仮面ライダーだけど、俺は死ぬかもしれない。   作:下半身のセイバー(サイズ:アゾット剣)

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みんなが忘れた頃に更新するクズ


♫.俺は振り切らなきゃいけないかもしれない。

 衝撃の火花を散らし、悲鳴を上げる両者の槍は虚空を貫く。

 突き抜いた得物を引き絞る時間はもはや意識に反する無の一瞬に近い。天羽奏は機関銃の如く目前の豹人擬きに向かって突き続ける。

 

 敵が用いる槍が急拵(きゅうごしら)えの模造品であることに気づいたのは、戦闘開始から然程の時間さえ要することはなかった。

 ノイズの体内から摘出された槍は(もろ)く、神の槍とさえ称された聖遺物たるガングニールが打ち合いに負ける理由はない。互いの矛先が弾き合うたび、ノイズの槍は軋むような酷い残響を上げる。

 

 一対一の打ち合いならば、敗北は有り得ない。

 

「そこォッ‼︎」

 

 奏の渾身の突きにより生じた摩擦が凄まじい熱を帯び、ノイズの槍は遂に耐えることができず、柄の中心からへし折れてしまう。武器としての役目を放棄し、ただの棒切れと化したそれを目眩(めくらま)しにロードノイズは奏に向かって投げ捨てる。

 

 しかし、それを素手で弾く奏に死角はない。

 勢いを増した歌声と共に穿つ一撃が吠える。

 得物を失ったロードノイズは奏の一突きを半ば受け止めきれず地面に背中を預ける。追い打ちを畳み掛けられるよりも先に、人間には到底不可能な関節の動きで素早く立ち上がり距離を取ろうとする。

 

「逃すかよッ! はァァァァ‼︎」

 

 投擲された神槍がロードノイズを完全に捉えた。───はずだった。

 

「おまえ、ノイズを盾に……?」

 

 頭部を鷲掴みにされ、その顔面に深々と神槍が突き刺さり、煤へと還る蛙のような形のクロールノイズ。

 カラン、と空虚な音を立てて地面に落ちるガングニールをロードノイズは踏みにじり明後日の方向へ蹴り飛ばす。その口角を歪な三日月に曲げて、嘲笑うかのようにゆらりと脱力する。

 元よりノイズに仲間意識があるとは思っていない。しかし、ノイズ自身の攻撃対象に含まれていない以上、同種は味方である共通認識は持って然るべきである。

 

 味方を盾にする行為に微塵の躊躇(ためら)いもない。これがノイズの本性なのか。それともこの豹人間が得た性質なのか。

 いや、元より常識などで考えること自体が大きな過ちだ。人類が作り上げた道徳心などノイズが携えているはずがないのだから。

 

『oΩ……orokana mono yo』

 

 両手を広げたロードノイズの前に軍団と化した他のノイズが割り込むように躍り出る。地面の色すら拝めない圧倒的な物量に奏は無意識に舌打ちを零した。

 

『seigi wa zetubou niwa kanawai』

 

 自身の胸を抉り、虚無空間に限りなく近しい体内から新たな槍を生成。痛覚など有るはずもなく容赦なく二本目の得物を己の肉体から抜き取る。

 その様子からして、恐らく武器はほぼ無限に生み出せるのだろう。何本折ろうと敵にとっては痛手には至らない。

 

「だったら本体を潰してやるまでだ!」

 

 武器(アームズギア)を失おうと天羽奏の戦意が失せることは決して有り得ない。

 素手でノイズに挑む。無謀ではない。彼女の澄み切った歌が止まらない限り、天羽奏という戦姫が雑音に呑まれることはない。

 

 彼女には守ると誓ったモノがある。この身にかけて倒すと決めたモノがある。そして、そんな彼女を信じてくれる人がいる。

 そのありったけを詰め込んだ音奏が尽きるまで彼女は片翼で在り続ける。大空こそが彼女にとっての戦場(ステージ)であり、その歌声が響き渡る限り誰も天羽奏の飛翔を止めることなどできはしない。

 

 それこそが奏を戦姫たらしめる理由他ならない。

 

『aA……nanto itooshii……〝tumaneba(摘まねば)〟』

 

 愛。勇気。挫けぬ心。───それらがロードノイズの癪に触った。狂った思考回路(プログラム)がそれを許さなかった。

 ノイズの群れで形成された肉壁を越えた奏がロードノイズに殴りかかるが、繰り出された拳を顔面で受けることなく首ごと九十度に曲げて避けると、ブリッジめいた奇怪な動きから十メートルほど後方に跳び上がった。

 

「はぁ……はぁ……ちょこまかとッ‼︎」

 

 奏の体力も限界に近い。ギア制御薬である『LiNKER』がもたらすタイムリミットもすぐそこまで来ている。

 一方、ノイズの量は減ることを知らない。絶えず出現し続けているのかもしれない。こちらの援軍は微塵も期待していないが、相方も同じ状況に陥っているとすれば、ずっしりとした重みを帯びた危機感と焦燥が背中を駆け巡る。

 

 倒すべき敵(ロードノイズ)は既に後手に回った。奏の制限時間を理解して守りに入ったのだ。

 ならば、辺りのノイズ諸共消し炭にするような戦略的必殺技をもってして、速攻且つ確実に滅ぼさねばならない。不可能か? いいや、可能である。唯一の手段は既にこの手の中にある。───たった一度の捨て身の〝歌〟が。

 

「使うしかないのか、絶唱を」

 

 禁じられた奥の手───『絶唱』

 きっと、自分が歌えば間違いなく命は保たない。直接的に言えば、天羽奏は死に至るだろう。

 だが、状況は打開できる。

 この異分子(ロードノイズ)を放置してはならない。多くの罪無き人々が犠牲になってしまう。───それが奏にとって、何よりも一番の恐怖なのだから。

 

「あんたらの好き勝手にはさせない。悪いけど、地獄の果てまで付き合ってもらうよ」

 

 すぅと呼吸を整える。

 彼女は歌う覚悟を決めた。命を燃やす血の流れた絶唱(ウタ)を。

 心の底から湧き上がる想いを血潮に変え、全身全霊の音奏を響き渡らせるため、天羽奏は口を開いた。

 

「がァッ───」

 

 血が飛び出た。声ではなく、鉄の味がする大量の血が。

 胸元を見ると、剣が貫いていた。

 今まで感じなかった気配が背後から湧き出てきた。振り向くと同時、乱暴に剣を抜かれ、血潮が噴水のように舞う。

 

「二体、居たのか、最初から……」

 

 途端に重くなった瞼の隙間から見えたのは、山吹色をした同じ豹型のロードノイズの残酷な嘲笑。

 最初から居たのだろう。隙を伺っていたのか、単に傍観していたのか、今となっては判らないが、絶唱を放つ寸前の状態は如何に装者であれ格好の的。殺すのは何よりも容易い。

 意識が揺さぶられ、両膝が地に着き、スローになった世界にその身を預けて辺りを赤に染める。

 

 痛みがないのは、もう肉体が生きることを諦めているのかもしれない。

 

『korekara wareware wa kakureta ningen o 〝minagoshi(みなごろし)〟 ni iku』

 

 意識が叩き起こされるような聞き捨てならない言葉が脳裏に響いた。確かに言った〝皆殺し〟と。

 

『zetubou to tomo ni shinitaerugaii』

 

 二体のロードノイズの背中が見える。その後をノイズの大群が列を為し、さながら蹂躙を目的とした侵略者の進軍である。

 トドメを刺さずとも奏の命は風前の灯火である。残った時間で自分の無力さを呪い、これから消えてしまう命に懺悔しながらゆっくりと死ねとでも言うのか。

 

「まて……まってくれ……」

 

 手が動かない。足が言うことを聞かない。

 薄れる視界に、これからか弱き雛たちを腹満腹に食らおうとする豹が映る。その手に握られた真っ赤な剣を更に染め上げるのか、それとも何もかもを灰色の無へと変えてしまうのか。

 

 やめろ、やめてくれ───。

 

 なぜ、殺す。

 

 なぜ、奪う。

 

 装者以外の人間に力はない。抗えるだけの強さはない。

 お前たちの敵は私だろう。私を殺せばいい。私を奪えばいい。

 徐々に意識がこびりつくように固定される。反して身体は糸の切れた人形のよう。己の弱さが導いた殺戮ショーがこれから開かれると思うと絶望が全身に駆け巡り、恐怖で気絶することすらできない。

 

 待ってくれ。頼むから待ってくれ。

 叫ぶ声が自分のものだと気づく。

 

 手を伸ばしても届かない。

 こんな悲しみがあってたまるか。

 

「まてよ、やめろよ……」

 

 誰でもいい。あたしの命はどうなってもいい。だから、誰でもいいから、お願いだから、平和を生きるみんなを、弱き者たちを───。

 

「守ってくれ……救ってやってくれぇぇぇ‼︎」

 

 心のスピードが叫ぶ。

 はち切れそうな喉を震わせて祈りを込める。

 ただ一つ響き渡る天羽奏の絶叫に近い願い。誰に届くはずもないが、死を直前とした奏は心臓が止まらない限り、信じるしか道がなかった。

 

 静寂に包まれた残酷な世界。

 叫び続ける奏の心。

 奏には、どちらが現実なのか、判断できないほど弱り果てており、不意に聞こえた叫び声にも大した反応は示せなかった。

 

 誰の声だろう。

 

 あたしの声だろうか。

 

 それとも知らない人の声だろうか。

 

 声───いや、この〝音〟は。

 

 聴こえるはずのないエンジン音は誰の叫びなのだろうか。

 

 

 

***

 

 

 

 本当に彼は来てくれるのだろうか。

 

 ふと、小日向未来は選手控え室でそんなことを思った。同じ部活動仲間たちが着々と筋肉をほぐしている横で、一人ロッカーにもたれて携帯電話を握りしめる。

 

 津上翔一は常に忙しい。

 昔、立花響お好み焼きを食べに行った時、いつ休んでいるのかと響が軽い気持ちで問うたことがある。すると、彼は虚無を宿した真っ直ぐな瞳で「働いてる時」と意味不明な迷言を残した。

 響も未来も「は?」と声を揃えてもそれ以上語るべきことはないと翔一はヤケに縮こまった背中を向けて仕事に戻っていった。

 

 あの時ばかりは本気で心配になった。

 

「働き過ぎるし、約束はすっぽかすし、よく壊れるし、たまに一人で喋ってるし……」

 

 不満は多々ある。それこそ数え切れないほど。

 どこか遠くへ向かって加速していく背中にどれだけ手を伸ばしても届くことは叶わない。清々とした感情とは真逆の想いを抱えながら、それでも未来は彼に手を伸ばす。情景とは違うはず。嫉妬など以ての外。

 これは単純な願い。もっとも理解しやすい素朴な感情の一つに過ぎない。

 

 純粋な想い。誰もが一度は持つであろう簡単な心。だからこそ、未来は何の根拠も持たずとも信じようと思えたのだ。

 

 どうか、あなたのままでいて。───待ち受け画面のエプロン姿でフライパンを持つ翔一の横顔。大きな欠伸をする瞬間を捉えたのは奇跡に近かった。

 こんな阿呆な表情をする彼だから、きっと未来の心情も響の心中さえ気付いてはいないだろう。鈍感が服を着ているような人だから、きっと今も何か勘違いしているのかもしれない。

 

 それでもいい。勘違いでも、すれ違いでも、誤解の果てに傷ついてたとしても、彼のやる事は天地がひっくり返っても変わらない。変わるはずがないのだ。

 

「きっと来てくれる。うん、翔一さんはそういう人だから」

 

 嵐のように掻き乱し、そして最後には必ず満天の虹をかける。どんな悲しみも拭い去って、どんな苦しみも忘れさせて、みんなに笑顔を取り戻す。

 彼はそういう人間だから。

 彼自身、そんな特質に気づいていなくとも、少なくとも未来は知っているから。

 

「よしっ」

 

 未来は携帯電話を閉じ、自分も万全の状態を整えるために準備運動を始める。

 みっともない姿を彼に見せたくはなかったし、悔いは残したく無かった。どんな結果であれ、せめて満足気な笑顔でゴールすれば、彼はきっと笑って褒めてくれる気がしたのだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 雑音を切り裂くエンジンの鼓動。

 蜃気楼さえ霞んでしまう黄金の神格が遥か彼方の地平線に見えた。

 

 幻覚かもしれない。

 太陽の光が天羽奏の視界を有耶無耶にする。

 あの夜、風鳴翼と共に敗北した金色(こんじき)の生物。桜井了子曰く、イラクの古代遺跡で発見されたイコン画に描かれた存在に酷似していると言う。

 

 それは天に抗うため、天から与えられた力。

 生を貪り死を蔓延させ、争いを生み堕とす不の生命。

 聖遺物とは(ことわり)そのものが違う神代の異物。

 万象悉くを置き去りにする超越進化の魂。

 

 未確認生命体第2号───いや。

 

「アギト……」

 

 遠のく意識でさえ、天羽奏ははっきりと断言した。

 それを呼応するように加速するマシントルネイダーはノイズの群れに飛び込み、巧みなドリフトを用いて蹴散らしていく。

 ノイズたちがアギトの存在に気付き、歩みを止めて戦闘態勢に入るが、誰も彼のスピードを緩めることすらできない。

 

 不意に目が合った。

 何も語らぬ真っ赤な複眼が戦う力を失った奏を見つめる。

 哀れんでいるのか、呆れているのか。もう動けないのかと挑発しているのかもしれない。あるいは、邪魔だと一蹴しているかもしれない。

 

 だが、今の奏にとってはどうでもいい。

 どう思われたって構わない。

 ただ、一つだけ───掠れた声帯を震わせて懇願する。

 

「頼む、あいつらを止めてくれ。じゃなきゃ、多くの人が死んじまう」

 

 私のことはどうなったっていい。

 今この場でお前に殺されたっていい。

 ノイズに蹂躙されて煤塵になっても構わない。

 だけど、戦いを知らない平和の中で生きる人たちだけは、あの笑顔だけは───!

 

「助けてやってくれ、アギト(・・・)ッ‼︎」

 

 見つめていたのは一瞬。

 吐血するほどの願いを過去の敵に頼み込む。

 愚かだ、実に愚鈍で自分勝手だ。少し前までは次こそ必ず打ち倒すと血気盛んに語っていたのにもかかわらず、今では身体さえ動けば額を地面に擦り付けている勢いだ。

 

 愚かにもほどがある。

 だが、奏はそれでもよかった。惨めでも構わなかった。

 生命より大事なプライドなどない。この生き恥だらけの命を捨てて、守れる命があるのなら喜んで捨ててやる。

 

 最初は復讐だった。両親の仇だった。だが、そんな自分に「ありがとう」と言ってくれた人がいた。初めて誰かに感謝された。初めて歌が好きになれた。

 天羽奏という抜き身の刃が人間になれた。壊すだけの存在が守るための歌姫へと変われた気がした。

 

 自分の歌で誰かを救えるならば。

 

 自分の生命(いのち)が、誰かの生命(いのち)を紡ぐならば。

 

 この心が、誰かの悲しみを救えるならば。

 

 消えてしまいそうな命一つ守れるなら───。

 

「頼む、お願いだ……ッ!」

 

 力無い手を握りしめる。頬を伝う涙が零れ落ちる時、予想しようもしない異変が起きた。

 

 涙が落ちなかった。

 

 拭われた。温かな手でそっと優しく。

 

 幻覚を見た。

 見知らぬ一人の青年が膝をつき奏の涙を拭って「俺もそうだよ」と微笑みかけた。

 

 〝だから、泣かないで。俺の戦う意味が無くなっちゃうからさ〟

 

 きっと、それは幻覚に違いない。

 でなければ、ここにいるもう一人(・・)の背中が見えるはずがない。

 強い背中───何かを背負い続ける戦士の重み。それは名であり、歴史であり、世界であり、己の唯一の存在理由。

 現在(ここ)にある(ことごと)くを振り切ったとしても、ブレーキを踏むことを辞めた進化の先にあるもの。

 

 そうか、これが……。

 

 〝大丈夫。悲しみぐらいは俺が背負うから〟

 

 正義の戦士───仮面ライダーか。

 

 その瞬間、天羽奏の世界に嵐が吹き荒れた。

 左サイドバックルを叩くことで喚び起こされる青の進化。

 賢者の石から召喚される得物は〝矛〟のような武器。凛とした青き長柄の両端には澄み渡る金色の刃。

 

 それは心であった。

 人は誰しも時折々の心を秘めている。悲しみに暮れ、怒りに震え、やがて喜びを胸に抱く。

 戦士は人である。人間であるが故に心を持つが、その心は時として己を食らう敵ともなる。悲哀も忿怒も歓喜さえも戦いには必要あるまい。

 

 故に、不動を極めよ。無窮の底で凪の如く静かに刃を研ぎ澄ませ。

 感情を凶器とするのは一瞬でいい。打ち滅ぼすべき敵を葬り去るその一瞬だけでいい。

 

 ただ、その一瞬を〝嵐〟に変えよ。

 

 『超越精神の青(ストームフォーム)

 

 青く染まったアギトが鎧を纏った左腕に《ストームハルバード》を構えた姿を目視できたのは奇跡に近かった。

 少なくとも奏はそれを風としか認識できなかったのだから。

 

 音などしなかった。予備動作もなかった。

 

 しかし、嵐は巻き起こった。

 

 量で押し切らんと狭い路地に波と化した軍団として遅いかかるノイズたちが暴風に叩きつけられたかのように無残に弾け飛ぶ。

 やがて、宙に晒された雑音は不可視の風刃に成す術もなく裂かれて消える末路を辿る。

 

 その間、実に五秒───。

 

 ほのかに残る煤ですら、未だに吹き乱れる暴風に踊るのみ。その先に、青の矛を構えた戦士の背中が見えた。

 

 徒手空拳の地。

 剣術の火。

 そして、槍術の風。

 

「おまえは───……」

 

 何に至るつもりなんだ。

 人類にとっては未踏。神ですら躊躇を余儀なくされる領域。

 誰にも追いつけない。誰も辿り着けない。孤独の先駆の果てに何が待つのか。

 

 いや、そこに誰もいないからこそ───。

 

「A@aaaaaGITΩoooooo‼︎」

 

 アギトの背後から野生に帰るが如く純白の豹人間が獲物に襲いかかる。穿つ槍が青き戦士の心臓を完全に捉えた。

 だが、アギトの反応速度はそれをゆうに超えている。まるで、何事もないように静かに長柄を構え、無我の境地の果てに視える世界を何よりも優先し───再び、青の嵐と変わる。

 

 不意打ちにも関わらず、ロードノイズの槍を破裂するかのように素早く弾き、両刃を活かして流れるように敵の腹部に重たい斬撃を命中させる。

 槍術のカウンター。並大抵の技量ではまず不可能な域である。

 強烈な火花を散らしながら(ひる)む純白の豹はそのまま地面に転がり落ちるが、腹筋を使い無動作で飛び上がる。

 

『Aa……AGITΩ⁉︎⁉︎』

 

 剣を携えた山吹のロードノイズが重なり前に出る。紛いようもない怒りを露わに剣を乱雑に振り回す。

 

『omae wa yurusare nai⁉︎⁉︎』

 

 純白と山吹の二体の豹型ロードノイズがアギトに向かい突撃する。

 交わされる剣と槍の猛攻に対し、青き戦士は一片の焦りすら見せず、ただ防御に徹し()なし続ける。風が止まらぬ限り、その心に嵐が吹き荒れる限り、万物を超越した精神が曇ることは無い。

 

 達人的な戦闘術をもってして攻撃を受け流し続けるアギト。鮮やかな曲線を描いたロードノイズの剣が青き矛に完全に防がれ、腹部に鋭い蹴りを返される。

 後ずさる山吹のロードノイズ。追撃させまいとアギトの背後から純白のロードノイズが豹の獣目を輝かせた。

 

 振るわれる槍。貫かれるはずの肉体の代わりに(やじり)が蹂躙したのは虚空というの名の地面(アスファルト)。既に二手先まで読み尽くしている風の戦士は脇腹に重たい斬撃を入れると両端の刃を巧みに用いてノイズの胸元に深く突き刺した。

 純白の豹型は矛を抜こうと(もが)くが、それよりも早く青の戦士の飛び蹴りを喰らい吹き飛ばされる。

 

『agito shinaneba korosaneba‼︎』

 

 山吹のロードノイズが怒涛の勢いで突貫する。素手になった青きアギトに為す術はない。接近すれば分があるのはこちらだ。───それこそが間違いだと知らずに。

 左腕の装甲に風が舞う。纏うように突風が文字通り鎧の如く左手に集まっていく。アギトは獣の如く姿勢を低くし、敵との交差を待ち───。

 

 すれ違い様、竜巻(トルネード)と化した手刀(チョップ)が山吹のロードノイズにカウンターとして叩き込まれる。

 津波の如く暴発的な衝撃がロードノイズに直撃。抵抗など無意味と言わんばかりに上空へ吹き飛ばされる豹人間は大きな集合住宅にクレーターを作り、嘔吐にも見た悲鳴と共に無様に大地に落下した。

 

「o……Ωo……AGitΩoooooooo⁉︎」

 

 震える脚で立ち上がるものの、頭上に欠けた光輪を輝かせたかと思えば、断末魔と共に爆散し煤塵へと変わる。

 

 なんだ今の技は……?

 もはや、死にかけていることすら忘れ茫然と青き化身を見つめる奏。自在に風を操っているとしか思えない絶技。あのロードノイズすら耐えきれない暴風が込められていたとしたら、アギトは火の他に風も制していることになる。

 

「強ぇ……」

 

 感嘆が漏れる。

 アギトは残るロードノイズの槍を受け流しつつ、深々と突き刺さったストームハルバードを抜き取る。

 よろめく純白の豹人間。その表情は張り詰めたように固い。

 背後に多数のノイズが呼び起こされた死者の如く出現する。盾にでもするつもりなのだろうロードノイズは一歩ずつ慎重に後退していき、現れたノイズの群れは血気盛んに突撃を開始する。

 

 ───逃がすと思ったか。

 

 嵐の矛の金色の刃が展開される。

 解放されたストームハルバードを空中に円を描くように回転させる。その軌道は風を集め、やがて有り得ない旋風を───いや、青き嵐を生み出す。

 東西南北あらゆる方向に流れる無尽の烈風はノイズたちの動きを完全に封じる。ここがお前たちの断頭台であることを示すように力無きノイズは膝から崩れ落ちていく。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 嵐と成る処刑人は自らが生み出した嵐の中で、解き放たれた戦斧の矛を前面に構える。

 明らかな矛であるが斧でもある所以に相応しく、その金色の刃には暴虐たる自然の憤怒が込められていた。

 青の嵐───その心は純粋無垢たる怒りの風。破壊の限りを尽くす殲滅の刃。

 

 まさに《嵐の戦斧(ストームハルバード)

 

『nNuUoOooooooooooooo⁈⁉︎』

 

 逃げ場を失った純白のノイズが自暴自棄な雄叫びと共に嵐へ飛び込む。

 アギトもまた嵐を纏った戦斧と共に疾走。

 

 すれ違いざまに力場を失ったノイズに一閃ずつ叩き込みながら駆けるアギトに対し、嵐に呑まれてたまるかと不恰好ながらも豹人間は一心不乱に走り続け───。

 

「ハァッ‼︎」

 

 ただ一撃、その腹部に貰い受ける。戦斧のかち割るが如し無慈悲な破壊の一撃を。

 

 【ハルバードスピン】

 

 そして、嵐が止んだ。

 天に還る煤塵へと姿を変えるノイズたち。

 頭上に割れてしまったような光輪を浮かべ、苦悶の絶叫を上げるロードノイズ。

 

『nazeda⁈ NaZeKaTe NaI⁈⁈ AGITO wa AGITΩ ha───』

 

 見下げるように佇む仮面の戦士へと手を伸ばし、憎悪の瞳が静かに死に際の言葉を紡いだ。呪詛めいた暗黒の言葉を。

 

『〝いずれ、おまえはすべてを壊すだろう(izure omae ha subete wo moyashitulusu)〟』

 

 爆散する純白の豹。

 アギトは何も言わず、静寂に身を任せて踵を返す。

 奏が覚えているのは精々ここまで。エンジンの残響だけが記憶の片隅に轟いていた。

 

 次に彼女が目覚めたのは病室であり、目に飛び込んできたのは泣きながら自分を抱き締める相方の姿だった。

 

 

 ***

 

 

 

 おかしい。

 つっこまざるを得ない。

 

 変なノイズたんがいて、奏の姉貴がやべぇから行けやとエルさんたちに煽られて、潔く断ると火のエルさんと地のエルさんの「オイオイオイ」「死ぬわアイツ」と炭酸抜きコーラで死ぬレベルの言葉で止むを得ず急行し、現状把握後すぐに残業が決定してしまった。

 やめろや。急いでる言うてるやん。奏ちゃんもメッチャ血出して泣きつかんといてぇ……。なんか俺が悪いことしてるみたいやんェ……。

 取り留めのない怒りと悲しみが混ざり合った絶望にも負けず、ストームフォームのゴリ押しでなんとか倒し、御三家に土下座してまで使わせてもらったスライダーモードで間一髪ギリギリ会場に間に合った。

 

 そう、間に合ったのだ。未来ちゃんが自己ベストを塗り替えた瞬間、息絶え絶えな俺は汗を吹き出しながらも平成二期のライダーベルトにも負けないテンションで狂喜乱舞した。(周りの人には白い目で見られた)

 未来ちゃんと目が合った時には、思わずサムズアップしてしまうぐらいにはしゃいでしまい、それから響ちゃんと合流して、しばらくしてから未来ちゃんも来てお弁当食べてから唐突に事は始まった。

 

「と言うわけで遅刻した翔一さ〜ん、罰ゲーム〜!」

 

「おかC」

 

 小悪魔的な笑みを浮かべる響ちゃん。すぐさま異議を唱える。

 

「お、俺、間に合ったよね? ちゃんと未来ちゃんと目合ったよね? ね?」

 

 未来ちゃんに捨てられた子犬のような目で見つめるとすっごい笑顔で、

 

「はい。私がゴールテープを切って自己ベスト更新した時、目が合いました。……それ以前は探しても見つからなかったのに」

 

 ハイライトオフ。光が死んだ。闇の時代の到来である。

 

「せ、せやかて、ウチも頑張ったし……」

 

「結果が全てですよ翔一さん」

 

 なぜか響ちゃんがそんな得意気な顔をしているのかボクにはわかりません。てか、なんでそないなことゆーてしまうん? 鬼なん? 鍛えてんの?

 

「ともかく罰ゲームは受けてもらいますからね!」

 

 響ちゃんに右腕を掴まれる。胸に当たってるとか、そんなことどうでもいいぐらいに得体の知れない恐怖心に俺の心はボドボドなんだけど。ちなみに身体もry

 意を決して振り切ろうとするものの、今度は左腕を深淵と化した無の微笑みの未来ちゃんにもっていかれる。いや、掴まれてるだけだけど。響ちゃんとまったく同じ感じなんだけど、なんでかもうバッドエンドな気がする。

 

「受けてもらいますからね、バ、ツ、ゲ、エ、ム」

 

「ヒェッ」

 

 ちゃんと未来ちゃんがゴールする瞬間は見たのに、この仕打ちとは解せぬ。俺はどこに助けを求めればいいのだろうか。労基かな?こんな時こそ労基かな?

 

 ───逆に言えば、そこしか見ていないのだがな。約束は果たせておらんだろうに。

 

 火のエルさんそこは違うでしょ。ちゃんと応援してたんでしょう?ノイズたん杖で殴りながら応援してましたもん。未来ちゃんファイトーって、ガチファイトしながら応援してましたもん。

 

 ───汝の頭の中はひたすらに『ギャァァァ⁉︎シャベェッタァァァキメェェェェ⁉︎』だったろうに。

 

 て・へ・ぺ・ろ☆

 

「あ、今なんか受信しました。すごくムカつきました」

 

「奇遇だね未来。これはいつもの翔一さん反省してないパターンだよ」

 

 あっこれはオワタ。

 

「誰かたすけてぇぇぇぇぇ!」

 

 とりあえず、何振り構わず叫ばずにはいられなかった。

 だって仮面ライダー辛すぎて、そのうち俺は死ぬかもしれない。いや、多分これは死ぬな過労死or過労死で。もしくは原作女子による変死かな? なにそれ怖い。

 

「翔一さんは視野を広げすぎなんです」

 

「ゴメンナァサイ……」

 

 逃さまいと未だに俺の腕を固めている未来ちゃんがため息を混じりに言った。どうやら、今回のことは相当おこならしい。

 五代さん張りのサムズアップした時は物凄く喜んでサムズアップ返してくれたから、機嫌いいと思ったんだけどなぁ……。敵はノイズだけではなく、思春期の乙女心もか。そろそろ加齢臭がするとか言われるかもしれない。精神的にも死ぬかもしれないなこれ。仮面ライダー辛ッ。

 

 ああ、でも……。

 

「だから、今度はちゃんと私を見てくださいね」

 

 それでも嬉しそうに笑う未来ちゃんを見て、死ぬかもしれなくてもまだ頑張れるような気がした。

 仮面ライダーだけど、子供の笑顔は振り切れないかもしれない。

 




やっと原作ライブに行ける!

Q.原作が始まるとどうなる?
A.オリ主が死ぬ(直球)


ちなみに更新が遅いのは作者のせい。ガチャは美しいぐらいに爆死してる。泣きたい。

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