ハルトナツ   作:マスクドライダー

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晴人の父親登場回。
晴人父にはとある役割を持たせているので、出てきたら布石のためとでも思ってください。
つまり今話は布石のための回。
故にいちかわ成分が息をしていないですが、ぜひ読んでいただきたところであります。


第5話 寡黙なファザー

『おれとはると、おなじだよな!』

『おなじって、なにが?』

 

 ――――あぁ、これはまた懐かしい夢だ。これは僕がハルになった日。僕が一夏をナツと呼ぶようになった日のことだ。

 ある日いつものように公園へ連れて行かれた僕だったが、ナツはそのあたりに落ちていた木の枝を掴むとそう切り出した。

 すると、ナツは拙い文字で地面に【いちか】と刻む。その隣へと、僕の名前である【はると】を刻む。そしてナツは、【いちか】の【か】をデカデカと丸で囲んだ。

 

『【か】をかんじでかいたら【なつ】なんだってよ。ちふゆねえがいってたぞ』

『うん、それで?』

『ほら、【はると】も【はる】がついてる。どっちもきせつだから、おなじだ!』

 

 僕が地面に刻まれたそれぞれの名前を見守っていると、ナツは僕の名にある【はる】の部分も丸で囲んだ。

 そして二ヒヒと嬉しそうな笑顔を見せると、【はる】と【なつ】はどちらも季節。だから同じなんだと解説を入れてくれた。

 しかしだ、少しばかり残念なことを報告しなければならなかった。それは――――

 

『ぼくの【はる】、きせつじゃない』

「えーっ、そうなのか!? じゃあ、なんの【はる】なんだよ』

『おかあさんはたいようだって』

 

 偶然か必然かはわからないが、僕も母さんから自分の名についてのことは聞き及んでいた。そう、【はると】は【晴人】と書く。すなわち、太陽とか快晴を意味する言葉だった。

 知っていたから嘘をつかずに素直な報告をすると、ナツはその顔にありありと残念そうな表情を浮かべて不満そうに質問してくる。

 当時の知識力ではどうして【はる】が太陽にあたるのかが納得いかなかったのだろう。するとナツは、持っていた枝を放り投げて僕に指を差し――――

 

『はるとはいつもこまかいんだよ! おれとおなじはうれしくないのか?』

『ううん、ぼくもなるべくいっしょがいいな』

 

 幼少期のナツと言えば頑固さに加えて強引さも持ち合わせていた。まさにゴリ押しと取れるこの発言、今思えばナツも多くの意味で子供だったといったところか。

 だが、ナツにそう聞かれてからの僕の回答は嘘ではなかった。あの頃友達と呼べるのはナツくらいだったし、唯一無二の存在が一緒を喜んでくれるなら僕も嬉しかった。

 そして僕が肯定の姿勢を見せると、ナツは途端に嬉しそうな表情に戻った。そんな百面相にハラハラしながら次にどう出るかを待っていると、ナツはまたしても僕を指差してひとこと。

 

『よし、じゃあきょうからおまえはハルだ! だからハルはおれのことナツってよべよな!』

『わかった。じゃあ、ナツ』

『おう、ハル!』

 

 そう、全てはここから始まった。なんて、そんな大げさなことじゃないか。しかし、ナツが僕をハルにしたのだけは確かだった。

 だからナツが僕をハルと呼ぶのは、僕にとってとても特別なことなんだ。ナツにとっては……どうだろう。聞こうとも思わないからわからないな。

 でも、あの日のナツが喜んでいたのは確かだと思う。僕がナツと呼べば元から明るい表情を更に明るくし、同じく僕のことをハルと呼んでいたから。

 そして自身が命名したハルというあだ名を呼んでしばらく、ナツはまた僕の手を引いて公園の遊具へと突っ走って行った。

 うん、やはり強引のひとことに尽きる。けど、ナツのこういうところに僕が救われていたのは確かだったろう。

 なぜかって、あの日ナツが僕のことをハルにしてくれなかったとするのなら、きっと僕は――――今よりもっと、どうしようもない奴だったろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……? ……げっ、居眠り!」

 

 ウトウト、ボンヤリとしていたことに気が付いた俺は、慌てて椅子から立ち上がった。なぜなら、ついさっきまで絵を描いていたはずだから。

 自室にある絵を描く専用のテーブルを物色すると、見事に涎が溜まった痕跡ができあがっていた。しかし、肝心の描いていた絵が見当たらない。

 

(えっと、確か……)

 

 確かそう、俺は自分の意志で居眠りを決め込んだんだった。それを思い出して引き出しを開いてみると、そこには完成間近の絵が描かれたスケッチブックが。

 よく見ると、机の上に色鉛筆が見当たらない。試しに持ち運べる程度の画材を入れたリュックサックを開くと、絵と同じようにしてしっかりしまい込んでいた。

 ふぅ、我ながらちゃんと片付けていたか。きっと、ナツがたびたびだらしないと叱ってくれていたからついた癖だろう。家には不在ながら、まるで拝むようにしてナツへ感謝を述べた。

 しかし、絵が無事とわかった途端にドッと疲れてしまった。せっかくの仮眠が台無し。本末転倒というやつだろうか。

 そうやって身体を椅子へと預けてみると、もはや集中力が切れたことを示すかのように、またしても睡魔が俺を攻め立てる。

 

(今日はここまでかな)

 

 本当はもう少し続けたいところだが、なにより気分が乗らない。こんな精神状態では満足のいく絵は完成しないだろう。

 時間を置くか日を改めよう。そう決意した俺は、画材をまた仕舞い直して背伸びをひとつ。そして時計へと目を向けた。

 十八時……。まだまだナツは帰って来そうもないな。今日は遅くなるって言ってたし。となると食事まではまだ時間がかかるということか。

 皆まで話してくれないからよくわからないが、なんだかナツは最近習い事を始めたらしい。けど、何を習っているのかは教えてくれない。

 秘密主義な両親のおかげでそういうのは慣れっこだが。それにしても、習い事をしてるのに家事をこなそうとしてくれなくてもな。

 ナツの負担を考えるのなら、俺ももっと本気で料理を覚える必要があるのだろう。しかし、ナツもこれだけは譲れないのだと折れてくれない。

 私の役目を奪わないで。それにハルだって部活とか絵を描くのとか忙しいでしょ。……とか言って。とりあえず逆らわないほうがいいと、本能的に察することのできる目つきをしてた。

 

(おっ、電話だ。……父さんから?)

 

 ナツに覚えた恐怖を思い出していると、ポケットにしまい込んでいた携帯が震えて俺に着信を知らせた。

 てっきりナツからだと決めつけていたが、画面に表示されていたのは父さんの三文字。電話をしてくることがまず珍しいために出鼻をくじかれてしまった。

 何も仲が悪いとか苦手意識があるということはないが、普段そういうことをしない人がするっていうのは不意打ちに似たものを感じる。

 俺は無意味に戦々恐々としながら、父さんとの通話を始めた。

 

「も、もしもし?」

『晴人か。済まないな、滅多に顔を見せてやれないのに電話など』

「そ、そんなことないよ、父さんが働いてくれてるのは俺たちのためなんだし。むしろ声が聞けただけでも嬉しいって」

『そうか』

 

 電話越しに聞こえる渋くどことなくダンディズムを感じる声。それは間違いなく父さんのもので、いきなり謝罪から入られて気が引けてしまう。

 しかし、そうかという言葉を最後に無言が続いてしまう。父さんはこうして口下手というか、少しばかり不器用なところがあるんだよな。

 その性格は恐らく母さんと真反対で、上手いことバランスのとれた夫婦だなというのが息子視点の感想だ。

 なんでもお互いに自分にないものを持っていたから好き合ったのだ、なんて思いきり惚気られた覚えがある。

 それはさておき、俺から切り出さなければこのまま無言が続いてしまいそうだ。相変わらず臆しながらだが、父さんに用事を問いただした。

 

「ところで、なんの用事なのかな?」

『実は駅前で一夏くんと出会ってな。今も隣に居るのだが』

 

 ナツが隣に……。そうか、それなら父さんは今日帰る気でいたんだろう。それこそ電話一本くらい入れてくれてもいいと思うが。

 ナツが話しかけたのかは謎だが、どちらにせよ父さんもナツの変わった姿形を見知ってはいたはず。母さんが無駄にパシャパシャと写真を撮っていたから、父さんの元へは送信されているだろう。

 父さんは男性、女性にかかわらず目下の人間を呼ぶときにはくん付けだ。おかげで一瞬混乱したが、だいたいの状況は整理できた。

 問題はというと、ナツと駅で合流したからどうしたという部分になる。

 

「えっと、それで?」

『三人で食事でも、という話になった』

「今から出られるかってことだね。わかった、準備ができたらすぐ出発するよ」

 

 父さんの口ぶりからして母さんは来られないんだろう。聞いたら残念がるどころか、十中八九拗ねるだろうから黙っておかないと。

 父さんと母さんが同時に忙しくない日のほうが少ないが、夫婦で会える時間が確保できているのかは心配なところだ。

 それと同時に、二人が不倫する心配なんていうのは全然していない。揃ったら今もなお熱々なのがよくわかるからなぁ。

 まぁフユ姉さんも入れた家族五人が集結するのはまた次の機会として、素早く俺も合流しよう。さて、まずは部屋着から外出用の私服へ……っと。

 そしてなるべく早い時間の電車に乗って揺られることしばらく、二人が待っているであろう駅へと到着した。

 改札を抜けて正面出入り口を目指すと、目的の人物たちがようやく見えてきた。

 

「二人とも、お待たせ」

「あっ、ハル! 思ったよりも早かったね」

「うん、電車の時間がちょうどよくて。それより父さん、久しぶり」

「ああ、晴人。元気そうでなによりだ」

「……うん、父さんも」

 

 急ぎめで二人に近づいていくと、ナツは大きく手を振ってこっちこっちと俺を誘導する。とりあえず待たせたことを謝っておいてから俺は父さんを視界へ捉えた。

 すらっと伸びた高い背丈、男性にしても短めの髪、どちらかというと気だるげな目つき、ファッションで伸ばしているであろう顎鬚。見るからにして大人の男、それが俺の父親である日向(ひむかい) 晴誉(はるたか)

 年齢は確か40ちょうど。年相応の落ち着きを感じ、息子の目から見ても余裕で俳優で通じるだろう美男だ。

 どうして美男美女な両親の間に生まれたというのに、俺はこうも普通の顔つきなんだろうか。性格からしても似てないし、失礼ながら本当に二人の子供か疑わしく思うこともある。

 でも元気そうだと頭を撫でるあたり、不器用なりに俺を愛してくれている証拠だろう。それを思うと、血の繋がりなんかあろうがなかろうがどうでもいいというのが率直なところだ。

 

「ところで、どこに行くかは決まってるの?」

「それはハルが来てから相談しようと思って」

「私はどこでも構わない。二人でよく話し合うといい」

 

 昨今の外食産業は苛烈を極めるばかりで、安価でそれなりの食事ができるのはもはや常識の域まで達してしまっている。

 ファミレス等のチェーン店へ向かうことになるのは確定だろうが、それでも選択肢なんて星の数ほどと表現しても過言ではないはず。

 ウチなんかはナツが食事を作ってくれるために、外食なんてものは滅多にしない。なので、ここは慎重に話し合う必要があるだろう。

 父さんの見守る中やんややんやと協議を続けていると、回転寿司ということで確定した。すると父さんが――――

 

「回る方でいいのか?」

「え゛!? い、いやいいよ回る方で……。ね、ナツ」

「う、うん。おじさん、たまにだからってそんなに張り切らなくても大丈夫ですよ」

「そうか。ならせめて、一皿100円程度のところは止めておこう」

 

 父さんにしてはキョトンとした感じというか、普通の人のテンションに例えると――――え? そんなところで本当にいいの? みたいなノリでそう聞いてきた。

 本当に父さんは外面では判断が難しいが、ナツの言ったとおりに張り切っているのは目に見えた。子供が遠慮するものじゃなとか思っているのかな。

 しかし、仮に回らないほうへ連れて行かれたとして居心地が悪い。庶民は庶民らしく、それ相応の贅沢というものがあるものだ。

 俺たちは問題ないというのを全力で伝えたつもりだったが、父さんはそんなことを呟きながら歩き始めてしまった。

 あ~……これは、うん、確かにかっこいいな。多くを語らず、早々に我が道を行くこのスタイル。母さんが惚れるのも無理はない。

 俺たちはせっせと歩く父さんの背中をしばらく眺め、自然と視線を合わせてしまう。苦笑いを浮かべてから、小さくなる父さんの背中を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おじさん、本当にごちそうさまでした」

「同じく、ごちそうさま」

「ああ」

 

 一皿平均300円くらいの回転寿司チェーン店へと連れて行ってもらい、俺たちは活きた魚介を満足いくまで堪能した。

 手を合わせて心からの感謝を伝えるも、父さんはひとこと返事をするばかり。内心では俺たちが喜んでくれて満足と思ってくれていれば幸いだが。

 ……やっぱり似てない。どうしてそこまで寡黙でいられるのだろう。かと言って俺だけじゃなく、父さんは爺ちゃんとも似てないし……う~ん、謎だ。

 

「えっと、すぐ会計?」

「あ、私ちょっとお手洗いにいってくるね。二人はゆっくりしてて」

「わかった。急がなくてもいいからね」

 

 これからの流れを確認しようとすると、ナツがトイレへと向かうために席を立った。これで俺と父さんが取り残されるかたちとなる。

 が、案の定というか父さんは喋らない。俺も黙ってその様子を見守るばかり。いや、本当に仲が悪いわけではないんだ。ただ共通の話題がないだけで……。

 いや、それが親子としては問題という話のなるのか? というか、こうやっていろいろ考えるから話しかけづらくなるんだろうに。

 そうだよ、もっとこう気軽に――――最近仕事とかどうなの? とか聞いて……。待て、なぜだか職業を隠したがっているのだからその話題では無意味か。

 

「晴人」

「ど、どどどど、どうしたの!?」

「一夏くんとは変わりないか?」

 

 話しかけないと話しかけないとと思っていただけに、父さんから声をかけてくることが意外でオーバーリアクションをとってしまった。

 そんな俺の不自然な様子も気にせず、父さんはつかぬことを俺に聞いてくる。

 父さんに限って茶化そうってことはないだろうし、その意図は――――ナツが女の子になってしまったことによって、何か悪化したようなことはないかと聞きたいのだろう。

 女の子になったナツと過ごし始めてからのことを思い出してみるが、特にそれらしいことが起こったことはない。

 確かに変に意識してしまうことは多々あるが、それを除くとほとんど前と変化はないと思う。そう、まるで、ナツが初めから女の子だったかのように。

 

「俺は特に問題はないよ」

「そうか」

「……父さんあのさ、ナツが無理してるように見える?」

「いや、特には」

 

 俺は特に問題はない。だがナツはどうだろうかと考えた時、問題ないわけないって、少なくとも俺はそう思う。

 けどそれは、本人に聞いたところで意味を成さない。聞いたところで、それが嘘でも真実でもナツは無理なんかしていないと答えるに決まっているから。

 思わず父さんにそう問いかけてしまったが、その答えはノー。それはそうだ、俺から見たって無理をしているような感じはない。

 けど、逆なんだ。ナツはここのところ不自然なくらいに楽しそうにも見える。それがより俺を混乱させ、どうしていいのかわからない状態へとさせるんだ。

 

「晴人」

「な、何?」

「気になるなら本人に聞け」

「そ、それはそう、なんだけど。その、俺にそういうのは――――」

 

 それはそれはド正論だったが、聞けないから困っているというのに父さんはスパルタだな。発破をかけようとしてくれているのはわかるけど。

 あぁ、本当に、そんな気軽に聞けるような性格をしていたら苦労はしていない。母さんみたく明るく元気でいられたら。父さんのように密かに懐が深ければ。そうでいられれば……どれだけよかったろうか。

 だから俺はダメなんだ。昔からナツの陰に隠れて、ナツに助けられてここまできたというのに。俺はナツに何もしてやれない。

 

「彼女は――――いや……。晴人」

「う、うん」

「自分をダメだと思うのはお前の勝手だが。晴人の中で彼女の考えを決めつけるのはよせ」

「っ!?」

 

 やはりこの人は俺の父親だ。少し陰った表情だけで、ネガティヴな言動をしていたのなんてお見通しらしい。

 だが父さんはそこに関して咎める気はないようだ。三つ子の魂百まで。人間幼い頃からの性格などそう変えようがないと諦めでもついているのだろう。

 しかし、後半の言葉は少しばかり厳しい口調だったように感じる。激しく怒る父さんなんて知らないが、これはこれで恐ろしいものがある。

 でも確かに、ここしばらくの俺は勝手な想像をしてばかりだ。それこそ、父さんの言うとおり本人に聞いてもいないのに。

 聞かないうちからそう返すであろうと勝手に想像し、決めつけ、端から行動すらしない。そう思ってみると、父さんにそう言われても仕方がないのかもな。

 

「晴人、お前は優しい奴だ。そこは誇りに思う」

「そ、それは、ありがとう」

「だが晴人、たまには相手を傷つけることを恐れるな」

「え……? ……ごめん、どういう意味かよくわからない」

「お前がしようとしているのは、間違いなく気遣いだろう?」

 

 普段から寡黙な父さんに誇りだなどと言われ、俺は本気でそれが嬉しくてたまらなかった。思わず顔が火照ってしまうくらいには。

 けど、次いで出てきた父さんの言葉の意味をすぐには理解できなかった。だってそれは、他人を傷つけてもいいのだというふうに聞こえてしまったから。

 だがさらに続いた父さんの言葉――――俺がしようとしているのは、間違いなく気遣いというその言葉は、まさに目から鱗というのがピッタリ当てはまった。

 無益に相手を傷つけるようなこと、それら総ては忌避して当然の行いである。しかし、善行の結果的に相手を傷つけた場合はどうか。

 これも決して誇っていいものではない。だが時には人間、気遣いの先に思った結果と違うことが起きるものだ。父さんはきっと、そう言いたいんだと思う。

 

「父さん。その、ありがとう」

「ああ」

 

 敬愛すべき父に感謝の言葉を述べると、なんとも言った甲斐のない台詞で返された。でもきっと、父さんはこれでこそなんだろう。

 後は終始無言な俺たちだったが、さっきまで気まずかったのに今もこれでいいとさえ思える。……父さんも、そう思ってくれていたら嬉しいんだけどな。

 俺が静かな親子の時間を楽しんでいると、トイレを済ませたナツが戻ってきた。

 

「ううっ、女子トイレ凄く混んでていろいろ危なかったよ……」

「そ、それは間に合ってよかったね。えっと、それじゃあ、帰ろうか」

「二人とも、私は社宅へ戻る。会計は済ませておくから、気を付けて帰るんだぞ」

 

 俺が立ち上がって帰るよう促すと、父さんはそのままの状態で店員呼び出し用のチャイムを鳴らした。俺たちに会えたから、家に帰る用事がなくなってしまったのだろう。

 外を見ると、既に真っ暗だ。父さんの言うとおり、夜道に気を付けておいて越したことはない。父さんの忠告に、俺たちは力強く頷いた。

 そうして皿の枚数を数える店員さんをよそに、もう一度ごちそうさまを言っておく。そうして、また会おうという別れの挨拶も一緒にしておいた。

 店を出ると、特にどこへ寄るでもなく真っ直ぐ駅へ向かい、そのまま帰宅する流れに。でもなんというか、さっきの話からして無駄にナツを意識してしまう俺がいて――――

 

「ハル、私に何か用事?」

「へ? いや、あの、い、今すぐには話せない……かな」

「ふ~ん……怪しいんだ。ならいいよ、駅まで競争! 負けたら白状してよね!」

「えっ!? その条件明らかに俺が不利――――というか、一応俺が勝った場合の条件も提示してよ! ねえってば!」

 

 流石に視線でも感じたのか、ナツは急に俺のほうへと向き直った。単純にそれに驚いてしまったのもあったが、いつもどおりたどたどしい口調で誤魔化したのが気に入らないらしい。

 確かに聞いてみる気にはなったけど、今すぐそうするつもりはなかった。だがナツはよほど気になるのか、白状せざるを得ないような条件を出しつつ一気に走り出した。

 というかもう、俺に負けることはないと思っているのか公平さが全く感じられない。そんな不満を漏らしてみても止まってはもらえず、そのまま追いつくことなく駅へとゴール。

 なんか前にもこんなことがあったようなと思いながら息を整えていると、ナツは早く白状するよう促してくる。

 でもいくら負けたとはいえ、やっぱりタイミングは今じゃない。どうしても話せない旨を伝えると、ナツは意外にも大人しく引き下がってくれる。

 ……うん、本当にごめんよ、ナツ。いつか絶対、キミに聞きたいことを聞いてみせるから。俺はそう、静かにナツへと誓いを立てるのだった。

 

 

 

 

 




要するに晴人のためのお悩み相談室。
これで次回は主人公するのでご安心を。

にしても話が進まない。
なので、こういう布石回になる場合は連投しましょ。
書き溜めに余裕がある時に限りますけどね……。
明日も更新するのでよろしくお願いします。





ハルナツメモ その4【あだ名】
晴人にとって一夏からもらった【ハル】というあだ名は本当に特別なもので、一夏以外にはやんわりと呼ばせないレベル。
いつもハッキリとしない性格であるが、この一点だけに関しては譲れないらしい。
このことから、晴人の根幹にあるのは一夏であるということがうかがえる。
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