仮面ライダーだけど、俺は死ぬかもしれない。   作:下半身のセイバー(サイズ:アゾット剣)

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何度でもいいます。歌は気にするな(フラグ)


♪03.果てなき希望

 原作って、いつから始まるのだろうか。

 素朴な疑問はいつしか自分の中で勝手に消化されていた。解決しようのない大きな問題。原作前という現状に甘えて、居心地の良さに能天気になっていた。

 

 この世界は確信的に間違いようもなく『戦姫絶唱シンフォギア』であり、原作には必ずはじまり(プロローグ)がある。

 そこでは一人の少女が命を断ち、一人の少女は過酷な運命を背負うことになる。二人の悲しみはやがて多くの人々を巻き込み、物語は光と闇を混ぜ合わせながら進んでいく。

 

 シンフォギアはそんな絶望に満ち溢れたスタートを切らねばならない。だが、それは物語を開始する必要不可欠な必須条件。避けるという選択肢ははなから存在してはならない。

 正義の少女の死と無垢なる少女の悲劇。

 この二つが揃わねば物語は始まらない。これから世界に降り注ぐ様々な危機を乗り越えることができない。

 

 だから、原作改変は正しいことなのか?

 天羽奏を生かし、立花響を戦いの世界から無縁の世界へと遠ざける。

 それは本当にシンフォギアの世界にとって正しいことなのか? それで世界は平和を保てるのか?

 

 迷いがあった。

 

 自分自身が置かれた状況。あてのない終わりまで踠き苦しみ続けることを強いられた。

 初めてその力を振るった時、この手に世界の運命を捻じ曲げるほどの力が眠っていると感じた時、それは必ずや直面する大きな課題だった。

 この力があれば変えられる。確信した。だからこそ、辛かった。

 

 此処を一並行世界と称したところで、そこにあるのは等しく命である。無数に広がる幾万の未来という名の枝をへし折り、全く異なる苗木を育てて自己満足に浸るようなことはしたくない。

 はっきり言おう、俺は正義ではない。悪になるつもりはないが、断じて善性なるものではない。犠牲を払う覚悟もなければ、すべてを守り切る自信もない。

 

 俺はただの人間だ。

 弱くて醜い一人の人間だ。今の今まで逃げ続けてきた愚かで滑稽極まる人間なのだ。

 

 だから、まだ答えを出せずにいる───はずだった。

 

「なぁ、あんた大丈夫か? 顔色ヒドいぞ」

 

「ダイジョブダイジョブ…モンダイナァイ」

 

「いや、その消え入りそうな声からして大丈夫じゃないだろ。いいから肩貸すよ」

 

 なんか知らんけど目の前に天羽奏(イケメン)ちゃんがいる。トップアーティストなのに、社会のど底辺を這い続ける俺がエンカウントしちゃってる。いいのかそれで。俺は良くない。だって、この前置き去りにしちゃったもん。血とかドバドバ出てるのに逃げちゃったもん。十中八九恨まれてるよ絶対に。

 ああでも落ち着いて俺。今の俺は仮面ライダーでも顎でも帝でもない。ただの過労死寸前のアルバイターよ。ちょっと魂がイデアに片足突っ込んでるだけの極普通の青年よ。

 

 バレてないバレてない。落ち着いて過去の回想に行こう。

 

 

 〜《回想シーン》〜

 

 

「翔一くん、顔色すごく悪いわね」

 

 バイト先兼寝床でもあるお好み焼き屋さん『ふらわー』の女帝であるおばちゃんに唐突に言われた一言がすべての始まりであった。

 毎度のことながらノイズたんとの過剰な有酸素運動をこなし、ついに地のエルさんから「次からクロスホーン解放縛りな」と一刻も早くこの世知辛い世の中から解放してくれと願わんばかりの死刑宣告を受けた俺は懲りずにバイトに励んでいた。

 鉄板の上でお好み焼きをひっくり返しながら半ば意識が飛んでいたので「そーですかね」と思わず生返事をしてしまう。常時デッドヒートな俺が一年間で得たオートモードには便利なトーキング機能が付いているのだが、お喋り盛んなJC相手に「わかる」「それな」を返してその場を凌ぐ(後々怒られる)程度なので意味はない(意味ねーのかよ)。

 

「働きすぎじゃない? 特殊メイクみたいな(くま)ができているわよ。ちゃんと休んでる?」

 

「何言ってんですか。休んでますよ」

 

「いつ?」

 

「今ですね!」

 

 弾けるような香ばしい匂いが特製辛味噌お好み焼きの完成を知らせる。お皿に乗せて「カラミソ!カラミソ!」と鼻歌を絶唱しつつ、お客さんの席まで軽やかな足取りで持っていく。ああ、なんて楽なお仕事。わけわかんないノイズたんやマジ意味不明な大天使の相手より何千倍も楽なお仕事である。笑顔だって自ずと作れるし、気付いたら閉店時間になってるし、締め作業とか目閉じててもできるんだよ。

 最高かよこの仕事。日本に住まうブラックアルバイターに分けてやりたいこの気持ち。

 死を目前とした過労でトチ狂っている男の背中を哀れみの目で見送るおばちゃん。お昼のピークをお終えた後、在庫チェックをしていた俺に深刻な眼差しでどこかの連絡先を握らせた。

 

「今日はもういいから休んで病院に行ってきなさい。今すぐに」

 

 というわけで、まことに遺憾ながらも病院へGOしたわけです。

 おばちゃんの紹介もあって、大学付属病院とかいう大きな病院に足を運び、なんだか懐かしいなぁ〜と思いふけながら軽い診断を受けた。

 

 お医者さんからは「明らかに過労が原因なんだろうけどおかしいね。普通なら死んでいてもおかしくない状態なのに、肉体が順応してしまっている。もはや、人類学では説明できない領域だ。細胞一つひとつが君を生かす方向ではなく、どうすればより長く活動できるのかを追求している。未だ過労死しないのはそれ以上のスピードで肉体が進化しているからだ。

 恐らく、このまま行けば君はいずれ死んでしまう。脅しじゃない。人間から遠ざかろうとしている肉体とそれを拒む精神では、近いうちに必ずや破綻する。悪いことは言わない。入院して絶対安静にしなさ───」

 

 と言われると、手が滑ってお医者さんから奪い取った自分のカルテを頭で叩き割ってしまった。額から流れる血を拭いながら「へへっ、命だったものが辺り一面に転がってやがる……!」と草加スマイルで言うと精神科を勧められたので二度と病院には行かない。今度行く時は過労死した時だぞ覚悟しとけ。

 

 ───愉快なまでに壊れてきたな汝。

 

 ───今のは我等ですら軽く引いたぞ。

 

 お黙りくださいエルさんたち。

 誰であろうと俺を人間道から排斥しようとする奴は許さない。もはや畜生以下だけど、それでも人間だけはやめないと誓っているんです。

 

 ───もう無理だろ。

 

 頭の中で三連続の溜め息が聞こえる。三大天使からのお墨付きを貰ってもなお、自分は人間だと信じて疑わない心をこれからも大事にしようと思っています(感想)。

 

「お薬の味しないなぁ……」

 

 駐車場に停めておいたバイクに向かう道中、お医者さんに半ば強引に渡された栄養剤をスナック感覚で頬張る。味もしないし、アギトの肉体では薬の効能など意味を成さないのだろうが、それでも人間的論理感では足りていない栄養素が如何せん多過ぎるので摂取を怠わない。ていうか欲しいわ。ビタミンとか鉄分とか超欲しい。

 少し前まではカフェインの塊である怪物の力や翼を授けてくれる赤い牛に頼っていたが、もはや身体が順応してしまったため、セルフで眠気とか気だるさが喪失してしまっている。ものすごく今更感があるのは仕方がないが、俺は人間であるために正攻法で栄養を補充しようと最近は努力している。

 

 ───ちなみに、汝の身体が欲している栄養についてだが。

 

「あーあぁぁぁぁーっ! 聞きたくない聞こえない何も聞かせてくれなーいっ‼︎」

 

 時には現実逃避だって必要だ。地のエルさんの言葉ひとつで死ねる自信がある手前、割れ物注意の札を後頭部に貼っておいた方が利口かもしれない。ホテルには誘わないし、ダサい服のセンスもないけど。

 

「お兄ちゃん危なーい!」

 

 エルさんたちのパワハラと戦っていると突然警告と共に横から野球ボールが飛んできた。割と豪速球。軌道は真っ直ぐ顔面コース。百均とかで売ってるゴム製だろうが当たれば少しは痛い。

 ふっ、そんな球に当たるほど仮面ライダーはノロマじゃないのさ! ───自信があったので、余裕を持って華麗に回避しようと試みた瞬間───。

 

「ゔっそぉぉんッ⁉︎」

 

 バ ッ ト が と ん で き た 。

 

 放たれた野球ボールに隠れて、手から滑り落ちたような事故性を感じさせる予測不能な軌道を描く野球バットが俺の顔面にストレートを打ち込む。ついでにボールも当たってしまう。なにこれ。

 俺はいつから野上良太郎になってしまったのだろうか。倒れゆく意識の中、己の運の無さを恨んだ。……イマジンみてぇな天使飼ってるから最初からか。ああ、でも、佐藤健ぐらいのイケメンになれるならプラットフォームでも戦える気がする。

 

「……いや、やっぱ無理ィ」

 

 そうして地面にダイブ。もしかしたら、こんな軽い衝撃をトリガーに肉体が溜まりに溜まった過労とストレスに耐えかねたのかもしれない。お医者さんの言葉によって暴発していた可能性もある。じゃなきゃ身体が言うこときかない理由が見つからない。まあ、それでも意識を手放さないのは社畜の意地なんだけど。

 んん〜ッ↑↑ 久しぶりの地面(ガイア)の味だぜ〜↑↑ しょっぱい……↓↓(末期キチガイテンション)

 駆け寄ってくる大量の足音が聞こえる。なんとか目蓋をこじ開ければ四、五人の子供たちが心配そうな目でヤムチャみたいに倒せた俺を見ている。

 よし復活のお時間だ。ばいばいガイア。こんにちわコロナ。まじ怪我とかしてないから。まじ生き恥晒してピンピンしてっから「お兄ちゃん死んじゃったの?」とか言わないでぇ……。

 

「おい大丈夫か⁉︎ 怪我とかしてないか⁉︎」

 

 一際目立つ大人びた少女の声がすぐ横から聞こえる。「平気平気、へっちゃらですよ」と笑いながら起き上がると、少し視界が揺らいだ気分になる。

 如何に直撃したとはゆえ、ボールはゴムでバットはプラスチック製の物だった。常日頃からトラックに吹き飛ばされるような暴力と戦っている仮面ライダーの脳が朦朧とするほどの衝撃はなかったはずだが……。

 

 顔を上げて、ようやく理解した。

 

「大丈夫か? 顔色ヒドいぞ」

 

 ゆっくりと焦点が合わさると滲んだ痛覚が時の彼方へランナウェイ。いいや、そんな馬鹿なと自嘲するものの茜色の長髪を視界に入れた瞬間、沸き立つ悪寒が確信に変わる。

 天羽奏───前から色々な意味でお世話になってるトップアーティストである。ラフな患者服を着ており、倒れている俺を心配そうに見つめる体勢は前屈み状態で谷間がすごくディープなので俺がスペクターしてしまいそうなんですが。てか、なんでこんなとこにあわわわわわわ……。

 

「ダイジョブダイジョブ…モンダイナァイ」

 

「いや、その消え入りそうな声からして大丈夫じゃないだろ。いいから肩貸すよ」

 

 待って近づかないで。そんな薄い服で禁断の果実を押し付けられたら俺のバナナアームズがカチドキに(自主規制)。流石の仮面ライダーも鼻の下伸びちゃうからやめっ───奏ちゃんあれか、鈍いのか。ラノベ主人公的な人間性か。つまり、SAKIMORIはチョロインで俺もまたチョロインなのね。あっやべ、鼻血が……。

 

「と、とりあえず、ベンチかなんかに座らせてもらえると嬉しいな……」

 

 なんか色々と情けなくなってきたぞ。ほんとに俺は仮面ライダーなのだろうか。

 

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 命に別状はないとはいえ、天羽奏にとって安静の三週間はもどかしい怠惰の時間であった。

 何より、表立ってはツヴァイウイングのライブとして発表されている特殊災害対策機動部ニ課の大規模な聖遺物起動実験が控えている今───一秒足りとも時間を無駄にはできない。

 

 とはいえ、歌うことを止められている現状である。こっそり病室を抜け出し、同じく暇そうにしている子供たちと遊戯に浸るぐらいしかできなかった。

 最初は折り紙やお手玉といったレトロチックなもので我慢していたが、子供というのは一度愚図ると感染するらしく、外で遊びたいと泣きつかれたら奏は肩をすくめるしかなかった。

 

 結果、奏は子供たちを引率して病院内の庭園で球技をすることになった。幸い、運動が厳禁とされていたのは奏のみだった。

 いい機会だ。久しく身体を動かしていなかった奏はバッターボックスに立つと「ホームランいくぞー!」と意気揚々とバットを握った。

 

 もちろん、手加減はする。軽くボールを小突く程度だ。

 しかし、療養を強いられた戦姫の筋肉は完璧に解かれておらず、振るうと同時に手からバットが滑り投げられてしまう。咄嗟に子供に当たってはならないと気持ち上方向に力を込めてしまったため、そこそこな速度がついてしまった。

 

 子供たちの頭上より高めの軌道を描き、ボールとバットはそのまま通りがかった青年にヒットした。それはもう、物の見事に吸い込まれるようだった。

 ひ弱そうな青年は倒れる。「来世は福士蒼汰がいい」という訳の分からない言葉を残して。

 

 急いで駆け寄り、鼻血が漏れ出す青年をベンチに寝かせる。途中、青年の口から「平常心、俺の心に平常心」と呪文のような声が聞こえたりしたが気にしないことにした。

 頭を冷やすための氷袋を借りてくると奏は子供たちを置いて病院へと戻る。なんとか看護師から氷袋を貰ってきたものの、彼女を待っていたのは予想外の景色だった。

 

「お兄ちゃん、へたくそー!」

 

「なんだとぉ……負けるか! ぁあっ」

 

「へへーん。お兄ちゃん弱過ぎ〜」

 

 そこには子供と楽しげに遊ぶあの青年の姿があった

 子供相手に蹂躙される青年は両鼻にティッシュを詰め込み、子供に奪われたボールを必死に追いかける。奏には子供たちに弄ばれているようにしか見えない。なんとも頼りない。

 

「奏おねーちゃん! お兄ちゃんダメダメだから一緒にやろー!」

 

「えっ、あ、ああ」

 

 子供たちは拍子に抜けした奏の手を半ば強引に引っ張り、青年の横に立たせる。なんだか不安になってきた奏は静かに耳打ちをした。

 

「えっと、大丈夫なのか?」

 

「なにが?」

 

「鼻血とか出てたけど」

 

「あれは……不可抗力です」

 

 なぜ前屈みになるのだろうか。

 頭に浮かんだ疑問を振り払い奏は手を合わせて頭を下げた。

 

「とにかく、すまなかった!」

 

「いやいや、いいですよ。頭を上げてください。それにほら、サッカーはじまりますよ!」

 

 なにがそんなに楽しいのか、青年は目を爛々と輝かせるとボールに向かって走り出した。ひと目で手加減しているのだと判る動きに、青年が子供の扱いに慣れているのだと奏は直感した。

 ゆっくりと走り出し、奏も子供たちのサッカーに混じっていく。子供に戻ったようにはしゃぎながら泥だらけになる勢いでボールを蹴り上げ、無我夢中で駆け回った。

 

「ふはははは見よこの絶妙なバランスを!」

 

「すげー! 逆立ちしながらボールを足で挟んでる!」

 

「だけど、そのせいでまた鼻血が垂れてるー!」

 

「馬鹿なのか……?」

 

 一時間ほどしてさすがに疲れたのか、奏と青年はベンチに座り、未だ白黒のボールを追いかける子供たちを眺めながら他愛のない会話を交わしていた。

 

「子供って元気だな。あたしもまだ子供なんだけど、ヘトヘトだ……そういや、あんた名前は?」

 

「津上翔一。見ての通り、通りすがりのライダーです。そういうキミはあの(・・)天羽奏で合ってます?」

 

 一瞬だけ目を丸くして奏は笑った。

 

「なんだ知ってたのか」

 

「ツヴァイウイングのファンの友達がいるんですよ」

 

「へぇ、なんか嬉しいな。その子によろしく言っといてくれ」

 

「もちのろんですよ!」

 

「らいだーきっく!」

 

 妙な構えを取った子供がシュートを打ち、それを「らいだーぱんち!」と言いながら防ぐ子供。それを遠い目で眺めていた奏はぼそりと呟いた。

 

「仮面ライダー……」

 

「どうかしました?」

 

「いや、なんでもない」

 

 目を逸らし奏は逡巡した。

 仮面ライダーと呼ばれる未確認生命体第2号は世間的に知られてしまっているが、ノイズと戦うことができる装者については完全に秘匿された情報である。

 故に、唯一ノイズと戦える存在であると知られている第2号は確証もなく〝正義の味方〟であるという認識が高まっている。ノイズと戦う謎の生物に関する根も葉もない妙な噂だけが先走り、一人歩きした結果として半ば都市伝説と化していた。

 

 ───〝仮面ライダーは正義の味方〟

 

 そんな〝仮面ライダー〟を初めて見た時、奏は恐怖や驚嘆よりも純粋な哀れみを感じずにはいられなかった。

 自分でも不思議だった。ただ胸を荒縄で締め付けられる感覚だけが残った。理由(わけ)など分からず剣を交えた。やがて、哀れみは微かな悲しみを浮かべた。

 

 強過ぎた(、、、、)。どうしようもないくらいに強かった。神にすら届き得る力を持っていた。だからこそ、そこまでして強さを求めた意味が分からない。

 ノイズを滅ぼすためだとしたら───奏は何故、あのとき救われたのか。なぜ、あのような(・・・・・)幻覚を見たのか。

 

「翔一は、正義の味方っていると思うか?」

 

 奏の問いに青空を仰ぎながら翔一は考える。

 

「んー……いないと思いますね」

 

 なぜかフグのように膨らませた頬の空気をゆっくり吐き出し、転がってきたサッカーボールを子供たちへ投げ返した。またサッカーを再開する子供たちがあっという間に遠ざかっていく。

 

「いちゃいけないんですよ。正義に味方するよりも前に、俺たちには守るべきものがある。それを忘れちゃいけないんだ」

 

 翔一が見つめる先、そこには笑顔絶やさぬ子供たちがいた。まだ多くの可能性を秘めた未来を持つ子供たちがいたのだ。

 そうだ。大事なのは正義か悪かなどと言った話ではない。その先に救われた希望(いのち)があるのかどうかなのだ。極端な結果論かもしれないが、それでも奏には十分過ぎる答えだったのだ。

 だからこそ、奏は笑ってしまった。あまりにも単純だったから。それに気づけなかった自分がいたから。第2号がどうあれ、自分が変わることはないから。

 笑われたのだと勘違いした翔一が不服そうにまた頬を膨らませた。

「真面目に答えたのに……」

 

「いや、違うんだこれは。確かに正義の前に守らなきゃいけないものがあたしたちにはある。だけど、だからこそ───」

 

 〝正義の味方〟になるんじゃないのか。

 

「……いや、あたしにも分からない」

 

 喉元まで出かかった言葉飲み込む。

 何故か言えなかった。この青年に〝正義の味方〟が何たるかを伝えようとすると、得体の知れない嗚咽にも似た何かが邪魔をするのだ。

 だから、言葉ではない、今は───。

 

「──────♪」

 

 歌を唄おう。

 久しく発声練習すらしていなくとも、歌姫の繊細な旋律は心を奪われるに容易い。足を止めた子供たちは黙って奏の方へ集まり、その歌声に身を委ねていた。病院の窓がいくつも開かれた。誰もが用もない庭園に足を進めた。

 届けたい想いがあった。言葉にも形にもならない不明瞭なものだけど、自分でもよく分からないものだけど、どうかあなたに伝わってくれ。───だってこれはきっと美しいものだから。

 

「……そうだよ。やっぱり守んないと」

 

 突然、歌い出した天羽奏に翔一は微笑みながら静かに耳を傾けた。

 自然と生み出された握り拳を左胸に押し当て、この歌声を再び聴くための決意を背負う。〝正義の味方〟としてではなく〝仮面ライダー〟としての覚悟を。

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 ───どうやら、救われたのは汝の方だったな。

 

 火のエルさんが静かに呟く。

 俺は黙ってバイクのエンジンをかける。いくらバイトが休みになったとしてもノイズたんの猛烈出勤地獄は永久不滅だ。戦わなくてはならない。

 

 ───運命を覆す決意も、罪を背負う覚悟も、汝は総て持ち得ていた。揃っていたはずだ、己の正義を貫く信念が。

 

 何も言わない。何も言えない。だから、黙ってバイクを走らせた。

 正義を貫く信念なんてものは誰かの為に戦うカッコいいヒーロー達が持っているものであり、形だけを与えられた俺が持っているはずがない。紛い物の劣化版に過ぎないこの俺が。

 

 ───ただ、理由が欲しかったのだろう? 世界に抗ってまでそれを守る理由が。

 

 違う。違う違う。だって、これは正義なんかじゃない。どうしようもない欺瞞に満ちた我儘なんだ。だからこそ言い訳程度の理由を求めて何が悪い。

 俺は正義の味方なんかじゃない。カッコいいヒーローでもない。ただの人間だから。

 

「……やっぱり俺、見たくないって思ったんですよね」

 

 正義ではない。ヒーローなんかじゃない。

 俺は俺の理由で戦う。欲に塗れた人間だ。

 

「あの子たちの涙を見たくない。ただ、それだけですよ」

 

 子供の涙一つ、見たくないと駄々を捏ねた哀れな人間だ。弱くて醜い愚かな人間の一人なんだ。

 だから、今は戦う。この自分勝手な我儘を果たすために。

 

「変身───ッ」

 

 例え、そうして命尽きたとしても……。




もう皆様お判りになられたでしょうが、本当にめんどくせーオリ主なんです。仮面ライダーらしくないと言ってもいいでしょう。そんなオリ主がどうなるのか、もう少しお楽しみ下さい(オーワリノナイータタカイヲー)
あとXD一周年おめでとうございます(今更)。ガチャとか怖くて回せない(確定は別腹)

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