ハルトナツ   作:マスクドライダー

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VSセシリア前半戦でございます。
多分ですけど前後編、そして後日談くらいの構成になるかと。


第20話 蒼雫円舞曲

 与えられた日数を全力で過ごすことしばらく、ついにクラス代表の座をかけた――――いや、俺自身まったく興味はないんだけど、模擬戦当日とあいなった。

 フユ姉さんが指定した第二アリーナは、男性IS操縦者の試合をひと目ということらしく、席が埋まり切るかのような勢いである。

 流石にここまでの規模は予想していないもので、ピットで準備しながらもつい出撃ハッチの奥の方が気になってしまう。

 

「ハル、お客さんなんて一人だろうが百人だろうが変わらないよ」

「そう……。きっとそのうち慣れる……」

「う、うん、頑張ってみるよ」

 

 緊張は当然のように表に出ていたらしく、ナツは俺の背中を軽く叩きながらそう言う。多分、何人だろうと人は人だと言いたいんだろう。

 簪さんも代表候補生としての経験なのか、気になるのは最初だけだからとアドバイスしてくれた。

 ……確かに、きっと試合になったら観客のことなんか気にしてはいられないだろう。だからこそ、もっと気楽にいかねば。

 

「それよりも、協力してくれて本当にありがとう」

「水臭い……」

「まったくだ。それに礼なら行動で示してほしいところだがな」

「とにかく一生懸命やってくれたらそれでいいよ」

 

 今の俺が六日前の自分と戦ったとするなら、確実に勝つことができるだろう。そう断言できるのは、この三人の協力があればこそ。

 ちゃんとした礼を言っていなかったことを思い出して感謝を口にしてみるも、みんながみんなして大したことではないという認識らしい。

 感謝を口にするのも大事だろうが、箒ちゃんの言うことにも一理ある。オルコットさんに勝って見せてれば、最高の恩返しとなるだろう。

 

「日向くん。流石、時間どおりですね」

「余計なのが数人居るがな」

 

 ピットの奥の方から姿を現したのは、一年一組担任副担任コンビ。その口ぶりからして、出撃の時間が迫っていることを示していた。

 というか、みんな当たり前のように応援に来てくれてたけど、許可の類は取っていなかったのか。

 若干どころか露骨に機嫌が悪そうなフユ姉さんに睨まれ、三人は一気に萎縮したような様子となってしまう。

 だがフユ姉さんがまあいいと呟くと同時に、安心したような溜息をこぼした。ハラハラしながら見守っていたが、どうやら修羅場にはならないらしい。

 

「さて日向、準備は万全か」

「は、はい!」

「よろしい。ならばISを展開せよ」

「あ~……えーっと、はい、展開してきますんで少々お待ちを……」

 

 こちらに近づいてきたフユ姉さんが訪ねてきた準備とは、心とか覚悟とか様々な意味を内包しているように思えた。

 十全とは言えないかも知れないが、まったくもってそういう準備が整っていないわけでもない。なので、せめて威勢だけでもと大きな声で返事をした。

 するとフユ姉さんは満足そうに頷いてからヘイムダルの展開を許可するが、ちょっとした理由があってこの場では無理だ。

 俺はそそくさと少し奥へ隠れようとするも――――

 

「わけのわからんことを言うな。手早く展開しろ。三度目はないぞ」

「あ、あの織斑先生。みんなの前では本当に勘弁してあげてというか」

「いや、いいんだナツ。どのみちいつかやらなきゃならないとは思ってたから」

 

 当たり前だがフユ姉さんにそういうのは通用せず、ISスーツの襟をつかまれて静止させられたかと思えば、ものすごい形相で展開を迫られる。

 ヘイムダルの展開について事情を知るナツは、なんとか離れた場所で展開できるよう交渉しようとしてくれる。

 だが、いくら言ったところでフユ姉さんが折れてくれることはないだろう。

 俺は諦めとヤケクソの感情を大いに抱きながら、覚悟を決めて待機形態のヘイムダルを構えた。さぁおいでませ、社会的死よ。

 

「展開準備開始! セーフティ解除!」

『解除確認。起動準備完了』

 

 という宣言と共にスライドパネルを人差し指で上から下へとなぞる。すると待機形態の刀身が、俺の指に合わせるように七色の光を放つ。

 続けざまに待機形態のトリガースイッチを押し込む。今度は発光が、胎動を思わせるパターンへと変わった。

 

「アーマーアクティブ! ヘイムダァァァァルッ!」

 

 機体名を叫ぶと、目の前で待機形態のヘイムダルをX字に振るう。すると目の前には同じくX字の残光が留まり、それが一気に俺の体へと迫る。

 その残光が俺の胸部へぶつかると同時に、今度は全身を虹色の光が包んだ。

 虹色の光は徐々にヘイムダル型へと形成されていき、完全にISの状態となるのと同時に一気に霧散。これでようやくヘイムダルの展開が完了である。

 

「「「「…………」」」」

「いい……。すごくいいと思う……!」

 

 はい死んだ。俺はもう死んでいる。空気も死んでいる。まるで時が止まったかのようだ。というか、そのなんて言ったらいいかわからないみたいな顔が一番困るんだよ!

 ああああああっ、もう! だからみんなの前で展開するのは嫌だったんだ! 訓練の間はひた隠しにしたのに台無し!

 事情を知ってるナツの辛そうな視線もいたたまれない! 逆に簪さんみたく歓迎されるのも同じぃく!

 ……待機形態が特撮の玩具っぽい見た目となったヘイムダルに対し、母さんが悪ノリした結果がこれである。

 本人はいいことを思いついたとか、せっかくだからというニュアンスで、それこそ特撮の変身シーンっぽいことをしないと展開できないよう改造してしまった。

 流石の俺も母さんが泣くのとか無視して抗議を重ねたが、向こうも大泣きしながらも譲らないからこちらが折れてしまった。

 この状況を見るに、やはり意地でも自分の意思を貫き通しておいた方がよかったのだろう。しかし、すべてはこの言葉に集約される。後悔先に立たずだ。

 

「晴人」

「はい……」

「おばさんには私からきつく言っておこう」

「ぜひお願いします……」

 

 どうやら見なかったことにする方針でいくのか、フユ姉さんは目頭を押さえながらとても有難い提案をしてくれる。

 憐みのあまりに立場も忘れて弟扱いって、これフユ姉さんにしたらかなり珍しいぞ。まぁ、それほど悲惨な事件だったということなのかな。

 有難くもあるが、本当に何も見てない感覚で自然に振る舞うのは女性特有なのだろうか。どこにもわざとらしさを感じないのは単純にすごいと思う。

 

「日向くん、準備ができ次第カタパルトへの移動をお願いします!」

「ああ、はい、すぐにでも――――」

「待ってよハル。忘れてるよ」

「ん? ……そっか、確かにそうだね」

 

 山田先生ですらこのザマか……。などと思いながらカタパルトの方へ近づこうとすると、ナツが片手を差し出しながら俺を呼び止めた。大事なことのある見送りの儀式を忘れているとのこと。

 代表候補生と模擬戦なんて、大事なこと以外のなにものでもない。俺は左腕の装甲を部分的に解除すると、ナツのほうへ手を伸ばした。

 片手がふさがっているような場合は別バージョンが存在し、まずは掌と掌をぶつけ合う。そして往復するように手の甲と甲を。

 それが終われば軽くこぶしを握り、今度は上下にぶつけ合う。そして最後に、正面から拳をぶつけ合うことですべての工程が完了だ。

 

「ハル」

「うん?」

「信じてるから」

 

 信じてるから。

 そう言うナツの笑みは、すべてを浄化するかのように清らかだった。瞬間、胸の奥がざわつくような感覚が過る。

 なんと言えばいいのだろう。ナツが信じてくれているのは当たり前なのに、そのくらい言われなくてもわかっているのに、この子のために頑張りたいと強く思う。

 勝っても負けても、ナツは俺を笑顔で迎えてくれるはず。しかしだ、どうせなら勝って迎えられたい。……俺を信じてくれるナツのためにも。

 

「ナツ」

「ハ、ハル……?」

 

 気づけば俺は、滑らせるようにして指と指とが絡むようナツの手を取っていた。

 とても柔らかい手だ。普段から家事をしていることが信じられないくらい、しなやかで、繊細で、可愛らしい。そして、ほんのりとした温かさが心地よい。

 許されるのなら、ずっとこの手を握りしめていたいような。俺にそう思わせる優しい手。

 

「俺、とにかく頑張るから。たとえ無様でも、ずっと見ていてほしい」

「ハル……。……うん、わかった。約束する」

 

 こんな時なら勝ってくるとか言ってやりたいけれど、それでも俺はまだ強気になることはできない。けど、俺の言葉も半分くらいは正解なんだと思う。

 今まで絵のこと以外で必死になるまで頑張る、ということをして来なかった俺だ。そんな俺を、ナツが一番よく知っている。

 だからナツには、どれだけボロボロになろうとも、どれだけ甚振られようとも、頑張る姿を見せてやりたい。

 俺はこれだけ頑張れるようになったんだっていうのを、ナツに見届けてもらいたいんだ。

 ナツの約束するという言葉を受け、俺は名残足居ながらも手を離し、今度こそカタパルトにヘイムダルの両足を着けた。

 開かれたハッチにガイドラインが表示され、更にカウントダウンがスタート。カウントがゼロになるのと同時に、緑色に光るGOサインが。

 それを合図にスラスターをフル稼働。重量級の機体はゆっくりながら徐々に加速してゆき、勢いそのままアリーナ内へと飛び出た。

 

『ワアアアアアアッ!』

「……すっごいな」

「この程度で萎縮していては話になりませんわよ? ヒ・ム・カ・イ・さん」

 

 気にしないとは言ったものの、俺が飛び出ると同時に歓声が沸いて思わず圧倒されてしまう。まさか生きているうちにこんな人数に歓迎される日が来ようとは。

 そんな俺の素直な呟きを耳にしてか、オルコットさんがわざとらしい声をかけてきた。ついでに言うなら日向を妙に強調しながら。

 それよりも、いい加減俺にその類の言葉は意味をなさないということをわかってもらえないだろうか。こちとら無視するのもなんだしとか考えているんですぞ。

 

「えっと、オルコットさんは慣れてそうだよね。羨ましいよ」

「勿論、注目されるのも貴族の務めですもの。それより、もう一度だけチャンスを差し上げますわ」

 

 注目されるのに慣れてるのはいいことだと思う。俺なんて最近になっていきなり世界規模で注目されてしまうんだから困ったものだ。

 それよりオルコットさんって貴族なの? それはまたすごい新事実というか、貴族の血筋がなんでIS学園にとも思ってしまうな。

 おっと、集中してオルコットさんの言葉に耳を傾けなくては。ちゃんと聞いていないとまた怒鳴られるのが目に見える。して、そのチャンスとやらはいかに。

 

「この場でどうしてもと仰るのなら、今からでも手加減して差し上げます。正直全力は気が乗りませんの」

 

 やはりそういう話かとは思っていたが、俺が考えていたのよりもだいぶニュアンスが違うらしい。

 てっきり俺ごときに全力はエネルギーの無駄だという感じではなく、弱者を甚振るような趣味は持ち合わせていないと言いたいらしい。

 後者も普通ならなんと上から目線なと思うところだが、オルコットさんの貴族という出自を鑑みるのなら頷ける。

 その他のオルコットさんの言動に関してはさておいて、なんというか、高貴な者のする行いじゃないというやつ?

 そんなオルコットさんには申し訳ないが――――

 

「ごめんオルコットさん。こんな俺でも譲れないものくらいはあるんだ」

「……致し方ありません。せいぜい足掻いてみせてくださいませ」

 

 俺の意志が固いと見るや、オルコットさんは溜息をひとつこぼしながら背を向けて反対方向へと漂っていく。

 どうやらハイパーセンサーに表示されている開始位置へと向かっているようだ。俺もこうしちゃいられない。

 すぐさま指示に従い開始位置へ。それから数十秒後と言ったところか、試合開始前のアナウンスがアリーナ内へ鳴り響く。

 そして試合開始のブザーが鳴るまでのカウントダウンが表示される頃には、観客席は恐ろしいくらいに静まり返る。

 その静寂がいくらか俺の緊張を掻き立てるも、取り乱すまではしない。落ち着けと自分に言い聞かし、カウントダウンがゼロになるのを今か今かと待ち構えた。

 

『試合開始』

「喰らいなさい!」

 

 試合開始のブザーが鳴ると同時、いや、素人目からではフライングではと感じるくらいの速度でオルコットさんはライフルらしき銃を展開。これまた瞬時に狙いを定めて速射してきた。

 全貌としてはレーザーライフルのようで、青色の閃光が真っ直ぐ、一直線にこちらへと向かってくる。だがいくら早かろうと、ある意味では関係ない話でもあるんだなこれが。

 オルコットさんが速射による先制攻撃を狙っていたように、こちらも相手の初手がどうであろうとも、ヘイムダルの要である変形機構を使用するつもりでいたのだから。

 

青色の塔盾(タワーシールド)!」

「その重装甲のISに盾ですって……?」

 

 ネーミングというものは、変に凝るよりわかりやすいくらいがちょうどいいと思う。

 青色の塔盾(タワーシールド)と名付けた変形機構の起動と共に、ヘイムダルの右腕からエネルギーシールドが飛び出た。

 けたたましい音が鳴り、それにかなりの衝撃を感じながらも青色の塔盾(タワーシールド)でレーザーを受け止める。

 難なくとまでは言わないが、問題ない程度には防ぐことが可能らしい。もっとも、今のが最大火力なら……の話ではあるが。

 

「ふんっ、どうやら開発者の方はかなり心配性のようですね。ですが、思い通りの持久戦はさせませんわよ」

(マウントが外れた……? ええと、ピックアップして情報を――――)

 

 オルコットさんの専用機の腰にあるスカートのような部分。てっきりスラスターの類と思っていたのだが、マウントが外れて宙へと浮いたのを見るにれっきとした武装のようだ。

 ハイパーセンサーでスキャンをかけると、遠隔操作可能のBT兵器であるブルー・ティアーズというような表記が現れた。

 専用機そのものの名称もブルー・ティアーズであるところを見るに、アレがキモになると考えていいだろう。

 情報をまとめると、最初のライフルも合わせて中・遠距離を想定した射撃型機体……というところだろうか。

 重苦しく俺を見据える五つの銃口を前に俺は今一度青色の塔盾(タワーシールド)を構え直した。

 

「さぁ踊りなさい! わたくしとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

(くっ、予想通りの攻め手ではあるけど、これは……!)

 

 四基存在するBTはまずこちらへ向けて一斉射撃。それらのレーザーを防いでいる間に二基が俺の背後へと回った。

 前方後方二基ずつ配置での挟み撃ちとは、なんと理にかなった戦法だろう。ならば俺のするべきは、とにかく背を取らせないことのみだ。

 

「レディの誘いを断るとは、男性の風上にもおけませんわね!」

 

 バック走の要領で背中を取らせないことには成功しているが、このままでは対策を講じられるのも時間の問題だ。

 オルコットさんがブリティッシュジョーク調で言った、逃げてばかりでは勝てないというのもまた真理なのだから。

 しかし、この状態から青色の塔盾(タワーシールド)を解除してまで無理に攻めに出るのは悪手だろう。

 だがいくら耐えることがヘイムダルの旨とはいえ、どちらにせよこのままではいずれ限界が訪れてしまうぞ。

 

「フフ、足元がお留守ですわよ」

「なっ……!?」

 

 突然右足に衝撃が走った。言うまでもなくレーザーに撃ち抜かれた衝撃ではあるわけだが、だからこそ混乱してしまう。

 青色の塔盾(タワーシールド)はヘイムダルの巨体をすっぽり覆うことのできるほど大きな盾。完璧にまでとは言わないが、わずかな隙を縫って射撃を直撃させるなんてのは至難の業だ。

 しかも一応でも俺は背を取られないように動いていたんだぞ。だと言うのに、オルコットさんは動く小さな的に見事BT一基の射撃を命中させたのだ。

 

「今度こそ当たっていただきますわ」

(そっちはまずい……! BTよりもっとよくない!)

 

 レーザーを足へ受けた衝撃により、俺は前方にズッコケるようにして体勢を大きく崩した。無論、目そのものはオルコットさんから離してはいない。が、だからこそ待ち受ける困難に焦らずいられないのだ。

 オルコットさんが構えていたのは初手で撃ってきたレーザーライフル。名前はスターライトMk-Ⅲというようだ。

 距離はあるが、先ほどの精密射撃からして外すことは期待しないほうがいい。当たるとすれば絶対防御発動圏外ではあるが、あの高火力レーザーをモロに喰らうのは大きな痛手だ。

 俺は一種の生存本能というやつに駆り立てられたのか、気づけば自分でも予想だにしない手へ打って出ていた。

 

「う……わぁぁぁぁっ! 赤色の丸鋸(サーキュラーソー)!」

(無理にでも反撃に出ることを選びましたか。正しい判断ではありますが――――)

 

 現在ヘイムダルに存在する唯一の攻撃用武装、赤色の丸鋸(サーキュラーソー)青色の塔盾(タワーシールド)が右腕に収納されると瞬時に顔を出し、高い金属音を鳴らしながら高速回転を始めた。

 俺はすぐさま、とにかく必死にオルコットさんめがけてそいつを射出。少しでも精密さを欠いてくれればという淡い期待を抱きながらだ。

 赤色の丸鋸(サーキュラーソー)は問題なくオルコットさんに対し直撃コースで飛んでいくも、それを彼女がよけようとするそぶりを見せないのが気になった。気にはなるが、今は早く体勢を整えなくては。

 俺がそう思いながらヘイムダルの操作を行っていたその時である。

 

「逃しませんわよ!」

「それはちょっと予想外……! ぐううううっ!?」

「ちぃっ……! やはり一瞬があだとなりましたか」

 

 オルコットさんは赤色の丸鋸(サーキュラーソー)をギリギリまで引き付けたかと思えば、側宙で回避行動を行いながらスターライトMk-Ⅲを撃ってくるではないか。

 回避しながらの反撃はまったく想定していなかったわけではないが、こうも綺麗に実演されてしまえばぐうの音も出ない。

 こちらも負けじと回避行動をと言いたいところだが、そんな技量が今あれば苦労はしないよ。単純にヘイムダルが鈍足、というのも大いに関係しているが。

 結果としてレーザーは胸部装甲に直撃。足の時とは比にならない衝撃を感じつつ、俺は大きく後方へと吹っ飛ばされた。

 だがダメージは思ったよりも受けていないらしい。これはヘイムダルの重厚さのおかげかな。まぁ、いいのをもらったのには変わりないわけだが。

 

「……貴方、明らかな劣勢だというのに随分と余裕な表情ですわね」

「よ、余裕? いやいや全然そんなことは――――」

 

 撃ち出してから弧を描いてこちらへ戻ってきた赤色の丸鋸(サーキュラーソー)の鋸部分を右腕と再連結させながら受け止めていると、なんとも怪訝な表情をしたオルコットさんがそう言う。

 しかしだ、俺自身にその自覚は全くなく、むしろこのままではまずいと思っているくらいなんだけれど。余裕、かぁ。

 思わず俺を包むヘイムダルの無機質で冷たい左手装甲で頬を軽く掴んだその時、ふと左手――――俺自身の左手に確かな温かみが残っているのを感じた。

 

「……うん、気持ち的には余裕があるのかも」

 

 本当は今すぐ逃げ出したいくらいだよ。これ以上レーザーで撃たれるのなんてまっぴらごめんだし、ましてや絶対防御発動圏内に攻撃が直撃することなんて想像したくもない。

 けど俺は逃げない。逃げ出さないでいられる。不格好でも、全然勝てる気とかしなくてもオルコットさんに立ち向かえるのは、ナツが見てくれているから。

 ただそれだけかと思うだろうか。多くの人にとってそれだけのことであろうとも、俺にとってはこれ以上安心していられることはない。

 きっと箒ちゃんや簪さんが心配そうにしているところ、一人不自然に平気そうな顔してモニタリングしているんだろう。

 そうだ。それでいいんだよナツ。このくらい俺にとってはなんともないんだよって、そう信じて待ってくれているキミが居るのなら――――

 

(俺も、ただで負けるわけにはいかない!)

『搭乗者の経験値が一定に達しました。仮称識別色・黄(コード・イエロー)をアンロック』

 

 俺が気合を入れ直していると、ハイパーセンサーが新たなる変形機構のアンロックを知らせた。訓練の時はうんともすんとも言わなかったのに。

 試運転ができていないことは完全に痛手だが、現状で二つの手しか持っていないヘイムダルにしては使わないという選択肢はない。

 不安は残るものの、今さっき一矢報いると意気込んだばかりだ。ならば恐れず進め。さすれば自ずと道は拓ける。

 

仮称識別色・黄(コード・イエロー)!」

 

 俺のコールと共に赤色の丸鋸(サーキュラーソー)は右腕内部へと引っ込み、右腕に走るラインが黄色へと変わる。

 そして長い板状のパーツが飛び出したかと思えば、手の甲の方へスライドしながら弓なりに折りたたまれて鎮座した。

 更に中心部分を繋ぐようにワイヤーが連結……って、この見た目はボウガンか何か? 上手く使えるかはわからないが、ようやくちゃんと武器と呼べるようなものが手に入った。

 

(と、とりあえず試し撃ち!)

「ご自慢の盾なしで悠長にしていられるかしら!」

 

 オルコットさんの言うとおり、他の変形機構を同時運用できないというのはヘイムダルの大きな弱点だろう。

 それを見切ってのことか、オルコットさんは手数で攻める手できたらしい。四基のBTは一瞬にして俺を取り囲んだ。

 最大限の回避をしつつ、仮称識別色・黄(コード・イエロー)の使用についてチュートリアルのようなものを確認。レーザーがそこかしこをかすめながらなんだから手早く手早く……。

 ええと、どうやらトリガーを長押しすることで矢の構造が引き絞られるようだ。それに合わせてエネルギーで形成された矢弾の威力も変わるとかなんとか。

 要するにチャージ系の武装で単発式。説明を聞く限り連射は不可能か……。なら一発一発が大事になっていくわけだ。とにかく、打開策になってくれることを祈ろう。

 

「……放置するのはあまりよろしくないようですわね」

 

 オルコットさんがそう呟くのにはわけがある。というのも、俺が引き金を握って力を込めた瞬間、チャージが開始した初動の段階で凄まじいエネルギーの密度だからだ。

 そのエネルギーはまるで雷の槍とも形容できるようで、弓部分が引き絞られていくごとにだんだんとその密度を増していくではないか。

 オルコットさんの警戒が強くなるのを示唆するかのように、BTによる攻撃は更に苛烈を極める。積極的に唯一露出している腹部付近を狙っているようだ。

 これ一発撃つのにかなり削られている。対価に見合うかどうかはわからないが、やはりもうこの一撃に賭けるしかないようだ。

 

(100%チャージ完了……!)

(きますか……。とりあえず回避重点の行動を――――)

「いっけええええええっ!」

「なっ、これは……!? キャアアアア!」

 

 仮称識別色・黄(コード・イエロー)のチャージが完了したのと同時に、右腕をまっすぐ伸ばしてオルコットさんに向けた。

 するとBTによる攻撃の手が止むのを見るに、どうやらオルコットさんはいつでも回避ができる状態をつくるつもりだったようだ。

 だがそれは無意味に終わった。なぜなら、単純に放たれたエネルギーの矢弾が早すぎたからだろう。

 発射と同時に目にも止まらぬ速さで飛び出たかと思えば、BTを一基巻き込みながらオルコットさんの脇腹を大きく掠めてからアリーナのシールドへとぶつかった。

 アリーナのシールドするか貫通してしまうのではと思わせるほどの轟音が鳴り響く。近くの観客には悪いことをしてしまった。

 さて、BT一基を撃墜し、オルコットさんにも掠めただけとは思えないほどのダメージを与えることにも成功した。それは僥倖なんだけれど――――

 

(……どうして俺は墜落しているんだろうか……)

 

 確か仮称識別色・黄(コード・イエロー)の矢弾を撃った瞬間のことだ。右腕にとんでもない反動を受け、右腕が肩関節からすっぽ抜けるんじゃないかって勢いで頭上に振り上げられたんだった。

 それでなくとも大きな右腕がそんな勢いで振り上げられたと言うこともあり、俺は後方に回転。発射の反動も相まって、PICの制御が間に合わなかったということ。

 ……母さん。それでなくとも撃つまでに時間がかかるのに、PICを弄らないと空中では撃てないようなものを造らないでほしい。

 今もどこかで呑気な顔して過ごしている母さんに対し、アリーナの地面に大の字になりながら文句を呟く俺であった……。

 

 

 

 

 




変形機構の解放順ですが、色の三原色である赤青黄からというのは決めていました。
これからこんなふうに随時残りの色も解放されていくのでお楽しみに。
次回VSセシリア、決着。





赤色の丸鋸(サーキュラーソー)
ヘイムダルの右腕である虹色の手甲(ガントレット)に用意されている七つの変形機構のうちの一つ。
近接戦闘用としての運用をメインとしているが、中距離程度の射程ならば射出することも可能。出力によって三段階の大きさに変化させることもできる。
射出した丸鋸はヘイムダルを検知して自動で戻って来る仕様だが、再連結するまでは完全に無防備なので注意が必要。射出中は他の変形が行えないという点についても同上。





青色の塔盾(タワーシールド)
ヘイムダルの右腕である虹色の手甲(ガントレット)に用意されている七つの変形機構のうちの一つ。
ヘイムダルのほぼ全体を包み隠すことのできるほど巨大な盾。
これにより、ただでさえ絶対防御発動圏内が小さいヘイムダルはより堅牢な守りを得る。
ただし、あまりの巨大さにより、前方の視界が塞がれてしまうのでハイパーセンサーとの併用は必須。あまり過信すると背後に回られてしまう可能性あり。
出力により厚さ、大きさをほぼ無制限に変更することができ、恵令奈曰くアリーナのシールドをも凌駕しうるポテンシャルを秘めているとか。




新規兵装である仮称識別色・黄(コード・イエロー)については次回解説します。
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