とはいえ、例の事件が発生するまでの間くらいはゆったりいきます。
事件うんぬんより、例のあの人が出現するほうが厄介かも知れませんが。
以下、評価してくださった方をご紹介
COLT SAA様
評価していただきありがとうございました。
「海だー!」
臨海学校への宿泊所へ向かうバスの中、一人の女子がそう叫んだ。と同時に、バス内をいくらかざわめきが包む。
いつもなら大人しい俺も、その対象が絶景とあらば話は別。瞬間的に窓の方へ首を回転させ、スケッチする際の構図の思案を始めた。
「すごい食いつき」
「やっぱり血が騒ぐっていうか。ナツ、窓側譲ってくれてありがとう」
「フフ、どういたしまして」
窓に遮られながらも様々な角度で景色を眺めていると、隣に座るナツがなんだか楽しそうに声をかけてきた。
何かとこういった遠出の際には、窓側に座らせてもらうのがデフォだ。こうして見やすいほうがハルもいいだろって。
紺碧の海に反射する太陽光が、見事なコントラストを生んでいる。そんなかなりの絶景なせいか、目もくれずな感謝になってしまっているのが申し訳ない。
でもナツはそんな俺を見ていることこそを楽しいんでいるようで、今度こそ笑みをこぼしながら俺の雑な感謝に応えた。
「お前たち、うるさいぞ。それにもうすぐ到着だ。大人しく座っていろ」
女子たちのざわつきが徐々にボルテージを上げ始めると、すかさずフユ姉さんのストップがかかる。
それまで浮ついた空気も鳴りを潜め、女子一同はかわいそうなくらいシンとしてしまった。確かに気持ちはわかるけど、何もそこまで大人しくならなくてもいいんじゃないだろうか。
ちなみに俺は別に騒いでいたわけでもないので観察を続行。むしろスケッチブックを手元に持っていなかったのが悔やまれる。
そうやってしばらくシミュレートを続けていたが、フユ姉さんの言葉どおりにすぐバスは停車してしまった。少し残念に思いつつも、荷物片手に手早く降りる。
すると俺の目に入ったのは、ドラマとか映画で出てきそうな様相の高級旅館だった。……え、おかしくない? たかだか学校行事でこんな場所に泊まるって。
「ここが二日間お世話になる花月荘だ。各々、立場をわきまえて行動するように」
(本当にここなのか……!?)
IS学園一年生一同が整列すると、その前に立っているフユ姉さんが厳つい顔をしながらそう告げた。
……衝撃を覚えている俺がおかしいのか、それともIS学園がおかしいのか。定かではないが、俺は非常に顔を引きつらせてしまっている。
だって明らかに高級旅館で――――いや、止めておこう。疑問に思うだけ無駄ってやつみたいだから。
俺は元気な声でお世話になりますと挨拶をする一同からワンテンポ遅れ、それから挨拶をしながら頭を下げた。
……はっ! それはそれとして、個人的に女将さんに謝罪をしておかなければ。さもないと、間違いなくフユ姉さんにシバかれるコースに違いない。
解散の合図が出てみんなが一斉に旅館へと足を運び、一人一人を丁寧に見送っている女将さんに恐る恐る声をかけた。
「あのー……すみません。えっと、自分は日向 晴人と言います。一人だけ男ってことで、ご迷惑おかけして申し訳ありません」
「あらあら、これはご丁寧に。でも気にしないで下さいませ。きっと一番大変なのはあなたですもの」
非常にかしこまった挨拶を述べると、女将さんにはなんだか大人の余裕をもって受け止められてしまった。
ますます恐縮してペコペコ頭を下げていると、いつまでやっとるんだバカタレ、なんていう声と共に俺の頭へ衝撃が走った。
言うまでもなくフユ姉さんなわけだけど、今の出席簿アタックばっかりは解せない。
だが逆らうだけ無駄な人なのはよくわかっているので、フユ姉さんの案内を頼りに旅館内をついて歩く。
というのも、旅のしおりの中に掲載されている部屋割りに、俺の名前がなかったんだよね。
ついに姉貴分にも存在を忘れられたかと問い合わせてみると、俺は少々特殊なかたちでの宿泊になるらしい。
そりゃそうだ。俺一人に一部屋あてがうなんて豪華すぎるし、かといって女子たちと相部屋なんてのは論外だし。
せめて布団に入って寝ることができればなーと、早々に待遇について諦めにも似た想像を抱いてみるが、そんな想像を遥かに超えた部屋であった。
「さて、知っているだろうが今日の午前は好きに過ごせ。私たちは会議があるのでな。荷物はそこらに纏めて――――」
「ん……? いや、あの、状況がよく呑めてないんですけど」
「お前と私が同室だ」
「は~……なるほどなるほど。…………May GoD……!」
あまりに事務的な感覚でことを進められるせいか、いまいち自分の置かれている状況が理解できないでいた。
解答を求めると、これまた事務的に俺とフユ姉さんが同室だからと告げる。これには思わず英語でなんてこったと衝撃を現してしまう。
するとフユ姉さんは、先ほどまで教師の顔をしていたというのに、一気にその顔を意地悪な笑みで歪めた。
「なんだ、緊張でもするのか?」
「します。しまくりですよ。俺の中では美人なお姉さんって認識なんですから」
同じ日本人というくくりとして、ナツや箒ちゃんだって間違いなく美人の部類だ。でも同い年というのは大きいんだよ。
けどフユ姉さんと俺の年の差は実に八歳。なんていったらいいんだろう、高嶺の花とは少し違うかも知れないが、その埋まることのない差になんだかそれと同じような感じを覚えるっていうか。
それがしかも超絶美人。クールビューティーを絵に描いたような人ときた。アホな思春期なんだから意識するに決まってるでしょうに。
そんな素直な気持ちを吐露するのが意外なのか、フユ姉さんは一瞬だが目を丸くしたようにみえた。
フッと鼻を小さく鳴らしながらこちらへ歩いてくると、そのまますれ違いざまに短くかつ乱暴に頭を撫でられる。
「誉め言葉として受け取っておく。後はまぁ、家族旅行とでも思っておけ」
背中を見せながら俺の頭を撫でた手を軽く左右へ振ると、フユ姉さんはそのまま部屋を出て行ってしまった。
び、びっくりした! フユ姉さんのことだから、生意気を言うなとかでシバかれるんじゃないかと……。確かに誉めたつもりではあるが、そう素直に受け取られても逆に照れてしまうな。
……俺も出かけることにしよう。えっと、俺の着替える場所は別館になるんだったかな。それじゃ海水浴に必要なものと、いつものリュックサックを持って……と。
まさかフユ姉さんの部屋に忍び込もうとする不届き物はいないだろうけど、一応盗られて困るようなものはそれなりに隠しておいてから部屋を飛び出した。
(よし、ここらでよさそうだな)
さっきバスの中でスケッチによさそうな場所は見つけておいたため、水着に着替えた後は真っすぐそこを目指した。ちなみに上はTシャツを装備中。
俺だってもちろん海で遊ぶつもりはあるけれど、画家の端くれ的には滅多に来られるような場所じゃない景色なんて、スケッチしておかずにはいられないのだ。
悲しいかな、下描きくらいしか描いてる時間がなさそうなんだよなぁ……。
だけど嘆いている時間がもったいない。俺は携帯を取り出すと、後で配色する時用に写真を一枚。横向きに構えてから、画面に触れてシャッターを切った。
構図としては、少し高い位置から見下ろすようなかたちだ。落ちたら即死はしないだろうが大けが必至な崖から、みんなが遊んでいる砂浜を一望できる。
人……というか、みんなは描いてる暇はなさそうか。やはり行事で来ているのが悔やまれる。
(ま、そういうのはもう少し大人になってからかな)
学生なんかやってると、どうしてもしがらみはある。けど大人になりさえすれば、もう少し自由を満喫することだってできるだろう。
そしたら気ままに旅にでも出て、気ままに訪れた景色を描く……なんてことをしてみたいものだ。うん、とてもいい。
まだ見ぬ未来へと想いを馳せつつ、俺はスケッチブックに鉛筆を走らせ始めた。
例の件で怪我をした右手もすっかり完治し、今ではもう痛みを感じない。……のだけれど、またしてもタコとかができちゃって、ある意味でも元通りだ。
でもタコとかに関してはもう慣れた。よって特に気にすることもなく、真っ白なスケッチブックへ見たままの景色を埋めていく。
(よし、あともうちょっと……)
「わっ!」
「わーっ!? ナ、ナ、ナツ! 絵を描いてる時は冗談きついから!」
「ごめんごめん。でもハルってば、それにしたって集中し過ぎだよ」
もうすぐ下描きの完成間近、いきなり耳元で大声が鳴り響いた。明らかに驚かせる意図のある感じで。
思わず大騒ぎしながら真横にグルリと一回転。景色が回っていくが、心の中では驚かせた犯人に不満をぶつける準備を始めていた。
俺がブーブーと文句を垂れると、ナツは謝りながらも悪戯が成功したことを喜んでいるようだ。まったく、へたするとスケッチブックを海に投げ捨ててるところだぞ。
それにしても、ちゃんと後から合流するからって連絡は入れておいたんだけどな。それを推して探しに来たとなると、もはや時間切れ間近とか?
俺が首を傾げていると、ナツはこちらが疑問に思っていることに気が付いたようだ。素朴な疑問に答えつつ、俺の左横に腰掛ける。
「どうせ絵を描いてるんじゃないかと思って。だから見に来たの」
「なるほど、俺が描く景色はいい眺めだろうからね」
「そうじゃなくて、ハルだよ。絵を描いてるハルを見に来たの。あっ、もちろん、邪魔ってことなら暇するけど」
どうせって言われるのはなんだか心外だが、事実なんだからどうしようもない。俺は絵描きバカとか称されても仕方ないと思ってるし。
だけど俺の予想とは外れ、ナツは絵を描いている俺自身を見に来たらしい。
すぐさま別に面白くもなんともないのでは? と答えようとしたが、ふと頭の中にかつてナツが告げた言葉が過った。
絵を描いてるハルはなんかいい。曰くそういうことらしいから、今回もそうなのかな。
趣味に没頭している姿を褒められるのは正直嬉しい。それに集中したら周りが見えなくなるレベルなわけだし、ましてやナツを邪魔だなんて思うはずがない。
以上の理由から俺はナツの申し出を快諾した。
「もちろん。こんなのでよければ好きに見て行ってよ」
「そっか、ありがとう。じゃあ、終わるまで待ってるから」
「うん、そうしてて。下描きだけで済ませるつもりだしさ」
大いに邪魔になる心配でもしていたのか、俺の言葉にナツは表情を明るくした。
こんなことで喜ばれるなら嬉しいものだ。よし、ナツが見守っているんだからもっと気合を入れないと。
なんて意気込んだのは束の間、俺の作画は目に見えてミスを増やし、しばらく描いては消しゴムで消してはを繰り返した。
……別にナツのせいって言いたいわけじゃないんだけどさ、こう、俺が考えてた何倍もジッと見つめてくるもんだから。
手元とスケッチブックに視線がいくのなんて極まれで、ほとんどは俺の顔を食い入るように見ていた。
ま、まずいな……流石に全然進んでないのがバレてしまう。そしたらナツは、やっぱり自分のせいなんじゃって気にしてしまうぞ。
そんなことさせてなるものか。さっきはすぐ近くに忍び寄られたのだって気付かなかったんだから、もっともっと集中して――――
「ねぇハル」
「なんでございましょう!?」
「もたれかかっていい? 流石にそれは物理的に邪魔かな」
「い、い、いや、全然大丈夫だよ。ナツが楽ならそれで」
「楽とかそういうのじゃなくて……。もう、ハルの馬鹿」
集中を決意した矢先にこれである。とことん断れない主義の自分が情けない。
俺の葛藤を知ってか知らずか、ナツは遠慮がちにこちらへと寄り添った。
左側……利き手とは逆? もしかして、初めからそのつもりで左に座ったなんてことはないよな。それは少し考え過ぎだろうか。
とにかく、覆水盆に返らずだ。やっぱり止めてほしい、なんて言ったらそれこそ情けない。集中して、手早く終わらせてしまえば話が早い。
――――けどキツゥイ! うごぁああああ……こんなの意識するなって言うほうに無理があるでしょう。
いつもどおりいい匂いが香ってくるし、ナツと触れ合ってるところが温かいし柔らかいし! そしてなによりナツさんや、それはちょっとどうなんでしょう。
(めっっっっっっちゃくそ谷間!)
ナツの格好は現在水着の上に薄手のパーカーという状態なんだけど、チャックの位置が胸元を強調するかのようなポジショニングだ。
そんな服装で俺にもたれかかることで身体は斜めになり、ちょうど視界の端にナツの胸元がチラチラと映り込んでしまう。
当然俺はそれを上から覗き込むようなかたちとなり、それはもう素晴らしい谷間を見せつけられてしまうというわけだ。
なんなんだこれは。俺はいったいどうすればいい。見えてますよなんて指摘するのは簡単だけど、もし万に一つ見せてるんですよなんて返された日には――――
「ねぇハル」
「なんでございましょう!?」
「別にハルなら見ていいんだよ?」
「」
恐れていた最悪のパターンが起きた。っていうかこのセリフが出てくるってことは、チラ見してたのはバレバレってわけですね。
あのねナツさん、ほんと俺にどないせーゆうの。なんなんすか、むしろパーカー引っ張って中を見せてくるその感じ。
この状況を一言で例えるとね…………無理いいいいいいいいいいいいいいいいいっ!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ! 本っっっっ当にすみません! 本っっっっ当勘弁してくださぁい!」
「あぁ、ちょっと……。ご、ごめん、ごめんってば! だからとりあえずそれ止めて!」
いろいろと限界を振り切った俺は、それこそスケッチブックをそこらに投げ捨てナツとの距離を置く。そしてすかさず拝み倒すようにしながら頭を地面にこすりつけた。
ナツは申し訳なさそうに謝ってくるわけだけど、そんなことをする必要はない。謝らなければならないのは俺だ。
だって、ただの悪戯のつもりじゃないことはわかっているから。とても勇気を出してくれた行動だというのはわかっているから。
それでいてナツの気持ちを受け止めてあげられないで、逃げに出ているから。だから謝らなきゃならないのは俺なんだ。
だけどナツが止めてと言ってる以上、これを続ける限り何も先に進まなさそうだ。けど罪悪感はひとしおのため、しきりに謝りながら拾ったスケッチブックの土を落とした。
「「…………」」
「なんかその、えっと、アレだから、もうみんなと合流しよう。ほら、同じ構図で写真も撮ってるから」
「う、うん、そうしよっか。みんなも探してるかも知れないし」
落ち着いた後は互いに向き合って無意味に正座。沈黙が苦しいので、ワタワタしながらもすぐさま移動を提案した。
ナツも俺ほどじゃないながら調子を崩しつつ、提案そのものにはすぐ乗ってくれた。ならば話は早い。
俺たちは手を貸しながら立ち上がると、砂浜を見下ろしてみんなを探してみる。代表候補性の集まりは目立つというか、すぐにそれらしい一団が見つかった。
だいたいの位置が定まったならこちらのものだ。俺はナツの手を指を絡ませつつ握り、有無も言わさず歩き出す。その間、何か言いたそうにしていたナツがとても印象的だった。
「あっ、おーい二人ともー! 探してたんだよー!」
「ごめーん! ちょっとハルを連れて来ようと思ってー!」
俺たちが近づききるよりも先に、シャルルが俺たちの姿を確認した。
ちなみにだけど、シャルロットさんじゃなんか個人的に呼びにくく、デュノアさんじゃ他人行儀だと向こうに断られてしまったため、彼女の呼び方はシャルルに落ち着いたというわけだ。
フランスにおいての男性名だけどいいのかとも思ったんだけど、シャルルもシャルルで呼ばれ慣れててなんかいい。とか言ってた。
しかし、ナツだけに遅れるって連絡したからか、やぱり探させてしまったみたいだ。
別にそこまで申し訳なく思うわけでもないけれど、俺たちは自然に小走りでみんなに近づいた。
「一夏……。無理して合流しなくても……なんなら日向くんと……」
「そ、それとこれとは話が別だから。みんなで海、楽しみにしてたし」
「手なんか繋いじゃってんのに、説得力の欠片もあったもんじゃないでしょ」
海でも相変わらずなテンションなのは流石というか、簪さんはボソボソと喋りながらも、ナツは俺と二人のほうがいいのではと聞いてきた。
なんかうまく言えないけど、それとこれとは話が別というのはよくわかる。うん、本当にうまく言えないんだけど。
そんなことを口にしながらバッチリては繋いでいる。そうやって鈴ちゃんがからかってくると、ナツは反射的に手を振り払おうとしたようだ。まぁ、させないけどね。
俺は瞬時にナツの手をより強く握り、離れさせない。ナツが何か言いたそうにこちらを見てくるが、意図的に無視してみんなとの会話を続ける。
「それよりも晴人さん、わたくしたちに何か言うことはございませんの?」
「ああ、うん、みんなよく似合ってると思うよ。……って、俺に褒められる需要ってあるのかな」
「むっ、意外と余裕だな。てっきり恥ずかしがってそれどころではないのかと」
「タイム、変に意識させること言わないで。今は芸術家モードだから」
セシリアさんが髪の毛をなびかせながらそう問いかけてくるが、軽い調子で返した。箒ちゃん的にはそれがとても意外らしい。
芸術家モードというのは、簡単に言うなら水着姿のみんなをエッチな目で見ないよう、肉体美的視点で見るよう意識してるって感じかな。
老若男女問わず、十人十色な体つきって普通にアートだしね。それを言うと、ミケランジェロ作のダビデ像なんて本当に芸術性の塊だ。
「普通にすごい……」
「まったくだ。思考の切り替えとはやるな、弟よ。普段からそれが出来れば言うことなしなんだが」
「き、肝に銘じておきます」
簪さんには珍しく、かなり驚いた様子で俺に感心を示しているようだ。ネガティブの気がある仲間のせいか、少し尊敬も混じっているみたい。
同じくラウラちゃんにも褒められる。が、こちらはちょっとした小言付き。義姉であるラウラちゃんは、密かに俺の脱・ネガティブ計画を実行中みたいだからなぁ。
「ところで一夏、パーカーは脱いだらどうだ。晴人も、その荷物は邪魔だろう」
「わたくしの用意したパラソルの下に、みなさんの手荷物等は纏めてありますわよ」
「無駄に豪華な仕様なのがなんともわかりやすい……。ハル、お言葉に甘えよっか」
「うん。セシリアさん、ありがとう」
未だパーカー着用のナツを見てか、箒ちゃんはそれを脱ぐよう促す。俺の荷物も同じくね。
今思ったけど、箒ちゃんだって割と大胆な水着なのにけっこう平気そうでは? 赤色ビキニってなんともらしくない。本格的に男とみられていない証拠だろうか。
……まぁいいや、それは昔からのことだろう。さっさと荷物を置いてしまって、俺もこのTシャツを脱いでしまうことにしよう。
ナツと連れ立って近場に掲げてあるセシリアさんのパラソルの影へ入ると、リュックサックを置いてその上にかけるようにしてTシャツも放置しておく。
さて、これで準備オーケー……も何もないか、上着一枚脱ぐだけなんだから。じゃあナツは――――
「…………」
「ハル、どうかした?」
「いや、あの、うん。き、き、き、綺麗だな、と思って」
「き……!? あ、ありがとう……」
一緒に選んだ水着なんだから、どんなデザインだとか、ナツに似合っているなんてことは最初からわかっている。にも関わらず、俺は水着姿のナツに目を奪われてしまった。
100点満点中200点なんて誉め方をしたけどそんなもんじゃない。実際に着ているところを見てみると、300点、400点――――いいや、点数で表すことすらおこがましい。
ああ、だめだ。ナツだけはどうしても単なる肉体美として捉えることができない。
大きくも整った胸やお尻の造形とか、締まったくびれやお腹にできるシルエットなんて、芸術性の極みだというのに。
「さっきは芸術がどうの言ってたのに、一夏だけ随分反応が違うじゃ~ん」
「僕らも個人的に誉めてくれてもバチは当たらないんだよ?」
「ほわぁ!? だ、だからその、ナツはなんというか――――頭冷やしてきまああああす!」
どこから見ていたのか、どこから聞いていたのか知らないが、俺の両サイドにはいつの間にか鈴ちゃんとシャルルが。
どちらもニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、鈴ちゃんに至っては俺の脇腹を軽く執拗に小突いてくる始末。
言い訳のしようはいくらでもあった。が、先ほどの一件がここでも尾を引いてしまう。何かって、その、ナツの胸元が頭を過ってですねぇ……。
瞬時に耐えられなくなった俺は、全力で二人を振り切って海へと一直線。頭を冷やすという言葉どおり、勢いよく海へと飛び込んだ。
「あら、意外にも晴人さんが一番乗りですわね」
「よし、ならば我々も弟へ続け」
「おー……」
「なんとも気のないな、簪」
事情を知らないであろう箒ちゃんをはじめとしてメンバーは、俺が猛ダッシュで横をとおり抜けて行ったことに驚いた様子だった。
しかしそれも一瞬のことで、ラウラちゃんの軍人じみた号令を合図に次々と海へと向かってくる。女子だし俺ほどの勢いはないけども。
セシリアさんに至ってはすさまじく優雅な立ち振る舞いだよ。いやホント、PVの撮影か何かですかってくらい。
はぁ……なら俺も少しは落ち着いたし、みんなと同じで足首くらいのところに戻ろう。
そうやって肩を落としながら水面が腹あたりのところから復帰すると、突然俺の顔面を海水が襲った。何事かと海水を払って目を開けてみると、ニッと歯を見せて笑っているナツが居るではないか。
「っの……。いきなりは、ダメでしょうが、いきなりは!」
「いきなりじゃないと意味ないでしょ! みんな、援護よろしく!」
そんな顔されたら不意打ちで海水をかけられたことは嫌でもわかる。いきなりじゃなければいいとは言えないけど、少し鼻に入りかけて流石の俺もご立腹だ。
ナツよりも大きいであろう掌に目いっぱい海水をすくってそれを投げ、文字通り反撃にうって出た。しかし、どうやらこれはいい判断だと言えなかったらしい。
なぜって? 端的に説明するなら勢力差の問題だよ。俺は頭にきたせいで忘れていたんだ。ここでは俺が唯一の男子であるということを。
「聞いたか皆の者、姉さまの援護に回れ!」
「イエスマム……」
「ほらほら晴人、覚悟しなさいよ!」
「戦いは数、とか言うよねっ」
「おーい、適度に加減はしてやれよ――――って、セシリアお前もか」
「たまにはこういうのも悪くはありませんもの」
「いや、ちょっ、待っ……息! 地上なはずなのに息がしづらい未知の体験! ほ、ほんとに……ガフッ!?」
ラウラちゃんの指揮のもと、いつの間にか囲まれていたようだ。
そこから四方八方からの集中砲火。砲火なのに海水とはこれいかに、ハッハッハ。……なんて考えてる余裕が普通になかったりする。
囲まれているせいでどの方向に逃げても水をかけられる。つまり、どの方向であろうと正面になりうるということだ。
絶え間なく、容赦なく俺を襲う海水。おかげで普通に息がしづらいし、割と早めにギブアップしたんだけど声がこもって聞こえないようだ。
もはや拷問とでも呼ぶべき海水攻撃が止んだのは、向こうが飽きてからという散々な結果となる。やっと終わったと思うよりも、生き延びたという感覚のほうが強い俺であった……。
大胆な恰好になると気分も大胆になるのは女の子の特権。
よって一夏ちゃんは完全無欠の女の子。QED。
胸元見ても良いよって言われてぇなぁ俺もな~。
ハルナツメモ その22【芸術家モード】
女の子だらけの海水浴場へ放り込まれることを想定し、晴人が編み出した思考変換。
晴人の中では肉体美=アートは揺るがない観点。無論、その対象は老若男女問わない。
晴人自身そういったアートとしての身体つきを恥ずべきものとは感じないため、本編中も意外にも平気そうな様子でいられた。長続きはしないようだが。
ただし、これらは一夏には適応されないようだ。原因は本人にも不明らしい。