休日とは文字通り、休む日であろう。休日にも関わらず労働している者は余程のブラック企業で働く者か、はたまた「やりがいがあるから!」と偽善者ぶり、まるで小学生の様な事を宣う大馬鹿者かだ。真に社会や労働という概念を理解した者ならば、休日は家から出たくないと思うのは当然の解であろう。つまり俺は社会を理解している。やったぜ。
なら俺は何故、ハイキングなんかに来ているんだろう。折角の休日だよ?家で寝ているに限るじゃん。まぁ、勿論原因は野乃はなだが。こいつの所為で俺の休日のリズムが変わりつつある。
「やってきました!ハイキングだぁ!!」
ハイキング会場である山奥に着き、ウキウキと大声ではしゃぐ野乃。
いやいや、全然はしゃぐ要素ないんだが。この状況ではしゃげるとか逆に羨ましいぞ。その元気を俺にも少しくらい分けてくれよ。
「大自然の中におると、日々の疲れが癒されるなぁ…」
「全然癒されねぇよ……」
ハリーがアホな事を抜かしているので、間髪いれずにツッコミをする。するとハリーも返してくる。
「お前はもっとポジティブに生きようや…」
いやマジで。自然の中にいるだけで癒されるんだったら苦労はしねぇよ…。でもまぁ、森林浴とか言う言葉もあるほどだし、思う人間によっては癒しの効果があるのかもしれないな。
「それでは早速、しゅっぱ―――」
「ストップなのです!!」
野乃が早速出発する為の掛け声を言うのと同時に、何処からともなく俺達を制止する声が聞こえた。
いや誰だよ。
「ほえ?何事?」
俺達は足を止め、声がした方を見る。するとそこには、美少女が立っていた。
いやこの街美少女多すぎでしょ。どうなってんだよ。うっ、ブサメンな俺が目立つなぁ…。
「ってかお主、誰じゃ?」
「お前が誰だよ…」
「まぁまぁ、それは気にしないで…」
野乃が聞くが、聞き方があまりにもおかしかったのでついつい俺が野乃に聞いてしまう。
ていうか気にしないでっていうなら最初からそんな事するなよ…
「石!」
ほうほう、そうきたか。
謎の美少女は俺らの質問には答えずに野乃の足元を指さし、そう言ったのだった。
そして指さした方を見ると、小石が埋まっていたのだった。
「ふぅ…あと一歩で石に躓いて転んで坂を転げ落ち、泥まみれになるところだったのです!」
「へぇ~」
「親切ね」
「想像力豊かすぎんだろ…」
「いや、心配しすぎでしょ。小さな石に…」
俺達が其々に疑念を口にしていると、謎の美少女はほぼ無いに等しい胸を張って、自信満々に話を始めたのだった。
「ハイキングはとっても危険なのです!」
はい?
いや、きっとこれは俺達五人が全員思っていることだろう。
唐突な危険宣言に、思わず眉間に皺が寄る。
「ハイキングに行きます。お弁当を食べます。そしたら、デザートのみかんが転がって追い掛けてる内に迷子になって、二度とお家に帰れなくなる。そんな未来が待っている…なのです!」
どういう風に生きたらこんなに先を想定できるようになるのだろうか、と俺は是非質問したい。そもそも、そんな事を思いながら人生を過ごしていたら何もできねぇじゃねぇか。歩くって行為だけで色んなヒヤリハットがあるんだからよ…。ていうかみかん追いかけて迷子って何歳だよ…いや、確かに野乃は抜けてる部分があるが…。もしかしてコイツはそれを揶揄してるのか!?高等なテクだなぁ…。てかどうでもいいけど「なのです」って艦これの電みたいだな。
「それにしても、大きい声やなぁ…」
ちょ、ハリー喋ったら拙いだろ!
と、思っていたのだが、どうやら皆そこには触れないらしい。俺が敏感なだけなのか?なんかどんどんコイツの扱いが雑になっていくな…
「それにしても…」
野乃はそう呟きながら美少女へとどんどん近付いて行く。
おーい、野乃さーん。それは不審者扱いされるんじゃー?
「お人形さんみたい!かわゆいのぅ~」
そういって野乃は抱きついた。
いや、普通に拙いんだよなぁ…。知らない奴にいきなり抱きつく奴…あっ…(察し)これは若宮の影響ですね間違いない…
「離すのです~!」
どうやら口癖は「なのです」のようだな。これはあざとい。
とりま、この幼女はどっから来たんだ?
「この子、誰?」
輝木がまず最初に疑問に思うであろうことを、今さら言ったのだった。
「お前今さらかよ…」
「う~ん」
そんなこんなしていると、どうやらこの少女の名前であろうものを叫びながらこちらに駆けてくる美少女を見つけた。野乃妹である。
「えみるちゃ~ん」
「ことり!?この子と知り合い?」
野乃は突然の妹の登場に少し困惑しながらも、この謎の美少女の身元について聞いたのだった。
「うん。同じクラスの…」
野乃妹、もとい野乃ことりがそう言いかけたところで、それを「えみる」とやらが紡ぐ。
「六年一組、愛崎えみるなのです!」
「クラスでハイキングに行く事になって…えみるちゃん集合場所あっちだよ?」
「本当に行くのですか…?ハイキングはとっても危険なのに…」
愛崎は目を少し細めて、シリアスな雰囲気でそう言った。
そしてその言葉に反応したのは薬師寺であった。
「えみるちゃんは行きたくないの?」
それに続いて、俺と輝木も言葉を発する。
「その割には大きいリュックだけど…」
「ハイキングってサバイバルかなんかだっけ?」
無論、ボケである。
いや、だってこいつハイキングってだけなのに目茶苦茶危ない事するみたいに言うじゃん…
「これは…危険に備えているのです。緊急用のパラシュート、何かを砕くためのハンマー、迷子になった時に皆で遊ぶ用のトランプ。それからそれから…」
まだまだ出てくる。おいこいつ本当はめっちゃ楽しみにしてるんじゃねぇのか?
どうやらハリーも同じ事を思っていたようで、
「行きたないんか楽しみなんかどっちなんや」
と、言っている。
「無理しなくても大丈夫だよ?」
野乃妹も優しい声音でそう問い掛ける。
すると愛崎は少し眉間に皺をよせ、困り顔になってしまった。
「絶対楽しいと思うんだけどなぁ…」
野乃は少し悲哀を表情で、愛崎の意見を否定した。
「そこは俺達が干渉していい点じゃねぇと思うぞ。行きたいか否かってのは個人の自由だからな」
俺が自分の感想を言う。しかし、どうやら野乃の意見の内容が気にいらなかったのか、愛崎は野乃に声を荒げて反論する。
「貴女!信用ならないのです!」
いきなりの事に野乃は思わず
「えっ…?私?」
と呆けてしまう。
「発言に根拠がない人は信用できませ…」
愛崎がそう言いかけた所だった。
はぐたんがこいつの指をつかんだのだ。そしてそれと同時に、愛崎の表情はだらしなく緩む。
うわぁ…はぐたんすげぇ…もうこれどんな怖い人に会ってもはぐたんに触らせれば最強なんじゃね?かわいいは正義ってこういう事だったのか。違うか?違うな。
「ほら、はぐたんも『行こう』って言ってるよ?」
そんなこんなあって、俺達はハイキングを始めたのだった。
全くなんで俺は休日にわざわざ自分の足で砂利道なんぞを歩いているんだ。ぜひとも二百文字以内で説明してほしいねぇ!野乃さんよぉ!
んま、そんなことはさておき。それから小一時間ほど歩いて今、俺達はハイキングコースの途中にある湖の近くで一息ついていたのだった。
「えみるちゃんも一緒に遊ばない?」
「目を配ってないと何が起こるか分からないのです!」
「少しくらい気ぃ抜けよ」
「うるさいのです!」
「へぇへぇ」
えぇ…酷くない?年上なりのアドバイスをしたつもりだったんだが…。まぁいいか。目の前には自然が広がっている。はぁ…なんか現実を忘れられるなぁ…
「風流なとこやな~」
ハリーの言う通りだ。喩えるならまるでフランスのビュジェやイタリアのトスカーナのようだ。どっちもワインの産地じゃねぇか…
と、言う俺渾身の一人ツッコミを全て吹き飛ばす音が聞こえたのだった。
野乃の腹の音である。
「雰囲気台無しやがな!」
俺も思わず顳顬に手を当ててしまう。
こいつは何だっていつも雰囲気をぶち壊しやがるんだよ…
「仕方ない…おやつターイム!!」
おいおいもうかよ…時計はまだ12時にすらなっていない。
何故小学生の遠足におやつの時間が設定されているのかを今、理解した気がした。
こいつみたいなのが沢山いるからだろうな……
「だっておやつのバナナ、楽しみなんだも~ん…ってキュウリ!?なんで!?」
野乃がリュックから勢いよく取り出したのはバナナ…ではなくキュウリであった。てかそれ以前にバナナっておやつに入るんですか!!
と、まぁそんな定番ネタは放っておいて。
「お姉ちゃん寝ぼけて準備するから…」
野乃妹は野乃が抜けていると他人に思わせる要因の一つを呆れるように、溜め息交じりに言ったのだった。
「寝ぼけてキュウリとバナナ間違えるって相当じゃねぇか…」
俺も野乃妹同様に呆れたように呟くと、唐突に不吉な事を叫ぶ者が居た。
「河童の呪いなのです!」
「河童ぁ?」
野乃は顔を歪めながら、まじまじとキュウリを見つめたのだった。
「のびのびヶ原には河童伝説があるのです!」
突拍子もない話…というのはきっとこんな事をいうのだろう。
話と言うものは順序立てて話すもの…などという事をここで言うのは野暮であろうが。
「何、それ?」
またまた、輝木が愛崎に質問したのだった。
俺もその河童伝説とやらが一体全体どんな話なのかを知りたい為、言いたい事を必死に抑える。
「此処に居ると河童の里に連れ去られ、河童にされてしまうのです」
「えぇっ!?水掻きがあって、頭にお皿があって…そんな野乃はな嫌だぁ~!」
野乃はその河童伝説とやらを聞くと、手足をバタバタさせてそんな事を宣ったのだった。相変わらずコイツはオーバーである。
「私、一度でいいから河童って見てみたかったの」
驚いた。まさか薬師寺が河童を信じていたとは。
一説であるが、河童とは内臓を抜かれ間引きされた子供の水死体であった…というのがある。あまりにも有名な話だが。てっきり薬師寺は知っていると思っていたが。
「兎に角、早く逃げるのです!」
どうやら愛崎は本気らしい。まだ小学生であると言う風に考えれば、確かに納得できるかもしれない。しかしもう六年生だぞ?あまりにも発想が幼稚すぎる。
「河童なんてオカルトじみたものが実在するわけねぇだろ」
我ながら酷く矛盾した意見だ。俺達が関わっているプリキュアという存在も十分オカルトじみてると思う。だが、今までの人生で「プリキュア」なんて聞いた事がない。故に河童とはまた違ったベクトルの存在、或いは概念なのであろう。まぁ、真実なんてものは一握りの者たちにしか分からない。プリキュアに関してならば、俺はその一握りに含まれるのだろうが。
こんな事を考えていても仕方がないなぁ、と思ってしまう。
「もうちょっと此処で遊ぼうよ」
俺達の話を聞いていたのか、愛崎のクラスメイトたちが話しかけてくる。
だが、愛崎はさっさとこの場を立ち去りたいようで、大声でクラスメイトを圧倒したのであった。
おいおい大丈夫なのかよ。
「河童になりたいのですか!?」
そんな大声を急に出してはいけない。何故なら馬鹿が慌てるからだ。
俺が今言った言葉は正に的を得ており、その言葉を聞いた野乃が愛崎を抱えて湖の方へと走っていったのだった。
「お、おい!」
しかし、時すでに遅し。野乃は湖の上に点々と存在していた石の一つで足を滑らせてしまい、愛崎、はぐたん共々湖へと転落してしまった。幸い落ちた部分は浅く、怪我などはしなかった。全く、なんて人騒がせな奴なんだ。
「めちょっく!!」
その様子を見て思わずハリーは
「大変な事になったな」
と、小さく呟いた。
「全くもってその通りだ」
俺もハリーに同調するように、吐き捨てるように呟いたのだった。
× × ×
俺達は野乃がやらかしてからすぐに、移動を開始したのだった。
「ずぶ濡れになるなんて…やっぱりハイキングは危険なのです」
愛崎はジトっとした眼で不満であり皮肉を言ったのだった。
「お前があんな煽りを言わなければ、そもそもこんな事にならなかったんだがな」
俺もついつい嫌味を口にしてしまう。だが、どうやら俺が言った言葉は嫌味であると同時に真実、正論であったらしく、愛崎は今まで散々饒舌であったのに、口を閉じてしまったのだった。
「次は…この石橋を渡るみたい」
ポンコツでしょうがない愛崎の代わりにナビ役を務めていた薬師寺は、地図を見ながら俺たちにそう言ったのだった。
前を見るとそこには小さな石橋が。さぁ、渡ろう。と、思ったのであったが。
「ストーップなのです!」
「今度は何…」
輝木はジト目で愛崎を見つめる。無理もなかろう、先程犯した行為を俺達は見ていた。ならばここで意見するのが当たり前であろう。
「皆で渡ったら重さに耐えきれず崩れ落ちてしまうのです」
本当にそうであったら、きっと今、こんな所に橋なんてのは存在しないだろう。
ま、本当に崩れてしまうのかどうか分かるいい機会なのかもしれない。これで本当に崩れてしまったらどうしたものか。などと言う心配もあるが。
するとコイツは小ハンマーを取り出し橋をぶっ叩き始めやがった。
「きちんと渡れるか確かめる必要があるのです」
ピキ。
と嫌な音が鳴る。それと同時に橋が崩れた。
いや、それは明らかにお前が壊したんだろうが!
「危ないところだったのです」
愛崎はキメ声で言ったつもりなのだろうが、全然キマっていない。しかし悲しいかな、どう考えてもこれは愛崎が悪い。
「すごい用心深さ!『石橋を叩いて渡る』ってこういう事だったのね!」
それは恐らく違うぞ、薬師寺。ハンマーで何回も叩くのと俺達が渡るの、どっちの方が負荷が大きいと考えた場合、前者の方が明らかに負担であろう。
「この後どうやって進むの?」
六年一組の生徒の一人が、そう哀しげに呟いたのだった。
その通りだ。橋が壊れた以上、時間は更にかかる。ただでさえ野乃が湖に落ちた事で遅れが生じていると言うのに、こんなことではゴールに着く頃には日が暮れてるぞ。
「他のルートを調べてあるのです。安全に進むのです」
「安全ばかり優先してたら皆飢え死にするのです。早くゴールに着かないと明日のニュースに情けない顔写真が載ることになるのです」
流石にこれ以上は見逃しておけない。偶には安全よりも効率を優先せねばならないと言う事を確認させなければならない。少し、否。だいぶ嫌な言い方になってしまったが、これくらいじゃないとコイツは改心しないだろう。
「それはちょっと言い過ぎじゃない?」
俺が言った言葉に対して棘のある声音で反論したのは、輝木であった。
しかし、そう言われても仕方がない。俺が愛崎だったらぶち切れてるだろうしな。
「まぁ、そうだな。すまん」
俺は出来るだけ当たり障りない回答をする。
まぁきっと、注意したのが野乃であったのならば、きっと誰一人不快な思いをする事はなかったであろう。しかし、それはifだ。たらればを言っていても仕方がない。野乃、薬師寺、輝木は注意しなかった。それは歪みようのない事実。そう自分を納得させ、合理化する。自分が間違った事をしていないと思い込ませる為に。一種の自己暗示であろう。しかし、悪役というのはどの物語でも必要なものだ。まぁ、別に俺の生きているこの世界が一種の物語である可能性なんてのは無いと思うが。はぁ、何故俺はこんな気持ち悪い事を考えているのだろう。と、俺は自分に問い考えを遮断したのだった。
× × ×
それからしばらくして着いた場所は、広大な花畑であった。
到着すると皆バラけ、其々に様々な花を見に行く。俺は心配だったからすぐに、目で愛崎を追った。傍から見たらただの変態ストーカーなんだけどね。
しかし、そうやって見ていて良かったと思わせる事件がすぐに発生した。
愛崎のクラスメイトがとある花に触ろうとしていた。キク科の薊である。そう、薊とは触ると痛いあの薊だ。勿論、すぐに愛崎は止めに入る。
「ストップなのです!」
「ビ、ビックリしたぁ…」
愛崎が背後から突然、大声をあげながら止めるものだからクラスメイトが驚いて背筋をピン、とさせた。
「お花に触っちゃ駄目なのです!」
愛崎の意見はごもっともだが、言葉足らずの為にクラスメイトからは反感を買ってしまう。
「かわいいのに…」
「可愛くても触っちゃ駄目だぞ。良く見てみろ、そいつ、棘あるだろ」
我ながらナイスフォローだ。おい愛崎、後で謝辞入れろや、ああん!?
などと心の中で似非ヤクザを演じてみる。そんなことは兎も角、それで納得が言った様で、クラスメイトは愛崎に一言謝る。
「ごめん、危ない花だったんだね」
「だ、大丈夫なのです…」
愛崎がそう返すと、クラスメイト二人は反対側へと歩いて行った。全く、こいつは優しいんだろうが、それを上手く表現出来る性格を持ち合わせてはいないんだろう。
「愛崎」
「なんなのです」
俺が少し低い声音で、愛崎の名を呼ぶとコイツも少し低いトーンで返してきた。決してむくれている訳ではないのだろうが、声音からそう思っているのではと錯覚してしまった。
「言葉ってのは難しい。どんなに相手の事を思って言っても、そいつが的確じゃなきゃ相手は全く反対の意味に捉えてしまう。さっきのお前みたいにな。まぁ、なんつーか、頑なに『駄目駄目』言うんじゃなくてよ、もっと理由とかを優しく言ってみたらどうだ。そうすりゃ、皆お前の言葉に耳を貸してくれるんじゃねーか」
説教臭くなってしまったが、俺がコイツに伝えたい事は大体伝えれた。自分で言うのもアレだが、コイツは俺に良く似ている。必死に相手に伝えようとするが、いつもそれが裏目に出てしまう。だからこそ、愛崎には俺みたいにならないでほしい。
俺の思いが通じたのか、愛崎は反論してこなかった。
「ありがとう…なのです」
「おう」
コイツは捻くれてないだけ俺よりマシか…。と、心の中でまた捻くれた事を呟く。俺は一体、どこでいつからこんな風になってしまったのか。分かる奴がいたら是非聞きたいね。
そんな事を考えているとどうやら皆先に進む様で、奥の高原の方へと歩き始めていた。
俺もすぐに皆の後を追う。そんな事を考えていた所為もあるのか、一足一足がとても乾いたものに聞こえた。
俺達が高原に入ると、高らかなトランペットのサウンドが鼓膜を震わせた。
「あっ、ひなせ君!」
トランペットを吹いている者はどうやら俺達のクラスメイトだった様で、野乃が駆けてゆく。残念ながらコイツの名前を俺は知らなかった為、一緒に行く事は出来ない。残念って聞かれればそうでもないけど。
「うん?野乃さん、来ていたんだ」
ひなせ君とやらは野乃が駆けてくると、ハイキングに参加していたという事実を聞いた。クソ、イケメンかよ…。爆ぜろ。と、まぁ心の中でまた毒づいてみるのだが、そんな事をしても何もならないと考える。
そこから話は淡々と進んでいき、何故か皆で歌う事になっていた。まぁ俺はこんな所で歌うなんて恥ずかしい事は出来ないから、近くの日陰で休んでいた。
「何の用なのですか」
「別に。暑いから日陰に来ただけだ」
そう、日陰と言っても愛崎が休んでいた場所である。
「皆のとこ、行かなくて良いのか」
「………」
俺の問いに、愛崎は黙り込んでしまう。
愛崎はきっと今、境地に立っているのだろう。そしてどうしたらいいのかを理解出来ていない。恐らくこの数分で愛崎の生き方を決めてしまうだろう。勇気を持ってあちらへ行くか、黙ったまま皆を見守るか。そこに俺は干渉しない、否。出来ない。人の生き方や生き様に文句をつけるのはあまりに無責任だ。
そんな重苦しい会話をしていると、野乃が笑顔で此方に走ってきた。
「えみるも歌おう」
流石は野乃だ。俺が言えない台詞をサラッと言ってしまった。しかし、愛崎はそれを否定した。
「歌わないのです!歌うと河童が来るのです!」
これは素直になれない事に対する誤魔化しなのか、はたまた本心なのかを俺は理解する術がない。故にこいつはこれからどう行動するかを予測する事が出来ない。ただ一つ言えるのは、コイツは悩んでいると言う事だ。
そんな時、木の上から何かが降ってきた。
一同が騒ぐが、正体は猿であった。
そこまでは良かった。だが、猿は野乃がうっかり落としてしまったタンバリンを偶然キャッチ。
「あ!タンバリン!」
そう言ってるのも束の間。猿は手にしたタンバリンの音に刺激された所為か、そのまま森の奥へと駆けていった。
「あっ、ちょっと返して!」
「猿を刺激してはいけないのです!」
「おい待て!」
俺達三人は猿を追って森の奥へと走って行く。
そして走って数十秒後、猿を完璧に見失ってしまった俺達は立ち止まった。
「猿と喧嘩にならなくて良かったのです。戻りましょう」
と、愛崎は言ったのだったが…
「ここ…何処?」
おいおい…まさかとは思うが…
「それって…迷子なのですー!」
愛崎の物凄いハイトーンボイスと共に、俺達が現在陥っている現状が明らかになった。おいおい…勘弁してくれよ…
「皆とはぐれちゃったのです!帰り道が分からないのです!」
「こいつはヘビーだ…」
そんな80年代の映画の台詞を言ってしまう程、俺達は参った状況に陥ってしまっていたのだった。
× × ×
「愛崎えみるの人生は終了したのです」
唐突に2ちゃんのスレタイの様な事を言い始めたのは、愛崎であった。
いや、こんな程度で人生終了しちゃ駄目でしょ。
「ここで野宿する事になって、冬眠から目覚めた腹ペコの熊さんのご飯になるのです」
「いやいや、こんな所に熊はいねぇよ」
「どっちにしろ死ぬのです!」
愛崎は下から俺を睨みつけ、息を荒げる。
「なぁ…」
俺がそう呟きかけている時、ふとはぐたんの方を俺ら3人が見る。
すると、何故ふと見ようとしたのかを理解した。はぐたんが馬鹿でかい穴ぼこに落ちそうになっていたのだ。俺たちはすぐに走ってそれを阻止する。そこまでは良かった。俺と愛崎ではぐたんを掴んだのだが、そのあとに走って止まれなくなった野乃がぶつかってきたのだった。それ以降はご想像の通り。俺達3人は見事に穴の中へと落ちたのだった。
「あぁ、びっくりしたぁ」
野乃は安堵した様に言うが、残念ながらこれからを考えるとちょっと安堵出来る状況ではない。
「おい、こっからどうすんだよ」
上を見上げるが残念ながら地上までは最低でも5mはありそうだった。
いや、マジでこれどうすんだよ。
「こんな深い穴…出られる訳がないのです」
愛崎は俯きながら、そして今にも泣きだしそうな声音で呟いた。その声には悲哀、絶望、様々な負の感情がうかがえる。
「ごめん、えみる…」
野乃は自分が押してしまったという事実からの呵責に耐えきれなかったのか、そう謝罪する。
「馴れ馴れしいのです!呼び捨てにしないで下さい!」
「うぅ…」
しかし、結果は惨敗。野乃は愛崎を更に不機嫌にさせてしまうだけであった。
「やっぱりこなければ良かった…皆に迷惑掛けてしまったのです…。私はダメダメ人間なのです!」
「えみる」
野乃は先程呼び捨てにするなと言われたにもかかわらず、もう一度、たしかに愛崎の名前を呼んだのだった。
「皆の為に頑張ってたじゃん。あの花に棘があるって知ってたから友達が怪我しないように護ってあげてたんだよね。友達の為に頑張れるえみるはすごいよ」
野乃の声音につられてか、はたまた真意を察したその言葉に反応したのか、そう言われて素直に喋り始める愛崎。
「頭の中でハイキングのシミュレーションをすると、次から次へと危険が襲いかかってくるのです。クラス皆のハイキングを最高の思い出したくて…皆を守りたかったのです…。笑いたければ笑えばいいのです!!」
自分の行った事が恥じるものだと思い込んでいるのか、愛崎は最後にそう、捻くれた解答を足したのだった。
「かっこいいね」
しかし、愛崎を待っていたのは罵声等では勿論なく、彼女を讃える声だった。
「え?」
愛崎は予想外の解答が返ってきた所為なのか、素っ頓狂な声を上げて事実に驚愕した。
「えみるは、隠れて皆を守るヒーローなんだね」
「私が…ヒーロー?」
唐突にヒーローにたとえられたからなのか、それとも人に褒められたからなのか。愛崎は赤面したまま顔を両手で覆い隠してしまった。
「お前…照れさせてどうする…」
「可愛いからいいじゃん」
野乃はニカッと笑いながら俺にそう返した。
いや、お前何で愛崎をオトそうとしてるんだよ…
「て、照れてなんかないのです!」
いや、愛崎。残念ながらその台詞は今全く説得力が無いぞ…。まぁまだ小6ってのもあるだろうけどさ。
「ヒーローってのは、誰にも知られずに人を助けるもんだからねぇ…。分かる分かる」
「お前は誰だよ…」
野乃が誰から目線が良く分からん事をほざいていたので思わずツッコむ。だが、野乃は失言をしてしまった様で、愛崎から飛んできた言葉に思わず驚いてしまう。
「貴女…ヒーローの気持ちが分かるのですか?」
「貴女じゃないよ。はなだよ」
しかし、どうやらその解答のおかげで愛崎が放った不穏な疑問は回避されたようだ。危ねぇ…。もしこれでプリキュアだとバレた日にはエラい事になっちまう。取り敢えずは一安心だ…。と、思っていたのだが……
いきなり過ぎるが、はぐたんが泣き始めたのだった。
「おい野乃。お前ミルクは?」
俺がすぐにミルクの心配をするが、俺に指摘されて野乃はハッとする。
こいつまさか…
「な、無い!」
勘弁してくれ…このタイミングでミルクねぇとか…。どう収拾つけんだよ、この状況。
俺らが悩んでいると、唐突に愛崎が歌を歌い始めた。先程歌っていた曲だ。
するとあら不思議!あっという間にはぐたんは泣きやんだ。
そして数分後、歌声につられてか薬師寺たちが助けに来てくれた。
助かった…。と安堵しているのも束の間。タイミングよくオシマイダーが現れたのだった。
お前ふざけんなよ…。なんでこうも安心してる時に来んだよ…。もう帰っていいよ?
と、ふざけている場合でもなく。奴は現れてすぐにキャンプ場を目茶苦茶にしたのだった。
「さてと、行きますか」
俺の言葉と同じに皆が変身する。
「オシマイダー、目障りなアスパワワを消し去りなさい」
今回のオシマイダーは何故か河童の見た目をしていた。そして手には胡瓜が。その胡瓜を地面に叩きつけようとしたその時、地面スレスレで野乃がその胡瓜を受け止めた。
最初は苦しそうだった野乃だが、胡瓜を跳ねのける。
それと同時に、パップルがプリキュアの登場に困惑する。
「プリキュア!?何故ここに…」
吹き飛ばされたオシマイダーに皆技を連続でかけていく。それもあってか、奴を先程の池へと落とす事が出来た。しかし、奴にはあまり効いていないようで、逆上して池から這い上がってくる。
そこである点に気付く。
頭の皿が光っていたのだ。そこで閃いたのは俺含め二人。無論、薬師寺だ。
「おいまさか…」
「うん。多分本物の河童と同じで頭の皿が弱点なんだと思う!」
俺達の推測が本当なのかどうかは定かではないが、今は試してみるしかない。野乃もそう判断したのか、河童の頭の皿めがけてハート・フォー・ユーを放った。
すると結果は見事的中。オシマイダーはいつもの気持ち悪い声を上げて昇天して行ったのだった。
取り敢えずは一件落着。
俺達はその後、愛崎と合流してゴールへと向かったのだった。
「生きて帰って来られた!」
「奇跡の生還なのです!」
いや、マジでね。奇跡としか言いようがないはこれは。
俺達がゴールを潜った時、愛崎の同級生が皆、こちらに駆けてきたのだった。
「えみるちゃーん!!」
「皆!無事なのですか?」
愛崎は皆の事が余程心配だったのか、そんな第一声を発した。
しかし、クラスメイトからは衝撃の事実が!!!???
「いや、迷子になってたのえみるちゃんだから……」
その通りである。
しれに気付いたのか、愛崎はすぐに謝罪したのだった。
「あっ…迷惑掛けてごめんなさい」
そこで唐突に輝木から疑問が飛んでくる。
「そう言えば…さっき歌ってた?」
「え?」
それに便乗してなのか、薬師寺も意見を言う。
「綺麗な歌声が聞こえて、歌を頼りに探したら四人を見つけられたの」
成る程な。やっぱりあれは愛崎の歌につられてからだったか。
「そうだったんだ!えみるのおかげで助かったー!」
皆からも讃えられて照れる愛崎。やっぱりな。こいつ、皆から好かれてんじゃん。クソォ…陰キャの俺が嫉妬しちゃうじゃねぇか…
「やっぱりえみるはヒーローだね!」
野乃が放ったその言葉が気になったのか、そう言われた愛崎ははっとして野乃の方へと顔をやる。
「ハイキングはハプニングの連続でしたが、ありがとうございました。はな先輩、希無先輩。はな先輩たちに会えて、良かったのです!」
最初はむくれてた愛崎であったが、無事に野乃に心を許したようだ。正直、こういう部分に関しては野乃は凄いと思う。こいつが持ってる魔力というかなんていうか…それに多分、皆引きこまれるんだろうな。無論俺も。
野乃は愛崎にそう言われたのが余程嬉しかったのか、急に愛崎に抱きついたのだった。
「離してください!!」
愛崎はウザそうに、そして照れくさそうに野乃にそう言った。
「ヒーローってどういう事?」
輝木が俺に尋ねる。だが、
「さぁ、な」
ここで俺が言うのも何か違うと思い、俺はそれをはぐらかした。
「三人だけの秘密なんじゃない?」
薬師寺がそう言った。
そう、それでいい。そこに俺が入ってるのは少しアレだと思うが、今はそれでいいだろう。
そんなこんなあり、俺達は家路についていたのだった。
「アレ?何か忘れてるような…」
「お前不穏な事言うなよな…」
それと同時に、目の前にはあの時の猿が。
あ、と、そこで何かを思い出した。
そうだ、こいつ盗まれたままだったんじゃねぇか…。だが、猿は反省した様子でタンバリンを野乃に返したのだった。
「うむ、分かればいい。ウキ!」
えぇ…何でこの人猿のモノマネなんかやってるんですかねぇ…頭の中が…おっと、これ以上はいけないいけない。
「なんか通じ合ったみたい…」
苦笑しながら言う輝木。だがまぁ、本当に良かった。今日はこれで終わりにしよう。疲れたし、ぶっちゃけ早く帰って寝たい。
「なぁ、そろそろ…」
そこで野乃が魔の一言を投下したのだった。
「そういえばさ、希無って私たちの事結局名前で呼んでなくない?」
ちょ、馬鹿お前。何で今それをここで言うんだよ…折角俺が良い感じで今日のゴタゴタを心の中でまとめてたのに…
「確かに…」
「そうだね…」
おいおい勘弁してくれよ…何で君たち共感しちゃってるの?いや、ちょっとマジで何でか分からないです…
「はぁ、分かったよ。これからは名前で呼べばいいんだろ?はな、さあや、ほまれ。ほ、ほら、これで満足か?満足ならもう帰るぞ!」
俺らしくもない。焦って話を遮断してしまうなど。
そしてこいつらは何かニヤニヤしてるし…。兎に角、今日はこれで一件落着。明日からはいつものだるい日常があるんだから。それに備えて休息を取らねば。
まぁ、何と言うか。偶には友達とハイキングってのも…悪くないんだな。
誤字脱字あればご報告お願いします!