仮面ライダーだけど、俺は死ぬかもしれない。 作:下半身のセイバー(サイズ:アゾット剣)
「これは一体……?」
風鳴翼はその光景を目の当たりにして、言葉の限りを奪われた。
市販される薬品の製造やその運送に携わる工場の施設内は、物々しい破壊の痕跡が至る所に見受けられた。凄惨な地割れが起こったかのようなアスファルトの裂け目。頭を潰されて燃え上がる横転した大型車両の残骸。倒壊した建造物とその瓦礫の山は爆撃を疑うに値する壮絶さを物語る。
そして、黒い砂漠と見違えるほどに降り積もった一面に広がる煤。
それが認定特異災害たるノイズの死骸であることは明白である。もはや、考えるまでもなく、この尋常ではない量の炭素は先程まではノイズという血肉を象っていた物質なのだろう。
黒き粉塵による雪原と化した薬品工場を前にして、風鳴翼が呼吸すら儘ならぬ驚愕に襲われたのは、やはりその途方もない数にあった。
いったい、どれだけのノイズを……。百、二百……。いや、果たして三桁で収まる量なのかこれは……。
少なくとも、風鳴翼はこれほどのものを未だ嘗て見たことがない。
「翼さん」
病み上がりである風鳴翼の肩を支えていた緒川慎次は、苦々しい神妙な眼差しを工場の奥へと向けていた。不気味なこの空間に違和感を覚えているのは翼だけではなかった。
「引き返しましょう。ここは、恐らく、僕たちが居ていい場所ではありません」
緒川の声音は至って冷静なものであった。それ故に、これが恐怖で足が竦んだ者の弱音ではなく、彼の正気と理性が弾き出した信頼の高い判断であることを翼は理解する。
「空を見て下さい。上空で待機しているはずの二課のヘリが消えています。何かトラブルがあって、やむを得ず離脱したんです」
「トラブル……ですか……」
「あの風鳴司令が撤退の判断を迫られるということは……」
「
「恐らくは」
「ノイズでしょうか。それとも例のネフシュタン……」
「わかりません。ただ、もう一つの可能性をあげるとすれば──」
「緒川さん」
それ以上はいい──と、緒川の背広を無意識に握り締めていた手の震えが語る。
緒川慎次は心の内で決断した。風鳴翼の懇願を聞き受けて、本部には無断でこの場所に重傷者であった彼女を連れて来たが、ここから先は彼女の身の安全が最優先である。
この戦場に蔓延する死の香りは、あまりに濃すぎる。
「翼さん、戻りましょう。やはり、ここは危険です」
「ええ。理解しています」
「今の翼さんには
「承知の上です」
「なら、どうして」
この戦場から目を離さない──?
その疑問を投げかける前に、緒川の支えを解き、風鳴翼は自らの二足の脚で歩き出した。フラフラとした覚束ない足取りはまだ傷が癒えておらず、平衡感覚が戻っていない何よりの証拠であった。
「緒川さん、どうしようもない私の我儘を汲んでいただき、ありがとうございます。感謝しています。ここから先は一人でも大丈夫です」
「翼さんっ!」
「私一人でどうにかなるなどと……。そのような自惚れはありません」
何も救えないかもしれない。何も変えられないかもしれない。
ただ、それでも──……。
「ずっと考えていました。なぜ、あのとき、三号は私を助けたのか」
それは夢のような一瞬だった。
完全聖遺物《ネフシュタンの鎧》に圧倒され、切り札の絶唱すら失敗に終わり、天羽奏の置き土産《
〝ひとりにはしないよ〟
あの時、冷たい雨に打たれていた風鳴翼の凍えた身体が感じたものは血塗られた獣の熱ではなかった。まるで、両手で優しく抱き締められているような柔らかな温もり。
心の熱。
「……助けたい。今度は、私が助けたい。何度も殺し合い、何度も傷つけ合った
彼の拳は
張り上げた声が喉元で不意に引っかかる。その先の言葉を発することを躊躇っている。言葉を見失った口だけが忙しなく動いて、音のない吐息が静かに空を舞う。
わかっている。これは私の都合だ。風鳴翼の我儘だ。未確認生命体第三号の意思を無視した身勝手極まりない一方的な感情。駄々を捏ねた子供のよう。
それでも。
そうであろうと。
もしも、奏がここにいたら、きっと同じことを言ってくれるはずだから──。
「死んでほしくない。死んでいいわけがない。たとえ、それが私の傲慢なエゴだとしても、風鳴翼は彼を死なせたくはありません」
嘗てないほどの揺るぎない決意が
緒川慎次は面食らったように暫し茫然とした。まさか、彼女があれほど目の
倒すべき敵。それが両者の関係性であったはずだ。それがどうして今更──と、緒川が疑問にするよりも早く、翼は気恥ずかしそうに微笑みながら答えていた。
「あのとき、三号の心に触れられた気がするんです。もしかすると、発動を止められた絶唱が起こした小さな奇跡かもしれません」
真実はわからないが、あの声は幻聴ではなかったはずだ。
強く、真っ直ぐで、迷いない。
ヒーローの声。
「似ていました、とても」
「似ていた?」
「はい」
「誰にですか?」
「奏や立花に、よく似ている人です」
緒川は驚愕していた。未確認生命体第三号を天羽奏や立花響と結びつけるとは──いや、そもそも風鳴翼にとって唯一無二の存在である天羽奏と重ね合わせられる者が立花響の他に存在すること自体が、あまりに意外だ。
そして、それを嬉しそうに語る彼女の表情もまた緒川にとっては考えにくい現象だった。
「……変わりましたね、翼さん」
「そうでしょうか」
「はい。変わりました。とても素敵だと思います」
そう言って、目頭を押さえながら、緒川は
「緒川さん……?」
「今日の僕はアーティスト風鳴翼のマネージャーです。翼さんの我儘を聞くのが僕の仕事なんです」
翼が気付かぬうちに眼鏡をかけていた緒川の悪戯な笑みを見て、翼は少しだけ頬を緩めた。
***
それを果たしてなんと形容すべきか。
少なくとも、雪音クリスには想像もできなかった。
破壊と蹂躙。遍く生命の一切合切を否定せんと殺戮という言葉が四肢を得て、凶禍の牙を研ぎ、
紅き刃の蛮神。
それが
力という概念の化身の如き存在であった。
目に映るもの。耳で捉えるもの。鼻を掠めたもの。すべてが敵である。例外はない。その他の認識は必要ない。己が何者であるかさえ、
知るべきことは、ただ一つだけ。
まだそこに動いている影があるのかどうか──。
「■■■■■■■ォォ……ッ」
怒号にも似た獰猛な吐息が顎部の
濃度を増した暗みのある深緑の躯体は多くの傷を孕んでいた。今し方、無数のノイズから受けた傷である。皮膚が肉ごと削がれ、骨は剝き出しになったまま砕けている。曲がらぬ方向に曲がった関節と裂かれた腹から無造作に垂れ下がる
もう死んでいる。
死んでいるようなありさまだ。
なのに、死んでいない。それどころか、痛がる素振りも苦しむ様子もない。
死の超越。
あるいは、生命への叛逆。
ゴキゴキッ──と、全身の骨格が悲鳴を上げて軋み始めると、各部の筋線維が委縮と膨張を繰り返す。何か
これにより時間が遡行したように傷口は塞がり、骨は新たに生え変わって、捩じれた四肢は逆方向に回転して元の状態へと戻る。一見すれば、神の御業と見違える蘇生と呼ぶに近しい能力だが、その実、人間という脆弱な器を全く加味していない禁忌の力に違いない。
元の遺伝子情報は消滅を余儀なくされ、人体を構成する体細胞はより鋭角で凶暴なものへと変異して、生きているのか死んでいるのかすらわからぬバケモノへと変身する。もはや、何がどうなろうと知ったこっちゃない。
殺すまでは。
殺しきるまでは。
全部、全部、全部。
■■たちの敵だ──……!
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ォォォオオオ‼」
土塊混じれる瓦礫と砂のような硝子片を被ったまま、雪音クリスは息を殺していた。指一つでも動かせば殲滅対象にされかねない。離脱もできず、応戦もできず、倒壊した施設の一部に身を隠して、ギルスとノイズの動向を遠目で見守っていた。
時間にして凡そ十分も経っていない。
いや、あれを戦闘と言えるのだろうか。
生死を奪い合う闘争とは程遠い。死を死で塗り潰す生命の冒涜のような一方通行の惨たらしい暴力。
ギルスは短時間で
まだ自分が見た光景を信じられない。
それは決して同情を抱くべき景色ではなかった。多数の
立花響の《
否。
違う。
クリスは頭の中ではっきりと否定した。アレはもうあの未確認生命体第三号ではない。同じであってたまるか。あのとき第三号は死んだのだ。いま動いているのは別のもの。未確認生命体第三号の骸を被った得体の知れない狂気──!
『……a arienai……kore ga GILLS……dato??????』
幾多にも積み重なった
相方である黒の
『ko konna mono ga sonzai shite iinoka…??????』
その絶望感は言葉にできない。
最初に仕掛けたのは、ロードノイズの方であった。
まずは白の
二体のロードノイズは凄まじい脚力に任せて接近すると、
死角から容赦なく放たれた拳頭はギルスの下顎を掠めて、頸の骨を振盪させながら脳髄を大きく揺さぶった。人間ならば、確実にそのまま両膝から崩れ落ちて、再起が困難な状態へと陥るであろう渾身の一撃が、ギルスに突き刺さる。
故に背後の敵にも気付かない。
いや、気付いたとしても反応できない。
二度と蘇生などさせるか。
完全な覚醒を果たす前に、今ここで仕留める──!
『────?!?!???』
しかし、次の瞬間には
白の
いつのまに──?
動揺が闘争に滾る心身を一瞬の内に凍りつかせる。反撃の予兆すら見せなかったギルスからの理不尽とも言える予想外の一撃は、ロードノイズの感知能力を遥かに凌駕していた。
いや、一撃ではない。
そんな生易しいものはここにはない。
音速に達した真紅の風刃が白き
そして、その速度はこれまでの比ではない。
虚空に描かれる鮮血の如き軌道は紅い残像と黒い粉塵を掃き散らす。まさしく
同胞が一方的に蹂躙される一部始終を目にした黒の
ロードノイズの感知能力は並ではない。
それでもまったく反応できなかった。
すぐ真横に佇む
「■■■■、■■■……?」
狂おしいほどの膂力に任せた蛮神の怪腕が、黒き
両者の距離はそれなりにあった。単純な走行によって肉薄したとすれば、
なのに、
一部始終を傍観していた雪音クリスの視覚にも、ギルスの動きは理解が追い付かないものとして映っていた。恐らく霊長類が数万年かけて進化したとしても、アレには至らない。根本的なものが違う。
『gh…giGggg……??!!』
ノイズには痛覚がない。たとえ、脚を折られようと腕を切られようと、ロードノイズの中枢器官たる黒い心臓が無事である限りは戦闘は続行できる。片腕を強引に奪われてしまった黒の
肉弾戦が推奨される零距離の射程。わざわざ右腕を直接
黒の
間合いは完璧。タイミングも最善と言える。
痛恨の威力を誇る
頭蓋骨を砕いた感触。
間違いない。脳が逝った。
脳を潰されて生存できる生物は少ない。たとえ、限度のない甦生を可能とする生体であったとしても、脳を損失した状態では意味がない。傷が癒えて五体が完治したとしても、それを動かす器官が無ければ死んだも同然である。所詮は糸の切れたマリオネットだ。
いや、それこそどうだ。ありえないのでないか。
この化け物は、もはや生物としての規範を超越している。
生あるものは必ず老いる。死の呪縛こそ生物の根源たる証。死あっての命。そこから
死から解き放たれたもの。命から解き放たれたもの。
それはもはや〝神〟なのでは──……。
前頭骨を粉砕されたギルスは大脳に深刻な損傷を負った。そのまま事切れたように前のめりになって倒れる──
馬鹿な、と狼狽える
「■■■■■■■■■■ォオオオオオオッ‼︎」
大地を激震するギルスの裂帛は豪速の拳となって黒の
確かに頭蓋骨は割られたはずだ。脳は損傷したはずだ。
なのに、一向に死なない。死という原理がこの深緑の獣を避けているかのように、命に終わりが訪れない。いや、そもそも生きているかさえ怪しい。生きているのか、死んでいるのか。あるいはただ戦うためだけに存在しているのか。
「戦うために生まれ、戦うためだけに生きる」
それはまるで。
「修羅……」
雪音クリスはそう呟いた。
腹の底から湧き上がってきた耐え難い感情に委ねて。
『g▽×°≠o☆f°=<<ig\\:◇ht!!!!!』
二体のロードノイズが全く歯が立たずに破れてしまった事実を目の当たりにした他の
数で押し切るしかないと踏んだのか。それとも欠損したロードノイズの身体が再生するまでの時間を稼ごうと考えたのか。如何なる理由があれ、利口とは言えない。この獣の如き荒神の前にして、戦う意思を捨てぬことは無意味に等しい愚行と変わりない。
エクシードギルスは強すぎた。
今まで未確認生命体第三号の強さには、多大なるデメリットが付き纏っていた。エネルギー不足による肉体の衰弱。それは状況を選ばず、常にギルスの肉体をその生命ごと容赦なく蝕み、ハイエナのように食い散らかしていた。
だが、
飢えるほどに欲していたオルタフォースが、
そして、《
力。
解き放たれた力。
枷で縛られた獣はもういない。己が身に染みた無頼の暴力を思う存分に振るう。ああ。なんて新感覚。これが自由。これが自然。まるで世界と一体になったみたいだ。何も考えなくていい。何も思わなくていい。ただ、ただただ、いまはこのすべてが、狂おしいほどに愛おしい──……。
きもちがいいね。なにもおもいだせないけど。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■オオオォォォォォォッ‼︎」
咆哮。
そして爆裂。
巨大な群体と化した
まるで、全身が武器だ。たとえ、四面楚歌と言える現状況であろうと、同時に交わされる複数の攻撃に対して、前後左右の方向に囚われることなく対応でき得る恐るべき生体の構造である。それも防御や回避といった自己の防衛ではなく、あくまで殺害の手段として各器官は発達を遂げている。
触れるだけで殺せるように。
一匹でも多く殺せるように。
尋常ではない闘争と殺戮への妄執に近しい渇望は、エクシードギルスの存在そのものを形作っている。
誰にもアレを止めることはできないのだろう。
誰にも……その変身者でさえ……。
「どうする……どうすりゃいい……?」
雪音クリスは考える。残酷な結論ばかりが頭を満たすが、たった一粒の希望を模索する。あの傍若無人な埒外のバケモノを野に放つことだけは避けねばならない。アレは見境なく人を殺す。街の一つや二つは崩壊するだろう。ノイズより遥かに厄介だ。ここで止めておかねば、最悪の場合は戦争も起き兼ねない。
それは雪音クリスが望むものではない。
「わからねぇ……ッ‼︎ 力を制するのは力だけだってのに、アレ以上の力をアタシは知らない……! クソッ! フィーネはこんな時に何やってんだ……⁉︎」
まさか、これも計画の内なのか──?
──……ち! ……いちッ!
困窮するクリスの意識に突如として掠める残滓のような儚い音が響く。
──しょ……い……! きこ……な……ァ!
辺りを見渡すものの、この場で言語を発せられる人間といえば、雪音クリスと依然として気絶している立花響と──知らぬ内にどこかへ消えてしまった彼女の主人だけだ。
──おも……だせ……ッ! おね……が……もと……どって……!
この声の主はどこにも見当たらない。
──いな……のか⁉︎ ここ……に……ない……のか⁉︎
(な、なんだ……? こえが……どこから……?)
次第に彼女の視線が一つの方向に定まる。理由はわからない。どこからともなく頭に流れ込んだ悲痛を語る叫び声が、雪音クリスの第六感を突き動かしていた。
何かがいる。
きっとあそこにはもう一人いるのだ。
生命の輪廻から外れた怪物は数多の生傷から血を浴びながら、蛆虫のように跋扈する
それでも少女は叫び続ける。
──もう、そこにいないのか、翔一ィイイイイイイイイッ!
彼の名を、何度でも。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■アアアアアアァァァッ‼︎」
少女の声が獣の咆哮に掻き消される。
彼はもうそこにはいないのだ。
いないのだ、どこにも。
「■■■ァッ‼︎ ■■■ァァ‼︎ ■■■ォォオオオ‼︎」
その事実はこの怪物の動きが語っている。
神の如き
少なくとも、未確認生命体第二号と第三号は戦闘においてノイズの組織的な動向に常に気を配っていた。そうでもしなければ、状況によっては容易く詰む場合があるからだ。ただでさえ、多勢に無勢を強いられる戦いにおいて、敵側に戦術的な要因を与えることは敗北に直結する。浅くは囲まれないように立ち回る。深くは敵陣の急所を狙える位置と逃走経路を常に確保する。これを損なえば、待っているのは死という敗北だ。
その考えは雪音クリスや風鳴翼にとっても概ね同じである。
にもかかわらず。
「■■■■■■■ォォ‼ ■■■■■■■■アアアァァァ‼︎」
エクシードギルスは圧倒的な物量に対して、個の〝力〟で応えていた。
数的不利を物ともせず、万象を捻じ伏せる純然たる
そこに武芸や躰道の心得は存在しない。嘗ての仮面の戦士が見せた絶技と称すべき体術の一片すら残されていない。最小限の動作で多数の敵の攻撃を
これは暴力だ。
あるがままの暴力だ。
即ち、神の領域。
あの青年が絶対にしないような──スペック任せのゴリ押しである。
頭がおかしくなりそうだ。ノイズの攻撃はもはや集団リンチに近い。だが、現実の光景に反して、一方的に虐殺されているのはノイズの方だ。赤い血が飛翔するとその倍以上の手足や首が跳ねる。鳴り止まぬ叫喚と咆哮が混ざり合って、地獄のような狂宴を色濃く彩る。
恐ろしい。
今はただ恐ろしい。
震えが止まらない。これは恐怖か? ──血の気が引くような戦慄に身を固めるクリスの
一匹、また一匹と、血に溺れる狂気の蛮神の手によって絶えず死滅していく
「■■■……ッ‼」
逃げも隠れもせず、守りも避けもせず、ただ目前に迫る敵の
敵は皆殺しだ。
例外はない。
絶え間なく打ち寄せる大波のような
四方から徐々に狭めてギルスを包囲する
「■■■■■■ォォォ⁉︎」
だが、ついに圧倒的な物量が初めて功を奏した。
エクシードギルスの両脚に、ヒューマノイドノイズとクロールノイズが半ば引き摺られようになりながらも、しがみついたのだ。
動きが僅かに鈍るギルス。
好機と見てノイズが一斉に飛びかかった。その一瞬の内に、
だが、ギルスは痛がる素振りすらせず、怒髪天に達する
恐ろしき姿。しかし──。
憤怒の蛮神によって死滅の一途を辿るノイズの影に潜んだ者がその殺戮の領域へと大きく踏み込んだ。
無惨に葬り去られたノイズの残骸を隠れ蓑にし、距離にして三メートルまで急接近した黒の
何の意味もないのだ、捌けなければ──……。
『koitu……??!! dokomade!!!!!!』
感情の色を含まぬ血の複眼が黒の
再度攻撃を仕掛けるため、もう片方の腕を脇下まで引き絞る。敵の速力は計り知れないが、両者に肉弾戦を強いるこの間合いなら出の早い欧撃が圧倒的に有利であることには変わりない。
淀みなく左腕の拳骨を水平に放つ
『ghgg……??!!!?』
あの触手か。それとも爪か。駄目だ。何も見えなかった。来るとわかった時には断ち切られている。腕を押し戻そうとした時には切られた後だ。何もかも後手になる。
再び片腕を奪われた黒き
しかし、敗北感や諦念に身を任さず、是が非でも
右足が斬られている。足首から下をさっぱりと。
次は左の足。今度は見えた。紅の双爪が流れるように太腿を引き裂いた。やはり
『bakemono me……』
両脚を奪われた黒色の
ドスッ、と。
無念を嚙み締める黒い
また一つ、神話の遺物をこの世界から葬り去った。
エクシードギルスは完全に炭化を終えた
「■■■■■■■■■■■■■■ァアアアアアアアアアッ‼」
朽ちて灰となる
勝利の愉悦など要らない。己が渇望するは新たな命。それを殺すことのみ。理由はない。理屈もない。ただ、そういう存在であるだけ。そのような業を背負っただけ。
神は常に理不尽を象る。これもその一種に過ぎない。
『suki wa atta na GILLS!!!?!』
突然のことであった、地中から白い腕が飛び出してきたのは──。
「■■■ッ⁉︎」
『osoi!!!』
正確には地面の中ではない。無慈悲な塵殺によって積もりに積もった
再生されたばかりの筋骨隆々とした四肢で、全身に物騒な刃物を携えたエクシードギルスへ臆せず組み付く白き
しかし、白い
死に物狂いで暴神の躯体を抑え込む白の
背中から解放された二本の
白き
『ssi……sindemo hanasanu??!!?!』
しかし、ロードノイズは力に屈さない。着実に這い寄る死と恐怖を振り払うように、ギルスの血塗れの肉体に縋り付く。
『kisama no shimatu no shikata ga wakatta!!!!!』
真紅の触手は有情なくぎりぎりと頸を締め付ける。これが人間であれば、既に気道は潰され死に絶えている状態だ。耐えられるものではない。
『sore ha……kono sekai kara kieru koto da!!??!!』
『yorokobe……kisama no daisuki na tatakai da……』
されど、白の
『warera no sekai de eien ni samayoe GILLS??!!!』
そして、ついに──。
鮮やかな手腕で五体をバラバラに解体された白の
その時からだった。
音もなく、匂いもなく、超越者に気取られることもないままに、その異質な現象が現実を静かに蝕み始めていたのは──。
ギルスの背後から約十五メートルほど先に、半壊した工場施設の一部であろう建造物の壁が黒い墨汁が滲むようにして
(あれは……ゲート⁉︎)
雪音クリスだけがそれに気付いていた。
完全聖遺物《ソロモンの杖》によって幾度となく故意に引き起こされていた次元障壁の限定的な開放の際に生ずる現象の一端。謂わば、これは認定特異災害であるノイズの発生源である。
しかし、待てど
──われら の せかい で えいえん に さまよえ ギルス!
「まさかッ」
ロードノイズが最期に残した呪詛の真意を汲み取ったクリスが次の瞬間に見た光景は、突如として地中から出現した巨大な
白き
もはや、それしか無かったのだ。
不死身のバケモノを、亜空間に閉じ込めるためには──。
一瞬にしてギガノイズの巨影に覆われる
猛牛のような双角を天高く振り上げた
暴風が吹き荒れるほどの威圧を前にして、反射的に両腕を交差させたギルスの
その威力たるや想像絶する。
ゴギャッ‼︎ と、全身の骨が一度に砕け散る凄惨な音が躯体から響く。前腕肩と上腕骨が文字通り木端に粉砕し、筋肉を切り裂き、漆黒の皮膚が赤く破裂する。肋骨も四本ほど完全に逝った。あまりに果てしない衝撃ゆえに感触は消えていたが、両脚の腓骨も当然のように折れただろう。
ズルッ──と、割れた地表の上をギルスの足が滑った。如何に
両脚が地面から離れる。
浮遊感が全身を満たす死の瞬間。
遥か後方へ弾かれる直前に、あろうことかエクシードギルスは受け身の姿勢を大きく崩しながら腰を捻ると、脚部に備わる大鎌をギガノイズの首筋に引っ掛けた。
よもや、この状況から反撃してこようとは思いもしなかったギガノイズの小さな悲鳴はブチリと肉を裂く音と共に消失する。
受け身のことなど知るか。お前も死ね──と、ギガノイズによって弾き飛ばされながら、同時にギガノイズを斬首する。
敵は葬り去った。しかし、ドライバーで打たれたゴルフボールのような有様の
その世界がどうなっているか、雪音クリスは知らない。
ただ、安寧とは程遠い地獄のような闘争が待ち受けていることだけは理解できる。何故なら、あの場所には
轟音が
次元障壁が開放された空間に残されていた工場施設の一部が完全に倒壊する音だ。瓦礫が砂塵のように散らばり、折れた鉄管が跳び回り、巨大な土煙が膨らむと辺り一帯を丸呑みするように包み込む。
視認性が悪い。ここからの位置では何も確認できないが、最後にギルスが
エクシードギルスは、この世から消えた。
消滅したのだ、この世界から。
その漠然とした事実だけが、途端に静まり返った工場施設に漂う鉄臭い空気に混じっていた。
「や、やりやがった……」
雪音クリスは茫然としたまま口にした。そこに何の感情を宿せばいいのかもわからずに。
***
〝我が
灰積もる
長椅子に腰かける薄汚れた白衣の男を、背後から愛おしく抱き締めている女はそう囁いた。
〝されど、貴様はまだ運命の傀儡も同然。嘆かわしい。断じて許容できぬ。〟
男は何も答えない。
口を閉ざして
この廃れた礼拝堂が、男の心象を具現化した景色だとすれば、きっと彼の心は
〝絶望だけでは何も変わらぬ。何も変えられぬ。貴様がそれを一番理解しているだろうに……。〟
細雪のように降り積もる灰塵が孤独な十字架を錆びつかせる。祈りすら届かず、神仏ですら死に伏した。この場所に
未来なんて、ありゃしない。
〝故に
何もしたくない。
何も考えたくない。
これ以上、息をしたくない。
〝
いやだよ。もう終わらせてくれよ。
〝どちらだ。どちらを消せば、自由を取り戻す。何を捨て、何を得る……?〟
いらないよ。何もいらないんだ。
どうせ、失うんだから。
***
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■オオオォォォォォ──ッ‼︎」
この世の
今まさに固く閉ざされようとしていた次元障壁の門の淵を、純然たる腕力だけで押し留め、そこから這い出ようと身を乗り出す深緑の蛮神の禍々しき妄執の姿は言葉に尽くせなかった。
さながら、地の底で揺らぐ獄炎の中から手を伸ばす咎人。まだ現世に未練を残しているとでも言うのか。血反吐を垂らしながら、指が裂けようとも構わず、死に物狂いで次元障壁の閉門を抑え込んでいる。
ついに上半身が門の外側に這い出た。右足を上げて門を跨ぎ、半身を異次元の世界から引き抜こうとする。すると、その所業を決して赦さぬ獄卒の如き剣刃が尋常ならざる量となって、逃亡者の
眼球、顎、喉苗、双肩、胸郭、脇腹、腹部──身体の内側に孕んだ無数の剣が突如として飛び出てきたような酷烈な光景が飛び込んできた。
ノイズだ。
次元障壁に阻まれたその先に存在している前人未到の亜空間には、無限に等しい莫大な量の
あれはノイズの絶対的な
迷い込んでしまった殺戮の神を、みすみす生きて帰すはずがない。
流血に次ぐ流血。それに混じる脳漿と脂肪。ぶちまけられる臓物と骨の断片。脳髄を含む全身を隈なく穢らわしい肉塊に変貌させるため、
なんて哀れな怪物。なぜ蘇ってしまった。なぜあのまま黙って死ななかった。そんなに死が怖いのか。そんなに命が恋しいのか。それとも最初から生きてすらいなかったのか──?
「■■■■■■■■■■■■■■ッ‼︎ ■、■■■■■■■■■■──‼︎」
肺から喉へ吐き出される空気が、内出血の止まらぬ気管支の血塊に埋もれて生々しく残響する。それはもう獣の声ですらない。血の海を泳ぐ巨鯨の嘶き。死者の慟哭。
ブチブチブチッ──と、引力に押し負けた筋肉が皮膚と共に凄惨に弾ける音が鳴る。ノイズの腕であった。一本、また一本と、四肢に絡まる鎖を断ち切るように力任せで前に進む。
前に。
ひたすら前に。
それ以外のことは、何も覚えていないのかのように。
「マジかよ……」
雪音クリスは緊張感すら手から零れ落ちるほどに唖然とした。
帰還は絶望的だろうと踏んでいたエクシードギルスが、ついに
死にかけ。もとい死んでいるような状態。
しかし、致命的であるはずの外傷は既に治癒を始めている。穴の空いた腹部から飛び出た
不死身だ。
この化け物は、やはり死を伴わない不滅の存在なのだ。
命の奪い合いでは殺せない。別のアプローチが必要だ。異次元の亜空間に閉じ込めようとしたロードノイズの策略は決して間違ってはいなかった。寧ろ、唯一と言っていい勝算だったのかもしれない。
ただ、この化け物があまりに
背後にあったはずの異界と現世を繋ぎ止める
ギルスは勝ったのだ。勝ち切ったのだ。何もかもに。
「■■、■■■……ッ」
ゆらり、とエクシードギルスは焦点の定まらぬ不快な視界のまま一歩だけ前に進んだ。皮膚が爛れて骨が半分ほど露出している脚では動作が鈍い。しかし、それも超速再生でいずれは完治する。
それまでにヤツから逃げなけばならない。
雪音クリスは座したまま
また一歩、エクシードギルスは踏み締めた。
盲目的な進行ではない。その方角には雪音クリスがいる。狙っているのだ。彼女の瑞々しい命を貪るために、蛮神は足を引き摺りながら進んでいる。
瓦礫を蹴りながらクリスは後ろへ下がる。背中は向けらない。そんな恐ろしいことできるはずがない。
さらに一歩。続けて二歩。負傷した足が完治したのか、ギルスの踏み込みが強まり、地面に散らばる砂利と硝子片が微かに震動する。
それに対してクリスの動きは止まった。背中に冷たい感触が当たる。横転した大型トラックの荷台が逃げ場を遮り、これ以上の後退を許してくれない。
今の
万事休すか──雪音クリスは苦渋を噛み締めた。
「………………しょう、いち……さん」
その時、空気が凍りついた。
「……──翔一さん」
途切れてしまいそうなほど細く、崩れてしまいそうなほど弱く、しかして
今にも消えてしまいそうな儚い泡沫の声は、意識を失っているはずの立花響の口から唐突に零れ落ちた言葉だった。
彼女は鉄と瓦礫の絨毯の上で人形のように横たわっている。その瞼は赤く閉ざされたままだ。
意識を喪失した闇の狭間で、彼女はそれでも彼の名前を呼び続ける。
「翔一さん」
何度も。
何度でも。
闇の中でその名を呼び続けた。
「…………」
動揺と困惑が支配する残酷な沈黙。
やがて、止まった時間が動き出したかのように深緑の蛮神は息を飲み込み瞠目する雪音クリスを無視して、意識のない立花響の方へ歩みを変えた。
二人の間に設けられた距離は、
「お前ッ⁉︎ 待て、待てよォ‼︎」
何の感情も灯さない殺戮の怪物の意図を汲み取った雪音クリスは制止の声を荒らげた。しかし、それがギルスの鼓膜に響くことはない。闘争と鏖殺の傀儡と化したバケモノの心に何が届くというのか──。
何も要らない。
全部捨ててしまえ。
「止まれッ止まれよクソォ‼︎ アタシはここにいるぞ!」
何も聴こえない。
誰の声も聴きたくない。
──……ち!
もう死んだ。
この魂は死んだんだ。
──……くれ! ……ってくれ……いちっ!
生きていれば、人は必ず何かを壊す。
それがイヤだから、
──止まれッ‼︎ 止まってくれ、翔一‼︎
どうでもいいよ、もう。
「■ね……ぜん■■ね……」
血に染まった闇に溺れた虚な複眼が、涙を浮かべて眠る立花響の頭上を見下ろした。
──翔一ぃ‼︎ 思い出せッ‼︎ お前が忘れるはずないんだ!
胸の真ん中に埋められた石碑から煩く何かが問いかける。
──何のために戦った⁉︎ 誰のために傷ついた⁉︎ 思い出せ、思い出してくれぇ‼︎
何かを言っている。
何かを伝えようとしている。
でも、肝心の意味がわからない。
ただ脳味噌に
「きえ■……な■■いら■い……」
絡みつく因果と運命を断ち切らんと、エクシードギルスは真紅の鉤爪を断頭台に吊るされた刃のように振り上げた。これを降ろせば、きっと楽になれる。地獄のような輪廻から解放される。迷う理由は見つからない。
立花響は動かない。彼女の意識はまだ戻らない。一筋の涙が小さな流星のように頬を伝うだけで、不憫な獣を憂うように抵抗の一切を放棄している。
少女と獣。
相容れぬその終局はやはり〝死〟によって綴られる。
「待て、待て待て、待ちやがれッ‼︎ やめろ、それ以上は───……」
遠くの方で雪音クリスが焦燥と動揺に喉を涸らすものの、狂気と憤怒の坩堝に陥るギルスの心には響かず、一握りの躊躇も介さずに断罪の紅刃を振り下ろした。
──とまれ、翔一ぃぃいいいいいいッ‼
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■おおおおおおッ‼‼」
なぜ、俺はいつも間違えてしまうのだろうか。
正しいことなんて、ひとつもなかった。
頑張って、頑張って、ぜんぶ裏目に出た。
それでも歩き続けて、這いつくばりながら
何かを壊して、何かを失って、また絶望して。
屍だけが積み重なって。
罰の与えられない罪ばかりが残って。
死んでしまえ消えしまえと呪いながら、また道を踏み外す。
もう飽きた。
何も要らない。
何も欲しくない。
誰でもいいから終わらせてくれ。
俺を殺してくれ。
「──それはあなたの〝心〟じゃない」
天使の翼に触れられたような温もりが、無情を司る獣の仮面を優しく撫でる。
「あなたの
風鳴翼は血に穢れた怪物を両手で抱き締めた。
実質シン仮面ライダーです(大嘘)
暴走を止めるのはヒロインのハグって日本書紀にも書いてある。