ハルトナツ   作:マスクドライダー

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学年別トーナメント編エピローグです。
だいたいタイトル通りの内容で落ち着いた感じでしょうか。
でも雨が何を示しているか、今話を読んでいただければわかるかと。



第40話 雨降って地固まる

 時刻は放課後。一連の騒動も収まりを見せ始めたころ、私は保健室にてボーデヴィッヒさんの様子をジッと見守っていた。

 もちろん容体が心配だからお見舞い、というのが主な動機。だけど私が零落白夜で暴走した彼女を斬り伏せた瞬間、少しばかり不可解なことが起きた。

 もしあれが夢でないとするのなら、ボーデヴィッヒさんも何か思い当たる節があるはず。だから聞き込みを兼ねて、ってところかな。

 でも私が見守っているうちにそう上手く起きてくれるだろうか。千冬姉から聞いた話し、じき目を覚ますって言ってはいたけど

 

「う……?」

「あ、目が覚めた? 気分はどう?」

「起きがけに貴様の顔など、最悪な気分に決まっているだろうが」

 

 今日のところは退散という手も視野に入れ始めた途端、ボーデヴィッヒさんが身をよじらせ薄く目を開いたのがわかった。

 そこで顔を覗き込みながら声をかけると、相変わらず切れ味抜群の皮肉で返されてしまう。でも逆の立場なら、気持ちはわからなくもないけど。

 それでも私は負けじと質問を続けた。ここがどこだかわかるか、何が起きたかわかるか、どこまで覚えているか、あたりの確認をしておくべきだと思って。

 ボーデヴィッヒさんは本調子ではなさそうだけど、私の質問にしっかり答えてくれた。ふたつめとみっつめの質問に関しては、曖昧な部分が多いみたい。

 

「だがハッキリとわかることがある。……負けたのだな、私は。二度も負けたのだ」

「ボーデヴィッヒさん……」

 

 まるで絞り出すような声だったが、現状をみるに認めざるを得ないのも理解しているのだろう。だからこそボーデヴィッヒさんは、とても悔しそうだった。

 歯噛みしている音が聞こえてくる。布団に隠れて見えないけど、その両の手は固く握りしめられているのだろう。

 こちらとしては二回目のアレはノーカンといきたいところだけど、そんなことを言えば侮辱と捉えられてしまうはず。

 私はふがいないながら、ボーデヴィッヒさんにかけるべく言葉が見つからない。

 

「お前たちの言葉は――――」

「うん?」

「多分だが私は、理解していた。理解していたが認められなかった。だから負けられなかった」

 

 ボーデヴィッヒさんは身体を脱力させると、どこか遠い目で天井を眺めながらそう語り始める。

 私たちの言葉というのは、私の言った戦いと試合は違うということと、ハルが言ったらしい自分に千冬姉を感じるのは、千冬姉が千冬姉してるから、とかいうやつのことかな。

 ボーデヴィッヒさんは意味のわからんことをと拒絶を続けてきたが、その実理解をしたうえで認められなかったのだとのこと。

 

「ただ相手を打ち倒すだけなら誰だろうと事足りる。だがそれは、単なる暴力でしかない。貴様はそう言いたかったのだろう」

「ただ力を振るった先にあるのは勝ちなんかじゃない。最後は互いに握手で終われるような、そういう土俵で貴女と勝負がしたかったから」

「……ハッ。今となっては否定しきれん己が恨めしい」

 

 暴力で相手を打ちのめしたって、私はそれを勝ちとは思わない。

 互いに抱えているものはあっても、学び舎というフィールドにいる以上、やはりボーデヴィッヒさんと戦うつもりなんて一切なかった。

 もしボーデヴィッヒさんが、私の大切な人たちを殺そうでもしたのなら話は違ってくるけど、とにかく、私は相手がそのレベルの人でなければ戦いにまで移行はしない。

 残念ながら試合中は割と気が立っていたご様子だったけど、ベッドの上のボーデヴィッヒさんは、甘っちょろいのが移ってしまったと呆れたような笑みを浮かべた。

 けどなんだっていい。彼女が私とのやりとりで笑顔を見せてくれたのだから、これ以上のものはないと思う。

 

「なぁ、奴はいないのか?」

「あ~……。今頃は必死こいてグラウンド整備ってところかな」

 

 事件も片付いて万々歳といった雰囲気だったのに、ハルばかりはそうもいかなかったらしい。というのも、虹色の手甲(ガントレット)でアリーナのグラウンドに大クレーターをつくったのがまずかった。

 それはそれは大きなクレーターなため、あのままでは使用不可能。というわけで、戦略だったとはいえ作った本人が責任もって整備せよと命じられたというわけ。

 本当は手伝いたかったんだけど、千冬姉は厳罰も含めてるのか一人でと介入させてくれなかった。だからボーデヴィッヒさんのところに来たというのもある。

 ボーデヴィッヒさんはグラウンド整備という言葉ですべてを察したのか、なんだかゲンナリとした表情を浮かべて、私と同じくあ~と唸った。

 

「まぁいい、貴様に言えば嫌でも伝わるだろう」

「伝言があるならしっかり話すよ」

「そうか、では……。教官が教官だからこそというのは、文字どおりあの人があの人たるからこそなのだな。……とでも言っておけば伝わるだろう」

「えーっと、私があまり意味がわかってないんだけど」

「今回の顛末を見ればわかるさ。私は、あの人になろうとしてしまったのだから」

 

 日本語って難しい。今のボーデヴィッヒさんの言葉を聞いて切にそう思った。けど次いで出た解説により、なんとか理解することに成功。かしこいぞ、私。

 ボーデヴィッヒさんは千冬姉になろうとしてしまった。だが当の千冬姉はどうだろう。誰かになろうとした? そんなはずはない。だって千冬姉はいつだってオンリーワンなのだから。

 堂々とした出で立ちで、厳しい中に少しばかり垣間見える微妙な優しさで人を惹きつけ、時には背を押し時には諫め。そんな人が織斑 千冬なのだ。

 そして千冬姉がいつだってそんなだからこそ、そういった生き方が、筋の通った生き方が多少は伝染する……ってハルは言いたかったのだろう。

 そして同時に千冬姉に限った話でなく、誰もがみんなオンリーワンで、どこまでいっても結局は自分にしかなれない。

 だからこそ、自分の強さを追求していくことこそが大事って、そう伝えたかったんだと思う。

 

「どうやらまさにそのとおりだったようだ。僅かに聞こえた奴の説教で、暴走しているはずなのに動揺している時点で底は知れたが」

「聞こえてた……? ということは、やっぱりアレは――――」

「ああ、あれは夢ではなかったか。貴様の説教も同様、耳が痛いものだったよ」

 

 そう、これこそ私がボーデヴィッヒさんを訪ねた理由のひとつだ。私もどう説明していいかわからないんだけど……。

 暴走したボーデヴィッヒさんに対して零落白夜が決まる瞬間、何か意識が別空間に飛ばされていたとでも表現すればいいのかな。

 その謎空間にて、少しばかりボーデヴィッヒさんと言葉を交わした……気がしていたんだけど、これなら間違いはなさそう。

 ただ、私としては説教なんてつもりは微塵もないんだけどね。なんというか、某熱血テニスプレイヤーの如く、励ましとかそういうつもりだったんだけど。

 

「う~ん、本当にいったいなんだったんだろ」

「恐らくはコア同士のシンクロ現象だろう」

「千冬姉!」

「教官!」

「織斑先生だ」

「あうっ、私だけ!?」

 

 答えなんか出ないであろうにも腕組して考えてしまうあたり、我ながらなかなかに滑稽だったかも知れない。

 こういうのは考えるだけ無駄かと早々に切り上げると、相も変わらず図ったようなタイミングで千冬姉が現れた。

 私が毎回のように千冬姉と呼んでしまうのは、そうやって急に出てこられて驚いてるという要因もあるんですよ? なんて反論して聞いてくれる姉ならどれだけよかったか。

 ボーデヴィッヒさんも同じく反射的に教官と呼んでしまったようだが、病床なためお咎めはなし。私は漏れなく出席簿で頭を叩かれた。

 

「あ、あの~。シンクロ現象っていうのは?」

「私も詳しく知っているわけではないが、操縦者同士の意識が極限まで共鳴すると起きうるらしい」

 

 頭を撫でつつ詳細を聞いてみると、千冬姉も体験したわけではないがと前置きしつつ解説を入れてくれた。

 へぇ、操縦者同士の意識が共鳴……。ということは、ボーデヴィッヒさんも話がしたかった、伝えたいことがあったってことなのかな。

 気になって視線を向けてみると、何を見とるんだお前はみたいな冷たい眼差しで返された。考えていたことを伝えた日には、起き上がり掴みかかってきそうな勢いだ。

 

「さぁ、お前はもう帰れ。これから簡易的な事情聴取があるのでな」

「あ、その前にひとつだけ。ボーデヴィッヒさん、ハルに渡しておいてって頼まれたものがあるんだ」

「これは、奴の絵……か」

「うん。タイトルは、雨後に空を仰げば、だって」

「雨、虹……。フッ、そうか、そういう。なかなか洒落たことをしてくれる」

 

 そこらの机に置いておいた画用紙を手渡すと、ボーデヴィッヒさんは訝し気な表情でそれを見つめた。

 どうやらボーデヴィッヒさんと言葉を交わした後くらいからちょくちょく書いていたらしく、決着がつき次第渡す予定だったらしい。

 その絵の構図は、用紙の半分ほどが大雨で埋め尽くされ、遠くの空には晴れ間が広がり、そこから虹がわずかに顔を見せているような感じ。

 ボーデヴィッヒさんの専用機である【シュヴァルツェア・レーゲン】を直訳すれば黒い雨。そして言わずもがな、虹はハルの専用機である【ヘイムダル】の象徴。

 ハルはこの絵一枚で、止まない雨はないということ、そして何があろうと自分がついているぞと伝えたかったんだと思う。

 そんな絵に込められた意味を察してか、ボーデヴィッヒさんはクールな笑みを見せた。

 

「受け取っておいてやる。とでも伝えておけ」

「ふふっ、うん、そうするね。それじゃボーデヴィッヒさん、また明日」

「……ああ」

 

 ハルの絵はボーデヴィッヒさんにとって価値あるものと判断されたようで、捻くれた物言いながらも無事に受け取ってもらえた。

 それなら私の役目もこれで終わりかな。ボーデヴィッヒさんの伝言はハルに伝えておくとして、これ以上は千冬姉が怖いから暇することにしよう。

 去り際に無視されるかなと思いつつも声をかけると、一応でも短い返事をしてくれた。やっぱり少しずつでも心を開いてくれているのかな。

 もしそうだとするなら喜ばしいことだ。徐々に慣らしつつアプローチをかけることにしよう。なんて思いながら保健室を後にした。

 

(それじゃ、様子見もかねてハルのところへ……かな)

 

 あれからけっこう時間も経つし、終わりが見えてきたころとかならいいんだけどな。よし、まだまだ先が見えないようならこっそり手伝おう。

 件のクレーターができたアリーナを目指して歩くことしばらく、ふいに携帯が着信を知らせるべく震えた。何事かと画面をみてみると、どうやら発信者は千冬姉らしい。

 何か用事があるならさっき言ってくれればいいのに。というか、なんでわざわざ家族用のグループチャットなんだろ? そんな緊急で知らせることがあったのかなぁ。

 なんて呑気なことを考えながら通話アプリを起動させてみると、千冬姉がアップした一枚の写真に対して目玉をひん剥かずにはいられない。

 だって、ボーデヴィッヒさんを止めた後の居眠り。ハルと支えながら眠るという、割と恥ずかしい姿を激写されてしまっていたのだから。

 

(出たよ、たまにある千冬姉の弄り!)

 

 私はすぐさま千冬姉に抗議をしようと試みるが、秒でおばさんから質問攻めにあってしまい、その対応でそれどころではなくなってしまう。

 くっ、それも見越して家族用のグループチャットに……! 千冬姉め、なんという策士! ああもう、憎たらしい顔が目に浮かぶ。

 結局おばさんを宥めるのが精いっぱいで、ハルの元へ向かうことはできなかった。うぅ、終わってるといいんだけどなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハル、ハルってば」

「ん、うん、どうしたの、ナツ」

「もうすぐSHRだよ。居眠りなんてしてたら千冬姉が怖いって」

「ああうん、そうか、もうそんな時間か。ナツ、ありがとう」

 

 どこか心地よい揺さぶりを感じて目を開いてみると、そこには心配そうにこちらをうかがうナツの姿が。

 ああそうか、ボーっとしてたらそのまま居眠りしてしまったんだな。声をかけてもらえなければ、本気で目が覚めなかったかも知れない。

 やはり昨日、一人でグラウンド修復をやらされたのが効いているようだ。でも、無断交戦のペナルティとしては優しいほうなんだろう。

 けど昨日なんて、シャワー浴びたらそのままベッドに直行して気が付いたら朝だったもんな。これぞ、俗に言うバタンキューというやつだろうか。

 

「あれ、そういえばシャルルは?」

「えっと、行事にひと段落着いたから、そろそろ時期かなって言ってた」

「なるほど、そういう。何はともあれ、丸く収まってよかったよかった。流石はおじさんだね」

 

 ここのところ一緒に行動を共にすることが多かったシャルルの姿が見えない。そんな疑問を抱いたのか、ナツは周囲を見渡した。

 今朝のシャルルの言葉を聞くに、SHRまでに姿を現すことはないだろう。ナツにそうやんわり伝えると、察してくれたようで喜ばしいかのような仕草を見せた。

 でも、うん、ナツの言うとおり丸く収まって何よりだ。ことの顛末はかいつまんで聞いたけど、なかなか規模の大きい話だったし。

 まぁとにかく、シャルルも今日をもって自由に暮らすことが――――    

 

「みなさん、着席してくださ~い。SHRを始めますよ~」

 

 予鈴と同時ほどに教室へ姿を見せたのは、なんだか疲れ切った様子の山田先生だった。ナツじゃないけど、これはこれでいろいろと察してしまうな。

 揃って山田先生を気の毒に思うような苦笑を浮かべると、無意味に顔を見合わせてしまう。そしてナツは小さく手を振りながら自分の席へ着いた。

 何人かはシャルルが不在であることに疑問を抱いているようだったが、山田先生はそのままSHRの進行を始める。

 

「えーっとですね、今日は新しいお友達? を紹介します」

 

 瞬間、教室内は一気にざわついた。まぁそれはそうだろう。ついこの間二人も追加の人員があってのことなのだから。

 でももっと驚くことになるだろう。みんなあまり違和感とかは覚えなかったみたいだし。そもそも違和感は少なかったもんな。

 山田先生の入ってくださいという言葉に導かれ、束ねた金髪を揺らす少女が姿を見せた。そして俺の予想通り、クラスメイトたちは一気にざわつきを加速させる。

 

「そ、それでは一応ですけど自己紹介を……」

「はい。みなさん、改めましてシャルロット・デュノアです。事情があって変装して転入して来ましたけど、事情があってその必要がなくなったんです」

「そういうわけでして、デュノアくんはデュノアさんだったと言いますか。私も何を言ってるのかわからないと言いますか……」

 

 丁寧なお辞儀をするその姿は、貴公子でなく淑女そのもの。服装だけでこうも印象が違って見えるのだから、やっぱり女の子という生き物はすごいな。

 それにしても、シャルロット……か。実際にシャルル……シャルルじゃないんだよな。えっと、デュノアさんの口から本名を聞くのは初めてとなる。

 デュノアさんは事情があって変装の必要がなくなったと宣言した時、一瞬だけチラリとこちらに目配せした。

 どうにも父さんが実際にデュノアパパさんに接触を図ったところ、なんでも日本へのスパイ行為というのは大義名分のようなものだったらしいことが明らかになった。

 なんでもデュノアさんを危険から遠ざけるための嘘らしく、デュノアさん自身も本人の口からそのことが聞けたそうな。

 デュノア父娘の和解は成立し、今後はFT&Iの支援も受けつつ、危険を取り除き次第再会を約束したんだって。

 つまり、ほとぼりが冷めるまでは日本に居られるということ。これでまた仲間が増えたっていうか、せっかく仲良くなった友達がすぐ帰っちゃわないでよかったと心から思う。

 

「え、てか何、日向の薄っいリアクション」

「もしかして、知ってたってことかな」

「だとしたら、あの二人って同室だよね」

「「「…………」」」

「うーわっ……」

「異議ありぃ! 確かに知ってたのは認めるけど、デュノアさんの事情を鑑みてのことなんだって!」

 

 なんだかざわつきが俺を絡めた話しにシフトしていった時点で嫌な予感はしたが、最終的に引くわーみたいな評価に帰結する。

 善意を持って黙っていたのにたまったものではない。流石に不満が爆発した俺は、右手を大きく掲げてから立ち上がり、必死の弁明を図ってみる。

 それなりに信用は築き上げてきたはずなのに、あまり真摯に受け止めてもらえていないご様子。なぜだ、唯一の男子であるせいなのか。

 

「そうは言われても、ねぇ?」

「ほら? 毎日のように織斑さんとのアレコレ見せつけられてる身だし」

「ア、アレコレって……。一応は私も知ってたから別にそんな……」

 

 ……箒ちゃんのこともあって俺たちがそういう目で見られているのは知っているけど、どうやら二股をかけてるという感覚で引かれているらしい。

 いや、ナツはともかく……ともかくっていうか、まぁ、アレなんだけど、デュノアさんが俺に気がある前提っていうのはおかしいんじゃないかな。

 そう思ってデュノアさんに目を向けてみると、お手本のような苦笑いが返ってくる。うん、そうだよね、困るよね。俺としても無理して男扱いしていたせいか、恐らくデュノアさんは最も仲のいい女友達である。

 それでもってこの件に関わるであろうナツの様子も見てみる。……あのさ、モジモジしてないで、嘘でも本当でもいいからとにかく弁護くらいしてほしい。

 困ったな、どうやら自分の力でどうにかするしかないようだ。う~む、こういうのはどうだろうか。

 

「逆に質問させてほしい。俺にそんなことをする度胸がある男に見えるかな」

「「「…………」」」

「それはまぁ、確かに」

「一途ってか不器用そうだもんねー」

「不器用っていうか、ヘタレ?」

(納得されてしまった……!)

 

 やはり俺の信用を信用するのが一番と考えた俺は、自分がそんな下種なことをするような男だろうかとクラスメイト諸君に訴えかけた。

 するとしばらくの沈黙の後、女子たちは口々に自分たちが間違っていたという旨の言葉を発する……んだけど、だけどなんだろうかこの、表現しようもない複雑な気分は。

 いや、わかる、わかるよ? 俺自身の評価はヘタレで落ち着く。それが恋愛ともなればなおさら。でもなんかこう、男としての何かが俺を納得させてくれない。

 ……まぁいいや、この場を切り抜けられたならなんでも。だって二股するような最低野郎で議論が終わるほうが最悪だろ。

 それから特に騒動という騒動はなく、遅れてやってきたフユ姉さんが場を収め、それから今日の予定を話すといういつもの流れだった。

 ああ、でも、さっきから箒ちゃんの視線が凄まじく痛いんだけどね。多分、さっきのをナツを悲しませる要素として捉えているんだろう。

 けどかつての馴染みから言わせてもらえば、手が出なくなっただけ大きな成長だ。ここは気にしないでおくことにしよう。別に本当にやましいことはなかったんだし。

 そして授業が始まるまでの小休止、すぐさま女子の波はデュノアさんへ向かっていた。俺とナツは、その様をただ見守ることしかできない。

 

「おい」

「ああ、ボーデヴィッヒさん。大事なさそうで本当によかったよ」

 

 心中で頑張れデュノアさんとエールを送っていると、相変わらずぶっきらぼうな口調のボーデヴィッヒさんに声をかけられた。

 すぐさまベッドに直行したとはいえ、特に問題らしい問題がなかったことはナツに知らされている。そして、いろいろと彼女とわかりあえとかもということも。

 それで声をかけてきたとなると、これからよろしくのひとことでも貰えるのかな? それともまだ負けてないとか? どちらにせよ、一字一句聞き漏らさないようにしなくては。

 

「もうひとつ、お前たち絡みでわかったことがある」

「ず、随分いきなりだね。えーっと、何がわかったって?」

「愛の力とは偉大だということだ。道理で私が勝てんわけだ」

「「……はい?」」

 

 ボーデヴィッヒさんが人差し指を立てて数字の1を示したかと思えば、いきなりわけのわからないことで勝手に納得されてしまう。

 これには俺もナツも疑問符を付けた声しか上がらないわけだが、お互い顔は見合わせないほうがよかったとだけ言っておこう。

 いやだって、愛とか言われたら変に意識しちゃうでしょ。近頃の俺たちはなんだか微妙な関係なんだからなおさらだ。

 と、とにかく、真相を確かめないことには始まらない。あまりにも突然が過ぎるぞボーデヴィッヒさん。

 

「なんでそんな結論に……?」

「お前たちは家族同然の幼馴染なのだったな。ならばこれを見たほうが早い」

「これ、日本のアニメだよね。私たちとはあまり関係なさそうだけど」

 

 ボーデヴィッヒさんがこちらに差し出してきた携帯の画面に映っていたのは、確かライトノベルだったかネット小説だったかがアニメ化されたやつだったと思う。

 そしてシーンはクライマックス。見やすいよう編集をしているみたいだけど、要約するなら主人公とヒロインが協力してラスボスを打ち倒す熱い演出が流れていく。

 ……つまり、俺とナツをこんな感じに当てはめたってこと? ……いやいやいやいや。……いやいやいやいや。

 

「「いやいやいやいやいや!」」

「む、何か間違っているか? おかしいな、クラリッサは確かにこういうことだと言っていたのだが……」

「何もかも間違って――――はないかも知れないけど、ちょっと話が突飛しちゃってるっていうか……」

「そ、そうだよ、家族愛! 私たちのは家族愛だから!」

 

 ナツも俺と似たようなことを考えていたのか、俺と全く同じタイミングで、顔を真っ赤にしながら腕を左右に振っていやいやと声を荒げる。

 俺たちのリアクションがよほど不服なのか、ボーデヴィッヒさんは若干しゅんとしながら携帯をポケットにしまった。

 いやね、俺たちの間に確かに愛はあるよ。ナツはとても大切な人だ。けど、それはナツ本人が口にしたとおり、あくまでまだ家族の範囲を脱していないというか。ベクトルが違うっていうか。

 

「そう、それだ。家族愛。先ほどのはモノの例え。愛の種別くらい私とて心得ている」

「は、はぁ……? それはまた、意外というかなんというか。って、失礼だね今の。ごめん」

「なに、理解してもらえたならそれでいい。そこでだ、私からひとつ提案がある」

 

 どうやら俺とナツの間にあるのが、男女的な意味合いである愛と異なるのはわかっているらしい。ならどうしてそんなややこしい例えを……。

 い、いや、わかってもらえているならそれでいいか。これ以上踏み込まれると、脳のキャパを超えてしまいそうだからね。

 しからば、ボーデヴィッヒさんの言う提案とやらに重点を置こう。なんだかここにきて威圧感が凄いが、果たして――――

 

「私も混ぜてもらおうか」

「……うん? えっと、ナツ?」

「え、ごめん。私もよく……」

「だ、だから、お前たちに私も混ぜろと言っている! 要するにあれだ、切磋琢磨できる者がひとり増えるというわけだ。喜べ!」

 

 ボーデヴィッヒさんは強気な態度で自信を親指で差すと、ただひとこと私も混ぜろと宣言した。

 けど残念ながら、主語がないせいで意図を察してやれない。困った末にナツへアシストを求めるが、彼女も首を傾げるばかりだ。

 けど赤面して声を荒げるあたり、ボーデヴィッヒさんは自らの意志で言葉をぼかしたみたい。ならますます察してあげないとなんだけど、う~む。

 

(ねぇねぇ、ハル。あれじゃない? ほら、義兄弟みたいな)

(あ、なるほど。だから混ぜろってことなのかもね)

 

 そわそわと落ち着きのない様子のボーデヴィッヒさんをよそに、ナツが声を潜めて導き出した回答を俺に告げた。

 義兄弟のようなもの、か。愛の力は偉大という前振り、そして混ぜろ、切磋琢磨……うん、確かにそれならつじつまが合う。

 俺とナツを繋ぐもの。それを簡単に言うなら絆だが、それはとても複雑な様相を呈している。

 何と言ったらいいんだろう。血のつながりも、性別も、ありとあらゆるものを超越した絆。みたいなものだろうか。

 そして俺たちの力の源は、複雑ながらも確かにある絆。

 そういうものを理解したボーデヴィッヒさんは、新たな強さを求めるにまで至ったと……。

 

「「…………」」

「な、なんだその目は」

 

 俺とナツは視線だけを合わせると、ニヤニヤと破顔してしまう。

 ボーデヴィッヒさんの口からそんな言葉が飛び出るとは思わなかったのが大きな原因だけど、なんだか微笑ましく感じるのも嘘ではない。

 多分、そうなってくるなら俺たちの中にある回答は同じなんだろう。俺は弟分という自覚があるので、先のことはナツに任せることにした。

 スイっと掌を差し出すと、ナツはわざとらしく咳払い。そして一拍子開けると、慈愛に満ちたような顔つきへとかわった。

 

「いろいろあったせいか、ボーデヴィッヒさんにそう言ってもらえるとすごく嬉しいな」

「それでは――――」

「うん、もちろん。きっといつか、本当の家族になれる日が来るまで――――よろしくね、ラウラ」

「決まりだな! こちらこそよろしくだ。姉さま、それに弟よ!」

「あ、そこ俺弟なんだ……。うん、まぁ別に構わないけど。とにかく、よろしく頼むよ。……ラウラ姉さん?」

 

 あまりにも堂々たる弟宣言に一瞬スルーしかけたが、どうやらラウラちゃんの中では俺は下に位置するらしい。

 普通の人ならなめられてるとか思うかも知れないけど、俺に至っては妥当なところかなとか考えてしまう。ほら、ラウラちゃんって男前だし。

 それに今では普段の軍人然とした様子が嘘のようにも見える。きっと、元からラウラちゃんはあまり世間を知らない純真な子なのだろう。

 というか、今まで興味がなかったと言ったほうが正しいかな。多分だけどラウラちゃんは、ゆっくりでも少しずつでも、まだまだ強くなっていくことだろう。

 まぁとにもかくにも、姉が一人増えました。

 

 

 

 

 




原作でもちょっとお茶目なところがある千冬さん、好きです。
大人な女、しかもクールビューティーな人なんでギャップが大変よろしい。
今作においても一応の描写はできたのでまんぞくです(小並感)





ハルナツメモ その21【弟認定】
別にラウラもバカにしたいわけでないが、感覚的な部分で弟認定しているのは否めない。
晴人本人から言わせても、自分が弟のほうがなんかしっくりくる。だそうな。
極論ではあるのだが、晴人は実際に年齢が下にならねば、大概の人物に弟認定されることだろう。
穏やかかつ、争いを好まない性格が作用してのことだと思われる。
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