ハルトナツ   作:マスクドライダー

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振り返ってみると一夏ちゃんの出番がほぼ無いと反省するこのごろ。
主人公は晴人なので、ヒロインしてると思えば……?
そんなこんなで、時たまでもある晴人が主人公する回です。




以下、評価していただいた方をご紹介。

ケチャップの伝道師様 水無月 無明様

評価していただきありがとうございました。


第39話 キミはいったい誰なんだ

『――――――――』

「ハル、来るよ!」

「了解!」

 

 俺たちが臨戦態勢をとったのを見てか、フユ姉さん(仮)は行くぞとでも言いたげなモーションを披露してからこちらへ突っ込んでくる。

 ……しかし、何から何までフユ姉さんだな。ちょっとした仕草に心当たりを感じるほどだ。まるで憑依しているかのように思える。

 パワーやスピードはISに依存するとして、テクニックの面ではフユ姉さんを相手にしていると考えたほうがよさそうだ。

 俺は偽暮桜が振り上げた雪片を、正面から堂々と青色の塔盾(タワーシールド)で防いだ。

 

(っ!? これは……!)

「ハル!」

「オーケー!」

 

 雪片の一太刀を受けて感づいたことがあったが、ナツに声をかけられたことですぐさま次の行動へ移す。

 俺たちはいつものように名前だけで意思疎通を行い、背中合わせのような状態となりそのまま反転。前後が入れ替わる形となった。

 ナツは回転の勢いに乗せ雪片弐型を薙ぎ払うように振りぬくも、まったくなんの危なげもなく雪片を縦に構えてその一撃を防いで見せた。

 

(波状攻撃!)

『――――――――』

「なっ!? ぐぁっ!」

 

 二対一の状況である以上、隙を与えないことが重要であると判断し、右腕を赤色の丸鋸(サーキュラーソー)へと変形させる。

 シャルル相手に使った掴んでからの回転丸鋸攻撃を仕掛けようと試みるも、偽暮桜はとんでもない回避行動をみせた。

 なんと接触している雪片弐型を足掛かりにしてそのままジャンプ。一気に俺の頭上へと躍り出る。

 掴みかかろうとしていた勢いを殺せず、そのまま背後を取られてしまう。慌てて腕を青色の塔盾(タワーシールド)にしようとするも時すでに遅し。急降下からの袈裟斬りを浴びせさせられた。

 くっ、こういうときばっかりは、流石にヘイムダルの異形さがありがたく感じられるな。背中も装甲に包まれてるから幸い大きなダメージは――――って四の五の言ってる場合じゃないか。

 

「ナツ、手短に話が!」

「ど、どうしたの!?」

 

 とりあえず報告しておかなければならないことがあったため、ヘイムダルの鈍足に鞭打って急ぎ偽暮桜の間合いを脱する。

 そのまま肉声でナツに呼び掛けたわけだが、追撃してこない……? こちらに戦闘の意志さえなければ、向こうも何もする気はないのだろうか。

 とにかく、それならそれでチャンスだ。これだけは話しておいたほうがいいと思うから。それは、まず一撃を受けた際に覚えた違和感ついてだ。

 

「急いで決着をつけないと、ボーデヴィッヒさんの身が危ないかもしれない」

「それってどういうこと!?」

「一撃受けてわかったんだけど、彼女のスペックが強制的にフユ姉さん並みに引き上げられてるんだと思う。あの重さは、小柄なあの子が出せるものじゃない」

「つまり、身体のほうがついてこなくてそのうち……!」

 

 そう、あの一太刀の重さは確実にボーデヴィッヒさんのものではない。彼女の近接攻撃を受けるのは初見だが、なぜか確信めいたものがある。

 それは恐らく、俺がフユ姉さんをよく知る人物だからだ。

 無論、ISでフユ姉さんと戦闘はしたことないし、なんなら生身だって組手とか稽古に相当することをしたことはない。

 けれどあの一太刀に込められた重さは覚えがある。フユ姉さんの攻撃を受けたことのない俺にすら、暮桜を纏ったフユ姉さんの攻撃を連想させるほどにはだ。

 これが機体の影響でないとするなら、間違いなく身体能力もフユ姉さんに近づいているといういい証拠。

 俺が危惧している点はナツが言ってくれたとおり。身体がボーデヴィッヒさんのものなのに、半強制的にフユ姉さん並みのスペックで動いた先に待つ結末は……想像するに易い。

 

「過ぎたるは及ばざるがごとしってやつか……」

「ハル……?」

「ナツ、また俺の作戦に乗ってほしい」

 

 あまり過度なものは足りていないと同義である。こういう言いかたは失礼なんだろうけど、今のボーデヴィッヒさんにはとても当てはまる言葉だ。

 俺はなんとも言えないため息を吐いてから、今度も俺の思いついた作戦にナツ協力を仰いだ。

 するとナツは、野暮なことを聞くなと言いたげに力強く首を頷かせる。本当に、いつも頼りがいのある幼馴染なことで。

 

「――――っていう具合。聞いたらわかると思うけど、また賭けだ。しかも、より俺を信じてもらうしかなくなる。どうかな?」

「……ハルは私のこと――――」

「信じてる」

「フフッ……。うん、ありがとう。だからね、ハル。私もハルを信じてる」

 

 本当ならもっと確実な作戦を選びたいところだけど、一にも二にも時間がないのでこういう手しか思い浮かばなかった。しかもチャンスは一回きり。

 人によってはろくでもない作戦だなんて評価を下されそうな気もする。だって半分根性論みたいなものだし、俺が頑張らないとそもそも成り立たない作戦だ。

 ナツは特に決めかねているような様子は見せないが、俺にとある質問をした。いや、しようとしたというのが正しいのかな。

 だって何を聞きたいかなんて途中で分かったし、そんな質問をされたからには答えなんて一択だ。

 俺はナツを信じている。むしろこれまでともに歩んだ十数年間、俺がナツを信じなかった瞬間なんて一瞬たりともない。

 俺の食い気味な返答に対し、ナツはまたはにかみを見せてくれる。そしてその返礼としてか、自分も俺のことを信じてくれると。

 ……ああ、なんだ、なんなんだこの感じは。俺だって聞かなくてもそんなことわかってるのに、際限なく気力がわいてくる。

 頑張りたい。こんなにも俺のことを、こんな俺を信じてくれるナツのためにも。次で全部、終わらせよう。

 

「ナツ!」

「ハル!」

 

 俺は左手を、ナツは右手を差し出し、鋼鉄のぶつかり合う頑強な音を響かせつつハイタッチ。それから俺たちは、自分のすべきことをこなし始めた。

 ナツはシャルルから譲渡されたエネルギーを無駄にしないよう、速度を抑えながら高度を上げていく。

 元がボーデヴィッヒさんなおかげか、偽暮桜は確実にナツのほうへと関心を示しているようだ。そうはさせるものかという話でございますよ。

 今にもナツを追いかけ始めそうだった偽暮桜の前に、青色の塔盾(タワーシールド)を構えて立ちふさがる。俺を倒してからいけ、というやつだ。

 てっきりボーデヴィッヒさんよろしく無視でもされるかと思いきや、どうやら偽暮桜は俺にターゲットを変更したらしい。

 どうせすぐ始末できる。なんとなくだが、こちらへ雪片を向けている姿がそう言っているようにも見えた。

 俺は呑まれそうになるのをなんとか堪え、本格的に偽暮桜と対峙するのであった。

 

『――――――――』

(はや)い!? それに重さも……!)

 

 青色の塔盾(タワーシールド)は常時構え続けるのが基本戦術だ。ゆえに前方からの攻撃はほぼ完全ガードであるが、何やら一筋縄ではいかなそうな雰囲気だ。

 真正面から受けた偽暮桜の斬撃を客観視するに、明らかに剣速も重みもパワーアップしている。それこそ、徐々にフユ姉さんに近づいているかのようだ。

 驚いている暇もなく、連続攻撃が青色の塔盾(タワーシールド)を襲う。それもただ我武者羅に雪片を振り回しているのではなく、太刀筋が俺のような素人でもわかるくらいに美しい。

 

(なんとか防げてはいるけど……!)

 

 突破されるのは時間の問題といったところか。

 くっ、さっきからなんとか背後に回るように立ち回り始めたぞ。この尋常じゃない成長速度、本当にボーデヴィッヒさんがまずい!

 とはいえ落ち着け、そもそも俺がちゃんとしなければ作戦そのものが成り立たないんだ。何か、何か必ず突破口があるはず。

 観察眼というか、相手の要所要所を注意深く、かつ客観視するのは得意だろ。これまでのやり取りに、きっとヒントが見え隠れ――――

 

「っ……ボーデヴィッヒさん!」

『――――――――』

(やっぱり、これは案外いけるかも!)

 

 俺とナツのやり取りを黙って見つめたり、どこか人間臭さを残しているように思えた。

 ダメ元ではあったけど、必死に名前を呼び掛けてみたところ、少しだけだが確かに斬撃の威力が弱まった。

 聞こえているのか聞こえていないのかはわからないが、反応はある。ほんのわずかでもボーデヴィッヒさんの自我が残っていると俺はみた。

 ……彼女に言いたいことがないといえば嘘になる。例えばそれが詭弁でも綺麗ごとでもなんでも、彼女を救う手立てとなるっていうのなら……俺だってまごついているわけにはいかない。

 

「キミは強い人だよ。上ばかり見て焦らなくたって、少なからず俺にはそう見えた!」

 

 憶することのない堂々とした出で立ちや態度、ストイックなその姿は、俺の目から見るとなんの遜色もない強者のそれだった。

 何よりその前に進もうとする意志。例え誰からの賛同が得られなくとも我が道を往くその姿、俺にはとても真似できない。だから――――

 憧れる、というにはちょっと語弊があるけど、見習うべき部分もあるんじゃないかって、そう思うような瞬間だっていくらかあった。

 

「けど今のキミからは何も感じない! だってそうだろ、なりたい人になって、キミは本当に満足なのか!?」

『――――――――』

 

 俺の言葉が図星でもあるかのように、偽暮桜の攻撃の手は確実に緩まった。俺はギリギリと歯を食いしばりながらも、内に秘めた言葉を紡いでいく。

 本当にそれだ。フユ姉さんに憧れを抱き、その背を追い、迷い、苦悩し、少しでも近づこうとしていたボーデヴィッヒさんはとても輝いていたというのに、今は……!

 憧れを抱いた人そのものになったって、なんの意味もないじゃないか。俺たち弟子に残された義務というのは、師から学んだことで師を追い抜いていくことなのだから。

 ……ハハッ、そうか、今わかった。なんでこんなにもボーデヴィッヒさんを心配する俺が居るのかって、多分僕らは似た者同士だからだ。

 僕もかつてはそうだった。爺ちゃんから教わった絵描きとしてのアレコレを模倣することしかできなくて、いつしか自分の世界というものを自分で狭めていってしまって……。

 けど気付いた、ナツが気付かせてくれた。かつての僕が描いていた世界を。かつての僕にはできていたことを。

 

(やっぱり、同じだ)

 

 かつての僕なら、爺ちゃんそのものになりたいって思っていたことだろう。でも違うんだ。そんなことで爺ちゃんは喜ばない。

 きっとフユ姉さんだってそうだ。ボーデヴィッヒさんには、いずれ自分を超すIS操縦者になってほしいと思ってるに違いない。

 だから、だからこそ、こんな悲しいことは早く終わらせなければならない。

 そんな悲しみを感じたせいかどうかはわからない。ただ自分でも気が付いたときには、頬を涙が伝っていくのを防ぐことができなかった。

 

「キミはキミでよかったんだ」

『――――――――』

「キミがあまり好きじゃないかも知れない、そんなキミのままでよかったんだ! キミだけの強さを持ってるキミで!」

『…………――――』

「思い出してくれ、キミはいったい誰なんだ!?」

『…………………――――――――!』

 

 正確な表現をするのなら、相対しているソレは本当に何者でもない。

 ボーデヴィッヒさんでもなければ、フユ姉さんでもない。そんな何か(、、)なんだ。そう思えば、不思議と先ほどまでのパワーやスピードが嘘のように感じられた。

 青色の塔盾(タワーシールド)で受け止めた雪片をグンと押し出すと、偽暮桜は大きくバランスを崩す。が、すぐさま後退してみせ追撃はかなわない。

 けどそれなりの間合いが開いた。偽暮桜も本調子でない。となると、シャルルからの教えの最後の一つ。この作戦を成功させる鍵を使う時が来たのかもしれない。

 

『――――――――』

(っ! いける、やれる! スピードもキレもまったくない今なら――――)

 

 先ほどまでは本当に一瞬で間合いを詰められている気分だったが、此度のソレはもはや素人同然だった。

 となれば、これは最大にして最高チャンス。これを決して逃すまいと、俺はしかと迫る偽暮桜をその目でとらえる。

 

『後ね、絶対覚えておいて損はないことがもうひとつ』

『絶対か……。よほど重要なんだ。それで、いったいどんな?』

『うん、それは――――』

 

 迫る偽暮桜。振り上げられる雪片。煌めく刃が俺の脳天を捉えて振り下ろされるその瞬間、俺はタイミングよく右腕を薙ぎ払うようにして振るう。

 すると雪片はどん詰まりどころか、あまりある勢いによって大きく弾くことに成功。偽暮桜は、今度こそ後退の隙がないほどに大きく体制を崩す。

 これぞシャルルからのアドバイスのラストワン、パリィだ。師いわく、近接攻撃をただ受けているだけではもったいないとか。

 それでなくとも決め手を食らわせることが難しいヘイムダルに、さらに攻撃を躊躇う要因をつくることができるだけでより戦況を有利にできる。

 そして何より、近接攻撃を仕掛けたが最後、アレの餌食になる可能性も大きくなる。実際今の偽暮桜は隙だらけ。

 かなりの猛攻を受けたことにより、ビフレストもそれなりに蓄積されている。よしいくぞ! 出力約10%強――――

 

虹色の手甲(ガントレット)!」

 

 俺の声を感知したヘイムダルの右腕は変形。数多で巨大なブースター機構が飛び出し、振るった拳の速度を抜群に加速させる。

 そして俺は抉り込むように、いわゆるアッパーカットのフォームで下から偽暮桜を打ち抜いた。――――かに思われた。

 本当に一瞬しかなかったというのに、偽暮桜は雪片を横に構えてクリーンヒットを防いでいる。……が、そのあたりまでは想定済みだ。

 わかっていたさ、キミが仮にもフユ姉さんだというのなら、致命傷だけは避けてくるということくらい。けれど、吹き飛ばされるのだけは止めることができないんじゃないのかな!

 真上に拳を振りぬくと、偽暮桜は勢いよく上昇していく。回転するのも止めることができないようだ。だとするのなら、俺たちの勝ちだ。なぜなら――――すでにナツの間合いなのだから。

 

「どんぴしゃああああああっ!」

 

 これぞ一発勝負の賭け。俺を信じてもらうしかなかった賭けに、俺たちは見事打ち勝ったのだ。

 ナツには上昇してアリーナ頂点部で待機してもらい。タイミングを合わせて零落白夜を発動させながらの急降下急襲を頼んでおいた。

 そのタイミングとは、俺がパリィに成功した瞬間のことだ。このあたりが賭け、信じてもらうしかない……ってことかな。

 そもそも俺がパリィに成功するかどうかわからないし、もし成功しても虹色の手甲(ガントレット)を当てられなければ意味はない。

 加えて白式に残されたエネルギーはあとわずか。零落白夜を発動させたら終わりだったろうし、もし俺の詰めが甘くて急襲に失敗でもすれば、ナツそれこそ命すら危うかったろう。

 しかし、これを見るにやはり大成功。やったこと自体は単純だけれど、やはり俺たちが信頼しあってこそ実現した勝利と思われる。

 俺が安心しきった表情でナツの姿を見守っていると、雪片弐型から放たれる青白いエネルギーが偽暮桜を勢いよく裂いた。そう、数多の因縁と共に……。

 

『!!!!!!!!』

 

 零落白夜をまともに食らった偽暮桜は苦しみもがくような仕草を見せると、徐々にその身を崩壊させていくのだった。

 現れた時と同じくしてスライムのように流動し、重力に従って地面へと滴っていく。やがて、その中からボーデヴィッヒさんの身が滑り落ちた。

 急ぎ下へまわって小柄な体躯を受け止める。そして注意深く観察してみると、目立った外傷のようなものはみられない。

 ひとまず安心してよさそうだ。後は脳とか臓器とか、肉眼では見えないところに何もなければ言うことなしなんだが……。

 とにかく、一件落着というやつだ。ならば俺たちのするべきことはあとひとつ。大人しく帰投すればそれで終いだ。

 

「ナツ、帰ろう」

「…………」

「……ナツ? ナツってば!」

「え……? あ、うん、そうだね、帰ろう!」

 

 ナツに声をかけてみるも、なんだかボーっとした様子で返事が返ってこない。

 手がふさがっているため多少乱暴になってしまうが、身体をコツンとぶつけて反応をうかがってみる。

 声そのものは聞こえていたのか、気付いたと同時にいつもの様子へと戻った。……いったいなんだったというのだろう。

 追及すべきかどうか迷ったが、あの様子ならただの心配しすぎかな……? ナツも何か思うところがあっただけの話かも知れない。

 さて、ならば覚悟を決めておくことにしよう。どうせ、帰ったらフユ姉さんの長いお説教が待っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「し、しんどっ……!」」

「二人とも大丈夫?」

「「あんまり大丈夫じゃない……」」

「無駄に息ぴったりだね……」

 

 あの後気を失ったボーデヴィッヒさんを保険医の先生に預け、俺たちはすぐさま生徒指導室へと呼び出された。

 やはり退路が確保されていたのに無許可での交戦が問題視されたのか、取り調べ込みのお説教をそれはもう延々とされてしまうはめに。

 体感としては説教7割で取り調べ3割ってところかな……。まぁ元教え子ということもあってか、救ってやってありがとうという旨の言葉もいただきはしたが。

 で、そんな感謝をシメとして、今しがたようやく解放されたというわけだ。俺とナツは戦闘の後ということもあって、力なく壁を背に出入り口の真横にへたり込まずにいられない。

 

「シャルルは俺たちを止めはしたからこうはならないと思う……」

「うん、私も同感。だから安心して逝ってきて……」

「今ちょっと漢字がおかしくなかったかな? と、とにかく、行ってくるね」

 

 俺とナツは同時に生徒指導室へ入るよう言伝られた。前述のとおり、説教を兼ねていたからだろう。

 対してシャルルといえば、ナツにエネルギーを譲渡したとはいえ撤退を提案していた。小言は言われるだろうけど、取り調べの要素のほうが大きくなるはず。

 俺たちの様子を見てどこか不安そうなシャルルを元気づけようとするも、疲労で目線を合わせられないせいかよけい煽ってしまったかも知れない。

 でも本当に安心してくれて大丈夫。俺たちがここまで怒られるのは、やっぱり身内という要因もあるのだろうから。

 生徒指導室へ足を踏み入れるシャルルを、相変わらず目もくれず手を振って見送ると、俺たちの間には静寂が生まれた。

 喋る気力もないというのはあるが、なんだか侘しいような気がするのは俺だけだろうか。根本的な問題ではあるけど、話題がないのも確かなのかも。

 

「…………」

 

 そんな折、チラリと横目でナツの様子をうかがってみる。

 すると俺の目に入ったのは、床につけられているナツの手だった。なんというか、いつ見ても剣を握ったり家事をしているとは思えない美しい手だ。

 五指の一本一本がすらりと伸び、爪は綺麗さを象徴するかのように光沢が宿っている。色は白く、全体的なシルエットは華奢だが、すべてを包み込むような温もりが宿っているのが傍目からでもわかってしまう。

 ……俺は手フェチか何かなのだろうか。何か今、どうしようもなく触れていたい。

 普段は我慢強いやつだという自覚がある。のにも関わらず、衝動を抑えきれなくなった俺は、無遠慮にナツの手へ自らの手を重ねた。

 

「…………っ」

(あ……)

 

 突然のことで驚かせてしまったのか、ナツの身体がビクっと跳ねたのがわかった。

 俺もナツも顔を合わせてはいない。なんとなくだけどわかる。ナツもこちらを見ていない。

 だから表情をうかがい知れない。こればかりは、いくら幼馴染でも何を考えているかなんてわかるはずがなかった。

 俺がまずかったかなと手を放そうとしていたその時、むしろ向こうの方からするりと手を抜いた。そうか、ならば仕方がないな。

 と、ますます反省するばかりだったというのに。俺の右手には再度温もりを感知した。何事かと今度こそしっかり頭ごとナツを見やる。

 すると、掌同士が合わさるよう握り合うように繋ぎ変えたのだとわかった。

 

「「…………」」

 

 俺たちに相変わらず言葉はない。けどこれは喋る気力がどうのではなく、どんな言葉すら今は野暮だと感じていたからだ。

 まるで俺たちはそれで何かを伝え合うかのように、互いの手触りを確かめ合う。ボディランゲージとは少し違うけど、俺たちならそのうちこれだけで会話ができそうな気さえする。

 しかし、やがてナツの手の動きが弱々しくなっていく。それと同時ほどに、肩に確かな重みを感じた。これは、そうか――――

 

「すぅ……すぅ……」

「ナツ……」

 

 ナツは俺に体重を預け、静かに可愛らしい寝息を立てていた。そうだよね、ナツには精神的な疲労をかけてしまったからな。きっと俺がパリィを成功させるまで、ハラハラしながら待っていてくれたのだろう。

 それでもナツは俺を信じてくれた。信じて待ってくれたんだ。……お疲れ様、ナツ。信じてくれてありがとう。

 俺はナツを起こさないよう慎重に、空いている手を伸ばし、指の背でナツの頬を撫でた。

 

(……なんだろう…………?)

 

 動機が激しく胸がざわつく。呼吸がしづらいまである。そして何より、なんだこの、ナツに引き寄せられるかのようなこの感じは。

 ナツと一緒にこれまで生きてきて約十年、ナツが女の子になって約二年。そんな長い時を共にして、ナツに対して形容できない感情を抱いたのは初めてだ。

 ……わからない。とてもモヤモヤする。ナツに対してそんなことがあってはならないのに、考えども考えども胸に宿るこの感じの答えをみつけることができない。

 

(ただ、今は――――)

 

 もちろんというか、それも優先すべきことではある。

 でも今の疲労状態で深い思考は厳禁だったらしく、徐々に瞼が重くなっていくのが自分でもわかった。

 ……どうやらこれは限界らしい。安心しきったナツの寝顔を見ていたのが相乗効果を発揮してか、俺の眠気は臨界点を突破した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む?」

 

 シャルルの取り調べを終えた千冬が生徒指導室を出てみると、すぐさまとあるものが目に入った。

 むしろ目に入らないほうがおかしくもあるのだが、千冬はその微笑ましい光景に思わず頬を緩ませる。

 しかし、それをシャルルに見られるわけにもいかず、すぐさまいつもの険しい顔つきへと戻った。

 同じく生徒指導室から出たシャルルもそれを目撃し、反射的に大きな声を出さないよう口元を押さえる。

 そして千冬はシャルルの方へ向き直ると、非常に小さな声でとある指令を投げかけた。

 

「すまないが、毛布を持ってきてやってくれ」

「あ、はい。わかりました」

 

 こんな場所に放置するのもなんだが、起こすのも忍びない。そこで千冬は、シャルルに毛布を持って来るよう頼む。

 シャルルは喜んでと言わんばかりの穏やかな笑みを見せ、パタパタと騒々しい足音を立てぬよう静かに走り去っていく。

 そしてシャルルの背が完全に見えなくなったところで、千冬はゆっくりと晴人と一夏の前にゆっくりとしゃがみ込む。

 すると、二人にすら見せないような笑顔を見せ、まるで小さな子供に接するかのような、そんな優しい手つきで頭を撫で――――   

 

「よくやってくれた。本当に」

 

 教師として、姉としての立場として説教だの厳しい言葉を並べるが、二人を称賛する気持ちだけは本物だった。

 またしてもすぐさま表情を引き締めるも、実は面白い人であるという性質が作用し、携帯のカメラを構えてシャッターを切る。後で弄ってやろうという魂胆なのだろう。

 するとそこには手をつないだ状態で、お互いを支えにして仲睦まじく眠る晴人と一夏の姿が写っていた。

 

「むにゃ……。はるぅ……」

「すぅ……。な……つ……」

 

 

 

 

 




いいこと言ってるようで、自分に対しての説教でもあったりするんです。
晴人も自覚がありつつ、そう叫ばずにはいられなかった。というところでしょうか。
でもそういうことを堂々と言えるようになったあたり、晴人を動かしている作者としても、大いに成長というものを感じる次第であります。





ハルナツメモ その20【パリィ】
シャルロットからの指摘を得て以来、密かに習得した技術。タッグの相手でもあったため、練習相手はもっぱら一夏だったらしい。
ちなみに成功率はお世辞にも高いとは言えず、現状は本当にチャンスがあったら狙っていくというスタイル。
とはいえ、近接攻撃を無効化できる手段を得たのは大きなアドバンテージである。
言い方を変えるのであれば、ヘイムダルのエグさが増した。といったところだろうか。

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