その2も臨海学校編で発生するんですけど、まずこれがなければ何も始まらなくもある。くらいには大事な回かも知れません。
以下、評価してくださった方をご紹介。
卍丸様 鶏と卵様
評価していただきありがとうございました。
俺の目の前で繰り広げられている光景は、本当に現実のものなのだろうか。視界に入れるのすら拒否したくなるほど凄惨なものなのに、脳の処理が追い付かないでなんのリアクションも取れない。
「織斑さん! しっかりしてください! 織斑さん、聞こえますか!?」
「医務室へ搬送し、速やかに応急処置を! 危険な状態だ!」
俺はただ、血にまみれ運ばれていくナツを漠然と見守っていた。これだけで作戦失敗であろうことは理解できるのに。
どうすればいいのかわからないんだ。泣けばいいのか、喚けばいいのか、それとも憤ればいいのか。何ひとつとして感情の沸いてこないこれは、まさしく無と表現していいだろう。
ついには何も見えなくなるし、何も聞こえなくなっていく。ただ俺を繋ぎとめているのは意識のみで、それさえもいつ途切れてしまうのか――――
「……くん……。日向くん……!」
「か、簪さん? それにみんなも」
「……晴人。キミ、自分が座ってるのに気づいてる?」
「へ……? ……あぁ、本当だ。いつの間に……」
名を呼ばれた気がしたのでそちらに目を向けると、まじまじと簪さんが心配そうな視線を送っていた。いや、他のみんなだってそうだ。
打って変わって俺はいったいどうしたの? くらいな感覚で返すと、みんなして顔を見合わせ始めるじゃないか。
するとシャルルが膝を折って俺の前にしゃがむと、今自分がどうなっているのかと問いかけてくる。どうなってるのって、そんなの別に――――
どうもこうもないでしょと更に返そうとしたのだが、手には確かに固い感触。そして何より、尻にはゴツゴツとした岩肌の座り心地を覚えた。
自分でも知らぬ間に尻もちをついたのだ。そう自覚すると同時に、先ほどまで受け入れがたかった現実が一斉に俺へと襲い掛かってきた。
「その……大丈夫……?」
「…………! ご……めん……あまり、大丈夫じゃ……な……!」
「弟よ、落ち着いて息をしろ。無理を言っているのは承知の上だ。が、そのままではお前も危ういぞ」
ああ、なんということだ。作戦失敗だから? 銀の福音が放置されてるから? そんなもの知らない、興味すらわかない。だって、ただ取り逃がしただけならそれでいいじゃないか。
なのによりによってナツが負傷だなんて、そんな光景見せられて大丈夫のはずないじゃないか。だって俺は、自慢じゃないけどナツなしじゃ生きていけないんだぞ。
血まみれのナツが、ぐったりとしたナツが、搬送されていくナツが次々フラッシュバックしていく。と同時に、俺の呼吸がだんだんと荒くなっていく。
必死に制御しようとしているのに、まるで逆効果だと言わんばかりに吸ったり吐いたりの頻度が加速する。
そんな俺を見かねたのか、今度はラウラちゃんがしゃがんで目線を合わせ落ち着くよう促し始めた。
本当は叶うならこのまま気絶してしまいたい気分だが、ナツに手いっぱいなところに迷惑をかけてしまう。それだけは絶対にダメだ。
俺は首を何度も上下に振って、とりあえず指示は理解したと伝える。後はそう、息くらい意識しなくたってできるだろ。普通に吸って吐いて、吸って吐いてだ。
「よし、とりあえず大丈夫そうだな」
「う、うん、ありがとう。助かったよ」
「晴人、顔」
「か、顔? 顔色、悪い?」
「それもあるけど、アンタのその顔、前に一夏がしてたのと同じだから。覚えときなさい」
危ない……ラウラちゃんが居なかったら、本気で気絶してしまっていたかも知れない。立ち直ったかどうかを聞かれたらまだまだだが、俺に手が回るのだけは阻止できた。
と、どこか遠い目をしてぼんやりしていると、突如として鈴ちゃんが顔とだけ短く告げた。まず文章として成立してないせいか、本気で意味が解らない。
今顔と言われたら真っ先に思いついたのが顔色。そこで体温を確かめるように顔を撫でてみるが、どうやら鈴ちゃんが言いたいのは顔つきのことらしい。
前、ってのは間違いなく俺が無茶をした無人機騒動のこと。そう、か……。ナツが怪我して俺が無事で、前の時と真逆の状態なんだよな。
いくら鈴ちゃんでも今の俺に発破をかけるのは得策でないと判断したのか、それだけ告げると何処ぞへと歩き出してしまう。
……ボーっとしていて話を聞き逃した可能性が高い。この後の流れはいったいどうなるのだろう。というか、今はとにかく立ち上がらないと。
「よっ……と? あ、あれ、おかしいな。くそっ、立つくらい……!」
「……お前たち、手を貸してやってくれ。悪いが私では体格的に足手まといだ」
「もちろんですわ。ほら晴人さん、ゆっくりで構いませんので」
「……ごめん。本当にごめん」
「謝らないで……。絶対に、日向くんが一番ショック……」
「そうだよ。それに、こういう時はごめんじゃなくて――――」
「……うん、ありがとう」
尻もちを着いた状態から四肢に力を籠めるも、まったく身体が言うことを聞いてくれない。むしろ、立ち方というものを忘れてしまったかのようだ。
これはあまりにも情けなくて必死にもがいてみるけど、先に救いの手のほうが入ってしまう。見ていられないっていうのはありそうだけど。
ラウラちゃんは自らリタイアしたとして、セシリアさん、簪さん、シャルルの手を借りてなんとか立ち上がり、なんとか歩き出す。
みじめとかじゃないんだけど、ただただ申し訳なくて謝罪が口をついてしまう。そこはすぐさまシャルルからお咎めが入った。
だからすぐさま俺も訂正。そうだよな、こういう時にはごめんじゃなくてありがとうだ。仲間たちへの感謝を胸に、俺は確と一歩一歩を踏んでいく。
俺たちにまず行われたのは、作戦失敗に至るまでのあらましを説明すること。
紅椿を乗せた白式の高機動一撃必殺が狙いの作戦だったが、初撃を失敗。二人は冷静に立ち直り零落白夜発動時間中の決着を試みようとした。しかし、ここで想定外の事態が起きてしまう。
なんと戦闘区域内に密漁船の存在が確認されたらしい。空域および海域は教師陣が封鎖したはずなだけに、完全に意表を突かれるかたちとなった。
銀の福音は広域殲滅を想定した射撃型IS。やたらめったら撃ちまくるスタイルなため、流れ弾が直撃する恐れが十分に考えられた。
……ここまで聞いて俺は察したけど、ナツはやはりすぐさま密漁船を守りにかかったらしい。ナツがそういう人間だから惹きつけられるというのに、今だけはなんともやるせない気持ちになってしまう。
箒ちゃんも焦りはしたがこれに賛同。ナツの援護に入ったものの、やはり零落白夜を使ったことが仇となって直後に白式はエネルギー切れに。
エネルギー切れの白式を操るナツ、そして密漁船の二重苦。箒ちゃんはどちらか一方を半ば捨てなければならない選択を迫られたことになる。
筋の通らないことを嫌う彼女だが、根は優しい箒ちゃんだ。だから箒ちゃんは、どうやら選べなかったみたいだ。
箒ちゃんがそんな迷いと葛藤を抱えている間に、銀の福音は標的を彼女へ変更した。広域殲滅の名にふさわしい弾幕が襲い、虚を突かれた箒ちゃんへとそのまま直撃――――
とは至らなかった。庇ったんだ。またしてもナツが、それも絶対防御も発動できないような状態の白式で、箒ちゃんを身を挺して守った。
結果的にナツは意識不明の重体。いや、生きていることが奇跡と言っていい。箒ちゃんに連れられ帰投し、医師が処置を行っている最中といったところか。
件の銀の福音と言えば、どういうわけかその場に留まって動く気配を見せないらしい。こちらとしては好都合なのだけれど。
しかし、残された俺を含めた専用機持ちに下された命令と言えば――――
(このまま待機を継続、か)
仮作戦本部に足を踏み入れないことを条件とし、定められた部屋以外での自由は確保されたものの、このまま待機を続けるよう命じられた。
これに関してラウラちゃんは、自国のISが暴走した後に他国の代表候補生が死にかけたというのが大きいのでは。なんていう見解をみせた。
極秘任務とはいえ日本の偉い人たちに話はとおってるだろうし、確かにそうだとするならやっぱり大問題だよな。まぁ、暴走している時点で大問題だけど。
この待機命令に鈴ちゃんはもちろん俺も強く反発したが、フユ姉さんに聞き入れてはもらえなかった。良くも悪くも、秩序を守ろうとしているんだろう。
ゆえに俺は、自室近くの渡り廊下から足を投げ出すよう腰掛け、いわゆる黄昏るなんて似合いもしないことを長時間継続中。
ヘイムダルのコンソールで時間を確認してみると、時刻はもうすぐ十六時を回ろうとしていた。作戦開始が十二時だったから……。
(もう、三時間以上も……)
俺は三時間以上もずっとこうしてるし、三時間以上経ってもナツは目覚めない。
ずっとこのままでいいはずがないのはわかってるけど、気力というものがわいてこない。待機継続、と言われた時にはあれだけ騒げたのに。
他のみんなはどうしてるだろうとか、福音はどうなっているだろうとか、そんなことも思い浮かばない。俺が抱くのはただただ虚無というやつかな。
結局、何も変わることができていなかったということだ。僕はナツが居ないとなんにもできない。どころか、俺には何にもないんだ。
そう、虚無。ナツが居ないと日向 晴人という人間は、空っぽで虚ろなただの器。仲間のことすら考えることができない、どうしようもない抜け殻のような何かなんだ。
「は~っくん」
「……どうも、束さん」
ただボーっとどこでもないどこかを見つめていると、ギュ~っと頬を指先で押されるような感覚が。そしてこのブレないテンションは、間違いなく束さんその人。
今は一人にしてください。なんて言うだけ無駄な人であることはわかっている。だからひとまず、声だけかけてボーっとすることを続けた。
でも不思議なことに、束さんも口を開かない。俺の隣に座って足を投げ出し、左右交互に振ってブラブラさせるばかり。
それはまるで、俺が話しかけるのを待ち構えているかのようだった。……果たして、そんな気概がこの人にあるのかどうか。
話すだけ話せば、満足してどこかへと行ってくれるのかな。束さんがどういうつもりなのかは知らないけど、やっぱり一人でいたいという考えは変わらない。
「束さん。もし俺が着いて行ってたら、どうなっていたと思いますか?」
「ん~そだねぇ。束さん的には、はっくんがいっちゃんみたくなってたと思うよ」
「です、よね……。それはわかっているんですけど、それなら俺は――――」
俺の口から出たのは、一応誰かに聞いておきたかった素朴な質問だった。けどその実、自分でも既に答えは見えている。
それは束さんが指摘してくれたとおりのこと。俺がナツないし箒ちゃんを庇うようなことをして、重傷ないし重体になっていた。
わかっていても、誰かにそんなことないと言ってほしかったわけじゃない。むしろ、俺と誰かの考えに差異がないほうが安心できる。
だから束さんの言葉は俺の求めていた答え。のはずなのに、どうしようもなく悔しさを感じてしまう俺が居る。
「ねぇ、はっくん」
「はい」
「やっぱりさ、束さんと結婚しようよ。ううん、別に好きになってくれなくてもいいから、私に着いて来ない?」
「それは、どういう……」
俯く俺の耳に、本日二度目となる求婚が届いた。だが、どうにもさっきまでとは雰囲気というものが違う。着いて行けばそれでいいって、いったいどういうことなんだ。
束さんの意図をはかりかねるなんていつものことだけど、いつも以上に真意を読めない。俺が困惑そのものの態度を示していると、ふいに束さんが俺を抱き寄せた。
ナツのこともあって塞ぎ込んでいるせいか、頭は特にパニックを起こさない。というのはもちろんあるが、束さんの包容力に黙らされた感もある。
初めて八歳の差を感じさせられているし、あまりにギャップというものが大きすぎてどうしていいのかわからない。
「キミさ、今それなら俺が重体でよかったのに、って言おうとしたよね」
「……はい。俺は、本気でそう思ってます」
重体どころか、ナツの身代わりになれるのなら命だって惜しくはない。
こんなことを言うとナツに怒られるんだろうけど、俺みたいなちっぽけな命で、多くの人を笑顔にできるナツを救えるのならそれでいい。それでいいし、そうしたい。
その場合ひとつ問題なのが、ナツとの約束を反故にしてしまうことかな。ナツの隣からいなくなったりはしないって、そう誓いはしたから。
「うん、やっぱりはっくんはそういう子。そうやって自分を追い込むところ、束さんはあまり見たくないかな」
「だから、着いて来いって?」
「そーだよ。逃げちゃったって、誰にも文句を言う権利なんてないもん」
それにしてもこの感じ、どうやら束さんは本気で俺のことを救おうとしてくれているらしい。
……逃げていいなんて、初めて言われたかも知れない。いや、だからって誰かが逃げるなと強要したっていう話ではない。むしろそれは俺自身がそうしていたと思う。
確かに自分を追い込んで追い込んで追い込んで、頭の片隅で逃げてはだめだと決めつけてしまっていたのかも知れない。
IS学園での生活に不平不満を抱いたことも、大きな苦があったはずでもないというのに。束さんに抱擁されそう言われると、なんだか――――
「ね、逃げちゃおうよ。私と一緒って絶対いろいろ大変だけど、はっくんは必ず守ってあげる」
「束さん……」
「はっくんはしたいことだけして生きていけばいいんだよ。それで、はっくんのしたいことは束さんがサポートしてあげる」
「…………」
「だからね、逃げよう? はっくんはもう十分頑張ったよ。キミがが思ってるよりずっとずっとず~っと、強くてかっこいいはっくんに、もうなってる――――って、束さんはそう思うな」
これは、なんて凶悪なんだろう。束さんのような美女に抱擁され、耳元でただ堕落させるための甘言を囁かれるなど。男という生物に生まれた時点で、ほぼ抗えないことが確定しているかのようだ。
俺だってそうだ。束さんの体温、香り、声などが総動員して襲い掛かり、思考を鈍らせ、今すぐに堕ちてしまいたいとすら考えてしまう。
堕ちて、堕ちて、堕ちるとこまで堕とされて、ただひたすら束さんとの甘美な生活を送る毎日。そんな手の届くところにある日々を、男としての本能が求めているかのようだ。
(きっと、幸せなんだろうな……)
戦いなんか無縁だから、強くなる必要なんかなくて。強くなる必要なんてないから、逃げてはだめだなんて悩まなくていい。
したいことだけしてって、そしたら俺は絵を描き続けるんだろう。サポートするって言ってくれたから、書きたい建造物などがある地域にも連れて行ってくれるのかな。
それでいて束さんは、逐一俺のことを褒めてかかるはず。どんな些細なことだって、偉い偉いと俺のことを褒めちぎり、そうやってやる気を引き出すスタイルであろうことが伺える。
ああ、なんだかもう一気にどうでもよくなってしまった。そうだよな、俺も凡人なりにやれるとこまでやったよ。ここらが潮時でいいじゃないか。
それこそ束さんの言葉どおり、誰に文句を言われる筋合いもない。だって、俺の抱えてきた辛さは、俺にしかわからないものなのだから。
『ハル』
(っ…………!?)
今にも諦め折れてしまいそうだったというのに、ふとこの世で最も大切な少女の声が響く。その声は、いつもと変わらず優しい口調で俺の名を呼んでいた。
……そういえばそうだ。こう思った時もあったよな、ナツが居てくれるから逃げないでいられるんだって。立ち向かっていけるんだって。
なのに、隣に居ないだけでこの体たらくなのか。例え中身が空なのが俺の本質であろうと、ナツが俺をハルにしてくれていたことだけは、忘れたりしたらいけないじゃないか……!
俺は思った、ナツの盾になりたいと。俺は思った、ナツが剣なら盾であるべきと。俺は思った、大切なものを守るナツを守りたいと。
それらはすべて、無理とか自分を追い詰めた果てに生まれた決意ではない。俺がそう決めて、そうありたいと思ったからここまでやってこれたんだ。
だけど束さんの辛いときは逃げていいという言葉も間違いではない。だから俺が逃げるべきことがあるとするなら、それは――――空っぽで、なんでも悪いほうに考えてしまう俺じゃないか。
(そうか、僕は最初から……)
今ようやくわかった。逃げることは、向き合うことだ。決して立ち向かうでも、乗り越えていくわけでもない。弱い僕と、向き合うことなんだ。
ナツに与えられたハルを、ナツが与えてくれた俺を取り繕うのに必死で。俺はずっと、僕を殺してしまっていたんだ。
俺は僕を倒そうとした。俺は僕を乗り越えようとした。俺は僕を打ち砕こうとした。だってそうしないと、ナツに報いることなんてできないと思っていたから。
僕は逃げてよかったんだ。虚構の俺から。作り上げてきた俺から。強くなったと思い込んでいた俺から。だってそれは、初めから僕ではないのだから。
僕のするべきことは、俺になることなんかじゃなかった。僕は僕のまま、ダメな僕のまま、弱い僕のまま、どうしようもない僕のまま、それでも一歩一歩前に進んでいくことだったんじゃないか!
「束さん!」
「なぁに、はっくん」
「ありがとうございます。あなたのおかげで、僕は答えを見出せました。けど僕は、だからこそ、あなたに着いて行くことはできないです」
束さんは緩く僕を抱きとめていたため、少し力を加えればすぐ腕の中から脱することができた。
なんとも皮肉な話だけど、束さんが逃げようと提案してくれたおかげで僕は答えを見つけることができた。けど、だからって着いて行くことはできない。
この件を見てみぬふりをすることは、逃げ出すんじゃなくて投げ出すこと。答えを見つけたからこそ、後者の選択をするわけにはいかない。
とりあえず感謝の意を示し、同時に謝罪も込める。束さんが僕のことを心配してくれた気持ちは本物だと思うから、それを無下にすることに関しては謝らないと。
「うむ、はっくんが吹っ切れたならよ~し! 本音を言うなら着いてほしかったけど~。そこは束さんのネゴシエイトパワーが足りなかったって諦めることにするよ」
「束さん……」
「ほ~ら、そんな顔しないのっ。行くべき場所、あるんでしょ?」
「……ありがとうございますっ!」
座ったまま深々と頭を下げてみるも、束さんの声色は相変わらずあっけらかんとしたものだった。
しかし、それが取り繕ったものだとしたら。もし束さんの僕に対する恋心が本物なのだとしたら。そう考えてしまうと、行き場のない気持ちが渦巻いてしまう。
僕が少しばかり顔を曇らせると、束さんはそんなことよりもと背中を押してくれるではないか。だとするなら、もうそんな顔をするのは筋違いというやつ。
ごめんなさいではなく、ありがとうを伝えてから立ち上がると、ある場所を目指してスタートダッシュをかけた。そしてそのまま、床の間をドタドタと踏み鳴らし――――
「はっくん!」
「は、はい!?」
「頑張って!」
「っ……はい!」
少し離れたばかりだというのに呼び止められ、つい俺はまだ何かあったんですかとブレーキをかけつつ急旋回。束さんの呼びかけに返事をした。
すると束さんは両手で小さく拳を握りつつ、ついでに小さくガッツポーズ。二十代の女性の仕草としてはあざといような気もするが、俺にエールを送ってくれた。
そんなエールに力強く答えると、俺は今度こそ向かうべき場所へと急いだ。必ずもう一度だけ、顔くらい見ておきたいから。
日向 晴人、ようやく主人公としてスタートという感じです。
もう今作も折り返しはとっくに過ぎてる頃なんですけどね……。
とにかく、この回からそうウジウジ悩むシーンも減ると思います。
とはいってもそう熱血になったわけでもないので、爽やか好青年あたりを狙って描写していければなと。
ハルナツメモ その24【俺と僕】
以前のハルナツメモその5(7話参照)でも少しだけ触れたが、晴人にとって自然な一人称は【僕】の方であった。
しかし、一夏がくれたハルという称号。そして一夏の相棒としてふさわしい人物でなくてはという強迫観念に駆られ、【俺】という一人称を使ってきた。
晴人は【俺】は【僕】でなかったことに気が付き、例え弱くて嫌いな自分だろうが、【僕】のまま生き続ける道を選んだ。
これにより、晴人はあらゆる迷いや悩みから解放されたということになる。
それでもまだまだ発展途上。【僕】を受け入れた晴人の往く道は、ようやく始まったと言ってもいいだろう。