ハルトナツ   作:マスクドライダー

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今年最後の更新となります。
二月に連載を始め、これまでにお気に入り千件越え、UA約九万五千件と、一年足らずにもかかわらず多くの方にご愛読していただけたと思っております。
物語としても主人公とヒロインが結ばれましたので、来年からはもっとよりよいものを皆様にご提供できるよう精進して参ります。



さて、前回予告したように長かった臨海学校編もようやくエピローグとなりました。
エピローグなだけに内容も締めですので、あまり当たり障りはないかも知れません。


第54話 僕らはそういう仲なので

「フンフンフフ~ン♪」

 

 真夜中の崖っぷち、月明かりに照らされながら鼻歌を鳴らす美女が一人。篠ノ之 束だ。

 その様子はまさに上機嫌といったところで、崖から足を放りだし足を左右交互にユラユラとゆっくり揺らす。

 何がそこまで楽しいのか、または嬉しいのか。聞いたところできっと教えてはくれないし、なんならその楽しさというのは常人には理解できないかも。

 だが今の束は不自然なほどに上機嫌。きっと束をよく知る人物ほど、その理由を問いただしたくなるだろう。

 ゆえに彼女は問いかける。実際の話それは軽いジャブのようなものだが、声をかけるには悪くない切りだしでもある。

 

「何かいいことでもあったのか?」

「やーやーちーちゃんご機嫌よー! 私? 私は仰るとおりにいい気分でーっす!」

 

 月明かりに照らされる美女がまた一人。こちらは束と対照的にとても不機嫌そう。というより、千冬の場合はいつだってそう見えるのだが。

 そんな千冬とは対照的に、束は子供のように手を挙げながら上機嫌であることを肯定。千冬の職種が教師であることを鑑みると、その様はまさに先生と生徒だ。

 束にシリアスを求めるだけ無駄とわかっていながら、思わず千冬は溜息を吐いてしまう。自分が真剣な話をしにきたことをわかったうえでの行動である。ということを察しているからだ。

 千冬は視線を横に逸らしながらまぁいいと呟けば、再度表情を引き締めて束を見据える。束もまた、ニコニコとした笑みで千冬を見据えた。

 

「で、今回の件は何が目的だ」

「ちーちゃんさ、さっきの前置き台無しじゃな~い?」

「黙れ。どう探りを入れてもお前はしらばっくれるだろうが」

 

 千冬のあまりの単刀直入ぶりに、機嫌を聞いて会話を始めたのにそりゃないぜと束はおどける。だが千冬はお前そういうところだぞとでも言いたげに返した。

 つまり千冬は福音を暴走させた犯人を束だと決めてかかっているということ。これに関して、千冬はほぼ黒だという確信をもって聴取にきた。

 それこそ聞いたところで誤魔化されるのはわかっている。だが一夏という唯一の血縁が死にかけた以上、妹想いの千冬としては聞かざるを得ない。

 だがそれだけの理由ということもなく、千冬は一縷の希望を抱いて束に会いに来た。義弟から学んだ大切な精神を胸に抱いて。

 

「ねぇちーちゃん。それ、私がそうですって言ったらどうするつもり?」

「どうもせん。いや、正確に言うならその先を聞いてからにもよるが」

「ん~……束さんそれだけじゃよくわかんないなぁ」

 

 確かに束であるないにかかわらず、確固たる物的証拠がなければ、お前が犯人かと聞かれてはいそうですと肯定する例は稀かも知れない。千冬もそれは重々承知で、聞きたいのはその先だという。

 犯人であることを肯定したうえでその先となると動機なのだろうが、それを聞いたところでどうするというのだろう。

 いくら細胞レベルからの天才だろうと、人の心までは理解しえない。むしろその点は束の致命的な弱点とも言っていいはず。

 束が素直に教えを乞うと、千冬は束から少し離れた位置の座りやすそうな岩に腰掛ける。そしてタイツに包まれたセクシーなおみ足を組むと、決して顔を見せないように続けた。

 

「私の弟が言っていたよ、誰かと友になろうとする気持ちを諦めたくないと」

「ああ、それ知ってる。そのシーン、かっこよかったから録画してあるんだよ! ちーちゃんも欲しい?」

「いらん。それは紛れもなく信じることを諦めないということだ。私も感心させられたし、そうありたいと思った」

 

 千冬の語ったその言葉は、当時一夏に敵意をむき出しにしていたラウラに関して出たものだった。例えどれだけ自分の気持ちが裏切られようとも、友達になろうとする気持ちを諦めたくはない……という晴人の想い。

 晴人に対して恋慕を抱いているらしい束としては覚えのある言葉で、ハッキリと録画してある、イコール監視していたことを示唆にて知っていると答えた。

 千冬は録画データの必要性をあっけないほどに否定し、その言葉には随分と自分も影響されたと素直な気持ちを吐露する。

 

「さっきのとおり、この件に関して私はお前を疑っている。ましてや一夏が死にかけたなど、なんなら憎いほどだ」

「へぇ、そうくるってことは、あのちーちゃんがそれでも私を信じたいってことでいいのかな」

「ああ、そのとおりだ」

 

 晴人の言葉について言及してから本題に入り直すということは、束が犯人だとしても束を信じたいと言いたいのであろう。流石に束はそこを理解し、憎たらしく挑発するような表情で推理を突き付ける。

 しかし、意外なくらいアッサリと肯定されて表情を崩してしまった。それは束にしては珍しい表情で、二度と拝めるかどうかレベルであろう。

 もっとも、挑発的な表情も驚いた表情も、背を向けた千冬には知る由もないのだが。

 

「立場上で私とお前は相容れん。だがもし理由があっての行動なら今すぐ話せ、場合によっては力になる。許すつもりがないのも事実だがな。せいぜい、世のため人のためであることを願うばかりだ」

「ちーちゃんってば、誰にものを言ってるのかわかってる? 束さんだよ? 世界のパワーバランスを崩しちゃった私だよ?」

「それに関しては私も同罪だろうが。そして同じことを二度言わせるな。私はお前を信じたい。織斑 千冬の友である、篠ノ之 束という一人の人間のをな」

 

 本当に本当に信じられない出来事だった。あの千冬が一夏を傷つけられというのに、憎みはしても理由があるなら力になると言っているのだから。

 束のその目は完全に信じられないものを見るソレで、口調はどこか混乱しているようにも聞こえる。これもまた貴重なものであろう。

 質問が終わって千冬からまた回答があったあたりで、束は千冬がどうして背を向けているのかを理解した。

 それは千冬にとって最大級の照れ隠し。きつい声色でどんな表情をしているのかと想像を膨らませれば、束としてはその本気度というものが伺える。

 

「……ずるいなぁ。ちーちゃん、それはずるいよ……」

「狡賢さについてお前に言われる筋合いはないぞ」

「ははっ、それもそうだね。でも……ざーんねーんでした! 束さんはと~っても身勝手な理由でことを進めているのでーす!」

「……そうか、それは残念だ」

 

 これまでの千冬ならばありえないであろう姿勢を前に、束はただひとことずるいという感想を述べた。言われた千冬は皮肉たっぷりに返す。

 ずるいと呟く束の声はどこか震えていたが、どうやら千冬のズバッとした物言いで調子を取り戻したらしい。

 おどけるように、それでいて憎たらしく。ピョンピョンと跳ねるようにして千冬の前に躍り出ると、ほとんど犯人であることを肯定しながら、その理由は利己的なものだと語ってみせた。

 勝手に信じると決めたのは自分の方だ。千冬は心底から残念と思いつつも、声を荒げることもせず落ち着き払った様子だ。しかし、歯牙には悔しそうに力が込められている。

 そうして束は躍り出た勢いそのまま、クルリラクルリラ回転しながら千冬からどんどん距離を置いて行く。

 千冬はそのまま別れの挨拶が飛んでくるのだろうと思いつつ、岩から立ち上がってどんどん小さくなるその背を見守った。

 しかしどこか様子がおかしい。回転し始めは元気そのものだったが、回転の勢いが死ぬのと同時にどこかハツラツぶりが消えていく。千冬には、それが無理矢理にでも取り繕っているように思えた。

 そうして束は完全に停止。今度は束が表情を悟られないよう背を向ける番だった。

 束は首に角度をつけて空を仰ぐと、遠くから千冬へと声をかける。

 

「ねぇ、ちーちゃん」

「……なんだ」

「どうしていっくんが女の子にされちゃったと思う?」

「お前、何を言っている?」

「どうしてはっくんがISを動かせちゃうと思う?」

「…………っ!? 束、お前何か知っているな! それでいて、それは今回の件とも関りがある! そうなんだな!」

「それら二つが必ずしも無関係じゃないって知っちゃったら、ちーちゃんはどうする?」

「束、頼むから話してくれ! お前が何かを抱えているならなおさらだ!」

「……ちーちゃん、私が居ない間はあの二人をよろしく。きっと、これからが大変だろうから……さ」

 

 それはあまりにも唐突な切り出しだった。福音のことに関して問いかけたと言うのに、一夏が女性にされた理由を質問で返されるのだから。

 当然ながら理解不能。それでいて誤魔化しのようなものには感じない。だから千冬はまた質問で返すしかなかった。

 すると返って来たのはまた質問。恐らくそれは千冬がどんな言葉を返そうとも、それを無視した発言だからであろう。だが、千冬は流石にあることを察知した。

 一夏が女性にされた理由。晴人がISを動かせる理由。二つの理由が無関係ではないこと。更にはそれら一連の流れがあって、福音を暴走させなくてはならなかったということを。

 千冬は走る。わき目も降らず束の背中をめがけて全速力で走った。束が抱えている何かを吐露してほしいと告げながら。

 その言葉を受けてか、束は顔だけ振り返って見せる。その顔はとても儚い笑みを、今にも泣きだしてしまいそうな笑みを浮かべていた。

 これもまたレアな顔。だが千冬としては、そんな顔を見たくはなかったことだろう。事実、束が振り返った瞬間にその速度は更に加速を見せた。

 そして千冬は腕を伸ばす。自らが信じて友としてありたいと思う者を掴んで離さぬよう、精一杯に腕を伸ばした。

 だが今にもその手が束の肩を掴もうとした瞬間、束の姿は比喩でもなんでもなく、まるで幻であったかのように消え去ってしまった。

 無情にも友を掴めなくなったその手は、行く当てを探すように開いて閉じられ、まるでギリギリと音が聞こえてくるのではないかというほど強く握られた。

 

「束っ……! お前は昔からそうだ。そのふざけた態度に総てを隠して、こちらに意図を悟らせない! なぜ私でもだめなんだ! せめて言えない理由を教えろ馬鹿者ぉ! 私とお前は、友ではないのか! 聞こえているんだろう?! 答えてみろ、束えええええええええええええっ!」

 

 その手が悔しさを示していることなんて、説明するだけ無粋だった。

 千冬は普段のクールな様子なんてかなぐり捨て、まるで駄々をこねる子供のように喚き散らす。

 信じると決めたからこそこんな悔しさが過るとすれば、なんて皮肉なことなんだろう。なんて無情なことなんだろう。だから千冬は叫ぶのだ。

 年齢や立場など忘れ、ただただ悔しくて。友の力になれない自分が悔しくて。頼ってくれない束が腹立たしくて、ただ叫ぶしかなかった。

 千冬のよく通る声はそこらによく響き渡り、どこか寂しい夜にしばらく木霊し続けた。そこらでようやく頭が冴えたのか、膝に手をつきながら乱した息を整える。

 

「はぁ……はぁ……。何がよろしくだ馬鹿者がっ。そんなこと、貴様に言われるまでもない!」

 

 叫んでる間はほとんどが自分に対する悔しさだったが、一気に腹が立ってきたらしく恐ろしくドスの効いた声色でそう吐き捨てた。

 そして、まったくあの馬鹿はなどと、日ごろからの不満点をブツブツ呪詛のように呟きながら旅館へと戻っていった。

 その様子を悪戯兎が眺めていることも知らずに。

 

「……ごめんね。ありがとう、ちーちゃん」

 

 こうして夜は終わりを告げ、また新たな一日が始まっていく。IS学園に通う者たちにとって、細やかな変化を迎えた一日が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、疲れた……。あまりにも容赦がなさすぎる……」

 

 二泊三日を予定されていた臨海学校は、福音事件のせいでほとんどの生徒にとってはただの旅行みたくなって終わりを告げてしまった。

 一方の命令違反無断出撃連中と言えば、これも懲罰の一環だとかで撤収作業を手伝わされることに。僕は特に男ということで、余計に仕事を任せられたご様子。

 もちろん男だから力仕事が増えることに関して不満はない。ないけど、もう少し手心が欲しかったとだけは言っておこう。それもこれも自業自得って言われた返す言葉がないし。

 そんなこんなで、どうやらバスへの搭乗は僕が最後。フラフラとしながら自分の席へと向かうと、ナツの顔が見えて思わず不満を漏らしてしまう。

 多分だけどそういう関係になったから、無意識的に慰めてほしいのが表に出てしまったようだ。今のはちょっとよくないね。

 

「そんなの今更でしょ。はい、お水」

「言ってたらきりがないという悲しい現実か。ナツ、ありがとう」

 

 別に本当に慰めてくれるのを期待してるわけではなかったが、ちょっとドライな反応でやっぱり残念だったり。こういうのもよくない。

 だって、これ今まで変わらないやりとりだし。そこに不満を抱いちゃったら僕は完全に終わっている。これまでの十年があるから、僕らの何気ないやり取りは今までどおりが一番だろうから。

 ナツのもっともな言葉と共に、差し出されたミネラルウォーター(未開封)を受け取りながら席に着く。……手に持った感じでわかるけど、これは――――

 なんて嫌な予感を覚えながらキャップを回し、乾いた喉に水を流し込んでいく。そして口に含んだ瞬間にやはりと思ってしまう。相変わらずの常温保存だと。

 

「……ぬるい」

「常温が身体にいいんですー」

「うん、健康志向なのはいいことだと思うんだけど。思うんだけど、う~ん」

「何か?」

「いえ、なんでもございません」

 

 僕の呟きを完全な不満と捉えたのか、ナツは口を尖らせながら冷水は身体に悪いのだから仕方ないと語る。

 僕のことを想ってくれてるのはわかるけど、やっぱりキンキンに冷えたやつをググーっと喉に流し込んで、プハーってやりたくない? 僕だけ?

 文句も不満もないけどなんだかな、なんて僕的には意を決して言ってみると、ナツは笑顔でズイっと顔を寄せて短く問いかけてきた。

 この時点で逆らえませんよねぇ。なにせ僕は私生活のほとんどをナツに世話されていると言っていい。きっと僕が風邪なんか引かないのもナツのおかげだろう。

 だからすぐさま折れて敬礼しながら不満はないと述べると、ナツも一気に怖さは消え失せてよろしいと告げる。可愛い。

 

「相変わらずやってるねー」

「えーっ、いつものことでしょ?」

「初日朝帰りした人がよく言うよ」

「そ、それは、シーッ!」

「そこんとこどうなの日向くーん」

「ア、アハハハ……」

「出た出た出ました、日向お得意の笑って誤魔化す!」

 

 僕らのやりとり聞き耳を立てていたのか、近場の女子が――――というかもう相川さんと鷹月さんね。このご両人がからかうように声をかけてきた。

 この二人は特に僕らをそっち方面で弄るのが好きらしく、相変わらずの夫婦ムーブですねとニヤニヤ笑みを浮かべている。

 ……どうしたものか、今となっては完全に誉め言葉でしかない。キスまで済ませましたなんて言ったらどういう反応をするんだろう。

 声を大にして付き合うことになりましたと言ってやりたいが、ナツが話を逸らしたのを見て今はそういう方針でいくことが決定。

 僕に矛先が向くと同時にすぐさま乾いた笑みを浮かべる。これはいわゆる処世術、ご指摘の通りに笑って誤魔化してるんだけど、この様子を見るならそろそろ効かなくなってきているのかも。

 

「日向」

「は、はいぃ!」

「まだ私は何も言っていないぞ。まぁいい。客だ、降りろ」

「客? 客って……」

 

 僕らの弄りを火種にしてバス内の雰囲気がどこか浮つき始めると、それを一気に黙らすかのようにフユ姉さんの声が。ただ僕の名を呼んだだけなのにものすごい静寂っぷりである。

 というか、どうしてみんな目を逸らすの。確かにフユ姉さんに名前を呼ばれるってそれだけで不吉とは思うけど、何も知らんぷりすることはないと思う。

 それより客? 臨海学校に出てきてるのに客ってどういうことだろう。

 フユ姉さんは親指でクイッとバスの外を指示した、ってことは外で待たせてるということなんだろう。思わず窓から顔を覗かせると、そこにはいかにもな金髪美女が。

 こちらの視線に気づいたのか、ニコっと微笑みながらこちらに軽く手を挙げた。そうか、あの人は確か福音のパイロットの……。よかった、一晩で目が覚めたんだな。

 

「わかりました、とりあえず話を――――っと、ナツ?」

「…………」

 

 僕を代表してお礼かなんかってことなんだろうと思う。けど相手が美人ってこともあってか、ナツはみんなに悟られないようにそっと僕の制服をつまんだ。可愛い。

 僕が相手なら特に何も起きないってわかっているだろうに、それでも不安になってくれるのは嬉しいことだと思う。僕はそっとナツの手を取って離させると、避けるふりしてそっと大丈夫だよと耳打ちしておいた。

 するとわずかに首が縦に振られる。信じてるからとか、待ってるからって認識でいいのだろう。ならさっさとお礼を受け取って、それで終わりにしてしまおう。

 でも気が向かないせいで少し足取りは重い。それを悟られるのは先方に失礼なので、慌ててバスから飛び降りた。

 ……って、なんでフユ姉さんも待機してるんだろう。順当なところで彼女はフユ姉さんにも用があるか。大穴で彼女が僕に余計なことをしないか監視ってとこ?

 

「ハァイ、Mr.ヒムカイ……で、合ってたかしら? 私はナターシャ・ファイルス。アメリカ軍所属のISパイロットよ」

「これはご丁寧にどうも。日向 晴人です。どうぞよろしく」

「ふふっ、こちらこそ」

 

 降りるなりとてもフランクな態度で驚いてしまうが、お国柄の違いという奴だろう。僕は特にアメリカンなノリは不向きなんだろうし。

 だからこちらも自己流ないし日本流で、丁寧なお辞儀をしてから右手を差し出した。ナターシャさんは、どこか楽しそうな様子で僕の手を取り握手を交わす。

 やはりナターシャさんは僕らにひとことお礼を言っておきたかったらしい。そして僕を代表に選んだのは、男性で唯一のIS操縦者をひと目ってことみたいだ。

 当たり障りのない内容で本当に良かった。これでナツを余計な気持ちにさせずに済みそう。……なんて思ってた矢先のことだった。

 

「ね、ハルトって呼んで構わない?」

「ええ、呼びやすいようにしてくれたらそれで」

「そう、ありがと。じゃあハルト、今度またいつか――――」

「へっ!? いや、そういうの良いですから!」

「釣れないわね。向こうじゃこんなのちょっとした挨拶よ?」

 

 そろそろ別れの挨拶をってところで、ナターシャさんは唐突に切り出す。それまで貴方とかキミとか呼ばれてたし、どこか固いのが好きじゃないのだろうか。

 まぁそんなところだろうと結論付けてお好きにどうぞと返せば、ナターシャさんは一歩こちらに詰め寄って僕の頬にキスを落とそうとするではないか。安心した矢先にこれだよ!

 実は途中から僕を見る目が束さんに似てきたと思ってたけど、絶対にこれはからかわれているやつだ。僕をそういう感じで弄ると面白いと本能で察したのだろう。

 事実、僕が大慌てで否定するなりニヤニヤが増した。でも違うんですナターシャさん、僕が慌ててるのは照れじゃなくてもっと大事なことなんです。

 そこで僕はそっと待機状態のヘイムダルを掴んでハイパーセンサーの機能をオン。……あぁやっぱり、視線は感じていたけど、めちゃくちゃ悲しそうな顔してナツが僕を見てる!

 ってなると冗談抜きで死んでもナターシャさんのキスを受け取るわけにはいかない。だけどどうしたら思いとどまってくれる!?

 あまり全力否定してもそれはそれでナターシャさんに失礼だし……。いや、でも恋人がいるのに悪戯心でキスしようとしてる人に遠慮する暇は……。……………………えぇ~い、ままよ!

 

「あ、あの! 僕、恋人いるんで、そういうのはちょっと、ほんと勘弁してもらいたくて!」

「あら、それならそうと言ってくれればいいのに。ごめんなさいね、ハルトは真面目過ぎる感じがして、ちょっとからかいたくなっちゃったのよ」

「い、いえ、わかってくれたならそれでいいんです」

 

 窓からこちらを見るナツをフユ姉さんよろしく親指で差すと、ナターシャさんはそういうことならとアッサリ退いてくれた。

 僕に謝罪を述べると、バス内のナツにも謝っているのか、斜め上に角度が傾いた謝罪のジェスチャーが。なんとか最悪の事態だけは避けることができたか……。

 いや、実際はまだ終わってないんだけどね。ナツ以外の女性からキスされないで済んだってだけで。だってどうせ聞き耳立ててるってのに、こんな大勢の前で言っちゃったからねぇ。

 そんなことを冗談で言うはずのない俺が、堂々とナツと付き合ってます宣言を……さ。

 

「「「「「ハルナツ始まってたあああああああああっ!」」」」」

「ほらこれ、キタコレ! 絶対に昨日の間になんかあったやつ!」

「言った、言ったよ! あの日向くんがあんな堂々と!」

「晴人、貴様! やったな、やってくれたな! やったああああああっ!」

 

 一組が乗る僕らが居る側の窓は一気に開き、そこに女子が雪崩れ込んでやれハルナツだと騒ぎ始めた。気のせいか、ドカンと爆発音が聞こえた気がする。

 みんな一気に喋るものだから何を言ってるのかよく聞こえないけど、大体のみんなが僕らのことを祝福してくれているみたい。

 けどね、箒ちゃんはお願いだから落ち着いて。本当にそのキャラ似合わなくて僕の頭が受け入れてくれないんだよ。ていうか二重の意味でやっただよねそれ。

 

「おい」

「はい? ふぐぅっ!?」

「貴様、この騒ぎを鎮める者の身にもなってみろ。ん?」

「ゲホッ! ゲホッ! ご、ごもっともですはい……」

 

 フユ姉さんに声をかけられて振り返ってみれば、鳩尾にありえない威力の肘鉄砲を喰らって意識が飛びかけた。

 なんとか意識を保つことはできても、そんなの立っていられるはずもなく、僕は激しくせき込みながら両膝を地につけた。

 ほんとごもっともだよ……。見れば一組のバスの騒ぎを聞きつけ、全クラスのバスまで拡大しているようだ。……って何? ハルナツ支持派とやらの勢力はそんなに拡大してるってこと?

 それはさておき、絶対にフユ姉さんが叫ばなくてはならない案件まで発展している。その一因が僕にもあるとなると、フユ姉さん的にはこっちに矛先を向けるよねぇ。

 しかし、膝をつく僕の前にしゃがみ込むフユ姉さんはなんと恐ろしいことか。言葉を選ばなくてはおかわりすらあり得そうで怖い。

 

「よく聞け馬鹿者」

「は、はい」

「晴人、ありがとう。お前なら安心して妹を、一夏を任せられる」

「……はい!」

「よろしい。ならもうバスに戻れ。なに、後は任せろ。殴ってすまんかったな」

 

 どんな罵声が飛んでくるのかと思えば、どうやら肘鉄砲は自然な耳打ちの流れを作るためのものだったらしい。それにしては手荒というツッコミはご愛敬。

 フユ姉さんは完全に姉の声色で僕にそう告げるが、周囲から察知できないようにするためなんだろうけど表情のギャップが凄い。鬼の形相そのものである。

 後は任せろって何をするつもりなのかと思いきや、フユ姉さんはこう叫んだ。次騒ぎ出した者に、夏休み期間中の奉仕活動を設けると。

 それは、まぁ、黙るよね。またしても気持ちはわかるけどやっぱり落差が激しい。もはや葬式のような黙りっぷりだもの。

 しかし、今は黙ってても自由の身が確保されたら絶対に質問攻めだよな。まぁ遅かれ早かれバレはしたんだろうし、ナツには申し訳ないけど諦めるしかない。

 

「そ、そういうことなので、失礼します……」

「え、えぇ、機会があればまた今度。……大丈夫なの?」

「だ、大丈夫です。割といつものことなので」

 

 鳩尾を抑えながらヨロヨロとナターシャさんに近づくと、すぐさま笑顔が引きつっているのに気が付いた。

 けど痛みのせいでそんなことに構っていられない。それでも今できる最大限をもって、しっかり別れの挨拶をしておく。

 ナターシャさんからも挨拶を受け取って今度こそバスへ戻るため歩を進めると、背後から意外と頑丈なのねと聞こえたのは多分気のせいじゃない。慣れですよ、慣れ。

 ともあれ亀の歩みでバスへと戻ると、騒ぎはしないけどみんなの視線が一気にこちらへ向いた。なんだか入学当初を思い出す。

 だからこそ気にしたら負けというのが経験として残っている。僕は素知らぬ顔して席まで戻ると、そこで目撃したのは――――耳まで真っ赤に染めながら、身体を丸め、顔を両手で覆い隠しているナツだった。

 

「ごめん、さっきの感じからして隠す方針だったんだよね」

「ううん、それは全然、全然なんだけど、まさかこんな大勢の前でバレるのは想像してなくってぇ……」

 

 小声でそう語りかけると、特に気にしているわけではないというのはわかった。とにかく恥ずかしくて仕方がないだけのようだ。

 そうだよねぇ、ここまで同時に知らしめることになるのは想像しないだろう。仕方なかったとはいえ、僕が一番ビックリしてる。

 人の噂も七十五日なんていうことわざを信じるしかないかな。僕らがあまりにも恋人してれば、みんなも飽きてからかう気もなくすんじゃないだろうか。そういうわけなので――――

 

「ナツ、手」

「……うん」

 

 ナツへとおもむろに左手を差し出すと、ナツは照れ臭そうに右手を重ねた。やっぱり余計に視線を感じるような気が。

 うん、こうして大勢の前で堂々としていられるなら、やっぱり結果オーライなんじゃないだろうか。流石にキスとかはしないだろうけど。

 まぁ、これからはちゃんと節度を持って、ナツとの学園生活を楽しんでいくことにしよう。このつないだ手を、決して離さぬように。

 

 

 

 

 




本格始動と銘打ってこれだよ。
次回も次回で夏休み編のプロローグになりますし、真の本格始動はもう少し後になりそうですねクォレハ……。
結局のところグダグダではありますが、また年をまたいでお会いすることにしましょう。
それでは皆様、どうかよいお年を。



補足ですが、次回の更新は一月五日となります。
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