ハルトナツ   作:マスクドライダー

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次の54話が臨海学校編のエピローグにあたるのですが、キリのいいように年末最後の更新にしようと思い立ちました。
なので、53話を日曜日に更新しております。特に予告等はしなかったため、もし混乱させてしまったりしたら申し訳ないです。

晴人にとって大きな転機が起きる回その2となります。
そして2回目にして最大のターニングポイントとなるでしょう。


第53話 月が綺麗ですね

「ごめん、待たせちゃったかな」

「大丈夫、全然だよ」

「本当に? う~ん、それならいいんだけど」

 

 僕とフユ姉さんの相室でナツを今か今かと待ち受けていると、急いだ様子のナツが部屋に飛び込んできた。

 待っていたのにいざ現れると思考が止まりかけてしまうが、なんとかいつもの調子を取り繕ってナツを出迎える。

 僕のフォローを聞いてもナツ自身が納得いかないのか、可愛らしく口をとがらせながら隣へと腰掛けた。

 よし、それでは早速本題に入ろうか。というか、むしろ入るべきだというのに困ったものだ。……言葉がまるで出てこない。

 ナツは僕が意図的に黙っているというか、何かしらの理由で口を開かないのをわかった上で黙ってくれているみたいだ。

 それではやっぱり情けない! 今までの僕なら今日は止めておこうとか思ったんだろうけど、どんどん違いを見せていかないとお話にならないじゃないか。

 

「あ、あのさ!」

「うん」

「つ、月が綺麗だね!」

「え? あぁ……うん、そうだね……」

 

 何か話題欲しさにとっさに出た言葉だけど、うん、本当に今は月が綺麗だよ。なんなら今すぐ紙と鉛筆を持ってスケッチに勤しみたいくらい。

 でもナツを呼びつけといて何をしてるんだって話になるし、絵のことなんて後回しにしなきゃ……って、ん? 話題を求めたのにナツのこの微妙な反応はなんなんだろう。

 これじゃ話が弾むどころか、むしろ逆効果――――あたりまで考えて思い出した。月が綺麗ですねという言葉にまつわるちょっとしたエピソードを。

 

「ふぁーっ!? そ、そそそそそそういうつもりじゃなくって! あ、でも、その、この否定は照れ隠し的なアレだから拒絶とかじゃ――――」

「わ、わかってるわかってる! 私こそ、変な反応しちゃってなんかごめんね!?」

 

 かの有名な小説家である夏目漱石が英語教師をしていた時のこと。生徒の一人が I love you の一文を我キミを愛すと訳したらしい。

 すると漱石は「日本人はそんなことは言わない。月が綺麗ですねとでも訳しておきなさい」と返したという逸話があるのだ。まぁ正確な記述があるわけでもなし、都市伝説の類ではあるんだけど……。

 残念ながら独り歩きをしてしまい、どこか遠回しな告白みたいな雰囲気が知ってる人の中ではぬぐい切れないんだよね。

 ナツが知らなかったらそうだねで終わっていたと言うのに、お互い知っちゃってるからそれはもう阿鼻叫喚。二人して大慌てで訂正合戦が始まってしまう。

 か、完全に出鼻を挫かれた……! いや、この場合は自爆だから自ら挫いたんだけども、そんなことはどうだっていい! 今この瞬間だけは絶対に失敗できないのだから。

 

「えっと、その、いろいろ、思うところがあったから、そのあたり、ちょっと聞いてほしいなって!」

「う、うん。なんとなくハルの雰囲気が違うなーとは思ってたけど、心境の変化でもあったんだ」

 

 ああ、負のスパイラルでしかない。緊張で声が大きくなるわ、言葉が途切れ途切れになるわ。更にそれが恥ずかしいからまた緊張しちゃっての繰り返し。

 ナツのほうはまだちょっと顔は赤いが、変に取り繕うほどの動揺は完全に消え去ったらしい。流石は割と動じないメンタルの持ち主。

 そういうところはどんどん見習っていきたいが、まぁそれは追々ということで。いい加減本題に入らないと、なんのためにナツを呼んだのかわからなくなってしまう。

 

「いきなりなんの話だって思われるかも知れないんだけど。僕はずっと、ナツみたいな人になりたかった」

「私? そう言ってくれるのは嬉しいけど、別にそんな褒められた人間じゃないよ」

「そういうところもナツの凄いところだと思う。今まで僕や他の人たちにしてきたことが、特別じゃないって言えるのは十分凄いことだよ」

 

 僕が目指していた俺っていうのは、なりたかった理想の俺っていうのは、きっとナツそのものなんだ。まったく、ラウラちゃん相手に説教じみたことをしておいて笑わせる。

 いや、あれは無意識に自分自身への説教でもあったのだろう。心の底から出てきた僕の叫び。僕と同じになってほしくはないという願いだった。

 それはさておき、謙遜でもなんでなく、ナツは本気で自分を凄いと思ってないみたい。そういうところも憧れる要素なんだよなぁ。

 曲がったことを良しとせず、それを正そうとする正義感と勇気も持ち合わせていてさ。常に周囲の仲間のことを想っていて、仲間のために本気で怒ることができる。僕はそんな、ナツみたいな男になりたかった。

 せめてその相棒にふさわしくあればとも思っていたけど、まぁ俺の時の僕じゃあどれだけ足掻いたって意味がなかったことだろう。

 そうやって率直な感想を述べると、ナツはあまり納得のいってない様子で、かつ照れ臭そうに頬を掻いた。悪い気はしないけどって感じ。

 

「ナツを尊敬してるってこの気持ちは一生変わらない。けど、僕は僕のままでいいんだって気付けたんだ。だから僕は俺を、ナツになろうとすることはもう止めようと思う」

「……あっ、僕って言ってる!」

「一人称なんて、細かい部分なんだろうけどね。でもなんていうか、僕なりの示し方でもあるから」

 

 これは自分の口から話せば話すほど、ラウラちゃんに対して言ったことそのものだ。本当に、あの瞬間に戻ってどの口が言うのかと説教してやりたい。

 あの時フユ姉さんになろうとしてって意味ないって投げかけたし、僕自身も爺ちゃんのことと絡めて反省してたはずなんだけどな。

 なんであの時に止めなかったのか不思議でならないが、ようやく真に僕の進むべき道が見えたということ。だからナツが雰囲気が違うって感じてくれたことは、ちょっとだけ嬉しかったり。

 僕が僕って言ってることには今気づいたみたいだけどね。あんまり違和感を覚えなかったってことは、他人から見ても僕はこっちのが自然なのかも知れない。

 

「…………」

「ナツ、どうかした?」

「聞けて良かった。ハルの口から、そういう言葉が出てくるのをずっと待ってたんだよ?」

「それは、はは~……随分長らくお待たせいたしました」

「うむ、素直でよろしい。ふふっ」

 

 しみじみと自分の一人称について考えていると、ナツがにこやかな視線を送って来る。その視線にどういった意図があるかを察することができず、ご教授願うことに。

 するとナツは、僕からポジティブな言葉が出てくるのをずっと待っていたのだと語る。……まったくもって反論できないからどうしようもない。

 ずっと心配をかけさせたという申し訳なさもあって、僕は正座して畳に両拳をつけながらお辞儀をかました。下に向いた顔は苦笑いなんだけども。

 ナツは僕の殊勝な態度に、冗談めかしつつ許しを出した。心底から偽りなく有難く思う。そうやって顔を上げると、僕を待ち構えていたのは素敵な笑顔を浮かべたナツだ。

 ……過ぎたことを引っ張り出すようなことになってしまうけど、ナツがこうして微笑みかけてくれることは、なんて尊いことなんだろう。

 そんな顔を見せられてしまっては、頭の片隅にあった迷いもどこかへ吹き飛んでしまう。だから告げよう。俺じゃなくて、僕がナツに抱いている想いを。

 

「それともう一つあるんだけど、これはどっちかっていうとお願い……かな? それもただのお願いじゃなく――――」

「とりあえず聞かせてよ。ハルの力にはなるけど、内容を知らないと何とも――――」

「ナツ、そんなんじゃないんだよ。多分だけど、僕はこれからキミに最低なことを言わなきゃならなくなる。それでも、聞いてくれる?」

「…………。うん、もちろん。ハルがどれだけ最低って思っても、私はハルのことを軽蔑したりしない」

 

 本来ならお願いなんていう軽いようなニュアンスで言っていいことでもないと思う。もっとシンプルな言葉でもなんら問題はないはずだから。

 でもナツには選択の自由が、可能性というものが増えてしまった。だから僕の言葉は最低なんだ。でも、それと同時に揺るがない本心でもある。

 こんな前振りなものだから、ナツは真剣な話であると理解したらしく、先ほどとは違った凛々しい顔つきでこちらを見据えた。

 ナツからの厚い信頼を感じるが、これまで積み上げてきたものを瓦解させかねないほどでもあるはず。だが僕の決意も固い。これまでと違う意味でナツと共にあるためには、必ず必要なことだから。

 僕は弾む心臓を落ち着かせるため深呼吸。そしてナツに負けないくらい真剣な眼差しで見つめ、件の最低な言葉を口にした。

 

「ナツ、どうか、どうかキミは、僕のために女の子でいてくれないか!」

「……え…………?」

 

 まだ核心に迫る部分は口にはしていない。だからこれも前振りには含まれてるんだけど、遠回しでもどこか言いたいことがわかりそうなのが逆に恥ずかしい。

 本当にそれだ、ただただ恥ずかしくて仕方ない。ここまでの羞恥心を感じたのは生まれて初めてなんじゃないだろうか。

 そのせいか、この羞恥心を紛らわせるため僕は捲し立てるように続けた。それもまた自爆への一途なのだが、完全にテンパってしまった僕の頭はそこまで思考が回ってくれない。

 

「僕の頭で冷静になって考えてみたんだけど、ナツが僕以外のやつと付き合ったりするって想像したらすごく嫌でさ。やっぱりナツのことを一番よくわかってるのは僕だし、そんな僕だからこそナツの隣にあるべきっていうか。なんというか、まぁ、その、ええ~っと……ナツ!」

「は、はい!」

「キミのことが好きです! もちろん幼馴染とか家族としてじゃなくて、一人の女の子として、ナツのことが大好きだ!」

 

 あぁ、言った、言った、言った、言ってしまったぞ。

 想いを告げたせいか頭の中はそれだけで、どこか気の遠くなるような感覚も襲い来る。頭が真っ白な状態というやつだろうか。

 それもあってナツのことをわかってるのは僕とか言っといて、今はナツの表情から何も読み取ることはできない。なんだか泣きたい気分になってきた。

 でも僕の想いは本物だ。俺は自分なんてナツにふさわしくないと思っていたけど、それはただ自分に自信が持てないせいで、自分の想いを誤魔化してきたから。

 だけど僕を受け入れた以上はそういうわけにはいかない。いられなくなった。

 ナツが女の子になってから感じた全て。触れていたい、守りたい、隣にありたいなどなどの想い。そして僕の胸に過った絞めつけるような感覚。それはまさに、ナツを愛おしく想っているからこそのもの。

 自分の秘めた想いに気が付いてしまっては、もはや溢れる想いを止められずにはいられなかった。今はナツが好きで好きでたまらない。

 あぁ、本当に僕は大馬鹿野郎だ。恋なんてしたことないからってのもあるけど、この感覚が愛ってやつでよかったなんて。そうとわかっていれば僕は、ずっとずっと前から――――    

 

「最低なお願いって、それ?」

「いや、女の子でいてくれってやつだよ。だってそうじゃないか、本当なら絶対に性別なんて関係ないって言うシーンなはずだから。ああ、もちろんそうとも思ってるよ。ナツが本気で男に戻りたいなら僕は止めない。戻ったからって僕の想いも変わらない。ナツが望むなら僕が女の子になってもいい。けど――――」

 

 ナツは俯いてしまって、いよいよ感情を読めるかどうか以前の問題になってしまった。でもいろいろと解読するピースはある。

 声はどこか震えていて鼻声で、しきりにスンスンという音が聞こえる。ということは、泣いているということなんだろうか。

 ……でもやっぱり顔が見えないことには、どういう感覚での涙なんだか。あぁ……なんだか察してやれない自分がもどかしい。

 そんな自分に悶々としながらも、ナツから投げかけられた質問に答えた。僕の言った最低っていうのは、そういう意味が込められている。

 こういうことに正しさなんてのはないのだろうけど、なんの迷いもなく男とか女とかどうでもいいからナツが好きだって言うのが大正解な気がしてならない。

 いや、もちろんそうとも思ってはいるさ。ネコだのタチだのよくわかんないけど、それならそれで構わないし。なんなら立場が逆転するのでもいい。要するに僕とナツが愛し合えればいいんじゃないだろうか。

 そこまでナツのことを想っているなら、どうしてナツが女の子であることにこだわるのかって? その理由はちょっと恥ずかしいような気もするんだけどね。

 

「けど、どうしたの?」

「もちろん理由はあるけど、これは流石にどうなんだろ。最低とかじゃなくて、だいぶドン引きされちゃうような」

「お願い、聞かせて。お願いだから……」

「それは、あ~……う、う、う、産んでほしい、から」

「え……」

「だ、だから! 僕の子を、ナツに産んでほしいから!」

 

 これに関しては自分で言ってて本当にどうかと思うよ。少しどころかだいぶ変態じみてるんじゃないかって。

 でも究極的にはそこなんだよ。最近は性的マイノリティへの理解を深めようと世間が働きかけてるし、しようと思えば交際とか結婚に性別は関係なくなり始めている。

 だけど出産ばかりは愛のみで超えられない壁というものがある。僕とナツが男同士ではもちろんのこと、僕が女の子でも成立しない。言葉どおり、ナツに産んでほしいと思ってるから。

 ……言えば言うほど変態っぽくなってる気が! どどどど、どうしよう、やっぱりいろいろすっ飛ばし過ぎた!? でも付き合うからには一生大事にするつもりだし、遅かれ早かれ    

 そう、大事に! それってすごく大事な要素だと思う。フォローの意味も兼ねて、そこのところはきちんと伝えておかなくては。

 

「僕が変なこと言ってる自覚はあるよ。いきなりで本当にゴメン。けどナツ、僕のお願いを聞いてくれるんだったら、僕は絶対にナツを世界一幸せな女の子にしてみせる! だから、どうか、僕の特別な女性になってほしい」

 

 ドン引きしてるかどうかはさておいて、普通に困らせてはいるだろうから謝罪をひとつ。

 後は僕の気持ちが本気であることを伝えるべく、ナツの手を取って必死に訴えかけた。……ナツは相変わらず顔を見せてはくれないけど。

 いつまでも待つ気構えでいたつもりではあるが、ナツは意外にもすぐ行動に移った。僕の握ったその手に力が込められたのがわかる。

 ナツのしなやかで美しい五指が、僕の五指の合間へと滑り込む。僕らはそうやって絡ませるように手を取り合うと、さっき以上に震えた声でナツが告げた。

 

「なってるよ……」

「ナツ……」

「もう、なってるよ……世界一番で幸せな女の子に、なってる……ハルがしてくれてる……」

 

 ようやく顔を上げてくれたナツは笑っていた。笑っていたけど、その瞳からは大量の涙が溢れ出ている。

 その涙の原因は嬉しさだってことは理解してる。だってナツは、僕にずっとメッセージを飛ばしてくれていたことも理解していたから。

 僕は自分を受け入れられないだけに、ナツのメッセージに気が付かないフリをしていた。そっと蓋を閉じて気付かないようにしていたんだ。

 そんな僕からの急な告白に、いろいろとため込んできたものが一気に爆発してしまったのだろう。口で謝るのもなんだか違う気がして、僕はそっとナツを抱き寄せた。

 

「だって、だって私は! ……俺だってこと、ハルが一番知ってるはずなのに……。それでもハルは、俺でいいって……」

「ちょっと違う。ナツでいいんじゃなくて、ナツがいいんだ。いや、僕にはナツしかいない! いないんだ!」

「っ……ハル……! 俺……俺はっ……!」

 

 いざ告白されると本人としては元男ということが尾を引くのか、最近は鳴りを潜めていたような口調で若干だけど自ら否定的なことを口にし始める。

 そりゃ知ってるさ。十年以上ナツと家族をしてきた僕が知らないわけがない。けど、その十年があるから今こういうことになってるんだとも思う。

 強制的に女の子の身体にされて、ナツもきっと悩んだと思う。だからこういう言い方は失礼なのかも知れないけど、今となってあの事件は一種の運命なのではないだろうか。

 僕とナツはこうなる定めで、事件はちょっとした後押しみたいなもの。……うん、きっとそうに違いない。

 僕は少しばかりナツを離すと、決して綺麗な瞳を傷つけぬようその涙をぬぐった。そして壊れ物を扱うようにナツの頬に右手を添えると、後は目を閉じ――――ナツの唇に自らの唇を重ねた。

 

「んっ……!」

 

 ナツの身体が一瞬だけ跳ねて、驚いたような声が聞こえたが決して離してはやらない。そのため、左腕はナツの腰へと回す。

 逃げられないと悟ったのか、それとも初めから逃げる気がなかったのかはわからない。しばらくそのままでいると、ナツはどこか必死な様子で僕の着物を掴んだ。

 ナツの唇は、柔らかいという表現ではとても足りないくらいの感触だった。それでいて確かな張りと弾力も兼ね備えていて、魅力的なものであると思い知らされる。

 けど僕にとって、これは最初で最後に知る感触。ナツ以外の女性の唇の感触なんて知る必要はない。僕だけが知ることを許された、僕だけの特権。

 そう思うと心と気持ちが弾んで、自然と鼻息が荒くなってしまう。そういう考え方をすると、僕だけのナツのような気がしたから。

 僕とナツは夢中で唇を重ね続けた。まるで強力な磁石のS極とN極。本人たちの意思では引きはがすことができないほどに。

 だが頭の片隅にはまだ理性的な部分も残っている。いつまでもこうしていてはいけないというのもまた事実だ。

 何よりここは僕とフユ姉さんの相部屋。いつ義姉が帰って来るかもわからないというのに、こんなところを目撃されるわけにはいかないだろう。

 逃がさないようにしたのはこちらだが、込めた力をほどいてそっとナツとの距離を置く。その際チュッと水音が鳴り、ナツと本当にキスをしたんだと身体が燃え上がるような感覚が走った。

 

「やっと言える……」

「ナツ?」

「ハル、好きだよ。私も、ハルのことが大好き!」

「…………。あ゛あ゛~……無理! 僕もだよナツ、大好きだ!」

 

 ナツの涙も完全に止まったようで一安心。かと思いきや、今度は花丸満点の笑顔を向けられながら思いの丈を述べるではないか。

 今そんなものを向けられて我慢できれば男ではない。僕の見られてしまうかもという葛藤は一瞬にして砕け散り、再度ナツへと唇を重ねた。

 恋人ができたってそうオープンではないだろうと思っていたけど、どうやらそうでもないらしい。これも僕になった影響だろうか。

 でもこうしていると良い影響だと思う。だって僕はこんなにも幸せで、この幸せを共有して何倍にも増幅できる相手を得たのだから。

 一回目のキスと同じくらいの時間が過ぎ去ると、僕らはどちらともなく離れていく。そうして至近距離で見つめ合い、どこか照れ臭そうに笑ってみせるのだった。

 

「……私、そろそろ戻るね。消灯時間はとっくに過ぎてるし」

「ああ、呼び出したりしてごめん。もし怒られるようなことがあったら、僕のせいにしてくれて構わないからね」

「う~ん……じゃ、その時は一緒に怒られよう。それじゃハル――――末永くよろしくね」

「こ、こちらこそ!」

 

 個人的には三度目になりそうだったが、ナツが席を立ったので本気で我慢。

 嫌味ではないだろうけど時間について言及され、少しばかり申し訳なくなってしまう。でも他に適した場所がなかったのは事実。

 流石に旅館内から出るのはまずかったろうし、だからって廊下でなんて雰囲気なんてものがない。

 もしナツが帰るまでに教師に見つかるようなことがあれば、それは完全に僕の責任だ。だから僕のせいにするよう言ってみるも、ナツは従った自分のせいでもあると言いたそう。

 僕はそうは思わないけど、一緒にという言葉はとても惹かれる。きっと、特別な関係になったからだ。うん、今はどんなことだって一緒のほうが嬉しいかも知れない。

 そうしてナツは閉じかけた襖から僕へ向けておやすみを――――言うかと思いきや、僕らのこれからについて触れるではないか。

 少し不意打ち気味だったので、急いで正座し直して背筋をピンと伸ばす。それからナツの言葉を受け入れるべくこちらこそと返せば、ナツは楽しそうに笑ってから完全に襖を閉じた。

 

「…………夢じゃない、よな?」

 

 ナツが去っても固まったように同じ体勢でいたが、ふと疑問が宿って頬を抓りながら身体を脱力させた。

 とてつもない激痛が走るも、あまりに現実味がなくて放心してしまう。あまつさえキスまでしたんだと思えばなおのことだ。

 だって僕だぞ? もう少し自信をもってやっていくと決めはしたけど、ねぇ? 僕があんな美少女と気持ちが通じ合ったうえでキスして、なんならそれがいつだって許される関係になったんだぞ。

 時間の経過と共にさっき起きた出来事が一気に襲い掛かり、僕は口元を抑えて声を押し殺しつつ――――んんんん~! と悶えながらそこらをのたうち回った。

 なんてことだろう。こんな幸せなことがあっていいのだろうか。ぜひとも天国の爺ちゃんにもこのことを聞いてほしいくらいには幸せだ!

 

(お、落ち着け、落ち着こう。そして寝よう。だって、夢なんかじゃないんだから!)

 

 夢なら醒めないでなんて言うけど、そんなこと恐れる必要もない。僕は確かに想いを告げて、ナツにそれを受け入れてもらって、あまつさえキスまで済ませたんだから。しかも二回も!

 あぁ、心が躍って仕方がない。生きててこんなに浮かれた気分なのは初かも知れない。そしてこれが毎日のように続くかと思えば、来る明日に恐れなんて感じてる暇などあるはずないじゃないか。

 僕はニヤニヤとだらしない笑みを浮かべながら、そのまま這うようにして敷いてある布団へと潜り込んだ。そうしてまだ唇に宿るキスの感覚を思い出しながら、最高な気分で眠りにつくのであった。

 

 

 

 

 




祝! カップル成立! イエエエエエエエエエエエエエイ!
というわけでございまして、大変長らくお待たせいたしました! 晴人と一夏ちゃん、ようやく結ばれる運びとなりました!
本当にぶっちゃけるなら、これまでの50数話はこの回のための前振りみたいなものですからね。と言いつつ、その前振りに一年かかりそうだったという。
ですが、お待たせしたからには嘘みたいにイチャラブ要素が増えますのでご安心(?)を!
というわけですので、あえて宣言させていただきます。
ハルトナツ、ようやく完全にスタート!
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