ハルトナツ   作:マスクドライダー

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夏休み編の最終話になります。
かつ、学園祭編のプロローグも込みといったところでしょうか。
おおむねの内容は、ある意味での晴人の成長を顕著に描写するための回。ですかね。


第62話 かけがえのないもの

「ん……?」

 

 時刻は午前十時頃。リビングにて絵を描いていると、ポケットの中に入れてある携帯が着信を報せるべく震えた。

 画面に映し出されている通話相手を確認するれば、そこには美術部顧問の先生の名が。

 そりゃ相手は顧問の先生だし、携帯の番号は交換した。けどこれまでかかってくることなんてなかったし、いったいなんの用事なんだろう。

 得てして心当たりがなくとも、学生と言うのは教師からの電話というだけで警戒してしまう。

 僕はなんとなく深呼吸をしてから、通話開始の表示をタップした。

 

「はい、もしもし」

『日向くん、おめでとう!』

「え? すみませんけど、主語がないのでなんとも」

 

 電話に出るなり聞こえてきたのは祝福の声。しかも先生にしては珍しく、少し興奮した様子だった。

 それがなおさら僕を混乱させるというか、ポカンとさせるというか。向こうも冷静でなかった自覚が出たのか、携帯越しにゴホンと咳払いするような声が聞こえる。

 どうやら落ち着きを取り戻したのか、いつもの調子で電話そのものをしても大丈夫かと確認を取られた。

 問題ないと答えれば、先生は僕にこう告げる。

 

『夏休み中に審査のあるアレ、応募作品があったでしょう』

「ああ、はい。その節はどうもお待たせしまして――――」

『そんな過ぎたことはどうでもいいの。日向くん、おめでとう。さっき連絡があって、あなたの作品が最優秀賞を獲ったっていう報せがきたわ』

「……え? ええええええっ!? ほ、本当ですか!?」

 

 別に電話でわざわざ皮肉を言うつもりじゃないのはわかっていたが、そこまで重大発表であることを誰が予想できただろうか。

 最優秀賞。その四文字に一瞬だが脳がフリーズしかけてしまう。

 これまで生きてきて、あまりにも一番という言葉とは無縁な人生であった。

 そこまで順位にこだわるつもりはないが、やっぱり得意だしかなり自信のある絵で獲れないでいたのは、どこかモヤモヤする部分があったり。

 それがどうだ。苦節? 約十年となって、ようやく日の目を見たことになる。……んだけど、はて? 何か忘れてしまっているような。

 

『それで、始業式に夏休み中あった受賞のちょっとしたお披露目があるんだけど』

「あ、もしかして打ち合わせがあったりします?」

『ええ、それもあるからスケジュールの確認はしたいの。けど日向くん、あなた大丈夫なの?』

「へ? 大丈夫って……」

『多分、作品をどういう意図で描いたか。みたいなちょっとしたインタビューとかされることになるわよ。むしろ織斑さんと揃って生き地獄みたいな気がしてならないというか……』

 

 喜々としてスケジュールを開けられるよう予定を思い出していると、なんだか先生は歯切れの悪いというか、言葉を濁して何かを心配し始めた。

 そして僕はこの段階になってようやくすべてを悟る。応募作品のテーマは大切な宝物。そして僕がそれに選んだモチーフはナツ。そしてその作品が、最優秀賞を獲ってしまったということだ。

 インタビューと生き地獄というフレーズを耳にして、一瞬にして頭が真っ白になってしまう。だって、だって……どういうことになるか予想がつくんだものおおおおおおっ!

 

『日向くん、気をしっかりもって!』

「……はっ!? す、すみません、いろいろと待ち受けるものに気が遠くなってしまいまして」

『心中察するわ。……辞退できるよう掛け合ってみましょうか?』

 

 僕がどのくらい沈黙してしまっていたのかわからないが、次に耳に入ったのは先生の本気で心配している声色の呼びかけであった。

 なんとか現実に思考を持って帰ることができた僕は、素直に考えていたことを述べた。……最優秀賞ってことも本気で喜んでいるんだけど。

 すると先生は、起きるべく事態を避けにかかってはどうかと、受賞者紹介そのものを辞退してはと提案してくれる。

 ……この場で返事をすることは、ナツとまったく相談をしないということ。つまりナツの考えを聞かないということになるが、僕は――――

 

「いえ、出ます」

『まぁ、あなたがそう言うなら止めはしないけど。……本当に大丈夫?』

「はい、僕にもそれなりに意地ってやつがありますから」

『わかったわ。じゃあ、打ち合わせの日時だけど――――』

 

 逃げる逃げないの話でないことはわかっている。その点においては、むしろ逃げてもいいんだって方向で落ち着いたからこそ、僕はこうして僕を取り戻しているのだから。

 しかし、僕が描いた作品はナツだ。そんな作品を僕の口から解説するのは、確かに恥ずかしいことなのかもしれない。

 が、恥ずべきことじゃないんだ。ナツを描いているという時点で、照れを理由に辞退していいはずがない。

 だってそれは、僕がナツを愛していることの証明なのだから。そのくらい、全校生徒の前で宣言できずになんとする!

 僕の意思が固いと察してか、先生は打ち合わせが行われる日時の確認をし、それから僕へと再度祝福の言葉を送ってから通話は途絶えた。

 

「ハル、誰から電話? 叫んでたみたいだけど何かあったの?」

 

 受賞の驚きに際して騒いだ声を聞きつけてか、ナツがひょっこりと顔を見せた。二階に居ても聞こえたならよほどうるさかったのだろうか。

 それはそれとして、これからもっとうるさくしてしまうのだから同じことなのかも知れない。

 なんで騒ぐ前提なのかって、そんなの決まっている。僕の意地にかまけて、ナツになんの相談もしなかったことを謝らねばならないからだ。

 僕はジャンプしながら立ち上がり、なるべく前方へと距離が延びるように跳ぶ。そして着地と同時にそのまま土下座の体勢をとった。

 

「本っ当に申し訳ありませんでしたああああ!」

「え? ええ!? ちょっ、ちょっとハル、そんないきなり土下座されたって何がなんだかわからないよ。怒らないからまず事情を話して、ね?」

 

 順番が前後して余計にナツを混乱させてしまうかも知れないが、やはり自分が悪い時は初手謝罪が安定なんだ。勘違いしてほしくないのは、保身のためとかそういうつもりはまったくない。

 いきなりの土下座に驚いた様子のナツだったが、次の瞬間には宥めるような声色で僕に事情を話すよう説得を始めるではないか。

 もちろん洗いざらい話すけど、やっぱり怒らないんだろうなぁ……。別に怒られたいわけじゃないけど、手放しに許されてもこっちが納得いかないのはある。

 そのあたりは何か埋め合わせを考えるとして、懺悔の時間にするとしよう。

 リビングのテーブルをどけ、反省の意味も込めてカーペットにそのまま正座。ナツにはクッションの上に腰掛けてもらい、向かい合わせとなってようやくあらましの説明を始めた。

 

「例の絵が最優秀賞!?」

「はい……。それでですね、始業式に全校生徒の前でいろいろ聞かれることになるかと……」

「あ~……さっきの謝罪はそういう意味ね。なるほどなるほど」

 

 まず応募作品であったことすら話さなかったのが完全に失策でありまして。それはもちろん受賞させるつもりで描いたけどさ、本当に受賞するとは思ってないからこういうことになってるんだよなぁ。

 続けて最優秀賞を獲った先にあるできごとについて説明すると、ナツはここにきてようやく謝罪の意味を理解したらしい。

 さぁ、これを聞いてナツはどう出る。場合によってはやっぱり辞退っていうことにもなってしまうかも知れないが、それならそれで仕方ないと割り切るしか――――

 

「確かに初めから言ってくれればって思うけど、別に謝ることでもないと思うな」

「でもさ、多分すごいことになるよ? 何がとは言わないけど」

「まぁ言いたい人たちには言わせておこうよ。それとも何? ハルは私の絵のこと、詳しく話すのは嫌なの?」

「っ……それはない! それだけは絶対にありえないよ! あの絵は外野から見たらただの模写かも知れないけど、僕が初めてちゃんと描いたナツなんだ。正直少し恥ずかしい気はするけど、嫌とかそういうのが混じった恥じらいじゃない!」

 

 さっきも言ったが、僕は怒られたいわけではない。しかし、あまりにもナツがアッサリとしているので拍子抜けしてしまう。

 そのせいで本当に大丈夫なのかと再確認をすれば、ナツは僕に顔を寄せ悪戯っぽい表情でそう告げた。

 これはいわゆる釣りというやつで、僕の本音を引き出すためのものだったんだろう。

 僕は見事にひっかけられてしまった。そういう問いかけられ方をされたのなら、本気で弁明するしかないじゃないか。

 矛盾したことを言ってしまうが、ナツの絵へと込めた想いを解説するのに、何を恥じる必要があるというのだろう。

 愛する人を描いた絵が評価され、あまつさえ最優秀賞ときた。むしろ誇らしいまであるし、僕にとって永遠の宝となるはず。

 僕はそんな思いの丈を怒鳴るように口にしてしまい、ようやく自分の失態に気が付いた。これではまるでナツを責めているみたいじゃないか。

 冷静どころか混乱に陥りそうな頭を必死に働かせ、とにかく謝らなければとナツに向き直る。

 するとどうだろうか、そんなことをしている暇すらないじゃないか。

 

「ハル」

「……っ!?」

 

 ナツは寄せた顔を更に近づけ、そのまま僕と口づけを交わした。いつもは、というかほぼ100%僕主導なもので、幾分か脳の処理が追い付かない。

 ナツはそのまま僕の首へと両腕を回し、目いっぱいの体重をかけてくる。突然のことに支え切ることができず押し倒されてしまう。

 それでもなお、僕らは唇を重ね合わせたままだった。……いや、むしろ床に押さえつけられているせいで、少なくとも僕はされるがままになるしかないんだけど。

 今になってようやくナツの気持ちがわかったというか、確かにいきなりキスされるのは驚かずにいられない。

 だがナツのキスはそこまで長いものでなく、僕が倒れ込んでからすぐナツ唇の感覚は離れていく。しかし、眼前にはまだナツの美貌が。

 

「ハル、ありがとう。いつだって、私のことを大切に想ってくれて」

「……僕の人生に、ナツ以上に大切なものなんてないよ」

「ふふ、じゃあそんな私を描いた絵は?」

「やっぱり恥ずかしがるようなものじゃない、かな」

 

 ナツは僕にまたがった状態のまま、急に礼を言ってくる。多分だけど、僕がナツに関して熱弁したことについてだろう。

 言わせた癖にと思いつつ、やっぱり本心は本心なのでどうしようもないよな。そう、本当にナツ以上に大切なものなんてないのだから。

 僕の言葉に照れくさそうな笑みを浮かべたナツは、もう一度だけ確かにそこにある事実を確認すべく問いかけてくる。

 僕は初めから、ナツも問題なく堂々としていられるという答えを握っていたんだ。きっとどこかブレーキをかけたがっていたのは、僕の踏ん切りがつかなかっただけの話なんだ。

 ならばもう迷うこともあるまい。いつもと同じだ。ナツが僕の背を押してくれたというのなら、立ち止まる理由なんて何もない。

 

「礼を言うのは僕の方みたいだ。ナツ、ありがとう」

「全然、こんなの気にしなくていいよ。それよりハル、本当におめでとう! 今日はお祝いしなくっちゃね」

「あっ、断っておくけど母さんには報せないでおいて! これ聞いたらどう出てくるかわからないからさ……」

 

 僕が礼を言うと同時にナツは僕の上から退き、それを合図にするかのようにして僕も上半身を起こした。

 するとナツは大事なことを忘れていたと、僕に祝辞を述べる。実感はわかないけど、ナツが自分のことのように喜んでくれているのがなにより。

 そしてナツ、お祝いと気合を入れてくれるのは嬉しいんだけど、母さんに伝えるようなことだけはせぬようお願いします。

 なぜかって? 自分で言うのはなんなんだけど、僕のことを溺愛してるあの人が、最優秀賞を獲得したとか聞いたらもう暴走する姿しか浮かばない。

 なんなら僕は生徒教師含めたIS学園一同よりも、暴走した母さん一人のほうが圧倒的に怖いぞ。……考えれば考えるほど、いい加減子離れしてくれないだろうか。

 とにかく、後は打ち合わせをしっかりこなして、インタビューされる内容の回答をちゃんと用意しておかないとな……。

 今日のところは、ナツがお祝いとして作ってくれるであろう、まさに御馳走と言うような晩御飯に舌鼓を打つことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに来るべき始業式当日。IS学園全校生徒及び教師陣が整列する中、僕らのように何かしら表彰のある者はステージ脇にて待機中。

 スポーツ関連についてはチームで活動する部活は代表者で、個人戦があるような種目はそれこそ個人で。

 僕のように文化部なのは吹奏楽部の部長さんだけみたいで、お互いなんだか肩身の狭いですねと無意識に会釈をしあってしまったぞ。

 もっと言うならこの場に男子は僕だけなわけでして、慣れたつもりだったのになおさら肩身の狭い思いだ。上級生とはあまり関りがなかったからだろうか。

 

「ねぇねぇ、日向。あんたそれ自前の額なの?」

「ん? ああ、これか。それが最優秀賞ってことで、トロフィー的な感覚でこれに作品を入れてもらえるんだってさ」

 

 久しぶりに感じる肩身の狭さに参っていると、隣に立っていた女子が声をかけてきた。

 リボンの色からして一年生。もっと言うなら二組の子である可能性大。鈴ちゃんのところに遊びに行ったとき、何度か顔を合わせたし世間話程度の会話もしたことがある。

 にもかかわらず、失礼ながら名前が思い出せない。というか聞いたこともない気がする。でも居るよね? 居るでしょ? 顔ははっきりしてるけど名前があやふやな子って。

 そんな二組の子は、さっきから僕が小脇に抱えている額のことが気になったらしい。見た目がものすごく豪華だから興味を惹いたんだろう。

 確かにこういう類のはいくらか所持しているが、二組の子の予想は外れ。正解は、絵画コンクール最優秀賞の副賞ともいうべき代物だ。

 確かに僕もこれを渡された時には驚いたものだ。……でもこれ、学校がある間はどこに保管しておけばいいんだろ?

 

「へぇ、日向ってマジで絵が上手――――えっ、やばっ!? これ絵!? 写真にしか見えないんだけど!」

「爺ちゃん直伝なんだ。それに、そういうリアクションが欲しくて頑張ってるところもあるしね」

「いや、見直したわ。にしても彼女さんのこと好き過ぎんでしょ~! ウリウリ」

「否定はしないでおくことにするよ」

 

 さりげなく僕から絵を奪った二組の子は、絵を目にするなり大きなリアクションを見せてくれる。本当にそういうわかりやすい反応は画家冥利に尽きるというものだ。

 感心しながら絵を返してくれたかと思えば、冗談交じりに肘で突いてくる。昔の僕なら大慌てだったであろうからかい方だ。

 まぁそういうの含め、彼女とのやりとりはいい予行練習となった。だってこれから何百倍の人数に、同じようなからかいをされるのであろうから。

 

『それでは、これより夏休み中に行われた大会等での表彰の紹介を――――』

 

 僕が密かに緊張を解されていると、スピーカーからそんな声が聞こえてくる。

 いよいよ始まるということもあってか、ステージ脇で待機している面々は必要以上に厳かな雰囲気を醸し出し始めた。

 それはさっき声をかけてくれた、気さくで快活っぽい二組の彼女も例外ではないらしい。それならばと、僕はネクタイをいつもよりきつめに締める。

 ちなみに紹介順だが、僕はトリを務めることになった。なぜかって、公正なるジャンケンの結果だから仕方がない。要するに運ゲーだから僕も諦めがついたとも。

 

「はいはーい、ここからは二年新聞部の黛 薫子がインタビュアーを務めさせていただきまーす!」

 

 そして僕らの待機している反対側から黛先輩が飛び出てくる。本当、うってつけの人選としか思えないよね。誰が選んだかは知らないけどさ。

 もちろん事前の打ち合わせの際にも黛先輩は同席しており、直接話し合うことで質問の内容は決定している。つまりアドリブでもない限り、特別焦るようなことも起きないというわけだ。

 だけど面白いことを好む彼女の性格からして、本当にアドリブがありそうで怖い。とりあえず情けない受け答えだけはしないように気を付けなくては。

 どこか探るような目つきで黛先輩を観察していると、早速その呼び声に応えて先頭に立っていた女子がステージ中央へと移動していく。

 覚悟はしていたつもりだが、いざ始まってしまうとなんだかソワソワしてしまうな。全校生徒の拍手なんて聞いてしまうと特に。

 その点で言うなら最後というのは助かることなのかも知れない。黛先輩の軽快なトークというか、聞いていてクスリとしてしまうようなインタビューも僕を和ませるのに一役買ってくれている。

 うん、これは自分で思っていたよりも上手くできそうだ。次はいよいよ僕の出番。黛先輩のコールと共に堂々と登場だ!

 

「それではラスト、この方に登場していただきましょう! 振りぬく拳は黄金の右? いやいや彼のは虹色の右ィ! 日向ぃ~……はぁるとおおおお!」

「いや黛先輩!? ボクサーのリングインじゃないんですから普通にお願いします!」

 

 懸念していたアドリブがまさかの登場の段階で!

 この場には芸術家としているはずなのに、その真反対かのような格闘技の競技者感あふれる紹介に対し、僕は反射的にツッコミを入れてしまう。

 すると、ドッ! と講堂が笑いに包まれる。ナツのおかげで鍛えられた無駄なツッコミスキルが、こんな形で功を奏するとは。

 なんだかんだ一安心しながらふと黛先輩を見やると、悪戯っぽいウィンクが飛んでくる。な、なるほど、どうやら僕の緊張を解す目的もあったみたい。

 それならもう言いっこなしだ。事実、僕もなんだか温まってきた。黛先輩には感謝しないとならないな。

 

「見事なツッコミありがとうございます! さて、冗談はこのくらいにして、ズバリ! 日向くんが受賞したのはどのようなものなんでしょうか!」

「あ、はい。夏休み絵画コンクールですね。シンプルな名前ですけど、小さな子から僕ら高校生が審査対象の幅広いコンクールなんですよ」

「ほうほう、それはそれは。では日向くん、獲得した賞はいかほどで!」

「高校生部門で最優秀賞をとらせていただきました! ありがとうございます!」

 

 黛先輩のスイッチの切り替えは素早いもので、気付いた時には記者モードへと切り替わっていた。

 おかげで対応に一瞬だけ遅れてしまうも、黛先輩に質問されたとおり、参加したコンクールと受賞内容を答えることができた。

 僕がマイクに向かって感謝を述べると、講堂ないはちょっとどよめきながら拍手で包まれる。多分だけど、最優秀という部分が関係しているんだろう。

 

「今日はですね、件の最優秀を獲得した絵を持ってきていただきました。ほらみなさん、観てくださいよこれ。完全に惚気だぞぉ!」

「あなたの大切な宝物っていうテーマだったもので」

「予想に反して惚気に惚気を重ねてきたぁ! 皆の衆、盛大にからかってやりなさい!」

 

 この流れも打ち合わせの最中に決まったことで、額は合図があるまで決して表――――つまり絵が見える側を見せないでというお達しがあった。

 黛先輩のゴーサインを感じ取った僕は、額をクルリと反転させてから両手でなるべく高く掲げてみせる。すると講堂二階に構えていた新聞部であろう女子が、カメラで絵を捉えた。

 どうやら空間投影型ディスプレイと連動しているらしく、これにより拡大されて僕の絵が映し出されたというわけだ。

 みんなが困惑する隙も与えず煽り始めるあたり、黛先輩も面白半分、配慮半分といったところなのかも知れない。

 事実、一瞬だけどう受け止めたらいいかわかならいようなザワめきが立ちかけたが、ノリのよさめな女子たちがヒューヒューと声を上げ、それに触発されるかのように黄色い声が増大していった。

 

「は~い、はいはい、そろそろ静粛に。それにしても日向くん、よほど織斑さんのことを大切に想っているようですが。ぶっちゃけ、彼女に対する想いなんか聞かせてくれると嬉しいなぁと思うですけれど」

「そうですね……。すみません、ちょっとマイクいいですか」

「おっ……。そういうことなら、遠慮なくどうぞ」

 

 収拾がつかなくなる前に黛先輩がその場を収めた。こういったことには慣れているのか、見事な手際だと感心させられる。

 そして何事もなかったかのようにインタビューを続行。が、これは台本になかった質問に該当する。つまりアドリブだ。

 といっても、登場の時のようにおふざけの要素はない真面目な質問だった。ならば僕も真面目に答えることにしよう。

 少し時間を獲り過ぎてしまうかも知れないが、黛先輩からマイクを受け取り一歩前に出る。僕の纏う雰囲気のせいか、会場は先ほどの熱も忘れ静寂へ包まれた。

 

「僕にとって、ナツは宝です。それは恋人だからっていうのもありますけど、根本はそうじゃない。そう、例えば年齢や性別が今と違ったって、僕のこの想いは揺るがない」

 

 何度だって言ってやるぞ。ナツは僕のかけがえのない宝だ。

 それは恋人以前の問題で、ナツは僕の家族だった。ナツは僕のきょうだいだった。ナツは僕の相棒だった。ナツは僕の半身だったから。

 それらのものに性別がどうの年齢がどうのは重要じゃない。もっと言うならそういう概念をとうに超えた、見えないけど決して切れない強い繋がりで僕らは結ばれている。

 

「僕にとって絵は、唯一自分の世界を描けるものでした。けど、いろいろあってどんどん自分の世界を狭めてしまって……。そのへんは割愛しますけど! また僕の世界を広げなおしてくれたのも、やっぱりナツで」

 

 絵というものは内気だった僕にとって、自分の世界に浸っていられるもので、相性が良かったというかうってつけだったのかも知れない。

 だがいつしか自分の世界すらも表現する方法を忘れ、爺ちゃんから課せられた最期の願いもずっと手詰まりになって……。

 そんな時だって、やっぱりナツが隣に居てくれたからこそ、僕はまた画家として歩みだすことができたんだ。

 

「だから、僕に絵を描く楽しさを思い出させてくれた。そんな宝を描いてとったこの賞は、僕の人生でも最高のものになると思います。ナツ、本当にありがとう!」

 

 もしかするとこの先、また最優秀なんかを獲ってしまう瞬間が来るかも知れない。だが、今回ほど喜ばしいものになることはほぼないだろう。

 なぜなら、やはりナツを描いた作品が評価されたから。前述したとおり、僕にとってナツは決してただの恋人なんかではなく、画家としての僕の導なのだから。

 モデルになってくれたこと含め、あらゆる意味で感謝が止まらない。僕は思わず知らず、晴れ舞台を見守ってくれているであろうナツに向かって頭を下げた。

 するとそんな僕に待っていたのは茶化すような声ではなく、本気で僕の――――いや、僕たちのことを祝福してくれているであろう温かい拍手だった。

 思わず目頭が熱くなってしまうが、僕は拍手をくれるみんなにも深々と一礼。頭を上げたあたりで、黛先輩が締めに入った。

 

「日向くん、素晴らしいコメントをありがとうございます! これからもどうか、末永くお幸せに!」

「はい!」

 

 黛先輩が手馴れているおかげなのか、本当にまったく緊張することなく終えることができた。

 僕は最後にもう一度礼をしてからステージ端の待機場まで戻ると、ひと段落だと胸を撫でおろす。……まぁ、たぶんここからが大変なんだろうけど。

 始業式初日から授業が始まるわけで、これから教室に戻るわけで……。そしたらまた、一組のみんなには言われたい放題になってしまうんだろう。

 恥ずかしいわけでも苦でもなくなったわけだけど、やっぱりなんかアレだよなぁ。……まぁいいか、もはや開き直ったも同然なんだし、見せつけてやることにしよう。

 

(……キス、したいなぁ)

 

 そうやってナツのことばかりを考えていると、急にそんな衝動が僕を襲う。

 ……そうか、学園で生活する以上、夏休みほど自由に愛を確かめ合うことができなくなってしまっているんだった。

 ダメってなると余計にしたくなってくる気もするというか、誰にバレるともわからない状況というのも、それはそれで……なんて思ってしまう。

 ……ますます我慢できなくなってしまったかも知れない。昼休みあたり、ナツにどうにか交渉してみることにしようかな。

 なんて不純なことを考えながら、僕はようやく教室を目指すべく歩を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 




昔の晴人がこんな堂々と惚気られるわけがないんだよなぁ。
というかですよ、なんなら私よりも鋼のメンタルですよ。
男子が自分一人の学校で、恋人がいかに大切かを説いているわけですし。
なんか文字起しするとサイコ方面に片足突っ込んでそうな気がしなくも。

そういうわけでして、次回から本格的に最終章へ突入していきます。
少なくとも、夏までには完結ってところでしょうかね。
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