ハルトナツ   作:マスクドライダー

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どうにもIS&TS熱が再燃したので新連載です。どうぞよろしくお願いします。
某一夏TS系覇権二次創作に影響されまくって、いつか一夏TS作品をと考えていたので、それがようやく形となったといったところでしょうか。

拙い部分も多いかと思われますが、私なりに【いちかわいい】目指して頑張ります。


第1話 女の子になりまして

『おれのなまえは―――――――! よろしくな。おまえはなんてなまえなんだ?』

 

 ――――夢を見た。それは今も僕の記憶に鮮烈に焼き付けられた、セピア色と表現できるようなあの日の夢。僕が最初に彼と出会った日の夢。僕が始まった日の夢だ。

 酷くオドオドとした僕に遠慮もなく手を差し伸べた彼は、こちらの心情も知らずに満面の笑みを浮かべるばかり。だが僕はどうするのが正解なのかわからない。だから彼の言葉に応えられない。

 いや、わからないと表現するのもおこがましいだろう。だってあの頃の僕は、周囲に対して理解を向けようとも思わなかったから。

 母親ないし父親、または祖父の背に隠れているのはとても楽だった。そうしていれば、誰も僕の世界に入ってこようとはしなかったから。

 けど彼に常識というものは通じない。あろうことか彼は、僕を母親の陰から引きずり出してまで挨拶を交わそうとしてきた。

 だからなおさらどうしていいのかわからない。助けを求める相手であろう母親も、どちらかといえば彼の味方をしていたせいもある。そのまま僕が言葉を紡げないでいると――――

 

『……おまえ、なまえがないのか?』

 

 彼は少しばかり機嫌を損ねるかのように、一度手を下ろしてから僕にそう問いかけてきた。そんなことはない。名前くらいはある。

 それを声に出すことはできなかったが、首を左右に振ることでその意思を伝えた。すると彼は僕の反応に満足したかのように数度頷き、まるで何事もなかったかのように振る舞うではないか。

 

『―――――――だ! よろしくな!』

 

 彼にとっては当たり前の行動だったのだろう。しかしだ、僕にとっては初めての体験がまたしても襲い来ていた。だからこそ、今になっても夢に見る。

 だって僕がこういう態度でいても、そのうえで仲良くなろうなんていう意志が見られる人は初めてだったから。僕にとって、これがどれだけ新鮮だったかなんて彼は知らないだろう。

 僕は端的に言うのなら自分に自信がない。僕はなるべく他人に迷惑をかけたくない。僕はなるべく他人に怒られたくない。他人は怖いものだから。

 だから極力は関わりを避け、可愛くないよう思われるように振る舞った。初めから嫌われてしまえば、自分も他人も嫌な思いはしないだろ?

 だから今までと同じ態度で接したというのに、それでも彼は僕へと手を差し伸べてくれた。この手を取って名前を教えてくれと思ってくれた。

 瞬間、僕の中で何かが壊れた音がした。きっとそれは、僕の内気な心だとか、きっとそれは、僕の殻だとか。

 気づけば僕はゆっくりながら彼の右手を取り、確とその名を告げていた。

 

『――――ると……。ひむかい はると……です。よろしく……』

『よろしくな、はると!』

 

 僕がほんの小さな声でそう言うと、彼は心底嬉しそうな顔をしながら掴んだ手を激しく上下に揺らした。その様子を母と彼の姉が温かく見ていたのもよく覚えている。

 しかし、なんで今更こんな夢を見るのだろう。なんて、自問自答するまでもないのかも。だって、だってもう彼は、彼は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ル……。ハル……」

「……ナツ…………?」

「あっ、やっと起きた。もう朝だよ」

 

 まどろみの最中、鈴を転がすような可愛らしい声が俺の鼓膜をくすぐる。そちらへ目を向けてみると、俺からすれば直視していられないような美少女が微笑んでいた。

 まるで高級な絹のように艶やかな黒髪。洗礼された白磁のようにきめ細かな肌艶。長く上を向き、綺麗に生え揃ったまつ毛。健康的な桜色をした張りのある唇。……こんなの何度見たって慣れるもんか。

 ……いけない。起き掛けでボーっとしているのを合わせても凝視が過ぎる。俺は気を引き締める目的も含め、ギュッと両頬を抓ってから上半身を起こした。

 

「おはよう、ナツ」

「うん、おはよう。やっぱり一日の始まりは挨拶からだよね」

 

 俺がシャキっとしようという意志を持っていることに満足なのか、少女はなにか感心するかのように腕を組んでうんうんと頷いた。

 そのとき少女の胸にそびえ立つ双丘が柔らかさを示すかのように変形し、一瞬だけ注目してしまった。これはいけないと急いで視線を外すと、少女が俺を心配するのでなおさら申し訳ない気になってしまう。

 なんでもないから先に降りていてと伝えれば、首を傾げながらもそれに従ってくれた。俺は少女が階段を下る音を確認してから服を着替え始める。

 今日は土曜、休日だ。さほど慌てることもなく私服のTシャツへ袖を通すと、俺はふとタンスの上に飾ってある写真立てが目に入った。

 その写真立てにはあの日の少年と、その少年と肩を組んだ幼き日の俺が写されている。

 きっとその写真を眺める俺の表情は、言葉では形容し切れないものだったろう。今となってその写真は、思い出と言うにはあまりにも残酷なのだから。いたたまれなくなった俺は、写真立てをそっと伏せる。

 

「ハルー! ご飯冷めちゃうってばー!」

「あ、ご、ごめん! すぐ降りるから!」

 

 階下から響く騒々しい催促に身を震わすと、心中で慌てる必要がないと言ったことを訂正しながら自室を飛び出した。

 そう、もはや残酷なんだ。だってナツは、織斑 一夏は、俺の常識を覆したあの日の少年は、今や少女となり――――二度と元の性別に戻ることはないのだから。

 俺は頭を渦巻くそんな考えを振り払うかのように、必要以上に階段を踏み鳴らしながらリビングへと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モンド・グロッソをドイツで観戦?」

「そうなんだよ、千冬姉が特別優待してくれたみたいでさ」

 

 中学二年生も終わろうとしている冬、下校途中唐突に幼馴染ないし兄貴分ないし親友である男子がそう話題を挙げた。

 彼の名前は織斑 一夏。余談ではあるけど、俺は個人的にナツと呼ばせてもらっている。

 まさに眉目秀麗と表現するにふさわしい端正な顔つきと、呆れるくらいの鈍感がトレードマークだ。後者に関しては内面に関することだから少しズレてるけどね……。

 そんなナツのお姉さんはIS操縦者として有名であり、世界選手権にあたるモンド・グロッソなる大会を制していたり。

 で、そのモンド・グロッソの第二回大会がもうじき開催間近だとかなんとか。つまりお姉さんは二連覇がかかっているということ。

 俺としても姉として接させてもらっているし、フユ姉さんとか呼ばせてもらっているけど……。う~む、改めて思い直してみるととんでもない人と知り合いなものだ。

 それはさておき、フユ姉さんはきっと優勝するだろうなぁ。根拠のない自信というやつに近いが、あの人が負ける姿がなんとも想像しがたい。

 

「そっか、それは良かったね。俺の分もフユ姉さんを応援してあげてよ」

「なにも自慢したいとかじゃなくてだな。というか、なんで置いて行かれる前提だよ?」

「なんでも何も、一枠しか確保できなかったって話だろ?」

「まぁ、そうなんだけど。はぁ、察しがいい幼馴染を持って俺は幸せだよ」

 

 せっかくなら俺――――どころか家族みんなで応援したいところではあるが、大人しくニュースでフユ姉さんの連覇を知ることにしよう。

 そう思って温かく見送るような言葉を投げかけたのだが、ナツはなぜだか顔をしかめてわかり切ったようなことを聞いてくる。

 ナツはなんでだなんて言うけれど、特別待遇の話をし始めた際の表情を見ればわかる。だって、露骨に申し訳なさそうな顔してたし。

 それくらいは察知しないと、キミをいちいち鈍感だーって責める資格はないと思う。俺が当たり前のようにそう返すも、ナツは変わらず難しい表情を浮かべていた。

 ……悪い意味ではないのだけど、いい加減にしつこいな。表情とか仕草で察することはできるにしても、なにかあるなら言ってくれたら助かるのに。

 

「ハル、お前ヨーロッパとか行ってみたいんじゃないのか?」

「へ? それは、まぁ、うん、そうだね。ドイツで言うなら城とか描いてみたいし」

 

 俺の視線からなにかあるなら言ってくれという意思が伝わったのか、ナツはふとそんなことを問いかけてきた。

 俺こと日向(ひむかい) 晴人(はると)だが、生意気にも絵を嗜んでいる。絵に関しては唯一自信を持てる事柄であり、それなりに情熱も持ち合わせていると思う。

 だからナツはそんなことを聞いてきたんだろう。確かに昔、いつか海外に行って絵を描いて回りたいなんて洩らした覚えもあるし。

 けどそれとこれとは話が別というか、俺のはやろうと思えばいつか叶うというか、いつか本当に実行するつもりだ。でもナツは違う。

 お姉さんに誘われ、お姉さんを応援しに海外へ行くというのは刹那的で、その瞬間しか成立しないものだ。さっきも言ったが俺はいつでも行ける。

 俺が思ったことをそのまま伝えると、ナツはなんだかキョトンとした表情になる。

 

「な、何さその顔は」

「悪い悪い。なんかいつもと逆だなーとか思っちまった」

「逆、ね。まぁ、なんというか、否定できないところはあるけど」

 

 ナツの言う逆と言うのは、普段は俺が窘められる側ということ。別にそれに関して思うところはない。本当のことだしね。

 でもそれこそ逆だ。逆を言うのなら、俺の言葉でナツの後ろめたさを払拭することができたということなんじゃないのかな。

 うん、それならばナイスだ俺。やればできるじゃないか俺。……なんて、俺としてはナツの言葉をかなり肯定的に受け取っていたつもりだ。

 しかし言葉そのものにネガティブっぽさでも感じたのか、ナツは喝を入れる意味を込めたように俺の背中を思い切り叩いた。

 

「なにゆえっ!?」

「だからそういうところだぞ、そういうところ! 背筋伸ばす! 胸を張る! キビキビ歩く!」

「いや、歩くどころか走り出し――――え、ちょっ、待ってってば!」

 

 俺なりのポジティブ? さを伝える暇がなかったのが敗因か、背中に走った痛みに対して歯を食いしばりながら耐えた。

 ナツはその後すぐに背筋を伸ばすなんて言うが、俺が背中を丸めているのは痛いからであって……。なんて反論する暇もなく、既にナツは遠い彼方だ。

 いろいろと文句が沸き上がってくるものの、別に怒るまではしない。けど追いかけないことにはなにも始まらないと判断し、俺も駆け足でナツの背を追いかけた。

 別に体力がないということもないが、向こうは運動神経抜群ときた。結局は家に辿り着くまでに追いつくことはできず終い。

 そもそも帰る家は同じで急ぐ必要は全くなかったことを思い出したのは更にその数分後……。骨折り損のくたびれもうけである。

 いや、一夏の決心をつけることができたと思ってチャラにしておくことにしよう。俺にしては珍しいことができたのだから。

 それからしばらくの日数が経ち、ナツはフユ姉さんを応援しにドイツへ旅立っていった。俺にできることといえば果報は寝て待てというやつ。いい報せを日本から待つだけだ。

 ……なんて、今思えばなんと呑気な考えだ。でもまさか、誰があんなことになるなんて想像したことだろう。

 あるいは俺がやっぱり現地に行きたいと、そう駄々でもこねれば結果が変わったりしたのだろうか。ふと、そんなことを考えてしまう。

 いや、わかってる。わかっているんだ。俺のこの思考がないものねだりだなんていうことは。わかっていても、そう思わないとやってられないじゃないか。

 そう、全てはあの凶報から始まったんだ……。

 

(――――もうこんな時間か。そろそろテレビつけておかないと……)

 

 自室でスケッチブックに色鉛筆を走らせていると、なんとなく置時計へと視線が向く。文字盤が刻むのは十九時五分前。もうすぐフユ姉さんの決勝戦が始まる時刻だ。

 やはりフユ姉さんは危なげなく決勝戦まで進み、日本のみならず海外のメディアが彼女の優勝で間違いないと報じていた。

 試合の様子からして今回も心配なさそうだが、例え海をまたいでいたって応援しないわけにはいかない。俺は色鉛筆をケースにしっかりしまうと、ゆっくりとリビングへと向かっていった。

 

(母さんは……しばらく帰れないって言ってたっけ)

 

 我が日向家は両親が共働きで、父も母もほとんど会社に泊まり込みの状態で働いている。本当に有難いことだと思うばかりだ。

 しかし、困ったことに俺は家事が得意なほうではない。正確に言うのなら、料理お裁縫だけできないと表現すべきだろうか。

 俺とは反対にナツは家事全般をそつなくこなす主夫であり、日向家の台所に関しては任せっきり……というか、ナツがやりたがる部分もあるんだけど。

 けどご存知の通り、今はナツがドイツに行ってしまっている。つまり、俺の食事を作ってくれる人が存在しないということ。

 けど母さんは忙しいときた。だから俺は適当にカップラーメンでも食べておくって言ったんだけど、ナツと母さんの反対を喰らってしまう始末。

 俺のためを思ってくれているのはわかるが、無理して帰ってまで料理を作ろうとするのではないかと心配していたところだ。このぶんなら、やはり今日も帰れないのだろう。

 

(でも、怒るんだろうなぁ。まぁいいや、テレビテレビ……)

 

 たった今明かりを灯した広く寂しいリビングを見渡すと、ため息を吐きながらソファへと腰をかけた。これもまた、広々としていて逆に寂しい。

 この際だから広く使ってやろうと、ソファに寝そべりながらテーブルに置いてあった新聞を開く。そしてテレビ欄を手早く確認し、チャンネルを試合が中継される局へと合わせた。

 

『え~……どうやら織斑選手、まだ会場に姿を現していないようです』

『まずいですね。このままでは相手選手の不戦勝が告げられるのも時間の問題ですよ』

「…………えっ!?」

 

 ボーっとしながらテレビを眺めていると、実況と解説らしき人物が焦りを隠しきれていないような言葉を紡いだ。

 あまりのことに理解するのに時間がかかってしまったものの、それが何を意味するかを察したと同時にソファから飛び起きてしまう。

 そしてバタバタとテレビの前へと駆け寄ってみると、実況役らしきアナウンサーが再度フユ姉さんの不在を告げる。

 い、いったい何がどうなっているというんだ。あの、あのフユ姉さんが姿すら見せないなんて、よほどのことがあったに違いない。

 

「携帯……携帯は……!?」

 

 慌ててポケットから携帯を取り出してフユ姉さんへの連絡を試みてみるも、何度やっても繋がる気配すら感じられない。

 発信履歴がフユ姉さんという文字で埋め尽くされた頃、俺の胸中にはとある違和感が過った。それは単純明快。フユ姉さんが姿を消したのに、なんでナツはなんの連絡も寄こさない?

 すると、一瞬にして違和感は不安へと変貌を遂げる。嫌な予感ほどよく当たるなんて言うが、ナツのほうも通話が繋がらない。

 いったいなにが起こっているのだろうか。こうなれば何か悪いことが起きているというのはまず間違いないはず。

 だとすればなんだ。ナツは、フユ姉さんは無事でいてくれるのだろうか。虚しくもフユ姉さんの不戦敗が宣言される最中、俺はもはやそんなことはどうでもいいとすら思えた。

 だが通話が繋がらない以上、俺にできることはないというのはまた事実。そうだ、落ち着け。きっとしばらくすれば向こうから何か連絡があるに違いない。

 そんな淡い希望を抱きながら、その日はすぐベッドへと潜り込んだ。しかし、そんな精神状態では眠ることなんてかなわない。結局は報せを待つかたちとなってしまった。

 

ピリリリリ…… ピリリリリ……

「っ……来た!」

 

 そしてあくる朝十時頃、俺の携帯のディスプレイにはフユ姉さんという表示が。これを待っていたと言わんばかりに布団を蹴散らせば、通話ボタンをタップ。

 必要以上に大きな声でもしもしと言ってしまったせいでお叱りを受けるが、俺はそれだけ心配したということなんです。

 けど向こうもそんなことはわかりつつ、酷く疲れたような声色だった。

 

『……すまない晴人、心配をかけた』

「いや、そんな、その、とにかく声が聴けて安心したよ。……何があったかは話せる?」

『無理だな。少なくとも電話では話せん。というより、私もどう説明していいのか……』

 

 マスコミ根性とか野次馬根性でそんな質問をしたつもりは毛頭ない。どちらかというなら、本当に心配だったから何があったのか知りたかった。

 しかし世の中には守秘義務というものがある。まだニュースを確認してはいないが、今頃世界中が大騒ぎしているところだろう。

 だがそんなニュースでも、なにがあったのかという真実は語られていないはず。フユ姉さんの棄権した理由とか、現在調査中とでも報じられているのではないだろうか。

 というより、今はそんなことよりも聞いておかなければならないことがある。それはもちろんだけど、ナツのこと他ならない。

 

「あ、あの、フユ姉さん。それで、ナツは? 無事なんですよね」

『……ああ、無事だ。無事だが、なんと言えばいいのだろうな……』

「フユ姉さん」

『すまない晴人、やはり電話では伝えきれないことが山ほどある。だがすぐ帰国することもできん。わかるな?』

「どのくらい滞在することになりそう?」

『さて。明日になるか一週間後になるか、それとも一年後か……。予定は未定というやつだ。とにかく、定期的にそちらへ連絡は寄越す。歯痒いだろうが、どうか耐えてくれ』

 

 フユ姉さんの口調はまるでこちらを諭すかのようだったが、その反面で自分にそう言い聞かせているような印象も受けた。

 正直な話、ナツやフユ姉さんに何が起こったかなんて一ミリも理解なんてできてやしない。納得のいかない部分だってある。

 それでも、やっぱり今のフユ姉さんにあれこれ追及するのは無理がある。基本的に剛毅な人だというのに、こんなしおらしくしているのは珍しいという言葉では片付けられない。

 だから俺には、はいという選択しか残されていなかった。俺が了解した旨の返事をすると、またしてもフユ姉さんはすまないと呟く。

 このことを俺の両親へ伝えておくよう頼むと、今度は返事をする間もなく一方的に通話を切られてしまう。……やはりそうとうお疲れのようだ。

 ナツのことも心配だが、フユ姉さんのことも気がかりだ。思ってみれば、気遣うような言葉をひとつも伝えていないじゃないか。

 ……帰って来たあかつきには、目いっぱい労わせてもらうことにしよう。とにかく、俺は忘れないうちにフユ姉さんからの言伝を実行しなくては。

 

「……もしもし、母さん。今さっきフユ姉さんから電話が――――」

 

 それからしばらく時間は流れ、既に二週間が経過しようとしていた。しかし、織斑姉弟が帰国するような気配は見られない。

 どういう理由かは見えないが、下手を打つなら一年先になるかと言っていた。その言葉が五年十年と先延ばしになっていく可能性も十分にあると思えばしんどいものだ。

 母さんや父さんは呑気なことにそのうち帰って来るなんて言っていたが、どうにも待っている間は胸騒ぎというものが収まることはなかった。

 そして更に数日後、三週間とちょっとが経過したある日のこと。俺の携帯にフユ姉さんからの着信があり、帰国の目途がたったとの報告が得られた。

 日本時間で言うところの明日朝には日向家へと到着するだろうとのこと。フユ姉さんがそう報せてくれるのを首を長くして待っていただけに、安心感もひとしおだ。

 

(あれ、朝って具体的には何時くらい?)

 

 通話を切ってから具体的なことを言われていないということに気づいたが、わざわざそれだけを聞くために折り返し電話をかけるのもなんだか気が引ける。

 まぁ構わないか。幸い明日は日曜日だし、早起きでもして身支度を終えたらちょうどよい時間になるだろう。

 そんなこんなで特に慌てることもなく翌日が訪れ、予測どおりの時間帯に来客を報せるインターホンが鳴り響いた。急いで玄関を開けると、そこに居たのは――――

 

「フユ姉さん、おかえり! 無事に帰って来てくれて本当に嬉しいよ」

「ああ晴人、ただいま。本当にお前にはいらん心配をかけさせた」

「いや、俺は全然、そんな。フユ姉さんのほうこそ、その、いろいろ大変だったよね。お疲れ様」

「……まぁな」

 

 フユ姉さんと顔を合わす機会はそもそも少ないが、長い日数を待った反動なのか随分と懐かしさを感じた。

 やはり出で立ちからして疲れているような様子が見受けられるが、それでもこうして姿を見られたのだから多くは語るまい。

 ただフユ姉さんにかけた労いは、もう少し言いようがあったように思われる。たどたどしくなってしまうくらいなら止めておいたらよかっただろうか。

 フユ姉さんもまったく気にしていないということはないのか、なんとも覇気のない返事を出させてしまう。

 これはよくない。本能的にそう感じ取った俺は、強引に話題を変える方針で固めた。

 

「あ、あの! その、ところでナツは?」

「一夏か……。 おい。気持ちはわかるが、そこに隠れていてはなにも始まらんぞ」

 

 先ほどから姿が見えないために一夏を話題に出したのだが、俺はなにか地雷を踏んでしまったのだろうか。

 そもそも雰囲気を悪くしてしまったせいで話題を変えようとしたのに、フユ姉さんはますます表情を陰らせてしまう。

 困惑しながら様子を見守っていると、フユ姉さんは首だけ振り向かせてウチの塀へと声をかけた。ということは、ナツが隠れている……?

 だとしたらそれはなぜ? 姿を見せられないということは、なにか酷い大怪我でもしてしまったのだろうか。

 フユ姉さんが決勝を棄権したという事実も加味し、俺の想像はどんどんネガティブな方へと舵を切ってしまう。

 嫌な予感に心臓を打ち鳴らしながら塀を見ていると、そこから姿を現したのはナツではなかった。それがなにを意味するのか、すぐさま理解することができない。

 

「え、いや、あの、フユ姉さん。その子は、その」

「わからんか?」

「わ、わからんかって言われても、そんな」

「…………」

 

 本当に意味がわからない。これならまだ俺のネガティブな想像のほうがまだ現実的だ。一夏どころか――――こんな美少女を見せられ、そのうえわからんかって……。

 件の美少女を注意深く観察してみると、彼女はなんだかとても不安そうな表情で俺のことを見つめていた。ま、前に会ったことがあったかな。流石にこんな可愛い子、一回見たら忘れないと思うんだけど。

 ふむ……。優しい目つきをしていて、どこか儚げな印象を受ける。ジャンル分けをするのなら可愛い美人といったところだろうか。

 黒髪ロングで、雰囲気はどことなくフユ姉さんやナツのような織斑の血統を思わせるな。……隠し妹? いやいや、別に隠すメリットもないし、問題はナツであって――――

 

「……わかんないか。そっか、そうだよね」

「えっ!? え、えっと、や、やっぱり前に会ったことがありましたっけ?!」

「前にどころか、毎日会ってるよ。ただいま、ハル」

「は……………………?」

 

 俺が黙っているのを誰だかわかっていないと判断したのか、少女はちょっぴり落胆するように空を仰いだ。

 その反応を見た俺は慌てて弁明を図ろうとするが、少女の放った意味深な台詞のせいで脳が処理不全を起こしてしまう。

 ちょっと待て、待ってくれ。毎日会っている? そしてこの子は、今確かに俺のことをハルと呼んだよね? おかしい。それは絶対におかしいことなんだ。

 一夏のことをナツと呼ぶのが俺だけのように、俺のことをハルと呼ぶのもナツだけ。そして彼女の言った帰宅を意味するただいま。更にはどこか織斑の血統を思わす容姿。これはつまり――――

 

「も、もしかして、だけど、キミは、その、ナ、ナツ、なのかな……?」

「ピンポーン! あはは、女の子になっちゃいました~……みたいな~……ね?」

 

 俺が恐る恐る問いかけてみると、当たってほしくもない予測がどうやら大正解らしい。……なんていうことだろうか。

 は、ははは、そ、そういうことね。そりゃそうだ、こんなの電話で説明できるはずもない。女体化なんていう非現実的なこと、電話越しに信じれた自信は皆無だ。

 ナツは俺への精一杯の気遣いのつもりか、非常におどけた様子で自身の状況を簡単に説明してくれた。しかし、それで平気でいられるほど俺は強くない。

 俺にできることと言えば、無様にも口をパクパクと閉じたり開いたりすること。そして、盛大に尻もちをつくくらいだった。

 

 

 

 

 




とりあえず一夏が一夏ちゃんになるところまで。
もろもろの原因は2話のほうで触れます。
ちなみに主人公は絵描きですが、私は絵心ないマンなので絵に自信ニキはどんどんアドバイスください。
以下、主人公のプロフィール等の蛇足なので気になる方だけチェックして、どうぞ。

名前 日向(ひむかい) 晴人(はると)
身長 169cm
体重 62kg
誕生日 5月31日(ふたご座)
血液型 A型
好きな物 オムライス 絶景
嫌いな物 ナマコ 暗闇
趣味 絵を描くこと 景色を眺める

この作品においては一夏のファースト幼馴染にあたり、4歳あたりからの付き合い。
基本的にあらゆることに対して遠慮しがちなネガティヴ気質であり、そこを一夏に咎められることもしばしば。一夏曰く、やる時はやる男。
画家であった祖父の影響により自身も絵を描く。得意なのは色鉛筆画で、これも祖父の影響によるもの。
見た目は普通。とにかく普通。あまりにも普通が過ぎるせいでMr.平均値(アベレージ)等のあだ名がまことしやかに囁かれている。






ハルナツメモ その1【日向家】
4歳の頃に越してきた織斑家のお向かいさん。織斑家の現状を知った晴人の両親が保護者代わりとなり、ほとんど家族のような存在。
ゆえに晴人と一夏は幼い頃から半同居状態であり、日向家には一夏の部屋が当然の権利のように確保されている。
同じく織斑家にも晴人の部屋が用意されているが、一夏が日向家で過ごすことがほとんどなためあまり機能はしていない。
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