ハルトナツ   作:マスクドライダー

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今回は特に多くを語りません。
とにもかくにも本編をどうぞ。


第59話 惹かれ合うふたり

「雨だね~」

「雨だねぇ」

「大雨だね~」

「大雨だねぇ。……と言うより――――」

「台風だね~」 「台風だねぇ」

 

 日本の夏といえば台風。もはや風物詩のひとつではないかと思う今日この頃、やはり今年も現在進行形で猛威を振るう。

 ナツはカーペットに仰向けで寝そべりながら窓を眺め、ベチベチと大きな音を立ててぶつかる雨粒を見てひとこと。

 僕がソファで適当にくつろぎながら同意を示すと、今度は大雨であるとボヤくので、更に同じ言葉を繰り返してみせる。

 けどこのままいくと延々似たようなことの繰り返しになると感じ、早い話が台風だと言って見せると、今度は完璧に声が揃った。……そして沈黙。

 流石に話題に困るんだよな。晴れてたら今日はどうする? って話し合いから一日が始まるのに、この雨風で外出は論外だ。多分だけど命に係わる。

 僕はやろうと思えば部屋にこもって絵を描いてればいいんだけど、可愛い恋人を放置して退屈させるのもまた論外。さて、ならばどうしたものか。

 

「ナツ、停電とにならないうちに家事を済ませたらいいんじゃない? 僕、手伝うよ」

「有難いけど、今日はお休みかなー。部屋干し嫌だからお洗濯するつもりないし。掃除機とかはこの間かけたばっかりだし」

 

 む、どうやら余計なお世話だったらしい。家事でもしていればそれなりに時間も過ぎるかと思ったけど、そういうことなら口出しはなしで。

 そうなると本当に困ったものだ。僕が無趣味であることが大変悔やまれる。こういう時、弾や数馬ならパッとすることのひとつやふたつ思いつくんだろう。

 そう思うとなんだか悔しいな。彼女ができたとか聞かないし、優劣をつけるのならナツというものがある僕のほうが勝っているはずなのに。

 よし、ならば僕にとっての奥の手を使うしかないな。これはこれでどうかとも思うけど、ダラダラと過ごすには適しているはず。

 

「じゃあ、二人で映画でも見る? ほら、撮り溜めして消化できてないのもあるし」

「それいいね、映画マラソン!」

「え、いや別にマラソンってほど張り切らなくても――――」

「あ、映画観ながらつまめるものでも作るね。ふふっ、一気に楽しくなってきたかも!」

 

 なんかほら、録画したはいいけど観る機会とかなくてさ、そのままずっと放置しちゃってる映画ないし番組とかない?

 僕に至っては、もはや録画したことすら覚えていないようなのもあるはず。録画した時は、観たかったやつだとか思ったりするのにね。

 そういうわけで、これを機会にそれを消化してしまわないかと提案してみた。僕としては1~2本くらいのつもりで。

 しかし、ナツの口からはマラソンという単語が飛び出てくるではないか。それすなわち、映画鑑賞だけで一日を終わらせてしまうくらいのつもりであることが伺えた。

 いやいやそれはと声をかけようとしてみるが、ナツの頭は既に料理にスイッチが入っちゃって聞く耳をもってくれない。

 これ、もしかして覚悟したほうがいいやつ? それとも停電してくれるのを祈るやつ? いや、真夏に扇風機もなしじゃ辛いよなぁ。

 とはいえ楽しそうにしてるナツに意気込みの違いを解くのもアレだと感じ、いつでも映画を観始められるようテレビを弄り始めた。

 ほどなくして、ナツの楽しそうな完成という声が耳に届く。そこらに漂う香ばしい匂いを嗅ぐと、一気に食欲がわいてくるではないか。

 

「おお、すごく本格的なフライドポテトだね」

「えへへ、ハーブ風味に仕立ててみました! あとはお好みでこっちもどうぞ」

「これは、ソース?」

「うん、オーロラソースにヨーグルトソースにアボカドディップだよ。……っと、そういえばジュースも出しとかないとね~」

(女子力……!)

 

 皿に盛られて出てきたのは、お世辞抜きでお洒落なレストランとかで提供されてそうなフライドポテト。ハーブがそう思わせるのかな?

 そしてナツはその皿と他に小鉢を三つほど並べる。その中に入っていたのは、色とりどりのソース……ということしかわからない。

 詳しい解説をいただくと、それぞれの名前だけでどんなものかは察することができるんだけど……。なんだヨーグルトとアボカドって。ものすごく女子じゃない? 女子力高くない?

 いや、ナツは世界一可愛い女の子なんだけども。なんかやっぱり昔と比べて料理の幅が広がったっていうか、どこか乙女らしさを感じずにはいられない。

 ジュースを取りに冷蔵庫へとリターンバックするナツの背を眺めていると、やっぱり僕って幸せ者だなぁと思い知らされる。

 

「お待たせ。ハル、どれ飲む?」

「じゃあオレンジジュースで」

「ん、了解」

 

 おっと、幸せ感じてる暇があったら手伝いなさいよって話だよね。

 僕は立ち上がるとキッチン越しにコップを受け取り、続けざまにいくつか2L入りのペットボトルに入ったジュースを受け取る。

 それをテーブルの取りやすい位置に並べているとナツがもどってきて、僕のリクエストを聞いてコップにジュースを注いだ。よし、それじゃあこんな感じで準備オッケーかな。

 僕はソファを背もたれにするようにしてフローリングへ腰掛けると、できるだけ足を開いてスペースを確保した。

 ナツがキョトンとしながらそんな僕を見守るので、両手を差し出しおいでという意思表示を示す。するとナツは、華の咲いたような笑みを浮かべてから、僕の足と足の間へと座った。

 

「えへへ」

「ナツ?」

「これ、すごくいいかも。ハルに包まれて温かい」

「そっか、それはなにより。けど両手が塞がっちゃうから、食べさせてくれると嬉しいな」

「うん、もちろん! えへへっ。 じゃあハル、何から観よっか?」

 

 また性懲りもなく可愛いことを言うなこの子は。ザワついた心を落ち着かせる時間が必要になってしまったぞ。 とはいえ愛おしい想いまではかき消すことができず、僕は両手が塞がってしまうことも度外視してナツの腰へと腕を回す。

 待ってましたと言わんばかりの表情を見るに、ナツとしても僕が腕を使えないことより、僕がこうしていることのほうが大事みたい。

 ありがたさと嬉しさと申し訳なさを均等に感じてしまう。そんな僕の心境も気にせず、ナツはリモコンを操作し録画データをあさり始めた。

 どれから見ると言っても、我が家のテレビのハードディスクには似たジャンルが偏って録画されている。オーソドックスにアクション映画が大半だ。

 SFアクションにクライムアクション、カンフーアクションにガンアクション。主演が違えど、やっぱり大筋の内容はどこか似ちゃうよね。

 それ以外だと少年漫画のアニメ映画とか、年一でしかやらないお笑い番組とか、極々わずかにラブストーリーなんかも。

 こうしてみると思ったより膨大な選択肢がある。そんな多岐に渡る作品の中から話し合いで一つを選び、余暇を潰すための小さな鑑賞会が幕を上げた。

 

「ん」

「ん~」

 

 白熱のストーリーが展開される中、僕はコテンといった感じでナツの肩に顎を置いた。本当に何の気なし。どちらかというなら相棒の時のノリで。

 すると向こうもあまり思うところはないのか、三種の中から無作為に選んだであろうソースをつけ、僕の口元へとフライドポテトを運ぶ。

 僕はまだ熱いそれを舌を火傷しないよう慎重に口へ運び、愛する女性の手で作り上げられたことを意識しながら咀嚼した。

 外はカリカリ、中はホクホク。そしてハーブのいい香りが鼻から抜けていく。やっぱり、贔屓目なしにお店で出てきておかしくないクオリティだ。

 それを全くもって苦じゃなく、本人的には軽くほどの気持ちで作れてしまうナツは凄まじい。当の昔に胃袋はわしづかみにされているが、いい加減にナツの手料理でないと満足できなくなってしまいそうだ。

 

「わ、今の体術すっごい。もう役者さんも完全に本気だよね」

「うん、本当に」

 

 画面の中では主人公と悪役が一騎打ちの肉弾戦を繰り広げている。戦う女として思うところでもあったのか、ナツが感心したような声を上げた。

 家で観る映画はこうして会話ができるのがいいけど、今のはぶっちゃけナツが恋人である幸せを噛みしめていたために見ても聞いてもいなかった。

 これが続けば完全に生返事であることがバレてしまう。ナツのことも内心で愛でつつ、ほどほどに映画のほうにも集中しないと。

 だが連続して三本目に入るころには僕の集中力は切れはじめ、比重の割合が七対三くらいでナツへと傾き始めてしまう。

 だからか今になって思った。この体勢ってやっぱり最高だ。ナツのべらぼうにいい香りが、こんなにも近くから漂ってくる。

 好きな人をいじめたくなる心理は理解した。それでいて、ナツの言うとおり僕はかなり意地悪なんだと思う。

 どんな反応を示すのだろう。照れ由来のちょっとした困惑を見てみたい。そんな誘惑に負けてしまった僕は、ナツの首筋に鼻をあてがいわざと鼻息が鳴るように吸った。

 

「わひゃぁ!? ちょっ、ちょっとハル!」

「ごめん、いい匂いがするなぁと思って」

「い、いい匂いって、そんなの毎日嗅いでるでしょ。別に珍しくなんか」

「シャンプーとか洗剤の匂いの話なんかしてないよ。ナツの匂いのこと。そんなのこの距離じゃないと感じない」

「も、もぉ~……! ハルの意地悪ぅ~……!」

 

 あまりにいきなりで驚かせたのか、ナツは僕の腕から飛び出るのではというほどに大きく跳ねた。それに合わせて逃がしませんよと言う意思を込め、腕の力を数割上げる。

 そして自分が何をされているのか理解した途端、とてもくすぐったそうな声色が耳に届く。顔は密着してるからわからないけど、多分いつもみたいに耳まで真っ赤なんだろう。

 ナツの香りは先ほどのハーブのような爽やかな感じではなく、甘ったるくてフローラル。まさに女の子って感じの匂い。

 声を震わせ早くこの状況を脱しようと、言い訳のような言葉を重ねるほどに意地悪をしたくなってしまう。

 僕がああいえばこう言うみたいな言葉を返すと、これまたいつもみたいに端的な評価を下された。

 それを聞いて更に返しそうになった言葉は、すんでのところで必死に飲み込む。――――僕に意地悪されるの、あんまり嫌いじゃないくせに。

 重ねてきた十年があるからわかる。そこまで言えば、完全に拗ねさせてしまうと。そして、ナツは拗ねるとなかなか許してはくれない。

 一時の衝動に駆られたために、ナツとの触れ合いを制限されるのはあまりにも惜しい。というわけで、ほどほどにしつつ、僕はそれでもナツを愛で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………………………眠れない!)

 

 あれからナツの宣言どおりマラソンと表現すべき鑑賞会は続き、食事や休憩やを挟んで気付けば時刻は深夜を回り始めた。

 幸いにもその頃には台風もとおり過ぎたのか、雨音や風音も完全に聞こえず外の雰囲気はまさに嵐が過ぎ去った後。

 僕らは安心して風呂に入りそれを合図に解散。ナツがどうしてるかはわからないが、僕に至ってはすぐさま布団へと潜り込んだ。

 しかし、これが全く眠れないのだ。原因は恐らく映画。やっぱり観た大半はアクション映画だったせいで、爆発とか音響といった諸々の演出で目が冴えちゃったのだろう。

 目を無駄にギンッと見開き身体を起こし、置時計へと目をやる。示していたのは午前二時。何かをして夜を明かすには長すぎる。

 絵を描いてたらそのくらい余裕だけど、今日はもう画材を手に取る気力というものがない。僕がこんなってよっぽどじゃないかな。

 

(……ホットミルクでも作ってみるか)

 

 真偽のほどは定かじゃないが、眠れない時にはホットミルクみたいなことを聞いた。

 流石に鍋で牛乳を熱するくらい僕でもできるだろうし、どうせすることもないんだから少し挑戦してみることにしよう。……って、失敗フラグじゃないといいんだが。

 ナツに迷惑がかかるような失敗だけは絶対に避けるとして、僕はあまり働かない頭のままどこか重苦しい身体を動かしベッドから出た。

 完全に暗闇に慣れてしまった目は僕の部屋にある物品を捉えていて、思考がままならなくても自然に扉の方へと歩が進む。

 そうしてドアノブに手をかけゆっくりと開いてみれば、ちょうど隣部屋の扉も開くではないか。

 

「ナツ。もしかして、眠れない?」

「ってことは、ハルも? あはは、なんか目が冴えちゃって」

 

 ナツに声をかけるということもあって、疲れていても僕の喉からは穏やかな声が。内心で自分をグッジョブと褒めたたえる。

 状況から察するに同じ悩みに襲われているのだろうと質問してみたが、確認するまでもなく大当たりらしい。

 するとナツは失敗しちゃったとでも言いたげに、どこか照れ臭そうに後頭部を掻く仕草を見せる。まぁ、マラソンって言いだしたのはナツだしね。

 だからってナツを責める気はない。いくら相手が恋人だろうと、本気で逃げようと思えばそうすることもできたはず。

 それでも僕がそうしたかったのは、ナツとの時間を共有したかったという理由に他ならない。だから、こうしてシンクロしていることは喜ぶべきことだと思う。

 

「あのさ、少し話そうよ。二人でゆっくりしてたら眠くなるかも」

「今は少しの可能性でも賭けるしかないか……。じゃあ、ハルの部屋でいいよね」

「画材の匂いが気にならない? そこまで強烈なのは使ってないけど、やっぱり多少なりと感じはするだろうから」

「私はこの匂い好きだけどなー。なんか、ハルが頑張ってるんだーって感じがして」

 

 僕が雑談ないし談笑を提案すると、ナツは腕組みしながらうんうんと頷く。そして、すぐさま僕の部屋でと提案をしてきた。

 ……僕にはわかる。これはさっきのちょっとした意趣返しだ。頑固が災いして、根に持つときは持つからなぁ。自業自得だから文句は言わないけど。

 それこそ画材うんぬんはソレには当たらず、本当にナツを気遣ってのことだ。僕も色鉛筆画が得意ってだけで、水彩画とかいろいろなジャンルに挑戦はしてるし。

 けどナツはそんなことにまったく気にした様子はみせず、むしろ好きとまで断言した。本当に、相変わらず可愛いことを……。

 ナツの言葉にざわつく心を落ち着かせ、僕のベッドへ座るよう促す。そうして真横へと腰掛けたのだが、ナツはない隙間を更に埋めるかのように、もう一段階こちらへと寄り添った。

 

「えへへっ……」

(……可愛い)

 

 ナツはおまけに気持ち僕の方へと傾くことで体重を預け、とても幸せそうな笑みを浮かべた。僕は思わず釣られ笑いをしてしまう。

 僕らはそんな小さな笑い声を皮切りにして、とりとめもない談笑を始めた。どこかの誰かも似たようなことをしているだろう、そんな特別でもない言葉を紡いでゆく。

 そもそも愛を紡ぐばかりが恋人同士という関係でもないだろう。僕らはそれでなくとも家族として生きてきた時間が長いのだから。

 だからこそ話題は尽きない。ちょっとしたワードから互いが気になったものをピックアップし、それを軸にしてまた話が広がっていく。

 静寂に包まれてしまうよりはいいと思うけど、この会話の先にある目的は眠気を誘うというものだ。このまま朝まで語り明かしてしまうのは本末転倒な気も。

 これってすっごく贅沢な悩みなんだろうなぁ。人によってはナツと会話することにすら憧れるっていう手合いも居るんだろうし。ほら、代表候補生ってアイドルみたいなところはあるから。

 ナツ本人はそういった仕事を受けたことはないし、これからも受ける気はないとのこと。ならばますますもって贅沢な話であるわけだ。

 

「…………」

(……あれ、ナツの様子が?)

 

 気づけばナツがこちらへ熱視線を送っている。年相応の快活な様子は消え失せ、女の色香というものを感じさせる。

 なぜ今の流れで急にと考えたとき、すぐさまひとつ心当たりというものが浮かんだ。それは、僕が黙ってナツを見つめていたからだろう。

 僕は集中が過ぎると無口になるというか、器用じゃないからひとつのことだけしかこなせないんだよね。だから喋りながらナツを観察ができなかったため、そういう事態になってしまった。

 いや、しまったって表現するのも変か。それこそ今のナツに違うんだよって言うことが違うんだよ……って? なんだか混乱してきたぞ。

 

「ハル、あのね、ひとつ聞いてもいい?」

「うん、ナツがそれを望むのなら」

「ああっ、でもでも、面倒くさいとか思わないでほしいんだけど……。その、ハルは、さ、私のどこを好きになってくれたのかなーって。思ったら、ちゃんと聞いてないし……」

 

 熱視線からの流れなんだろうけど、ナツはこれまでに見たこともないくらいモジモジしながらそんな質問をぶつけてきた。

 気持ちはわからなくもない。というより、多くのカップルが聞きたくても聞きにくいことだろうと思う。それでいて、とても気になることだとも。

 そんなことを勇気をもって聞いてくれたナツには悪いのだけれど、僕のナツの好きな部分って説明が難しいんだよなぁ。

 そりゃ好きだよ。僕は織斑 一夏を構成する総てを愛おしく思っている。肉体から精神に至るまで。目に見えるものみえないものまでだ。

 しかし、その中から好きになったきっかけとなる部分は? と聞かれると本当に説明に困ってしまう。そうだなぁ、じゃあこういう手でいってみよう。

 

「ナツ、先に僕の好きなところを言ってみてよ。そしたら、僕がナツを好きなところも自然に出てくると思う」

「ええっ、予想だにしない返し。……また意地悪してるんじゃないよね?」

「もうすっかりオオカミ少年? そうじゃないよ、信じて」

 

 そう思えば僕もナツに教えてもらったことなかったし、交互に言い合えば丁度いいんじゃないだろうか。

 言葉で表すのが難しいのなら、ナツ本人に行動で示してもらおうという考えだ。僕の理由は、ナツが真剣であればあるほど発揮されやすいから。

 当初はまぁそういうことならと渋々でも従ってくれそうだったけど、その目にはだんだんと疑惑の色が。今までの意地悪がボディブローのように効いてきたようである。

 本気で濡れ衣だが、夜分ということもあって激しく抗議はしない。というか、そもそも僕が悪いんだから思うところもない。

 とりあえず騙されたと思ってはなしてみてと説得を重ねれば、ナツは伏し目がちになりながらもゆっくりと口を開き始めた。

 

「沢山あるけど、やっぱり人のために努力できるところ……かな」

「僕としては、ナツのいいところを見習ってのことなんだけどね」

「そんなことないよ。ハルを一番見てきた私が言うんだから間違いありません。……私なんか居なくたって、ハルはずっとそういう人だよ」

 

 ナツが手をモジモジさせながら挙げたのは、僕の優しさに――――いや、自分で言うのはアレなんだけど。とにかく、大事に、誇りにしていこうと決めた部分だった。

 でもやっぱり、僕からしてそれはナツありき。けど昔のように後ろ向きな考えで言ったつもりはない。ナツがそうだったからこそっていうちょっとした補足だ。

 それはナツにも伝わっているらしく、もっと自信を持てという旨の言葉は飛んでこない。むしろ目を細めてこちらを見やり、自分のことのように誇らしげな表情を見せた。

 

「でも正直、昔はちょっと頼りなくってさ。多分、ハルが言う私を真似てたって時期なんだと思うんだけど」

「そのままじゃあ、好きになってくれなかった?」

「そうは言わないけど、やっぱり変わったなぁと思って。今のハルの背中は、とっても大きくて広くて、男の背中って感じで……。なんていうか、すごくかっこよくて……」

 

 僕がナツを真似てた時期、か。多分、ただガムシャラにナツの背中をついて回っていた頃のことだと思う。

 それはもう、頼りなかったことだろう。だって、僕は人のためになんてこれっぽっちも考えていなかったんだから。

 僕はただ、ナツに見放されたくなくて。ナツに愛想憑かされたくなくて。ナツのように生きていれば、ナツも僕を置いては行かないかなって、そんな考えしかなかったから。

 けどいつからだろう。そんなことを考えもせず、僕なりにたくさんの人に接していこうと思うようになったのは。

 ……いや、それこそ思いすらしなかったのかも知れない。ナツがいつの間にか、僕の背に頼りがいというものを感じてくれたように。

 

「キラキラ、してるんだ」

「キラキラ? 僕が?」

「ハルが人のことで頑張ってる姿はね、本当に輝いて見えるの。そういう時にふと思うよ。その、好きだなぁって」

 

 キラキラ、かぁ。これはなんというか、嬉し恥ずかしってやつだな。ナツ視点からの僕を想像するとどうにもいたたまれない気分になってしまう。

 でも言ってる本人はもっとそうなのか、目は合わせてくれないし、その瞳は泳ぎまくってるし、声は震えてるし、顔は危機感を覚えるくらいには真っ赤だし。

 いや、本当によく言い切ってくれたものだ。言わせたのは僕なんだから、しっかり受け止めてあげないと嘘だ。そして、ここからは僕の番なのだから。

 

「僕がナツの好きなところ、そういうところだよ」

「い、今までであったぁ……? 私は全然そう思えないんだけど……」

「うん、実際ナツっていつもそうだから。ナツはいつだって、僕の欲しい言葉をくれるんだ」

 

 そう、ナツはまるでこちらの心を見透かすかのように、僕が頭の片隅で、ないし心の奥底で求めている言葉を提供してくれる。そして、僕の価値観をぶち壊してくれるんだ。

 さっきだって、僕が意識して誇りにしていこうと思った部分を、そこに大きく惹かれたのだと言ってくれた。それに伴い、変わった僕をかっこいいと、キラキラしていると言ってくれたんだ。

 本当にナツはいつだってそうだった。僕が落ち込んでいるときなんか特に。

 ナツの言葉が僕を立ち直らせてくれた。ナツの言葉が僕を奮い立たせてくれた。ナツの言葉が僕を僕でいさせてくれたんだ。

 ……だから多分、僕はあの時のナツの言葉が――――

 

「僕の右手は、顔も知らないどこかの誰かを感動させるためにある。ナツがそう言ってくれたのが、本当に嬉しくて……」

「ハル……」

「あの日から、僕は戦いにも前向きになれた。絵を描くのがもっともっと楽しくなった! ……だから僕は、あの日、あの瞬間に、ナツのことを好きになったんだと思う」

 

 勝負に徹することを恐れてしまった僕に、ナツがそう言ってくれた。そうして、僕の恐怖を取り除くどころか、前に進むための動力源となったのだ。

 僕は思わず右手を握りしめる。傷つけるためにあるのであなく、感動させるためにある手をだ。そうすれば、自然にあの日を思い起こす僕が居た。

 なんでこんなにもあの日のことが鮮明なのかって、今の僕が考えてみる限りやっぱり答えはひとつというか、きっと僕があの日ナツを好きになったからだと思う。

 

「……ふふっ、なにそれっ……! そんな前からなんだったら、絶対待たせすぎだから……!」

「うん、本当に。だから僕はナツを愛することを躊躇わないんだよ。待たせてごめんって口で言うのは簡単だから。だから、行動で示そうって思うんだ」

「……例えば…………?」

 

 僕の胸中をそのまま伝えてみると、ナツは目を潤ませながらはにかむ。言葉もところどころ詰まっているし、なんだか思うところがあったのだろう。

 とはいえ待たせすぎというのはごもっとも。前にも言ったが、僕は半ばナツの気持ちには気づいていたようなものだから。

 けど、だからこそ待たせてしまったというのが大前提になるんだよ。僕が照れなくナツへの愛を囁くのも、ナツを世界一幸せな女の子に……っていうのもそう。キスやら何やら遠慮しないのもそうかな。

 そうやって僕が胸中を明かすと、ナツはいきなり例を挙げてみるよう問いかけてくるではないか。

 これは……。……いや、説明するだけ野暮って話なんだろう。ただひとことで表現するのなら、据え膳食わぬは男の恥。というやつだ。

 僕はそっとナツの腰へと腕を回し、艶やかな唇を奪った。

 

「んぅ……」

 

 何度重ねようが慣れることはない。この柔らかさ、張り、弾力に心臓が跳ねる。それを独り占めしていることに心が躍る。

 ……しかし、今回に至ってそれだけでは満たされないような、どこか物足りなさのようなものを感じた。きっと、互いの惹かれた点なんかを言い合った直後だからだろう。

 もっと先へ、もっともっと先へ。満ち足りぬ己をナツへの愛で、ナツからの愛で溢れさせたい。そんな欲求に支配されてしまった僕は――――ナツの口内へ舌を潜り込ませた。

 

「っ……ハル……!?」

 

 だが残念、僕の舌先はナツの前歯をノックするだけで終わってしまう。そしてあまりに驚かせたのか、思わず飛び退くナツを抱えきれなかった。

 ナツは手の甲で口元を隠しながら、これでもかと言わんばかりに驚愕の表情を浮かべていた。だが僕も、負けじとナツへ視線を送り続ける。

 無論、強要はするつもりはない。ただ僕が強い意志を持って、いつも以上にナツを求めているということをわかってほしいだけだ。

 これでナツが拒絶の反応を示すのなら、僕の先走り過ぎだと素直に謝らせてもらうことにしよう。しかし、もしそうでないのなら。つまり、僕を受け入れてくれるというのなら――――

 

「…………」

(ナツ……)

 

 ナツはそっと、首の角度を上向きに傾けてから目を閉じた。すなわち、またしても説明するだけ野暮な状況になったということ。

 僕は再度ナツと唇を重ね、あまり驚かせることなきようゆっくり舌を前へ前へと進めて行った。

 いくらゆっくりだろうとも、いずれたどり着くべき場所へとたどり着く。そう、僕の舌先は、ぬらりと濡れた何かへと触れた。

 瞬間、全身を焼き尽くされるが如く体温の上昇を感知。こちらから仕掛けたのに情けない限りだ。

 だから躊躇いはこの一瞬。僕は気を取り直すかのように、自らの舌でナツの舌を絡めとっていく。

 ……なんだというんだ、この形容しがたい感覚は。触れ合っているのは舌同士だというのに、まるで脳の髄を刺激されているかのような甘美な感覚は。

 ああ、心地よい、気持ちいい、あまりの快楽にあらゆるものが溶けてなくなってしまいそうだ。いや、もはやそうしてしまいたいという想いのほうが強い。

 気づけば僕は、いや、僕らは、互いに貪るかのように激しく舌と舌とを絡ませ合う。タガが外れた、とはよくいったものだ。

 求め合っても求め合っても、足りない何かは満たされなくて。まだ先へまだ先へ、僕らは貪欲に果てを追い求める。

 むせかえりそうになろうとも。口元を唾液で汚そうとも。もはやどちらの唾液かわからなくなろうとも。先へ先へ先へ、ただ先へ。

 そう、僕らが求めているのは――――

 

「……ナツ。キミが欲しい。今すぐ、キミの全部が欲しい」

「ハル……! うん、あなたのモノになりたい。心はもう、とっくの昔にハルのものだから。だから、この身体も捧げて、身も心もハルのモノになりたい……」

 

 実を言うのなら、期待していたところもあるんだと思う。僕がナツに話さないかと提案したのは実のところ建前で、本当はこういった流れになるのを期待していたんじゃないかって。

 保護者の帰宅することがないのが当たり前のこの家で、眠れぬ夜に恋人と二人きり。今となっては神様が背を押しているかのようだ。

 しかし、そんなものもはや関係はない。期待してたとかそうじゃないとか、そんなこと考えている暇があるもんか。

 僕はただ、愛する者の総てがほしい。心から愛してやまないナツの総てを奪い、真の意味で僕だけのナツにしてしまいたいということしか頭にないのだから。

 勢いに任せた身勝手な欲望であることには違いない。しかし、それでも、ナツは僕のことを受け入れてくれる。そう、これも――――やはり僕の欲しい言葉をくれているんだ。

 ――――――――――――――――ぶつり。

 僕は確かに、自分の頭の中で理性というものがはち切れた音を聞いた。ならばあとは身を任せてしまおう。こんな僕でも確かにあるらしい、野性的な本能というものへ。

 僕らは先ほどに輪をかけて勢いよく、互いを求めるかのように唇を重ね合った。

 

 

 

 

 




夏休み中。普段から保護者は帰宅せず。深夜まで眠れない。
そして二人は恋人同士。まぁ、こうなるな。
ということでして、無事(?)卒業です。何がとは言いませんけど。














そのうちR18版を投稿するので、続きはそちらの方で。
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