設定にある【やる時はやる男】というのをようやく描写できそうです。
より顕著になるのは学園に行ってからになりますが。
「ごめん、今日も遅くなりそう!」
「謝らないでよ。感謝する道理はあっても文句言う筋はないからさ」
「それこそ気にしないでって感じなんだけど……。でもありがとう。それじゃ、またね!」
放課後になった途端、ナツは俺に両手を合わせて謝罪してきた。ここのところ遅くなることが多いからだろう。
だがその謝罪は俺にとって筋違いも甚だしく、いちいちそんなに悪びれなくてもいいのになというのが率直なところでもある。
世話してもらって文句言うとか、ただただ最低な奴だ。そもそもそういうことでナツに不満は感じたことはないので、俺としては快くナツを見送った。
さて、となると今日はどうするか。するべき家事はあったかな、なければ部活に出向かなければ。なんて考えていると、弾と数馬の両名が俺の両サイドに陣取った。
「え、えっと……」
「行ったか?」
「う、うん、行ったね」
「遅くなるっぽいよな?」
「そ、そうだね、遅くなるみたいだね」
てっきりまた茶化されでもするんだと身構えていると、なんだか仕草がヒソヒソとしていることに気が付いた。
いったいどうしたのだと様子を伺っていると、弾と数馬は交互につかぬことを聞いてくるではないか。
ナツが行かなければ不都合でもあるのだろうか? ナツが遅くならなければ不都合でもあるのだろうか。
特に思い当たる節があるわけでもなくクエスチョンマークを浮かべていると、二人は善は急げだと俺を教室から連れ出した。
「え!? ちょっ、ちょっと、なんなのさ!」
「なんなのさってお前――――おっ、蘭! 計画どおりだぞ!」
「本当!? でも油断はしないようにしないとね!」
(な、なんなんだろうか)
廊下に出ると同時に、慌てた様子でこちらに近づいてくるのは弾の妹の蘭ちゃん。周囲からすればいつものメンバーだろうが、いまいち状況が呑めてない俺はとにかく混乱するばかり。
だがこの雰囲気を見るに緊急性があることなんだろう。とりあえず質問するのは学校を出てからにしよう。
そう思っていたのだが、弾や数馬はまだしもとして蘭ちゃんまでもが走る走る。これは聞く暇がなくなるぞと感じた俺は、大声で三人に向けて呼びかけた。
「ご、ごめーん! これなんで急いでるのか教えて欲しいんだけどー!」
息を切らしながら必死でそう叫ぶと、三人は息ピッタリな様子で足でブレーキをかけた。すると、何言ってんだコイツみたいな目を向けられてしまう。
え? 何? この状況は俺が悪いの? みたいな感じでオロオロとしていると、三人は顔を見合わせてからゆっくりこちらへ近づいてきた。
「何って、サプライズパーティーの準備だろ?」
「サプライズって、誰が主役の?」
「誰って、一夏さんですよね?」
「……ナツの何を祝ってパーティー?」
「何をって、代表候補生入りを祝してじゃん?」
俺が質問しては息の合った様子でそれぞれがリズミカルに回答を寄越す。へぇ、そうかそうか、ナツが代表候補生にね。それは確かにめでたいもんだ。
代表候補生というのは、IS業界において国から様々な恩恵を得られる特別待遇。スポーツ選手で例えるのならば強化指定選手といったところか。そして真に実力のある者は後に国家代表、国を背負う立場となる。
国からの恩恵で最もわかり易いのが専用機の譲渡かな。とある事情でISは467機が絶対数となっているのだが、そのうちの一つをワンオフの機体として得られるということ。
で、ナツがそんな特別中の特別の枠を勝ち取ったということか。うん、思えば思うほどめでたい。そっかーナツが代表候補生かー。そっかー……そっかー……――――
「だ、だ、だ、だ……代表候補生ぇぇぇぇええええ!?」
「そのリアクション、マジで知らねぇのな」
「知るわけないだろそんなの! いつ!? いつから?!」
「冬休み頃にはそうでしたよ?」
「だいぶ口止めはされたけど、俺ら三人はすぐ知らされたみてぇだったけどな。な、弾」
「ああ、だから晴人は知らないなんて思いもしなかったぜ」
内心で平静を装ってみたが、それは空しい努力で終わる。こんなの驚かずにいられるはずがないじゃないか。
弾は俺が知らないことにあちゃーというようなリアクションを見せるが、むしろなんでキミらが知ってるのか小一時間くらい問い詰めたい。
と思ったが、ナツの言う習い事がIS関連のことなどだとすれば、あらゆることにつじつまが合うような気がした。
普通ならもっと大々的にニュースになっていることだろうが、ナツの存在が秘匿されているのはわけがあるのだろう。それは勿論、ナツが元男という点についてだ。
それでなくとも女尊男卑が蔓延する世の中だというのに、元男が代表候補生入りということが割れればどうなるかわかったものではない。
過激派女尊男卑主義の女性は何を仕出かすかわからない。あらゆる情報が出ないのは、ナツを守るためだろう。
特に学校などの狭いコミュニティなんかで、ナツが元男だということは最初から割れている。だから我が学校から代表候補生排出! ともならないわけだ。
それは理解できたが、どうして俺には隠して弾たちには話したのだろう。それが解せないでうんうんと唸っていると、蘭ちゃんが口を開いた。
「あの! 一夏さん、話したくても話せなかったんだと思います」
「それは、口止めって意味で?」
「そうじゃなくて、ほら、代表候補生ってことはIS学園に行くのはほぼ確定ですから……」
「なんか学園ってか島だもんなアレな。どうにも全寮制みたいだぞ?」
「やけに詳しいなおい」
「女の園なんか興味津々に決まってるだろ! いい加減にしろ!」
「お前がいい加減にしろよ」
今日も変わらず平常運転な数馬は放っておくとして、俺は蘭ちゃんの言葉に衝撃を覚えた。だってそれは、辛いから話せなかったってことじゃないか。
……もしかしてナツの夢っていうのは、フユ姉さんの果たせなった連覇を達成することなんじゃないだろうか。
今思えば遠くを見据えていたあの目は望んだ未来に想いを馳せるのと同時に、寂しさも含まれているように思えてきた。
そうか、そうか……。ナツが夢を叶える過程では、ナツと離れ離れになることを強いられてしまうのだな。それは俺も、すごく寂しいな。
……いや、何を弱気な。ナツが夢を追いかけて、徐々に実現へ近づいていっているというのに。俺の進むべき道を照らしてくれたナツを応援してあげられないでどうする。
たった今聞いたことだが、このパーティーをナツから離れるための起爆剤と位置付けることにしよう。だとするならば――――
「えっと、みんなプレゼントとか用意してる?」
「まぁ、気持ち程度のやつはな」
「そっか。じゃあ俺、今からなにか探して来るよ。蘭ちゃん、家の鍵を任せていいかな」
「はい、任されました!」
パーティーというよりナツのお祝いに近いのだから、みんなそれなりに何か用意していると思ったがどうやら当たりらしい。
俺がみんなにそう問いかけると、弾が代表して答え、後の二人も同調するように首を頷かせてみせた。
ならば今知ったとしても十分に何かを買いに行ける時間の余裕はある。ちょっとした問題はあるが、今から出かければ間に合うだろう。
パーティは俺の家で開くと予想して蘭ちゃんに鍵を渡すと、同意が得られたので間違いはなさそうだ。よしそれなら――――って、あれ?
「あのさ、ナツのことは別にしてもなんで俺はパーティーのことも知らないんだろう?」
「いや、俺はてっきり数馬がだな」
「俺はてっきり蘭ちゃんが」
「私はてっきりお兄が……」
「「「「…………」」」」
「……悪い、ホウレンソウがしっかりしてなかったみてぇだな」
「い、いや、そういう時もあるって。気にしないで。じゃあ俺行くから、準備は頼んだよ!」
ナツのことは本人から聞いていたと思っていたようだからいいとして、パーティのことなんて教えてもらわないとわかるはずがない。
だが、どうやらこれに関しても、既に俺の耳へは入っていたと思い込んでいたようだ。ご覧のとおり、誰かが伝えたであろう精神の元で。
罪の擦り付け合い。ではなく単に事実をあるのまま話してくれているせいか、三人は揃ってバツの悪そうな顔をしている。
わざと伝えなかったのだとするならそれは大問題だが、三人に悪気はないので責めるのはお門違いというやつ。
三人も反省してるみたいだし、俺もナツのプレゼントを用意するために頑張ろう。後のことは託し、向かうべき場所を思い浮かべながら走り出した。
(……なんて意気込んだのはいいものの。タイミングが悪すぎるんだよなぁ)
俺は自宅近くの小さな商店街をトボトボと歩きながら、中身がなんとも寂しい財布に対して大きな溜息を吐いた。
実はつい数日前にどうしても欲しい画材に小遣いを使ってしまい、今月はろくなものが買えないような状態である。
サプライズパーティーのことさえ既知ならば画材も我慢したんだろうけど、何分今しがた聞かされたばかりだからどうしようもない。
結局のところ、買えたのは安っぽいヘアピンくらいのものだ。留め金の部分がひまわりを象っていて、ナツだけに夏の花のものでという単調な思考の末にこれを購入した。
というのもあるが、それを抜きにしてもナツはずっと前髪を邪魔そうに触っていた覚えがある。決して無駄な物にはならないだろう。
けどなぁ、やっぱりちょっとちゃちであることも否めない。プレゼントはお金をかけることが全てではないが、どうにも物足りなさを感じずにはいられなかった。
とはいえ金欠である事実はいかようにも変えることはできない。正直に話して弾や数馬に前借でもすればよかっただろうか。
(いや、でも、お金の貸し借りはなるべく避けたいし。けど四の五の言ってる場合でも……)
「晴人くん、何か困ってんのかい?」
「おばさん、こんにちは。まぁ、困ってるのは確かですね」
ふと俺に声をかけて来たのは、花屋を営む年配の女性であった。ここの商店街は小さい頃から頻繁に足を運んでいるため、ナツ共々顔見知りが多い。
このおばさんもそのうちの一人で、豪快な性格をしているせいかよくしゃんとしなと叱られたものだ。
俺は難しい顔をしていることが多いらしいが、わざわざ声をかけてきたということはかなり困っているのが表に出たのかも知れない。
誰かの知恵を借りたいのも間違いではないため、ゆっくりとことの顛末を離してみることにした。すると、おばさんはいつものように豪快さを発揮する。
「女の子には花束を贈るのが一番ってもんさ。お金のことは気にしなくていいから、ウチのを持って行きな!」
「いや、その、申し訳ないですけど気にする性質なんです。ここは気持ちだけで」
おばさんとしてもナツはすっかり女の子判定のようで、事情を聴くなり花束を包んでくれてやると生き生きとした様子を見せる。
が、それはすぐさま丁重にお断りを入れておく。只より高い物はないなんていう言葉もあるし。まぁおばさんが後から見返りを求めるなんてことはないだろうけど、それでもだ。
そんな俺の性分をつまらないとおばさんは切り捨てるが、まだ協力してくれる気は持ち合わせているらしい。ふむ、おばさんに倣って俺も知恵を絞るとしよう。
そもそもナツと違って俺にできることが少ないのも問題なんだ。ナツなんか、この冬何の気なしに手編みのマフラーなんかプレゼントしてきた。
これならもっと何かに特化せず、器用貧乏で落ち着きたかったところだ。何ができるって、俺には絵を描くことしか――――
(……いや、たまにはこう考えろよ。絵を描くことができるんだって)
そうだ、せっかくナツがわからせてくれたことを腐らすのはもったいない。ナツがわからせてくれたことを、ナツのために使うチャンスなんだ。
例のリュックサックは普段から持ち歩いている。おもむろに背中から降ろして中を覗くと、画材一式がいつものようにしまわれていた。
今これに何かを描いて、それをナツへの贈り物とするとすれば? そしておばさんの女の子へは花束を贈るのが一番という言葉――――
次の瞬間、俺の脳内で点と線とが繋がった。
「おばさん、少しお願いが!」
「晴人には悪いことしちまったなぁ」
「数馬が気にすることじゃないよ。そもそも私が話さなかったのが悪いんだし」
「いやぁ、でもパーティのこと知らなかったのは完全に俺らのせいだし?」
急いで家に帰ってみると、俺の代表候補生入りを祝してとかでパーティが開かれているもんだから驚いた。
メンバーとしては弾、蘭、数馬といつもの面子だったが、そこになぜかハルの姿はない。事情をかいつまんで聞けば、ホウレンソウがなってなかったんだとか。
そろそろパーティーもお開きにしなければならない時間も差し迫ってきており、数馬が遠くを眺めるように悪いことをしたとボヤく。
根本的な原因がどちらにあるかと聞かれれば微妙なところだが、やっぱり俺がISに乗っていたことを伏せていたのも大きな要因だと思う。
経緯や事情は省くが、口止めされていることも確かだった。が、やはり先に待ち受けている別れが辛いというのが大半の要因を占めている。
……なるべくならハルの隣に居たい。女の子になってからというもの、なぜだかそんな想いが強くなっていくばかり。
けど、それを推しても叶えたい夢ができた。女の子の身になったからこそISに乗れるようになって、乗れるようになったからこそ、目指したい頂が見えた。
千冬姉の成しえなかった二連覇を、いつの日か――――
「一夏さん、メールの返信とかないんですよね」
「そうなの。気持ちだけで十分だって送信したんだけど」
「アイツ、そういうとこ律儀が過ぎるからな」
ハルは俺を頑固だと言うが、向こうもなかなかなものだ。きっとメールを見ていてもあえてスルーしているんだろう。
仮に返信が来たとして、そういうわけにはいかないからーってなるのも目に見えている。本当に、弾の言うとおり律儀なもんだ。
隠しておいてなんだが、ハルにおめでとうと言ってもらえれば俺はそれで十分だ。それが何よりも価値があるものだってのに、ハルは――――
「ただいまー!」
「噂をすればなんとやらか」
「一夏、行って来いよ」
「うん、ちょっと待ってて」
乱暴に玄関が開閉する音が聞こえたかと思えば、間髪入れずにハルの慌てたような帰宅を知らせる声も響く。
俺がそれにピクリと反応を示せば、弾と数馬が妙にニヤニヤしながら迎えに行って来いと急かしてきた。
そりゃ俺のためを思って走り回ってたみたいだから迎え入れるのは筋ってものだろうが、なんだか気に入らない笑みと感じてしまうのはなぜだろう。
決してそれは表に出さずに立ち上がってリビングから出ると、予想外にくたびれた様子のハルが目に入ってそれどころではなくなってしまう。
俺はすぐさま駆け寄ると、玄関に倒れこむハルを優しく揺さぶった。
「どうしたのハル!? 大丈夫!?」
「し、心配しないで、その、少し、走ったり集中したりで疲れて、それだけだから」
ハルはあらゆる要素において並みを誇る。そのため決して体力がないわけではなく、ここまで疲弊した姿なんて覚えはない。
大丈夫と言いつつ伏せたままだし、わずかに見える額には汗が流れ出ているのがわかる。この寒いのにこんな汗かいたら風邪ひくだろうに、まったく。
なんて内心でブツクサ言いながらハンカチで汗をぬぐっていると、突然その腕を掴まれた。驚いた拍子に何ごとかと大きな声を出しそうになったその時―—―—
「ナツ、代表候補生入りおめでとう。なんていうか、家族として本当に誇りに思うよ」
「これ、花束……? でも――――」
ハルが息を乱しながら俺に手渡したのは、色鮮やかな花束だった。しかし、それはとてつもなく薄っぺらな紙の花束。
ハルが描いたであろう数々の色、形をした種類の花たち。それを輪郭を沿うように切り抜き、一輪の紙の花が出来上がる。
数えきれないほどのそれを作って本格的なラッピングを施したのが、紙の花束の正体ということなのだろう。
「ハル、もしかしてさっきまで――――」
「う、うん。実は金欠でさ、本物を買う余裕はなくて。だから花屋のおばさんに頼んで描かせてもらったんだ」
詳しく聞けば、本当に今の今までずっと花を描いていたらしい。とにかく一輪でも多く用意したかったとのこと。
おかげで少し雑だなんてハルは言うが、全然そうには見えない。きちんと表裏描かれているし、遠目であれば本物と勘違いしてしまいそうなクオリティだ。
「ナツが思い出させてくれたから」
「え?」
「ナツが俺のやりたいことを思い出させてくれた。だから俺も、ナツのやりたいことを全力で応援したい。それはその証拠になればいいなって」
「えっと、それはどういう――――」
「……ナツのことを考えてたら、自然とその作品が生まれてきたんだ。あの日ナツが思い出させてくれなかったら、絶対そんなことなかったと思うから。だから――――」
ハルはいつものように俯き加減だが、見据える瞳には強い意志のようなものが感じられた。それでいて、顔つきもどこか逞しく思える。
俺が変化を感じるということはよほどのことであり、それこそがハルの気構えがかなり前向きになったことを顕著に表している。
そしてハルはそれを俺のおかげだと言う。本当に描きたかったものを思い出させてくれたのは俺だと。だからこの紙の花束というひとつの作品が生まれたのだと。
「まだ見守っていてほしいっていうのが本当のところだけどさ。俺は大丈夫、どうか信じてほしい。ナツの夢が叶うまで、ナツの夢を応援し続けようと思う。それで叶ったその時はさ、今度こそ本物の花束を贈らせてよ」
「っ……」
どうやらハルは、やりたいことにすら頭を悩ませていた自分はもう居ないと言いたいらしい。ようやく立ち上がったハルの表情を見れば、自嘲が混ざっているのも間違いではなさそうだった。
でも、ハルの口から単純に前向きな言葉が出るのは珍しい。何様のつもりと言われてしまうとそれまでだが、本当に成長したんだなと思う。
いつもふたこと目には自分を貶すようなことを呟いていたあのハルが、あまつさえ俺を応援するくらいに心の余裕を持ち、こんな素敵な作品まで生み出した。
そんなことをされてしまえば――――
「これでいいよ……。これ以上、素敵な花束他にないよ……! ありがとうハル。大切にするから……!」
「え、ちょっと、な、何も泣かなくったっていいのに。だ、大丈夫?」
「泣くよ、泣くでしょ! もう、人の気も知らないで! 私がどれだけ……!」
ハルにどうこう言っておきながら、俺も嬉しくても悲しくても泣いた記憶というのはあまりない。だが、こんなの涙をこらえられるはずがなかった。
本当にこれ以上があるとは思えない花束。ハルが少しずつでも前向きになりはじめていること。それらはもちろん嬉しかったが、俺は何よりハルが夢を応援してくれると言ってくれたのが心に響いた。
基本的に他人本位の言動をとるやつだし、これまで応援されたことは何度もある。しかし、夢という部分で感覚が異なるのかも知れない。
俺もなかなかフワフワしたやつで、それなりに千冬姉やおじさんおばさんに恩返しができたらという程度のことしか考えていなかった。
だけど新しい目標ができて、夢ができて、今日までそれなりに努力や苦労を重ねて代表候補生の座を獲得するに至った。
けれど俺が夢へと近づいていくことは、ハルと離れてしまうことを意味する。ハルには悪いけど、置いて行くには心配な部分がありありだ。
けど今の言葉でそんな心配は全て吹き飛んでしまった。だってハルが信じてって言ったんだ。応援し続けると言ってくれたんだ。
だとするなら後俺がすべきなのはただひとつ。応援してくれるハルのためにも、俺の夢を叶えるということのみ。
「えっと、どれだけ、どうしたの?」
「それは……。どれだけ、どれだけ……どうしたんだろ?」
俺がどれだけから先の言葉を言えないでいると、泣いていることもあってかハルが落ち着いて続きを話すよう催促してきた。
だけどなんだろうか。どれだけという言葉は出たというのに、俺自身その先に何を言おうとしていたのか想像がつかない。
どうしたんだろうと首を傾げてみると、ハルはなんじゃそりゃと言わんばかりの苦笑いをこちらに向けた。
それはそうだ、そんなもの俺でも困るわ。だが考えども考えども何を言おうとしたのかは浮かばない。ただ唯一わかることがあるとするなら――――
(熱くて、痛くて、苦しい……)
いつしか、ハルと共にあれることは特別なことだとわかったあの日と同じだ。胸の奥がじんわりと熱くて、キュッと握られでもしたかのように心臓が痛い。
やはりあの日と変わらず悪い感覚ではないと思える。むしろこの感覚を味わっているときの俺はとても幸せなんだと思う。しかし、あの日と少し違う点もあった。
それは何か、苦しさのようなものが追加されていること。心臓が痛くて苦しいとかそういうのではなく、なんだろう、モヤモヤすると言い換えればいいのだろうか。
この感じに関してはあまりいいものとは言えないな。なんかこう、うん、ホントにモヤモヤして仕方ない。せっかくの悪くない方の感覚がうやむやになってしまうではないか。
というかなんだ、俺は心の病気か何かなのか? 女の子になっても特にびくともしなかった鋼のメンタルはいったいどこへいったのやら。
「ナツ、本当に大丈夫?」
「え? あ、うん、平気だよ。それより、上がってご飯にしよう。ハルの分、ちゃんと残しておいてあるから」
「そっか、それは有難いな。なんか一気にお腹空いてきちゃってさ」
俺がずっと黙りこくっていたせいか、ハルは本格的に心配そうに顔色をうかがってくる。そこでようやく意識が戻った俺は、心配させぬよう別の話題を挙げた。
するとハルも見事に食いつき、腹をさすりながら靴を脱いで家へと上がった。ハルはそのままリビングへ向かおうとするが、食事をするなら手洗いうがいを忘れてはならない。
そう指摘すると、キビキビと洗面所のほうへと歩いていく。俺はその間に自分の部屋へ。緊急的にハルのプレゼントを置けるスペースを作り、紙の花束をそっと飾った。
「フフッ……」
ハルから受け取った世界一素敵な花束を眺めていると、自然に笑みがこぼれてしまう。そしてまた例の感覚が胸中を駆け抜けていった。
この感覚の正体、いつかわかる日がくるのだろうか。もしわかったとして、その先に何が待ち受けていたりするのだろうか。
それこそわかったものではないけど、不思議と大事にしていければと思うのは確かだった。だって、こんなにも幸福な感覚なのだから。
俺はハルに花束を受け取った瞬間を思い出しつつ、もう一度笑みを零す。そうして階下で騒ぎが聞こえ始めたリビングへと、急いで駆け下りていくのであった。
あまり露骨な描写にならないようにするのが大変。何がとは言いませんが。
一夏の代表候補生入りですが、こうしておかないと物語的に不都合ゆえ。
というか、原作だと男であるという理由から専用機を得ていたので、むしろこうしなければ不都合しかないとも言えますが。
専用機獲得の経緯もだいぶ異なりますが、それは後のお話を待たれよ。