ハルトナツ   作:マスクドライダー

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PC買い換えました。8年使ったので大往生と思います。
新品のおかげかいろいろ快適。執筆も捗るものです。

さて、起承転結の転です。
次回ようやくアレをお届けできると思うと盛大な前振りでしたとも……。





以下、評価してくださった方をご紹介!

ナコト様

評価していただいてありがとうございました!


第28話 例え何に代えようとも

「晴人、ISから降りろ。後のことは私がなんとかしてやる」

「…………へ? ……ちょっ……と待って、待ってよ! 父さん、だってそれは――――」

 

 一瞬だけ何を言われているのか理解が及ばなかった。だが父さんの言ったそれは文字通りの意味であり、ISに乗るのを辞めろという宣告だ。

 しかもニュアンスから察するに、父さんは俺を心配してそう言っているのではなく、失望しているからこその言葉だというように感じる。

 父さんから何かを辞めろなんて言われることは初めての経験だ。それが俺をより混乱の境地に貶めた。更に失望させたとあっては涙すら流してしまいそうだ。

 勿論そんなことは受け入れるわけにはいかない。はいそうですかで終われるはずがないじゃないか。

 俺は右手に走る痛みも忘れて、父さんに食ってかかった。

 

「本当に悪いとも思ってるよ。俺がやったことは間違ってたとも思ってる。けどそんな、降りろとまで言われるのは納得いかないよ!」

「今の晴人のままでは同じことを繰り返す。断言しよう、何度やっても変わらない」

「断言って……! なんでそこまで言い切れるのさ!」

「お前は次があると思うのか?」

 

 特別に自己主張する方ではなかったが、例えば父さんは俺がしたいと思ったことに否定的ではなかったろう。そして、それを辞めたいと思ったならそれも肯定してくれたはず。

 だが今日の父さんは俺の言葉をすべて否定する。微塵も、一切も、すべて、総じて、俺の言葉を受け入れる気はないというように。

 父さんのあまりもな仕打ちに思わずムキになりながら質問を返すと、語気を強めた次があるのかという言葉に圧倒されてしまう。

 この場合でいう次というのは、謎の襲撃者が襲い来ることがまたあるのか、なんて聞きたいんじゃないことくらいわかる。

 次があると思うのか。それは、俺が今この場で生きているということが奇跡であることを示唆する言葉だった。

 俺が生きているのはあくまで結果論。もしかしたら死んでいて、父さんの言うとおり次はなかったのかも知れない。

 そういう考えがまったくなかったわけではない。いや、そのつもりだった。しかし、俺はあまりにも自然に次と口にしていた自分を思い出す。

 だから、何も言えなくなってしまった。

 

「恵令奈が泣いていたぞ」

「母さんが……?」

「自己犠牲精神の強い子だ。盾を与えた場合、こうなることはわかっていたのに……とな」

 

 どうやら父さんをここまで怒らせている原因はそこにもあるらしい。顔にも口にも出さないけど、父さんは母さんを今でも深く愛しているから。

 ヘイムダルの利点で第一に上がるのは、青色の塔盾(タワーシールド)を用いた堅牢な防御力だろう。母さんはそれを悔いているらしい。

 盾を与え、俺がそれを他者を守るために使うことは読めていた。例え自分自身の命が危ういような状況であろうとも。母さんはそれを悔やんでいるらしい。

 様々な感情が入り乱れる。心配してくれて嬉しい。心配させてしまって申し訳ない。泣かせてしまって悔しい。そう思っていることは確かだというのに。

 けれどダメだった。今の冷静でない俺には、盾になることを否定されたように感じてしまう。それは俺が掲げたテーマの否定。俺がナツにしたいことに否定……のようにとらえることしかできなかった。

 

「なんなんだよ……。なんだって言うんだよ! だったらナツや箒ちゃんを見捨てればよかった!?」

「晴人」

「わかってるよ、結果論だったり自己満足なことくらい! 確かに俺は無事じゃ済まなかったし下手すれば死んでたけど、二人が生きてるって事実も確かじゃないか!」

 

 多分、ここまで怒鳴ったのは自分の人生でも初だと思う。その相手が父であり、自己肯定の果てにある逆ギレとはなんとも粗末なことだろう。

 俺の言葉が正しいとは言わない。けど、怒鳴りながら言ったことは少なからず思っていたことなんだ。だからと言って、俺も二人も無事だったからいいじゃないかとまで思ってはいない。

 本当の本当に反省はしているつもりなんだ。文字どおり命を懸けてやったことを否定されて怒鳴っているわけじゃない。僕はただ――――

 

「ナツが剣なら僕が盾だ」

「…………」

「僕はずっとナツの背中を見てることしかできなかった。そんな自分が大嫌いだった! でも、やっと、ようやく、ナツより前に出ることができるようになったんだ。他でもなく、母さんがくれた力で!」

 

 僕は何もできないやつだった。意地悪やからかいをただ我慢することしかできないやつだった。そんな僕をナツはずっと守ってくれていた。

 頼んだわけではないし、間違っても義務感なんかではなかったろう。ナツがやりたいからそうして、ナツは僕を守ってくれていた。

 時には物理的に傷つくようなこともあった。それなのにナツは僕に笑いかけて、大丈夫かなんて問いかけてくるんだ。

 僕はそれが嫌で嫌で仕方なかった。プライドが傷つけられたとかそんなちんけなことじゃない。守られるしかできなくて、笑いかけてくるナツに立たせてもらうことしかできない自分が大嫌いだった。

 その現状を受け入れることしかできない自分が大嫌いだった。大嫌いなのになんの努力もできない自分が、自分を殺したいほどに大嫌いだった。

 でもISを動かせるという、そんな現状も自分も変えられるチャンスが訪れた。専用機に盾が搭載されていると知った時、正直とても嬉しかった。

 だって盾は守るためにあるものだ。守るためには、必ず守りたいものより前に出ていなくてはならない。だから、ようやくナツの前に出るチャンスが来たんだと思った。

 母さんのくれた守る力を無茶をするナツのために使う。最高のシチュエーションじゃないか。それなのに、そうだというのに――――

 

「変わりたいって思って、変われるように努力できるようになったのに、それを否定されたら僕は、いったいこれからどうしろって言うんだよ……!」

「…………」

 

 僕がわめく最大の理由はそこにあるのかも知れない。

 やっとの思いで変わる努力をできるようになったというのに、そこまで否定されてしまってはもはや僕はどうすればいんだ。

 弱くて大嫌いだった自分を受け入れ続けることしかできなくなってしまう。それしかできないんじゃなかって思ってしまったから、みみっちくも父親に当たることしかできないんだと思う。

 それこそが嫌いな自分じゃないか。結局僕は変われてなんていやしなかったんだ。一気にそんな悔しさが込み上げてきて、僕はとうとう大粒の涙をこらえることができない。

 

「……守りたいものの盾となる。立派な考えだ。だが晴人、盾の役割は本当にそうだろうか」

「え……?」

「晴人の守りたいという意思が本物であることはわかった。もう一度チャンスをやろう。ただし、また同じようなことがあったなら容赦なくヘイムダルは剥奪させてもらう」

 

 父さんが僕の意思ごと否定する気がないことくらいは、最初から頭では理解できている。それを推しても許容できない何かがあったんだろう。

 本当のところでISから降ろしたいというのは変わっていないようだったが、もう一度だけチャンスをくれるとのこと。

 ……よく言うよ、盾の役割がどうだか呟いて、それが僕のわかっていないことのヒントな癖して。相変わらずかっこいい人だ。

 父さんは僕の頭を乱暴になでると、好きな時に学園に戻るといいと告げ、それから病室を出て行った。

 しばらくボーッと出入り口を眺めていたが、僕は再びベッドへ身を預ける。そして父さんの言葉について考えを巡らせた。

 もう一度。次は容赦なく、か。父さんは僕を信じてチャンスを与えてくれたんだ。しっかり考えて期待に応えてみせなくては。

 

(盾の役割……。盾の役割って、守る以外に何かあるっけ? 父さんはきっと、正しい盾になれと僕に伝えようとしたんだよな。盾……。盾……か)

 

 包帯の巻かれた右手を眺めつつそんなことをずっと考えていたが、結論が出ることはない。そして脱力感もあり、その日はそのまま眠りにつく僕であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(箒ちゃん、こんな朝から何の用事なんだろ)

 

 あれから一日経過を診るためFT&Iの世話になり、それから学園に戻るというかたちをとった。

 そこで明日朝には学園に戻るということを仲の良いメンバーに伝えると、箒ちゃんだけ俺を呼び出すような内容の返信をしてきたというわけだ。

 指定された場所は武道場で、時間帯は普段俺がトレーニングを始めるのと同じくらいのものだった。昨日はけっこう暇してたし、早い分には構わないんだけど、用事の内容がまったく見えない。

 

「箒ちゃん、居る?」

「うむ、よく来たな晴人。こんな朝早くに済まない」

「いや、それは別に気にしてな――――いけど他にツッコミどころが多すぎやしないかな!?」

 

 恐る恐る武道場に足を踏み入れていると、暗がりの中で正座して構える箒ちゃんのシルエットが見えた。

 声も本人そのものだし、指定された場所と時間は間違っていなかったか。なんて安心しながら近づいてみると、まさかの状態で思わず声を上げてしまう。

 箒ちゃんは白装束を身に纏い、床の間に敷かれた畳に座している。そしてその前に厳かに置いてあるのは間違いなく本物であろう短刀。どこからどう見ても切腹する気が満々であった。

 

「あ、あの~……ね、箒ちゃん。この前のことは気にしてないから落ち着いてよ」

「そういうわけにもいかん! 例の盾で一撃は防いでいたのだ。つまり、私が余計なことさえしなければ晴人は無事に一夏を守れていたということではないか!」

 

 こういう時の箒ちゃん。自分を責めるような時の箒ちゃんは話を聞いてくれないところがあるが、これを見るに今回のことをかなり悔いているらしい。

 だからって切腹っていうのは話が飛躍しすぎていると思うが、やんわりとそれを伝えてもやはり聞く耳は持ってくれなさそうだ。

 まぁなんというか、正論ではあるせいでどう声をかけていいのやら。別に責める気はないけど、箒ちゃんが無茶しなければ俺も無茶はしなかったろうし。

 俺もついこの間父さんに説教されたばかりで言う資格はないかも知れないが、厳しいことを口にしてでも止めることにしよう。

 

「あのさ箒ちゃん、普通に迷惑だから止めてほしいんだけど」

「なっ!? わ、私は私なりに、けじめをつけなければだな」

「多分だけど、俺の右手のこともあるでしょ」

「……晴人が二度と絵が描けなくなっていたかも知れないと思えば、私の命で贖うくらいしかないではないか」

 

 とりあえず箒ちゃんの前に同じく正座すると、その切腹という行為そのものは大変に迷惑であると伝えた。

 うん、割腹自殺とか本当に止めてほしい。友達が腹を裂いて血みどろになる姿とか、トラウマ以外のなにものでもないでしょうに。

 それに俺の右手に対して命で償いなんて、絶対に均等が取れていないじゃないか。確かに俺にとっては命より大事かも知れないが、それが特別なことであると思えない。

 

「箒ちゃん、きっと誰にとっても同じなんだよ。箒ちゃんだって片腕がなくなったらさ、剣道とかやりづらくなって困るよね」

「それはそう……だが」

「俺たちみたく、好きでやってることがある人が特別とは言えないよ。日常生活に支障をきたすってだけで、それはとてもつらいことだと思うんだ」

 

 仮に部位の欠損によって完全に絵が描けなくなってしまったとする。俺は心底から絶望するだろうが、それはきっと誰だって同じだ。

 利き腕がなくなるだけでも大事だ。文字を書いたり食事をしたり、ありとあらゆることに関してが難しくなってしまう。

 それは万人に等しく起こるであろう絶望であり、俺や箒ちゃんみたく好きなことがある人は、たまたまそういうことが好きだったからと思うしかないのではないだろうか。

 仮に指一本だろうと、目だろうと、耳だろうと口だろうと、誰が何を失ったとして、絶望の度合いは変わらない。

 だから、箒ちゃんが俺の右手のことを想って命を差し出すのは間違っている。むしろ謝ってほしいのはそっちじゃない。

 

「ごめんなさいでいいんだよ」

「晴人……」

「あんな無茶してごめんなさいって、そう言ってくれれば俺は満足だよ。まぁ、俺も人のこと言えないんだけどね。心配かけてごめん」

「……無茶して済まなかった。ありがとう、晴人」

 

 完全に、完全に人のことを言えないのは承知しているが、箒ちゃんのあの行動ばかりは看過できたものではない。

 相変わらず結果論ではあるが、誰も死にまではしなかった。だからあの行動についてだけ謝ってもらえればそれで十分だ。

 そんな俺の言葉は箒ちゃんにしっかりと伝わったのか、土下座に近いようなお辞儀と共に聞きたかった言葉をいただいた。そして、ありがとうというのは許してくれてということなのだろう。

 

「そういえば箒ちゃん、ナツ知らない?」

「一夏? ふむ、そう言えば介錯を頼んだんだが姿が見えんな」

「いやいや、幼馴染に首を落とさせようとしないでよ!?」

 

 俺がわざわざナツのことを尋ねるのには理由があり、なんか連絡してもナツだけまったく返事がないんだよね。

 他のみんなはそれなりに無事でよかった等の返信をくれたのに、よりにもよってナツが既読スルーの連発である。

 だから顔を見せて直接言葉を交わすしかないかと思ったんだが、箒ちゃんの呼び出しにも容赦なく答えない始末か……。

 箒ちゃんのサラッと放った恐ろしい言葉にツッコミを入れつつ、ナツを探すため退散の準備を始めることに。この場の片づけを手伝おうとしたんだが、箒ちゃんは自業自得だからと頑なに一人での作業に拘った。

 先ほどは大事だったから無理してでも止めたけど、このくらいなら任せてしまうことにしよう。俺は箒ちゃんに別れを告げると、そのまま武道場を後にした。

 とは言っても、まだ朝早いからナツも寝てるよな。俺は身支度は病院でしてきたからいいが、準備もまだな女の子に対して突撃っていうのはあまりにもな気がする。

 ……そう言えば、フユ姉さんにも呼び出しを喰らっていたっけ。覚悟ができたら一対一で話があるとのこと。確実に説教である。

 フユ姉さんも女性ではあるが、教師なんだし早めの準備をしているかもしれない。普段のカリスマからして信じられないくらい私生活は自堕落だが、そこは是正されていると信じて足を運んでみることにしよう。

 

「お、おはようございま~す」

「よく来たな弟よ。まぁ入れ、言いたいことは山ほどあるのでな」

「は、はい……」

 

 フユ姉さんもなんとなくの予感でもあったのか、部屋を訪ねてみると秒でドアが開き、とてつもなくいい笑顔で出迎えられた。

 普段からして恐ろしい人が笑顔なんて嫌な予感しかしないし、こんな感じのフユ姉さんはこれまで二、三度目撃している。

 どちらも俺やナツが説教されるときなのだが、今回も例に漏れずこってりと絞られてしまった。それもガミガミ怒鳴られるんじゃなくて滅茶苦茶ねちっこい感じに。

 怒りが一周でもしたんだろうか? これならまだ罵声を浴びせさせられる方がいいような。まぁ、単にフユ姉さんに怒鳴られ慣れているというのもあると思うけど。

 悠久のように感じられる説教を受けることしばらく、そろそろ食堂の開放される時間帯ということでようやくお開きとなった。

 二度とフユ姉さんを怒らせることはしたくないところだが、それでは俺の願望を叶えられないのが困ったところである。

 ……それはそうと、フユ姉さんにもこの質問をしておくことにしよう。

 

「あの、フユ姉さん。ナツの様子はどんなですか?」

「普通のやつから見たら普段どおりに見える、とだけ言っておく。後はお前が責任もってどうにかしろ」

 

 俺の質問に対し、フユ姉さんは難しい顔をしながら腕組してそう言う。つまり、落ち込んだり気にしているのを悟られないようにしている……ということか。

 ナツは元来より抱え込む性格なのだが、自分がそうさせてしまったとなるとくるものがある。フユ姉さんの言うとおり、俺が責任もってどうにかしなくては。

 フユ姉さんの部屋を出た後は、食堂の方から逆走してみることに。そうすれば確実にナツと遭遇すると考えたからだ。

 俺の考えはピタリと的中し、前方から歩いてくる黒髪の少女――――ナツを発見することに成功。すぐに片手を大きく振りながら、いつもの調子で彼女に呼び掛けた。

 

「ナツ!」

「っ……!? …………」

「あ、あの、心配かけてごめん。でもこのとおりピンピンしてるから――――ナツ、聞いてる? ……ちょっと、ナツってば!」

 

 声をかけてみると、ナツは確かにこちらを見た。しかし、次の瞬間に顔を俯かせてしまう。幾分か足取りも早くなったように感じた。

 そのまま近づいた流れでお仕置きでもされると思って早口で弁明をしてみるも、予想外のことにナツはそのまま俺をスルーするではないか。

 しかも最後には走り出してしまう始末。これはなんというか、逃げられた? 初めての体験にしばし茫然と立ち尽くしてしまう。

 怒っているから逃げた? それとも罪悪感でも覚えているから? あるいはその両方かだけれど、いわゆる取り付く島もないという状態だろうか。

 

(……今は無理して接近すべきじゃないか)

 

 ものにはタイミングというものがあり、急いては事を仕損じるという言葉もある。今追いかけて強引に追及することもできるが、躱されるのは一目瞭然といったところか。

 もちろん俺も諦めはしない。授業合間の休憩時間とか、なんとか話を聞いてもらえるように努力はした。

 けど、ナツはまるで俺が居ないように振る舞うではないか。すぐ席を立って、誰かに話しかけたり教室を出たりしてしまう。

 ……やはり最適なタイミングは放課後しかないか。この分では、ご法度であることすら無視して誰かの部屋に泊まったりでもしそうだ。

 

「ナツ、待ってってば! 俺はキミに謝りたいだけなんだって!」

「…………!」

 

 放課後になったら流石に掴まると思ったら、ついこの間怒られたばかりの鬼ごっこの再来である。でも今回は怒られるだのに構ってる暇はない。

 ただ、やっぱり肉体のスペックが違うせいかなかなか距離が詰まらない。女の子になっても特に変化はないとか言ってたけど、やっぱり身体能力があがっているような気がする。

 だが最近になって始めたトレーニングの成果が出ているのか、離されはしても撒かれることはなかった。女子更衣室にでも逃げられない限り、追い続けることのできるスタミナはありそうだ。

 

「…………!」

(この方向は……。とうとう観念してくれたかな)

 

 同じ場所を何周かしながら逃げ回ったりもしたが、今ナツの逃げていく方向からして観念したようなことがうかがえた。

 ナツの背中を追いかけつつ、ひたすら階段を上り続ける。そう、この感じからして間違いなく逃げている先は屋上だ。

 屋上なんて基本的に出入り口はひとつで、そこから逃げようとするならISでも使うしかなくなる。なんだかんだ真面目なナツが、無許可で展開はしないという確信めいたものがあった。

 だから諦めてくれたと読んだんだけど、さてどうなることやら。階段を上らせてスタミナを大きく削る作戦とかでなければいいが。

 階段を上り切って出入り口を開け放ってみると、そこには策にもたれかかって息を乱している様子のナツが見えた。

 よかった、やっぱりここから逃げるということはなさそうだ。ただ、やっぱり顔を合わせてはくれないが。とにかく、俺も呼吸を整えながらナツにゆっくり近づく。

 

「いい加減、しつこい」

「ナツが逃げるからでしょ」

 

 久しぶりに聞くナツの声。俺に対して発せられた声、という意味でだが。まさか第一声がしつこいになるとは思いもしなかったが。

 俺がここまで頑なであることが意外なんだろう。それはこだわるさ、なにせキミとの関係についてのことなんだからさ。

 保険をかけるためというか、隣に立っては逃げ出した時のフォローが効かないと考え、俺は少し間を開けてからナツの正面へと立った。

 

「……どうしてそうなの?」

「何が?」

「私が無茶したからハルが無茶したのに。私がレーザーに突っ込ませたようなものなのに、どうして何もなかったみたいに接してくるの……? だって、あと一歩のところでハルの右手が……」

 

 ナツが逃走を続けた原因は、やはり罪悪感からくるものらしい。俺からすれば、なんだそんなことか程度にしか感じられなかった。

 というか、説得力というものがないじゃないか。例えば俺が先に突っ込んでいたら、どんな無茶をしてでも俺を守ろうとした癖して。

 それを指摘するのは簡単だが、何も俺は言い争いをしにきたわけじゃない。ナツと今までどおりの関係に戻りたいという一心なのだから。

 

「そんなの簡単な話だよ。絵とか命とかよりも、ナツのことが大事だから」

「っ……ハル!」

「それに、俺はナツと約束したことを簡単に破る気はない。……俺が隣にあることを、ナツが望んだんだ。だから死なない。ナツがそう望み続ける限りは……ね」

 

 箒ちゃんの時に言ったことと違ってくるかも知れないが、ぶっちゃけナツを守れたなら右腕一本くらい易いと思う。

 別にまだ左腕が残ってるし、それがだめなら足の指や口を使ってでも絵は描ける。実際、そういう画家の話も聞いたことがあるし。

 ナツはそんな簡単に言うな、みたいなニュアンスで俺の名を呼ぶが、多分俺の中からこういう考えが消えることはないだろう。

 何においても優先すべきはナツだ。正確に言うなら、俺とナツが隣同士あり続けること。俺にとってそれは命よりも重い。責任転換のつもりはないが、それをナツが望んだのだから。

 どちらかというなら、例の件で初めて気づかされたくらいのものではあるんだけども。自分でも、まさかあそこまでナツに執着しているなんて。

 でも、これでいいんだと思う。根拠なんてあったものではないが、俺はナツの隣に居てナツは俺の隣に居ることが必要なんだ。今の俺はなんとなくそう思う。

 

「約束と言えばナツ、デートのことはどうするのさ」

「デ、デートって。……そんな資格、私には――――」

「わざわざ零落白夜を引き合いにまで出したのに、資格も何もあったもんじゃないんじゃないかな。これでも俺、けっこう楽しみにしてたんだけど」

 

 俺の言葉はとても卑怯なものなんだと思う。だが、ここはたたみかけさせてもらう。それがナツの弱みや優しさにつけこむ行為だとしても。

 ナツの隣に居るためなら、俺はなんだってしてみせよう。例えそれが、イエスを引き出すための悪辣な行為だとしても。

 案の定、ナツはとても困ったような表情を浮かべた。最終的にイエスと答えてくれたらなんでもいい。その代わり、しっかりとナツを楽しませる責任があるというものだ。

 

「じゃあ、うん、行こっ、か」

「ん、決まりだね。そういうわけだから、晩ご飯にしよう」

「……ハルの意地悪」

 

 ナツの返事が曖昧なのは、納得がいかなかったり自分が許せていないからだろう。だが首を縦に振ったのだから後はこちらのものだ。

 俺は瞬時にナツの手を取ると、しっかり握って先導していく。この流れに乗って、少しでも気まずい空気を払拭する作戦というわけ。

 そうだ、仲違いなんてなかったんだ。俺たちはいつものとおりに、当たり前のように身近な存在であった。それだけのことだ。だから当たり前のように晩ご飯も一緒の席で、だよね。

 俺のそんな意図を完全に読んでいるのか、後ろからはナツの頬を膨らませたような声が聞こえてくる。

 しかし、それと同時に俺の手を柔らかい感触が包む。ナツの手だ。俺が一方的に握っていただけだったが、握り返してくれたということなのだろう。

 俺はなぜだか頬が緩むのを止められなかった。そんな表情は決してナツに見せることなく、俺は更に力強くナツの手を握り返す。もう二度と、この手を離して溜まるかと誓いながら。

 

 

 

 

 




そんなわけでして、次回は二人のデートでお送りいたします。
少しでも二人の仲が進む展開にできればと。
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