仮面ライダーだけど、俺は死ぬかもしれない。 作:下半身のセイバー(サイズ:アゾット剣)
雨に打たれていたのは、少女の胸にぽっかりと穴が開いてしまったから。
どうしても、自分という存在に自信が持てなくなっていたから。
何も成せず、何も残せず、何者にもなれない。不安定なノイズが走る自分が道路の隅の水溜りに愚かに映る。
友人はいつも笑っている。
翳り続ける自分とは大いに違う。
羨望ではない。ただ、不甲斐ないと感じてしまっただけ。たかだか、短距離走のタイムに伸び悩んでいるだけなのに、俯いて歩く自分に嫌気が差しただけ。
それなのに、空も心も晴れる気配はない。
太陽はその身を隠し、今は孤独と劣悪な感情に苛まれる時なのだと告げる。
天は自分に試練を与えている。そう思えば、少しだけ気が楽だった。どうしようもない通り雨なら黙って見送れるから。我慢すれば終わるから───。
だから、彼は〝嵐〟なのだろう。
全てを荒らして去っていく。何もかもぐちゃぐちゃにして過ぎていく。
それで最後には必ず満天の虹をかけるのだ。
少なくとも、少女はそう思った。
「もうムリですってぇ……堪忍してくださぁい」
傘もささず、雨に晒されながら息を絶え絶えにして走る青年。さながらマラソン大会終盤の非体育系中学生の走り方であった。
あんな走り方では転んでしまう。───ほら。
物の見事に濡れたアスファルトに頭突きをする青年。あまりに綺麗に転ぶので、少女は立ち止まってしまった。
少女は知らない。三時間休憩もなく全力疾走を頭の中の天使三人に強いられ、意識朦朧としながら余儀なく走らされていることを少女は知る由もない。
「100mを、10秒以内って、俺はウサインボルトじゃないんです!」
仰向けになり、曇天に叫ぶ青年。
訝しげに眺めていると、突然その目から生気が消えた。
「えっ、アギトなら余裕? ……退職届けとか受け付けてます? あ、無理ですかさいですか」
溜息混じりに立ち上がろうとするものの、足が産まれたての子馬のように震える。独り言のように「あー、こりゃもう走れんわー、つらいわー、走りたいけど走れないのつらいわー」と遠目からでも演技と分かる大根芝居を一人繰り広げる青年。
よく分からないが、少女は段々ゴミを見る目に変わっていく。
その時、天啓という名の天罰が青年を襲った。
「えっ……11秒切らないとライダーキック禁止?」
時が止まったように動かなくなり、やがて薄っすら気持ち悪い笑みを浮かべる。濡れた髪を搔きあげ、もはや動くことすらままならない両足を踏み締める。
肉離れでもしているかもしれない足。長距離マラソンの後でもああはなるまい。
明らかに爆弾を抱えた両足で走ることなど素人でもしないし、ましてや肉体の所持者である自身が誰よりも解っているはずだ。
少女は息を飲む。それなのに、何故まだ走るのだと。
「た の し く な っ て き た」←(永続的狂気)
FOOOOOOOOーッ‼︎ 衝撃波のような奇声と共にまた狂ったように走り出す青年。しかも超速い。滅茶苦茶フォームが綺麗。でも、うるさい。そして、また転んだ。でも、また走り出す。
少女はなんとなくその人が内心追い込まれてヤケクソになっていることを察した。自分はああはなりたくないと心に誓い───。
翌日、小日向未来は友人である立花響に不死身怪人奇声ランナー津上翔一を紹介されるのであった。
そんな最悪な運命さえも今の彼女には、かけがえのない思い出なのだ。
***
おっぱいに埋もれたい。
ブドウノイズを無感情に殴りながらそんなことを思った俺はかなり重症だろう。精神科に行けば確実に入院を勧められそうなので意地でも行かないが。……おい早く病欠させろよ。こちとら五日もまともに寝てねーぞオイ。
───アギトよ、敵の増援だ。
ンンン〜ッ‼︎
伝わらないこの想い。おっかしい〜なぁ、別にぼかぁね、この世知辛い現実から魂を解放してくれとは言ってないんだよノイズたん。
帰れって言ったんだよ宝物庫に。
そんで俺に休みをくれって言ってんの。わかる? アンダスタン?
てか、深夜に出てくんなよ。徹夜組かなんかなの? 今何時だと思ってやがんだ。
午前三時じゃゴラ。フざけんなボケ。てめーらは深夜アニメ観ねぇのか? 録画派か? BD派か? BDでも白い煙は消えないヨ!
───気をつけろ。飛行タイプも居るぞ。
満点の星空を滑空するフライトノイズたち。その量は相変わらず、イナゴの大群のようにうじゃうじゃしており、その黒さは夜空か奴等の大群か判断し兼ねるほどだ。
上空に円を描き、その勢いから急降下の特攻を掛けるノイズをバク転しつつ回避する。
───人間に翼は必要ない。故に、アギトは大空を舞うことはできん。
珍しく風のエルさんが静かに脳裏に現れた。
俺は鬱陶しいフライトノイズを回し蹴りで弾き飛ばし、夜空を支配する雑音共の大群を見据える。
「だったら叩き落すまで……!」
風のエルさんの警告に従い、この寄る辺なき苛立ちを込めて左サイドバックルを叩く。
オルタリングのドラゴンアイが青く輝きを増し、賢者の石から武器が召喚される。
〝風のエル〟さぁぁぁん‼︎ キレのいい奴、頼みますッ!
───承知。青き嵐と成りて、闇を払い尽くせ、アギト‼︎
蒼き閃光が月すら羨むほどの輝きを得る。
途端、閃光を中心に豪風が吹き荒れ、抵抗虚しく何体ものノイズが吹き飛ばされる。
竜巻となった風を裂いて、蒼き甲冑を纏った戦士が姿を現した。
アギトが変わる。
黄金の大地が吹き荒れる蒼風へ。
『
賢者の石から出現したストームハルバードを強化された左腕に装備し、心の中でひっそりと俺は超越した精神()で叫んだ。
最初に言っておく、俺はかーなーり眠いッ‼︎
***
嵐の跡とは、このような惨状を言うのか。
風鳴翼と天羽奏は戦場の跡地で戦慄せざるを得なかった。
ノイズの出現。出撃命令を受け、三十分も掛からずに現場に到着した二人を待っていたのは、まさに〝嵐が過ぎ去った痕〟であった。
とある山奥。そこには幾多の森林が乱雑に打ち倒され、あらぬ方向に突き刺さっている。
めくれ上がった地面。土砂崩れでも起きたのかと錯覚しても何ら不思議ではない惨状。
「未確認生命体第2号の仕業か……」
土の山に混じった煤に触れた奏がぽつりと呟いた。
翼は前回の戦闘が頭を過り、静かに拳を握り締めた。
「第2号……ッ」
あれほどまでに実力差を感じたのは生まれて初めてだった。お前のすべては無価値なのだと吐き捨てられ、無力という弱さをその身に刻まれた。
震える翼の肩をそっと抱き寄せる奏。
今度こそ勝ってみせる。
人類守護の役目を背負う二人の歌姫に敗北などあってはならない。たとえ、その相手が本当に打ち倒すべき敵でなかろうと。
その強迫観念こそが、一番危ういモノであることを気付かない二人に弦十郎は仕方ないと切り上げる。
日に日に増加するノイズ。それに比例して必ず現れる未確認生命体第2号。
焦る立場に置かれているのは装者だけではない。上も下も混乱を極めており、状況はまさに
『二人とも、周囲にノイズの反応はない。あとは俺たちに任せて帰投してくれ』
せめて、二人には自分自身で気づいてくれなければ希望はない。
大人ができることは、陰ながら二人を支えてやることぐらいだ。
「ったく、おっちゃんも人使いが悪いなぁ……翼、いこう」
「ええ」
背筋を伸ばして欠伸をする奏は嵐の痕にぽつりと漏らす。
「にしても、これだけの力、第2号は一体どんな鍛え方してんだか」
まるで荒れ狂う竜巻が生まれたかのような惨状。無駄とは縁のない戦い方であった同じ未確認生命体第2号とは思えないが、目撃情報やノイズ出現から消滅までの経過時間から第2号の所業である線は固い。
前回のような肉体そのものが変質し、扱う武器さえ変わる
「あるいは鍛える必要がないのかもな」
人間じゃないだろうしな。
じゃなきゃ、いつ休んでいるというのだ。
***
午前七時ぐらい。
雀の囀りを目覚ましに布団から起き上がる。昇る太陽の光をその身に受けて大きく背伸びをして新たな一日の始まりに感謝を隠せない。
「今日もいい日になりますように!」
……というのは幸せな人の朝である。俺は違う。
午前五時ぐらい。
頭の中で起きろ起きろと煩い大天使三人を目覚ましに名残惜しい布団を芋虫のように這い出て、また戻って、だけど大天使が煩くて、二、三分の激闘の末、やはり這い出る。昇る太陽になんで昇りやがったんだと呪いながら新たな一日に悲しみを隠せない。
「今日は休みたいとか贅沢言わないんで、マジで四時間でいいから寝かせて下さい」
どこかで太陽の神が「おばあちゃんが言っていた。人任せは己を滅ぼすと」とか、太陽の子が「ゴルゴムの仕業か」とか言ってるな。頼りになるのにならねぇなこいつら。
昨晩、ノイズたんを蹴散らして帰宅後、地のエルさんに「正座。今から反省会な」と衝撃の御言葉を頂き、三天使様に「最近戦い方が雑」だとか「もっと滑らかに動け」とか「敵の攻撃を正面から受け止めてカウンターするな」とかつまりアギトの力に頼るなとお叱りを受けた。泣きたい。
結局、就寝したのは四時を過ぎてから。あれ、寝不足なのに睡眠時間一時間切ってる? 俺もそろそろ死ぬんじゃねーの?
───戯け。まだ死なん。
やったね。地のエルさんからのお墨付きだよ。もう涙も枯れ果てたわチクショウ。
身支度を整えたら、日課のトレーニングのために近所の公園へ。これはエルロードさん方に「アギトたる者、常に力を制御しなければならない」とか言われてやっている。
まあ、普通に筋トレである。なお、その量は天使界アベレージによる頭おかしい量なので普通に死ねる。
内容自体は普通で、腕立て伏せとか腹筋背筋スクワット走り込み。それにイクササイズとかしてる。おい誰だ今失笑したの。753なめんな。
あとやってるのは必殺技の練習。……うん、必殺技の練習。
「よぉーし、やるぞぉ!」
木にぶら下がったサンドバッグ代わりの麻袋に『有給』と書かれた紙を張り付ける。俺にとっては無縁の存在。しかし、分かっていても尚追い求め続ける欲深き煩悩から今こそ脱脚すべく、その因果もろとも断ち切る。
俺は社畜。俺は仮面ライダー。自分に何度も言い聞かせる。俺は社畜。俺は仮面ライダー。俺は社畜ライダーブラック。違うか。大体合ってるけど。
呼吸を整え、アギトの時のように徒手空拳の構えを取り、手に持ったストップウォッチのスイッチを入れる。
そして、空へ投げる───!
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ‼︎」
叩き込む連続の蹴り。Tの字をイメージしながら、右足、そして左足へと尋常ならざる速さで蹴り続け───。
「ハァッ‼︎」
最後に麻袋を蹴り上げ背後を向く。落ちてきたストップウォッチをキャッチし、スイッチを押して一言。
「9.8秒……それがお前の絶望のタイムだ」
───残念だが、正確には11.01秒だ。
火のエルさんに言われてストップウォッチを見る。……恥ずかしくてその場で悶える。
必殺技───男の子なら誰もが心踊るフレーズだが、やってることは小学生とかが漫画に影響されて休み時間に友達と一緒に真似するアレとなんら変わりはない。
いい歳してこんなことやりたくない。でも、やれってエルさんたちが……。
つーか、無理に決まってんだろ生身でトライアルとか。なんで加速もしてねぇのに十秒以内に倒さにゃならんのよ。できるかバーカ!
───しかし、このまま汝が進歩していけば、アギトもまた進化するであろう。
「したくないですよバカ! もうエルなんて知らない!」
クロックアップ的加速を手に入れたアギトとか浪漫溢れるけど、それってつまり俺に人間やめろって言ってるよね。
絶対嫌だ。なんで人間やめてまで働かにゃならんのよ。あれですか。俺がこのままじゃ過労死しそうなので人間やめれば良くね? みたいな斜め下過ぎる考え方をしていらっしゃるのですか。さすがは天使様。人間であるボクには到底理解できないクレイジーっぷりですね。
───善き計画であろう?
自信有り気に地のエルさんが言ったので、俺はその場に崩れ落ちるように膝を大地に突かせて泣いた。いや、涙出ないんだった。……ヤサグレようかな。弟見つけてカップラーメン啜ろかな。
「俺が死ぬのが先か、人間辞めるのが先か。くっ……どっちに転んでもバッドエンドだ!」
───人間の器に拘る必要など無かろうに。
「天使様の業界で話を進めないでください。言うだけ無駄なんだろうけどさ……」
悲しみの拳を地面に何度も無言で叩きつけていると、俺に近づいてくる馴染んだ気配を察知した。
自然に立ち上がり膝についた砂を払っておく。こんなみっともない姿を見せるわけにはいかない。翔一さんはいつもクールなお兄さんでいなきゃ……もう手遅れだったわ(悟り)。
「おはようございます翔一さん」
「未来ちゃんおはよう。今日も朝練?」
やって来たのは未来ちゃん。制服ではなく学校指定のジャージ姿でだ。なんか懐かしさを感じるなぁ。
朝から狂ったように常人にも俺にも理解不能な運動をする俺と陸上部に入部してから朝から練習に精を出す未来ちゃんはほぼ毎日のように顔を合わせる。
律儀に毎度毎度挨拶してくれるええ子やで。俺のオーバフローストレスも未来ちゃんのモーニングスマイルによって打ち消され、微かな自制心が保たれていると言っても過言ではない。
……ちなみに、響ちゃんはあと二時間ぐらいしてから顔を合わせる。毎回「遅刻するー! 翔一さん送ってー!」と泣きついてくるが、最近未来ちゃんに甘やかし過ぎでは(威圧)? と怒られたので週に三回だけ助けてあげてる。内緒でだけど。
「はい。翔一さんもまた筋トレですか?」
「まあ、そんなとこかな」
朝五時から筋トレする過労死寸前のフリーターがいるか。
総ツッコミを食らうだろうが、頭の悪い俺には未来ちゃんに「なんでこんな朝早くから?」と聞かれた時、咄嗟に「け、健康にいいからね!」としか言えなかったのだ。全国の頭のいい転生者に鼻で笑われる言い訳である。むしろ健康になるために睡眠をしなくてはならないはずの肉体で、とんだ自虐ネタをぶっ込んでしまった。
でも、後戻りできないので、そういうことにして筋トレという某レジェンドライダーたちの
何が怖いかって、適応し始めてる自分よ。前に未来ちゃんと仲良く並走してたらなんかキモがられた。息切れしないのは人間としておかしいことを思い出した時の虚しさは今もなお俺の心を締め付けている。
なので、たとえエルさんに命じられようとも絶対に必殺技の練習だけは見せないように心掛けている。恥ずかしいどころの話ではない。結論だけ言うと俺が死ぬ。二回ぐらい死ぬ。コンテニュー土管から高笑いながら蘇ってからまた死ぬ。
ちなみにイクササイズは見られた。ガチで引かれた。393と753は相性が悪いらしい。
「そういえば話し声が聞こましたけど、誰かいるんですか?」
「いや、いない、いない」
辺りをキョロキョロと見渡す未来ちゃん。さっすがは将来有望なラスボス枠。393イヤーは地獄耳かよ。
なんだか一瞬、未来ちゃんが俺の胸の辺りを黙って見つめてから「気のせいかな」と呟いた気がした。うん、気がした。
───この娘、いま……。
───地のエル、そんな馬鹿な話があるものか。
───だが、やはり……。
───覚醒の予兆さえ見せておらん。有り得ん!
「そ、そうだ朝ごはん食べよう! 未来ちゃんもまだでしょ」
「はい! いつもありがとうございます」
なんだか怖くなって急いでバイクに乗せてあるお弁当箱を取りに行く。未だに火のエルさんと地のエルさんが言い合いしているのを聞き流し、ファイナル弁当(なぜか13種類もある弁当箱)を手に未来ちゃんとベンチに座る。
JCを餌付けする成人(?)男性───もしもしポリスメン? このくだり前もやったな。とにかく警察もパトレンも呼ばないで欲しい。
これは単なる善意であり、平たく言えば趣味だ。え、餌付けが? やめろ。赤いライダーお二人を呼ぶな。料理です。料理が趣味なんです。
料理が趣味ってね、作る過程と出来上がりを楽しむものだけど、やっぱり誰かに食べてもらいたいわけよ。わかるでしょ同じ趣味を持つ人なら。
つまり、これは合法な餌付けなんですよ。アレ違うな。呼ばれるなエマージェンシーだなこれ。
「うわっ、トマトがすごく新鮮」
もきゅもきゅとサンドウィッチを頬張る未来ちゃん。
なんかもう犯罪でも良くなってきた。宇宙刑事だろうがハードボイルドだろうが、かかって来いやポリスメン。餌付けした女の子の笑顔守るためなら俺は闇落ちだって厭わないぜ!
見せかけの覚悟で気合いを入れ、ファイナル弁当の蓋を閉めようとした。そして一つの過ちに気付く。
「蟹刑事」
「?」
「いや、なんでもない。なんでもない」
おまえは……どちらかというと餌の方だから。俺は黙祷を捧げながら蟹マークの蓋を静かに閉めた。
***
「え、陸上の大会?」
「はい。選手権なんです」
「そっか、青春だなぁ。響ちゃんと応援しに行っていい?」
「是非! 約束ですよ!」
「う、うん」
恐らくは今日一番の笑顔を見せた小日向未来を前に、愚かな仮面ライダー津上翔一は頷くしかなかった。
大量の感想ありがとうございます。感謝の極みです。全部読んでおりますが、恐縮ながら返信の方は少し待っててください。さすがに多い…(´・ω・`)
それとお気に入り4000突破ありがとうございます。きっとみんな適合者であかつき号に乗ってたから評価して頂いているのだと勝手に思っております。