この度ハルトナツですが、10万UAを突破させていただきました。
UAこそ単純に皆様にご愛読していただけている証拠でございますので、感謝やらなにやらで胸がいっぱいです。
これからも皆様に楽しんでいただける作品を提供することこそ、私のできる最大のお返しだと考えているので、どうか変わらぬご愛顧賜わりますようお願い申し上げます。
本編の方ですが、夏休み編本格スタート一発目ということでして、自宅で緩めに戯れる二人の姿をお送りします。
以下、評価してくださった方をご紹介。
ザイドリ様 クラップスターナー様 MinorNovice様 らぶデス様
評価していただきありがとうございました。
レム睡眠という言葉を聞いたことがないだろうか。身体は休眠状態にあっても、脳はまだ活動状態にあるというアレのこと。
要は今の僕がそのぼんやりとした状態にあるって言いたいんだけど、なんだかいつもと心地よさというものが違うのを感じていた。……これは、頭を撫でられている?
特筆すべき特徴のない僕の髪に手を滑らせ、まるで安心させるような手つきで、一定のリズムを刻みながら頭を撫でているようだ。
なんだかとてもいいな。頭を撫で続けられる限り、永遠にまどろみへと閉じ込められてしまうのではないかというほどにそのくらい心地よい。
でも僕が起きるか起きないかの時間帯に現れ、僕の頭を撫でることのできる人物なんて一人しか浮かばない。そして、その人物がなんの目的で現れたのかも理解できる。
この心地よさを手放すという意味も含め、起きると決意してもなかなか身体のほうが付いてきてくれないもので。僕は自分でも想像以上にノソノソと身をよじらせてから上半身を起こした。
「ナツ、おはよう」
「おはよう、ハル。起こしちゃった?」
「そんなの構わないよ。寝ても覚めてもナツしか頭にないんだし」
「ふふっ、ちょっとクサい」
「はは、それは残念」
まだぼんやりとする目元をこすって視界をクリアにすれば、飛び込んできたのは想像どおりにナツの顔だった。
僕の寝顔を見て楽しいのだろうかと疑問に思ったが、僕もきっとナツの寝顔は見守ってるだけで楽しいだろうから、きっとそういうことなんだろう。
いつからそうしていたかは知らないけど、ナツは挨拶を終えると僕に謝罪をひとつ。
昔だって目くじらを立てるほどのことでもないけど、今の関係でならば軽快なジョークを飛ばしておけば不満はないと伝わるだろう。
でも投げかけた言葉そのものは本気だけどね。冗談交じりに言っただけで。だから細かく表現するなら本気の冗談? ……なんか混乱してきたから止めにしておこう。
向こうも冗談の類であることをわかっているのか、照れ臭そうに微笑んでから鼻をつまむようなジェスチャーをみせた。
だから僕も更に冗談めかして返す。わざとらしく、むしろ海外のコメディアンのように大げさに肩をすくめてやると、しばらく沈黙してから二人してクスクスと笑いあった。
「朝ごはんできてるよ。冷めないうちに降りてくること」
「わかった。すぐ支度するから」
ナツはベッドから立ち上がると、かつてから変わらない事務的なひとことを口にした。ただ、いくらか口調は柔らかいような気がする。
僕の返事に満足そうに頷くと、ナツは軽く手を振ってから部屋から出て行った。ナツに気配が完全に消え去ってから、すぐさま着替えを――――始めることはなく、しばらく悶えて時間を取られてしまう。
夏休み初日からなんだこの幸せ全開のやり取りは。ナツが恋人になった時点でわかり切ってはいたことだけど、こうも幸せだとやっぱり身体が持たないぞ。
い、いや、少し落ち着こう。だってこんなの絶対に序の口なんだもの。こんなので悶絶してたらきりがないし、なによりナツを心配させてしまう。
深呼吸しながら立ち上がった僕は、まだまだ浮ついた頭で着替えを始めた。リビングへ降りる頃には、いつもの調子を取り戻しておかないとな。
「ちょっと日差しがきついけど、張り切っていこー!」
「ん、お互い倒れない程度にね」
「そこはもちろん。ハル、体調が悪くなったらすぐに言わなきゃだめだよ」
夏場冬場にかかわらず家事は総じて大変だとは思うが、炎天下で洗濯物を干すのは場合によって命に直結すると思われる。
ゆえにいつもと異なり帽子着用のもと庭へと出て、僕とナツのタッグで行われる洗濯物干しを開始。手早く済ませて手早く屋内へ退避することにしよう。
そのせいか、お互いほとんど会話もなくどんどん作業は進んでいく。流石に家事において恋人らしさを求めてるわけではないが、なんだか寂しく思えてしまう僕はやはり重症みたい。
いやいや、一緒に家事やってる時点で恋人らしさも含まれているじゃないか。くだらないことを考えてる暇があったら、さっさと手を動かせって話ですよね。
(……って、あれ?)
「ハル、どうかした?」
「あぁ、うん、ちょっと思うところがあったっていうか」
ナツに対するちょっとした疑問がわいたため、僕の視線は隣の彼女へと向けられた。
そんなに見てたら何か用事があるのは一目瞭然なわけで、視線を感じたらしいナツは僕に首を傾げながら訪ねてくる。
その疑問というやつは、意外といろいろやらせてくれてるなってことだ。
どういうことかというと、ナツはどちらかといえば尽くすタイプな節がある。こう、なるべく私に任せてくれたら大丈夫だからね、みたいな。
恋仲になったとなれば、てっきりそれが全部やってあげるからねに昇華するんじゃないかと。でも僕の予想に反して、いろいろやらせてくれるというわけ。
素直な考えをそのままナツに伝えると、なんだか気まずそうにあ~……と唸り、視線があちらこちらへと動き回る。心当たりがあると見ていいのだろうか。
「それ、思ったことあるよ。ハルのお世話しまくって骨抜きにして、もう私なしじゃ生きていけないようにしちゃおっかなー……なんて。……引く?」
「いいや、全然。というか、もはやナツなしじゃ生きていけないから同じことじゃないかな」
「それは、むぅ……ありがと」
やっぱり心当たりがあるんですか。骨抜き、ねぇ? そんなのもうとっくの昔にそうなんじゃないかとも思うけどな。それこそ、ナツの性別がどちらであろうと。
早い話がどのみち手遅れ。冗談抜きでナツの生きていない世界なんて無価値に等しいので、あまり気にしないようには声をかけておく。
僕の本気の言葉をどう捉えたのかは知らないけど、ナツは口先を尖らせながら感謝を述べた。朝みたく冗談めかしてくれてもよかったのに。
「でも実際付き合ってみて、なんかそういうの違うなーって感じ始めて――――」
「うん、そうだね。少なくとも僕は、ナツとなんでも分け合いたいって思う」
「っ……! 今から私もそう言おうとしてたのに、先に言っちゃわないでよぉ……!」
ナツに本気で骨抜きにされれば秒で陥落するだろうし、それもそれで幸せの形のひとつなんじゃないだろうか。
けど僕にはナツを世界一幸せな女性にするという使命がある。まぁ使命感でやってるわけじゃないけど。
とにかく、一方的に愛を注がれ続けたのなら僕の願いは叶わないと思う。前置きからして、ナツがそれを望まないってわかった以上は論外だ。
だから僕は、ナツと分け合いたい。楽しいことや幸せなことはもちろんのこと、辛いことや苦しいことだって。様々な物事をナツと共有していきたい。
僕の言ったことはまさにナツが言おうとしたことそのものなようで、ナツは少し泣きそうになりながら僕の服の胸元を掴んだ。
別に予測していたわけでもないのに、ナツと同じ考えだったことがなんとも嬉しい。ナツも同じことを考えてくれている。
これこそまさに有言実行。僕らは分け合うことに関して話しながら、幸福を分け合っている。だとするならやはり、手放しがたい感覚だ。
相も変わらず、今日も今日とて愛おしい。ナツを慰めるように頭を撫でていた手は、いつしか頬へと伝っていく。
僕らの中でそれは合図のひとつ。ナツは一歩引いてから僕を見上げると、静かに目を閉じた。それを完全なる了承とし、僕も目を閉じ唇を重ねる。
だが今日の僕はそれだけでは止まらない。単にマンネリを防ぐ目的も含まれていたけど、少しアレンジを聞かせることにしたのだ。
いつもは長時間重ねたままにしていたが、今回は少し重ねてからは離して、また重ねてを繰り返す。いわゆる啄むようなキス、とでも言うのだろうか。
いつもより多めに水音がするのは当然のことであり、そしてその音が僕を奮い立たせる。なによりナツの切なそうな嬌声が、だんだんと思考を遠ざけていくかのようだった。
「「…………」」
「最近、流石にちょっと気安いかな」
「ううん、ハルがしたいなって思った時にして? 私はいつだって受け入れる。それにね、きっとハルがキスしたいって思った時は、私もしたいって思ってる時だから……」
「そっか、じゃあこれからも遠慮なく」
いったいどのくらい重ねて離してを繰り返しただろうか。数えるのも馬鹿らしくなったころ、僕らのキスはようやく終わりを告げた。
そうして僕らは見つめ合う。余韻を楽しみつつも、お互いにいろいろなことを伝え合うために。
僕はまずひとつ、キスのボーダーラインがだんだんと緩くなってしまっていないかと口にした。いや、照れに負けてしてしまったと言ったほうが正しいか。
でもそれはいらない懸念だったみたいで、ナツは恥ずかしそうに頬を染めながらも嬉しいことを言ってくれる。ならば遠慮しないのが礼儀というものだろう。
そんな僕の宣言にナツははにかんでみせるが、次の瞬間いきなりハッとしたような表情をみせた。多分だけど、屋外の日中ってことが関係してるんだろう。
誰に目撃されてもおかしくはないし、仮にそうなるとしたらご近所さんたちで確定してるから。
「おかしいな、今いつでもどこでもって言ったばかりじゃないか」
「もう、ハルの意地悪! ほら、さっさと片付けるよ!」
「ははは、そうだね」
好きな子に意地悪したくなる心理がようやくわかったというか、やっぱりたまには拗ねたところを見たいよねって話し。
僕が意識して顔をニヤつかせながらそう言ってやると、ナツは更に顔を真っ赤にしてから怒り始めてしまった。期待どおりに拗ねた姿もまた愛おしい。
恥ずかしさを紛らわせるべく洗濯物干しを再開させるつもりなのか、ナツは豪快にかごの中に入っていた服をつかみ取る。
これ以上の意地悪は過ぎたるものだと判断――――というかさっきので僕も満足なので、大人しくナツの言葉に従って手を動かし始めるのだった。
「いやぁ、まさか料理も一緒にやらせてもらえるとは」
「キーワードは分け合うこと、ですから。ふふっ」
「じゃあ、皿洗いも一緒にね」
「うん、もちろん!」
物干しが終わればお互いしばらくフリーな時間が続き、僕はリビングにて絵を描いていた。するとナツが、ふと手伝ってほしいと声をかけてきたのが始まり。
何事かと思って話を聞けば、昼食の準備を手伝ってほしいとのこと。これを聞いた瞬間、僕は本当に嬉しくて小躍りしてしまうほどだった。
どうしてかって、ナツにとって厨房は絶対的な領域――――いや、聖域と表現しても差し支えがないのかも。
そんな場所に僕を入れた上に、ド素人に手伝ってほしいなんて言うんだよ? ナツにとっての料理がどんな意味かを知っている僕からすれば、これを喜ばずにどうしろとというレベル。
それこそ皿洗いの時には立っていた台所は、ナツが隣に居るというだけでとても景色が違って見える。きっと幸せな証拠なんだろうなぁ。
「ところで、メニューは決まってるの?」
「ずっと前から思ってたことなんだけど、ハルと恋人同士になれたら一緒に作りたいものがあって」
素朴な疑問をぶつけると、ナツは僕を避けて冷蔵庫を開いた。そして次々と食材を取り出し、僕へと手渡していく。えーっと、そこらに置いたのでいいのかな。
卵に鶏もも肉に玉ねぎ、にんじん、後は各種調味料。これだけみればだいたいわかるというか、むしろ僕にとってはなじみ深い材料ばかりだ。
「ずばり、オムライス!」
「くそぅ、大好きだ!」
「なんか調子狂うなぁ。でもありがとう。私も大好きだよ」
恋人同士になれたらという前提で、一緒に作りたい料理があって、それが僕の大好物とかもうほんとこの子はなんなんだ。
いろいろと気持ちがいっぱいいっぱいになった僕は、両手で顔を隠しながらシンプルに溢れる気持ちを述べた。というか叫んだ。
かつてのナツなら――――オムライスが? 知ってるけど? みたいなことを言い出していただろうが、しっかりナツのことをというのは伝わったらしい。
チラリと横目でナツの様子を確認してみると、頬を染めつつ少し複雑そうな表情を浮かべていた。でも、僕の言葉そのものを迷惑と思っている節はなさそう。それならなんだっていいんだけど。
「ナツ、僕は何をすればいいかな」
「にんじんの皮むきをお願い。はい、ピーラー」
「包丁は追々、だよね。そりゃそうか」
「私が教えるから、夏休み中に練習しようよ。あ、でもピーラーだって危ないから油断しないこと」
「ん、了解」
気を取り直して僕のすべきことを確認すると、にんじんとピーラーを手渡された。
僕だって調子に乗ってるわけではない。いきなり包丁を持たせるなんて危ないであろうことはわかっているけど、過保護なのも否めないような。
そんな微妙な心境でそれらを受け取りながらぼやくと、ナツは包丁の扱い方をレクチャーしてくれるとのこと。これは棚から牡丹餅というやつ。ひとつナツとの時間を共有できる口実が増えた。
とはいえナツの油断は禁物という言葉も本物だ。ピーラーは要するに皮むき器。下手をすると皮膚を削いでしまうなんてことも――――
……止めておこう、考えただけで気分が悪くなってくる。そんなスプラッタなことになってしまったら、二度と手伝わさせてもらえなさそうだなぁ。
「私は私のペースで進めるけど、あまり気にしなくてもいいからね」
「慌てず騒がず真剣に頑張るよ」
ナツはそれだけ言うと包丁を手に取り、プロ顔負けなのではという手際で玉ねぎをみじん切りにしていく。タンタン、トントンと鳴る小気味いい音が耳に心地よい。
そんなプロ級なお方を隣に添えて、僕もピーラーにてにんじんの皮むきを開始。忠告どおり焦ることなく、それでいてナツを待たせることのないようなペースを心掛けて手を動かす。
うーんしかし、本当に家庭科の実習とかでしか調理器具を触ったことがない僕ってなんなんだろう。ナツが頑なだったのもあるけど、またそれは別の話だよな。
僕がしているのなんてごくごく簡単な作業だけど、やっぱりナツと一緒となると楽しいや。このまま料理の楽しさに目覚めて、いつしか僕の手料理をナツに食べてもらいたいものだ。
とかなんとか言ってる間に皮むきは終了。ナツも玉ねぎを刻み終えたようで、今度は僕から受け取ったにんじんをサイコロ状にカットしていく。
「フライパン、温めてようか」
「うん、よろしく。ふふっ、いいねいいね、息あってきたじゃない」
タイミングがいいとはいえナツがにんじんを切り終えるまでは手持ちぶさたなわけで、僕はすべきことを考えてナツへと提案。許可が下りたのでフライパンを取り出し油を引きまして―っと。
料理においてはあまり往年のコンビネーションが発揮できないとでも思っていたのか、ナツはなんだか得意気に何度も首を頷かせてみせる。
やはりこれまで培われてきたものが意味を成しているとなると、家族だった期間も完全に無意味ではなかったのかな。
まぁ、それこそ過去の僕に将来ナツと付き合ってますって教えたら、いろいろややこしい話にはなるんですが。
そうやって第三者でも居たならば舌打ちの嵐が飛んできそうなやりとりを交わしつつ、僕らで初めて一緒に作った記念すべき料理――――オムライスが完成した。
「それじゃ、いただきます」
「はい、どうぞ」
冷めないうちにテーブルへと並べ、きちんと両手を合わせいだだきますと一礼。スプーンを手に取り、一口大に掬ったオムライスを口に運ぶ。
何の変哲もないベーシックなオムライスなはずなのに、今日のは特別美味しく感じられた。それこそグルメ番組のように美味しいと叫んでしまいそうなほどに。
自分も手伝ったというのもあるんだろうけど、何よりナツのと関係の変化が味にまで影響が出ているんだと思う。
それはきっと、愛情とか幸せとかの味。やっぱり一緒に僕の好物を作りたいって、そう言ってくれたのが一番効いているようだ。
そうやって一口一口ナツの愛情を噛みしめる想いでオムライスを食べ進めていると、向かい側に座るナツはとても和やかに僕を見つめる。
「ごめん、別に他意はないんだけど、本当に好きなんだなぁって」
「うん、好き嫌いとかないに等しい僕にとって、唯一特別なメニューだから」
「そういえば理由とかって聞いたことないけど、なんかそこまでこだわるようになったきっかけってあった?」
「あ~……昔ならいざ知らず、今じゃ完全に惚気になっちゃうけど……聞く?」
「それならなおさら聞きたい!」
オムライスを除いて、これが好きという食べ物はない。ナマコをのぞいて、これが嫌いという食べ物はない。多分だけど、ナツに美味しいものばかり食べさせてもらった影響だろう。
だからこそ僕がここまでオムライス好きなのが今更になって不思議なのか、ナツはこめかみを突いて昔のことを思い出そうとしているようだ。
むしろ僕からすれば忘れてしまっているんだなとも思うけど、ナツにとって料理は日常になっていってしまったのだから無理もないかも知れない。
本当に、僕がオムライス好きな理由なんてちょっとしたことだ。けど、今となっては惚気そのもの。……だからこそナツはますます聞きたいそうだ。なら、愛しい女性のリクエストに応えるとしようか。
僕は羞恥心をかなぐり捨て、ナツに理由を話した。
「ナツが僕に初めて作ってくれた料理だからだよ」
「へぇ、私がねぇ。…………へぇ!? そ、そうだったかな。う~ん、あんまり記憶にないかも」
「ほら、保護者が揃って家に不在な時があったじゃないか」
母さんは僕らが小さいうちは無理してでも家に帰ってくれていた。家事をひととおり済ませて、嵐のようにまた会社に戻っていくのが常だったけど。
でもそんなある日、今日は母さんも父さんも帰宅できないという一報が。そういう日はもちろんいくらかあったけど、僕らにはまだ爺ちゃんとフユ姉さんが居た。
そういう場合は爺ちゃんないしフユ姉さんが総菜とかコンビニ弁当を買って帰宅する手筈だったのだけど、その日はあいにく宿泊研修……だったかな? ないし学校行事で不在と。
そして爺ちゃんは絵のことが絡んで出張……。完膚なきまでに詰みの状態であった。そこで僕は何かしら出前を取ることを提案したと言うのに、何を思ったのかナツが――――
『きょうはおれがつくってやるよ!』
とか言い出すもんだから、僕は心底から信用できない目でナツを眺めたのをよく覚えている。で、作ってくれたのがオムライスというわけ。
それはナツにとっても初挑戦の料理だった。ゆえにご飯は固いわ、野菜は半生だわ、味は薄いわ、卵でご飯を包めていないわ、本当に散々だった。
もちろんそんなもの美味しくもなんともない。けど、ナツが僕の寂しさを紛らわせるためにとってくれた行動だっていうのはわかってたから、味どうこうの問題でなくて、こう……心が満たされるような気分だった。
だから僕にとってオムライスというのは特別なメニューであり、僕の揺るがない大好物なんだ。とてもとても、大切な思い出がくれたものだから。
「そっか、そうだ! 私が料理始めたきっかけって――――」
「そういえば、美味しくないって言ったらすごく悔しそうだったよね。だからリベンジだーとか言って、母さんに料理を習い始めたんだったか」
「……でもハルは、全部食べてくれた。それも始めた理由だよ。手料理を食べてもらえるのって、嬉しいことなんだって」
僕もなるべくナツを傷つけないように本当のことを言ったつもりだったんだけど、往来の負けず嫌い気質が発揮されてか、ナツはよく料理をするようになったんだった。
細かい部分に関しては忘れてしまっていたみたいで、こうしてナツと話していてようやく思い出した。……はて? それなら他の家事は何がきっかけだったんだろ。
でもナツ曰く、リベンジだけが理由じゃなくて、僕があの日のオムライスを残ら食べきったことも含まれているとか。
なるほど、それが回り回って今に繋がっているのなら、あの日の努力も無駄ではなかったというわけだ。
「ふふっ、そうなってくると、オムライスって私にとっても特別なメニューなのかも知れないね」
「せっかくだし記念日にしてみる? 今日から毎年この日はオムライス記念日」
「あはは、いいねそれ。うん、いいと思う。私たちだけの特別が増えるっていうのは、すごくいい」
ナツにとっては初めて作った料理で、料理を本格的に始めるきっかけで。僕にとっては大切な思い出で、だからこその大好物で。
大げさなな言い方をするのなら、オムライスは僕らの繋がりのひとつなのかも。何かが違えば今がないのではとすら思える。
僕は冗談半分で記念日にしてみてはどうかと提案してみると、ナツは意外にも乗り気で僕の言葉を肯定した。けど、最後の部分を聞けば僕も納得だ。僕らだけの特別、か。
僕らだけが呼び合うハル及びナツ然り、確かに僕らだからこそ通じるルールというのはとても尊いもので、そんな尊いものを僕らの手で増やしていける。なんて素晴らしいことなんだろう。
「ナツ、これからもよろしく」
「うん、こちらこそ」
僕はナツの言葉に賛成する代わりに、想いを伝えたあの日に言われたことをそのまま返した。末永く僕らの特別を増やそうという宣言のつもりだ。
ナツは僕の意図を読み取ったのか、姿勢を正してから深々とお辞儀をしてみせる。そうまでされると恐縮してしまって、僕も思わず下げた。
二人同時に顔を上げるとしばらく見合わせ、少しだけ苦笑い。ここまで形式的なもののきっかけがオムライスだから、というのが大きかったり。
それこそやろうと思ったらこんなやり取りいつまでも続いてしまうので、そういう話はいったんここまで。さもなくば、本格的にオムライスが冷めてしまう。
僕らはあまりマナー違反にならないように談笑をはさみつつ、食事の手を進め直すのであった。
この話を描き終えた後しばらくしてから、晴人のオムライス好きをもっと、むしろ隙あらば描写しておくべきだと思った(小並感)
実は晴人が本編で語った理由は連載前から決まっていた設定なので、描写の少なさゆえなんだかいまいち響くものがないような気がしてならないと言いますか。
本当はオムライスについて熱く語って、鈴あたりに強制的に止められる……みたいなシーンも入れたかったんですが、こんなことに尺を割いてもとか迷っていたらこの始末。
作者が躊躇ってどうするんだオラァァン! というわけですので、思い切りを大事にしていこうと思いました(反省文)
ハルナツメモ その26【ナマコ】
超がつくほどちなみになのだが、晴人がナマコを嫌いな理由はその見た目。
曰く地球上の生物とは思えない。強いて表現するなら遊星からの物体X。とのこと。
つまるところ食わず嫌いである。
なぜ目にする機会があったかと聞かれれば、晴人の祖父である晴善が好んで酒の肴として食べていたから。
薄くスライスしておろしポン酢で食すと非常に美味。