ハルトナツ   作:マスクドライダー

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第72話 いざ学園祭巡り! part2

「ナツ、行きたい場所は決まった?」

「あ、いろいろあったせいでちゃんと考えられなかったな。う~ん……」

 

 とりあえず漫研で起きたことはなかったことにしていく方向で。例の件を除けば、僕にとってはかなり勉強になったし。

 だから今度はナツの向かいたい場所へ行く番なんだけど、それこそ例の件があったせいでまともに考える暇がなかったみたい。

 僕の問いかけにナツは腕組しながら唸り、あれやこれや考えている。まぁ、いくつかあった候補から選ぶだけだし、そう時間がかかることでもないだろう。

 

「……うん、やっぱりあそこにしよっと」

「よし、それなら早速向かうことにしよう。どっちの方面?」

「えーっと、確かここと同じ実習棟だったと思うんだけど」

 

 悩んだ末にナツが導き出した答えは――――なんなんだろ? わからないけど、とにかく同じく実習棟らしい。

 なら教室棟である二組と四組の線は消えるか……。いや、むしろフユ姉さんもなんだけど、会いに行ったはいいけど不在とかもあり得るからいい判断だよな。

 だとするなら、やっぱり僕がわからなかった最後の候補になるんだろう。でも、う~ん……やっぱりピンとこないなぁ。

 そもそもナツがこういう催し物で、どうしても行きたい場所があるっていうのがまず珍しい。中学の時なんかは適当にぶらつくのが主だったし。

 まぁ、ナツも女の子になってから興味の対象が変わってるようではあるから、何を考えたところで無意味なのかも知れない。

 そうして先導されることしばらく、見えてきたのは……家庭科室? ということは、ナツがどうしても行きたかった場所って――――

 

「……研究部被り?」

「あ、そう言われてみれば。そうだよ、料理研究部。いやぁ、実は入部そのものも迷ったりしてたからさ」

 

 別に被ったからなんだって話ではあるんだが、ナツも僕と同じく研究部と名のつく料理研究部を覗くつもりでいたらしい。

 曰く、実は入部するかどうかも迷っていたとのこと。

 もちろん初耳であるし、かなり意外に思える。だって正直なところを言わせてもらうと、ナツにはあまり必要性がないような気がするから。

 前にも言ったけど、ナツが料理を作ると一年単位で同じメニューが出ることが稀だ。その事実は、ナツのオリジナルメニューが豊富である証拠にもなる。

 

(……だからって本人に必要? って聞くのは失礼な気がする)

「ふふっ、本当に必要かって顔してる。見ればわかるよ」

「あ、や、ご、ごめん。別にナツの意志を否定しようってことじゃなくて!」

「わかってるって、むしろ褒めてくれてるんだからそこまで慌てなくていいじゃん」

 

 心を読まれるどころか、顔に出た想いを読み取られてしまった。これだから家族同然の幼馴染ってやつは。いや、単に僕がわかりやすいだけかな。

 失礼かなとか考えていただけに、それを読み取られてしまってはさぁ大変。僕は盛大に挙動不審になりながら、手をバタバタさせて訂正を入れた。

 わかっていたことではあるが、ナツは見方を変えれば自分を褒めているじゃないかと僕を宥めにかかる。

 ……でも大衆の面前にして、まるでペットを愛でるかのように頭をワシャワシャと撫でるのは止めてほしい。某動物大好き老紳士もビックリな手際だぞ。

 だが僕の髪をかき乱すような手つきはだんだんと大人しくなり、完全に止まったかと思えば、頭から滑らすようにして僕の頬を包みこんだ。

 

「私が料理好きな理由って、ずっと昔からハルなんだと思うんだ」

「その昔って言うのは、その、そういう昔から?」

「うん、義務感なんか覚えたことないよ。流石にちょっとベクトルは違うけどね。昔は完全に弟って思ってたし」

 

 ナツはとても飲み込み早くて、箒ちゃんと出会った頃にはほぼ完璧に料理を手に付けていたっけ。

 そうやって思い返してみると、確かにナツがしんどそうな表情でキッチンに立っていた姿は記憶にない。

 それは何より、僕がナツの手料理を美味しく平らげるからだと言う。今も昔も、ナツが男の時でも、女の子になっても。

 完全に胃袋を掴まれてるし、なんなら僕にとってはナツの料理こそがおふくろの味というやつと表現しても過言ではない。

 僕としては普通に美味しくいただいていただけなのに、それがナツの原動力になっていたならとても嬉しく思う。

 

「けど、今の私はハルの奥さん。弟としてじゃなくて、人生の伴侶としてのハルに、もっともっと美味しい料理を食べてもらいたい。だからね、まだまだ上手になるために、できることはなんでもやろうって思ってるの」

「…………」

「ふふっ、キスしたいって顔してる」

「……わかる?」

「うん、わかる。だって、私もしたいって思ってるから」

「ナツ……」

「……しちゃう? 私は、いいよ」

 

 ナツが料理に関する精進を怠らないのは、ただ僕のため。僕にもっと美味しい料理を提供するためなのだ。ナツはとても愛おしそうな表情でそう言った。

 相変わらず健気に、そして一途に僕のことを想ってくれる。本当に本当に、あまりの幸福感でいろいろと受け止められなくなってしまう。

 僕は思わず、かなり強めに自身の唇をキュッと一文字に紡いで閉じた。だって、そうでもしなければ耐えられそうになかったからだ。

 何をって、ありていに言えばキスのこと――――なんだけど、どうやら我が愛しい奥さんにはお見通しなようで。その理由は自分が今したいから、だそうな。

 ……そんなことを言われてしまっては、大衆の面前だというのに心が揺らいでしまう。

 それだけならまだよかったのだろうけど、あろうことかナツは僕の葛藤をぶち壊すかのような発言をし始めるではないか。

 僕は今、いったいどんな顔をしていることだろうか。眼前のナツは悪戯っぽく笑い、僕の反応を楽しんでいることが伺える。

 ……ならばその顔、笑えなくしてやろうか。なんて思ったりもしたが、やはりナツとの大切な時間を他人にみられるのはちょっとな。

 恥ずかしいから嫌とかじゃなく、誰の目にも入れたくなんかない。だから今は耐えて耐えて耐えて耐え抜いて、全てが終わってから堪能させてもらうことにしよう。

 

「気持ちは嬉しいけど、またあとでね」

「ふふっ……。うん、楽しみにしてる」

 

 またあとでと耳元で囁くと、ナツも僕に倣ってか耳元へ囁く。しかも超が付くほど肯定的だ。てっきり少しは照れるかと思ったんだけど。

 ……それにしても、キスだけで済ますことができるだろうか。僕としてはそこが一番の懸念であり、最大限にまで冷静さを求められることになるはず。

 ……まぁ、その時はその時か。なんとかなるだろ。そもそも警護の目的があるとして、僕らを同室にするほうが悪いんだ。

 さて、それならいつまでも家庭科室前でイチャイチャしてないで、ナツの目的であるスキルアップをはかることにしよう。

 扉をくぐってみると、客層はやはり校内外問わず女性しかいない。……僕にとって、なんら珍しくない光景になってしまっているのがなんとも悲しい。

 しかし料理研究部が出し物って、いったい何をするつもりなんだろう。やっぱり料理教室とか、そういう実用的なことをするのかな。

 

「おっ、レシピ本の販売か。……ますますもって、僕の時とモロ被りだね」

「そこのところは気にしなーい。にしても、かなり細分化されてるなぁ。商売のやり方としては上手いのかも」

 

 さっきも本を物色したばかりだというのに、まさかナツの用事でも同じことになるとは。無論、漫画とレシピブックじゃまるで違うのは理解してるけど。

 ナツがあれやこれやと手に取っているが、表紙を見るにメインとして使われる食材が分かれているみたいだ。

 なるほど、肉料理、魚料理、スイーツ類等々を一冊の本にまとめるのではなく、分別することで細分化を図ったんだな。

 そうすれば、自ずと購買数も増えることだろう。ナツが困った顔しながら言ったとおり、これは上手い商売のやりくちだな。

 でも、それに見合った努力はしてるみたいだからすごいよね。細分化されてるってことは、それだけ載せるメニューも数を考えたってことだし。

 試しにナツが読んでいないものを手に取り開いてみると、どれもがオリジナリティにあふれている。……たまに攻めすぎでは? みたいなのがチラホラあるけどご愛敬。

 

「ん~……。ん~……。……ハル」

「ごめん、いつもの返ししかできない」

「だよねぇ。ならば、肉、魚、野菜! この三種なら間違いないでしょ」

 

 ナツは僕にどれを食べてみたいか希望を聞いて、それから購入するレシピを決めようとしたみたい。

 しかし残念なことに、僕はナツが作ってくれる料理ならなんでもよくて、言ってしまえば全部ということになる。

 一般的に本屋で販売されているものと比較すればもちろん安価だが、全部を購入するにはあまり財布に優しくない。くらいには細分化されているんだよ。

 ナツは僕がいつもの返事しかできないと知るや、パッパッパと小気味よく三冊のレシピを購入することに決めたみたい。

 肉、魚、野菜、ね。まぁ確かにドがつくほど安パイというか、まず間違いないって感じのチョイスだよね。基本メイン級の食材なわけだし。

 どっちにせよあまり関係ないか。ナツなりのアレンジを加えて提供されることだろうし、載ってる内容そのままの料理が出てくることはまずないと考えていい。

 となれば、実際に出てくる際のことを楽しみにするとして、もう少し家庭科室内でできることをして過ごすことにしよう。

 

「あ、看板……。え~と、ナツ、料理教室みたいなのは、決められた時間にしかやってないみたいだね」

「まぁ、そうじゃないと何回も同じことを説明しないとならないもん。仕方ないよ。何か他にめぼしいものは――――」

「それならこちらの企画に挑戦してみるのはどうかな、織斑さん」

「り、りんご片手に話しかけるってことは、皮むきってことかな?」

「ズバリ正解! いやね、実は前々から噂になってた織斑さんの実力を知りたくってさー」

 

 看板に書かれているタイムテーブルや企画内容を眺めていると、不意にナツがリンゴを所持した部員の子に声をかけられた。

 わざわざリンゴを持って現れるあたり、どういったものかはお察しのとおり。リンゴの皮むきを、どれだけ途切れさせずに長く行えるかっていうチャレンジみたい。

 ちなみに残った実の方は、随時部員たちがジャムやアップルパイに調理しているそうな。……なんかちゃっかりしてるな。それも売り物になったりするんだろうし。

 しかし、ナツの腕前が噂にねぇ? この学校って五教科とISの授業以外あってないようなものだから、あくまで噂程度に落ち着くんだろう。

 贔屓目かも知れないけど、家庭科とか調理実習が大々的にあるなら、とっくの昔に周知の事実になってると思う。そのくらいにナツの料理は美味しいのです、はい。

 肝心のナツだが、挑まれると燃えるタイプだから、こういうのを持ちかけられて受けないはずはない。そのニヒルな表情から、どうせ獲るなら一位だと考えているのが丸わかり。

 

「ハル、ちょっとこれ持ってて」

「はいはい。調子に乗って怪我とかしないでよね」

「ふふん、見くびるなかれ。超絶技巧をとくとご覧にいたしましょう!」

(……右手、閉じたり開いたりしてる。狙いすぎて失敗するパターンだなこれ)

 

 購入予定のレシピを僕に預けたナツは、腕まくりをしつつ部員の子からリンゴと包丁を受け取り、あらかじめ設置してあるまな板の前へと立った。

 ナツは超絶技巧をと豪語しているし、多分だけど普段なら間違いなく一位を獲れるくらいの実力は持ち合わせているだろう。……いつもなら、なんだよなぁ。

 僕は思わず辟易しながらナツの右手に注目した。いつ見ても繊細で綺麗なその右手は、しきりに閉じたり開いたりと忙しい。

 これ、ナツの悪癖ね。悪い意味で調子に乗っている場合によくみられる動きで、これやってる時はたいがいよくないことが起きるんだよ。

 ま、今のうちにナツを慰める準備をしておこう。なんて、どこか遠い目でナツを眺める僕であった。

 

「うぅ、あんなはずじゃなかったのに……!」

「どう考えても流石に細さを追求しすぎだよ。無理があるって」

「過信は慢心を生むってやつかなぁ。う~ん、なら反省しないと」

 

 やはり僕の予想通りで、ナツはギリギリ限界までの細さを追求し、追及し過ぎた結果かなり早めに途切れさせてしまった。

 あの細さを表現するなら、う~ん……そうめんくらいだったかな? まぁ、そりゃ途切れちゃうよねって感じだった。

 僕が想像してたより何倍もの狙いっぷりに、慰めようと準備していたのが全部飛んでしまったぞ。棘のある言い方はしてないからセーフと思いたいけど。

 ナツもかなりポジティブなもので、自分の失敗を肯定的に受け止めているから問題はなさそうかな。うん、それでこそナツってやつ。

 ……でも向上心ゆえにしばらくはリンゴ尽くしの日々が続くことだろう。それこそナツはレパートリー豊富だから、飽きるってことはないだろうけどさぁ。

 

「ところで、これからどうする? 微妙に時間余っちゃってるけど」

「ああ、実は計算してそうなるように誘導してたっていうか。どうしてもナツに見せたいものがあって」

 

 ナツは携帯で時間を確認し、意外にも余裕ができてしまったと驚嘆したご様子。ところがどっこい、地味にそうなるよう誘導してたんだなこれが。

 どうして秘密裏にしなければならなかったかを聞かれると、ちょっとしたサプライズの要素を持たせようと目論んでいたから。

 最初から予定に組んでいるとっていうか、行く場所を教えた時点で僕のしようとしていることは一発でバレてしまうだろう。

 本気でこの瞬間に辿り着くまで数か月の時間を必要としたんだ。ナツの新鮮なリアクションを貰うっていう、そのくらいのご褒美はあっていいでしょ。

 

「見せたいもの? へぇ、そう言われるとなんか楽しみ。じゃあ、どこへ向かえばいいの?」

「うん、それは――――」

『生徒会よりお知らせします。一年一組所属の織斑さん、そして日向くんは、至急第四アリーナまで集合願います』

「「!?」」

 

 ナツの疑問に答えるべく歩き出そうとすると、インフォメーションを報せる鐘の音が。そして、続けて楯無先輩の声が学園に響き渡った。

 すると僕らは、けっして動揺が表に出ないよう注意しつつ、すぐさま視線を合わせて様々なこと伝え合う。

 わざわざ楯無先輩本人が呼び出しをかけるのであれば、そういう事情――――つまり、何か怪しい動きをキャッチしたと捉えるのが妥当の線なはず。

 ……見せたいものがあると言った矢先のことで、なんともタイミングが悪いとしか表現のしようがない。かといって、この放送が流れた時点で一大事なのだから無視こそ絶対ありえてならない。

 しかし、集合をかけるだけなら接敵や交戦中ってこともないわけだ。護衛対象でありつつ、囮の役割も担う僕ら集合をかける理由って……?

 

「……仕方ない。とにかく向かおう。楯無先輩の付近は、逆に絶対の安全圏ってことだろうから」

「うん、遠慮なく保護されに行こうよ。ただし、緊張は表に出さないようにね」

 

 学園最強の名にふさわしい実力を持つ楯無先輩が目の届く場所へと言っているのなら、そこらは間違いなく安全が確保されているということ。

 ナツを推してもそのあたりは認めているのか、僕の言葉にすぐさま同意した。が、ちょっとした注意もおまけつき。

 確かにそうだ。いくら生徒会長の呼び出しを喰らったとは言え、過剰に緊張の面持ちを浮かべていると怪しまれてしまう可能性もある。

 今なお僕らのことを監視していることも視野に入れるのなら、何も事情は知りませんよという体でいなくては話にならない。

 僕らはデート中になんの呼び出しだろうかと、割と本音交じりの不満を取り繕うようにボヤきながら、楯無先輩の指定した第四アリーナを目指した。

 ……うん、本音が少しは混じっているだけに、違和感のある芋演技にはなっていなさそう。なら後は楯無先輩の指示の下で、できることを全力でやるだけだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~……おはヨー……。スコール、いル~……?」

「おはよう、ロキ。もうそろそろ十時だけれど――――あら、辛そうね。何か見えたのかしら?」

「うン、久々に見えてちょっとしんどイ……。まぁ、ロキちゃんの役割だシ、報告はしに来てあげたヨ……」

 

 時刻が午前十時を回りかけた頃、呼びかけもノックもなしにスコールの住む部屋のドアが、かなり大人しめにゆっくりと開かれた。

 わずかに開かれた隙間から顔を出したのは、パジャマ姿のままのロキだった。あちらこちらが継ぎ接ぎされた、大きめのクマのぬいぐるみもおまけつき。

 もうすぐ十時なのにおはようもあるかと一瞥くれたところで、スコールはロキの異変に気が付いた。と同時に、部屋を訪ねてきた理由も理解した。

 ロキはよほど体調が悪いのか、スコールの座るソファに腰掛けたかと思えば、そのまま倒れ込むようにして横になった。

 そして、片言交じりの言葉使いで不可思議なことを述べるではないか。

 

「このままいくト、オータム捕まると思ウ」

「っ!? ただ負けるだけじゃなく、確保されるシーンも見えたのね?」

「うン、なんパターンか見えたけド、最終的には全部そうだっタ」

「オーディンはどうしてるのかしら」

「トールを叩き起こしテ、スルト探しにいったヨ」

 

 まるで根拠もなにもあったものではないロキの言葉に、スコールは目に見えて動揺をし始めた。

 そう、まるでロキの言葉そのものが根拠であるかのように。

 ロキは体調不良ゆえか、それとも本気で興味がないのか、焦るスコールとは対照的に淡々とした様子でひたすら問われた質問に答える。

 スコールにとって肝心なのは、オーディンが報告を受けているか否か。残念なことに、ロキの言葉が本当ならすぐ現れてはくれないだろう。

 とはいえ独断で諸々を行うことこそ愚行と考え、歯がゆいながらも全員集合をひたすら待ち続けた。

 カチカチと時計の秒針が動く音が虚しく感じられたころ、廊下の方から複数人のバタバタと慌ただしい足音が響き始めた。

 

「スコール!」

「ええ、今しがた報告を受けわ。それで、どう動こうかしら。捕まるとわかって放置するのもどうかと思うのだけど」

「もちろん、救助には全力を尽くす方針でいこう。……ロキ、何か他に役立ちそうな情報は――――」

「すぅ……すぅ……」

 

 ドアをくぐった人物は三名。オーディン、トール、スルトだ。

 みせたリアクションも三者三葉であり、オーディンはできるだけスコールの近場に立ち、トールはそこから更に一歩引いてリーダー格二人のやりとりを静観。

 そしてスルト――――スレンダーな体躯をした黒髪の少女は、本気で興味というものがわかないのか、せっせと部屋隅にある一人かけのソファへ腰掛けた。

 自分たちは組織として動いている。個人的な感情で即断即決し、オータムの救助を最優先とすることなどできない。

 そのための確認事項だったが、存外オーディンも見捨てる気はないらしい。が、その表情をみるに、かなり難しいことであるのには変わりがなさそうだ。

 ひとまずオーディンは情報の整理が第一と考えた。そこでロキに頼るほかないと意見を募るも、体調不良の延長で眠ってしまったらしく、静かな寝息を立ててしまっている。

 

「起こすか?」

「不要だトール。むしろ都合がいい。ところでスコール、作戦中止も視野に入れておくべきと思うが」

「……そうね。最終的な判断は、ロキが再度目覚めてからでもいいでしょう」

 

 どこか私怨が混じっているような気がしなくもないが、トールは容赦なく眠るロキを起こすかどうかの判断を仰ぐ。

 しかしすぐさまオーディンが制し、半ば無視するようなかたちでスコールへと声をかける。

 この光景を目の当たりにしたトールは、頭の弱い自分がでしゃばるのは止めよう。とても考えたのか、腕を組みながら静かに目を閉じる。

 だがそれから時間も経たない間に、ロキがゆっくりながらその身を起き上がらせ始めた。

 スコールとオーディンの両名は、変に問い詰めるようなことをせずロキの第一声をひたすら待つ。

 そしてロキはゆっくりゆっくりとある方向へと力なく指をさし、ほんの短い報告を行った。

 

「スルト」

「スルトが、どうしたというんだい」

「スルトが見えタ。多分、助けられる可能性があるなラ、スル……ト……」

 

 どうやらロキが指さしたのは仲間内の輪から外れているスルトで、スルトならばオータムを助けられる可能性があると告げた。

 後は完全に力尽きたらしく、まるでこと切れたかのようにパタリと力なくソファに伏せる。

 一方の名ざしされたスルトはというと、相も変わらず興味もなさそうに窓の外を眺めていた。下手をすると、名指しされたことすら気付いていないのでは、というほどに。

 そんなスルトにオーディンは溜息をひとつ。ひとまずロキを安静にとトールに目配せすると、なんとも乱暴に抱え上げられ寝室へと運ばれていった。

 そしてオーディンの視線はスコールへと移動。向こうも穴が開くほどにオーディンを眺めていた。ということは、恐らく考えていることも同じである可能性が高い。

 

「スコール、キミの機嫌を損なうのを承知で言わせてもらう。スルトが例の二人と接触する不都合と、オータムの回収。秤にかけ、傾くのはどちらだ」

「オータムを見捨てる。そう言っていると捉えてもいいかしら」

「ああ、スルトが学園に向かうくらいなら」

 

 オーディンは先ほどまでの協力的な立場が一転。スルトが学園に向かい晴人と一夏の両名に接触するくらいならと、オータムを見捨てる姿勢をとった。

 これにスコールは真逆の態度を示し、まさに一触即発の様相を呈し始めてしまう。それどころか、何かのきっかけで戦闘が始まってしまいそうなほどに室内の緊張感は高まっている。

 常人であればこの場に居るだけで失神してしまいそうな空気の中で、スルトは大きな欠伸をしてからゆっくり立ち上がり、睨みあう二人の間をすり抜け出入口へと向かって行く。

 

「スルト、私をからかうのも大概にしてはくれないだろうか。私も怒るときは怒るんだよ?」

「ロキが私を見たと言うなら、既に答えは出ているはずだ」

 

 スルトが今まさに部屋から出ようとする寸前、その小さな頭めがけて黄金の槍が突き入れられた。

 目も向けずにわずかに頭を右へ動かすことで回避したスルトだったが、むしろ避けなければ完璧に当たっていたことだろう。

 明確な悪意をもっての攻撃に対して、スルトはあくまでクールな態度を崩さない。

 スルトから見て左頬をかすめそうになった槍の先端付近を掴むと、邪魔だと言わんばかりに放り投げ、それからようやくオーディンへと向き直る。

 

「安心しろ、過度な接触をするつもりはない。偶然だった場合はその限りではないが」

「偶然? もしその偶然が起きたとして、そんな我儘がつうじていいと――――」

「我儘……か。そのくらいの我儘さえ、私には許されないのか?」

 

 過度な接触というのは、つまるところ自発的に晴人と一夏に会いに行くようなことはしないという意味。つまり、偶発的な遭遇はノーカウントだと主張している。

 だがスルトと二人が接触することを避けたいオーディンとしては、そんな主張は屁理屈以外の何者でもない。

 それを端的に我儘と表現した途端、スルトの表情がどこか物憂げに変貌していく。

 その表情こそが、我儘であることなんかわかっている、だがどうかそのくらいは許容してはくれないだろうか。そんなスルトの切実な想いを物語っていた。

 オーディンは基本的に泣き落としなど通じない相手だが、スルトのこればっかりはという頼みもわからないでもない。

 オータムを救出することになるのならと自分に言い聞かせ、オーディンはISの部分展開を解除。物騒な槍はキチンと量子変換されしまわれた。

 

「例え本当に偶然会えたとして、余計なことだけは喋らないように」

「……感謝する。余計な虫を排除する場合、加減は必要か?」

「不要よ。全力で捻りつぶしてあげなさい」

「承知した」

 

 非常に遺憾であるという態度は隠そうともしないながら、オーディンはスルトの出撃を了承。オータムを救出する方針で完全に一致した。

 見え隠れする態度から礼など言いそうにない性分が伺えるスルトだったが、よほど有難いことなのか頭まで下げて感謝の意を示した。

 ならば確実にオータムの救出をといきたいところだが、手の内をどこまで見せていいのかをスコールに確認。が、それすら不必要のようで、即答で全力を出す許可を与える。

 スルトは短い返事で応えると、今度こそ室内から出て行った。

 そんなスルトの小さな背中を見送ったオーディンだが、やはり渋々なのか表情が映えない。

 だがもはや後は天命に任せるしかないと割り切ったのか、いつもの爽やかな様子へと戻り、すぐさまスコールへ謝罪を述べるオーディンであった。

 

 

 

 

 

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