ハルトナツ   作:マスクドライダー

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だいたいサブタイトルどおりです。
なんというか、満を持してというところでしょうか。
一夏TSものにしては遅めの傾向にあると思われますが、天才もとい天災さんのご登場。


第45話 天才大旋風

「で、まだ何か弁明の言葉があるか?」

「いえ、ありません」

 

 何か俺に用事がありそうな雰囲気を出していた束さんだったが、すぐさまフユ姉さんに捕まって正座させられ反省会。

 二人は同い年で学生の頃からの付き合いみたいだが、不思議と力関係がハッキリしているんだよな。なぜか束さんもフユ姉さんの言うことだけはちゃんと聞くし。

 だからって、俺たちIS学園の面子が見てる目の前でっていうのは少し可哀そうな気がする。フユ姉さん的にも、辱める目的があってのことだと思うんだけど。

 

「あの人、本当に篠ノ之博士……?」

「間違いないよ簪さん。会うのは俺も五年ぶりくらいだけど」

「五年ぶりでもなんでも、面識があるのが異例とも思いますが」

「ってか、晴人。アンタなんでずぶ濡れなのよ」

 

 苦手ながらも流石に不憫だなとか思いながら見守っていると、いつの間にか周りを専用機持ちで固められていた。

 簪さんはボソボソ喋るから質問かどうか判断つかなかったが、とりあえず補足の意味を込めて返答しておいた。

 そしてセシリアさんの言葉には同意を示し、鈴ちゃんの言葉はお茶を濁しておいた。どうやら一部始終は見られていなかったようだが、そうなると自分の口で説明するのはちょっとアレというか。

 

「後々のことも考えて、少々挨拶にでも――――」

「ダメダメダメ、絶対にやめておいたほうがいい! 下手をすると心を折られちゃうよ!」

 

 セシリアさんは立場的にも挨拶しないと失礼なんて考えたのかも知れないが、そんなことをさせるわけにはいかない。文字どおり自殺行為そのものだ。

 俺は我を忘れてセシリアさんを羽交い絞めにしてでも止める。普段なら絶対にやらないであろう止め方に、周囲のみんなも驚いているようだった。

 すぐに正気を取り戻してセシリアさんを離すと、今度は俺の放った言葉の意味を問われる。意味も何も、本当にそのままのことなんだけどな。

 

「束さん、興味を持った人以外にはとことん冷たいんだ。いや、あれはもう冷たいなんてもんじゃないな……。うん、とにかくこき下ろされる。それはもう徹底的に」

「弟よ、お前はどうなのだ」

「う~ん……。それが、どういうわけか仲良くさせてもらってるんだよねぇ」

 

 それこそ別に最初からそうだったわけじゃない。むしろ初めのほうは真逆と言っていい。子供心に殺されるんじゃないかと思った時もあるくらいだ。

 ナツが箒ちゃんと仲良くなって、柳韻さんとこの道場に通うようになって、俺も剣道を習っていたわけじゃないが付き添っていたわけだ。

 そしたら自然と束さんと顔を合わせる機会もあったわけで、遭遇するたびに無言のプレッシャーが凄かったんだよなぁ。こう、私の神聖な領域に、土足で踏み込むなよゴミ虫め。みたいな目で見られてた。

 それがどういうわけか、ある日を境にパッタリそれがなくなったんだよ。むしろ昔から仲が良かったかのように接してこられた日には、今までがあっただけに呆然としたのを今でもよく覚えている。

 なんにせよ、それが束さんを苦手な理由その一だ。いじめられたほうはいつまでも根に持つなんて言うけど、まさにその現象が起きてるんじゃないかな。

 

「ある日から突然? う~ん、それは確かに気になるね」

「でしょ? 俺みたいな凡才、束さんの興味を惹くとは思えないんだけど」

「弟よ、どさくさに紛れてネガティブ禁止だ」

「なんにせよ、ご忠告ありがとうございます。晴人さんのおかげで傷つかずに済みそうですわ」

 

 うんうん、セシリアさんにわかっていただければなによりだ。興味ある人には愛嬌たっぷりなぶん、そうじゃない人への対応は落差が激しくてキツイんだよ。

 経験者は語るというかなんというか。俺の辛い経験が誰かのためになるなら、これ以上のことはないと思う。

 それにしても、今回フユ姉さんの説教は長めだな。本来の立場的には相容れない二人なんだし無理もないか。

 だが、そろそろ束さんの目的のほうが気になってきたぞ。俺関連であるのがどうか勘違いであってくれればいいんだけど。

 

「それで、わざわざこんな所になんの用事だ国際指名手配犯」

「ち-ちゃんってば、その呼び方はつれないから止めてよー。気軽に束ちゃんって――――」

「よしお前たち、コレは無視して実習に――――」

「あ~ウソウソ、軽いじょ~だん! 箒ちゃん、箒ちゃんに用事があって来たの!」

 

 何度怒られても根本的には態度を変えないあの姿勢、逆に少しは見習うところもあるんじゃないかと思ってしまう。実際は反省してるのだかしてないのだか、みたいな話なんだけど。

 それにしても、箒ちゃんに用事か……。苗字でお察しのとおり二人は姉妹にあたるんだが、その関係がなんとも微妙なんだよなぁ。

 率直に言えば、箒ちゃんは束さんを恨んでいる。理由は単純、束さんがISを世に送り出したことにより、一家離散となってしまったからだ。

 そこのところは詳しく聞いてないが、ボソッと学校を転々としたし、長いこと両親の顔も見ていないと言っていた。

 それは、辛い……よな。俺も両親は共働きでめったに家に居なかったが、会えないなんてことはない。でも箒ちゃんは……。

 

「っ……私は、貴女に用事など!」

「あーだだだだ、箒ちゃん落ち着いて! 仲良くしろとは言わないけど、そんな怒鳴ったらみんなびっくりしちゃうと思う」

「……すまない」

 

 束さんに見つからないよう集団に紛れていた節はあったけど、やっぱりダメか。それを悪いと言わないが、感情が抑えられずに自ら位置を晒してしまった。ならば幼馴染として、仲間としてやることをやらなくては。

 俺は女子たちを少し強引に押しのけ、箒ちゃんのもとに辿り着いた。いつもしているように落ち着かせようと試みれば、思ったよりもすぐ聞き入れてくれる。

 きっと、向こうもいつも俺に同じことをさせてしまっていると思っているのだろう。小さな頃からの積み重ねがここに効いているようだ。

 しかし、これで俺も束さんに再ロックオンされるんだろうな。あー……気が重い。苦手なだけで嫌いなわけではないんだが、やっぱりどうしても……あれ? そういえばさっきからナツはどこに――――    

 

「はっくんってば、いっつも箒ちゃんと仲良くしてくれてありがとねっ」

「ふぉおおおおおおぅ!? だ、だから、昔から言ってますけど! 無遠慮に抱き着くのは止め――――ああもう、勘弁してください!」

 

 箒ちゃんを落ち着かせるために気を取られていると、俺の背中にはとてつもなく柔らかい感触が。無論その正体は束さん。彼女が胸を押し付けながら俺に抱き着いているのだ。

 これこそが束さんを苦手とする理由その二。態度が軟化してからというもの、とにかくスキンシップが激しすぎるんだよ。

 俺をからかう目的なんだろうけど、頭をロックして顔に胸を押し付けるのはやり過ぎだと思う。それで普通に窒息しかけたこともあるのだから。

 これを話すと大半の男子がうらやましいなんて言うんだろうけど、そんな経験からか俺にとって束さんは殺されかけた相手でもあるわけ。

 照れと恐怖のダブルパンチ。俺が束さんに抱く感情は超複雑なのだ。こういう場合は圧倒的に照れのほうが大きいんだけどね。

 

「何か用事なら手早く済ませてください。私は貴女と一秒も長く触れ合いたくない」

「おっとっと箒ちゃん、そいつはごめんよ。んじゃあこっちこっち、さっきのロケットに積んでるものがあってさぁ」

「え? ちょっ、なんで離してくれな――――俺関係ないですよね!?」

 

 束さんはもはや絶対零度をも下回りそうな箒ちゃんの態度を華麗にスルー。なぜか俺の腕を組んで離さないままロケットの方へ歩んでいく。

 その間フユ姉さんと箒ちゃん困った視線を送ってみるも、双方に黙って首を横に振られるというリアクションを返された。

 昔から何を考えているのかわからない人ではあるが、なんだか今日は飛び切りな気がする。五年強ぶりの再会がこんなのでいいのだろうか。

 本当に困ったな、ナツはいったいどこにいるのだろう。我が相棒なら、きっとこの状況を打破してくれるだろうに。

 

「はいは~い、危ないから少し下がっててね~」

「警告が遅すぎるっ! こ、これは、コンテナ?」

「そーそー。早い話が箒ちゃんにプレゼント!」

 

 束さんがリモコンのようなものを操作すると、巨大ニンジン型ロケットの上部が開いて中からコンテナが飛び出してきた。

 どうしてもうちょっと穏便な構造にしないのか、コンテナは当然の権利のように地面へ豪快に着地。下に人が居たら即死級の様相である。

 それにしてもコンテナで輸送とは、随分と大掛かりなプレゼントだな。……あれ、今日って箒ちゃんの誕生日じゃなかった? ……なんてこった! 幼馴染の誕生日のことがすっかり頭から抜けてたなんて!

 忘れていたせいでプレゼントなんか用意していない。箒ちゃんはそれを求めるような性格ではないにしても、忘れていたという事実で罪悪感がすさまじい。

 内心汗だくになりながら固まっていると、束さんは再度リモコンを操作してコンテナを開いた。するとその中に入っていたのは、真紅の……IS……?

 

「というわけではいこれ、箒ちゃんの専用機になる紅椿だよ!」

「いりません」

「即答!?」

 

 思わず即答かなんてツッコミを入れたが、何なら今のは食い気味にいらないと答えていた。

 普通のIS乗りならば喉から手が出るほど欲しいであろう専用機だが、箒ちゃんはそれを推しても必要ないと言う。

 すごいのが意地になっていらないとかじゃなく、まったく、これっぽっちも、微塵も興味なさそうにしてるところじゃないかな。

 好きとか嫌いよりも無関心のほうが悪いと聞いたことがあるけど、これってそういうことなんだろうなぁ。

 姉妹の問題に俺が首をつっこむべきではないんだろうけど、少しくらい意見を言っておくべきでもあるような気がした。

 

「あのさ箒ちゃん、俺も突発的に専用機なんか手に入れちゃった身だから気持ちはわかるっていうかさ。冷静に考えて箒ちゃんだって重要人物なんだし、自衛の手段くらい持っておいたほうがいいんじゃ?」

「……晴人、お前が私たち姉妹の仲を気にしてくれているのはわかる。余計なお世話とは言わんし感謝もしている。しかし、要らないんだよ。本当に、私にISなんぞ必要ではないんだ」

 

 ……そうか、箒ちゃんにとってISは敵なんだ。自らの取り巻く環境を奪い去った、敵なんだ。

 俺たちとの別れや一家離散だって、ISさえなければ起きようもない。箒ちゃんを見送ったあの日、気丈な彼女が泣きわめく姿は鮮明に覚えている。

 きっと箒ちゃんがIS学園にいるのだって、要人保護プログラムで半強制的……だよな。……どうしてそのことに気付いてあげられなかったのだろう。

 俺やナツと一緒に進級して、鈴ちゃんや弾たちと出会って、きっと剣道の強い高校なんかに進学して……。箒ちゃんにとってISとは、そんなあったはずの未来を台無しにした存在なんだ。

 それは、そう……だよな。そんなものをプレゼントされたって、乗ろうって気になるほうがおかしい話なのかも知れない。

 自らの失言を思い知ると、俺は悔しそうに歯を食いしばる箒ちゃんに声をかけることができないでいた。

 

「篠ノ之、乗れ。これは命令だ」

「っ!? し、しかし!」

「日向の言うことはもっともだ。お前にとっては癪なことだろうが、コレの身内である以上それはあって不要なものではない」

「……了解しました」

 

 意外なことにも、フユ姉さんは命令とまで言って箒ちゃんを紅椿に搭乗するよう促した。これには箒ちゃんも驚愕を隠し切れない。

 フユ姉さんも俺と同意見らしい。いくら要人保護プログラムの一環としてIS学園の監視下にあるとはいえ、束さんの身内である以上は不測の事態も起きえる。

 要するに、フユ姉さんとしても箒ちゃんを心配してのこと。例えそれが、箒ちゃんに酷なことを強要するとしても。

 箒ちゃんも俺たちが心配ゆえの言葉だったことは理解しているらしく、非常に悔しそうながらもなんとか乗ることを決意したようだ。

 俺たちの気持ちを無駄にしようとしないあたり、やっぱり箒ちゃんはとてもいい子なんだよな……。

 

「……手早く済ませましょう」

「箒ちゃんのご要望とあらば!」

(や、やっと解放されたか……)

 

 触れ合う時間は短いほどいいというのは本心のようで、箒ちゃんは冷ややかな態度そのまま紅椿へと乗り込んだ。

 となれば初期化とか最適化の作業があるため、束さんは俺の腕から離れて科学者らしい姿を見せ始めた。コンソールを複数同時に操るなんて、遠目から見れば逆に適当にやってるよう見えなくもない。

 そんな俺の視線に気づいたのか、束さんは一瞬だけこちらへ顔を向けた。……バチコーンとでも効果音がつきそうなウィンクと共に。

 改めてみると、いろんな意味で八歳年上とは思えない人だ。見た目のソレはお姉さんの気があるため、主な原因は自由気ままな言動のせいだろう。

 でもあのキャラに慣れてしまえば、別のが想像できないくらいにはしっくりきてるんだけど。……っと、どうやら前準備は終わったらしい。開発者なだけあってすさまじい早さだ。

 

「カタカタカタカタ……ッターン! ほい箒ちゃん、いつでも始めて大丈夫だよ」

「日向、補助を」

「りょっ、了解! えっと、箒ちゃんのタイミングに合わせるから」

「そうか。では――――」

 

 突然の指名に驚きはしたが、すぐさまヘイムダルを展開して箒ちゃんが飛び立つのを待った。

 声をかけると一呼吸置いてから浮きはじめ、危なげない様子で空を駆けていく。やはり感覚的な物事に関してはピカイチなようだ。

 うん、本当に俺の補助なんて必要なさそう。もしかすると俺より全然ちゃんとできてるんじゃないかな。機体性能を抜き差ししたってそう思う。

 しかし、箒ちゃん本人は浮かない顔だな。訓練にも身が入っていないように見える。かといって声もかけづらいしなぁ……。

 こういう時は自分の優柔不断な性格が嫌になるわけだが、俺のそんな自己嫌悪をよそに訓練は進んでいく。

 お次は紅椿の武装について。空裂と雨月という二振りの日本刀型物理ブレードが主兵装となるようだ。しかもこの二振り、ただの刀じゃないらしい。

 なんとそれぞれ斬撃や刺突に合わせて、レーザーみたいなものが飛び、遠距離攻撃も可能とのこと。距離を選ばないというのは、それだけで優れた性能と言えるだろう。

 

「じゃあ試し斬りといってみよ~」

「い、いや、なんで普通に的とかじゃないんだ!? 赤色の(サーキュラー)――――」

「晴人、有難いが手出しは無用。変形させるなら青色の塔盾(タワーシールド)だ」

「ちょっ、ちょっと箒ちゃん!」

 

 束さんが試し斬りと口にした途端、無数のミサイルが飛来して箒ちゃんを襲う。これは黙って見ているわけにはいかない。

 そう思って右腕を赤色の丸鋸(サーキュラーソー)に変形させようとすると、標的とされている本人からストップがかかった。流れ弾が当たらないようにと忠告したころには、既にミサイルの群れへ向かっているではないか。

 なんとも言えない気持ちで青色の塔盾(タワーシールド)を構えつつ見守っていると、箒ちゃんは紅椿を駆使して次々とミサイルを打ち落としていく。

 すごいなぁ……。剣道の経験とかも関係あったりするんだろうか。これを見るに、持ち前のセンスも十分にあるのだろう。今までは訓練機だったから目立たなかっただけかな。

 これなら青色の塔盾(タワーシールド)を構えている必要もないくらいだ。そんなこと言ってるうちに全部撃墜し終わっちゃってるもの。いやはや、本当に脱帽というやつだ。

 

「すごいよ箒ちゃん。あんな簡単に全部落としちゃうなんて」

「この機体の性能が高いだけのこと。悔しいが、そのあたりは認めざるを得ん」

「そっか。じゃあ今のが最後みたいだし、戻ろうか?」

「……いや、実は先ほどから気になることがな。先生には後で罰は甘んじて受け入れるとでも言っておいてくれ」

「え!? ほ、箒ちゃん!」

 

 箒ちゃんの束さんを科学者としては認めているっていう意味の発言は、喜ばしい……ものなのかどうかはよくわからないけど、機体が褒められただけ少しは報われるんじゃないだろうか。

 ミサイルを打ち落としてから特に動きもない。このまま模擬戦みたいな流れでもいいような気がしたが、箒ちゃんが本調子じゃないうちは止めておこう。

 そう思って降下を提案するが、箒ちゃんはどこぞへと向かってしまった。とはいってもそこまで遠くではなく、生身でも問題なく追える距離だ。

 そこに何があるかは知らないが、箒ちゃんはダイレクトインしたんだろう。うーん、危険なことでなければいいんだけど。

 

『日向、篠ノ之なら放っておいてもいい』

「い、いいんですか?」

『ああ、今はそっとしておいてやれ』

 

 そうか、一人になりたかっただけって可能性もあるんだよな。そういうことなら、デリカシーがないだろうから大人しく戻るとしよう。

 でもフユ姉さんがこう言うのなら、さっきのは伝えなくてもよさそうだ。罰は受けるからなんて、なんだか伝えづらかったし。

 地面に足をつけてそのままヘイムダルを解除……しなくてよかったか、束さんの用事も済んだしこれで訓練再開だよな。

 あ、もしそうだとしても、ナツを探しに行かないとならないんだった。むしろ罰っていうなら無断で離れたナツじゃないか? どうにかフォローしてあげられればいいんだが。

 

「はっくんお疲れー」

「ど、どうも」

「というわけでちーちゃん、このままちょっとはっくん借りるねっ!」

「構わん。お前たち、訓練を再開しろ」

「にじみ出る人柱感! 織斑先生、教師なら助けてください!」

「助けてなんてはっくんは物騒だなぁ。でも平気だよ、ちょっとお話したいだけだからさ」

 

 キョロキョロとあたりを見渡していると、またしても腕に柔らかい感触を覚えた。もちろん束さんである。

 ナツを探さないとならないのに困ったな、なんて思っていると、束さんはやはり俺にも用事があったみたいだ。

 フユ姉さんはさっさと訓練を再開したいみたいで、明らかに俺を売った。どう考えても人柱とか生贄の類である。

 訓練ですからと断ろうにも、束さんは女性とは思えないパワーで俺を引っ張っていく。服の下に強化外骨格でも装備してるのかと言いたいほどだ。

 束さんが俺を引っ張っていくのは、ちょうど箒ちゃんが向かったのと同じ方角。いわゆる磯と呼ばれるような場所だった。

 そして俺を離した束さんは俺の前へと躍り出ると、こちらへ振り向いて何かはにかむような顔を見せる。やっぱり美人ではあるせいか、いくら苦手でもそんな顔をさせると照れてしまう。

 

「そ、それで、話ってなんですか」

「えへへ、束さんもどこから話せばいいのかわかんないや」

「えぇ……? まぁ、じゃあ、纏まるまで待ちますから。ゆっくりで大丈夫ですよ」

「……えへへ。もーはっくんてば、そういうところだぞ、そういうところ!」

 

 照れを誤魔化すように話を持ちかけると、なんだかより一層はにかみながら話がまとまていないとのこと。

 なんだか束さんらしくもないが、まぁ束さんだってそういう時くらいあるよな。時間がないのはこの際抜きにして、ちゃんと待つのが甲斐性ってやつなんじゃないんですかね。よくわからないけど。

 すると束さんは、ウリウリと俺のことを肘で小突き始めた。地味に痛い。というか、そういうところって何がって話なんですけど。

 小突くのを止めた束さんは思い切り深呼吸。ということは、気持ちの問題だったりするのだろうか。だとしたらいったい――――    

 

「はっくん」

「はい、なんでしょう」

「束さんと結婚しない?」

「……はい? いや、あの、は、はい?」

 

 結婚とは。夫婦になること、特に男女間で夫婦関係を成立させる法律行為。……うん、言葉の意味自体はしっかり理解できている。だけどそのうえで言わせてもらおう、まるで意味がわからないと。

 冗談の類でなければだが、俺はたった今プロポーズされたのだ。誰にって? 恐らく世界で最も有名であろう天才科学者にだ。

 というか、冗談ではなさそうだ。束さんの様子を見るに、特にそう思う。俺の記憶の限りでは、こんなにも不安そうにこちらを伺う束さんの姿なんて知らない。

 

「あ、あの、意味がわからないです。言葉の意味は理解してますけど……。だってその、会うのだって五年ぶりくらいですよ? もし本気だとして、す、好きになられる要素がない気が」

「あー……そこはほら、いくらか見てたから。はっくんがIS動かし始めてからだけど」

「監視してた、ってことですか」

「悪い表現をするならね。でもでも、プライベートな部分は避けてるから安心してよ!」

 

 あまりに突拍子がないので、俺は思ったことをそのまま述べるので精いっぱいだった。

 俺の疑問に、束さんは少し悪びれながら答える。これもとても珍しい。監視なんて、プライバシーなんて知らんと言わんばかりにする人だろうから。

 だから俺はより混乱を強くする。悪びれるその姿には、俺に嫌われたくないというのが見え隠れしていたから。

 なんなんだ。いったいどうなっているんだ。いったい俺なんかのどこに、束さんをそうさせる理由があるって言うんだ。

 

「でね、IS動かしたっていうのがはっくんだったら気になるじゃん? だから思ったんだよね、実ははっくんのことってよく知らないなーって。知れば知るほど、はっくんは私の興味を惹く存在だったよ」

「お、俺が? 俺ですよ? 俺は平々凡々の極みで――――」

「そこだよ。調べてわかったんだけど、はっくんの普通さは普通じゃない」

 

 みんなに俺たちの関係性を説明するためにも言ったが、俺が束さんの興味を惹くとは思えない。だって普通の擬人化などと揶揄されて生きてきたのだから。

 だが束さんは、そこなのだと言う。そここそが、俺に興味を持った理由なのだと言う。普通に普通じゃないのだという。

 

「身長や体重も、年齢に合わせてほぼ平均値並みに成長してる。テストをやらせれば平均点プラスマイナス五点以内。スポーツテストもほぼ平均値ピッタリ! こんなの狙ったってできはしないよ!」

「そ、そんなこと……ですか?」

「わかってないなぁ。普通なのに、普通だけど、普通に普通じゃないんだよはっくんは! もう束さん興味津々!」

 

 俺にとってはコンプレックスのようなもので、鈴ちゃんなんかには普通という概念に呪われてるんじゃないかと言われたほどだ。しかし、なんだか読めてきた。

 きっと束さんは天才だから。その気になったらなんでもできてしまう人だから、俺のそんな普通さを人よりも異常と感じるのだろう。

 

「でねでね、なんか最近束さんってば、はっくんのことばっか考えてるなーって。キミのこと考えてる時って、なんだか幸せだなぁって」

「…………」

「私にこんな感情があったの、自分が一番びっくりしてるんだよ? だってこれ、完全にはっくんのこと好きなんだもん……」

「束さん……」

「うん、好きだね。好きだよはっくん。無人機の件とか銀髪小娘の件とかかっこよかったし、いつでも誰かのために頑張ってるキミがかっこいい。そんな子が唯一私の造ったIS動かせるのって、なんだか運命感じちゃうな」

 

 照れながらも己の心情を吐露する束さんは、心底から可愛らしかった。二十代の女性に対する表現として似つかわしくないかも知れないが、その姿は恋する乙女そのものだ。

 それを俺がさせている。……俺が、俺が? 束さんにこんな顔を? させたとして俺は、いったいどうすればいいというんだ。

 今すぐはいと答えていいものじゃないってのはわかってる。けど保留というのは一番ダメだ、女性が一世一代の告白をしてくれているというのに。

 だとして俺に、断る言葉を述べることができるのだろうか?

 

「で、どうかな。私とあまあまラブラブな生活、送ってみない?」

「い、いや、俺は、僕には――――」

 

 束さんの口から発せられるあまあまラブラブとは、これを言われているだけで俺は相当な果報者なのだろう。

 それだけじゃない。きっと束さんは、俺の望む女性そのものになろうとしてくれるはず。なんたって完璧主義な人だから。

 それでいて、天才だからできちゃうんだよな。料理ができたほうがいいと言えば覚えるだろう。毎日三食、頬が落ちるような絶品を作ってくれたりしてさ。

 でもその甘言に乗っていいものではない。乗っていいはずがない。だって僕には――――    

 

「いっちゃんがいるから?」

「っ!?」

 

 いや、待て、なんだ今のは。俺は束さんを前にして何を口走ろうとしたんだ。俺は、自分にはナツが居るからと答えそうになった口を必死で押さえた。

 ふざけるのも大概にしろよ。確かに何度かいい雰囲気になったことはあるが、さもナツと俺が恋人同士かのような発言は許されない。

 そう、許されないんだ。俺が、俺なんかがナツにとってそうであっていいはずがない。なのになんだ、この胸に走る張り裂けそうな痛みは。

 

「じ・つ・は・ねぇ、そのあたりの問題を解決するモノも作ってるわけですよ。まぁこればっかりはいっちゃんの意志に依存するんだけどーっと……どこにしまったかな」

「ナツの意志に……? ……た、束さん、もしかして――――」

「貴女という人はああああああっ!」

「ほ、箒ちゃん!? 青色の塔盾(タワーシールド)!」

 

 束さんは目の前でごそごそと懐をまさぐり始める。普段なら本当にどこにしまってるんですかとツッコミを入れているところだが、俺はナツの意志に依存するというワードがひっかかった。

 もしかすると例のアレを作ってしまったのではと声を上げようとすると、次の瞬間箒ちゃんのシャウトが響いた。

 どうやらそこらの大きめの岩あたりに居たのだろうが、今重要なのはそこじゃない。なにせ、箒ちゃんは紅椿を纏って束さんに斬りかかろうとしていたからだ。

 どんな理由があれど、俺の目の前で人を傷つけさせるわけにはいかない。すぐさまヘイムダルを展開し即右腕を青色の塔盾(タワーシールド)に変形。

 束さんを隠すように真上へ構えると、ズシンとのしかかるような衝撃が右腕に走る。こ、これは、俺が防がなければ、間違いなく束さんは……!

 膝で反動をつけるようにして箒ちゃんを押し返すと、俺は追撃を許す前に声を大にして呼び掛けた。

 

「箒ちゃん、いったいどうしたっていうんだよ!」

「姉さん、貴女は、貴女は! まだ私の大切なものを壊さなければ済まないのか!」

(む、無視……? いや、冷静さを欠きすぎて、俺が目に入っていないんだ)

 

 いくら恨みがましいとして、箒ちゃんが殺すまで束さんをそう思っていないのは知っている。だからこうして叫ばずにいられなかった。

 しかし、再度箒ちゃんを視界に居れた時、俺はもう何も言えなくなってしまう。

 箒ちゃんは泣いていた。いつでも真っすぐで、いつでも固い決意が宿っているかのような。そんな力強い瞳から、大粒の涙を零している。

 いったい束さんの何が箒ちゃんの逆鱗に触れたというのだろう。

 答えの導き出せない俺は、怒り涙を流す妹と、対照的ににこやかな姉。そんな複雑な関係である姉妹を、ただ交互に見やることしかできないでいた……。

 

 

 

 

 




以前に束さんの扱いについて迷っていると少しだけ触れましたが、やはりこういう役回りについていただくことになりました。
とはいえただの負けヒロインということもなくてですね、というかこの作品において一夏ちゃん以外をヒロインと表現するのもアレなんですが。
そこのところを詳しく説明してしまうと重大なネタバレになってしまうので、とりあえず何も考えずに束さんに今回のような行動を取らせてはいない。ということだけは認識しておいていただいければありがたいです。
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