今日もなんでも屋は喫茶店扱いです 作:ポレン
どういう理由か、私のお店には変な人たちばかりがやってくる。
もちろんお店は繁盛するのでお客さまが多いのはいいことなんだけど……。
「愛香……パンケーキがなくなった。次を求める」
椅子にちょこんと座っている黒い少女が声をかけてきたので寄ってみれば、空になったお皿をこちらに渡し、催促ときた。
普段は感情の読み取りにくい表情しかしないくせに、このときばかりは目に期待の色が浮かんでいる。
「少々お待ちください。それと、いつものように貴女専用のこの席からは出ないように。他の方々に見つかったら大変なんだから」
「ん、わかった。待っている」
小さく頷くのを確認してから、他とは区切られたスペースを後にする。
ここだけは他のお客さまをしても知らせるわけにはいかないのだ。
はあ……誰か私の立場から変わってくれ。
そう思わないでもないけど、いいお客さんばかりなので、たぶんその辺りには触れないでくれオーラを出してやんわり言っておけば確認にも行かないと信じたい。
「おう愛香。今日も繁盛してんな。いつもの頼むわ」
なんてしているうちに常連さんが来たではないか。しかし、いくらお昼時とはいえ、よくもまあ駒王学園から抜け出して来るものだ。
近場にあるとは言え、教師って昼休みに学校を抜け出してもいいのか?
「いらっしゃい。適当な席にどうぞ。まだ空いてるから、早めに用意します」
「おう、そんじゃ頼むぜ」
彼はいつも通りカウンター席に座り、私の様子を伺っている。怪しまれているとかその類ではなく、純粋に見て楽しんでいるようなので放置しているが、見られている側からしたらあまりいいものではない。
それというのも、彼は穏やかな気性を見せているが、相当の実力者なのも確かなので侮れないのだ。
というか、私のお店に一般人は来ない。
「最初は普通の人間相手のために開いたお店なのに、気づけば超常の存在のためのなんでも屋に変わってるなんて、呪われてるのかなぁ……」
「なんだ、おまえさん呪われたのか? よし、今度うちの奴を紹介してやるよ」
「いや、どちらかと言ったらあなた方が来た頃から私の悩み事が増えだしたんだけど……来る度に超常の存在の常連が増えるのは本当に勘弁してほしい。おかげで昼も夜もお店を開けないといけなくなった」
前は夕方にはお店を閉めていたのに、最近と来たら夜も来たいとか、夜じゃないと来れないとか言い出した一部の魔王さまのせいでお店を開けているのだ。たまに妖怪なんかも来るようになってしまい、もう収集がつかない。
「あー……そりゃ悪かったな。けどよ、あいつが気に入る喫茶店なんてここくらいだと思うぜ? サーゼクスの話じゃ、最近はゲーム開発や自身の研究なんかの疲れの癒しに大いに貢献してるってよ」
「なにも嬉しくない……あと、ここは喫茶店じゃなくてなんでも屋。ここだけは譲れない」
まったく、どこが喫茶店に見えるのか。
「堕天使の感覚はわからない」
「いや待ておまえさんが堕天使を貶す理由はないだろ。感性の違いを種族のせいにするんじゃねえよ!」
「悪魔の感性もわからない」
「しれっと悪魔まで貶すな! 大事な客だろうが!」
大事? どこがだろうか? 店内で喧嘩し始めたり私のことをいやらしい目つきで見てくる奴らが大事な客と言ったかこいつ。
違う、奴らは迷惑なバカどもであって断じて大事な客ではない。
感知不可な席に座っている黒い少女のほうがどれだけ無害か……あの席を作る手間はあったが、それにさえ目を瞑れば可愛いだけのお客さまだ。
なにより料理を頬張っているときの姿ときたらもう天使。
いや、天使は本当にいるし、あの子は天使じゃないんだけどね。
目の前に座る彼も、顔は相当いい部類なのだが、残念私は男に興味がないのだ。お店に来る大概の悪魔も堕天使も興味ないですお帰りください。
「さて、と」
「ん? おい愛香、パンケーキなんぞ頼んでないんだが」
「これは貴方用じゃないですよアザゼル。他のお客さまのものです。貴方の定食は少々お待ちを」
アザゼルの疑問に答えつつ、いまかと待っているだろう少女の元にパンケーキを運ぶ。
認識阻害では生ぬるいと言える傑作の個室に入ると、やはり無表情ながらも両手にフォークとナイフを握りしめた少女がこちらを見ていた。
「はいはい、すぐにあげますから。ゆっくり召し上がってくださいね、お客さま」
「わかった。大事に食べる。ありがとう、愛香」
「いえいえ。ではごゆっくり」
お昼の時間なんて、この子のためにお店を開いているようなものだ。悪魔や天使、堕天使のためではない。まして、各陣営のトップ連中しかやってこないなんて、嫌がらせにも程がある。
たまにお偉いさんを一緒になって連れてくるし……特にアザゼル、貴方は夜、毎回のように違う相手を持ってくるのはやめてください。
「はあ……」
「あまり若いうちからため息を吐くなよ。おとこが寄ってこなくなるぞ」
「そこは幸福が逃げる、ですよ。第一、ため息吐いてるのはほとんどが貴方か魔王さまが原因ですからね。自粛するか自制してください」
面倒事を持ってこられても困るし、人を連れてこられても困る。
いや、アザゼルに来店されるところからしてダメなのかもしれない。――……出禁?
「アザゼル、これは提案なのですが」
言いつつ、できあがった定食を彼の前に出す。
「おう、ありがとよ。で、なんだ?」
箸を手に取り、嬉しそうにおかずを頬張るアザゼル。うん、ここだけ見ればいい客だ。認めないけどな。
「出禁にしようと思うんだけど、どう?」
「…………誰をだ? 相談なら乗ってやるが、どこの勢力だよ」
おや、彼は話を聞いていなかったのか? 私は相談なんてことは口にしていない。彼に対して相談と言ったんだ。
「貴方よ、アザゼル。毎度毎度適当な相手を連れてこられる私の身にもなって欲しい。最近は貴方が教師を務める学校の教え子まで呼んで……すべての元凶は貴方なんじゃないかとさえ疑っているんだけど?」
「思考が飛躍しすぎじゃねえか。確かにいろんな奴を誘っちゃいるが、そっちからしたら客が増えて儲けも出てる。ならいいじゃねえか」
「よくない。無茶な注文が多すぎる。人間界でドラゴンだの女の紹介を頼むバカの相手をしている暇はない」
「いや、だからって出禁にされたら困るんだが……」
思い当たる節がいくつもあるのだろう。強くでることもできす、私を見てくる。
お世話になっているといえばなっている。むしろ下手に殺されないだけ温情のある堕天使だ。人間である私とも普通に接するし、なにやら悪魔、天使、堕天使共に仲がいい。
まあ、この三大勢力の仲がいいのも、トップ陣だけなんだけど。
「んー……でも変なお客さま呼ばれると対処する私のストレスがなぁ。アザゼルは知ってますか? 誰でもいいから女を見繕えとか言うアホ堕天使や挙句、私が欲しいなんて言い出す輩までいるんですから、いい迷惑です。まったく、どうして私なんかを……」
「あー、いやそれは本当に悪かった。心当たりがあるから、注意しておく。だから勘弁してくれ」
「本当ですか?」
「ああ、本当だ」
「わかりました。貴方の言葉、信じますからね」
これで裏切られたら堕天使は滅ぼそう。なに、ちょっとした戯れでもいいから長を陥落すれば勢力なんて簡単い堕ちる。幸い、そういったことはなんでも屋を営むうちに身についていったわけだし。
「それとな愛香」
「はい、なんでしょうか?」
やけに真面目な顔をしているので、アザゼルへと向き直る。
「おまえが欲しいって奴はな、たぶん堕天使側だけじゃなく、悪魔にも天使ですらも、大勢いると思うぞ」
「……真面目な顔をして、アザゼルも冗談を言うんですね。ただ、話題が少々よくありません。人を笑わせたいのであれば、不快にならない冗談にするべきかと」
「誰が冗談を言った!?」
常識的に考えれば貴方の存在そのものが痛い冗談のようなものなんですが、とは言わないでおこう。
ひとまずは彼の出禁云々もなしにして、様子見かな。
「ったく、おまえさんの自覚なしはいつ来ても悩みの種だなちくしょうが」
「よくわかりませんが呆れられたのはわかります。いったいどこに呆れる要素があったのか。やっぱり堕天使は変人ばっかりですね」
主にアザゼルが、なんですけど。
なんて他愛もない話を続けているうちに、個室にいた少女の気配が消えたのを感じた。あの部屋を作ったのは私なので、その辺りの感知だけはできる。
なんだ、今日は5皿で満足しちゃったのか。もう少し残ってくれればこの後お話できたのになぁ……仕方ない、次の機会を待ちましょうかね。
「こんにちはぁ。今日も元気そうですね、愛香さん」
緩いあいさつをしながら入ってきたのは、ウェーブのかかったブロンドの髪に、おっとりしていて優しそうな女性。
「ほう。珍しいこともあるもんだな」
アザゼルが彼女を見るや口角を上げたが、
「珍しくもないですよ。割と頻繁に来てくれていると言いますか、お得意様の一人ですからね」
「なに!? 愛香おまえ、本当になんだこの店は!」
貴方が言いますか? 堕天使のトップがなんだとかおかしいでしょ。
「ふふ、今日は賑やかですね」
「賑やかなのはアザゼルだけですよ。お好きな席へどうぞ、ガブリエルさま」
お店に入ってきた彼女を促すと、アザゼルから席をいくつか開け、カウンター席に腰を下ろす。
うん、やっぱりアザゼルからは距離を取りますよね。
「今日はどういったご依頼で?」
「特に依頼はないんですけど、そうですねぇ。愛香さんを見たくなって?」
どうして疑問系なんでしょうか。
ううん、ガブリエルさまは純粋だから裏表ないし言葉の裏を探る必要はないんだけど、やっぱりどこのトップも抜けてるよね。
こんなお店で油を売ってていいのかな?
「別に用件がなければ帰れとは言いませんから、ごゆっくり。私を見たいならガブリエルさまなら問題ありません」
「おい、露骨に俺をアウト判定しやがったな?」
「さあ、気のせいじゃないですかね。アザゼルはアウト判定を下すまでもなくアウトですし」
と、冗談もここまでにしておこう。
「アザゼル、お昼休みが終わってしまいますよ? 午後からは授業もあるのでしょう?」
「チッ、もうそんな時間か。まだプリントを作ってないんだが、なくても問題ないか。じゃあな愛香。また来るわ」
「はい。また来るのは非常に残念ですがお待ちしております。またいつでもお立ち寄りくださいね。非常に残念ですが」
「おまえ、絶対毎日来てやるからなこのやろう!」
本当に時間がなかったのだろう。
一言だけ言い捨て、彼は素早くお店を出て行った。のんびりしていたように見えたが、実は忙しい日々なのかもしれない。
「ふう……これでとりあえずはゆっくりできそうです」
「愛香さんも大変ですねぇ」
「まったくです。でも、お昼の時間はこれで切り上げられるかな――」
「やれやれ、ゲームのアップデートがひと段落ついてよかった。これで次のアプデまでにあの機能を加えればプレイヤーたちの驚きようも一層のものになるだろう。ああ、いつものを」
――なんて、思った私がバカだったみたいだ。
ガブリエルさまも、頑張ってくださいね、と目だけで語ってくる。
まだ夜の営業もあるんだけど、どうやら休むにはまだ少しだけ早いらしい。
「いらっしゃいませ。すぐに用意いたします」
「ああ、頼むよ。この喫茶店じゃないと落ち着かなくてな。ゲーム運営の合間に来るには最適だよ。どうだい、僕に任せて本格的に営業してみるのは」
「お客さま、うちはなんでも屋です。お間違えないように」
「はあ……今日もつれないねぇ」