ハルトナツ   作:マスクドライダー

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この作品ですが、原作における学園祭編あたりまでを予定にしようかと。
IS学園に行くのはまだまだ時間がかかりそうです。
その間までにやっておくべきイベントのみこなしていくことになります。


第2話 目をそらさないで

「ゆ、誘拐事件? その時に怪しい薬を打たれた? 目が覚めたら女の子に?」

「うん。覚えてる範囲だと大体そんな感じかな」

 

 あれからとりあえず気を持ち直した俺は、日向家のリビングに織斑姉弟? 姉妹? ……とにかく、二人を招き入れてことのあらましを聞かせてもらった。

 まずフユ姉さんが決勝戦に現れなかった理由だが、なんでもナツが誘拐されたとのことで捜索のほうへ加わっていたそうだ。

 どうやら誘拐事件そのものが、高確率でフユ姉さんを棄権させる目的であったとかなんとか。ナツはそれに利用されたと……。

 そして連れ去られたナツはというと、注射器でなんらかの薬物を投与されたところまでは覚えているらしい。

 目が覚めたときには既に女の子の姿になっていて、当初はすさまじく混乱したとのこと。もちろん、フユ姉さんもだ。

 

「ドイツ軍の協力を得て発見した場所に向かってみればこれだ。当然私も疑いをかけたが、不思議なことに私たちしか知りえんことを知っているときた」

「た、例えばどんな?」

「うーんと、昔節分のときにハルが号泣したとか」

 

 フユ姉さんの言葉は真理というか、ぶっちゃけ俺もまだナツが女の子になったなんて信じ切れてはいない。だが、本物かどうか判断するのに俺も一役買っているらしい。

 忘れもしない、俺たちが五歳の頃の二月三日のことだ。本当は楽しい豆まきになるはずだったんだけどなぁ。

 何が起きたのかというと、本来鬼役をやる予定だった父さんが仕事の都合で帰れなくなってしまった。そこで代役を買って出たのがフユ姉さん。今思えば明らかな人選ミスである。

 フユ姉さんは父さんが帰って来ないと聞いた俺たちが、これ以上ガッカリしないよう張り切ってくれたのだろう。だが悲しいかな、人とは得てして空回りしてしまうものだ。

 気合が入っていたのかなんなのか、フユ姉さんはそれはもう鬼を上手く演じてくれたよ。俺の中で軽くトラウマなので詳細は省かせていただく。

 結果、俺は豆まきどころじゃなくなってしまい大号泣。なんでも俺を慰めるのに苦労したとか母さん言ってたな。

 ……なんて、一連の流れをナツは説明したらしい。なるほど、確かに俺たちしか知りえないことだろう。誰かに話した覚えもないし。

 

「でも、いったいなんの目的でナツを……」

 

 そもそもの疑問ではあるが、どうしてナツに女体化薬なんかを投与したのだろう。人質に薬物なんて、効果がわかっていなければ打たないはず。

 新薬のテストという線も考えられるが、もし仮にそれが原因でナツを殺めてしまっては元も子もない。……もっともフユ姉さんが棄権した時点で、ナツに人質としての価値は薄いが……。

 そして、俺の素朴な疑問に対してフユ姉さんはひとこと。

 

「そこは察しろ思春期男子」

 

 察しろ。思春期。とは、つまりそういうことなのだろうか。俺の悪友二人がいつも話しているような、エロ同人展開とかそういうやつ。

 ……そんなことのために? 口に出すのもはばかれるような行いをするためだけに、そんな目的のためにナツをこの姿に変えてしまったと?

 もし本当にそうなのだとすれば、ふざけるなという言葉しか出てこない。自分でもあまり怒らないほうだと思うが、俺は胸の内に確かな憤りが渦巻くのを感じた。

 

「ハル、私は大丈夫。だから怒らないで?」

「……うん」

 

 俺の静かな怒りでも感じ取ったのか、ナツはこちらの様子を伺うように窘めるような言葉を投げかけてきた。

 そうだ、落ち着け。ナツやフユ姉さんの口ぶりからして、特に酷いことをされたというわけではないのだろうから。

 それに今俺が怒ったところで、ナツにとってはなんの慰めにもならない。俺が怒ったところで、ナツが男に戻るようなこともないのだから。

 ……男? 元に? ……そうだ、肝心なことを聞き忘れているじゃないか。

 

「ところで、その、ナツの身体は元に戻るんですか?」

「残念だが不可能だ。今のところはな」

「ドイツでいろいろ検査してみたんだけどねー」

 

 ナツの口調や仕草が女の子っぽいのは気になるが、精神まで染まり切ってしまっているということはないはず。

 ならば肝心なのはナツが元の身体、男の身体に戻れるかどうかということに焦点を向けなければならない。

 自分でも望み薄な発言だという自覚はあったが、どうやら今のところ目途はたたないようだ。……当たり前か、そうだよな……。

 なんでも、ナツの身体は男性だった形跡がまるで残っていないらしい。そう、まるで初めから女の子だったかのように。

 しばらくは身体と精神のギャップに混乱が生じて大変だったそうな。ドイツに長期間滞在していたのは、検査と慣らしを兼ねていたのだろう。

 

「…………」

「ハル?」

「あ、いや、ごめん。大変なのはナツのほうなのに、俺、なんて言ったらいいのか」

「だから大丈夫だよ。私、ハルがそんな顔してるほうがよっぽど辛いな」

 

 元には戻れないと聞かされたとき、ナツはいったいどれほどの絶望感を味わったろう。そんなもの、想像しただけで言葉が出なかった。

 辛いのは自分あろうに、あくまでナツは気丈な態度を貫きとおすつもりのようだ。それでも、ナツの浮かべる笑顔は悲痛な気がしてならない。

 いや、それでもシャキっとしろよ。なによりナツは俺が気に病むことを望んでいないんだ。それならば、俺はひたすら普段どおりでなければ。

 

「さて、これからもしばらくは大変だぞ。晴人、お前の手を借りることもあるだろう」

「うん、俺にできることがあるならなんだってするさ」

「そうか、それは頼もしい限りだ」

 

 まず第一に俺に報告しに来たとするのなら、フユ姉さんの言うとおり――――いや、むしろこれからが本番といったところだろう。

 ナツのことは役場や学校にも報告しなければならないだろうし、服やもろもろの物品も女性用のものを揃えなければならない。

 俺の力なんて微々たるものだろうけど、それでも必要としてくれるのなら全力でそれに応えよう。……いつもナツがそうしてくれたように。

 

「晴人、おじさんとおばさんは仕事か?」

「ああ、はい。今日もそうみたいですね」

「よし、私は直に報告をしてくる。お前たちは……。……積もる話もあるだろう」

「「…………」」

 

 フユ姉さんの言うおじさん、おばさんとは俺にとっての父と母のことである。織斑家のとある理由から親交が深いため、報告しておくべきと考えたんだろう。

 だが生憎なことに、二人が帰ってくるような日も頑張って働いてくれているそうだ。特に家計が苦しいということもないんだけど、まぁどちらにせよ有難いとしかいいようがない。

 本来ならばナツも同行する必要があるんだろうけど、フユ姉さんの口ぶりは明らかに一人で向かうつもりというのがわかる。

 その理由は、俺とナツに対話の時間を設けるつもりらしい。少なくとも俺はナツに聞きたいことはいくつかある。ナツが俺に言いたいことがあるかは……どうかな、よくわからない。

 だが重ねて来た時間が長いゆえ、確かにフユ姉さん込では話し辛いことがあるのも確かだった。俺たち二人はなにも答えないが、フユ姉さんは沈黙を肯定と見たらしい。

 それではなという簡潔な台詞を残し、フユ姉さんはせっせと日向家を出て行った。

 

「「…………」」

 

 残された俺たちはと言うと、どちらも話を切り出せないでいた。静寂の中で時計の針が動く音のみが響き、俺たちの静けさをより強調するかのようだ。

 この気まずい無言が堪らなくなった俺は、盗み見るようにしてナツの様子を伺う。なんというか、服装がしっかり女の子してて余計に声がかけ辛いんだよな……。

 トップスは白のニットチュニック、フワフワモコモコな質感がなんとも温かそうだ。ボトムもカラーリングは同じく白のレーススカート。丈はマキシと呼ばれる長いものだが、レースな為に一部が透けていて綺麗なおみ足が――――

 

「えーっと、ハル。そんなに見られると少し恥ずかしいかなって」

「わああああっ!? ご、ご、ご、ごめん! その、そんなつもりじゃなくて、あの……」

 

 いつの間にか注視してしまたのか、それとも盗み見ていたのがバレたのかはわからない。しかし、ナツは少し頬を赤らめながらそう指摘してきた。

 ナツの口調に毒や刺は感じられないが、俺は思わず両手を拝むように合わせて謝り倒してしまう。礼儀を失していた自覚はあるからなおさらだ。

 これがナツだからよかったものの、とかそういう問題ではない。しかし、本当に気にしていないという有り難いお言葉をいただいてとりあえず決着はついた。

 けどこのままではまずい。ナツが普通に可愛くて困る。黙っていてはまた似たようなことが起きてしまうだろう。

 それなら多少気まずかろうが、なにか話題を振ったほうが楽かも知れない。その、俺も、ナツも。ならばここは意を決して……。

 

「あ、あのさ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あのさ! 嫌な思いとかさせちゃうかも知れないけど、その、質問とかしても大丈夫、かな?」

 

 俺たちを包んでいた気まずい空気を吹き飛ばすかのように、ハルが唐突にそう切り出した。たどたどしい口調は相変わらずどころか、俺が女の子の姿をしているせいかいつもより詰まる部分が多い。

 ハルは昔からそういうやつだ。最大限に他人を傷つけないように配慮し、あれこれ考え過ぎているせいでこうなってしまう。

 もちろんだけど、俺はそれを鬱陶しいだとか言うつもりはない。誰がなんと言おうと、間違いなくそれがハルの良いところでもあると思うから。

 ハルは多分だけど優し過ぎる。仮に今の質問に対して俺が拒否反応を示したのなら、間違いなくハルはすぐさま質問を取り下げるだろう。

 こんなことになってるんだ、質問がないほうがおかしい。特に俺とハルの間柄を考慮するのなら、そのくらい気にすることでもないだろうに。

 けどそれを指摘すれば、ハルはまたごめんだとか申し訳ないだとか言い始めてしまう。ハルになるべくそういうことを口にしてほしくない俺は、すぐさま肯定の意志を示した。

 

「うん、なんでも聞いてよ」

「そ、それじゃあ、えっと、なんで女の子口調?」

「ああ、それ? ドイツにいる間に千冬姉がさ――――」

 

 どうやらハルは俺が妙に女の子しているのが気になったらしい。願うのなら俺だっていつもどおりでいたいが、叶わないものだった。

 ご覧のとおりに内心ではこうして男を捨ててはいないが、これから先に肉体が元通りになる可能性は低い。

 それを考慮するならば、女として生きる道も考えておいた方がいい。そう千冬姉に説得された結果、一応は女の子らしくしているということ。

 ドイツに居る間は検査もそうだが、徹底的に女性としてのあれこれを叩きこまれていた。あれは地獄の他表現しようもない。

 考えてもみてくれ。こうして精神的には男だっていうのに、下着の選び方だとか生理のことについて教えられるんだぞ。かなりしんどかった。

 まぁ、俺自身も今後のことを考えるのなら必要なことだとは思う。けどなんか、ムズムズするんだよなぁ。この感覚はなんなのか。

 

「――――ってこと。おかげで帰国が遅くなっちゃって」

「そ、そっか、それは大変だったね」

 

 俺が溜息を吐きながらテーブルに上半身を預けていると、ハルは心底からこちらを気遣うような顔色を覗かせた。

 ……多分だけど、自分が変わってあげられたらなんて見当違いなことを考えているんだろうなぁ。あの日、俺が行くと言っていれば……とかも。

 元に戻りたいとも思う。なんでこんなことになったとも思った。けど、俺はこれでよかったんだとも思っている。もし仮に、ハルがこうなる可能性があったのならなおさら。

 ハルは基本的に俺に対して何もしてやれないと思っているんだろうけど、それはまったくもって違う。むしろ、ハルは十分過ぎるくらいに俺を支えてくれている。

 見当違いとは言ったけど、そうやって思ってくれることそのものは嬉しいしな。ハルの優しさはとてもわかり辛いものだとは思う。けどそれは、ジワリと時間をかけて心の内に溶け込んでくるんだ。

 だけど、先ほどから一つだけいつもどおりではないことがある。俺はなぜかそれがとても気に入らなかった。

 

「ねぇ、私も聞いていいかな」

「も、もちろん。なんでも聞いてよ」

「なんで目を合わせてくれないの?」

「…………」

 

 俺がそう問いかけると、ハルはなんでばれたみたいな顔をしながら黙りこくる。わかるに決まっているだろうに。俺とお前がどれだけの時間を重ねたと思っている。

 それにプラスして、身体が女になってから妙に視線が気になるようになったのもある。特に男からの視線はわかりやすい。こうも露骨なのかと笑ってしまいそうになるくらい。

 けどハルが目線を合わせてくれないのはとても気に入らない。その理由は俺もよくわからないが、そう思っていることは確かだ。

 ハルが女性を苦手とすることなんて知っている。けど、俺が女になったからって目を逸らす必要はないじゃないか。ハル、そこのとこどうなんだ?

 

「そ、それは……」

「それは?」

「それは、その、その……。ちょっ、直視できない。えっと、可愛くて直視できないんだよ」

「…………」

 

 今度は俺が黙る番だった。今きっと、とても間抜けな顔をしているんだろう。まさかそんな理由で目を合わせてもらえないなんて考えもしなかった。

 ハルとはあまり女子に関しての話はしなかった。俺もそこまで興味があるわけじゃないし。つまり、長年一緒に居てもハルの好みを俺は知らない。

 ……そうかそうか、ハルから見たら俺は可愛いのか。目を合わせられないのは元来の性格からだろうが、それを含めても目も合わせられないくらいに可愛いと……。

 

「…………プッ」

「わ、笑わなくてもいいだろ!」

「ご、ごめっ……! でもまさかそんな、フフっ、アハハハハ!」

 

 無理だった。笑ってはいけないと思ったんだが、堪えることはできなかった。だってそんな、純情にもほどがある。

 馬鹿にするつもりはないんだけど、やはり笑われては気に入らないらしい。ハルは顔を真っ赤にしながら勢いよく立ち上がった。

 ハルがここまでムキになるのは珍しい。ということは、それだけ恥ずかしかったということの裏返し。そう思うとますます可笑しくて仕方ない。

 大笑いする俺を見たハルは諦めでも覚えたのか、相変わらず恥ずかしそうにしながら椅子に座り直す。

 その間俺は、流石に失礼に思えて来たので必死になって調子を戻すことに専念した。

 いやしかし、こんなに笑ったのはこの姿になってから初めてかもしれない。やはりハルが近くに居ると、根本的に気分が違うものだ。

 

「はぁ、はぁ~……。ごめんごめん、ちょっと笑い過ぎちゃったよね」

「別にいいよ、笑われるようなことを言った自覚はあるから」

「拗ねない拗ねない」

「拗ねてない」

 

 涙が出るほどの爆笑だっただけに、俺は目元を拭いながらハルへと謝罪した。でもやはり悪ふざけも過ぎたようだ。

 声色や表情はいつもと変わらないけど、今のハルは確実に拗ねている。理由を聞かれればなんとなくとしか答えようはないが、俺や千冬姉あたりだけがわかる微妙な変化とだけ言っておく。

 ハルは妙に頑固な部分があり、一度こうなってしまってはなかなか機嫌を直してはくれない。まぁ、本当に稀なことだから面倒とは思わないけど。

 っていうか、やっぱり目を合わせてはくれないじゃないか。それこそ慣れてもらわないと面倒だよな。さて、なにか良い手はないだろうか。

 

「あ、そうだ」

「そうだって、いったい何――――いいいいっ!? ナ、ナツ!?」

「この至近距離なら慣れるのも早いかなって」

「かなってじゃなくて……! ちょっ、ち、近い! 近いって!」

 

 我ながら良い案を思いついた俺は、腕を伸ばしてハルの顔を両手で包んだ。そして真っ直ぐこちらを向かせて顔をロック。すかさず俺は顔を近づけた。

 後はハルの瞳に映る俺を覗き込むようなつもりで、ひたすら視線をその双眸へと注いだ。すると、ハルは近いだの喚き出すではないか。

 近いもなにも、近づいてるんだからそりゃ近いに決まってる。ハルにとって荒療治なのは承知の上だが、いつまでも目をそらされ続けるのはあまり気分がいいものじゃない。

 

「…………!」

「ダメだよ。目、そらさないで……」

「っ~~~~!?」

 

 この至近距離でも往生際の悪い。ハルの目をジッと見つめていると、しばらく視線が泳いだ後に右のほうを見ながら止まった。

 そんなことでは延々と続いてしまうぞ。という意味を込めた台詞を放つと、ハルの目線はなぜだか更に泳ぎ始めてしまう。

 それでも根気よく見つめ続けていると、観念したのかようやく視線がかち合ったのを感じた。よしよし、これならもう大丈夫そうだな。

 

「はい、よくできました」

「あ、あのさナツ。そういうの、迂闊に他の男子にしないようにね」

「うん? しないよ、するわけないじゃん。ハルは特別だし」

「だからそういう発言は勘違いを招く……。はぁ、いいや、なんでもない……」

 

 合格ラインに達したと判断して手を離してみると、なんだかハルは疲れ果てたようにテーブルへ突っ伏した。

 そしてその状態なままおかしな忠告をしてくるが、それはまたしても見当違いというやつでしかない。あんなのハル以外にする理由がない。

 仮に目を合わせてくれなくったって、別にハルではないからどうとも思いはしないだろう。それに、誰それ構わずやるほど無礼なやつじゃないぞ。

 そう、いろんな意味でハルだからこそとった行動だ。だから思ったことをそのまま伝えると、ハルは起き上がってどうにも頭が痛そうに額に手をやった。

 気にはなるけれど、まぁ、本人がなんでもないって言ってるんだし追及は止めておくことにしようかな。藪蛇ってこともある。

 

「それよりハル、お腹空かない?」

「空くけど、帰っていきなり作ってくれなくても大丈夫だって」

「私が居ない間とか、ろくなもの食べてないでしょ。ハルの世話を任せられてる身として、そういうわけにはいきません」

 

 チラリと時計を見ると、そろそろ十二時に迫ろうとしていた。話をするなら後でもできるし、とりあえず昼ご飯の準備をしよう。

 そう思って立ち上がると、台所まで向かおうとする俺を阻むようにハルが立ちふさがった。俺を気遣ってくれるのは嬉しいけど、それとこれとは話が別。

 ハルはすぐコンビニ弁当とかカップラーメンで済まそうとするから油断ならない。絵のことに集中してるときなんか、食べなかったりもするから酷いものだ。

 確かに最近は加工技術が向上して美味しいのは認めるが、長いこと台所へ立った身としては手料理に勝るものはないと思う。

 それに言ったとおり、ハルの食事事情を管理するようおばさんに頼まれているんだ。ならば三週間弱世話を出来なかった遅れを取り戻すべく、腕によりをかけなくては。

 多少強引にハルを押しのけ、冷蔵庫を開いてみると――――

 

「…………ハル、何これ」

「……冷蔵庫の中…………」

「そういうトンチはいらないから。で、なんで中身がほぼ空っぽ?」

「い、いや、ナツが居ないと買い物する意味もないかなって」

 

 中には何も、調味料が保存されているくらいで他は本当に何もない。食材はおろか、ミネラルウォーターすら姿がないではないか。

 ほほぉ、いい度胸だ。いずれ俺が帰って来るのはわかっているのにこの体たらくとは。もう少しはちゃんとしていると思ったが、願望の域を出なかったらしい。

 ハル曰く、おばさんが何回かは帰って来たとか。そして冷蔵庫の中を使い果たした後は、もったいないからということで一食分のみ購入して帰宅するようになったとか。

 まぁ、それならなんとなく納得はいく。けど水すらないのは流石に看過できない。いったいどんな生活を送っていたと言うんだ。

 

「……面倒だった?」

「……面倒でした」

「そうだよね、絵のこと以外に執着ないもんね。はぁ……」

 

 聞くだけ無駄というか、水はどうしたと聞いたのなら、ハルは確実に水道水で問題ないと返してくるはず。

 そりゃハルの食の好みくらいは把握してるけど、ないならないで大丈夫っていうスタンスなやつだっていうのをすっかり忘れていた。

 普段はうるさく言ってるし、俺がいない隙にやれジャンクフードを食べてやろうとか思わないんだろうか。……思わないんだよなぁ、ハルは。

 

「ハル、買い物行こうか。手伝ってくれるよね?」

「も、もちろん! 荷物とか全部俺が持つからさ!」

「うん、ありがと。でも無理のない範囲で大丈夫だよ。じゃ、行こう。何か食べたいものとかある?」

「いや、特には。ナツは和食が恋しいんじゃない?」

「ん、そう言われてみれば……。じゃあ、和食中心の献立にしようかな」

 

 気を取り直して食材を買うところから始めようと提案すれば、ハルはこれ以上俺を怒らすまいと思っているのか随分と張り切っていた。

 ハルは決して貧弱ということはないけど、これから向かう買い出しは数日分をカバーするための量を買わなければならない。

 よほどの大男でもなければ全部持つというのは不可能に近く、それとなく無理はしないように伝えておいた。

 そして定位置に置いてある買い出し用エコバックを手に取りながら、本当に一応のつもりでハルにリクエストがないか聞いてみた。

 どうせ特にないと返されるのがオチだろうと思っていたが、代案ではあるものの手ごたえのある回答が帰って来るではないか。

 確かにドイツに居る間は白米が恋しかった。ホテルに滞在中は日本食も口にする機会はあったけど、どうにもコレジャナイ感が拭えない品々ばかり。

 ならば自分で作ってしまえばいい話か。大げさかも知れないが、自分に料理の才能があって本当によかったと思う瞬間である。

 そうと決まれば話は早い。後はスーパーに向かってみて、安い食材とか新鮮な食材を吟味してから決めることにしよう。

 身支度を終えた俺たち二人は、食材を求めて近所のスーパーへと歩を進めた。

 

 

 

 

 




それもこれも亡国機業のせいにしていくスタイル。
せいと言うか、おかげとも取れるような気もしますが。

一夏ちゃんの内心ですが、しばらくは男口調でよろしくどうぞ。
内心まで女の子に染まる瞬間がTS作品の醍醐味ですよね(熱弁)





ハルナツメモ その2【食事事情】
一夏は原作よろしく家事全般をそつなくこなし、なにかとつけてルーズになりやすい晴人の世話を焼いている。
特に不摂生についてはうるさく、あまり食に対して執着のない晴人は再三にわたり注意を受け続けてきた。
そのかいあってか、一夏が作るぶんには喜んで食事をするように。しかし、ひとたび目を離せば今話のような事態に。
要するに、晴人にとって一夏の手料理以外はわりとどうでもいいのだ。
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