

 

 攻めて、攻められ、攻めて、攻められ、攻めて、攻められ、攻めて、攻めて──……。

 

 熾烈な闘気の泥沼は美徳を損なった壮絶な殺し合いに変わっていた。

 どちらが先に倒れて死ぬか、どちらが最後まで生きていられるか。あまりに単純な根比べ。超至近距離における肉弾戦の果てがこれだった。

 気付けば互いに絞殺せんと首を掴んで地べたを転がっている始末。両者の自我は敵の〝死〟その一点のみ注がれている。それ以外のことは何も考えていなければ余裕もない。

 

「■■■……! ■■■……‼︎ ■■■ッ‼︎」

『d*:◇i°%°e//k≡ko:……konna mono ga!!?! konna mono ga iru kara?!!!』

 

 鼻先が触れるほどの位置で、互いの瞳孔に囚われた醜悪な怪物を見つめ合う。

 鏡のようだった。黒豹の女王と深緑の獣の間には原始的な意味で何の違いもありはしない。望まれたが故に生まれ、望まれたが故に死ぬ。他の命を貪ることが存在の意義であり、それ以外に存在の価値は与えられない。

 それもそうだ。

 ロードノイズとは、ノイズであってノイズにあらず。

 その黒い心臓は神に与えられたものではなく、誰かの心を抜き取ったものなのだから──……。

 

『kesaneba naranu!?!? konna kedamono ha??!!!?』

 

 切迫した闘争の坩堝に憤激を晒した黒豹の女神官は首筋に噛みついてきた(ギルス)の胸部を蹴りつけ、乱暴に引き剥がすとそのまま両の健脚で跳躍しようとする。

 状況を立て直すための一時的な撤退。

 ここで逃すといよいよ後がないギルスは跳び上がる黒豹の腰へ死に物狂いでしがみついた。黒豹は引き離すこともできず、態勢を大きく崩しながら凡そ四メートルもの高さを跳び、駐車してあったトラックの荷台(ボディ)に倒れ込むように着地した。ギルスもまた巨大な鉄製の箱の上に受け身も取れないまま着地。両者はダメージを受けながらも、薬品の運送に使われる大型貨物自動車の荷台(ボディ)の上に戦場を移した。

 

 先に立ち上がったのはギルスだった。

 距離にして三メートルも無い。四つん這いのまま項垂れている黒豹の背中へギルスは飛びかかろうと左脚で鉄の地面を踏み締めた。

 襲い来る脅威たる(ギルス)に対して、黒豹の女神官は取り憑かれたように両手で印を結び始める。その(すがた)は星辰に祈りを捧げる祭司のような神秘性と異教を信仰する冒涜性が同居していた。妖しげな(サイン)が解かれると、開いた五指は冷たい荷台(ボディ)にそっと触れる。何をするつもりか検討もつかないが、愚かしい隙を見せていることには違いないとギルスは足を止めなかった。

 

「■■……ッ⁉︎」

 

 その直後に、背後から急に肩を掴まれたかのような鋭い引力がギルスを襲った。姿勢を狂わせるほどの引力に弄ばれ、足下はふらつき、平衡感覚を完全に見失う。幅の狭いトラックの荷台(ボディ)から滑り落ちそうになるが、体幹の強さが幸いして何とかバランスを保った。

 片膝をついて暫し踏み留まる(ギルス)。その仮面の内側で口元は剣呑に引き攣っていた。

 引力の正体はわかっている。

 慣性と呼ばれる物理的法則に間違いないだろう。

 

(こいつの神通力か……まだそんな厄介なものを……!)

 

 両者は睨み合う。

 急発進した無人の大型トラック──その荷台(ボディ)の上で深緑の獣と黒豹の女神官は強風に煽られながら対峙していた。

 推定時速七十キロを危うげに蛇行する大型貨物自動車は目的もなくぶ厚い車輪を回転させる。恐らく黒豹の女神官は車両を完全に制御していないのだろう。目紛(めまぐる)しく方向を変える引力の渦に巻き込まれながら戦闘を続けるのは深く考えずとも至難の業だと感覚的に判る。加えて荷台(ボディ)の大きさは、長さ約十メートル強に対して幅は二メートルほどしかない。

 窮屈な足場に不規則な引力。そして車上を覆う反自然的な突風。

 負傷した脚で戦うにはあまりに不利な条件であった。ギルスの肉体に限界が訪れていることを敏感に察した黒豹の女王が足を踏み外せば即死となる戦いの場を狙って設けたのならば、流石と称賛するしかない。

 なんせギルスはもう自分一人の身体を支えるので精一杯なのだから。

 

「…………はぁ」

 

 浅い溜め息をついてみる。

 重くなってしまった(まぶた)の隙間から、腕や脚から細い河川のように絶え間なく流れては背後の景色に走り去っていく生命の雫を見下ろした。

 散っていく命はまるで秋の紅葉のようで、少しだけ物寂しさを覚えた虚心が力無い笑みを作らせた。命は儚く消え去る。死は必定として訪れる。それらは当たり前のことだ。生きているのだから死ぬこともある。

 そういうものなのだ、生きるということは。

 

(……これが終わったら、少し眠ろうか)

 

 誰に向けてでもなく心の内でそう呟いた翔一(ギルス)は左手を脇下に固めて右拳を前に突き出す空手の構え方を取った。常に足下に根を張るイメージを脳裏に焼き付け、前方の敵を見据える。

 風上には権杖を悠然と構えた黒豹の女王が(ギルス)の出方を注意深く伺っている。怪我の(ほとん)どは完全に癒えているように見える外観。だが蓄積したダメージは確実に敵の心臓に響いているはずだ。

 終わりは近い──どちらにとっても。

 

「■ぅぅ……■■■■■■■■■■■■■■おおおおおおッ‼︎」

 

 加速を続ける大型貨物自動車の上を、肺の空気を全て絞り出すような激しい裂帛と共に雄渾とした疾走でギルスは駆ける。堂々たる風貌で迎え撃つ黒き豹王。そして振り上げた拳が風を切った。

 

 

 そこからの記憶は酷く曖昧なものだった。

 殴って蹴って、殴られ蹴られ──その繰り返しだった。

 猛牛が暴れるように蛇行するトラックの荷台(ボディ)からついに振り落とされたり、咄嗟に悪魔の触手(ギルスフィーラー)を伸ばして間一髪で復帰したり、目前に迫った瓦礫の山をトラックは避けもせず突っ込んでしまったり──そうやって横転して(ギルス)雑音(ノイズ)も地面に投げ出された。それでも二者は苛烈を極める殺し合いを決して止めなかった。

 傷ばかりが増えた。痛みはとうに忘れた。目だけを見開いて、まだ手が握られていることだけを確認する。手の感覚はもうない。そこに拳が無ければ終わりだ。だがそこに敵を討つための武器が握られているのならまだ戦える。

 まだ戦えるのだ。まだ、まだ、まだ──……。

 

(……なんで、俺……戦ってんだっけ……?)

 

 時折、そんなことを考えるほど意識は白く霞んでいった。

 

(帰りたいなあ……こんなに、いい天気なんだ……洗濯もの、干さないと……)

 

 血の熱が薄れていく。

 

(ああ……でも、午後から……雨とか、言ってたっけ……?)

 

 (かたく)なに握り続けた右手が解かれて。

 

(じゃあ……パンツだけに、しとこう……パンツぐらいは……綺麗に、しとかないと……さ……)

 

 弱々しく、冷たく、この手が解かれて。

 

(男は……いつ死ぬか……わからないから、ね…….)

 

 もう何も握ってやれなくなって──……。

 

(面白かったなあ……観てよかったなあ……仮面ライダー……)

 

 そんな手の、指の隙間から、誰かが──大きな、剣を……。

 

「響……ちゃん……?」

 

 

 

***

 

 

 雪音クリスにとって、その光景はあまりに現実と乖離した夢のようなものだった。

 立花響が振り下ろした不朽の剣(デュランダル)は、確かに雪音クリスを殺すために振われていた。それだけの目的を果たすために黄金の(つるぎ)は天から地へと振り下ろされたはずだった。

 

 それがどうして。

 

 なんの間違いがあって。

 

 雪音クリスを殺すことなく。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()──?

 

「───────は?」

 

 響とクリスの殺伐とした両者の間に突如として割り込んできた深緑の(ギルス)は、あろうことかクリスを庇うように不朽の剣(デュランダル)の斬撃を正面から受け止めようとした。

 防衛というより軌道を逸らすために獣の右腕は金色(こんじき)の刃に臆せず(かざ)された。その一瞬、剣を防いだかのようにも見えた。しかしそれは雪音クリスの内側から零れ落ちた望みであって、現実が幻想を語ることはなく、惨たらしい現実を鮮明に描くだけである。

 

 溶けたバターを切るように不朽の剣(デュランダル)(ギルス)の右腕を呆気なく断ち斬った。

 肘から下を丸ごと切断した。

 骨どころか筋肉も、元から何も無かったみたいに、()()()()と。

 

 実は腕には木綿が詰まっていたんじゃないかって疑うほどにあっさりと──……。

 

 だが、やはり現実の景色はクリスの淡い思惑を容赦なく踏み躙る。

 

「がッ──あァ■■あ■ァァ■■ァ■■■■■ぁ■■■あ■■■ア■■■──ッッ⁉︎」

 

 壊れてしまった者の叫びを聴いた。

 言葉にならない叫びを聴いた。

 そして命を(かたど)らせる血液が解放される瞬間を見た。

 

 真紅に彩る血潮が右腕の断面から壮大に躍り出る。決壊したダムのように噴出するそれは瓦礫の大地を赤く染めてしまう。その背後で放心するクリスも青銅の蛇(ネフシュタン)の純白たる鱗鎧に大量の血飛沫を浴びて真っ赤になってしまうが、ただ愕然とするしかなかった。

 主人から切り離された(ギルス)の右腕は死後硬直の反応なのか()()()()と暫く蠢いていたが、やがて壊れた人形のように動かなくなってしまう。

 右腕の断面から溢れ出す流血はやがて勢いを失う。だがそれはギルスの死も意味する。多量の出血は死と同義である。失血したギルスは事切れたかのように両膝を赤い瓦礫に埋めて、そこからはもう動かなくなった。

 

「……お、おい、おまえ、な、なな、なんで」

 

 動揺で舌が麻痺して上手く喋れない。

 

「アタシ、オマエを、こ、殺そうと……」

 

 言葉になっているかも疑わしい声を隻腕の(ギルス)が向ける背中に投げかけるも返事はない。

 

 ただ、その代わりに。

 

 ()()()、と。

 林檎に包丁を刺したみたいな軽い音がした。

 

 あとはもう死にゆくだけのギルスの身体に、不朽の剣(デュランダル)が突き刺さっている。

 魔性の(つるぎ)を握っているのは他でもない──立花響ひとりだ。地に伏せた脆弱な獣を、もう死ぬだけの獣を、立花響は正面から刺し殺した。

 生命を破壊するために立花響は不朽の剣(デュランダル)を握っている。たかが右腕の一つでは飽き足らない。彼女が欲するのは確実な死だけだ。それ以外は何の価値もない。

 死んでくれなければ、終わらないのだ。

 じゃないと、この悪夢は続いてしまうから。

 もう終わってくれ、と──彼女の中に生まれた黒い衝動は自分の敵が完全にいなくなるまで、不朽の剣(デュランダル)を手離さそうとしない。

 

「─────…………」

「■■■ッ‼︎ ■■■ァ‼︎ ■■■ゥ‼︎ ■■■■ァァァ‼︎」

 

 ギルスを確実に刺殺せんとを不朽の剣(デュランダル)を握り締める掌に更なる力を入れる立花響に、分け隔てなく他人に優しく温かな心を持っていた少女の面影はなかった。

 ここまでか、と──ギルスは最期の力を振り絞り、残された左腕にあるだけの力を込めて…………。

 

 

 

「………………どったの、響ちゃん。ゴキブリさんでも出た?」

 

 

 ただ優しく抱き締めた。

 

 

 




「えっ⁉︎ こんなボドボドな状況でも入れる保険ってあるんですか⁉︎」
火のエル「あるよ」
風のエル「今なら強化フォームもついてくる」
地のエル「ただし保険料はテメェの腕な」
オリ主「ウワアアアァァァァァァァ(エクスラッガーこすりながら絶叫」

ダイナミックI字開脚もまだなのにエクシィードエーックス!しても良いんすか⁉︎(自問自答) でもこんなクソ激重展開を打破できる手は他にねぇでしょ⁉︎ ……+蟹!
つーことで次回は「俺は暴走してるかもしれない。」です。……はい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。