ハルトナツ   作:マスクドライダー

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ぶっちゃけ65話の前振り回のような何か。
なんか勢いに任せたら私の悪い癖がでたわけですけれども。
そのあたりは次回お話しすることにしましょう。





以下、評価してくださった方をご紹介。

jjj様

評価していただきありがとうございました。


第64話 姉を持つ者同士

「すみません、遅れまし――――たぁい!?」

「馬鹿者めが。いったい何をして遊んでいた。時間は十分あったろうに」

 

 別に容赦を期待していたわけじゃないが、教室に飛び込むなり僕の頭へ出席簿が叩きつけられた。

 痛いというレベルで済ませられない威力に身悶えしたいところだが、僕にそんな資格がないのが現状だ。

 ゆえにすぐさま姿勢を正してフユ姉さんを見据える。とりあえず反省していることを態度で示さなくては。

 古くからの付き合いで、僕が心から悪く思っていることは伝わっているだろう。が、フユ姉さんも教師としての立場からしてそれでよしとはできない。

 いわゆる示しがつかないというやつになってしまうだろうから、僕としても義姉に恥をかかせるわけにもいかないんだ。

 

「断っておくが、正当な理由があるなら述べろよ」

「いえ、特にそれといったものはありません。ですので、ご指導よろしくお願いします!」

 

 情状酌量の余地があるなら話くらいは聞いてやろう、ということなのだろうか。まぁフユ姉さんの場合、許されるかどうかは別なんだろうけど。

 僕の場合は……どうなんだろ。言ってしまえば例のあの人のせいでもあるんだが、次の授業のことが頭から抜けてた時点で僕の過失だよな。

 なのですぐさま己の非を認め、むしろ自分から頭を差し出した。

 フユ姉さんを相手に変に言い訳するほうが何倍も恐ろしい。何より嘘を吐いたり、筋の通らないことを嫌う人だから。

 

「ハッ、悪くない心構えだ。いいぞ、その素直さに免じて許してやろう」

「それは……あ、ありがとうございます」

「ただし、次はないと思え。そら、とっとと座れ」

「はい!」

 

 ……確かにフユ姉さんの忌避するものを回避して行動したつもりだが、まさか本当に容赦が入ってくれるとは思いもしなかった。

 ただ、次に理由なき遅刻があるなら覚悟をしておけと釘を刺されてしまう。この感じ、多分だけど出席簿アタックより恐ろしいことになるぞ。

 そもそもとして気を付けていさえすれば遅刻なんてしないわけで、僕の性格からして二度目は起きえない……と思いたい。

 もし次授業の合間に人が接触してきても、絶対に頭から時間のことを外さない。ということを教訓としておこう。

 さて、それならフユ姉さんの厚意に感謝して、さっさと席へ着かなければ。ノートを写すのも遅れてるんだし、いつも以上に集中集中。

 そして僕が遅刻した以外は滞りなく授業は進み、あっという間に授業終わりの鐘が教室へと響いた。

 僕はフユ姉さんが教室から出ていくのと同時に、身体を脱力させるよりも前に、隣の席であるナツへと謝罪してみせる。

 

「ナツ、ごめん。せっかく電話してくれたのに、見てのとおりの有様で」

「ううん、私がもっと早く電話しておけばよかった話でもあるから」

「そんな、ナツのせいなはずないじゃないか」

「いやいや、私が――――」

 

 ナツがわざわざ心配してくれたというのにこと体たらく。なんとも情けない限りだ。

 そもそも責められるようなことでもないと思いつつ、ナツのフォローを無駄にしてしまったという想いが強くての謝罪というわけ。

 でもやっぱり、こういう時にナツは叱ってくれない。この子が怒るのは、僕がズボラだったり無茶する時くらいのことだから。

 それだけならまだしも、むしろ自分にも責任があるような物言いだ。そればっかりは流石に見逃すことはできない。

 そんなことは言わないでと返すと、向こうもそんなことないと返してくる。そして、しばらくはこの無限ループが続いた。

 僕らようやくして不毛であることを察し、互いになんとも言えない笑顔を浮かべてから会釈。これでようやく水に流して、話が進むというわけだ。

 

「でも本当になんにもなかったの? 無理してるとかなら少し心配だな」

「そこは大丈夫、全然元気だよ。というかそのことなんだけど、ちょっと聞きたいこと、というか相談したいことがあって」

「ゆっくり時間のある時、ってことだね。わかった、じゃあ昼休みにでも」

 

 やはりナツとしても違和感が残るのか、遅刻の原因を問いただされた。うん、何かあったかと聞かれれば大いにあったとも。

 人の目を気にする内容ではないが、彼女が簪さんの関係者――――である可能性が高い以上、もっとゆっくり相談に乗ってもらうのがいいだろう。

 そもそもナツは、代表候補生の縁で僕よりもずっと前に簪さんと知り合っている。だとすれば、彼女についての心当たりもあるのかも知れない。

 とりあえず、それまでは彼女のことは一切忘れることにしよう。なんだか不必要にモヤモヤして仕方がないぞ。

 それからしばらく時間は流れ、ナツと約束した昼休みがやって来た。

 昼食を済ませた僕らは、この時間帯に人通りの少ない男子更衣室近くへ向かうことに。ここらは基本、僕くらいしか用事ないしね。

 

「で、相談したいことって?」

「うん、実はさ」

 

 ナツにそう振られた僕は、授業合間に起きた出来事を洗いざらい話した。かいつまめば、簪さんの親類らしき女性に接触され、訓練の話を持ち掛けられた。といったところだろうか。

 そこで僕が知りたいのは、彼女が簪さんにとってなんなのか。……まぁ、これは後で本人にも聞くつもりなんだけど。

 もうひとつは、どうしてこのタイミングでの接触なのか。僕を強くしたいならもっと前からでもよかったろうし。

 これについてナツに相談するのは、代表候補生の立場から見て警戒すべきか否かだ。友達の親類ってことで申し訳なさもあるけど――――

 

「……は? ごめんハル。それって遅刻したの、完全にその人のせいってことだよね」

「ん? いや、そこは過ぎたことだし別にいいって。それに、相手しちゃった僕も悪いんだし」

「…………」

「え、なにさその呆れたような視線は」

 

 ということなんだけど、どうするべきだと思う?

 そう締めくくって回答を待っていると、ナツはその表情をとてつもなく冷ややかなものにして、は? と短いひとことを発した。

 正直に言おう。完全に無と化した表情をしつつ、そう呟くナツは――――とてつもなく恐ろしく感じてしまう。

 深く考え込んでいる様子だったけど、帰結したのは彼女こそが遅刻の原因であるということ。むしろそれ以外はどうでもよさそうに見える。

 僕としては特に思うところもなく、まぁそんなことよりもと話題を元に戻そうと試みた。……んだけど、いわゆるジト目というやつを向けられてしまう。

 

「……私はね、ハルが人のせいにしたがらないのは知ってるよ。そういうところも、もちろん大好き」

「うん、ありがとう」

「けど、今回はハルに実害があった。だからハルには悪いけど、私にはその人がハルを傷つけたとしか思えない。しかも、その様子だと謝られてすらないんだよね」

(……あぁそうか、このパターンを忘れていたな)

 

 ナツが怒る際のパターンをふたつほど挙げたが、肝心のこのパターンを忘れてしまっていたな。

 それは僕のため、ないし僕の代わりに怒るというケース。これまで最も多くあったパターンのはずなのに、どうして失念してしまっていたのだろう。

 かつては僕が怒るのを我慢していた場合とかだったんだけど、今回はなんとも思っていないことも気に障っているみたい。

 ……僕が怒らせてるのと同じなんだよな、これ。二度とナツに僕の代わりをさせてなるものかと思っていたんだが、ままならないものだなぁ。

 もしかして僕って、人間として大事な部分が欠落していたりするのだろうか。

 

「ナツ、僕のために怒ってくれてありがとう。けど僕は――――」

「お願いだから言わないで。それも知ってる。ハルが私に怒らないでほしいって思ってることくらい。だから――――」

「わっ、とっ、とっ、とっ……! ナ、ナツ!? 急にどこへ……」

 

 とりあえずはナツに感謝だ。こういう時に謝るのは違う、っていうことは幾度もあったから学習している。

 そう前置きしつつも、僕のために怒ってほしくない旨を伝えようとしたんだが、これも先手を取られて封殺されてしまった。

 ならどうしたものかと考える暇もなく、ナツは僕を強引に引っ張って歩き始めてしまった。

 というかこの方向は間違いなく男子更衣室なんだけど、今からそんなところへ何の用事で? って聞ける雰囲気でもないような。

 ナツは有無も言わさず僕を押し込むと、これまた強引に更衣室内のベンチに座らせられる。

 僕がそうやってアタフタしていると、急に視界が真っ暗になってしまう。それにこの柔らかい感触にいい香りは、間違いない――――ナツに抱き留められているんだ。

 

「ハルをたくさん甘やかすことにします」

「あ、甘やかすってそんな。子供じゃないんだから」

「いいからいいから。ね、聞こえるでしょ?」

(……ナツの、鼓動…………)

 

 僕が怒ろうとしないし、代わりに誰かが怒るのも嫌だ。

 我ながらこの面倒くさい状況を打破すべく、甘やかす……ということでいいのだろうか。

 けれどその甘やかすという表現の仕方からして、なんだか子供扱いされているようで少し恥ずかしかった。それに胸のところで頭を抱きしめられているしで、そう言う意味でもちょっとね。

 明確に拒絶することまではしないが、それとなく離してほしいと伝えてもナツは聞き入れてはくれない。そしてそのまま、ある音を集中して聞いてほしいとのこと。

 この体勢からして、それは恐らくナツの鼓動。心臓が一定のリズムで脈動し、ドクン、ドクンと響く音がなんとも耳に心地よい。

 

「よしよし、ハルはなんにも悪くないんだからね。安心していいんだよ」

「……うん」

「でも自分のせいって言えるハルはかっこいいって思う。かっこいいし、そういうところが大好きだから」

「……うん」

「好き。大好きだよ。愛してる。この世界の何よりも、誰よりも、ハルのことを愛してる」

 

 凶悪だ。あまりにも凶悪極まりないこの所業、僕は一瞬にして甘やかされる立場になってしまった。

 ナツはしっかり僕の耳が左胸を捉えるよう押さえながらも頭を撫で、もう片方の手はゆっくりと優しく僕の背を叩く。

 そして並べられる言葉は全て僕を肯定するもの。誰を非難するわけでもなく、ただ目の前の僕だけを慰める言葉だった。

 かつてほど思いつめることはとうに止めた。辛いことからもある程度の逃げをするように意識し、僕は前に進み始めたというのに。

 これはだめだ。本当にだめだ。あまりにも真っすぐにナツの僕に対する想いが伝わってきて、感動やら何やらで今にも泣きだしてしまいそう。

 

「――――僕は……」

「うん?」

「ナツがいてくれればそれで、いい……」

「……ふふっ、嬉しい。大丈夫、私はここに、ハルの隣でちゃんと生きてるから。ハルの隣が、私の居場所だから……」

 

 何か喋っていなくては本当に泣いてしまいそうだったからといい、それを誤魔化そうとしたのが非常にまずかった。

 まず思考もままならないというのに、ナツのことしか考えられないというのに、何かを言おうとしたのが間違いだったのだ。

 おかげで僕の口から飛び出たのは、ナツへの依存ないし執着を顕著に表す言葉そのもの。

 そう、ナツだけ。僕の隣にナツさえ居てくれるのなら、僕はもはや何も望まない。

 家族や友を始めとした、僕にとって大切なはずのものすら、ナツの前では簡単に霞んでしまうのだから。

 ……そうか、僕がナツの鼓動を聞いて安心するのは、ナツが生きている証だから。という理由も含まれているのかも知れない。

 だとするなら、なんと尊いものなのだろう。気恥ずかしさなんてどこぞへと消え失せ、叶うなら永遠に聞いていたいとすら思える。

 とはいえ時間は有限。いつまでもこのままというわけにもいかない。また今度聞かせてもらうとして、本気で話を戻そう。

 

「簪さんがお姉さんにコンプレックスを?」

「うん、仲良くなってから教えてもらったことなんだけどね」

 

 簪さんには内向的な印象を受けるが、どうやら現在はかなり改善された方のようだ。

 それにしてもコンプレックス、か。簪さんみたいに代表候補生になれてしまう人がそんなものを感じるって、お姉さんは僕が考えてるよりも凄い人なのかも。

 でもそう言われてみれば、自分の腕によほど自信がなければ鍛えてあげようかなんて提案しないよな。

 加えて、僕は浮かれていたとはいえ真横に接近されても存在に気が着けなかった。ということは、生身でもかなりの達人クラスであることが伺える。

 ……ん? 仲良くなってからって、なんか引っかかる表現をするな。そのあたりも聞いてみることにしよう。

 

「含みのある言い方だな。昔のナツと簪さんは、仲が悪かったって聞こえるけど」

「う~ん、どちらかというなら一方的に敵視されてたっていうか……。ほら、それこそ姉絡みで」

「……無神経なことを言ったんじゃあるまいね」

「あ、あはは~……。……無きにしも非ず」

 

 姉絡みで敵視となると、それだけ聞けばどういう事情があったか伺える。

 簪さんは出会った当初、ナツのことを凄すぎる姉を持つ仲間と認識したことだろう。それでいて、いつしか自分からそういう話題を振ってみたわけだ。

 ところがどっこい、ナツはフユ姉さんに対してコンプレックスなんて微塵も抱いてはいない。

 よく比較されはするというのが本人の談だが、むしろナツはそういうのを見返してやろうと動力源にするタイプだ。

 ナツのことだ、同じ悩みを持っているだろうと歩み寄ってきた簪さんに――――千冬姉? うん、確かにすごい人だし目標ではあるけど、あくまで私は私で千冬姉は千冬姉だし……。別にコンプレックスとかそういうのはないかなぁ。

 とか、何の気なしに言ってのけたんだろう。気まずそうに無きにしも非ずとか返してくるし、絶対そうだ。

 

「まぁとにかく、二人の関係と、あの人が実力者ってことはよくわかったよ。となると例の申し出は受けたいんだけど、う~ん……僕の立場上で無警戒ってわけにもいかないよなぁ」

「今までこういうことがなかったのに、いきなりだもんね。……ん!? な、ないよね、ハニートラップなんか仕掛けられたりとか!」

「ないない、ないから落ち着いて。僕はナツ一筋だから」

 

 自分で言うのもなんだが、僕の存在はあまりにも希少価値が過ぎる。

 なんだかんだと学園に入って半年が経とうとしているが、僕の後続が出現する気配も予兆もまったく感じられない。

 そう前提するとして、本人に悪い人じゃないと言っておいた手前、お姉さんの目的もわからぬまま首を縦に振ってよいものかどうかは難しいところかも。

 僕の意見にナツも同調の姿勢を見せるが、途中僕にこれまで本当に前例がなかったか大慌てで問いただしてくる。

 もし仕掛けられて引っかかるかからないの真偽は、当時の僕であれば自信はないけど、幸いなことに本当にそういったことはないから問題なしだ。

 そしてナツとこうなったからには、今後引っかかることはないと断言させてもらうことにする。

 だって引っかかるってことは、ナツじゃ満足できてないっていうのと同等でしょ。うん、そんなことあり得るはずがないな。

 端的に一筋と表現すると、しっかりと熱意は届いたのか、少し顔を赤く染めながらもならばよしというお言葉をいただいた。

 そしてナツは咳ばらいをひとつすると、こういう提案を出す。

 

「とりあえず、簪に聞き込みをするところから始めようよ。少なくとも、私たちよりはお姉さんの思惑も理解してるだろうし」

「あまり仲良くないなら気が引けるけど、やっぱり頼るしかないかぁ。時間もないし、放課後になってからでいいかな。ナツ、悪いんだけど付き合ってくれない?」

「もちろん。というか、来るなって言われても着いて行かせていただきます」

 

 さっきも言ったけど、簪さんに相談するつもりではいた。その前にナツにこの話を持ち掛けているのは、一人でコソコソして余計な心配をさせたくないという想いがある。

 目移りすることはないと信じてくれてはいるだろうけど、ここで僕が誰かに用事って絶対に女性相手になっちゃうのが難点だよな。

 僕の方から同行を提案したほうがナツも安心できるだろうと考えてのことだが、むしろ無理にでも着いて行くつもりだったとのこと。

 それなら、とりあえず現状はナツを心配させる要素は潰したかな。永遠に円満でいることに関して、僕は努力を惜しむつもりはないぞ。

 僕も簪さんの連絡先は知っているが、呼び出す作業はナツにしてもらうことに。同性に呼び出されるほうが向こうも気が楽でしょ。

 そしていつもと変わらぬ午後の授業を切り抜け、落ち合う時間帯である放課後と相成った。

 ナツが指定した待ち合わせ場所は、簪さんの所属する四組にほど近い階段だそうな。ま、こっちから出向くのが筋だろうし当然か。

 夕日が差し込む廊下をナツと連れ立って歩いていると、遠くからでも目立つ水色の頭髪が見える。こうするとやはり似ているものだ。

 簪さんも僕らに気づくと、控え目な性格を表すかのように小さく手を振ってくる。……こういうところは似てないと感じるな。

 

「簪さん、来てくれてありがとう」

「忘れちゃったかな……。私は前に頼ってほしいって言ったよ……。それで、どんな相談……?」

 

 最低限の礼儀として、まずは感謝の意を示しておく。しかし、簪さんはいつものように淡々とした口調でそれを制した。

 頼ってほしい、か。簪さんと初めて出会った際に言われたが、今となってはひどく懐かしく感じてしまうな。

 もちろん忘れたわけでもないし、簪さんはとても頼りになる友人だ。ならば思い切り胸を借りることにしようではないか。

 困ったときにはお互い様というやつ。僕もいつか、簪さんに頼ってもらえるといいんだが。

 

「それがさ、簪さんのお姉さん? のことで少し――――」

「…………は…………………?」

「「っ!?」」

 

 僕がお姉さんと前置きすると、簪さんを覆っていた和やかなムードは一変。まるですべてを凍り付かせるような、そんな冷たい空気を放つ様相となってしまう。

 簪さんの表情はいつだって無に近い。が、今は不思議と様々な感情が手に取るようにわかる。いや、わかりたくはなかったのだが。

 なぜならそれは、憤怒、失望、悲嘆といったような、マイナス面での感情ばかりを読み取れてしまうから。

 普段の優しさに満ち溢れた簪さんとはおおよそ対照的で、僕はおろかナツですら初見らしく、二人そろって言葉を失ってしまう。

 どう声をかけるか迷っていると、簪さんは僕の両腕を掴みつつ僕に詰め寄った。どうやら僕を心配してくれているらしい。

 

「お姉ちゃんに何かされた……!? それとも茶化されたり……!? ごめんなさい、私がもっとしっかりしてれば……!」

「か、簪、よくわからないけど落ち着こうよ! 私もハルも、ただ簪と話がしたいだけなんだから。ね?」

 

 何かされたかと聞かれればされた気もするし、茶化されたかと聞かれれば肯定すべきなんだろう。けど、簪さんの必死な様に僕は言葉を紡げない。

 すかさずナツが割って入ってくれて、簪さんを落ち着けにかかった。みるみるうちにとまではいかないけど、どうやら冷静でなかったということは理解してもらえたらしい。

 簪さんが落ち着きを取り戻したところで、ことのあらましをナツの時と同じように順を追って説明していく。

 僕の言葉を、簪さんはどこか忌々しそうな表情で聞いていた。

 

「――――ということなんだけど、どうして訓練を持ちかけてきたのか心当たりはないかな」

「心当たりは……ある。けど、ごめんなさい。それは私の口からは話せない……」

「そっか……。うん、それじゃあ仕方ないよね。よし、ハル! 私が着いてるから、こうなったらもう直談判を」

「待って……。私の口からは話せない。けど、あの人の口からキチンと説明させてみせる……。むしろお願い、私にやらせてほしい……」

「簪さん……。……わかった、それなら力を貸してほしい。よろしく頼むよ、簪さん」

 

 簪さんはしばらく口を閉ざすと、静かに首を横に振った。だが心当たりそのものはあるとのこと。その上で話せないとなると、よほど複雑な事情があるのだろう。

 だとするなら、この話はここまでだ。無理強いだけは絶対に避けなければならない。事情とやらを図れないのであればなおさらだ。

 だからこそか、ナツが爽やかに話だけでも聞いてくれてありがとうと締めくくろうとすると、簪さんは違う形で協力させてほしいと申し出てくれた。

 それは自らの口で話せないので、お姉さんに目的や思惑を直接説明させてみせるというもの。何が簪さんをそうさせるのか、そこまで責任感のようなものを覚えてくれなくてもいいんだが。

 しかし、この熱意は買わなければ失礼に当たるタイプのものだと思う。いつもは大人しい簪さんだから、心からそう感じる。

 僕とナツは顔を見合わせてから力強く頷くと、簪さんの提案を受け入れるという方向で同意した。そして、僕が代表して正式に協力を申し込む。

 すると簪さんは、僕らに負けず劣らずの勢いで首を頷かせる。そして、どこぞへといきなり歩き出してしまった。

 

「簪、心当たりでもあるの?」

「あの人の行動パターンは、一応だけど把握してるつもり……」

(それは心強いんだけど、でもこの方向は――――)

 

 とりあえずその背を追うとして、歩いている方向そのものにはとてつもなく心当たりがある。

 だからこそか、本当にそんなところにお姉さんが? と、勘ぐってしまうのは無理もないんじゃないだろうか。

 頭に疑問符を浮かべながら簪さんに追従することしばらく、景色は僕の予想どおりの場所へと変貌する。

 流石に予想外だったのが、簪さんが足を止めた扉に書かれている番号が1025であること。そう、つまり、一学年学生寮の僕の部屋ということになる。

 ますますもって意味が分からない。もし本当に僕の部屋にお姉さんが居るとして、鍵をしっかり管理しているのにどう侵入したんだろう。

 頭の浮かぶ疑問符が増える一方な僕に対し、簪さんは静かにこちらへ向き直ってこう告げた。

 

「日向くんは少し外で待っててほしい……。一夏は、文句があるなら言いたいだけ言って……。用がないなら日向くんと一緒でいいから……」

「えっ……? え? ほ、本当に居るの? 疑うってことじゃないけど、ここは僕の部屋で……」

「絶対に居る……。100%の確率で、日向くんを待ち構えてると思う……」

「……っは~ん、性懲りもなくねぇ? ハル、私も簪と一緒に入ることにするから」

「ど、どうぞどうぞ! うん、大人しく待ってるからさ!」

 

 別に簪さんが冗談を言っているとは思わないし、疑う気もない。ただひたすら、僕の部屋に勝手に入っているという事実が受け入れられないのだ。

 そんなことあってほしくはないという淡い期待を遮断するかのように、簪さんは執拗に居ると断言し続けた。

 あまりの断言のしようにナツは信憑性でも覚えたらしく、ぼそっと何か呟いた後に、めちゃくちゃいい笑みを浮かべて簪さんに着いて行くとった得てくる。

 とても魅力的な笑みだと思う。なのに僕は危機感のようなものを察知せずにはいられず、必要以上に恐れをなしてナツを見送る姿勢をとってしまう。

 僕のどうぞという発言を皮切りに、二人は僕の部屋へと入っていく。……鍵が開いてるってことは、やっぱり居るってことでいいんだろう。

 そんなことよりも、たった今再確認させられたことがひとつ。

 

(ナツにだけは、無暗に逆らわないようにしておこう……)

 

 カカア天下くらいがちょうどいい。という確認を胸に、僕は扉を背にしてもたれかかりつつ、そのままズルズルと腰を落とすのだった……。

 

 

 

 

 




実のところ部屋での接触を未然に接触を防げて助かってるのは某学園最強のあの人。
理由? 後で知れたにせよ一夏ちゃんが暴走モードに突入するからです。
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