ハルトナツ   作:マスクドライダー

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第83話 太陽と夏

「ただいま」

「ハル、お帰り。どうだった? なんとかなりそう?」

「……とりあえず落ち着いて話そうか。ほら、座って」

 

 自室に戻ってみると、まるでいつもの様子でナツが僕を出迎えた。

 いろいろとヘビーな話を聞かされた後だ。どんな雰囲気で入るか少し悩んだりしたけど、変に気を遣うのはきっとかえってナツに気負わせてしまう。

 だからこそ僕もいつもどおりを意識したのに、これではまるで意味がないではないか。

 というか、うん、無理してるっていうのはお見通しなんだけどね。見たらわかる。としか言いようがないんだけど。

 そうやって取り繕っている姿を見させられる方が、僕にとってはよっぽど辛いことなのに。……ということを、いい加減にわかってはくれないだろうか。

 まぁいい、そういうのも今日で終わらせてやる。ナツには辛い時には辛いと言わせるようにしてやるんだ。

 ナツは頑固者だし上手くいくかどうかなんてわからない。もしかしたら、僕らにとって人生初めての酷いケンカになってしまうかも。

 それは今の僕にとってとても恐ろしいことだが、ここを乗り越えなくては僕らの行く末に真の幸福はないと考える。

 僕は貼り付けた笑みを浮かべてナツをベッドに座らせると、その付近に美術室から持ってきておいたとある絵を立てかけてからナツの隣へ腰掛けた。

 

「えーっと、とりあえずフユ姉さんを始めとして、学園とは敵対しないで済みそうだよ」

「そっか、よかった! みんなはまだともかくとして、千冬姉にわかってもらえなかったらどうしようって心配だったんだ」

 

 ナツとしてはまず最も気がかりであろう、フユ姉さんが僕らに対してどう出てくるかについて話した。

 結果を聞くや、ナツは花が咲いたような笑顔を浮かべてご満悦。

 まぁ、そうだろう。僕も僕の両親もナツにとっては家族だけど、唯一の血を分けた姉妹と敵対しなければならないなんて事態は避けられたのだから。

 もし万が一の場合は脱走する気でいたわけだが、この提案をナツにした時すごく悲しそうな表情をしていた。

 察するに大半はフユ姉さんのことが引っかかって出てきた顔だろうから。

 

「それから――――」

 

 それから、だいたい生徒会室でした話を丸々ナツへと伝えた。

 言うまでもなく、織斑 マドカの件については避けて。

 だってそうだろ。いつかは話すべきことだろうが、それでなくとも衝撃の事実を知ったナツに、謎の姉妹が現れたなんてそんな追い打ち――――

 いいや、この言い訳はよくないな。だって、話さないのは僕に勇気が足りない部分があるからだ。

 織斑を名乗る女の子が現れて、その子は僕のことを知っていて、なぜだか僕に恋慕を抱いているみたいです。

 ……無理だろ、話せない。というか、僕も口からそんなことを発したくない。

 ナツにわざわざ僕がナツのものである証まで刻んでもらって、そのうえ告白されている自分がどうしようもなく歯がゆい。

 自惚れで吐いているつもりはないが、僕を好きになるのはナツだけでいい。

 ただ、ここで恐怖心に負けて話さないで、後々に面倒なことへと昇華しなければいいが。とも思う。

 そう考えるとナツが刻んでくれた証が、戒めのようにキリリと痛んだ気がした。

 僕は服の上から左の鎖骨付近をそっと撫でると、自らを構成する総てが誰のなんのために存在しているかを言い聞かせる。

 

「ハル?」

「ああ、いや、これからのことで少し。ほら、母さんと父さんのこととか」

「……うん、そうだね」

 

 ナツに違和感を覚えさせる程度には黙りこくってしまったのか、気付けば様子を伺うかのような視線が眼前に迫っていた。

 それを適当に誤魔化そうとして、母さんと父さんのことについて触れてみる。

 とりあえず話したいことがあるとだけは伝えてあり、土曜日か日曜日にはFT&Iへと訪問する運びになった。

 僕としては二人はどんな反応をするのかな。くらいのつもりで振った話題なんだけど、気のないようなナツの返事で地雷を踏んだことに気が付いた。

 だって両親には、僕がISを動かせる原因はナツであることを明かしにいく。

 それすなわち、ナツからすれば息子さんを戦いに巻き込んだのは私です。と、そう伝えにいくようなものと同義。

 それこそ両親はナツのせいなんかじゃないと宥めるだろうけど、自分のせいでという考えが薄れないナツにはまたしても辛いことに決まっている、

 もし数秒前の過去に戻ることができたなら、僕は自分自身を殴り殺してしまっていたかも知れない。

 それほどの罪悪感が過る中、僕の胸中にはあるひとつの考えが浮かんだ。

 そこで僕は片腕でナツを強引に抱き寄せ、有無も言わさず自らの唇をナツの唇へと近づけた。

 

「ナツ」

「っ…………ダ、ダメっ!」

「…………ほら、やっぱり気にしてた」

「あ……。い、今のは違う、違うの! わ、私はただ、どうせならFT&Iで検査するまで、お預けのほうがいいかなって」

 

 別に僕は慰めようって目的でキスをしようとしたわけじゃない。初めから断られるとわかっての行動だ。

 というか、自分の失態をキスでカバーしようとするとか、控え目に言って下種の所業だ。

 僕は真摯にナツを愛しているつもりだし、誤魔化すような汚名返上なんてするのはポリシーに反する。

 ……しかし、断られるとわかっていても、やっぱりショックなのはショックだな。

 僕が顔を近づけた途端に、ナツは血相を変えて腕の中から脱出。明確な拒絶の意思を示した。

 そんなナツに対し、追い詰めるとわかっていても意地悪な台詞を吐く。

 心を鬼にして。どころか、心を修羅だとか悪魔だとかにしたつもりでだ。

 するとナツはより一層に血相を変えて、僕にすがるようにして弁明の言葉を並べる。

 それはきっと、僕を拒絶してしまったという罪悪感。そして、僕に嫌われたくないというのが大きな原因だろう。

 僕のことでこんな必死になるナツの姿なんてみたくはなかった。

 その瞳からは今にも涙が零れ落ちそうだし、何より目は口ほどにものを言うというか、嫌いにならないでと訴えかけてきているのがよくわかる。

 実際のところ正論であるから余計に心苦しい。

 ナツの因子についてISを動かせるようになること以外は未知で、もしかしてリスクなんかがあったら絶対にキスなんかしないほうが吉だ。

 でも、気にしていたことを隠し通そうとしているのを是正するためのフェイク。キスするしないは最重要ではない。

 僕は引きちぎってしまいそうな勢いで制服の胸元を掴んでいる手をそっと離させると、さっき近場へ置いておいた一枚の絵を手に取った。

 

「ナツ、これなんだ?」

「……わかんない」

「ほら、見に行こうかと思ったら時間切れになっちゃった奴だよ。学園祭の展示用に描いた、僕の渾身の一枚」

 

 額はまだ薄手の布にくるまれた状態だから、それを絵と認識するのは難しいのかも。

 ナツも当然わからない――――というよりは、今のは考える気すらあまりなかったように感じられた。

 そんなナツでもきちんと聞き入ってくれるよう、優しい声色を意識してコレがどういったものかを言って聞かせる。

 あまり自己肯定能力がない僕が渾身と豪語するだけあってか、どうやらそのあたりは興味を惹いたらしい。

 視線が僕の絵へと集中しているのを確認してから、詳細について説明を始めた。

 

「鈴ちゃんとかセシリアさんとか、それぞれその人に合ったイメージでいろいろ描いてたのを覚えてるかな?」

「えっと、鈴なら龍人で、セシリアなら騎士みたいなやつ?」

「そうそう。これはね、そのナツバージョンってところの作品なんだ。学園祭に展示する作品は、必ずこれって決めてたから」

 

 シャルルが転入してきたばかりの頃だろうか。そういった話題が挙がったのを、今でも鮮明に思い出せる。

 あの日は鈴ちゃんたちの作品を先に描いて、自分のぶんはまだかって冗談めかしながら言われたっけ。

 僕はそれに対して、ナツの作品だから時間をかけてゆっくり描いてるんだと答えて……。それがようやく、ようやく完成したんだ。

 本当はナツを慰めるための材料になるなんて思ってもみなかったけど、絵のテーマとモチーフからしてそういうのにはうってつけのはずだ。

 僕はそういうわけでとわざとらしく前振りをしてから、ナツに絵を額ごと手渡した。

 受け取った側のナツは何度か僕と絵を交互に眺め、それから恐る恐る額を包む布を剥いでいく。

 やがて絵を目の当たりにしたナツは、わかりやすくパァッと表情を明るいものへと変えた。

 

「わぁ……! 綺麗……。…………ん? ハル、確かに綺麗で素敵な絵なんだけど、ちょっと安直に感じるのは私だけでしょうか」

「いやいやそんなことはないって、描いてる内容はそれぞれちゃんと意味があるんだから」

 

 ナツが僕の絵を安直と感じるのは――――まぁ、一概に心外とは言えない。一理あるのは確かだ。

 というのも、向日葵の畑だったり海だったり、夏の風物詩を一枚にギュッと濃縮したかのような絵ではあるから。

 ナツというあだ名だけに夏の風物詩ですか。と、ナツはそう言いたいんだろうけど、もちろん最初から説明はするつもりだったさ。

 何も考えなしにやたらめったら風物詩を詰め込んだというわけじゃなくて、キチンとナツのイメージに基づいて生み出された作品なのである。

 

「まず海。広くて深くて、ナツのおおらかなところを表現したんだ。あ、あと時々荒れるから」

「ひとこと多い! それ言わなきゃダメだったかな!?」

「はいはい、どんどんいくよ。次は砂浜ね。これは単に身体的特徴かな。……どこだと思う?」

「う~ん、自惚れでなければ……肌、とか?」

「おっ、正解。やるね。じゃあ次――――」

 

 途中からクイズ形式になんかなったりしつつ、僕とナツとでコントのようなやり取りを繰り広げながら、次々とどういった意図で描かれたものかを説明していく。

 入道雲。どこまでも高く大きく空を包み込むような雲は、ナツの包容力を。ついでに影へと白式のシルエットを仕込んでいたりもする。

 向日葵。夏に太陽のように燦燦と咲き、必ず太陽の方向を見る花。これはわかりやすく、ナツの明るい部分をこれで例えた。

 向日葵に関してはいろいろと仕込みがあるので、明るさだけって話でもないんだけど。

 まぁ、諸々説明したものを箇条書きしていては長引くので、とりあえずここらで割愛しておくことにしよう。

 僕はある程度ナツにどういった意図であるかの説明を終えると、話をいったん向日葵へと戻した。

 

「ね、ところでさ、向日葵の花言葉って知ってる?」

「う゛! そ、そういう女子力は未だ手を付けてないからなぁ。はい、素直に教えを乞わせていただきます」

「あなただけをみつめる」

「…………!」

 

 花言葉っていうのは、その花の細かい種類や色によって大きく意味合いが変わってくる。

 僕の言ったあなただけをみつめるという花言葉は、万人がイメージするであろう一般的な向日葵のソレに該当するものだ。

 それこそ前述したとおり、太陽の方向を見る花だからこそのものなんだろう。なんとも粋なものじゃないか。

 そんな隠された意味をもって描かれた向日葵の秘密を知るや、ナツは一気に耳まで真っ赤に紅潮させた。

 

「そ、それは、その、私が一途って褒めてくれてるの?」

「そうだなぁ……。それもあるけど、それだけじゃないんだよね。ナツ、この絵全体をみてて何かに気が付かない?」

「何か? 何か……。そういえば、なんとなくだけど全体的に白っぽいかな。光の描写っていうのはわかるんだけど」

 

 確かにナツの見解でも間違いはない。どころかほぼ正解に近いんだけど、真の意図を汲んでもらうには、他にも向日葵でなくてはならなかった理由がある。

 こればっかりはぜひともナツに紐解いてもらいたい。ゆえにもっと全体に注目してほしいと、軽いヒントのようなものを与えた。

 するとナツはやっぱり僕の絵のことをすごくわかってくれているのか、全体的に眩しく感じるという答えをすぐさま導き出す。

 うんうん、その調子その調子。ならその眩さを放つものといえばなんだろうか。

 そうやって続けざまにヒントを与えようとしたのだけれど、ナツはなんだかハッとしたような表情をみせ、それが意図に気づいたということを顕著に表していた。

 と、同時にこう思う。たったこれだけのヒントでわかってくれるなんて、やっぱり僕って愛されてるなぁ。ってさ。

 

「眩しい……。光……。……太陽? っ!? ハル、この太陽ってもしかして……」

「うん、そういうことだよ。この作品はね、ナツだけじゃなくて僕自身のイメージでもあるんだ」

 

 僕の名前である晴人に込められた意味は、晴――――太陽のように、あらゆるものを照らせるような人になってほしい。という想いが込められている。

 まぁ、両親の想いに反してなかなか小難しい性格になってしまったわけだが、今ではかなり肯定的に捉えられている。

 ぶっちゃけてしまうのなら、僕は僕の名前があまり好きではなかった。

 全然明るくともなんともないのに、太陽なんかとは程遠いというのに、なんだか名前負けしているような気がしてならなかった。

 じゃあ見方が変わったのはいつからなのって、そんなのは決まりきったことだ。

 僕はこのナツのためにあるはずのこの絵を描き始めてから、太陽というものの認識が変わり、晴人という名でよかったと心から思えている。

 

「持論っていうか、こじつけ臭いんだけどさ。夏って太陽が一番輝く季節じゃない」

「まぁ、わからなくもない。かな?」

「だから、太陽を僕として仕込んだんだ。相乗効果ってやつだよね。お互いがお互いを引き立て合う、まさに僕たちみたいだなって思ったから」

 

 夏の太陽が勢いを増すのは地球の自転がどうのは置いておいて、一般的な認知として夏といえば太陽。というのも間違ってはないと思う。

 だから夏が夏らしい季節だって感じるのは、太陽あってこそなんじゃないかって。

 ……ああ、でも僕がナツを輝かせてます。なんてふざけたことを言いたいわけでもないのは理解してほしい。

 だって逆ってことも考えられるでしょ? それこそ海とか、熱いから入りにいきたいって人も一定数はいるだろうし。

 僕が言いたいのは、そう、相乗効果ってやつだ。

 夏には互いがなくてはならない。互いがあるから、ひとつの季節として成立する。互いがあるからこそ、ひとつの季節がより盛り上がる。

 

「ナツ、僕はね、本当に自分がキミの隣に居ていいものかって、何度も本気で悩んだことがあった。ちょうど、今のナツみたいにね」

「っ……そんなことない! 私は、ハルがいてくれたらから――――」

「うん、やっぱりナツはそう言ってくれる。だから僕もそっくりそのまま。そんなことはない、だよ」

 

 僕の存在はナツにとって邪魔でしかないんじゃないか。

 いつだって守られてばかりだったし、いつだって足を引っ張ってばかりだった。だから僕がいなければ、ナツにはもっと他の居るべき場所があったんじゃないかって。

 こんなことをナツに面と向かって話したところで、そんなことはないと全力否定してくれるのは目に見えたことだ。

 この気持ちを打ち明けるのは初めてだが、やっぱりナツは怒りの感情すら垣間見せる勢いで、かつて確かにあった僕の考えを否定した。

 だけど今はナツがそう思っているに違いない。

 自らの因子のことを始めとし、多くのことを絡め、自分が僕の隣に居るべきなのかって。キスを拒否したのは、そういう想いだと考えていいはず。

 だからナツがそうしてくれたように、僕もそうするだけだ。

 ただひたすらに、全力に、己の心に確かにある想いを。そんなことはないと口にするだけのことだ。

 

「簡……単に……! そんなこと言わないでよ! だって、死んじゃうかも知れないんだよ!? 私は、私のせいでそうなっちゃったら絶対に耐えられない……!」

「……やっと本当のことを言ってくれた」

「っ…………!」

 

 ナツの言葉はもっともだ。

 もし仮に立場が逆だったとして、僕のせいでナツの命をすり減らすなんてことになっていたら、きっと自分で自分が許せないだろう。

 気持ちがわかるだけに、あえて楽観的にも聞こえるような台詞を並べた。想い自体は本物のつもりだが。

 こういう場合引っかかったと表現していいのかはわからないけど、ようやくしてナツの本音というものを口にさせることができたわけだ。

 ここからが本当の勝負。なんとかして落としどころをみつけなければならない。

 僕もナツも納得して、いつまでも二人で居られる選択肢を導き出すんだ。

 

「じゃあナツ、仮に人体への影響が大いにあると仮定しようか。それだとキミは、どうして僕と離れなきゃって思うのかな」

「どうしてって……。さっきも言ったけど、何より私が耐えられないから……」

「でもそれ、キスとかしなければいいだけの話だよね。それもダメ?」

「…………」

 

 ナツは僕の少し意地悪な質問に対し、深く顔を俯かせながら控え目に首を縦に振った。耳も紅潮しているのがわかる。

 なるほど、つまり僕そのものを危険に晒すことが耐えられないが、僕と愛し合う行為が不可能に近くなるのもまた耐えられないと。

 実際のところ、ナツのDNAを摂取しないなんていうのは、気を付けてさえいればどうにでもなるだろう。

 しかし、ここで障害になってくるのが僕らを結ぶ愛とはなんて皮肉な。

 でも確かに、手放すのはあまりにも惜しい。それほどに簡易的かつ強く深く愛を確かめ合う行為であると思う。

 唇同士のキスを最上級のものとして、グレードは下がってしまうが愛を伝える方法なんていくらでもあるはずだ。

 それでナツを満足させられるかどうかの問題だが、まずは出たとこ勝負だ。試さなければ可能性はゼロ。というわけで――――

 

「ねぇナツ」

「へ? わぁ!? ハル、話聞いてた!? だからキスは――――」

「大丈夫、わかってる。キスはキスでも――――」

「んっ、んぅ……! ひぁ! く、首っ、首にぃ……!?」

 

 僕はおもむろにナツを姫抱きで持ち上げると、乱暴目にベッドの中心へと寝かせた。

 流れからして強制的にキスを迫られたように思ったようだが、僕の狙いは初めから唇ではない。

 僕がキスを落とした先、それはナツの首筋だ。

 一瞬触れるだけだったり、軽く吸いついてみたり、様々なバリエーションをもたせてとにかく首筋へのキスを乱れ撃った。

 その度にナツは切ないような声を上げ、唇同士のキスとはまた違った意味でダメだとうわごとのように呟く。

 ダメということは、イイらしい。皆までは言わないが、嫌よ嫌よも好きの内というアレだ。

 僕も僕で、切ない声を上げるナツがたまらなく可愛くて、たまらなく愛おしい。

 互いに伝え合うということはできないが、僕がどれほどナツのことを愛しているかを伝えることはできるはずだ。

 だから数は多いものの、一回一回を丁寧に、好きだよ、愛してるよという想いを込め、一心不乱にナツの首筋を攻め続けた。

 

「……どう? 僕の気持ち、伝わったならいいんだけど」

「はぁ、はぁ、はぁ……! うん……。ハルがくび、ちゅ~ってするたび、あいしてるっておもいが、こころにひびいて……!」

 

 個人的に楽しくなったせいで、随分と長丁場にしてしまった。

 僕の愛は問題なく伝わったみたいだけど、長丁場になった影響でキャパを超えてしまったのか、ナツはまるで全部ひらがなで発音しているかのように呂律が怪しい。

 表情も蕩けさせているのか、それを見られるのが恥ずかしいらしく、腕で顔を覆い隠している。

 うん、僕が目撃するようなことはなくてよかったと思う。

 さもないと、さもないと……まぁ、言わなくてもわかるだろうからあえて触れないでおこう。

 とりあえずこの様子ならナツも満更ではなさそうだけど、やっぱり因子の件を納得させるまでにはならないだろうか。

 僕は慎重に慎重に、ナツの出方を待つことにした。

 

「どうして……?」

「どうしてって、何が?」

「なんで私のこと知っておいて、こんなにも愛してくれるの……? こんなに苦しいなら、いっそ私は……嫌いになられたほうが楽だったのに……」

「はは、それフユ姉さんにも似たようなこと言われたよ。だから答えも同じ。僕が――――」

 

 ナツの声はどこか弱々しく、そして小刻みに震えていた。

 多分、泣いてしまっているんだと思う。

 そして涙ながらに尋ねられたのは、どうして未だに自分を愛しく思ってくれるのかという、ある種答える必要がないくらいの質問だった。

 そのせいか、泣くほど追い詰められているナツには悪いけど、思わず笑みが零れた。

 まぁ、本当は理由なんてないんだけど。いや、理由がないことそのものが理由というか、まるでトンチじみた回答にはなってしまう。

 けど、本当にそれ以上の例を挙げることなんてできないだろう。その理由はただひとつ。ただ単純に僕が――――

「ナツのことを愛してるからだよ」

「……それ、理由になってない」

「いや、これ以外は無理だよ。そもそも愛してる人を愛するのに、理由や理屈なんて必要ないでしょ」

 

 本当にただそれだけ。文字どおり愛してやまないってやつ。

 ナツはなんだか納得のいっていない様子だが、どう転んだってこれ以上の理由なんて並べることはできない。

 それこそ適当な言葉を吹いているつもりはないぞ。ぶっちゃけ、ナツを巡ってどういういざこざが起きても僕にとっては小さい話だ。

 安心してナツを愛せる環境さえ整っているなら、僕はそれでいい。

 だから脱走の計画も企てたし、なんなら世界を相手に寝返るという趣旨の言葉もフユ姉さんに匂わせた。

 どちらも現状は未遂なために口先だけと思われてしまうかも知れないが、ナツを愛するために必要なことなら、僕は――――

 

「ははは、そっかそっか。愛されてるね、私」

「それはもう。この世の全てを敵に回していいくらいにはね。ナツさえ居れば僕は幸せだ」

「……ハルっ」

 

 涙を拭って身体を起こしたナツは、なんだか可笑しそうな笑みを浮かべていた。

 どこか自嘲も入り混じっているようにみえるが、とりあえず涙を引かせることができたならそれでいい。

 しかし、そんな再確認じみた言葉が出てくるってことは、僕がどれだけナツを愛しているかは伝わっていなかったということだろうか。

 ナツを愛するためならこの手を血に染めようと構わない。なんて言うとナツが悲しむから、比較的にマイルドな表現をして思ったことをそのまま述べる。

 ただそのくらいの覚悟でいるということは伝わったのか、ナツの僕を射抜く視線は徐々に熱っぽいものへと色を変えていった。

 そしてナツは、まるで攻守交代だとでも言わんばかりに僕をベッドへ横たわせる。

 後はもうされるがまま。気が済むまで、首へのキスを堪能していただいた。

 ナツの唇が僕の首へ触れるたび、気持ちいのやらくすぐったいのやら、あるいはそのふたつをミックスしたかのような感覚が過る。

 なにより、ナツがキスに込めているであろう愛が伝わってきて、自然と息が荒くなってしまう僕がいた。

 これがいつまで続くかわからない以上、そのうちいい意味で気が触れてしまうかも知れない。

 そうやって乱れた心を落ち着かせるためナツの頭を撫でていると、件の本人は身をよじらせて少し上方    僕の耳元くらいまで移動した。

 そうしてただひとこと、非常に切なそうな、我慢の限界かのような声色でこう囁いた。

 

「ね、ハル、しよ……?」

「…………ちょっと待ってて」

 

 しようというその問。意味がわからないと返すほど鈍感なつもりはないし、むしろ僕らはかなり積極的なほうな自覚はある。

 ナツが僕を求めるのなら、既に断る理由はない。ないのだけれど、ここが校内であるということを忘れてはいけない。

 僕はポケットから携帯を取り出すと、すぐさま時計を確認。

 時刻はもうすぐ18時。食堂が解放される直前ほどだ。

 もしかすると、誰かが気を利かせて僕らを食事に誘うなんてことがあるかも知れない。

 そう判断した僕は、専用機持ちメンバーで結成されたグループチャットを開き、今日は疲れたからもう休むという旨の書き込みをしておいた。

 口調の影響で反応に差異はあるものの、みんながみんなして了解したということと、ゆっくり休めという返信をしてくれた。

 ……邪魔が入らないようにしているだけに、なんだかその気遣いが大変申し訳ない。だけど同時に、いい仲間を持ったと思い知らされる。

 さて、後警戒すべきは突然の訪問者といったところか。

 僕はするりとナツの下から抜け出し、一目散に扉を施錠したらばすぐさまナツの元へリターンバック。

 ベッドに横になったままのナツを姫抱きで持ち上げ、何も言わずにただシャワールームへと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 


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