ハルトナツ   作:マスクドライダー

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絶対こういう話は書くまいと思っていたのに、いつの間にやらこうなってました。
たぶんですけど、私の中の何かが天元突破した結果かと思われます。
なんの話かって、とにかく読んでいただければわかりますとも……。


第65話 証を刻んで

(……とはいえ、何もせずに自分の部屋の前で待機って、なんか目立つよなぁ)

 

 自室前で待機することしばらく、いっこうに入ってよしとの一報が入る気配がない。

 扉ごしに怒号とか聞こえてこないし、説教が長引いてるだけで喧嘩とかにはなってなさそうなのが救いかな。

 けど周囲の人からすれば、どうして放課後に自室に入らないでたむろしてるの? って話しみたいで、さきほどからちょくちょく通り過ぎて行く生徒に声をかけられてしまう。

 まぁ、鍵でもなくしたのか。みたいに、気を遣ってくれてのことが大半だから有難いことだ。むしろその度にはぐらかさないとならなかったから、申し訳なく思うくらい。

 ……にしても本当に長い。いくら待つのが得意な僕とはいえ、そろそろ退屈にもほどがある。このまま居眠りにふけってしまいそうだ。

 

「ん、携帯……。入っても大丈夫、か。ここ僕の部屋なんだけど」

 

 なんとか暇をやり過ごす方法を見つけようと試行錯誤していると、ふいにポケットの中にある携帯が着信を報せた。

 あくび交じりにそれを取り出すと、ナツからの入ってよしとのメッセージが表示されている。

 許可がおりたのはいいとして、そもそも僕の部屋なんだがとつい愚痴がこぼれてしまう。

 まぁ、言っていても仕方ない。簪さんは僕に気を遣って、待っているよう提案してくれたんだから。

 それでも室内の空気は、説教が終わったばかりであろうことには変わりない。それなりの覚悟をもって入室せねば。

 内心で自分を鼓舞しながら扉を開くと、すぐにナツと簪さんの背中が見える。向こうも僕を確認すると、左右に分かれるようにして道を開いた。

 すると二人の間には、件のお姉さんがいた。なんかものすごい落ち込んだ様子で、床に正座させられながらだ。

 い、いったい何を言われたんだろうか……。気になるけどあまり想像もしたくないような。

 というか、いくらなんでもこれはあんまりじゃないだろうか。そういうわけで、僕もお姉さんの状態に合わせて正座を――――

 

「改めて、日向 晴人です。簪さんのお姉さん、とりあえず立ってから――――」

「いい、お姉ちゃんは床で十分……」

「えぇ……? 簪さん、何もそこまでしなくてもいいんじゃないかな」

「お姉ちゃん、挨拶……」

(無視された……)

 

 膝を曲げて床に座ろうとしたのだが、簪さんに肩を掴まれて静止させられてしまった。床で十分って、だいぶ怒ってるみたいだ。

 きっと甘やかしてはならないというのも含まれているんだろうけど、やっぱりこんな状態よりは普通にしていてもらいたいわけで。

 やんわりと抗議をしてみたが、なんと簪さんはこれを華麗にスルー。無視されるなんてとてつもなく珍しい。

 相変わらず冷めた目つきのまま、文字どおり目下のお姉さんに挨拶を促した。

 

「二年の更識 楯無よ。この学園の生徒会長もやってるわ。日向くん、よろしくね」

「生徒会長さん? ……会長さんが、一生徒の部屋に侵入?」

「くっ、ものすごく懐疑的な目だけど反論できない!」

「身から出た錆……」

 

 なんだか思ったのと違う挨拶となってしまったが、彼女は自らを楯無と名乗った。ついでに、自らが生徒会長であることも自己申告。

 それを聞いてへぇ、生徒会長なのかぁと思ったのも束の間。瞬時に思考が部屋に勝手に入っちゃう人が、生徒会長でいいのだろうかというほうへ傾いてしまう。

 どうやらそれが目に出てしまったようで、楯無先輩はどうにも不満そうに声を上げた。反論できないという自覚はあるみたい。

 それはともかく、これで挨拶は済んだわけだ。だったら、聞きたかったことを聞くことにしよう。例の訓練の話についてだ。

 

「それで、楯無先輩は僕にどうしてあんな提案を? どうしてこのタイミングだったか、っていうのも合わせて教えてもらえれば助かります」

「う~~~~~ん、なんて言ったらいいのかしらねぇ。強くなってもらわないと困るっていうか、それがあなた自身のためでもあるっていうか」

「お姉ちゃん、私たちの身の上を話そう……。遅かれ早かれ、二人は知ることになった……」

「隠しておきたいつもりじゃないけど、どうせならみんな揃ってる時でいいんじゃないかって思うのよねぇ」

「それは……一理ある……。わかった、また今度……」

(ナツ、どういうこと?)

(さぁ、私にも。ただ、昔から簪の家が普通じゃなさそうなのは感じてたかな)

 

 楯無先輩は腕を組みながらとにかく唸った。なんだか表現が難しいのだろうか。すると簪さんが何かしらに対して、僕らには隠す必要がないとフォローを入れる。

 この時点でとても意味深なんだが、楯無先輩はみんな揃っている時と更に意味深な言葉を重ねるではないか。

 あまりの全貌の見えなさにナツに助けを求めるが、どうやらナツも更識の秘密を教えてもらっていないらしい。

 簪さんはナツを恩人だと表現していた。そんなナツにも話せない何か……。……いったいこの二人、ないし楯無先輩の言う【みんな】っていうのは何者なんだろうか。

 

「……ボカしてる時点で信用も何もあったものじゃないけど。日向 晴人くん」

「はい」

「織斑 一夏さん」

「私も? まぁ、はい」

「あなたたち二人は、とある組織に狙われている可能性が高いわけです」

「「……はい?」」

 

 楯無先輩は伏し目がちになりつつシリアスな空気を纏うと、いつの間にか手に握っていた畳まれた扇子を僕とナツへと差し向ける。

 僕らが返事をすれば、楯無先輩はこう告げた。僕たちは、どこぞの組織からマークされていると。

 これには思わず、僕もナツも同じことを口にしながら首を傾げた。そしてそのまま首をひねって、視線を簪さんの方へ。

 すると簪さんは、なんだか悲しそうな表情で首を頷かせる。……なるほど、悪ふざけとか冗談ということでもないらしい。

 僕とナツも自然と真剣な空気になりつつ、楯無先輩の言葉の真意を探った。

 

「あなたや簪さんが何者なのかは置いておくとして、最近になってその情報を掴んだ。だから、このタイミングでの接触……だった?」

「ご明察。でも正直言うなら、関わらせないで済むならそれが一番だったの。特にあなた、日向くんはね」

「日向くんは、一般人も一般人……。組織とか陰謀とか、そういうのには本当に関わらせたくなかった……」

「だけどそうも言ってられなさそうなの。向こうの有してる戦力もかなりのもの。……あなた自身も、こっちの戦力たりえて越したことはない。っていうのが現状ね」

 

 前にも言ったけど、その必要があるなら入学したばかりのころに訓練の提案なんてしておけばいいわけで。

 そしてこの悔しがるような二人から、僕を最大限そういったことから遠ざけようとしてくれていたことが伝わってくる。

 つまりこのタイミングでの接触は、ついにそうも言っていられない現状であるという情報を掴んだというわけか。

 ……無人機やラウラちゃん、福音の暴走は別件ということなのか? だったらあれは誰の仕業で……って、それはまた聞いてみることにしよう。

 僕を鍛えることの真意。それは僕も戦力としての頭数に届くレベルまでしなければってことみたいだな。

 同じく狙われているらしいナツは、既にかなりの実力者ゆえ焦る必要もなしか。うーん、やっぱり候補生クラスの実力が求められるってこと?

 

「勝手な言い分をツラツラと並べて、本当にごめんなさい。だからこちらの不手際を棚に上げることはしないわ。求められれば、代表としていくらでも頭を下げます」

「私も、更識である以上は同罪……。でもお願い、とにかく私たちを信じて力を貸して……。二人のことは、必ず守ってみせるから……!」

 

 勝手な言い分というのは、否定しきれない部分がある。

 だって、狙われている僕。つまり保護対象である僕に戦力としての価値を期待しているのだから。

 だが責める気なんて毛頭ない。そんな矛盾を孕んだ言葉に、本人たちが一番苦悩しているのが見てわかる。

 なにより、女性に無暗に謝らなければならない状況なんて置いておけるはずがない。この世がいくら女尊男卑の風潮があろうともだ。

 だって根本的には僕の問題だから。僕のために僕を強くしようとしてくれていることには変わらない。だから、初めから僕の答えはひとつ。

 

「そういうことならわかりました。楯無先輩、簪さん、これからよろしくお願いします」

「……なんとも思わないの……? 私たちは、戦えって言ってるのと同じなんだよ……」

「でも、守ろうって思ってくれてるのも本当だよね。なら気持ちを無下にはできないし、僕だって強くなりたい。守りたいっていうか、一緒に戦いたいっていうか、ずっと隣に立ってたい人が居るから」

「も、もう、ハルってば……。オホン! 簪はもう知ってるはずでしょ、ハルは怒らないし怒れない人ってさ。ま、絶対的にいいところとは思ってないけどね~」

 

 自分で言うのもなんだが、あまりにあっけらかんとした僕に姉妹揃ってポカンとした様子。

 普通の人っていうか、これが僕の普通だからよくわかんないんだけどさ。文句を言う場面なのかも知れない。

 でも狙われてるって事実を変えようもないし、強くしようとしてくれてる簪さんたちに怒ったって何も始まらないでしょ。

 そんなことに労力を使ってるくらいなら、やっぱりとっとと鍛えてもらって、少しでもみんなに心配をかけないようにしたほうがいいよねって話。

 そんな僕をナツは怒るっていう感情が欠如しているとでも言いたげに、フォロー? なのか微妙だが、補足を入れてくれた。

 僕だって怒るときは怒るぞ、この間の弾たちの剣とかさ。あと、今の僕がナツを貶されたら確実に怒る。見境のないレベルで怒るという確信すらあるぞ。

 ともかく、ナツと並び立つためには今のままじゃダメって思ってたのもある。僕にとっては渡りに船だ。受けない理由がない。

 

「……あなたの覚悟、確と受け取ったわ。だからこそ、私も二人の無事を確約させてもらいましょう。ただし! ビシバシと指導させてもらうわよ?」

「はい、むしろ望むところです! ……でも、ひとつだけ聞いておきたいことがあるんですけど」

「ええ、何かしら。なんでも聞いてちょうだい」

「この話、僕の部屋でする必要ありました?」

「ない……」

「ないよね」

「ふっ、だからこそ私はこういう状況になってるのよ……」

「なんでかっこつけてるんですかね」

 

 僕の言葉は楯無先輩の芯まで響いたのか、僕らの保護を確約とまで言い切った。

 ならばよかった、これで楯無先輩との間に発生しかけたいざこざも全部解決だ。……というわけにはいかない。蒸し返すようで悪いんだけども。

 楯無先輩は自身を生徒会長と名乗った。そして今思えばあの【みんな】という言葉、生徒会という組織が二人に関りがある可能性が高い。

 ということなら、絶対にもっとふさわしい場所がありましたよねと聞かざるを得なかったのだ。

 僕がそう尋ねると、ナツと簪さんは一瞬にしてジトっとした視線となって楯無先輩を見据える。

 やっぱり楯無先輩の悪ふざけで、過失十割ってことかな。

 本人も反省しているのかいないのか、これまでで一番のクールな様子を見せるではないか。

 ……まぁ、オンオフの切り替えがしっかりしていると、肯定的に受け取っておくことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、ほんっと信じらんない!」

「まぁまぁ、簪さんのおかげで未然に防げたわけだし」

「簪がいなかったら防げなかったってことじゃん!」

 

 あの後は流れでそのまま解散となり、姉妹はそれぞれ向かうべき場所へと帰って行った。

 その際に後日生徒会室でと言っていたし、やっぱり僕の読みは当りと見てよさそうかな。

 そしてナツだが、出て行かずに僕と一緒に姉妹を見送るものだから。ああ、何か話があるんだろうなぁと思った。

 思っていたが、第一声が楯無先輩への不満だ。しかもすごく不満なのが態度に現れているというか、乱暴にベッドへと腰掛ける。

 スプリングがダメになってしまいそうな勢いを前に、僕は宥めながらナツの隣に腰掛けた。すると返って来たのは、まったく落ち着きを見せない感情丸出しな言葉だ。

 ……やっちゃったかも、一連の流れ悪手だったっぽい。多分だけどナツ、部屋への侵入に対しては僕にもっと怒ってほしかったんじゃないだろうか。

 私というものがあるのに、なんでそこまで平気そうなの? と思いつつも、なんでこんなこと考えちゃうんだろ。ハルに苛立ってもしかたないのに。

 っていうような考えがせめぎ合って、結果的にあらゆることにイライラしちゃってるんだろうなぁ。とすれば、どうするのが正解だ?

 

「ねぇナツ。分け合うこと、でしょ? 僕にでも自分自身にでも、不満があるならちゃんと言葉にしてほしいな」

「……認めたくないとこ、あるし。こんなこと考えて、引かれたり嫌われたりってことがあると思うと――――」

「侮ってもらっちゃ困るよ。僕はキミのためなら文字どおりなんでもできる。そのくらいキミのことを愛してるんだから」

 

 僕らのキーワードである分け合うことを引き合いに出すと、ナツの表情に迷いが入り混じり始めた。少し卑怯で申し訳なくも思うけど。

 しかし、それでナツの本音が引き出せるなら安い。なんて思っていたら、いきなりとんでもないワードが散見できるじゃないか。

 認めたくないという部分は、ナツの問題だからいいとしよう。だが引く? 嫌う? そんな瞬間、永遠に来るはずないだろうに。

 ナツの望みは僕の望みだ。絶対にありえないから極論だけど、ナツが世界の破滅を望むなら、僕はいかようにしても実現させてみせよう。

 それは極論だ。極論だが、そう表現してもいい――――いや、足りないくらいに僕はナツを愛しているつもりだ。

 伝わってないはずがないと思ってるし、こういう場でそういう言葉を並べるのは、あまり話したくないことの意思表示なんだろう。

 僕も意地になってしまったっていうか、むっとしちゃったところはあると思う。強引に聞き出すべき場面ではなかったんだ。

 しまったと思うよりも早く、ナツはポツリポツリと心の内を明かし始めた。……無理に引き出したからには、綺麗な着地点を見つけないとな。

 

「楯無先輩が、ハルの部屋に居るって言われた時、すごく、嫌だなって思った」

「うん、それはどうして?」

「……私の、なのに。私の、私だけの、私たちだけの空間なのに。それを、勝手にって……」

 

 声を震わせ、語り口が変な部分で途切れ途切れになってしまっている。やはり恐怖がぬぐい切れないんだろう。

 だからなるべく優しい口調と声色を意識して問いかけを続けると、ナツの抱いている、抱いていた想いというのが露わになった。

 ……ナツと恋人になって過ごした寮生活はまだ長くないが、確かに単独でナツ以外の誰かを入れたことはないな。みんなも気を遣ってくれてたのもある。

 それを知らずに、楯無先輩は悪戯くらいの認識で侵入しちゃったと。

 簡単に言うなら、これは独占欲の類か? けどナツの場合、そんなことを考えちゃった自分が嫌だってのもあるんだろう。

 

「そんなの感じちゃってる自分も嫌だよ……。もしハルと楯無先輩が遭遇しちゃってたら、何かあったって思っちゃってるのと一緒……。ハルを信じれてないのと一緒だもん!」

 

 はぁ……なまじ気心が知れちゃってるから、読み通りになっちゃうのが逆にアレだな。

 いやいや、ナツが重いとか思ってるとか思われたくないぞ。むしろ重いの最高。それだけ愛されてるってことの裏返しだから。

 でもそれこそ、ナツと一緒で自己嫌悪しちゃうところもあるな。ナツがこんなに自分を責めてるのに、喜んでる場合かって話ですよ。

 う~ん、つまりナツの独占欲を満たせればいいわけで。でも僕らは既にプラトニックなだけの関係ではないわけで。いくらなんでも学園内でそういう慰めをするのは論外なわけで。……難しい話なわけで。

 なにかこう、僕がナツだけのものという証拠を残せればいいのだが。なおかつ、僕がそれをいつでも見れてナツを思い出せればなおよし。

 とまで考えて、僕にはひとつの終着点が見えた。というか見えてしまった。と同時に察した。どうやら僕もかなり歪んでしまっているらしい。

 だって昔の僕ならまず提案しないことだし、今ならむしろ嬉しくも思うしこれしかないとしか感じない。なんなら歪んでしまっていることにすら喜びを感じる。

 それらすべて、僕のナツへの想いゆえだろうから。……と思うと、嬉しくて嬉しくてたまらない。

 

「そんなナツにひとつ提案。刻んでよ。僕に、僕がナツだけのものっていう証拠」

「…………っ!? ハ……ル……? それって、もしかして……」

「うん、歯でも爪でもなんでも。あ~……でも流石に刃物とかは避けてくれると嬉しいな。ナツ由来が理想的」

 

 まぁ、つまりそういうことだ。

 噛み痕とか爪痕とか、ナツが僕へと傷をつければいい。僕からしても残るタイプの傷、いわゆる創傷あたりがベストかなって。

 いやほんと、どう考えたって最高でしょ。ナツしか刻めない。ナツにしか刻ませるはずもない。そんな傷が僕に一生残るなんて。

 言ったとおり、ナツ由来が理想的だけどね。ナツが扱う道具によってできた傷なら、正直あまり感慨は覚えないかな。

 まぁ、ナツがそっちの方がいいって言うなら受け入れるけど。

 ……ん、なんでそんなにナツが僕へ傷を残すのが前提みたいに話すのかって? はは、そんなのは簡単なことだよ。

 するよ。ナツは絶対に僕に傷を残すことを選ぶ。賭けてもいい。

 

「ダ、ダメ、ハルを傷つけるだなんてそんな! ……そんな……そんな……!」

「……場所が決まり次第、いつでもどうぞ」

「ダメ、だよ……。ダメ、なのに……。わ、たし……!」

 

 僕としてもとても不思議なことなんだ。でも付き合ってみて、そういうことのほうが圧倒的に多かった。

 何かって、ナツと僕は同じだってこと。僕がナツにしたいこと、ナツが僕にしたいことって、ほとんど一致しちゃうんだよね。

 だから僕がそうされたいと思ってる以上、ナツもしたいと思っていると想定したがビンゴらしい。

 ナツは先ほどよりも声を震わせ、すさまじく目を泳がせているが、その様子や言葉とは裏腹に、軽く口を開きながら僕へと顔を寄せてくる。

 そんな考えを否定したい部分もありつつ、やっぱりしたいと思う自分に抗えないんだろう。

 ナツ、素直になってしまえ。本当は思っているんだろう? 僕に自分を刻むことを、なんて素敵なことなんだって。

 ……顔を近づけるってことは噛み痕か。そして、狙いをつけたのは左の鎖骨付近とみた。

 だいたいのあたりをつけた僕は、急いでネクタイを緩めて制服を半脱ぎくらいの状態にもってきた。

 そこから更にインナーとして利用しているISスーツの襟元を引っ張り、特筆するべき部分のない鎖骨付近を晒した。

 

「はぷっ……! んむっ、っふ……! はぁ……はぁ……!」

 

 やがてナツは僕の鎖骨あたりへ軽く噛みついた。……と言っても、甘噛みどころか歯を乗せてるくらいのもんだ。

 僕の耳に届くのはナツの息の乱れ。息遣いから察するに、理性と本能とが葛藤しているみたい。

 ならば僕がナツの迷いを断つべきか。なるべくナツに罪悪感を覚えさせず、なおかつ理性を崩壊させる言葉が必要になる。

 ……ならば、こういうのはどうだろう。

 

「ナツ、僕の総てはキミのものだ。それをどう扱ったって関係ないんだよ」

「わた……しの……」

「要するに所有物に名前を書くようなもんさ。だから、ね? 僕にくれよ。僕がキミのものだって証拠を」

「しょうこ……。ハルが、わたしの、しょうこ……!」

(来るか。歯ぁ食いしばれ、僕)

「ハルは、ハルは……! 未来永劫、ううん、来世だって! 私だけのハルなんだからっ!」

「っ……ぐっ! う゛~~~~ぅぅぅぅ……!」

 

 僕が先導してるんだから、そもそもナツが罪悪感を抱くのは筋違い。とにかく思い切りやってくださいな、なんて言ってみる。

 するとナツは、せっかく歯を置くことでスタンバイしていたというのに、そう叫んでから大口を開けて僕の鎖骨へと思い切り噛みついた。

 よしよし、それでいいんだよナツ。さぁ、後は僕の仕事だ。とにかく耐えろ。いくら僕が望んだこととはいえ、痛いことには痛いんだから。

 叫ぶのはなんとか堪えたが、うめき声は流石に抑えられなかった。が、ナツに躊躇いや後悔が生まれた様子はないしひと安心。

 ……痛いことに、肉が避けることに、肉に歯が食い込むことに、血が流れ出ることに意識を向けるな。僕はナツの愛しさだけ感じてればいい。

 首元になるからよく見えないのが残念だが、絶対に残してやろうと思っているのがわかるくらいには前のめり。なにより、ナツは噛みついたまましきりにハルと僕の名を続けていた。

 ああ、愛しいな。たまらなく愛しい。被虐体質でもないのに、もっと強くしてほしいと思ってしまう。

 傷は、僕がナツのものである証拠となる創傷は、きちんと残ってくれるだろうか。ナツを思い出すだけでなく、この瞬間を記憶しておくためには絶対に必要だ。

 

「んむっ……! ハル、ハルっ……!」

「ん……? ああっ、ちょっと待った! 積極的に血を舐めるのはよくない――――って、聞いてないな……」

 

 さっきも言ったが、噛みつかれた箇所が鎖骨付付近ゆえに、傷の度合いは鏡でも使わなければ確認することはできない。

 だがナツの顎に込められた力が弱まるのを感じると同時に、嫌でも何かが肌を伝ってたれていくのがわかってしまう。

 うん、まぁ、血だよね。嬉しいことに、傷はかなり深いらしい。それではひとまず、止血を施さないとなぁ。なんてぼんやりと考えが過ったその時だった。

 血とは別に、生暖かい何かが鎖骨あたりを這いまわる感覚が。それをナツが血を舐めているんだと察したのは、次の瞬間のことだ。

 気づいた以上はすぐさま止めにかかる。なぜって、血は綺麗か汚いかで言うなら完全に後者だ。感染症の原因にもなったりするし、軽率に摂取してよいものではない。

 しかし、どうやらナツは僕の血を舐めとるのに夢中らしい。悪と強引に引きはがしにかかったんだが、僕にしがみついて離れようとはしない。

 ……よくはないんだが、僕の蒔いた種だ。ナツの気の済むまで好きにさせてあげよう。

 ナツが僕の血を舐めている間は、あやすようなつもりで小さな頭を撫で続けた。そして見えない表情なんかに想像を膨らませ、僕もこのひと時を楽しむことに。

 やがて吸い付く際に発生していた水音が止んだ。時間経過からして、本当に血が止まり切るくらいそのままだったんだろう。

 

「で、どう? 残りそう?」

「うん……。かなり深い、と思う……」

「そっか。……ははっ、そっかそっか」

「…………! ハル、お願いだからそんなに嬉しそうにしないで。でないと私――――」

 

 変に気を遣われるのは嫌うだろうと思って、至って普通の態度に切り替え傷痕の具合について確認してみた。

 頭が冷静になった途端に後悔にでも襲われているのか、ナツは悲痛な顔をしながら傷痕をゆっくりと撫でた。

 その表情が言葉どおりに傷の程度を物語っている。それを聞いた途端、本当に嬉しくて露骨に考えが表に出てしまった。自分でも頬が緩んでいるのがわかる。

 すると僕が本気で喜んでいることを察したナツは、ますますもって悲痛な表情を浮かべるではないか。

 ふむ、でないと私の――――続きは、ますますおかしくなってしまいそうとか。本当に壊れてしまいそうとかそういうのだろう。

 そんなつまらないこと言わせるわけにはいかないな。僕はすかさずナツを抱きしめると、そのまま一緒にベッドへ倒れ込むことで黙らせる。

 眼前にはナツの困ったような顔が。

 僕は外側になっている左手を抜くと、そのままナツの頬へ撫でるようにして添えた。

 

「さっきも言っただろ。分け合うこと、だよ」

「ハル……?」

「だから壊れるのなら一緒にだ。っていうよりは、さ。……僕はとっくに壊れてる。キミへの想いが、正気の沙汰で済むもんか」

 

 こういう表現はなんだが、ここがIS学園であるだけに外敵はないに等しい。要するに、僕以外の男ね。

 共学だったなら、僕と付き合ってるのを知っていてもナツにちょっかいをかける輩もいたことだろう。ほら、僕って何かとなめられがちだから。

 もし、だ。もしそういう輩が居たとして、僕はソレにどういう仕打ちをしたかわかったものではない。この辺りは夏休みの時にも少し触れたが、なんなら虹色の手甲やむなし。

 結局はそれが僕の本性ってわけだ。ナツを大義名分にできさえすれば、どんな手段だって用いることができてしまう。

 重ねて言うが、ここがたまたまそういうことが起きえないってだけの話なんだよ。

 ははは、客観的に分析すればするほど壊れてるな。だけど正直、このナツに溺れていくような感覚が最高に堪らない。

 昔とは違う意味でナツなしじゃ生きていけないんだよなぁ。……あぁ、本気でナツと永遠を過ごすことができたらいいのに。

 

「ハル……。……今回のでわかったと思うけど、私、かなり妬くから。我慢なんてしないから。もし何かあったら、多分――――」

「そうならない為のこの傷でしょ。大丈夫、これに誓って絶対に起こさせないよ。それよりも嬉しいな、殺したくなるくらいに好かれてるってことでいいんだよね」

「うん、大好きだよ。だからね、ハルを傷つけていいのも私だけ」

「……いい感じに壊れてきたじゃないか」

「えへっ、えへへへへへ……。一緒、だもん。ふふっ、うん、今ならわかるよ。私、ハルと二人で堕ちてく感じが最高に堪らないんだぁ……!」

 

 表面上の僕らしか知らない人が聞いたなら、今ナツと交わしている会話はどう捉えられるのだろう。

 普段とはあまりに異なり狂気に満ち満ちた言葉ばかり並べているし、人によっては気をやられてしまったりするかも。

 だけど、これだ。これがいいしこれでいいんだ。なぜって僕らは、もう取り返しなんてつきようもないのだから。

 特にこの、口を三日月のように曲げて嗤うナツを見ていればそう思う。これを美しいとしか感じられない僕の感性を思えば、既にくるところまできてしまっているんだ。

 

「……気分は晴れた?」

「うん、もう大丈夫だよ。それに、これから先ずっと大丈夫って思わせてくれたから」

「はは、それはよかった。そうだね、さっきも言ったけど、コレは証で誓いだ。もしそれに背くようなことをしてしまったって、ナツがそう感じたその時は――――」

 

 しばらくの間ナツを抱きしめたままでいると、なんだか纏っていた空気感が鳴りを潜めていくのを感じた。

 少しだけ離れて調子を伺うと、そこに居るのは多くの人が知るであろうナツの姿が。

 取り乱していた自覚はあるのか、なんだかとても照れ臭そう。なおかつ、特に後悔のようなものを感じている様子はなさそう。

 なら僕も、あくまで普通の態度のまま、念を押しておいてよいだろう。僕はまだ痛む傷をなぞりつつ、改めて示す意味を宣言しておく。

 そして最後に、背くようなことがあるならいっそナツの手で僕を――――と続けようとしたのだが、唇を唇で塞ぐことで制されてしまった。

 だいたい五秒ほどの触れるだけのキスを交わせば、眼前のナツはただ穏やかに笑っていた。……これは、野暮だと言われていると解釈していいのかな。

 つまり、そんなことは絶対にありえないと、僕を信じてくれている……ということなんだろう。なるほど、それなら上等。ナツの期待どおりに生きてみせよう。

 ともあれ、価値ある時間を過ごすことができた。特にこの傷を得ることができたのは大きい。だって僕は、これで本当の本当にナツのものになることができたのだから。

 そんな僕がナツのものであるという証に思いをはせながら、学食が開く時間になるまで、ひたすらナツを愛で続ける僕であった。

 

 

 

 

 




なんか、もう、ね、ヤンデレっていいですよね!
開き直ってみるものの、以前にあまりこういう展開にはならないであろうと宣言しただけに、本当どうしてこうなった……。





ハルナツメモ その28【噛み痕】
本編での描写のとおりバッチリ残った。しかもかなり痛々しい。
位置としては第三者からでもギリギリ見えるか見えないか。くらいなので、服のデザインによっては大っぴらになることだろう。
噛み痕を他人に見られて、別に大したことではないとしか感じない晴人は、本人の談のとおり完全に歪んでしまっているのかも知れない。
周囲を微妙な空気に包みたくないのであれば、傷のことを本人に直訴することだけはさけたいところである。
貼り付けたような笑みで「なんでもないよ」と返されるのがオチだ。
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