ハルトナツ   作:マスクドライダー

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今回は希薄どころか一話丸々出番がなくなってしまった……。
ま、まぁ、次回はキチンと一夏ちゃんメイン回なので……。





以下、評価してくださった方をご紹介。

いかだら様 クルル・クルル様

評価していただきありがとうございました。


第69話 玩具

「ただいマー。ロキちゃん帰ったヨー――――」

 

 住処としている自室の扉を開いて中に入ると、ロキがまず感じたのは腹部への強烈な衝撃。思い切り拳で鳩尾を殴られたのだ。

 聞くに堪えない嗚咽をこぼしながらその場にへたり込むと、やせ我慢なのは明白だが、口元を歪ませつつ自身を殴った相手を見上げた。

 美女ではあるが、見ただけでわかる厳格で峻烈な雰囲気を纏う者。ロキとは何もかも正反対の性質を持つと言える者――――トールだった。

 トールの顔は基本的にポーカーフェイス。楽しかろうが悲しかろうが、あるいは喜んでいようが怒っていようが、眉ひとつ動かないのが常だ。

 が、それこそ雰囲気だけでわかることもある。ロキを眺めるトールを見たとき、九分九厘の人間が怒っているであろうことを察するはず。

 そんな怒り心頭のトールは、片手でロキの首を思い切り掴み、そのまま足が宙に浮くほどに持ちあげた。

 これには流石に煽る余裕もないのか、ロキは足をジタバタとさせながら必死の抵抗を見せる。

 しかしロキは脆弱な子供そのもの。抵抗も空しく、目に涙を溜めて許してほしい旨を伝えるほかなかった。

 それが例え、絶対に離してもらえないであろうことがわかっていても。

 

「トール、そこまでだ」

「聞けん」

「はぁ……。私が言いたいのはそうじゃない。既にロキの術中という意味さ」

「むっ」

 

 優雅に紅茶を啜りながら静観していたオーディンだったが、トールにロキを離すよう命じた。

 明確な上下関係はないものの、一応はオーディンがリーダー格なだけに、それはお願いという範疇でないことは確実。

 いくらオーディンの命令でも、という具合にトールは非常に短く答えた。

 オーディンはだいたい予想通りの回答に溜息をひとつ。そして、ロキへの恩情で止めろと言っているのではないと意味深な言葉を放つ。

 トールがそれはどういう意味かと聞き返そうとしたところ、ロキの首を掴んでいるはずの感覚が一気にフワフワなものに変貌。

 トールが再度手元に目をやると、掴んでいるのはロキではなく、自分もよく使用している慣れ親しんだクッションではないか。

 してやられたと思うよりも前に、クスクスと小馬鹿にするようなロキの笑い声が室内へと響く。

 

「ウフフ、相変わらずわかり易い単純さだよネ。ロキちゃんがなーんの対策もなしに入ってくるわけないじゃン」

「ロキ、味方にそれを使うなと言ったはずだが」

「オーディンも余裕ぶっこいてるけド、気付かないなんてかなり怒ってるみたいだネ」

「は? なんの話を――――」

「コレ、なーんダ?」

 

 先ほどまでの泣き顔はどこへやら、ロキはオーディンの座るソファの対面へと腰掛けている。

 声だけでなく、その表情もまた憎たらしい。まるで初めからすべて私の掌の上です、とでも言いたげに見える。

 そんなロキに注意を呼び掛けるオーディンだったが、煽りの対象がトールから自分に移り、意味が分からないと眉をひそめる。

 ロキがこれまでになく口元を三日月型にゆがめると、その手に持っていたティーカップをこれでもかとオーディンに見せつけた。

 気づいた時には既に遅し。オーディンの手元からは、先ほどまで飲んでいたはずの紅茶が消えている。

 ロキはオーディンが手元を見る仕草を眺めてから、それはそれは愉悦そうに紅茶を啜る。しかもわざとズズズっと音が鳴るように。

 

「ん~……やっぱいい葉を使ってるヨ。あ、オーディンの淹れ方が上手いのかナ」

「貴様」

「トール、やるだけ無駄さ。……ロキ、言い訳があるなら聞くよ」

 

 まるで何事もなかったかのようなロキの態度に対し、やはり我慢が効かないのかトールが詰め寄ろうと足を鳴らす。

 だがそれを止めたのは煽られた本人だった。とはいっても、頭が痛そうな顔つきを隠すことはできないようだが。

 やるだけ無駄と言われて同意せざるを得ないのか、トールは静かに頷いてから寝室へと消えていく。よほど惰眠をむさぼるのが趣味のようだ。

 オーディンはその背が消えるのを待ってから、組織の計画も揺るがしかねないことをしてくれたロキに、どういうつもりだったのかと問いかけた。

 

「だってロキちゃん言ったじゃン。スルトをからかいに行きまース。ってサ。オーディンもスコールも止めなかったかラ、そのままお兄ちゃんのところにレッツゴーってわケ」

「キミに言葉狩りどうこう言われたくなくなったな。……まさかとは思うが、その絵をスルトに見せる気ではないだろうね」

「え、何言ってんノ、そりゃ見せるヨ。最大の目的はコレだったんだからサ」

「勘弁してくれ、ここら一帯が焼け野原になる」

 

 ロキの傍らには、晴人が描いた似顔絵がこれ見よがしに立てかけられている。

 ロキの晴人への接触について理由を問えば、スルトをからかうためだと返答が。だとするなら、その絵が何を意味するかなんてオーディンはよく知っている。

 もちろんロキとて、オーディンの焼け野原という発言を含めて承知の上。それでも己の退屈をしのぐためであるなら、彼女にとって周囲の全ては玩具に過ぎない。

 そう、ロキの恐ろしいところはそこだ。敵も味方も関係ない。一応は亡国機業に所属しているだけであり、気分次第でどのようにも立ち振る舞う。

 困った性分であるからこそ、例え一時であったとして、今ロキの胸の中にある想いは間違いなく本物だった。

 

「それなんだけどサ、いつかは大っきいケンカになっちゃうヨ」

「わかるように言ってくれ」

「ハルトお兄ちゃん、ロキのモノにする予定だかラ」

 

 ロキはまた紅茶を一口すすると、涼しい顔してスルトとの大きな衝突は免れないと言い張る始末。

 理由を聞いてみれば、晴人が欲しくなったと言うものだからまた始末の悪い。なぜなら、オーディンはそれがロキの気まぐれであると理解しているから。

 早めにスコールに謝罪を入れておくべきかと天を仰いだところで、オーディンはロキの言葉に違和感を覚えてすぐさま向き直る。

 

「予定? それはどういう意味だ。まさかとは思うが……」

「うン、試したけど効かなかったノ」

「接触をする際は使ったんだろう。それはどうなんだい」

「ああ、そうだネ、そっちは効いてたヨ」

「だとすると、その理由は――――」

 

 効いただの効かなかっただの、恐らくは先ほどトールがいつの間にかクッションを掴んでいたり、オーディンの手から紅茶を奪い取った現象のことだろう。

 それが晴人を我が物にせんがため使ったのに、その時だけは効かなかった。これこそロキが晴人に執着する理由である。

 同じくオーディンもその理由を察していただけに、そんなことがあり得るのかと神妙な顔つきになってしまった。

 なぜならそれは、晴人の一夏への愛ゆえに――――

 

「いやぁサァ、初めてなんだよネ、効かなかった人っテ。んでもっテ、その理由がサ、ハルトお兄ちゃんがアレのこと好き好き大好きっ! とか。……それなーんか癪で癪でネ~」

「キミなりのプライドっていうわけだ」

「まぁそれもあるけドー………………クヒっ! イヒヒヒヒヒヒ! 奪うのに成功した時のサァ、アレとスルトの顔をサァ、想像してるだけで笑いが止まらないんだよネェ! ウヒハっ、フゥィッヘッヘッヘッヘァッハッハッハッハッハッハッ!」

「……正真正銘、キミは間違いなくロキだよ」

 

 ロキにとって晴人とは、そういう意味で退屈をしのがせてくれる絶好の玩具だった。

 略奪に成功した時のことを想うだけでこれだけ楽しいのだ。つまりはアレコレと策を練っていられる間は、退屈るなんて言うこと自体があり得ない。

 ロキはこれまでと同じ普通の笑みではなく、狂気に満ち溢れたかのように顔を歪め、そして腹を抱えて下種な高笑いを上げた。

 聞いているとこちらの気が触れてしまいそうな笑い声を前にして、オーディンの口からは思わず皮肉こぼれた。

 北欧神話においてかなり著名な神にして、知れば知るほどあらゆるものを引っ掻きまわすトリックスター。それこそがロキ。

 確かにこの完全なる個人的理由での悪だくみ。彼女にロキのコードネームを与えた者は、よほどその性質を見抜いていたのだろうか。

 

「そういうことだかラ。大人しく違う隠れ家とか探しとくんだネー」

「待ちたまえ、話はまだ終わっていないよ」

「明日聞くヨー。ロキちゃんはお風呂入って寝まース。ほラ、寝不足はお肌の大敵だシ? ハルトお兄ちゃんのためにも綺麗でいないとだかラ」

「回り回って自分のためだろうに。それにしても、効かなかったか。ふむ、にわかには信じがたいものだ」

 

 ロキは残った紅茶を一気に飲み干すと、カップとソーサーはオーディンに返して風呂場へと向かって行った。

 もちろんオーディンは引き留めるも、当のロキはどこ吹く風。妙に色っぽい仕草で己の頬を撫でてから、その小さな背中は脱衣所の向こうへ消えてしまう。

 あまりの肝の太さに言葉が出ないし、オーディンとしても一周回って清々しい気さえしてしまう。無論、それはあくまで気がするだけだが。

 完全に一人となってしまったリビングにて、オーディンはぼやきつつも、その思考はある方向へと進路を変えていった。それはずばり、日向 晴人その人についてだ。

 ただISを動かせるというだけで、特に注視するべき点はない。というのが間違えようのない評価だったはずなのに、愛の力ひとつでロキにも対抗しうる精神力を得るとは。

 以前愛の力は偉大だと冗談交じりに言い放ったつもりだったが、そうなってくれば文字どおり無視できる点ではない。

 

(……一応だが、スコールには話しておくとしよう)

 

 いくらチームワークが皆無に等しかろうが、組織という形態をとっている以上いわゆるホウレンソウというやつは非常に大事なこととなる。

 むしろ晴人を大したことはないというイメージに導いたのは、他でもない自分であるにも等しいのだから、訂正を入れるべき情報を得たのなら伝えない手はない。

 オーディンはカップとソーサーを流し台で適当に片付けると、勢いよく自室を飛び出てスコールの住む部屋へと向かう。

 ただひとつ心配なのが、晴人とロキの接触をスルトに悟られないかどうか。そうなってしまったら最後、一瞬にしてこのホテルが消し炭と化すだろう。

 だからこそオーディンは、既に並べるべき言葉とそうでない言葉を脳内で精査を始めていた。ついでに、無駄な努力で終わらなければいいが。……とも思うオーディンであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虹色の手甲(ガントレット)ォォォォッ!」

「しまっ――――ぐああああああああっ!」

『そこまで! 勝者、日向くん!』

 

 

 放課後のアリーナに僕のシャウトが響き渡る。

 次いでヘイムダルの右腕が、対戦相手であるラウラちゃんにぶつかる音が。

 次いでラウラちゃんが地面へと墜落する音が。

 次いで僕の勝ちを告げる楯無先輩の声が。

 そして訪れる数秒の静寂。そして訪れるは、またしても僕のシャウトだった。

 

「っ…………っしゃあああああああああっ! 勝ったああああああああああっ!」

 

 緊張と疲労で息も絶え絶えだったというのに、あまりの歓喜に耐えきることができず僕は残った力を振り絞って腹から叫んだ。

 やった、やったぞ……! 手加減抜き、正真正銘のガチンコ勝負でラウラちゃんに土をつけることができたんだ……! これで目標達成だ。

 もうすぐ学園祭本番となったこのごろ、楯無先輩とナツ以外の専用機持ちに、一回は勝利することができた。

 もちろんそのぶん黒星の数は半端ではない。それこそ、一回の勝ちなんかでは相殺できないくらいの回数負けてしまっている。

 だけど、それでもだ。みんなが僕に協力してくれた。みんなが飽きもせずに挑む僕を受け止めてくれた。

 そんな中でもぎ取った勝ちを、たった一回だろうがなんだろうが誇らないでどうする。みんなに対して失礼なことだ。

 

『日向くん、大丈夫かしら』

「あ、はい、すみません、なんか、いろいろと、いっぱいいっぱいで」

『とりあえず深呼吸! 気持ちを落ち着かせて、それから降りて来なさい。大切な人が待ってるわよ』

 

 達成感と自分の勝利に半信半疑な気持ちがせめぎあって、どこか呆然としてしまったようだ。

 僕の意識を引き戻したのは、通信機越しに聞こえる楯無先輩の声。彼女の声も、心なしか嬉しそうに聞こえる。きっと、僕の成長を喜んでくれているんだろう。

 そもそもとして楯無先輩は僕の師匠のような気分であるのか、逐一アドバイスのようにして僕に語り掛けてくれる。

 今回もその例に漏れず、とにかく落ち着くよう優しく促された。……いや、どちらかというなら姉の気分なんだろうか。

 それはいいとして、本当に落ち着くことにしよう。ラウラちゃんにも声をかけておきたいし。よし、息を深く吸って~……吐いて~……。

 ……ん、大丈夫そうだな。まだ心臓はバクバク言ってるけど、思考が真っ白になってしまうということはなさそうだ。

 自分の心境を確認してから、慎重にヘイムダルの高度を落としていく。

 どうやらラウラちゃんも僕のことを待ってくれていたようで、既に立ち上がっていた彼女は、地に足をつけた僕に歩み寄って来た。

 

「弟よ、やるではないか。完全にしてやられたぞ。まさかあのような方法で急な進路変更を実現するとは」

「ラウラ姉さんがAICを使おうとしてるのが見えて、捕まるもんかって必死だったんだ。そしたら、僕も無意識のうちにああしてたっていうか」

 

 最後の駆け引きとなったのは、強引に接近してでも虹色の手甲(ガントレット)を当てようと試みた際のことだった。

 僕は爆発的に速度を上げるギャラルホルンを一瞬だけ使用し、ラウラちゃんとの距離を詰めようとしたんだけど、向こうからすればそんなのお見通しだったみたい。

 近づくまでの一瞬がスローモーションになって見えたと思ったら、ラウラちゃんが右腕を掲げようとしているのが見えたわけ。

 あのスローモーション、どこか負けを確信したからそう感じたんじゃないかと思っている。

 だけど負けたくない、負けてたまるかとも思っていたし、きっとそちらの想いが強かったからこそ僕は勝っているんじゃないだろうか。

 

「ならば機体と武装のことをキチンと把握している証拠だな。そうでなければ、橙色の熱線(ヒート・レイ)を進路変更に使おうなどと思わんぞ」

「ありがとう、嬉しいよ。母さんがくれた力だからね。しっかり扱うことで報いたいっていうかさ」

 

 僕は瞬時に変形機構を橙色の熱線(ヒート・レイ)へと変更させ、とにかくあらぬ方向へと発射させた。

 橙色の熱線(ヒート・レイ)はPICを弄らなければ、発射の衝撃で後退するほどの威力を誇る。その性質を利用して、無理な進路変更を実現させたということ。

 ラウラちゃんからすれば、意表を突かれたとしか言いようがなかったろう。かつ、AICの発動に集中力を割き過ぎたせいで咄嗟の対処ができなかった。

 そこを狙って虹色の手甲(ガントレット)を発動。ラウラちゃんを殴り飛ばし、見事フィニッシュとなってくれた。

 だからこそか、ラウラちゃんのヘイムダルのことを理解しているという言葉は、シンプルにとても嬉しいものだ。

 普段は棘のある物言いをしているけど、ヘイムダルのことについては母さんにとても感謝している。……調子に乗るから絶対に口にはしないけど。

 

「さて、そろそろ私は暇しよう。姉さまが待っているのだろう? 早く行ってやれ」

「うん、そうするよ。ラウラ姉さん、今日もありがとう。よければまた、対戦よろしく」

「もちろんだ。いつでも相手になるぞ。ふふ、次は負けんからな」

 

 それからひとことふたこと交わしてから、ラウラちゃんは引き留めて悪かったと足早に去ってしまった。

 ……確かに今すぐ会いたいって気持ちはあったけど、すぐそこに居るからなんとも言えないな。ま、気持ちはありがたく受け取っておくけど。

 っていうか、着替えとかもいるからどのみち急がないと早く会えないんだったな。ナツは気にしないんだろうけど、最低限のマナーは守らないとだめでしょ。

 とはいえ楯無先輩の総評に関してもあるし、シャワーを浴びるなど長時間拘束されてしまうことは諦めることにしようかな。

 男子更衣室に入るや否や、手早く汗を拭きとってから、手早く汗拭き清涼シートで目立つ部分を拭いていく。

 そして制服を着こみ廊下へと出れば、目的地へ向かうまでに汗をかいてしまう、などという本末転倒なことにならないような速度で急ぎ足を運んだ。

 行くべき場所は管制室。あそこならモニタリングしつつ指示も出せるし、なにより他の生徒は特別な用事がなければ入れないという、裏の顔を持つ生徒会にとってはうってつけというわけだ。

 正式に所属はしていないものの、一応は秘密を知るものとしてなんの遠慮もなく入室。すると、生徒会の面々が笑顔で出迎えてくれた。

 

「おお、ひむひむ待ってたよ~。まずはおめでと~! ほんとに目標達成しちゃったね~」

「うん、素直にすごい……。相性の問題もあるけど、私だって勝つのは難しい相手もいる……。というか私も負けてるし……」

「愛の力ですね。素敵なことです」

「はい、主にそれが動力源――――って、ナツはどこです?」

「さっきまで居たんだけど、部屋に戻るって言ってたわよ。ま、人の目も多いし仕方ないわよねぇ。日向くん、すぐ済ませるから少し話させてちょうだいね」

「もちろん。今日も総評のほう、よろしくお願いします」

 

 みんなして祝福の言葉を投げかけてくれているというのに、そんなことよりもみたいな感覚でナツの所在を尋ねてしまう。

 聞くや否や、楯無先輩から一足先に部屋に戻ったとの伝言が。

 確かにそれはいい判断だったのかも知れないな。多分だけど、ナツの姿を見るなり抱きしめにかかったろう。

 別に他人に見られることそのものに抵抗はないが、ゆっくりできる状況下のほうが適しているというのも間違いではない。

 何より部屋に戻るのがより楽しみになったことだし、今日も楯無先輩からのありがたいお言葉をいただこう。

 気にしてはないけど、いつもは厳しい言葉を並べられがち。ようやくして目標を達成した今ならば、少しくらいは高評価をもらえるだろうか。

 

「とてつもなく失礼なことを言うけれど、まさか本当に私と一夏ちゃんを除いた全員から一勝をもぎ取るとは思ってもみなかったわ。日向くん、なんだかんだ候補生クラスの実力は身に着いたんじゃないかしら」

「僕が……候補生クラス、ですか?」

「専用機込みでの話、ね。それでも上から数えたほうが早いでしょう」

 

 今までが今までだけに、手放しで褒められてしまうと余計にむずがゆくて仕方ないな。

 それにしても候補生クラスとか、実力的に上から数えたほうが早いとか、いきなり大きく出た感じはある。

 かつての僕ならそれは言い過ぎだのと考えていたろうけど、そんな言葉を聞いても釈然としていられる。それに、自信が芽生えるかのような感覚も過った。

 

「ただし! まだまだ未熟なのもまた事実よ。少しでも勝率が上がるよう、詰められるところは詰めていかないと」

「相手は国家代表並みである可能性が高い、ですもんね。ならこれから僕がするべきは、トリッキーさに磨きをかける。……とか?」

「そうね、多彩な武装から予想外の攻撃を意図して繰り出せるとよりよいでしょう」

 

 全員に勝ちはしたのはいいものの、やはり勝率の問題については言われてしまった。

 楯無先輩も全員に十割勝ち続けろとまで言いたいわけじゃないだろうけど、当日までにせめてもう少しづつでも勝ちが増えるよう、やるべきことをしていかなければ

 しかし、意図して繰り出せるようにと言うあたり、今日の対ラウラちゃんで勝ち筋となった策は偶然の産物であると見抜かれているみたい。

 でも確かに一理あることだし、トリッキーさを活かせっていうのは、もうひとりの師匠であるシャルルにも言われたことだ。

 それが未だにこうして日の目をみないとなれば、もっともっと改善する必要があるみたい。そのあたりが詰めるってことなんだろうな。

 

「細かいところを指摘しようと思えばまだあるけど、今日のところはこのくらいにしておこうかしら。私も達成感に浸るなっていいたいわけじゃないし」

「僕だって、慢心するつもりはないですよ。これからも精進あるのみ、ですから!」

「うんうん、前時代的になってしまったとはいえ、やっぱり男の子はそうでなくっちゃね。よろしい! それが聞けて安心したところで、今日のところは解散!」

 

 やはり学園最強からして言えば、立ち回りの粗はまだまだ目立つみたい。だが致命的なミスではないのか、今日のところはサービスで指摘しないでおくとのこと。

 せっかくの厚意だ。先方がそう言うのなら、ここは甘えさせてもらおう。ただし、心に隙がないというのは示しておく。

 僕が拳を握りながらそう宣言してやると、楯無先輩は天晴と書かれた扇子を広げる。えーと、よく言った、みたいなニュアンスで受け取ればいいのだろうか。

 開かれるたび文字が変わっている仕組みが気になって話半分になってしまっている間に、楯無先輩は手を叩いて解散の音頭を取った。

 ……なんだか一人で勝手に締まらない感じになってしまったが、ひとまず礼をしてから生徒会メンバーに別れを告げて管制室を出た。

 みんなはこれからまだまだ話し合いがあるんだろう。学園祭が近づくにつれ、なんだかゆっくり話せる時間も減っているし。

 それもこれも僕とナツのためであると思うと本当に頭が上がらない。

 僕は胸に湧き上がる熱い何かを感じつつ、管制室の扉に向かって一礼。それから待ち人が出迎えてくれるであろう、自室へと向けて歩を進め始めた。

 

 

 

 

 




【スルト】が何者かに関してお察しの方もいらっしゃるでしょうが、ここでの明言は避けさせていただきますがあしからず。
ウチではいろいろと登場人物の事情が異なるので、彼女もその対象のうちの一人である。という理由から、スルトになっている。というところでしょうかね。

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