今話はその一言に集約されるような……。
まぁはい、本当に冗談でもなんでもなく、未成年飲酒は絶対にやめましょう。
以下、評価してくださった方をご紹介
紫霊様
評価していただきありがとうございました。
「相変わらず見事なものだ」
「それはどうも。まだまだ修行中ですけどね」
食事や必要事項の確認を終え、今日のところは風呂に入って就寝するだけ。完全消灯までにできるところまで進めておこうと絵を描いていると、スケッチブックを覗き込んだフユ姉さんが唐突に俺を褒めた。
いやよかった、ようやく喋ってくれたぞ。部屋に帰ったはいいが終始無言で気まずかったところだ。俺もどの感覚で触れ合っていいのかわからなかったし。
「そういえば織斑先生って、絵はどうなんですか?」
「私にそんな細かいことをする気概があると思うのか」
「あっ……。いや、それは、どうなんでしょうね。アハハ……」
「言葉を濁すな。それならハッキリ肯定してくれたほうがましだ」
ふと気になったっていうか見たことがないっていうか、素朴な疑問をぶつけると逆に質問で返されてしまう。
すぐさまそんなことないですよと言える気が利くやつならよかったんだけど、言葉を濁してしまってフユ姉さんの機嫌を損ねたようだ。
でも本気で気に障ったって感じではなさそう。フユ姉さんの場合、そう思ったのなら先に手が出る性質でもあるか。
「まぁいい。それより、身内しか居ないうちはそう畏まらんでもいいぞ。家族旅行と思えと言ったのは私だ」
「本当に? そっか、それはよかった。堅苦しくてキツかったところだよ」
前にも言ったことがあるような気がするが、こちらとしてはフユ姉さんに敬語を使うこと自体違和感がバリバリなんだよな。
でも叩かれるのとどっちがいいかって聞かれたらそりゃ敬語でしょ。こんな閉鎖空間でずっとそうでなくてはならないと思っていただけに、久々に娑婆の空気でも吸ったかのような感覚だ。
まぁ、犯罪なんて俺とは絶対に無縁だろうし、刑務所暮らしなんてまったく想像がつかないんだけどさ。
「ところで晴人。ここには基本私とお前だけなわけだ。私が居るとわかって来るのは一夏くらいだろう」
「そうなんだろうけど、これはなんの確認で?」
「つまり目撃者は晴人しか居ない。お前が喋らなければ話も広まらん」
「えぇ……? あのねフユ姉さん。それって教師がどうこう以前に、大人としてどうかって話になると思うんだけど」
いきなりなんの確認をし始めるかと思えば、フユ姉さんは部屋の小さな冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出した。
フユ姉さんが酒豪で酒好きなのは知ってるけど、学校行事の引率としてこの場に来ておいてそれはどうなんだろう。
でも俺の言葉に聞く耳を持つ気がないのか、フユ姉さんはゴクゴクと喉を鳴らしながら酒を煽り始めた。
まぁいいか、元からチクりとかする気もない。フユ姉さんも呑まないとやってられない、みたいな部分はあると思う。……主に俺を始めとする専用機持ちのせいで。
「お前もヤるか?」
「大人が未成年に酒を勧めるのは犯罪ね!」
「わかったわかった。わかったからそう叫ぶな、冗談のわからんやつめ」
(絶っ対に今のは冗談じゃなかった!)
フユ姉さんはまるでジュース感覚でビールの缶を振り、俺も呑むかと勧めてくる。
これは先ほどとはわけが違うために断固拒否。むしろ怒鳴って注意するくらいのレベルで声を張り上げた。
だがフユ姉さんに反省した様子はあまり見られない。あろうことか今のを冗談で流そうとするではないか。
なんだろう、大人としてどうかどころか、人としてどうかってレベルまで格下げしないとダメですかね。
「……あぁ」
「何その急に感心したみたいな声……ってペース早!? フユ姉さん、目を離した隙にどれだけ――――」
「晴人、風呂にはもう入ったのか?」
「え? いや、まだだけど」
ちょっと目を離した隙に空き缶が数本増えてるものだから、今度こそ本腰入れて注意をしようとするが、それはフユ姉さんの謎の確認によって阻まれた。
何かしら思いついたのはあぁって声で察することはできるんだけど、だったらなおさらこの場を離れたくはないんですが。
けど入っていないと答えると、フユ姉さんは黙ってこちらを見つめるばかり。これは間違いなく無言の圧力というやつだろう。
ならば屈するわけには――――いかないんだけどなぁ。まったく、俺はやっぱり甘いというかなんというか。
「はぁ、わかったよ。要するに席を外せばいいんでしょ、外せば」
「物わかりのいい身内をもって私は幸せだぞ、弟よ」
「こういうときに弟宣言されても嬉しくないです。で、どのくらい居ないほうが都合がいいの?」
「せっかく一人なんだからゆっくり入ってくるといい」
「はいはい、わかりました。じゃ、行ってくるからね」
この状態の千冬姉を長時間放置するのはまずいと思うけど、このまま残ったら面倒くさいことになるのが関の山。
普段が普段だから本当にギャップが凄まじい。まるでエベレスト山頂から突き落とされ、ドーバー海峡まで一気に沈むかの如くギャップだ。
俺は完全に呆れながら入浴の準備を始めると、一秒でも早くこの状況から抜け出したい一心で部屋を飛び出した。
そしてため息交じりに廊下を歩く。陰鬱な気分が晴れない中、旅館の廊下を進んでいると、前方から見覚えのある人物が姿を現した。
「あっ、ハルだ。今からお風呂?」
「そうなんだけど……。ナツ、フユ姉さんに呼び出されたりしてないよね」
「うん、時間ができたら部屋に来るようにって。嫌な予感全開だけど、行かないわけにもいかないじゃん」
これだ……! フユ姉さんが俺を外させた理由、間違いなくナツ絡みだ! いやもう、あの人はいい加減に俺たちを弄るの好きすぎませんかね。
行かないわけないじゃんという言葉はわかる。俺だってフユ姉さんに呼び出されたなら間違いなく従うだろう。
けど、多分ナツが想像している何倍もの地獄が待ち受けていること請け合い。何本持ってきているのか知らないが、こうやって目を離している隙も絶えず呑んでるんだろうし。
だがチクる気はないといった手前、ここで堂々とフユ姉さんが酒入ってるから気を付けて、とは言えそうもないな。普通に俺たち以外の目があるし。
そこらを見渡すと、少し死角になるような箇所を見つけた。ナツの手を引いてそこに身を潜めると、耳元で囁いてフユ姉さんの現状を伝えた。
「フユ姉さん、酔っぱらってるから気を付けて」
「ええっ、臨海学校にまでお酒持って来ちゃってるの!? 我が姉ながら……!」
「それは俺も同じ気持ちだよ。というか、止められなくてごめん」
「ううん、ハルのせいじゃないよ。そもそもお酒が絡むと止めたって無駄だろうし。とにかく、教えてくれてありがとう。私、ちょっと急ぐね」
「うん、気を付けて。でも無理はしないようにしなよ」
酒の入ったフユ姉さんは大暴れするわけでもないが、本当にただただ面倒くさいんだよなぁ。ナツ一人に相手させるのがなんだか申し訳ない。
とはいえ俺だって風呂くらい入りたいし、これを逃して馳せ参じてるとそれこそ時間がなくなりそうだ。なるべく急ぐとして、少しの間だけ頑張ってもらうことにしよう。
伝えるべきことを伝え終わると、小走りで去っていくナツの背を見えなくなるまでその場にとどまった。せめてもの見送りである。
よし、俺はちゃっちゃと入浴を済ませて――――
「ひーむかーいくーん」
「うわぁ! あ、相川さんたち? こんばんは。何か用かな」
「しらばっくれずに、今起きた織斑さんとのやりとりを事細かーく、話してもらおうじゃない」
「こんなところで堂々と逢引きとはやるねぇ、日向くんってば」
「いや逢引きって、冗談でもそんなことは――――というか、その、けっこう急いでるんだけど」
やはり気休め程度の死角であることが祟ったのか、コソコソとしたやり取りをバッチリ目撃されてしまったようだ。幸いなのは、内容まで伝わっていないことかな。
でも見つかった相手が悪いというか、相川さんを筆頭とした同じクラスの面子がほとんどだ。ほら、ご存知の通り一組のみんなは俺とナツをラブコメ的な視点で……ねぇ?
俺に無理矢理にでも押し通す度胸はないし……。くっ、ナツ、悪いけど援護は少し遅くなってしまいそうだよ。
「千冬姉!」
「ああ、来たか」
半ギレくらいのつもりで扉を開け放つも、千冬姉はまったく気にした様子を見せない。それどころか、少し挑発的な態度にすら見える。
正直に言うならハルの言葉は嘘であってほしかったけど、畳の上には乱雑にビールの空き缶が何本も転がっていた。
私だって一本や二本ならそうガミガミ言わないよ。本当はだめなんだけれども!
けど今日という今日はただの注意で済ましてはならない。千冬姉の唯一の血縁として、言うべき時はハッキリ言わなければ!
私はノシノシと畳を踏み鳴らしながら歩くと、千冬姉の前に心底機嫌が悪いというような態度で正座した。
「千冬姉、言わせてもらいますけどね」
「ん、さては呑みたいのか? ほれ、なんならノンアルコールもあるぞ」
「いやそうじゃなくて、私ってばかなり真面目な話をしようとしてるんだけど」
ノンアルコール持ってきてるなら、最初からそっちだけ呑んでくれればいいのに。……じゃなくて、真面目に聞き入ってくれないことをどうにかしないと。
はぁ……お酒ってそんなにいいものなのかなぁ。大人たちは何かとつけて呑む口実にしてるようなイメージだけど。
でもやっぱり、仕事場に持参するのは論外だと思うの。今日という今日はと意気込んだんだし、しつこいくらいに何度もトライしてみることにしよう。
「で、お前と晴人はいつ結ばれるんだ?」
「い、今それは関係ない! 話を誤魔化そうとしたってそうはいかないんだから!」
「フッ、ではこうしよう。私の問いに応えれば、今日のところはこれでやめにしておく」
あまりにもなんの脈絡もなしにデリケートな部分について質問され、思わず照れながらの反論で明言を避ける。
すると千冬姉は、途中まで飲み進めていた缶を一気に傾けて空にした。そして、答えさえすればそれを最後の一本とするという条件をつける。
これは……しまった! 最初から千冬姉はお酒なんてどうでもよくて、今のを交換条件にもってくるのまでが真の目的! なるほど、違和感を覚えるまで聞く耳を持たなかったのはだからか……。
ここで私が断れば千冬姉は飲酒を続けられる。だけど乗ったは乗ったで私が恥ずかしがるのを楽しめるという、どっちに転んでも千冬姉が得をする算段!
つまり千冬姉がお酒を呑み始め時点で、全ては計画通りだったというわけだ……。くっ、どうして臨海学校に来てこんな心理戦を繰り広げないとならないんだろう。
この二択、選ぶとするならやっぱり――――
「まぁそのうち……。というか、告白待ちなものですから……」
「なんだ、随分と悠長なものだな」
「い、いろいろと事情があるんですー!」
告白してそれで済むんならとっくにそうしてるよ。前にも言ったけど、ハルに告白されるほど好きになってもらう必要があるんだよね。
私に限った話ではなくなるけど、多分ハルは告白なんかされたら無理にでも好きになろうとするはずだから。
地味にチキンレースみたいなものなんだよねこれ。いつ何がきっかけで、ハルに告白するような女子が現れるやも知れない。
幼馴染ということを傘に立てて、いつまでも胡坐をかいているのもまずい。……というのは、私が一番よくわかってるつもりなんだけど。
「そこらは好きにすればいいが、あまり焦らすようなら私がもらってしまうぞ」
「はいはい、肝に銘じておきます」
「私は割と本気だが?」
「……はい? ……はいいいい!?」
いきなりそんなことを言うなんて、千冬姉は私に危機感を持たせることが目的なのかな。どのみち適当に流しておいてよさそうだ。と思っていた矢先、意外な言葉が飛び出してくるではないか。
酔っぱらっていて口が軽くなっているってことなんだろうけど、つまり言葉どおりにけっこうな本気度であることがうかがえる。
こればかりはあまり適当に流すわけにもいかず、私は喰いつくかのようにして反応を示した。
「千冬姉、それどういう意味!?」
「常々思っているんだよ、婿にするならアイツより良い男をとな。だが高望みし過ぎなのか、これがなかなかな。ならもういっそアイツそのもので私は一向に構わんというだけのこと」
「だけじゃないだけじゃない! 私、ついこの間背中を押してもらったばかりなんですけど!?」
「だから、お前がいつまでもウダウダやってるならの話だと言っているだろうに」
でも可能性はゼロじゃないってことじゃないですか。この間と言ってることが全然違うんですけど。
ていうか知らなかった。千冬姉からしてもハルって普通にいい男なんだ。……ああ、ここでも変化球的に普通が適応されるわけね。
でも恋してるって感じじゃないのは確かみたい。あくまで候補のひとつっていう認識でいいのかな。
「だが一夏、一つ言わせてもらうとすればだ」
「ど、どうしたの?」
「私なら、アイツは一週間もあれば落とせるぞ」
「っ!?」
千冬姉に悪気があったかどうかは知らない。けどその言葉は、死刑宣告かのように私の心へと深く突き刺さる。
小娘と大人の女では踏んできた場数が違う。普段は披露する場がないだけで、千冬姉だってそれなりのノウハウというものがあるのだろう。
でも、一週間? たったの七日? 私に至っては、ようやく最近になって手ごたえを感じ始めているというのに。それなのに――――
……なんか……なんか、なんかもー! なんか想像しちゃったよ、千冬姉が本気でハルを口説くシーン! だめだ、これ本気で来られたら勝てる気がしない!
そんなことより、今すぐ頭に過った嫌なシーンを消し去りたい。何かいい手はないかと考えたところ、私のテンパっている頭が出した結論は――――
「南無三!」
「おいこら、後で晴人に怒られるのは私――――まぁいいか。明日残らない程度にしておけよ」
(あれから約三十分強。さて、どうなっているかな)
もっと短くすることもできた気がするけど、あまりにいい湯だったもんだから少し気を取られてしまったな。
ナツもいることだしあれより状況が悪くなることはそうそうないだろうけど、絡まれるのが忍びないからさっさと帰らないと。
なんだけど、いざ扉の前に来るとどうも委縮してしまう。どちらにしたって、死地に向かうことには変わりないからだろうか。
……俺たちを弄るの、早めに飽きてくれるのを願うしかない。よし、覚悟完了。
俺は一気に自室の扉を開け放つ。開口一番ただいまを言おうとしていたのだけれど、鼻にくる酒臭さに思わず顔を歪めた。
「酒臭っ!?」
「ん? なんだ、早かったな。ゆっくりしろと言ったろうに」
「あの状況でそうゆっくりしてるわけにも――――あ、あれ……?」
ナツにも止められることができなかったのかと思ったのだが、部屋の雰囲気にかなりの違和感を覚えた。
それはフユ姉さんの手元に缶ビールがないこと。そして転がっている空き缶が増えているのは、ナツの付近ということだ。
まさかそんなはずがない。淡い希望を抱いて正座して背を向けているナツに近づくと、ちょっと乱暴目に肩を掴んでこちらへ振り返らせた。
「ナツ!」
「ほぇ? あはっ、ハルだぁ~! ハ~ル~、寂しかったよぉ」
「わっ、だだだだだだ……ナツ、ちょっと待っ――――フユ姉さぁん!」
「人聞きの悪い。呑み始めたのは一夏だぞ」
「止めなかったのもフユ姉さんでしょうが!」
どこかボーッとしたような目元、楽しそうに歪んだ口元、聞いたこともないような猫なで声、そして何よりこの不自然に赤らんだ頬。どこからどう見たって酔っ払いの特徴が顕著に表れていた。
しかも俺を発見するなり上機嫌な様子で抱き着いてくる。普段ならすぐ慌てふためいているところ、抗議すべき相手がいるのでそうもいかない。
もし仮にフユ姉さんの証言が本当だとして、間違いなくわかっていて黙認したに違いない。こういうことに関しての信用はゼロなもんでね。
「ていうかナツ、いったん離れよう。その、モロに当たってるし、俺はフユ姉さんと話が 」
「ちふゆねえ……? ダメ、だめだもん! ちふゆねえと仲良くしちゃやだのぉ!」
「おごおおおおっ!? ナ、ナツ、ベアハッグ! ベアハッグ極まってる! 折れる折れる折れちゃう!」
「ハッ、ハハッ! ハッハッハ!」
「そこ笑ってんじゃないよ全ての元凶ううううううっ!」
これがナツに置いてどれほどの酔い具合なのかは未知だが、一応だけどキチンと会話は成立するようだ。
だが酔うと幼児退行でもする性質なのか、頑なにフユ姉さんとの対峙をさせようとはしない。その様は、まさに駄々をこねる子供そのものだった。
だけど秘めたるパワーは大人そのもの。むしろリミッターでも外れているのか、容赦なく腕に込められた力により、俺の胴体は激しく圧迫された。
もはやここまでくるとナツの胸の感触なんて気にはならない。ギリギリと絞められていく様は、さながら万力かのよう。
そんなやりとりがコントにでも見えるのか、全ての元凶こと我らが姉上は大爆笑。ほんともう、ウチの女衆はろくなのがいない。
「ナツ、わかったから! わかったからとりあえず力緩めてそろそろほんとにいろいろ飛び出てきそう――――」
「ギュってしてくれないとだめ」
「するする、させてください! ほら、これでいい!?」
「えへっ、うん、いいよ。ず~っとそうしててね」
冗談抜きに意識が遠のき始めるも、肺に残されたわずかな息を吐きだすように、説得の言葉の羅列を並べる。
素直には聞き入れてくれず、抱き返してという交換条件付き。なぜフユ姉さんが絡んで、そう不機嫌なのだろう。
でも考えている暇はないというか、従わなければ本気で再起不能になってしまいそうだ。
俺がナツの腰あたりに腕を回して力を籠めると、ようやく締め付けがゆるんでいく。ああ、本当に、なんでこんなことで生を実感せねばならなのだろう。
「んぅ……。ハ~ル~。ハ~ル~♪ えへへっ」
(フユ姉さん)
(うむ、どうやら酔うと甘えたがりになるようだな。しかし、確実に晴人限定だぞ。喜べ)
(俺が聞きたいのはそういうことじゃなくて!)
なんだか聞いていると脳が蕩けてしまいそうな声色だ……。綺麗な声とは思ってたけど、ベクトルが可愛いに変換されるとこうなるのだろうか。
しかもそんな声色で、幸せそうな表情して、幸せそうに俺の名前を呼ぶもんだからたまったもんじゃない。もちろん、いい意味でだが。
このままではいかん、なんとか気を紛らわせねば。手っ取り早く思いつくのは、ことの経緯をフユ姉さんに問い詰めること。
先ほどの悲劇を回避するため小声で話しかけるも、まったく的外れな回答が返ってくるものだからどうしようもない。
そりゃ、俺限定とか実のお姉さんに断言されたら、なんだか特別であるように感じなくもないが。――――くらいまで考えたあたりで、またしてもナツの腕に力がこもった。
「やぁん、けだものぉ♡」
「けだものってキミ、今の完全にナツが引き倒したじゃないか!」
「ん~? えへっ、頭ポワポワしてるからよくわかんな~い」
「おっと、いくところまでいくか、いくのか? 妹と弟の情事なんぞ見せられてはたまったものではないなぁ。ならば私は真耶に厄介になるとするかぁ」
「うん、なんかもう、逆にとっとと出て行ってください」
やることなすこと突拍子がなさすぎるというか、気付いた時にはナツに転倒させられ、畳の上で添い寝するようなかたちとなった。
けだものってなんだけだものって。確かに男はみんな狼だし、俺だっていざって時にはそれなりにワイルドな手段に出るだろう。でも今はいろいろ呆れかえってそんな気分じゃないんだけど。
フユ姉さんはフユ姉さんで、超棒読みな口調で余計なこと言いながら出ていくし。あれ、むしろ間違いが起きてほしいとすら思っていそうで怖い。
しかし、フユ姉さんが出て行ったってなると一気に静かになってしまうな。ナツは相変わらず楽しそうにジッと俺のことを見てるし。……ん? 楽しそうにずっと?
(あ、これだめなやつだ)
さっきまではいろいろと気が紛れる要素盛りだくさんだったから平気だったが、ナツとサシになってしまえばそうはいかない。
今にも鼻と鼻がぶつかってしまいそうな至近距離。酔っているナツの息は深くて、一定のリズムを刻み俺の顔へとかかる。
それらを意識し始めた瞬間、俺の顔面は燃え上がるかのような感覚に襲われた。きっと今の俺は、ナツに負けず劣らず真っ赤なんだろう。
しかも、まただ。またナツから目を離すことができない。見ているだけ目に毒だってわかっているのに、ジッと見つめていたい。そんな矛盾した思考が俺の脳を支配していった。
「……晴人」
「っ……! 一夏……」
ふと、ナツが俺の名を呼ぶ。正確に言うのなら、あだ名でなくしっかりとした本名で。
あの日ナツからハルを襲名して以来、そう呼ばれたことなんて極々わずか。本当に両手で数えられるほどだと思う。
他のみんなには晴人と呼ばれるというのに、ナツが俺をそう呼ぶのはなんだかとても特別なことのように感じられた。
しかも先ほどまでのように子供じみた、どこか楽しそうな様子ではなく、一人の女性として俺を慈しむかのような、そんな声色だった。
なぜだ。どうしてなんだ。ナツに本名を呼ばれただけなのに、どうしてここまで胸が高鳴る。おかげで一夏と呼び返すことくらいしかままならない。
「…………」
そうしてナツは、そっと目を閉じた。まるで何かのサインだと言わんばかりに。
頭の中で誰かが騒ぐ。まるで俺を囃し立てるかのように。
どう考えたってそういうことだと。欲望のままに行動していいのだと。心の導くままに動くことこそ、ナツの望みでもあるのだからと。
ナツの望み。多分、その言い訳が僕に一番聞いたんだと思う。僕は数字にして数ミリ、それだけナツに顔を近づけた。
すると僕らの鼻と鼻がぶつかる。今度は顔だけでなく、身体中が熱が迸る。そしてやがては自らの唇で、ナツの唇を――――
「すぅ……すぅ……」
(寝てる……のか……?)
今や唇同士が重なりかけたその時、俺の耳にはふと安らかな寝息が届いた。誰のものなんて詮索するまでもなく、間違いなくナツから発せられている。
それでようやく気付けた。さっきナツが目を閉じたのは、単なる電池切れ――――つまりは寝落ちのようなものだと。
……ハッ、ハハ、そうだよな、そりゃそうだ。酔っぱらうと眠たくなるっていうもんな。ましてや昼は遊び頬けて疲れがたまっていたろうし、そんなナツにアルコールは追い打ちをかけたんだろう。
(……俺はいったい、なんてことを)
そんな自己嫌悪に苛まれながら、俺はナツを起こさぬよう配慮しながらその腕の中から抜けた。
あらゆる意味で悶々とした気分の最中に布団を敷き、これまたナツを起こさないよう姫抱きで持ち上げると、静かにナツを置いた。
……空き缶を片付ける必要があるな。でも、今はそういう気分じゃない。備え付けてある大きめのビニール袋に入れ隠しておき、後はフユ姉さんに処理させることにしよう。
願わくば、ナツが一連のやり取りを忘れていてほしい。そんな身勝手な想いを抱きながら、俺は逃げるかのように布団へ滑り込んだ。
頭がガンガンとする。おかしいな、酒は飲んでいないはずなのに。
ああ、理由なんて俺が一番よくわかっているさ。わかっているけど、そんなの認めてしまっては俺が俺でなくなってしまう。
どうやらこれは、眠れぬ夜を過ごすことになってしまいそうだ。だからナツ、せめてこれだけは言わせておいてくれないだろうか。
「おやすみ、ナツ」
一夏ちゃんメイン回なんだか千冬姉大暴れ回なんだか。
ここまではっちゃけさせる機会は他にないでしょうし、よしとしましょう。
それより酩酊一夏ちゃんですが、相変わらず私の願望が出てます。
普段は気丈で頑固な部分があると思うので、酔ってる時くらい思い切り甘えてもええんやでって感じでしょうが。まぁ相手は晴人限定ですけど。滅びよ。
ハルナツメモ その23【年上キラー?】
モテるかどうかと聞かれれば別の話だが、晴人は年上の女性に興味を持たせがち。
以前ハルナツメモでも紹介した弟気質が派生し、そのようなことになると推測される。
もっと言うならギャップだろうか。
普段は頼りないながら、本当にやるときはやるので、そのあたりが大人の女性に刺さるのかも知れない。
ちなみに千冬は冗談半分本気半分で、まさに五分五分。当人としては年の差がネックか。
今回の場合は、単に一夏を焚きつけるのが目的だったようだ。