それに伴ってツンデレ中華娘も登場――――となるのですが、影が薄ぅい!
23話は構成的に22話の続き的な部分があるので仕方ないといえばそうなんですが、それでも薄味な再会になってしまってますねぇ……。
というか、晴人がクラス代表でもないので、彼女はもしかすると全編とおして影の薄い存在になってしまう可能性が……?
……別に悪意はないので許してクレメンス……。
以下、評価してくださった方々をご紹介!
鴉紋to零様
評価していただいてありがとうございました!
(はぁ、まさかこんな初歩的なミスをしてしまうとは)
クラス代表決定におけるトラブルも終息し、特筆するようなことがあるでもないIS学園での日常を送っていたある日のこと。
ナツのクラス代表就任を祝してちょっとしたパーティーを行うんだとか。もちろんクラスメイトとして俺も誘われはしたんだけど……。
そのパーティーが行われる食堂へ向かっていた直前のこと、携帯電話が行方不明になっていることに気が付いた。
ありかは目星がついていて、俺は先に回収すべく急いでいるということ。急がなければ戸締りされてしまう可能性がある。
俺が今日最後に着替えを行った場所、それはアリーナ近くのロッカールームだ。むしろそれ以外に忘れるような箇所はない。
ゆえに見つからなかった場合は絶望しなければならない可能性はあるが、ほぼ100%でそこだから問題はないだろう。
さて、この渡り廊下を先に進めばもうすぐ目的地だ。パーティーに間に合わないということも加味し、更に速度を上げようとしたその時――――
「どーん」
「のわぁっ!?」
何者かの優し目な前蹴りが俺の真横からクリティカルヒットした。
当然ながらいきなり横からの力が加わってしまえば対応なんてできず、俺は転倒して学園中に整備されている芝生の上にごろごろと転がる。
芝生がクッションになったおかげか、蹴りの威力もそんなになかったおかげか、特に俺へのダメージらしきものはない。
転がるのが落ち着き次第、ゆっくりと立ち上がって蹴りを入れた張本人を捜すべく周囲を見渡す。するとそこには、俺にとって懐かしい人物が居た。
「晴人、久しぶりね。IS動かしちゃうとか面白いことしてくれるじゃん!」
「り、鈴ちゃん!?」
女子にしても小柄な体躯。笑うと見える大きな八重歯。そして昔と変わらぬツインテールがトレードマークな彼女は、短いながらも幼き日を共に過ごした人物――――凰 鈴音ちゃん。
小学校四年生の終わりに箒ちゃんが転校して行って、入れ替わるように中国からやって来たのが鈴ちゃんだった。
中国からの転校生ということで、物珍しさからか冷やかしに合っていたところをナツが助け、それ以来俺も仲良くさせてもらっていた。
しかし、中学二年の半ばあたりでご両親の都合により故郷へ帰って行ってしまって……。それがまさか、こんな所で再会することになろうとは。
いや、もちろん俺が特殊な環境に居るおかげで、ということは理解しているけど。
「えっと、久しぶり。時期が微妙にズレてるのは、中国の方で何かあったりしたのかな」
「ふっふーん、馬鹿ね。ただの生徒だったらこんな時期に編入なんかできるわけないでしょ」
懐かしみを感じながらも、かつてと同じようなやりとりを問題なくできるのは、鈴ちゃんの持つ往来のサバサバとした性格のおかげだろう。
実に数年ぶりの再会となるというのに、まるで昨日も会ったみたくすんなりと質問をぶつける俺が居た。
そんな俺の素朴な疑問に対し、鈴ちゃんはなんとも得意気な様子で胸を張る。鈴ちゃんのドヤ顔を拝むのも随分と久しぶりだ。
それにしても、普通の生徒ではないということならば、鈴ちゃんはつまりアレか。IS業界における実力者を示す例の――――
「つまり、代表候補生ってこと?」
「そのとおり。どーよ、これがアタシの実力ってやつね」
俺の予想は正解のようで、鈴ちゃんは更に鼻高々の様子になった。実際にすごいことだからなんとも言わないけどさ。
鈴ちゃんは運動なんかやらせるとピカイチなわけだが、まさか一年そこらで代表候補生まで上り詰めるなんて本当にすごいや。
それは鈴ちゃんに確かな実力と才能があったことを証明しており、鈴ちゃんは得意気になってしかるべきと言ったところか。
そこで純粋な気持ちで拍手を送ると、しばらく平気そうだった鈴ちゃんは徐々に顔を赤くして小刻みに震え出した。
そしてついにはウガーッと唸り、ボケてるんだからツッコめという不満をぶつけられてしまう。
そっちの流れだったかと思いつつ、そういうのを俺に求められてもなぁとも思う。だって当時からして弾と数馬の役目だったし。
「ったく、まぁいいわ。ところで晴人、他の馬鹿連中は元気してんの?」
「うん、弾と数馬に至っては相変わらずみたいだよ。最近バンド組んだんだってさ」
「下心丸出しなの見え見えね。モテたくてバンド組むとか典型的過ぎんでしょ」
鈴ちゃんが中学二年の途中まで一緒だったということは、当然ながら弾や数馬とも友人関係にあった。結構ドライな物言いをすることもある鈴ちゃんだが、流石に年単位で離れると気にはなるらしい。
そこで二人の近況をそのまま伝えると、なんだか鈴ちゃんは聞いて損したみたいな顔つきになってしまう。本当だよね、普通にしてればそれなりにモテるはずだって再三言ってるのに。
「それで、その、アイツはどうなのよ。アタシのこと、なんか話したりしてなかった?」
「アイツ……? ああ、ナツか。ナツは……――――しまったああああああっ!?」
「ちょっ、いきなり何よビックリするわね! え、ってかホントに大丈夫!?」
急に神妙な感じになってモジモジし始めると思ったら、どうやら別途でナツのことを聞きたいらしい。
ああナツね、そりゃ鈴ちゃんからして気になるか。……なんて呑気でいたら思い出してしまった。ナツが女の子になってしまっているということを。
……だから感覚が狂ってるんだってば! なんで当たり前にナツは昔から女の子でしたよみたいなテンションなのさ、俺の馬鹿! というか、ナツ本人が近くに居ないのにどう説明したらいいんです!
え~……まぁ、なんというか、鈴ちゃんも例のごとくと言いますか、ナツに恋慕を抱いていたわけでおりまして。転校した時期的にギリギリナツが女の子になったのを知らないわけでありまして……!
俺にとっての鈴ちゃんは、明るく快活で、サバサバして世話焼きでって感じで、なんとなくお姉ちゃんみたいな存在だ。
しかし、ことナツが絡むとまったくもって穏やかじゃない。一気に沸点が下がってしまって、下手をすると箒ちゃんよりも怖いんだ。
そんな鈴ちゃんにナツが隣に居るわけでもないのにどう説明していいのかわからず、一瞬にして追い詰められた俺は頭を抱えながらその場に這いつくばった。
あまりにいきなりなことで、鈴ちゃんは割と本気で俺のことを心配してくれているらしい。それが返って話づらさを増長させた。
「ナナナナナナ、ナツはその、間違いなく、げ、げ、げ、元気だよ……うん」
「大人しく吐くのと痛い目見るのどっちがいい?」
「う、嘘は言ってないんです! 嘘は!」
「なーんか引っ掛かるわね。まぁいいわ、今は追及しないであげる。優しいアタシに感謝しなさいよ」
激高モードの鈴ちゃんを恐れるあまり、俺の口から飛び出たのはなんとも稚拙な屁理屈であった。
けど弁明のとおり、決して嘘は言っていないのである。だってナツは実際に元気なわけですもの。
でも、いつも以上にどもってしまっているし、何か隠していること自体はバレバレみたいだ。そしたら後が怖いですねこれは……。
鈴ちゃんもまさか想い人が女の子になっていると思わないだろうし、どうもナツがあまり男に戻る気がないのを知ったらどうなることか。
それを思えば教えてあげたい気持ちもあるが、やはり恐怖に支配された俺はひたすら目を泳がせることくらいしかできなかった。
「ってわけで、これで貸しひとつってわけね」
「ええっ、いきなりご挨拶だな。そりゃ恩は返すけど、あまり無茶は言わないでほしいな」
「アタシがそんながめついことしたみたいに言わないでよ。道案内してくれればそれでいいわ。ここ無駄に広くって道わかんないのよ」
鈴ちゃんはニヤッとイタズラっぽく笑ったかと思えば、とりあえずこれ以上の追及はしないから貸しひとつと人差し指を立てた。
確かにギブアンドテイクだったり持ちつ持たれずっていうのは大事だと思うけど、再会していきなりそんなごねられるとは思わなんだ。
俺のゲンナリとした返しに鈴ちゃんはムッとするけど、それなら財布を持ち歩かない主義とかいうのをどうにかしてほしいものである。
鈴ちゃんらしいと言えば聞こえはいいが、俺とナツだけで累計どれくらいの金額が――――いや、止めておこう。なかなか言って聞いてくれる性格でもないしね……。
それにしても道案内か。俺も細部まで歩き回ったわけじゃないから不安だな。そもそも踏破した人が居るのかどうかすら怪しい気がするけども。
とにかく鈴ちゃんの持っていたパンフレットを拝借して行きたい場所を聞いてみると、本校舎一階受付を目指いしていたんだとか。
うん、ここなら俺もいろいろと手続きがあったから行ったことがある。それに、現在地からは道案内もいらないくらい目と鼻の先だ。
しかし、今は鈴ちゃんに借りがある身。彼女が望んだのは道案内なわけで、ここは責任もって先導させてもらうことにしよう。
「じゃあ、行こうか。こっちだよ」
「ええ、ありがと。ってか晴人、結構身長伸びたわね」
「まぁ、それなりに。そう言う鈴ちゃんは相変わらず――――痛いっ! ご、ごめん、冗談のつもり――――痛ぁい!」
以前箒ちゃんにも似たようなことを言われたが、鈴ちゃんも俺の身長がそれなりに伸びていることが気になったらしい。
むしろほとんど平均身長ぴったりくらいに伸び続けてはいるんだけど、持ち前の気弱さから小さく思われがちなのだろうか。
そして俺はほんの冗談のつもりで鈴ちゃんは相変わらずだと言おうとしてみるも、残念なことに二度も尻を蹴られる結果となってしまった。
その後は懐かしいような話をしながら歩くことしばらく、二分ほどで鈴ちゃんの目指している場所へは到着した。
あそこだよと指差してやると、鈴ちゃんはやっと見つかったと心底から安堵したような表情を見せていた。それだけ安心してもらえば、こちらとして嬉しい限りだ。
「晴人、ありがと! おかげで助かったわ」
「こちらこそ、助けになれてよかったよ。まぁ、昔みたく困ったときはお互い様ってことで」
「そうね、昔みたいに……ね。フフッ。それじゃアタシは行くわ。晴人、また明日!」
「うん、また明日」
懐かしくも、やはり昨日も交わしたかのような気がするまた明日という挨拶。鈴ちゃんはこちらに大きく手を振りながら、元気に走り去って行った。
うーむ、本当に相変わらずだ。本気で彼女と何年も会っていないと思えなくなってきたぞ。こちらは冗談でなく、いい意味でのつもりだが。
……それより、俺はこんなところで油売ってていいんだっけ? いや、よくない。そもそも携帯を回収して、急いでパーティーに向かおうって話だったんじゃないか。
どうやら携帯は諦めた方がいいらしい。どうせそこまで使うわけでもないんだし、今すぐ回収しないとなくなるとかそういうわけでもない。
早々に頭を携帯回収からパーティーに合流という思考に変えた俺は、再度両足に力を込めて食堂の方向へ全力疾走するのであった。
「おーい!」
「あっ、ハル。もうとっくに始まっちゃってるよ~!」
食堂へ向かってみると、ひとクラス分では済まないであろう人だかりができていた。その混雑の中から、ナツが俺を手招いている。
その周囲には箒ちゃん、簪さん、セシリアさんの姿が見える。四組である簪さんが居るということは、やはり一組だけの話で済まなかったことがうかがえる。
どちらにせよ、パーティーもそれなりに進行が進んでしまっているらしい。急いで正解だったと思い知らされつつ、ナツの手前で息を切らせながら足を止めた。
「携帯、見つかった?」
「ええっと、のっぴきならない理由で今日の回収は諦めたというか」
ほぼ確実にロッカーの中とはいえ、まだなくした可能性がゼロであるわけでもない。ナツも現物を見るまで安心できないのか、出会い頭にまず携帯のことを尋ねられた。
しかし、言ったとおりに鈴ちゃんとまさかの再会があったおかげで回収はできていない。ナツがこちらのことを心配してくれているだけに、なんだか罪悪感が募ってしまう。
見なよこの何も知らない無垢な顔を。俺も含めての話ではあるが、明日あたりにでも大変なことになると思うといたたまれない。
せめてナツには鈴ちゃんの再来を教えておくべきなのかも知れないが、彼女の気持ちに関して一ミリも気づいていなかったのだから、今からでは余計ややこしいことになりそうな気もする。
「おっ、なになに。やっぱ無言で見つめ合っちゃうタイプの関係?」
「うわっ!? あ、あの、どなた?」
「し、新聞部の人なんだって。専用機持ちを中心に話を聞きに来たみたい」
「はいはーい、二年新聞部の黛 薫子でーっす。面白いネタなら随時募集中! というわけでよろしくね、日向くん」
「は、はぁ……」
申し訳なさが渦巻く中でナツの様子をうかがっていると、俺たちの間からヌッと出てくるように見覚えのない人物が姿を現した。
単に驚いたということ、そして見つめ合っていたと取られたという二つの理由から、俺たちは慌てて数歩分後ろへ飛びのいた。
後者に関して誤魔化すように何者かを尋ねると、少し頬を赤く染めたナツが簡単に説明を入れてくれた。本人からも自己紹介があり、とりあえず黛先輩がここに居る目的は理解でした。
なんというか、良くも悪くも押しが強い人みたいだ。押しに押されて余計なことだけは言わないでおこう。
「で、で、それでそれで!? 実際どうなの? 二人はどういう仲なわけ!?」
「そ、その~俺からは恐れ多くて何も……。ナツ、頼むよ」
「う~ん、親友ないし姉弟ないし家族ないし? 個人的に一番しっくりくるのは相棒って感じだけど」
ナツと俺の関係は簡単に説明できるけど、実のところ特大な地雷が用意されているせいでこちらからの説明は避けるようにしている。
そもそも俺とナツがこれだけ仲がいいのは、ある意味ナツが…………織斑姉妹が、ご両親に捨てられたという事実があるからだと思う。
どうにも母さんがフユ姉さんを説得したうえでの親代わりということのようで、それがなければ子供の頃の俺は積極的にナツと関わろうと思わなかったろうから。
だから俺からは説明がしづらいんだ。捨てられた本人は上手い話の流し方を周知している。だから今回もと思ったのだが、黛先輩の野次馬根性は一筋縄じゃないらしい。
「そっか、家族ぐるみの付き合いなんだね。いわゆる幼馴染ってやつなのかな」
「まぁ、それを言うなら箒ちゃんもなんですけどね」
「おい、さりげなく私を巻き込むな!」
「ほほう、それはいいこと聞いたよ。つまり日向くんは可愛い幼馴染二人を手籠めに――――」
「捏造! 誇張表現! 断固反対です!」
これ以上の追及を避けるためにも話題が別方向に向かえばと、箒ちゃんには悪いけどしれっと名前を出してみる。
出された方はたまったものではないらしく、血相を変えて一気にこちらへ詰め寄って来た。
まぁまぁとなんとか箒ちゃんを宥めようとしていたのだが、黛先輩の不穏な呟きが耳に入ったせいでそれどころではいられなくなってしまう。
本当、手籠めにできるような性格なら苦労はしない。手籠めと言うならむしろかつてのナツだ。それも手の広さは幼馴染だけじゃ済まないぞ。……まぁ、本人はまったくの無自覚なわけだが。
とにかく、黛先輩は冗談だと笑いながら両手を振った。それ以降はこちらが回答を避けようとしているのを察知したのか、俺個人に関する質問を中心にインタビューされた。
俺を知る人物からすれば当たり前のことであるが、当然記事になるような回答ができてはいない。俺はそれだけ地味なやつってことだ。
記事にできそうな内容といえば、風変わりなISであるヘイムダルの製作者についてだとか、俺が界隈ではちょっとした有名な画家の孫だとか、そのくらいのことだ。
で、時間的に食堂の開放も限界ということでお開きに。本当に何しに来たんだ俺は。ただ辱められただけとか孫しかしてない。
箒ちゃんを始めとした比較的仲が良く会話率も高いメンバーと別れの挨拶を済ませると、そのままナツと共に自室へ……戻ったのはいいんだけど、先ほどとは少し雰囲気が違うよう感じられた。
「ハル、ありがとう」
「えっと、何に対して?」
「インタビューのことだよ。なるべく触れないようにしてくれてたでしょ」
ベッドに腰掛けたナツは、なんだか申し訳なさそうに笑いながら俺に感謝を述べた。それはさっきの件に関する感謝らしい。
おじさんとおばさん、つまり俺の父さんと母さんが本当の両親で、血の繋がりのある自身の両親にはなんの感慨もないとナツは言う。
そうは言うが、多分だけど親が蒸発するなんていうのは想像を絶する経験なはずだ。いくらナツが言葉で感慨はないと語ろうが、ね。
……それは、気ぐらい遣うに決まっている。ナツの口から両親に捨てられたんですなんて、間違っても言わせてなるものか。
「感謝されるようなことはしてないよ。俺はただ――――」
「ハル、感謝されたら?」
「……素直に受け取る。わかったよ。どういたしまして」
「うん、よろしい」
俺はただ、ナツが俺にしてくれてたことを真似しているだけのことだ。そう言い切る前に、ナツは遮るようにして質問をなげかけてくる。
感謝されたら素直に受け取る。確かに以前も同じことを言われた。何度も同じことを言わせるなということじゃないだろうが、肝に銘じておくべきだったか。
観念してナツの感謝を素直に受け取ると、向こうは満足そうに腕組みしながら無駄に偉そうな態度でよろしいとひとこと。
無論、冗談の類なんてことはわかっている。なんだか可笑しくて小さな笑いをこぼせば、ナツもそんな俺を見てか笑いをこぼした。
二人してクスクスと笑うことしばらく、歩みは自然にそれぞれのベッドへ。そのままスプリングを揺らしながら腰掛けると、ナツは消え入りそうな声で呟いた。
「とっても幸せなんだと思う」
「え?」
「確かに境遇は不憫なのかも知れないけど、私には友達が居て、千冬姉が居て、おじさんとおばさんが居て、そしてなにより……ハルが居てくれるから」
「ナツ……」
ナツがこれまでどう思って生きて来たのか、心が読めるわけなんかないので詳しくはわかりはしない。けどナツは、それでもナツは、己を幸せ者だと言った。
それもすべては、友人や実の姉や育ての親や、何より俺が居てこそだと言い切ったのだ。瞬間、胸に熱いものが込み上げてくる。俺はきっと、単純に喜んでいるのだろう。
こんなどうしようもない俺が、ナツが幸せでいられる一要素を築いている……らしい。
恐れ多い話ではあるが、これを喜ばずしてどうしろと言うのか。ナツの足枷でしかないと思っていたというのに、ただ隣に居るだけでそう思っていてくれてたなんて。
「だったら俺は、ナツの望むようにありたい」
「え?」
「ナツが望んでくれる限りは、ここに居る。……ナツの隣に」
伸ばした手はナツの手を掴む。優しく握ったその手は、何度言ったって飽きないくらいに柔らかくて暖かい。今回は物理的温かさだけでなく、心も温もっていくような気さえした。
そう、ナツの隣は俺の居場所だ。昔はただ必死に背中を追いかけるばかりだったが、ナツがそう言うのなら話が変わってくるのだから。
ナツがそう望み続ける限り、ナツの隣に寄り添い続ける。それが俺に与えられた使命だ。……どうしようもない俺を救ってくれたナツに対するせめてもの恩返しなんだ。
するとナツはキュッと俺の手を握り返してきた。懸命に、求めるかのように。すると俺の胸に宿っていた温もりは、熱へと色を変える。
「言質、取ったから。必ず責任、取ってもらうから」
「ナツがそう望むんなら、そうさせてもらうよ」
顔を俯かせたナツは言質だの責任だの言うが、そんなものすら必要はないということはわかってもらえなかったようだ。
それならそれで仕方ない。時間をかけてでもゆっくりわかってもらうことにしよう。今の俺を創ってくれたのはナツだということを
俺たちは無言で手を繋ぎ合う。時折ナツが熱のこもった視線でこちらを見やり、俺はそれを見て心が熱くなる。
耐えがたいほど恥ずかしくはあったが、これがナツの望みというのならこちらから手を離すわけにはいかない。例えこの時間が久遠に続こうとも。
「……私、お風呂行ってくるね」
「うん。どうぞごゆっくり」
「共用だから心置きなくってわけにはいかないんだよね~これが。じゃあ、行ってきます!」
絡んでいた指と指とはスルリと離れ、ナツは手早く入浴の支度を済ませて部屋から出て行った。
ナツの姿が見えなくなったのと同時に、俺はゆっくりとベッドへ倒れこんだ。そして、先ほどまで繋がれていた右手を見つめる。
俺の右手は絵への情熱を現しているかのように、タコができたりあちこち擦り切れたりして基本的にはボロボロだ。常にどこかしら怪我していて、絆創膏だらけといったところか。
そんな一見すると綺麗でない右手を見ていると考えてしまう。ナツは俺の右手に何を感じ取っているのだろうと。
……俺がナツの手に温もりを感じているように、ナツも同じようなことを思ってくれているだろうか。それとも傷で握り心地に悪いであろう手を、努力の象徴と思ってくれているだろうか。
それはナツにしかわからないことだが、どんな些細なことでもいい、俺の右手に何かを感じてくれているのなら、こんな右手でも悪くないと思う。ナツに右手のことを説かれたのもあるんだろうけど――――
(悪くないな。あぁ、悪くない……)
俺は虚空を掴むかのように、誇らしく思える右手を力強く握りしめた。すると俺の頭にはナツの笑顔が過り、それと同時にまたしても顔へ熱が集まる。
実のところ前はこの感覚に少し混乱したりもしたが、今はこの感じさえも悪くないと思えた……。
(別に晴人は別に口説いてるつもりは)ないです。
でも晴人の中で一夏ちゃんに対する【特別】のベクトルが変わりつつあるのは事実です。
以前までの晴人だと、んな歯が浮くような思考回路は働かなかったでしょうし。
やはり22話がこの作品におけるターニングポイントのひとつなのかも知れません。
あ、次回は一夏ちゃんと鈴ちゃんが絡みます。
ハルナツメモ その14【右手】
絵描きという都合上、晴人にとって大事なものだったが、一夏ちゃんとの仲で更に特別なものへと昇華した。
一夏ちゃんの存在を感じるためのもの、とでも形容すればよいだろうか。
今後は何かと手を繋ぎにかかるシーンが増えると思われるが、それはつまりそういうことなのである。どういうことって? そういうことなのである。