ハルトナツ   作:マスクドライダー

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夏休み編ということで、夏に関わりのある内容にはなっていると思います。
サブタイトル詐欺であるのも否めないですけどね、いろんな意味で。


第57話 涼を求めて

 八月が近づくにつれ、本格的に全国各地を猛暑が襲い始めた。テレビでも連日のように最高気温記録更新という報道が続いている。

 これも人類が発展するために環境を顧みなかったツケか、なんて大それたことを考えたところで涼を求めてしまうのが人間の愚かしいところなわけで。

 僕もその例に漏れずといきたいところなんだけど、昔からナツがそうさせてくれなかったりするんだこれが。

 現在は家事もひととおり済み、それぞれの自由時間に入っている。僕はリビングで絵を描き、ナツも同じくリビングで本に目をとおしているようだ。紙の擦れる音が聞こえるから多分そう。

 さっきご説明したとおりに本日も猛暑、というよりもはや酷暑。にもかかわらず、現在リビングでは強に設定された扇風機が首振りで放置されているのみ。

 ナツとしては居候の身ゆえか、何かと節約を気にかけている。電気やガスや水道といったものの無駄遣いを見逃してはくれないのだ

 別にケチだと責めたいわけではないが、こういう死活問題になった場合くらい融通が利いてもいいんじゃないだろうか。とは思う。

 流石に自室での使用まで制限されているわけではないから、部屋にこもってしまえばいい話ではある。しかし、なるべくナツを視界にとどめておける範囲に居たいしなぁ。

 

「ナツ」

「だーめー」

「さいですか」

 

 そう思って名前だけ呼んで意志を伝えるアレをやってみるも、帰って来たのは短い返答のみだった。ちょっと可愛かったから精神的ダメージは皆無だけども。

 ナツがそう言うなら仕方ないで諦めてもいいんだけど、絵を描いてる時には汗が気になるんだよなぁ。水分は紙の天敵なのは言うまでもないだろう。

 さきほどから定期的にタオルで拭くという対策をとっているが、まだ時分は朝だからこれから気温も上がるってことだよな。……昼が過ぎたらそういう理由があるんですと、再度説得を試みてみることにしよう。

 しかし、無風なのが悪いんだよね、無風なのが。窓という窓は開けて風とおしをよくしてはいるんだけど、いかんせんその風が吹かないから――――

 ……ん? 風……? そういえばおかしいな。一応でも扇風機は回しているのに、どうしてさっきから全く風を感じないのだろう。

 そう思って僕が扇風機に視線をやると、信じられないものを目撃してしまうのだった。

 

「ちょっと何やってんの!?」

「げっ、ばれた……!」

 

 何かって、よく見てみるとナツは扇風機の前に陣取っているじゃないか! 絵を描くのに集中し過ぎたのか、全く気が付かなかった。

 それだけなら僕だって、そこまで声を荒げることはなかったろう。あろうことかナツは、扇風機の首振りに合わせて身体を左右に揺らしている。そりゃ全く風を感じないはずだよ!

 流石にこいつは黙ってばかりではいられない。僕は超速で使用中の色鉛筆をしまうと、ドタドタと床を踏み鳴らしながらナツの隣に座り込んだ。

 

「げっ、ばれた……じゃないよ! どの口がクーラーつけちゃダメとか言ってるのさ!」

「い、いや~……集中してたっぽいし大丈夫かなーと。あ、ちょっと押さないで!」

「ナツ、ここは対等にいこうよ。しばらく僕が占領したって、キミの自業自得なわけだし」

「だからってそう強引なのはよくないと思うなーどうなのかなー!」

 

 これは一種のボケとツッコミの応酬パターンのやつなんだろうけど、きっと暑さのせいで僕もナツも心底うんざりしてたんだ。

 僕らにしては珍しくハッキリと口ゲンカにカウントしなければならないような、そんなやりとりを繰り広げてしまう。

 グイグイ押しては引いては扇風機の前に陣取ろうと攻防を繰り広げ、セミの鳴き声にも負けないくらいワーワーと声を上げ続けることしばらく、ここにきてようやく気付けたことがひとつ。

 ――――――――――――このやりとり、ものすごく不毛! 暑くなるばっかり!

 

「……ごめん」

「こちらこそ……」

 

 汗を全身から流し肩で息をし始めたあたりでそのことに気づき、しばらくの沈黙の後僕は思わず謝罪を述べた。

 ナツも事の発端が自分であることを素直に認めたのか、そのままノソノソと移動してクーラーのリモコンを操作し電源を入れた。

 そして僕らは無言で窓を閉めにかかる。これは気まずいとかではなく、不毛な攻防のせいで無駄に体力を消耗してしまっただけのことである。

 そうなるとどうしようか、一気に絵を描く気力がなくなってしまったぞ。充電の意味も兼ねて、涼しいリビングで仮眠でもとることにしようか?

 

「あぁ、そうだ!」

「ん、どうかした?」

「ハル、少し休憩したら海かプールに行かない?」

 

 なんだか微妙な空気感を斬り裂くかのように、ナツが突然手を叩いて妙案が浮かんだと言わんばかりの声を上げた。

 いったいどうしたのかと尋ねてみると、ナツは目を輝かせながら海かプールに向かわないかと僕に提案してくるではないか。

 なるほど、確かに水場へ出かけるのもまた涼を求めることになるだろう。夏休みに入って、まだ明確にデートに分類する外出はしていなかったりするし。

 けど僕の中にあるひとつの懸念が、すぐさま首を縦に振らせない。どころか、本音を言うのなら僕はすぐにでも断りの意思を伝えたいほどだった。

 

「う~ん、海かプールねぇ。う~ん……」

「あれ、てっきり二つ返事でオーケーしてくれると思ったんだけど……」

「いや、何も出かけるのが面倒とかそういう話じゃないんだよ!? 僕だってナツとデートはしたいし。ただ――――」

「ただ、どうしたの?」

 

 僕が難色を示すことを想定していなかったのか、ナツはなんとも悲しそうな表情を見せるではないか。

 暑い中なにも挙って出かけることはない、とか考えてるとか思われるのは困るので、一応二人で何かするのが面倒ってことではないのは伝えておく。

 それならそれで海やプールを避ける理由も話さないとならなくなるが、またこれがなんとも口にするのが気恥ずかしくてしかたない。

 でもこうなったら話さないと納得してはくれないんだろうし、僕としてもナツと余計ないざこざを構える気なんて毛頭ないし。

 

「海かプールってなるとほら、水着姿になるわけじゃない。それ、ちょっと嫌かなって」

「ハル、言いたいことがあるならもっとハッキリ」

「はぁ~……。だから、嫌なんだって! 付き合い始めてまだひと月も経たないのに、ナツの水着姿が他の男の視界に入るのなんて絶っ対に嫌だ! まだナツは、もう少し僕だけのナツで居てほしいかなって……」

 

 そりゃいずれはナツと海水浴デートなんてしてみたいと思うよ。けど今はだめだ。まったくもって気持ちの整理というものが付かない。

 だってナツだぞ? 贔屓目なしにモデルや女優でもつうじるナツが、不特定多数の男が集まる海やプールなんかに現れてみろ。下卑た視線を向けられるのなんてわかりきった話でしょうに。

 しかも夏休み中のそういう場所には最初からナンパ目的の不届きな輩も居るだろうし、そのような軽率な者たちにナツが声をかけられるところを想像するだけで耐えがたい苦痛だ。

 特に今の僕らは付き合い立てホヤホヤのカップル。しかも互いに大きなわだかまりを乗り越え、こういった関係に落ち着くことができた。

 それを織斑 一夏のおの字も知らないような連中に、ナツの見た目が可愛いってだけで声をかけるなど、僕からすればふざけるなという話なわけ。そんな奴には割と本気で虹色の手甲(ガントレット)(フルチャージ)をぶち込んでやりたい。

 ……と、ここまで聞いておわかりだろうが、そんなことを想像しているだけなのに僕らしくない言葉がいくつか出てくるわけだ。そのくらい気持ちの整理ができてないということ。

 なんてことを事細かに言って聞かせると、ナツのなんだかモヤモヤとした表情は徐々に赤く染まっていく。

 

「そっ……か。ま、まぁ、そういう理由ならやぶさかではない、かな」

「どうかな。僕からしても、ちょっと拗らせすぎかなって思うんだけど」

「そんなことないよ。だって、その、ハルの気持ちの裏返しでしょ?」

「うん、そこについては肯定。ナツを愛してるってことにかけては、僕は誰にも負けるわけにはいかないから」

 

 僕の言葉を引くどころかむしろ嬉しく感じてくれるあたり、僕らってだいぶどうしようもない部類なんだろうなぁ。

 確かにナツの煮え切らない言葉に肯定は示したものの、その愛がゆえ行動が制限されるっていうのは考え物だ。なるべく早いところ是正していかないと。

 それはそれとして、僕の愛してる発言に意識がどこかへ飛んでいっちゃってるナツをどうしたものか。妄想が暴走でもしてるのか、割と気が早い単語をちょくちょくと呟いている。

 そこらの詳細は伏せるとして、ナツに恐る恐る声をかけるとすぐに戻ってきてくれた。なんでもないと取り繕う姿が可愛かったと付け加えておく。

 僕らの今日の予定はもはやデートで確定したも同然なため、すぐに話し合いは再開した。議題はもちろん、どこか涼しい場所を求めてだ。

 しばらくいろいろ意見を交わしたけど、どうにもお互いピンとこない。もはや案も出尽くしてしまったかと思われた時、ナツがまたしても何か閃いたかのように手を叩いてみせた。

 

「あぁ、そうだ!」

「数分前にも同じこと聞いたような。それで、どんな妙案?」

「う~ん、どうかな。根本的に破綻しかねないからまだなんとも言えないんだけど、確かおばさん捨ててなかったと思うんだよね~」

(捨ててないって、なんのことだろ)

 

 いいことを思いついたというリアクションだというのに、ナツは言葉を濁しつつ立ち上がってどこかへと行ってしまった。

 母さんが捨てていないという発言からして、何かを探しに行ったということは間違いなさそう。でもそれって、デートとどんな関係があるのだろう。

 僕がなんとなく推理を巡らせながらナツが戻るのを待っていると、運ばれてきたのは涼を求めるという目的と、デートという目的を同時に達成できる物だった。だけどなんていうか、どことなく腑に落ちないような気はする。

 だってそれを持って来るということは、十六歳にもなって自分ちの庭で――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「十六にもなって、ビニールプールってどうなの?」

 

 僕は夏の日差しを浴びつつ、浅く張られた水面に無理矢理にでも全身を沈めてそう呟いた。

 ナツが日向家の物置を浅って持参したのは、子供の頃に遊んだビニールプールで、要するに家でプールデートしようっていう流れに。

 確かに身体が成長した今でもサイズが大きめなプールではある。具体的に言うなら、僕とナツが同時に入っても狭くはないくらい。

 だけど僕が言いたいのはそういうことじゃなくて、家の庭で水着になるってなんか逆に恥ずかしくない? って話。

 一応は日差しで水が暖かくなる目的を防ぐ、及び上方からのご近所さんの視線を防ぐという目的でパラソルも設置してはいるけどさ。

 でもなんか断れないよね。ナツのデートの提案を、超絶個人的な理由で断ってる身としては。それにこれ以上ないナイスアイデアみたいな顔してたし、傷つけたくもなかったというのもある。

 

(なんか、水場にこだわってはいたっぽいよな)

 

 ナツと協力して巨大なビニールプールに空気を入れ、僕が水を張ってる間にナツは着替え。張り終わってもまだ姿を見せないからお先してるんだけど、それでもまだナツがやってくる気配がない。

 だから水につかって暇を持て余していると、ふとそんな考えが頭を過る。

 織斑 一夏という人は頑固である。結局のところ水着姿になる状況が作られているのを見るに、今回も間違いなく頑固案件ではあるんだろうけど。

 う~ん、わからない。もしそうだとして、なぜそこまで水場にこだわるのかが全くわからないんだよ。どうしても海やプールに行きたかったなら、強制連行されてるだろうし。

 何か察してやれないなら心苦しいというか、恋人失格なのではとさっきからソワソワしてしまう。ナツはいつ準備が終わるのだろうとぼんやりしながら空を見上げると、庭につうじる窓の開く音が聞こえた。

 

「お待たせー! ごめんね、けっこう手間取っちゃって」

「こっちこそ、お先に失礼。ところでナツ………………ナツ……?」

 

 前にも話したことはあるけど、女の子が可愛くなるための時間を待つのは男の甲斐性というやつだと思う。

 暇ではあったけど苦ではないし、むしろ待たずにプールに入って申し訳ないと、そう声をかけるために目を向けた。するとどうだろうか、ナツの様子がおかしいではないか。

 着ている水着が違う。臨海学校の際に一緒に選んだやつじゃない。リボンがふんだんにあしらわれたデザインの、キュートさが強かった純白の水着ではない。

 女物の水着なんて詳しくはないけど、多分スタンダードなタイプの三角ビキニとかいうやつだと思う。そして色は白と黒のストライプ。

 てっきり前と同じだと思っていただけに、いろいろと考えてしまって思考が処理落ちしてしまう。そんな僕に対し、ナツは悪戯っぽい笑顔を見せた。

 

「えへへ、びっくりした? 驚かせようと思って、こっそり買いに行ってたんだよね~」

「海かプールっていうのは……」

「うん、早くハルに見せたかったんだ。それで……どう、かな?」

 

 僕もナツも互いを束縛しないとやってられないほど病的ではなく、報せはするけど一緒じゃない外出の機会もそれなりにある。

 そういえば夏休みの直前、ナツはフユ姉さんと一緒に出かけると言っていたような。だったら購入したタイミングはそこか。

 そして、これこそが海もしくはプールに行こうとしていた理由らしい。聞けば、僕に早く見せたかったのだとナツは言う。

 かなり余裕がない僕をよそに、ナツはその場でくるりと一回転。そして上半身を折って前のめりになると、照れ臭そうに感想を求めてきた。

 そんなの僕の感想なんて決まりきったことで、僕は両手で顔を覆い隠しながらただひとこと。

 

「エッチが過ぎる……!」

「ええっ、なんで!? 割とシンプルでよくあるデザインなんだけど!」

 

 恐らく期待した感想とは大きく外れるであろう僕の言葉を前に、ナツはむくれっ面になりながらこちらへ詰め寄って来た。

 うん、うん、わかるよ、わかってはいるんだよ。もっと攻めに攻めたデザインの水着なんてたくさんあるだろうし、オーソドックスにまとめてきたってのは。

 でもねナツ、そういうのはきっと着る人によって左右されると思うんだ。僕から見たら色気があり過ぎてどうしようもないんだもの。

 こんなこと言っても仕方ないのはあるんだけど、ナツは体系からして……ね? ほら、エッチなフォルムしてるじゃない。というか、こうして改めて見るとやっぱりおっきい……!

 もはや僕の目にはナツがグラビアアイドルかなんかに見えてきた……。むしろさっきの前かがみなんてよく見かけるポーズじゃないか。

 これに関しても前に触れたことがあると思うが、やっぱり思春期男子の思考回路ってこういうのが絡むと一気にアホになるね。あまり僕は関係ないと自負していたけど、この様子からして例に漏れないようだ。

 

「も~……! ハル!」

「は、はい!」

「私から目を逸らさないで。私のこと、ちゃんと見てよ……」

 

 ナツが女の子になったばかりの時期に似たようなことを言われた覚えがあるが、あの時とはまるで意味が違ってくるから困ったものだ。

 でも確かに、恋人になった以上はナツがどんな格好をしていようと、目を逸らすという行為はとても失礼なことに当たるのかも知れない。

 何より、他の男に見せたくないと言った僕が、しっかりナツの水着姿を堪能しないでどうする。今のうちだぞ、今のうち。

 意を決し相貌をクワッと開眼。ナツを確と視界にとらえてみるも、鼻の下が自然に伸びてしまっているのが自分でもわかる。更には口角も上がっちゃってるし、これではまるで――――

 

「やらしい目で見てとは言ってないんですけどー」

「それすごく思ってたから勘弁して。あ~……ごめん、すぐ慣らすから自然にしててもらえるかな」

「変に意識しちゃうならそうするしかないよね。じゃ、私もお邪魔しま~す」

 

 僕の視線のベクトルがおかしな方向へ進み始めると、ナツはわざとらしく胸を隠しながらきつい冗談をかましてくる。

 でもあながち間違いじゃないから一概にも冗談と言えない悲しい現状に、とにかく平常心を取り戻すためナツにもなるべく普通にしててもらうよう頼んだ。

 ナツが楽しそうに僕の頼みに同意するあたり、可愛いとでも思ってもらえれば幸いなところだがどうなんだろう。とにかく、どのみち引かれてはないようで一安心かな。

 ひと悶着あったものの、水温の程度を足先で図るようにして、ナツもようやくプールの中へ足を踏み入れた。そしてそのまま座るように腰かけ、だいたい下半身がつかりきるくらいの状態となる。

 

「わぁ、思ったよりも冷たくて気持ちいいかも! それだけ気温が高いってことなんだろうねぇ」

「日本の夏は湿度が問題とかも聞くよね。ヨーロッパのみんなは辛そうだったし」

「そういえば後半バテ気味だったかな。逆に海外の夏ってどんなのなんだろ?」

「いつか避暑目的で旅行に行くのもいいんじゃないかな。ナツと二人で海外旅行かぁ。夢だなぁ」

 

 ナツのリアクションはもっともで、外用の水道を使って溜めた水であるから、海水や川の水と違っていまいち冷たさを感じることはないだろう。

 それでも外気に包まれている今では相対的に冷たく感じるのか、少し童心に帰ったかのようにバシャバシャと水を手ですくっては自分にかけていた。

 ナツの気温が高いというワードから、ヨーロッパ出身のセシリアさん、シャルル、ラウラちゃんがかなり辛そうだったのが思い起こされる。

 曰く、熱いのが肌にまとわりつく感じで気持ち悪い……とか。純日本人なうえに海外旅行の経験もないため、この暑さがデフォルトだからどう反応していいのかがよくわからなかったな。

 逆説的にナツが海外の夏の様子が気になるのもよくわかる。それならば、いつしか実際に体験しに行ってみればいいわけだ。

 約束を取り付けるのとは少し違うが、ナツと二人きりの旅行をいつか、なんて目的と手段が逆転しそうな台詞をしみじみと語ってしまう。

 

「……私、ハルと一緒にいろんな場所に行ってみたいな。それで、私たち二人だけの、数えきれないくらいの思い出を作るの」

「ナツが望むならどこにだって連れて行ってみせるよ。何より、僕もナツと同じ気持ちだから」

「分け合うこと、だね。ふふっ」

「本当、仰るとおりで」

 

 引きこもりがちとまでは言わないが、僕はどちらかというならインドア派。友人からの誘いがなく外出するとすれば、絵を描きにそこらをふらつくくらいのこと。

 やっぱり出不精だったりズボラだったりが影響しているんだろうけど、それなら海外旅行っていうのはかなり飛躍した話だ。

 でもナツの言うとおり、これもまた分け合うことなんだろう。

 僕が旅行に前向きな姿勢を見せるのも、想像を膨らませているだけで幸せな気持ちなのも、全部ナツが一緒に居ることが前提だからだ。

 共に幸せを分かち合い、育み、何倍にも膨らませる。

 今の僕らはきっと、何を話したところでこのあたりに帰結するのだろう。例えそれがこじつけであろうとも、無理があろうとも。

 

「ね、ハル……」

「ん? ……うん、もちろん」

 

 頬を赤らめたナツが、波音を立てながらこちらへと顔を寄せる。

 先ほどまで会話していた内容、そしてナツの様子から察するに要求されているものなんて嫌でもわかるというものだ。

 水着という状態であることも関係しているのか、僕の気分は不思議と開放的で、なんだかいつも以上に心臓が跳ねてしまう。

 ドクンドクンと鳴る己が心臓の音に耳を傾けぬよう意識を固め、僕はそれからようやく目を閉じた。後はこのまま、ゆっくりと顔を前に出していくだけだ。

 そして、その先に待っていたのは――――――――――――冷たい何かが顔を打つかのような感覚だった。

 

「わぶっ!?」

「えへへ、引っかかった~!」

 

 慌てて顔をぬぐいながら何事かと目を見開くと、視界に映ったのは悪戯っぽい笑顔を浮かべたナツだ。

 その手には安っぽい水鉄砲――――なんかこう、クリア素材のプラスチックで出来ていて、本体に直接水を装填するタイプのアレが握られていた。

 はは~ん、なるほどなるほど、それも物置から見つけてこっそり仕込んでいたわけね。で、キスを餌に僕が目を閉じるのを誘い、すかさず僕の顔へ水を浴びせた……と。

 …………あのねぇナツさん…………いろいな意味でそりゃないよおおおおおおおおおっ!

 

「超! 至近距離! 濡れるのはいいけどちょっと痛かったよ!?」

「あはは、ごめんごめん。でもほら、涼しくていい――――でしょ!」

「っ!?」

 

 この際だから、キスを餌にしたことに関してはどうこう言わないさ。僕が勝手に期待した、もとい釣られたというのはある。

 だがいくら安物とはいえこの至近距離で水鉄砲から放たれた水は、人体でも薄い皮膚に覆われた顔面にはそれなりのダメージを与えた。

 自分の顔を指しながらわずかな痛みを訴えると、あまり反省していないのか謝りつつもまた水鉄砲の銃口をこちらへ向けるではないか。

 これもビビりなせいで鍛えられた反射か、僕は目を閉じ水を待ち構える体勢を自ら作ってしまう。せめて覚悟を決める暇さえ与えてもらえれば――――

 なんて僕の葛藤も知らんと言わんばかりに、まるで僕の顔を水が襲う気配はない。この距離じゃ流石に外しようがないし、はて?

 そうやって薄く目を開きかけたくらいのタイミングか、チュッと水音を鳴らしながら、僕の唇にこの世のものとは思えぬ柔らかな感覚が走った。

 

「…………」

「えへへ、引っかかった」

 

 今度は呆然としながら目を開くと、そこにはやはり悪戯っぽい笑顔を浮かべたナツが。ただし、今回は少し恥ずかしそうに頬を染めながら、だ。

 なるほどなるほど、一回目の水鉄砲での奇襲は、このサプライズのための布石というわけね。要するに、下げてから上げられたというわけだ。

 あのねぇ、ナツ……なんでそんな回りくどいことを――――――――なんて言えなああああああいっ! そんな呆れる気持ちが吹っ飛ぶくらい、今の引っかかったの言い方メッッッチャクチャ可愛かったぁ!

 漫画的な表現をつけるなら、語尾にハートでもつきそうなくらい甘ったるくて、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ! 一回下げられてるから破壊力が増してるんだよおおおおおおっ!

 

「…………………………好きですっ…………!」

「ふふっ。はい、私も大好きです」

 

 いろいろといっぱいいっぱいになってしまった僕は、夏の高い空を見上げつつ、ポツリと呟くように好きだと絞り出すことしかできなかった。

 ナツとしては思惑どおりなようで、随分と余裕な態度で私も好きだと返してくる。

 くそぅ……流石の僕でも仕返しなりなんなり考えるところなのに、今はそれすらままならない。悔しい気持ちはあるというのに、どこか晴れやかさも含むようなこの感覚はなんだ。

 なんなら、ナツに手玉に取られたことそのものを喜んでいるかのように思えてしまう。……くっ! そんなのどこで覚えてきたっていうんだ!

 よし、決めた、この夏空に誓う。いつか絶対に仕返しだ。ホント覚えときなさいよもう……。

 ただ今は、うん、なんかいろいろ無理なんだ……。僕にとってもはやこのプールは、火照る身体を鎮めるためにあるようなものだ。

 ナツには申し訳ないながら、僕は気持ちを落ち着かせることに終始する。そのせいか、何か話しかけられても曖昧な返事しかできずにいる僕であった……。

 

 

 

 

 




夏休み編、書いててすごく楽しい(小並感)
水着姿を他の男に見せたくないっていうのは拗らせさせ過ぎましたが、その結果このような二人きりのシチュエーションに辿り着けて大満足!
ただ満足の末に「引っかかった」のくだりの終盤、少しばかり晴人を暴走させ過ぎてしまったのは反省ですね。
晴人はそんなこと言わない(解釈違い)的な。

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