ハルトナツ   作:マスクドライダー

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【ハルトナツ】においての織斑 一夏が抱えているもの。
それは、最愛だからこそ――――――――――――


第77話 定めで 運命で 奇跡で

「ハッ! 脚一本もいだくらいで、調子に乗ってんじゃねぇぜ!」

 

 オータムは相変わらず不自然なまでの愉快さを有するまま、両の掌からエネルギーネットを伸ばした。

 基本的に超強力な蜘蛛の糸と言い換えることのできるそれは、そこらに転がるロッカーへと付着。

 そのまま反動をつけるようにして腕を振るえば、中身がスカスカなロッカーなど容易に宙を舞う。

 そしてそのまま鎖付きハンマーのような容量でブンブンと回転させ、遠心力を利用して威力の向上を図る。

 ISにダメージを与えることは叶わないだろう。が、体勢を崩す程度のことは可能であるそれが叩きつけられた先は――――

 

「おらよ!」

「僕か!? 青色の塔盾(タワーシールド)!」

「だろうな、結局てめぇはそれしか選べねぇ! なおかつ、挟撃にはめっぽう弱ぇ!」

「ぐあっ!?」

 

 晴人とて、もう少し使い勝手のいい変形機構を持ち合わせているのなら、迷いなくそれを利用してロッカーを破壊していただろう。

 しかし赤色の丸鋸(サーキュラーソー)では切断能力に欠け、黄色の弩砲(バリスタ)橙色の熱線(ヒート・レイ)といった遠距離向け変形機構はそれなりにチャージ時間を必要とするため適当とは言えない。

 ゆえに晴人は消去法的に青色の塔盾(タワーシールド)を選択したのだが、その目論見はオータムに見透かされてしまう。

 更には既に弱点も把握されているのか、オータムは真正面からではなく、左右から挟み込むようにしてロッカーによる打撃を試みた。

 これでは片方が防げても片方はがら空き。晴人の脳内にはラウラ&シャルロットとのタッグ戦が過るが、やはりわかっていても防げないものは防げない。

 オータムの目的は晴人への接近を試みることなのか、ロッカーをモロに喰らってたじろいている間にどんどんと距離を詰めていく。

 

「ハル! 今援護を――――」

「同じ手を二度も使わせるかっての!」

「わっ、蜘蛛の巣!? これじゃ迂闊に近づけない……!」

 

 オータムは一夏が白式を浮かせるのを見るや否や、両手を上方に掲げて掌からエネルギーネットを乱射した。

 先ほどまで見せていた糸のような形状とは異なり、空中で網を広げるようにして各所へ付着。一瞬にして、そこらが蜘蛛の巣だらけになってしまった。

 このようなフィールドをなんの考えもなしに移動しようとすれば、まさに蜘蛛の巣にひっかかった蝶のようになってしまうこと請け合い。

 一夏が躊躇いを覚えている間にも、オータムは晴人を完全なる射程範囲へと捉える。そして、脚を青色の塔盾(タワーシールド)へと突き入れた。

 

「小僧、どうして自分がこの場に居るのか、疑問に思ったこたぁねぇか?」

「さっきから意味のわからない質問ばかり! その言い方、僕がどうしてISを動かせるのか知ってるみたいに――――」

 

 何を言いだすかと思えば、またしても晴人にとって意味不明な、なぜ自分が今この瞬間にもIS学園の土地を踏んでいるのかという質問。

 かなりのしつこさに晴人は珍しくも苛立ちを前面に押し出しつつ、質問の意図となる根本について触れた。

 なぜIS学園に居られるか。それはイコールして、どうしてISを動かせるかという疑問に帰結する。

 

「そのまさか! つったらどうするよ?」

(なっ!? ……いいや、ハッタリだ。原因不明だってことは、僕が一番よくわかってるだろ)

 

 嘘か真か、オータムはまったく否定する姿勢を見せずに晴人の反論を肯定するではないか。

 晴人は流石に一瞬の動揺を顔に出すが、自分のことは自分が一番よくわかっていると冷静さをキープした。

 世界で唯一の男性IS操縦者だけに、実験動物的な扱いは避けたものの、もちろんそれなりの検査を経験している。

 あらゆる検査を行った結果、最終的には原因不明という結論へと到達。迷宮入りとなった。

 それが信頼を置いている実母の主導で行われた検査となれば、晴人はその結果を信じて疑わない。

 否、信じて疑わずにここまできた。だというのに、あろうことかテロリストが真相を知っていることを仄めかす。

 

「だったら教えて下さいよ。その知ってる理由ってやつを!」

「おーいいぜ、教えてやらぁ。てめぇがISを動かせるのは、ガキん頃からそっちの嬢ちゃんと仲良しこよしだったからだ!」

「私……? 私がなんで!?」

 

 晴人はオータムの言葉をハッタリだという前提で、本当に知っているのなら教えてみろと強気の姿勢に出た。

 しかし、オータムは思いもよらずツラツラと調子よく理由とやらを述べる。もっとも、晴人にとっては突拍子もない内容であったが。

 だが引き合いに出された一夏としてはたまったものではない。

 真雪で地道にエネルギーネットを排除する作業に勤しんでいたが、自分が晴人がISを動かせる理由と耳にはさめば、思わず手を止めてしまう。

 なぜなら、一夏は瞬時に理解していたからだ。もしオータムの言葉が本物だと仮定したとき、晴人がこれまで望まぬ戦いを強いてきたのは――――

 

「ナツ、悪人の戯言に耳を貸さなくていい! どうせ噓八百に決まって――――」

「おおっと、これから楽しい時間なんだ。壁になるしかねぇ能無しは黙ってろよ小僧っ!」

「うぐっ!? 脚の速度が増した……!? くそっ、今まで本気じゃなかったのか……!」

 

 敵を前にして明らかな動揺を見せる一夏に喝を入れるが、晴人の言葉は言い切る前にオータムの手によって遮られてしまう。正確に言うなら脚だが。

 巧みに連続攻撃を仕掛けていたアラクネの脚が、更に速度を上げていく。純粋にオータムの操作技量が伺える光景だった。

 脚の一撃一撃は大したことないながら、塵も積もればなんとやら。あまりものラッシュぶりに耐え兼ね、晴人はついに膝をついてしまう。

 これでは一夏を正気に戻す暇も、オータムの言葉を遮る暇もないだろう。

 オータムは邪魔者はいなくなったと、バイザーの下で今日一番の邪悪な笑みを浮かべた。そして切断された脚の先を一夏へ突き付け、全ての真相を語り始める。

 

「いいかよく聞け嬢ちゃん。てめぇのDNA全般には、ISを動かせる因子ってもんが組み込まれてる」

「そ、そんなの当たり前でしょ! だって、私は――――」

「女だってかぁ? そりゃ今の話だろ?! なぁ、織斑 千冬の弟さんよぉ!」

「「!?!?!?!?」」

 

 オータムの告げ始めた真相の冒頭部分のみならば、まだハッタリであった可能性はあった。

 しかし、そんな淡い希望も無残に打ち砕かれてしまう。

 なぜなら、オータムは一夏が元男であったことを知っている。

 事件の当事者やその家族。そして一部のお偉い方しか知りえない事実を、どういうわけかテロリストであるオータムが知っているのである。

 そしてそこから導かれる答えはただひとつ。

 晴人も一夏も動揺はしているが、そのひとつの真実にだけは完璧にたどり着いた。……辿り着いてしまった。

 

「もしかして、私を女にしたのは……!」

「はっ、流石に察するよな。そうとも! 第二回モンド・グロッソで、てめぇを誘拐したのは私ら亡国――――」

「千冬姉を棄権に追い込んだのは――――お前らかああああああああっ!」

「……へぇ、そっちに怒んのか。ったく、家族想いで泣ける話だ――――ねぇ!」

 

 当事者や関係者、そして一部の人間しか知らない。そして相手はテロリスト。

 これだけのピースが揃っているのであれば、一夏を拉致し女性へと変えたのは、亡国機業の仕業であるという結論にしか考えられない。

 一夏はあまりの怒りに真雪の切っ先をカタカタと震わせた。

 それを見たオータムはここぞと言わんばかりに一夏を煽るが、予想と反して怒っているのは千冬が棄権をしてしまった要因であるからだ。

 信頼する人物を想い過ぎるがあまり、頭に血が昇り周囲が見えなくなってしまう。知る人ぞ知る一夏の悪癖のひとつ。

 怒りにとらわれた一夏は、なんの考えもなしに真っすぐオータムへと突っ込んでいく。

 そんなことをしてしまえばどうなるか、考える必要すらないだろう。

 オータムは右掌を一夏へ差し向けると、蜘蛛の巣状に広がるエネルギーネットを放出。

 網のように広がるそれはピタリと一夏及び白式の前面へと付着し、勢い留まることなく反対側の壁まで激突。

 一夏は壁に磔にされるかたちとなってしまう。

 

「このっ、このぉっ! 絶対許すもんか! お前たちは私が必ず……!」

「今のうちに喚いてな。どうせすぐ黙ることになるんだからよぉ」

(くそっ、このままじゃ! ただ見てることしかできないのか……!?)

 

 磔にされても未だに憎しみも闘志も消えず。一夏は身体をグイグイ動かすことで、なんとか脱出を図ろうと試みる。

 だが抵抗は無駄ということがオータムにはわかっているのか、割と余裕な態度のまま一夏を見据えた。無論、晴人にラッシュを仕掛けたまま。

 肉体的にも精神的にも明らかな一夏のピンチ。どうしたって一夏のことしか頭にない晴人としては、見過ごせるはずもない状況だ。

 はずもないのに、自らの無力さがそうはさせてくれない。

 あまり思いつめないと誓った晴人だったが、あまりの役立たずぶりに、歯が砕けるような勢いで顎へと力を込めた。

 

「んで、話を戻すぜ。例の因子だが、要するは男の時からてめぇはそいつを持ってたってことだ」

「…………! だとして、その因子とハルになんの関係があるの!」

「残念なことに、その因子ってのは一種の感染を起こすんだ。主に経口感染ってやつだな」

 

 ズバリ、男の時点でも一夏はISを動かすことができた。オータムは暗にそう語る。

 そしてその因子とやらは、主な原因として経口感染するとも。

 それすなわち、晴人と一夏の同居生活が十数年にわたり続いてきたからこそ。オータムは目まぐるしく脚を動かしながらも、やれやれとわざとらしく肩をすくめる。

 一緒の食事をつつく、回し飲み等々。二人に思い当たる節が多すぎるせいか、あれやこれやと重ねてきた思い出がフラッシュバックしていく。

 しかし、晴人は発生している矛盾について解決を図りにかかった。……それがより、自分たちを追い込むことになるとも知らずに。

 

「なら、父さんや爺ちゃんは、どうなんだ……! それに学校の友達だって、うつる可能性はたくさん――――」

「あ~そこか? そう簡単に定着するもんでもねぇんだとよ。短くても十年はかかるとかなんとか。それに該当する条件なのは、てめぇくらいしかいねぇよなぁ?」

「…………!」

「ハハハ! さっき聞いたろ? なんで自分がここに居るのか疑問じゃねぇかって。ほとんど決まってたんだよ! 小僧ぉ、てめぇがあの嬢ちゃんと出会ったその瞬間からなぁ!」

 

 経口感染する可能性を持つ男性ならば、自分の他にも該当する者は多く存在する。

 そんな矛盾を指摘しにかかるも、オータムからすれば待っていましたと言わんばかりの疑問だった。

 十年。一夏の持つらしいISを動かすために必要な因子。それが完全に男性の他者へと定着しきるまでに、それだけの期間を有するそうだ。

 父は幼少期から不在にしがち。祖父は亡くなっているため恐らく定着はしきっていない。友人にカウントされる者たちは、プライベートな時間まで一夏とは過ごさない。

 全ては四歳ほどの年齢で出会い、それからほぼ毎日寝食を共にし、共に生きてきた晴人だからこそ因子が定着しきったのだ。

 一夏が本当にそんな因子を持っているという前提の話ではあるが、確かにつじつまというものはあっている。

 

「戦いを強いてんのが私ら?! 笑わせんじゃねぇぜ! てめぇだよ嬢ちゃん。愛してやまない男が、望まない戦いに身を投じてきたのはよぉ! 全部、てめぇっていう存在が、この世に生を受けたからだ!」

「そん……な……! そんなことって……!」

 

 これこそが、一夏が理解はしたが絶対に認めたくはなかった答え。

 自分が存在していなければ、せめて晴人と出会ってさえいなければ。確かに、間違っているとは言い難い部分もある。

 先ほどまで怒りと憎しみに満ち満ちていた一夏の表情は、その前面に絶望の色を露わにしていた。

 戦いたくない晴人を戦わせ、あわや右腕が再起不能になりかけ、なんなら命さえ危ない目に遭遇したりも。

 それらすべてが自分のせいなどと、愛が深すぎるだけにその反動も大きい。

 そして一夏は思う。自分はいったいなんなのかを。

 

「どうして私にそんなのが……!? 私は……いったい……?」

「んなの簡単。私らんところの成功例だよ。この先の計画に都合が悪りぃもんで、女にはなってもらったがな」

「成功例、だって……? ナツが、亡国機業で生まれたとでも言いたいのか……!?」

「そういうこった。つか、それ以外になんかあるかよ。つまりはだお嬢ちゃん。私はてめぇを迎えに来たってことなんだぜ」

 

 成功例。計画。根掘り葉掘り聞きたいことも多いが、一夏がそのような不可思議な因子を持つのは、亡国機業にて生まれた    この表現は憚られるが、モルモットだからこそらしい。

 嘘だと声を大にして否定したいところだが、織斑姉妹の両親は一夏が生まれてすぐに蒸発しているという紛れもない事実がある。

 もしなんらかの理由で、成功例らしい一夏を連れ出したとすれば? もし組織の内部に迫る何かを知ってしまっただけに、消されてしまったとすれば?

 そう考えれば姉妹の両親は亡国機業とかかわりがあった、もしくはスパイか何かだったか……。

 千冬が多くを語らないだけに真相は不明だが、またしてもなんとなくのつじつまがあってしまう。

 だがここにきて、晴人はもうひとつ生じた矛盾を閃いた。

 

「ISを動かす因子って、確かにあなたはそう言った。けど、ISが生まれたのは、最近、だぞ。十五歳の、ナツが、どうして、そんな因子を、持って――――」

「はっ、ISを完成させたのが篠ノ之 束だって誰が言った? まぁ本人が明言してるが、まさかあんなイカレ女の言葉を全部真に受けてるわけじゃねぇよな」

「なっ、束さんじゃ……!? ISも、あなたたちの、計画のうち、だって言うのか!?」

 

 怒涛の攻撃を必死に受け止めながらも、息を途切れさすようにして、晴人は疑問に感じたことを問い詰めた。

 すると返って来たのはまたしても衝撃の事実。オータムの談では、ISを完成させたのは束ではないらしい。

 つまり束はISを完成させられたという可能性が浮上するも、彼女は彼女で千冬とはまた違うベクトルで多くを語らない。

 なんならイカレ女という表現も否定しきれず、論破ならずとみるや晴人はまた悔しそうに歯噛みするばかり。

 絶望に包まれる一夏。無力さに苛まれる晴人。そんな二人を眺めてオータムは思う。その顔がみたかったのだと。

 

「つーわけで、ハウスだ嬢ちゃん。一緒に帰るぞ。でなきゃこの小僧、この場で殺す。それもひと思いにじゃねぇぜ? やれるだけ苦しめながらジワジワと嬲り殺しにしてやらぁ!」

「っ!? ナツ、返事は、しなくて、いい! テロリストが、素直に、約束なんか、守るはず――――」

「文字どおり手も足も出ねぇガキがナマ言ってんじゃねぇ! にしてもてめぇ酔狂だな坊主。真相知った上で、まだこんなバイキンを守ろうとするなんてよぉ!」

 

 ハウスというわざとらしい犬表現。あるいはいつもの一夏ならば威勢のいい言葉で反論していたろうが、晴人の件もあってかひとことすら発さない。

 それどころか、晴人の殺害まで引き合いに出されては黙るしかないだろう。

 ましてや相手はテロリスト。晴人の言うとおり約束を守るかは定かではないが、はっきりと言えることがある。

 オータムは必ずやる。一夏が大人しく従わないのであれば、宣言どおり見るも無残に聞くも堪えない仕打ちをしたうえで、苦しみに苦しませたうえで晴人を殺す。

 そんなものを目の前で見せられてしまえば、一夏の心は完全に壊れてしまうことだろう。

 思わずはいと返事をしかけるも、晴人の叫びが一夏を引き留めた。しかし、このままではなんの解決もしないのは事実。

 なんとかこの状況を打開せねばと晴人が、思考をフル回転させていると、オータムが絶対に言ってはならない言葉を口にした。

 もちろんそれはオータムにとっての不都合でなく、晴人の状況をより悪いものにさせるもの。だが。

 

「ナツがバイキン、だと……? ふざけるなよ、何がバイキンだ! お前らみたいなテロリストのほうが、よっぽどバイキンだろうが! このっ、世界のバイキンがああああああっ!」

「へん、そいつが本性か? 温厚そうなツラし腐っといて怖いねぇ。お姉さんに向かってんな口効く悪いガキは――――」

「っ!? いや! お願いだからやめ――――」

「手痛いお仕置きだ!」

 

 晴人がいつだったかに言っていたことが、現実になってしまたのだ。もし今の自分が一夏を馬鹿にされたとして、恥も外聞もなく憤ってしまうというやつ。

 怒りでなりふり構わなくなった晴人は、青色の塔盾(タワーシールド)を解除して強引にオータムめがけて突っ込んでいく。

 右手を振りかざしているのを見るに、恐らく虹色の手甲(ガントレット)で殴り飛ばすつもりなのだろう。

 しかし晴人の目論見は、虹色の手甲(ガントレット)と叫びきる前に止められてしまった。

 オータムはすかさず掌からエネルギーネットを糸のように伸ばすと、振りかざした右腕を見事に巻き取ってみせる。

 そして一度グイっと上方へ引っ張ると、次の瞬間には下方へと引っ張る。晴人は糸の動きに伴って、豪快に地面へと叩きつけられた。

 

「がはっ!?」

「ハッハー! どんどんいくぜぇ。そら! そら! そら! そら! そらぁ!」

「ぐあっ! づっ! あがっ! ぐぅっ! げふっ!?」

「いや……! ハル……! ハルっ……!」

 

 ISには絶対防御という機能が着いているだけに、ISを纏っている以上は滅多なことで死にはしない。が、それは死なない程度に甚振り易いとも取れる。

 操縦者の命に直結しないであろうとISが判断した場合、ISそのもののエネルギーを減らさないためにも発動しないケースの方が圧倒的に多い。

 つまりオータムの叩きつけ攻撃は、操縦者である晴人を痛めつけるにはうってつけというわけだ。

 だからこそオータムは、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。とにかく一心不乱に腕を上下させ、晴人を床に叩きつけ続けた。

 一夏は当然見てなんかいられず固く目を閉ざすが、晴人が叩きつけられる度に発する苦悶の声を聞こえないようにはできない。

 元より精神的に追い詰められつつあっただけに、一夏はただ涙を流してオータムの気が済むのを待ち続けるしかなかった。

 だがオータムは一夏の心をへし折るつもりでいるため、これがなかなか終わらせてはくれない。

 そんな調子で生かさず殺さずの嬲りが続くことしばらく、オータムがひときわ強く晴人を叩きつけたところでようやくその手が止まった。

 

「うぅっ……! っく…………!」

「とりあえずこんなところか。どうよ嬢ちゃん、自分のせいで坊主が傷つく気分は」

「私の、せい……?」

「てめぇのせい以外に何があるよ。言ったろ? 嬢ちゃんと出会ってさえなけりゃ、坊主がこうして地面に這いつくばるようなこともなかったんだぜ」

 

 身動きのできない晴人を一瞥したオータムは、磔にされている一夏へと向き直って感想を求めた。

 一夏のせいと妙に強調するあたり、本人が自らの意志で亡国機業へ攫われるという方向へ仕向けるためだろうか。

 どちらにせよ、そろそろ一夏の心は本気で崩壊寸前のところまできている。

 自分のせいで晴人が傷ついた。そして、大人しくするという選択肢を取らなければ、晴人は更に酷い目に合い続けてしまう。

 きっと、晴人はそれでも構わないというだろう。だがそうではなく、これ以上のことをされてしまうのを、一夏が耐えられないのだ。

 一夏は静かに小さく口を開くと、今すぐにでも自分を連れて行くよう懇願すべく、嗚咽交じりに言葉を紡いでいく。

 

「……わかった。わかったから、もうこれ以上ハルを傷つけるのは止め――――」

「言うな、ナツ……! 確かに見苦しいかも知れないけど、僕がこうなってるのは自分のせいだっていうのだけは、絶対に言わないでくれ……!」

「ほぅ、まだ立つのか? 割と本気でかなり痛めつけたつもりだったんだがな」

「もちろん! あなた達がナツを諦めるまで、何度だって立つさ」

 

 半ば気絶状態かと思われた晴人だったが、一夏の言葉を遮るようにしてゆっくり立ち上がった。

 特別驚いたような様子は見せないながら、オータムは晴人に対してある一定の評価を覚える。それだけ本気でやっていたということなのだろう。

 それでも状況がよくなったわけでなく、むしろオータムにとっては、まだまだ一夏を追い詰める材料に使えるとしか映らない。

 今度はどう痛めつけてやろうかと、オータムは晴人の身体のあちこちを舐めまわすかのように眺め始めた。

 

「ナツ。確かに僕の命運は、キミと出会った瞬間から決定づけられたのかも知れない。けど、それはこうとも言えるだろ。僕とナツは――――結ばれるために産まれてきたんだって」

「悪いなぁ、お取込み中のとこ邪魔する――――」

「っ……! 本当に邪魔だから引っ込んでろよ! 橙色の熱線(ヒート・レイ)!」

「ぐおああああああああ!?」

 

 かなり無理をしているのも確かなようで、晴人はヘイムダルの操作がおぼつかず、フラフラとした足取りで一夏へと近づいて行く。

 考えを改めさせるというか説得というか、とにかく一夏の気を取り直させるべくの行動だろう。だが、そんなのをオータムが黙って見過ごしてくれるはずもない。

 隙だらけの晴人に接近を仕掛けたオータムだったが、振り向き際に変形した橙色の熱線(ヒート・レイ)に見事迎撃されてしまう。

 やはり晴人にしては荒々しい口調かつ、照射されるレーザーが最大出力であるのをみるに、想像を絶するほど頭に来ているらしい。

 とはいえ橙色の熱線(ヒート・レイ)は冷却機能を持たないので、蓄積した熱によるオーバーヒートは秒読みで迫ってきている。

 まさに時間との戦いだが、それでも晴人は自らの内にある思いの丈を、自分の一夏に対する愛を一切の忖度なく語った。

 

「ね、そう考えたら素敵じゃない? 僕らの生きる意味は、お互いのために生きることなんてさ」

「それでも私は、ハルに辛い想いなんてしてほしくなかった! 絶対こんなこと無縁なのに、それなのに……!」

「……うん、そうだね。そりゃさ、やっぱり嫌だよ、スポーツの一種でも人を傷つけるのって。それでも僕は、ナツの隣に立ち続けていたい」

 

 晴人の様子は驚くほどに穏やかだった。確かに怒鳴るようにして納得させたところで、きっと一夏は本当の意味ですくわれたことにならないだろう。

 実際に一夏は対照的なもので、涙を流しながらひたすら喚き、あくまで自らの存在のせいで晴人が傷ついて来たという姿勢を崩さない。

 それでもと自分を責める一夏に、晴人はそれでも一緒に居たいと被せて返した。いくら傷つこうが、望まず他者を傷つけようが、それでも、それでも――――

 

「だからむしろ感謝しなきゃってくらいだよ。ナツが僕を隣に居させてくれたんだから。それが決まってたことだって、うん、やっぱり素敵だ。偶然で、必然で、運命で、どうしようもないくらいの奇跡じゃないか!」

「ハル……」

「だから僕は、この奇跡を受け入れる。キミの隣に居ることが戦いに通じる道だって言うんなら、喜んで歩いてやるさ。だからナツ、これからも一緒に生きて行こう。僕らが出会った十年前と何も変わらないで、泣いて、笑って、どんな時でも隣同士で、生涯を終えるまでずっと! 一緒に、生きてくれ……!」

「…………!」

 

 二人はこの世に生を受けたこの瞬間から今に至るまで、その全てが定められたものだと言っていい。

 そう、まさにたったひとこと、人はそれを奇跡と呼ぶ。

 晴人にとっても一夏にとっても、きっと残酷で過酷な奇跡なのだろう。

 だが晴人に言わせればそこは重要なんかではなく、二人一緒に居られればそれでいいのだと断言してみせた。

 そしてこれからも一緒にあり続ける。

 例えそれが初めから定められたものだとして、自分たちの関係だけは誰にも邪魔をされていいものではない。

 気丈に振舞いそう語る晴人だったが、最後の言葉はどこか弱々しく、どこか懇願するかのような声色だった。

 そんな晴人の想いを一身に受け取った一夏は、さきほどまでとは異なる意味で涙が止まらなくなってしまう。

 悔いや悲しみといったマイナスの感情で流れ出たものでなく、ただただ晴人の言葉が嬉しくて仕方がないせいのものだ。

 涙が止まらない一夏はこれで思い知らされた。いくらアレコレと離れるべきである理由を述べようと、自分も晴人と同じ想いだということを。

 一夏が涙を堪え、晴人の要求どおりに共に生きることを誓おうとしたその時だった。

 ついに橙色の熱線(ヒート・レイ)の照射限界時間が訪れ、ヘイムダルの右腕はオーバーヒートを起こしてしまう。

 それまで橙色の熱線(ヒート・レイ)の威力になすすべなく、反対の壁際まで追い込まれていたオータムが息を吹き返した。

 

「カーッ! 青いねぇ、ガキどもがよぉ!」

「ぐはっ!」

「ハル!」

「……とか余裕ぶっこきつつ、今のはけっこう焦ったな。手負いの獣が恐ろしい的なあれか? ハハッ!」

 

 これまでとは違い跳ねるようにして一気に晴人へと接近したオータムは、脚三本を束ねるようにして思い切りヘイムダルをぶん殴った。

 右腕はオーバーヒート中なせいで変形機構はどれも使用不可。よって、晴人はあっさり一夏が張り付いているすぐ横の壁へと激突した。

 床に叩きつけられた際のダメージがまだ残っているのか、晴人はすぐに立つことができない。

 そんな晴人を一瞥したオータムは、未だ白煙の上がるアラクネの脚を軽く振り、焦ったという正直な感想を述べた。

 だがそれもこれもやはり余裕の表れであることに違いなく、その証拠にオータムは愉快そうな笑い声を上げるではないか。

 

「っつーわけで、もう油断はなしだ。ま、サクッと殺してやらねぇってのは実現させるがな」

(くそっ、このままじゃ本当に……!)

 

 オータムは獲物を前にして舌なめずりする性質があるが、文句なしに優秀の部類に属する実力の持ち主である。

 ゆえにいったん冷静になってからが恐ろしく、もはやその脳には晴人を殺害しきるということしか描かれてはいない。

 ただ、今後何かとスムーズになるであろうことを考慮して、晴人を惨殺する計画は続行させるつもりのようだ。

 オータムはアラクネの脚先にある刃をわざとらしくギラつかせると、バイザーの下でニタリとした笑みを浮かべた。

 対して晴人と一夏は絶体絶命そのもの。

 一夏は捕縛され、晴人もオーバーヒートの影響で、ただヘイムダルを纏っているだけの状態も同然。

 何か妙案が思いつくわけでもなし、晴人はただ己の無力さを嘆くことしかできなかった。

 

(力が欲しい……。単なる盾としてじゃなく、立ちはだかる敵を倒して、ナツを守るための力が!)

 

 この切羽詰まった状況に置いての無いもの強請り。いつもの晴人であればまず辿り着かない発想であろう。

 しかし、それだけ晴人が心から力を欲しているということだ。

 あの晴人が守るためでなく、倒すための力を欲しているのだ。

 いや、正確に言うのならそれは倒して守る力。ただ単に倒すと断言しないあたり、やはり根本は晴人そのもの。

 だが晴人はきっとこれでいい。

 この生ぬるさから生まれる強さだってきっとある。というより、事実晴人は自分が思っている以上に、ずっと前から強いやつだ。

 後は殻を破って羽化するだけ。それに必要なのは我武者羅な想いとあとひとつ。

 もしかすると答えは、ずっと最初から握っていたのかも知れない。

 

「ISを動かせる因子……。……ねぇナツ。続き、しようか」

「へ……? なっ!? ちょっと待っ――――」

「……あぁ?」

 

 よろめきながら立ち上がった晴人には、あるひとつの予感が過っていた。

 だからこそおもむろに一夏と唇を重ね、舌で強引に口内へと潜行してゆき、唾液を強く啜って飲み下していった。

 これにはオータムは、思わず首を傾げてマヌケな声を上げてしまう。また、自分は何を見せられているんだとも思っていそう。

 一夏は晴人の思惑に気づいているため、口を閉ざすようにしてそれなりの抵抗をみせた。

 が、晴人はそれでも執拗に強引なキスを続行し、口の端から一夏の唾液がこぼれるほどに貪りつくす。

 逝きつく暇すら考慮していなかったのか、晴人は唇を離した途端にプハッと大きな息継ぎをひとつ。

 そして鋼鉄の左腕で口の周囲についた唾液を拭うと、おもむろにヘイムダルへと語りかけた。

 

「ヘイムダル、キミと僕が相棒をやってるのも、全部今飲んだ因子があったからだ。だから僕が操縦者でよかったって思ってくれるのなら、僕に力を貸してくれ! 僕と一緒に強くなって、守るために倒す力を!」

「何かと思えば子供騙しな! そんなんでポンポンと強くなれりゃ誰も苦労なんか――――」

 

 果たして一夏の唾液――――というより、DNAにどのような効果があるのかは未知数。もしかすると副作用なんかがある可能性だって。

 むしろ一夏の唾液というのなら、恋人同士の関係になってからはかなり大量に摂取している。

 今更何を言っても手遅れなところもあり、晴人としてヘイムダルに訴えたいのは、一夏が居たらばこそ一緒にやってこられたというもの。

 そして、これからはもっと力を貸してほしいとのこと。守るための倒す力を得るためには、ヘイムダルが必要なのだということ。

 オータムはすぐさま嘲笑する。

 確かにIS――――ひいては専用機は、操縦者の想いに応えるいわば感情に近いものを有しているとはいえ、実際に語り掛けてなんになるのか。

 オータムが煽りに煽りを重ねて晴人を嘲笑ってやろうと語彙を並べようとしていると、突如として大きな光が晴人とヘイムダルを包んだ。

 

「なっ、なんだ!?」

「……おい。おいおいおいおい、うっそだろ!? まさか本当にこの土壇場で    」

「二次移行っ……!」

 

 ヘイムダルのハイパーセンサーには、すさまじい速度であらゆる構造が書き換わっていることを表すデータが流れている。

 晴人はその速度もあって大半を理解できてはいないが、謎の発行といいこの兆候、ISを扱う者なら少なからず心当たりはあるはず。

 二次移行。

 専用機として製造されたISに搭乗し、経験を積み、ISの感情とも取れる要素と深い同調を果たした者にのみたどり着ける極めて稀な事例。

 そんな稀な事例に、自他ともに認める普通な少年――――日向 晴人が辿り着いてみせたのだ。

 それはもちろん、相棒を大切に扱ってきたことと、一夏への限りない愛情があったからこそ。

 

「……ハッ、ハハハハハハ! これもナツが鍵になったかぁ。うん、我ながら上出来! ねぇナツ!」

「は、はい!?」

「僕の相棒がキミのために勝てって、そう言ってくれてるみたいだ! だからどうか、ナツも応援よろしく!」

「…………。例え私が何者だとしても、私のハルへの想いだけは本物だから。だから……! ハル、勝って! 私もハルと一生一緒に居たいから、攫われてなんかいられない!」

「その言葉を待ってたよ! その言葉さえ聞ければ、僕は百人力だ!」

 

 二次移行ですら覚醒の鍵となったのは一夏で、あまりにも物事が一夏中心で回る自分に対し、晴人は珍しく腹から大きく笑った。

 だがそんな自分がもはや誇らしい領域に到達しているのか、開き直るようにして一夏の声援を求める。

 織斑 一夏は良くも悪くも素直な性格である。そんな性格をしているだけに、出てくる言葉のほとんどは嘘がないと思っていい。

 だからこそ、こんな状況で出てきた言葉は混じりけのない心からのもの。自分の事情を省みても、一生一緒にいたいというのが本音だった。

 晴人はようやく一夏の本音を引き出せたと口元を緩め、それでいてとても力強い表情を浮かべて勝利を誓う。

 すると晴人を包んでいた発行がより力を増し、もはや直視できないほどの輝きを放ち始めた。

 同時に晴人の意識はどこか深く深くへと潜り込んでいき、まどろみにも似た脱力感が全身を襲う。

 そして意識が潜行していく最中、晴人はこんな声を聴いた――――気がした。

 

『少年、今こそ目覚めの時が来た』

 

 

 

 

 

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