レミリア「最近館の皆が冷たい気がする」   作:J・カツムラ

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不定期


レミフラ

 レミリアは決意した。必ずや、かの邪智暴虐の苗床を殴り飛ばさんと。

 

 愛情たっぷりの朝食()を早々に食べ終えたレミリアは、咲夜を付き従わせて図書館に向かった。目的は一つ、かの苗床を殴り飛ばすためである。肩を怒らせ、風を切って進むレミリアの背中は頼もしく揺れ、それを追ってなびく小さな翼が可愛らしい。

 しかし彼女を待ち受けていたのは苗床ではなく、小さな一枚のプラカードであった。

 

 

「ただいま魔女外出中につき、図書館への立ち入りを禁ず」

 

 図書館の扉にかけられたそれを見て、レミリアは悩んだ。殴るべき苗床はおらぬ、しかし振り上げた拳をどう下ろすべきか。レミリアはむしゃくしゃの当て所を探していた。

 図書館に入ってしまうか? いや、苗床はこの図書館を何よりの宝としている。無闇に立ち入ることは彼女の逆鱗に触れるであろう。下策である。そも正義は我にこそあり、わざわざ非道を働いて自らに精神的弱みを作るべきではない。レミリアは怒りに燃えていながら、その実冷静であった。臆病者、ともいう。

 レミリアはふと、プラカードに目を移した。薄ピンクの板にはデフォルメされた苗床の仏頂面が描かれ、固い文面に似合わない嫌に丸っこい文字で、先述の文がきゃるるんと書かれていた。苗床の趣味とは程遠く、実際彼女の従者が手作りしたものだと聞いてはいるが……あいつ、これを認知しているのだろうか。

 しかしデフォルメ苗床の顔が目に付いて離れない。葛藤は一瞬、レミリアはプラカードを手に取ると、空いている右手を緩く上げて――

 

 ――メス。

 

 (いら)え、咲夜はレミリアの近くに寄ると懐からペンを取り出し、恭しくレミリアの手に乗せた。メイドは常に備えを怠らないのである。

 苗床にぶつけたいこの想い、フラストレーションはマックスである。手づから作った小悪魔よ、悪いが許せ。許し難くば己が主人を恨め。紅魔館当主のご乱心の前には一召し使いの悲しみなど塵芥も同然であり、止められる者は何処にもいなかった……一体誰が邪智暴虐なのか、胸に手を当てて考えて欲しいものである。

 

 所要時間は約五分。デフォルメもやしに髭を描き足し、腕を生やしてテニスラケットを持たせ、丸い台詞の吹き出しを設けて「無窮」と言わせてやったところでレミリアはペンを止め、プラカードを扉に立て掛け直すとふう、とない汗を拭った。単なる腹いせであった。八つ当たり、ともいう。そして用いたペンは油性であった。惨い。――後日、これを見た小悪魔は一人泣いた。

 

 そうして顎に手をやって、あたかも骨董品を品評するように目の前の傑作を矯めつ眇めつしていたレミリアに、背後から声を掛けるものが一人。

 

「あの……お姉さま、何してんの?」

 

 びくり、とレミリアの肩が上がる。ゆっくりと振り返った彼女の笑顔はやや引きつっていた。

 声の主はレミリアの実妹、フランドール・スカーレットであった。

 

「えーと、ね」

「あ、このプラカード落書きされてる!」

「そ、そうなのよ、私たちが来た時にはもうこの有様で」

「そうなの?」

「ええ」

 

 妖精達の仕業かしら、などと然も憂いげに呟くレミリア。姉の威厳を守る為の、悪辣にして姑息な隠匿手段である。

 妖精とは総じて悪戯好きで、記憶力に乏しい。人の物を隠しておきながらその隠し場所を、果ては隠したことすら忘れるのが日常茶飯事であり、今回のような落書きも、妖精がやったと聞けば誰もが疑わず、今回に限って濡れ衣の妖精メイド達ですら「やってないと思うけど……やったかなぁ?」などと言いかねない始末なのだ。

 重ねて言おう、悪辣にして姑息な隠匿手段である。レミリアの背後に控える従者の目は、正しく汚物を見るそれであった。

 

「じゃあそれは?」

 

 フランは疑わし気に、レミリアの手にある油性ペンを指差した。これ以上ない状況証拠である。間抜けは見つかったようだ。

 しかし容疑者レミリアはゆったりと首を横に振り、鋭く気高い面持ちで身の潔白を主張した。

 

「これは此処に落ちていたものなの。恐らくやるだけやった妖精達が、飽きてそのまま手放したのね」

 

 よく回る口である。

 

「ふーん……」

 

 未だフランの目から疑惑の色は消えない。レミリアと目を合わせ、その心の内を見透かさんとするが、やがて瞼を下ろしてふぅ、と息を吐くと「まぁいいや」と呟き、それ以上の追及を止めた。好奇心の長続きしない所がフランの短所であり、今はレミリアの味方であった。

 内心ほっとしているレミリアは面の皮厚く、「これは手掛かりとして預かっておくわね」などともっともらしいことを宣ってペンを懐にしまうと、改めてフランに向き直った。

 

「フランはどうして此処に来たの? いつもは地下に籠ってるじゃない」

「うん、ちょっとパチュリーに聞きたいことがあったんだけど」

 

 いないみたいだね、とプラカードを指差したフランはくるりと背を向け、すたすたと来た道を返していく。地下の自室に帰るのだろう。

 そんなフランを見たレミリアの中でむくむくと、姉としての自尊心と姉妹愛、構いたがりの我欲とがない交ぜになって肥大していった。要するに、妹に良いとこを見せてやりたくなったのである。

 レミリアはプラカードを元あった場所に立て掛けると、たまらずといった様子でフランに駆け寄った。

 

「ねぇ、フラン」

「ん?」

 

 振り返るフラン。レミリアは逡巡したように目を泳がせ、おずおずと尋ねた。

 

「その聞きたいこと、お姉ちゃんに話してみない?」

「えー?」

 

 フランは煩わしげである。というのも、

 

「聞きたいことって、魔法の話だよ? お姉様がわかる訳ないじゃん」

 

 自他ともに認める引きこもり、フランドール・スカーレットは、久遠に等しい寿命より生ずる無聊(ぶりょう)を慰めるべく、ありとあらゆる室内活動を修めており、そこには魔法の研究も含まれていた。

 フランは飽きっぽいが、それは考えることが苦手なのではなく、すぐに別の事柄に目移りしてしまうからである。ある事柄で壁にぶつかると暫し立ち止まって考え、やがて他のことに目が行き、壁から一度離れる。そうしてあれやこれやと手を着けていく中でふと閃いては、軽々と過去の壁を越えてしまうのだ。

 膨大な時間の中でマルチに活動をしていく上で、彼女はこれ以上なく効率的な活動サイクルを送っており、そのようなフランをパチュリーは、魔法の技量は下なれどその探求心や良しと、魔法使いとしては弟子のように可愛がり、有識者としては同格、ことによれば自分以上であると強く認めていた。

 

 前置きが長くなったが、要するに頭の良いフランの悩みにレミリアが対処出来るかと言われれば、首を捻らざるを得ないということである。

 

 しかしレミリア自身、そんなことは百も承知である。フランの言っていることが分からないとは、レミリア延いては屋敷の者達の常の口上であったのだから。――そういう話が屋敷の外にまで広がり、巡り巡って「紅魔館当主の妹は気が触れている」などと噂されているのだが、今はあまり関係のないことであろう。

 自分の力が及ばないことは理解しているが、納得は別の話である。悪魔は欲望に忠実であり、進む先が破滅だと分かっていても止まれない生き物なのだ。

 

「ほら、素人の意見から新しい見地が得られることもあるって良く言うじゃない」

「えー……」

「話すだけならただでしょ、ね?」

「あー……」

 

 眉を寄せながら右手を緩く前に出し、ぐーぱーと開閉するフラン。考え事をする時のフランの癖である。なお、この仕草はフランのある行動と非常に似通っており、フランが誤ってきゅっとしてしまうこともままあるため、前に立つレミリアは膝がちょっと震えていたりする。

 それでも一歩も退かないレミリアは天晴れ、姉の鑑であろう。

 ちなみに咲夜は然り気無くレミリアの後ろについて、フランの能力稼働範囲である彼女の視界から外れていたりする……部下からの信頼も厚いようで何よりである。

 

「……まぁ、いいや」

 

 腕を落とし、瞼を落としてフランが言う。どうやら断るのが億劫になったらしい。

 

「じゃあどこから話そうかな……」

「え、お話してくれるの?」

「うん。で、どこから」

「話しづらかったら断っても良いのよ? お姉ちゃんそれで怒ったりしないから」

「いや、別に聞かれて困るようなことじゃないし」

「やっぱり自分で考えてみたいとか、そういう思いはない?」

「いや、考えて駄目だったからパチェに聞くつもりだったんだし、今更じゃないそれ?」

「そ、そう」

 

 この姉、要望が通るや否や、怖じ気づいたのである。なんと意気地のないことか。段々とレミリアを見るフランの目が胡乱な色を帯びていく。その変化に遅れて気付いたレミリアは慌てて自身を鼓舞するように、また先程の煮え切らない行いによって落ち込んだ、自身の名誉挽回に僅かなりとも寄与するため、その薄い胸を強かに叩いた。

 

「わ、わかったわ、お姉ちゃんにドンと任せなさい!」

「えー……」

 

 あな悲しや、効果は薄かった。まるで胸の薄さと比例したようで、滑稽ですらある。説得力がないのだ、説得力が。

 しかしレミリアは挫けない。変わらぬフランの冷たい視線に萎えかけた自身を再起するため、志新たにと頬を叩き、両手を広げて威勢良く叫んだ。

 

「よぉっし――さあ、お姉ちゃんに何でも聞いてみなさい!」

「そりゃ二番煎じだよ、お姉さま……」

 

 説得力がないのだ、説得力が。

 

 

 そんなこんなで心優しい妹様は渋々ながらもお話してくれたのだが、ここで至って想定内の事態が発生した。

 

「……うん、もう一回お願いできる?」

「どこから?」

「……最初から」

「もう4回目だよ?」

 

 フランの言っていることが分からないのである。無理のない話であろう。何せレミリアは頭を使うことが輪を掛けて苦手であり、幻想郷に訪れるより以前、レミリアの度重なるずれた言動の数々にとうとうキレたパチュリーが放った「頭までカリスマで出来ているのか」は名言として、今も屋敷内で語り継がれている。

 

「これ以上どうわかりやすく説明すりゃいいのさ……」

 

 フランはげんなりとため息をついた。肩は落ち、背中の枝めいた羽も力なくうなだれている。

 

「もういいでしょ? お姉さまの気持ちは嬉しかったから、ね?」

 

 辟易した感情が見え隠れした、レミリアを気遣い諭すような声音。面倒だと思っていると同時に、姉を心配しているのだ。無理なものは無理だと、諦めるのが懸命だと。フランは優しかった。

 

 だがそれが逆にレミリアの逆鱗に触れた。

 下手なアドバイスの一つや二つも出来ぬままで引き下がれるかと、彼女の姉としての自負と意地はここに窮まったのである。

 レミリアは食い下がった。そして新たな手法を提案した。

 

「ず、図で説明してくれれば分かるかも!」

 

 図で説明。安直だが、追い込まれての発言としては中々に上等であった。一概には言えないが、口頭説明よりはいくらか分かりやすいのではないか。これは一考の余地ありとフランに思わせた。しかしフランは気乗りしないようで、下唇を突き出して口の端を横に伸ばした、実に嫌そうな面持ちを浮かべたのである。

 

「ええ……めんどくさ」

「そこをなんとか!」

「だってお姉さまが理解できる確証ないし、もう十分投資したし、これ以上はボランティアよりボランティアすることになっちゃうし」

「お願い!」

 

 拝み倒しの姉の頭頂に度し難くも傍迷惑な不退転を見たフランは、精一杯の顰めっ面を作ると天井を見上げ、次いで深い、深いため息を床に落とした。

 

「はぁぁ……じゃあ、ん。書くものちょうだい」

 

 レミリアは途端に顔を輝かし、「さっすがフランちゃん、話がわかるぅ!」とフランに抱きついた。いやお前が話わかってないからフランちゃん困ってんだからねって揚げ足は、流石に野暮だろうか。

 

 ほら、早く書くものと再度フランに催促されたレミリアはガバッとフランから離れると、きょろきょろと辺りを見回した。書くものが廊下に落ちているなんて、中々ないことだと思うのだが……

 しかしブッダはレミリアに微笑んだ。いや、別の人から見たらそれはまさしく悪魔の微笑みだったのだけれど。何はともあれレミリアはそれを手に取った。

 

 件のプラカードである。

 これはひどい。悪魔は二度刺すとでも言うのか。一部始終を知る咲夜は小悪魔の不幸を偲んで黙祷した。フランも困惑していたが、すぐに「まあ、もういたずらされた後だしいっか」と思い直し、なるだけわかりやすい図というものについて思惟を巡らした。やはり姉妹である。

 さて、ものを書くには最低限、書くものと書かれるものの二つが必要不可欠である。プラカードは後者であり、前者をどうしようかとレミリアは考え、すぐに先程使用した油性マジックに思い至った。すっと懐から取り出し、芝居がかった恭しさでフランに差し出す。

 

「ささっどうぞ」

「あーもう調子良いんだから――って、あれ?」

 

 あっ、と。やっちまった表情をレミリアの背後に控えていた咲夜が浮かべた。

 ペンを持ったまま、かなづちのカエルでも見たような微妙な表情で動作を止めたフランを不思議に思ったレミリアは、何を見ているのかしらと妹の手元を覗き込んで、ぴしりと固まった。油性のマジックペンの側面には白い余白があり、そこに小さく黒色で、ある文字列が綴られていたのである。掠れなくはっきりと、簡素にひらがなで三文字。

 おぜう、と。

 ……後にレミリアが知ることだが、この名書きはお茶目な従者の仕業であった。しかし今の彼女にそんなことを考える余裕はない。おぜうは軽いパニックに陥っていた。

 

「えっ、いや、あの、それは」

 

 自供めいて、どもりながらも言い訳を探すレミリア。緩やかに顔を上げたフランは、実に優しげな眼を己が姉に向け、柔く微苦笑して見せた。

 

「……まぁ、悪戯もほどほどにね」

 

 姉の威厳、今ここに墜ちたり。レミリアは前後不覚に陥り、歪んだ視界の中でも見えてしまう妹に、何とか左右非対称な泣き笑いを返した。

 

 

 その後も数回図での説明が試みられたが結果は変わらず、レミリアあえなくギブアップ。終始我が子を見るような目を妹に向けられたレミリアは、自室に帰るとベッドに突っ伏し、静かに枕を濡らした。




おぜうかわいそ……
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