ハルトナツ   作:マスクドライダー

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珍しくも一夏ちゃんの出番が希薄!
申し訳程度の絡みだけど許して(切実)





以下、評価してくださった方をご紹介。

朱と白様

評価していただきありがとうございました。


第68話 不思議な少女

「ちくしょう、みんなして美術部をなんだと思ってるんだ……」

「あらら、晴人の口からこんなのが飛び出るってよっぽどだね」

「姉さま、弟をどうにかしてやってくれ」

「う~ん、部屋に戻ってからいろいろしてあげてるんだけど」

「それを上回る忙しさ、というわけですわね」

 

 机に突っ伏した僕は、思わずそんな文句を割と聞こえる音量で言い放ってしまった。それを聞いたシャルルは、珍しいこともあると少し遠慮しつつも感想を述べる。

 何が僕をそうさせるのかと聞かれると、早い話が学園祭に関連したことだ。

 学園祭ともなれば、様々な小道具が必要になってくる。その小道具は各所出し物を催すグループで作成するとして、看板などの絵を描くことの依頼が絶えずに困っているんだよね。

 よく考えてみてほしい、美術部も美術部で、ちょっとした展覧会みたいなのを予定しているんだが? 自分たちの作品の制作で忙しいんだが? そんなもの描いてる暇ないんだが!

 ということで大半はお断りを入れているものの、やっぱり学園そのものから制作を任せられる諸々があるわけで、今の僕らはそれらを同時進行かつ急ピッチで進めている。

 

「しかもなんだ、最近になってやけに訓練に身を入れてるじゃないか」

「どういう風の吹き回しかは知らんが、姉である私よりもどこの馬の骨とも知らん女を頼るとは」

「まぁまぁ。会長さんは国家代表なわけだし、実力は十分なんだからそう言わないで」

 

 それに重ね、箒ちゃんの言うとおり襲撃に備えての訓練も忙しい。

 というか、訓練の影響で美術部のほうを手伝えない時もあって、なんならそれが心苦しくて一番のストレスかもなぁ。

 楯無先輩の言葉どおり僕の置かれている状況は話せないし、専用機持ちですらこのとおりなのに、一般生徒にはますます話せたことじゃない。

 まぁそこらはなんとか騙し騙しでみんな納得はしてくれたけど、こうして心配してくれてるからそれも少し申し訳ないかなぁ。

 ……そうそう、楯無先輩と言えば、なんかあの人はロシアの国家代表らしい。つまり、みんなの一段上をいく存在であることが明らかになった。

 そもそも、伝統的にIS学園の生徒会長は学園最強の称号とも置き換えることができるそうな。つまり、一度敗北すればその座から引きずり降ろされてしまうんだとか。

 前に廊下でばったり会って、世間話してたらいきなり襲撃があったからビックリしたもんだ。……楯無先輩は目も向けずに制圧したからビックリしたもんだ。

 

「とにかく、何事も根を詰め過ぎずほどほどに。ですわよ、晴人さん」

「ははは、できれば僕もそうしたいんだけど……ねぇ?」

「うんうん、こればっかりはねぇ」

「あれ、晴人と一夏だけで通じるタイプの話題?」

「むっ、なんと水臭い。私を混ぜんか、私を」

 

 セシリアさんの有難い言葉どおりにできるならそうしたいんだけど、いかんせん時間というものが足りないからどうしようもない。

 特に訓練のほうはサボるわけにはいかないので、ナツに視線をやりながら同意を求めてみる。

 ナツとしても止めたい気持ちはあるのかも知れないけど、僕の置かれている状況的にこればかりはと同意を示した。

 やはり鍛えている理由を明言するわけにはいかず、ラウラちゃんを不機嫌にさせてしまったのはご愛敬。宥めるのはシャルルに任せることにしよう。

 

「ナツ、そういうわけだからさ、あ~……今度の日曜日なんだけど――――」

「うん、私のことは気にしないで。お弁当作るから、それ持って行くといいよ」

「……まだ何も言ってないんだけど」

「何もって、じっちゃんのアトリエで個人製作を集中してって話でしょ? そのくらい言わなくてもわかるし、仕事に向かう旦那様くらい快く見送らせていただきますとも」

「あ゛あ゛あ゛あ゛っ! 尊みの過剰供給! 私としては喜ばしいことだが、お前たち最近配慮がなさすぎるぞ!? 死ぬっ、ハルナツの尊みに殺されるぅ……!」

 

 学校に居る間は訓練に身を入れるとして、楯無先輩からも完全解放される日曜日に絵のことを進めるしかない。

 せっかくの休みに恋人を放置するのが心苦しく、気まずそうに週末の予定をナツに話そうとしたんだが、なんか殴り掛かったわけでもないのに返り討ちにあった気分。

 あまりにも堂々としたできた嫁的な発言を前に、少しばかり呆然としてしまう。というか、箒ちゃん除くみんなもあっけにとられているようだ。

 いいことなのか悪いことなのか、ナツは噛み痕の件からだいぶ周りを気にしなくなった。まぁ、それは僕もなんだけど。

 ふむ、それなら僕も遠慮も配慮もなく返すか。周りの目を気にして、ナツに応えられないっていうのは馬鹿げてる。それが今の僕の基本理念だし。

 

「それじゃ、愛妻弁当を楽しみにさせてもらうことにするよ。ナツ、いつもありがとう」

「ふふっ、どういたしまして。何か食べたいメニューとか、あるなら今のうちに聞かせてよね」

「別になんだっていいよ、ナツが作ってくれたらなんでも美味しいし」

「いつも言ってるでしょ、何でもいいが一番困るんだけどなー」

「ラウラさん、騒ぎ出す前に箒さんの制圧を」

「無用だ。手を下す前に失神している」

「えぇ……? 気を失えるってある意味で尊敬しちゃうな。……二人は二人の世界みたいだし、箒を席に戻して僕らも解散しようか」

 

 ああ、なんだか昔もこんなやりとりをしたことを思い出すなぁ。

 弾の言うとおり、確かにこういうのは恋人同士のやり取りだったみたい。うん、変なのみせちゃってごめんね、弾に数馬。そしてあの日のクラスメイトたち。

 って、おや? ナツとのお弁当談義に夢中で気が付かなかったが、いつの間にやらみんな自分の席に戻ってしまっているじゃないか。

 ……ならいいか、このままナツと新婚夫婦ムーブを続行で。どうせ隣の席なんだし、ギリギリまで話していられるのは非常によいことだ。

 いやしかし、これで楽しみが一つ増えた。

 心境としては急いで終わらせないとって思っていたけど、ナツが弁当を作ってくれると言ってくれただけでだいぶ違う。

 とはいえアレだけは絶対に完成させないとならないし、惚気てばかりいられないのもまた事実。とにかく気合だけは入れて頑張ることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてやってきた日曜日、ナツが一緒にはいないが足取りは軽い。まるで跳ねるようにして、アトリエ目指して歩を進めていく。

 あの日の宣言どおりに弁当を用意してくれたというのもあるけど、やっぱりねぇ、行ってらっしゃいのキスはテンション上がるよねって話で。

 いやこれもうホント、今すぐにでも法改正を願いたい。どうして男子は十八にならないと結婚できないのだろう。もう僕らは事実上夫婦みたいなものですが。

 ……ま、そのあたりは楽しみにとっておくことにするか。ただ、学園卒業したら秒で籍を入れにいくことにしよう。

 にしても、やっぱり学園から直だとアトリエは少し遠く感じるな。でも大事な制作をするときは、自宅より設備が整ってるから文句を言ってもしかたない。

 よし、ナツのここすきポイントでも挙げていってれば一瞬に感じるだろ。その作戦でいこうそうしよう。

 退屈な道のりをなんとか誤魔化そうとそんな作戦に出ようとした僕だったが、急な背後からの呼びかけに身を固くしてしまう。

 幼いという意味で可愛らしい質感の声。少なくとも、聞き覚えのあるものではなかった。

 

「ねぇねぇ、おにーさン」

「僕のこと、でいいのかな」

「うん、そうだヨ。これ、おにーさんのカバンから落ちたみたいだかラ」

「へ……? 嘘っ!? ちょっ、ちょっとごめんね!」

 

 振り返ってみると、そこには緑って感じの女の子が佇んでいた。全然まったく誇張表現でなく、身を包むものほとんどがグリーンで統一されている。

 髪色、瞳の色、軽めではあるが、いわゆるゴスロリ風のドレス。それらが緑色で、この子そのものが気に入って、テーマカラーにしているんだと伝わって来る。

 そして年齢は……見た目だけだと判別がつきづらい。本当に絶妙な顔立ちというか、雰囲気というか……。

 う~ん、小学校高学年から中学一ないし二年くらいの間かな。間違ってたら失礼だけど、中三以降ってことはないと思う。

 そんな女の子が僕にいったいなんの用事なのだろう。なんて思っていたら、彼女は僕に一本の色鉛筆を差し出してくるではないか。

 曰くリュックサックから出てくるのを見たとか。いやいやそんなことはあり得ないと中を覗いてみると、閉じ方が甘かったのか色鉛筆のケースが開いてしまい乱雑に散乱している。

 しかもよく見れば、底の方にちょうど色鉛筆の太さくらいの穴が開いちゃってるじゃないか!

 ……僕が跳ねるように歩いていたもんだから、この穴からおみくじみたく色鉛筆が抜け落ちた。ということでいいんだろう。

 

「キミ、教えてくれてありがとう。一本でもなくすとすごく困るからさ」

「えへへ、それはよかったヨ。はい、もう落としちゃだめだからネ」

「あはは、しっかりしてるな……。僕も見習わないと。それじゃ、僕はこれで。本当にありがとうね」

「えーっ!? ちょっとちょっト、待ってよおにーさン!」

「うぉう!? ま、まだ何か……?」

「こんな可愛いレディを前ニ、お礼もしないで立ち去るのはマナー違反なんだヨ!」

 

 女の子から色鉛筆を受け取りケースにしまって、リュックサックを閉じる。今度こそ穴から抜け落ちないように気を付けながら背負いなおすと、キチンと感謝を述べてから立ち去ろうとした。

 しかし、思い切りリュックサックを掴まれて足止めされてしまう。意外にもかなり力持ちのようで、一瞬とはいえビクともしなかったせいかずっこけそうになったぞ……。

 いったいなにごとなのかと視線を向けてみると、言葉だけの感謝でなく物的お礼を求めているようだ。

 今のご時世からして女尊男卑の風潮に染められているのではと勘ぐってしまうが、このどうにも子供が背伸びしてレディ扱いされたい感じ、普通に年相応のゴネとみていいだろう。

 けど困ったな。お礼って言われても、見ず知らずの子供を連れまわすわけにはいかないし。残念ながら僕は用事があって外出してるからなぁ。

 とりあえず、諭す方向で丸く収まらないだろうか。まぁ、聞き分けはよくなさそうだけど、話くらいはしてみる価値はあると思う。

 僕は中腰になって女の子と視線を合わせると、断りを入れるべく説得を始めた。

 

「えっとね、僕はこれから向かう場所があるんだ。僕もキミにお礼はしたいけど、見ず知らずの女の子を連れまわすのは流石に――――」

「フ~ン? じゃあこれ引っ張っテ、変態さんって叫んじゃおっかナー」

「これ? これ……って!? 防犯ブザーじゃないか! いやいやいや、シャレになんない!」

 

 なんとか納得してくれればと淡い希望を抱いてのことだが、まさかの返しに僕は血相を変えて止めにかかる。

 女の子がスカートのポケットから取り出したのは、アタッチメントを引き抜くと警報が鳴る仕組みの、いわゆる防犯ブザーというやつだった。

 女尊男卑の世の中でそんなもの鳴らされたら一巻の終わりだし、何より僕が世界で唯一の男性IS操縦者なのがまずい。

 噂が流れ始めたらそれはもう一瞬だろう。きっと新聞の一面に【日向 晴人 小児性愛者疑惑か】なんて載るぞ。いやいや冗談でなく。

 僕がそれだけは勘弁してくださいと叫ぶと、女の子はじゃあどうすればいいかわかるよね? とでも言いたげに口元を歪めた。

 

「ぜひ何かお礼をさせてください……」

「わーい、やっター! 話がわかるネ、おにーさン」

「いや、キミが――――あ~……先に自己紹介しようか。僕は日向 晴人。ハルト・ヒムカイって言ったほうがわかりやすいのかな」

あ、やばっ、そこ考えてなかっタ……。えっとね、私はローラ。気軽にローラちゃんって呼んでネ!」

 

 僕が項垂れながら折れると、致命的な脅しをした癖して大変に無邪気なものだ。今のうちから将来が少し心配な子だなぁ。

 そうなると名前を呼べないのは不便と感じ、自己紹介だけでも済ませておくことに。僕が名前を名乗ると、女の子も自らをローラと名乗った。

 へぇ、それは奇遇なものだ。ラウラちゃんはローラをヨーロッパ読みにしたものらしいから、実質この二人は同姓同名ってことになる。

 まぁ性格は似ても似つかないもんだから、やっぱり偶然っていうのを思い知らされるね。世界っていうのは広いんだかせまいんだか。

 

「ところで、お礼っていうのは具体的に何をすればいいのかな?」

「ン~……? ねぇ、ハルトお兄ちゃんはお絵かきが得意なノ?」

「うん? そうだね、まぁ一応」

「じゃあじゃア、私をモデルにしてヨ。それならお金もかからないかラ、いいアイデアでショ?」

「それは構わないけど、モデルって思ってるよりも大変で――――ちょっ、その脅しはホント止めよう! わかった、わかったからそれで!」

 

 具体的に何をすれば満足してくれるのかと問いかければ、ローラちゃんは意外にも――――っていうと失礼なんだけど、かなり僕への配慮を示した。

 それは自分をモデルに絵を描いてほしいというもので、確かにそこまでお金のかかるようなものじゃない。

 けれど、モデルというのはけっこう大変だ。だから僕も僕でローラちゃんに配慮をしたつもりだったんだけど、無言で防犯ブザーに指を引っ掻ける始末。

 本当に世の中これで焦らない男性がいるのだろうか。ってくらいには効果覿面で、僕はまたしても了承せずにはいられなかった。

 ……これ、多分だけどアトリエに連れて行かなかったらまたこの脅され方するよね。

 それもそれでキツイぞ。今しがた知り合ったばかりの女の子を、基本僕しか入らないアトリエに連れて行くって字面だけで犯罪臭が凄まじい。

 でも無実の罪とどっちがいいか聞かれれば答えるまでもないので、このままローラちゃんとアトリエに向かうことに。

 

「わぁ、素敵な絵がいっぱいだヨ! こレ、全部ハルトお兄ちゃんが描いたノ?」

「ううん、ここにあるのはほとんどが爺ちゃんの作品だよ」

「ヘェ、お爺様ノ……。あっ、私はどうしてればいいかナ」

「質はよくないけど、二階に休憩スペースがあるんだ。そこのソファでゆっくりしてくれてればそれで大丈夫」

 

 アトリエの中に入るなり、ローラちゃんは物珍しそうに次々と飾ってある絵に視線を移していく。

 祖父であり師匠でもある爺ちゃんの絵が、こんな小さな女の子にも素敵と評価されるのはとても嬉しいことだ。ローラちゃんは良くも悪くも本当のことしか言わないんだろうし。

 やはり一定の配慮は見て取れるというか、なるべく手早く済ませようとしているみたいで、自分はモデルとしてどうしていればいいのかと問われる。

 座る場所はいくらでもあるけど、せっかく御足労願ったんだしそれなりのもてなしはしたい。というわけで、二階の休憩スペースへ通すことに。

 僕が上を指さしながら告げると、ローラちゃんは元気よく返事をしながら階段を駆け上がっていく。

 そして勢いそのまま思い切りのいいジャンプを見せると、かなり長いこと使われ続けてきたソファへと飛び乗った。

 

「なるべく大人しくしてればいイ?」

「そうだね、でも肩の力は抜く感じで」

「は~イ! んふふ、綺麗に描いてよネ、ハルトお兄ちゃン」

「ん、任せてよ。……え~っと、とりあえず緑を――――」

 

 なるべく動かないでいてくれればもちろん助かるけど、石のように固まられてもそれはそれで描きづらいものだ。

 ナツにも同じことを言ったけど、自然体であればそれが一番ってところだろう。この子に関しては得意分野であることがヒシヒシと伝わって来る。

 そういうわけで、こちらも特に注文を付けるようなことなく画用紙に筆を走らせていく。

 素材がピカイチなだけに下描きをしている時間がないのは惜しいが、それこそ今知り合ったばかりの子を長時間拘束するのもアレだ。

 直に描くなんてことは不慣れだからクオリティは落ちてしまうけど、なんとかローラちゃんを満足させる仕上がりだけにはしたいな。

 

「ところで、ローラちゃんはここらに住んでるの?」

「そんなこと聞いてどうするノー。もしかしテ、お兄ちゃんローラに気があったリ? ナンパってやツ?」

「いや、これ済んだら送って行こうかと思っただけで別に他意は――――」

「しょうがないナァ、どうしてもって言うなら考えなくもないヨ。ハルトお兄ちゃン、優しくてかっこいいシ!」

「キミってホントに人の話聞かないね!?」

 

 実は初見から不思議に思っていたんだけど、ローラちゃんの身なりはどうもこのあたりを歩くような姿ではなかった。

 そこで手っ取り早くどこからやって来たのか尋ねるも、ブレない悪ふざけ的な回答が返ってきてしまう。聞かれたくなかったからはぐらかしたんだろうか。

 と、思いきや、その後はちゃんと成り行きを話してくれた。だとすると、僕はこんな小さな子にさえリアクションを期待されていると? なんて世知辛い。

 それはさておき、どうにもローラちゃんのとこは厳しい家庭みたいで、外出を制限されているとかなんとか。

 普段は都心のほうに住んでるんだけど、反骨精神旺盛なローラちゃんは、こうしてこっそり遠出することで鬱憤を晴らす気でいるらしい。

 それで僕と偶然出会ったというのなら、これもいわゆる一期一会ってやつなのかなぁ。実際にローラちゃんとは二度会えるかどうかわからない。

 だったら余計に気合が入るもので、ローラちゃんを退屈させぬよう会話を挟みつつも、いつも以上の速度で筆が走っていく。

 そして僕が想定していたよりもずっと早く、ローラちゃんをモデルとした人物画が完成した。

 

「よしっ、完成。ローラちゃん、こんな感じでどうかな」

「どれどレ? うわぁ、すっごーイ! まるで写真に撮ったみたいだヨ!」

「はは、喜んでもらえてなにより」

「うン、絶対に大切にするかラ。ハルトお兄ちゃん、それじゃあまたネー!」

「え、もう行っちゃうの? もう少しゆっくりしてからでも大丈夫だよ」

 

 僕の完成という言葉を耳にしたローラちゃんは、すぐさまこちらへ駆け寄り自分が描かれている作品を覗き込んだ。

 すると彼女は子供らしく目を輝かせ、半ば奪い取るかのような勢いで画用紙を手に取り、頭上に掲げてからその場で数回ほど回転。

 ドレスの中身が見えない程度に、スカートがブワっと膨らむ様がなんとも優雅だ。

 ローラちゃんは画用紙を大事そうに抱えると、そのままパタパタ靴を鳴らして階段の方へと向かって行く。言葉からしても、帰る気が満々なのが伝わってきた。

 確かに自分の時間は取りたいが、追い出したいわけじゃない。そもそも、子供があまり気を遣うのはよくないことだ。という考えの元引き留めてみる。

 ていうか、ここから都心まで帰るのなら、交通機関を利用してもかなり遠いぞ。いくらローラちゃんがしっかりしているとはいえ、ここではいそうですかと見送るわけにはいかない。

 僕の引き留めに応えたのか、ローラちゃんは階段を降りる寸前でこちらへ振り返った。そしてクスリと、おおよそ子供らしくない妖艶な笑みを浮かべ――――

 

「ふふっ、ハルトお兄ちゃんってばやっぱりいいネ。ね、ね、やっぱりローラちゃんのモノにならない? ううん、なってヨ」

「あ、あはは……。気持ちは有難いんだけど、僕はこう見えて恋人がいるんだ。だからそういうのはちょっと無理かな」

「……そっか、それは残念。でも次があったらデートしようヨ。その時ハ、ローラちゃんの虜にしてあげル!」

 

 自分のモノにならないかと提案するローラちゃんの表情は、色恋を知らぬ子どもとは思えない。変な話しだが、キチンと言葉の意味を理解しているようにみえる。

 だからこそ一瞬だけ言葉を詰まらせてしまった。なんなら、ナツというものがなければ危うく肯定の意思を示してしまったかも知れない。

 まさに魔性と表現すべくその雰囲気は、やはり将来が心配になってしまうな。多くの男性が手玉に取られる姿がみえた気がした。

 それより短い間に随分と懐かれたものだ。諦めてないのか去り際にデートの約束を取り付けられるわ、投げキッスをこちらに飛ばしてから階段を駆け下りていくわ。

 いったいこの短時間で僕の何がそうさせたのかは甚だ疑問ではあるが、僕が抱く感想はただひとつ。

 

「……最近の子って、ませてるんだなぁ」

 

 ローラちゃんの場合は海外の血がそうさせている可能性もあるけど、よくあんな恥ずかし気もなく投げキッスなんてできるもんだ。

 例えばナツあたりにやってみてと頼んだところで、ぎこちなくなるし顔なんかも真っ赤になること間違いなし。

 それを思えば、虜にするとまで言う余裕があったローラちゃんは大物なんだろう。こうなると天晴と褒めたたえたくなってしまう。

 もっとも、それを言われるべく本人はとっくにアトリエから出て行ってしまったのだが。……とりあえず、僕も本題に入るとしよう。

 

(……っと、その前にやることがひとつあったな)

 

 ローラちゃんへのお礼も済んだし、それでは個人製作に取り組もう。だが、その前にひとつだけやっておかなくてはならないことがある。

 それは、件の愛用リュックサックに開いてしまった穴を、塞ぐことができるかどうかナツに尋ねなければならない。

 かなり長期間にわたって使用してきたせいか、このリュックサックに対する愛着というものは深く、あまり軽率に捨てるという手段を用いたくはない。

 とにかく携帯で写真でも撮って送り、ナツでも無理だと言うのならそれで諦めることにしよう。さて、件の穴はどこらだったか。

 

「…………ん? あれ、おかしいな、確かに穴が開いていたはずなのに」

 

 リュックサックの底を触ってみるも、指先に穴らしい穴が開いているような感覚は伝わらない。

 これはおかしいぞとリュックサックを持ちあげて底を目視。でもおかしなことに、目を皿のようにして確認してもやはり穴はみあたらなかった。

 ……いったいどうなっているというのだろう。もしかして僕は疲れている? いやいや、それだとローラちゃんが穴から物が落ちて行ったことに気づけるのはおかしいよな。

 まったく意味のわからない状況に頭を悩ませるも、それらしい結論が浮かんでくるはずもなく、ただ僕の脳内にはモヤモヤが張り巡らされた。

 ……ならいいか、やっぱり悩んでる暇がもったいないんだから、個人製作に手をつけることとしよう。もうしばらく頑張れば、ナツの手作り弁当に舌鼓を打つことができるぞ。

 そうやって、とにかく自らを奮い立たせる僕であった。

 

 

 

 

 

 




ローラちゃん……いったい何者なんだ……。
というわけで、後から効いてくるパターンの地味~な初接触でした。
しかもああいうタイプに割と気に入られてしまうという。
果たして彼女の真意とは? 晴人の明日はどっちだ!?
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