本当に結ばれる、ただ一つの方法   作:らむだぜろ

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プロローグ 誰が一人に決めるものか

 

 

 

 ……一つだけ渡されても、正直困るのだが。

 ケッコンカッコカリ。艦娘の練度の上限を開放する限定解除。

 一種のリミッター解除による、ステータスの上昇及び燃費の向上。

 簡単に言えば単なる強化アイテムだ。無論、出来れば数を揃えたい。

 純粋に強くなれれば彼女達の負担も減る。喜ばしい事なのに。

(何で、あんなクズを見るような視線で見られないといけないんだよ。バカかあいつら)

 結婚と言う単語に、装置である指輪。シンプルなシルバーリングを入れた指輪入れを弄び、彼は思う。

 こんなもの、ただの強化の措置に過ぎないだろうに。ならば数を求めて何が悪い。

 形だけに拘るから、ひとつと言う意味不明な自分ルールを作って他者にそれを強要する。

 まさか、本当に結婚するとでも? 艦娘と? ただの戦友、相棒、部下である彼女たちと?

(アホか……。親愛や信頼はあっても恋慕はねえよ。あいつらはただの部下で、相棒だろう)

 純に強くなることを願うのはいけないのか。部下のために司令官が尽くすのはいけないのか。

 他の提督は意味不明だ。理解できないといっていい。真に考えるのなら数は必要だ。

 最高練度が無数にいるなら全部に用意すればいい。大本営だってそう推奨している。

(ハッ……。愛情? 恋愛? 下らねえな。……あいつらにそんなもん、求めちゃいけねえんだよ。あいつらは一人に縛るようなもんじゃねえ。自由にするべきだろう。恋愛ぐらいは。もっと、広い世界で……)

 仕方ない。知り合いの話の分かる奴に頼んでみるか。一応悪いことじゃないし。

 他の提督からは浮気性とか重婚とか結婚詐欺とか言われたい放題言われたが。

 いつかぶっ潰すと決め、彼は大本営のなかを移動する。

 部下を思っての行動が、皆の心を裏切るとも、知らぬまま……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼はさして、珍しい提督ではない。

 よくいる汎用型の凡人提督で、ぼちぼちの戦果とぼちぼちの戦歴を持つ、普通の男だ。

 同期の中では中盤くらいの出世で、階級もまあ普通。よくも悪くも没個性の平凡な鎮守府の所属。

 彼の鎮守府でも、ケッコンカッコカリのシステムが導入され、とうとう艦娘達が密かに期待する機会がやってきた。

 最高練度が無数にいる、彼の鎮守府。更に予備軍を含めれば大半が当てはまる。

 だからこそ、彼は求めた。部下がもっと活躍できるように、アイテムである指輪を複数。

 すると、同期からボロクソに批難されたのだ。

「お前それでも提督か!?」

「重婚とか万死に値するぞ、このハーレム野郎!」

「何考えてんだお前って奴は!! 刺されて死にたいのか!?」

 謂れのない罵倒に只でさえキレやすい性格の彼はアッサリとキレて全員を無視して、結果的に複数の指輪を入手。

 彼は、艦娘に対して親愛や信頼はあっても恋慕は皆無だった。

 女性として見ているが、相手は自分以外と決めていた。

 閉鎖空間による歪んだ恋愛は良くないと。本当の恋を知るなら広い世界の方がいい。

 そう、考えていた。鎮守府に黒一点では恋愛もクソもない。一人では惚れるのも道理。

 それでは、ダメだと思う。比べる相手がいない状況は、彼自身も嫌だった。

 だから、祝福はしたい。けれども、関係は変えないと誓って、贔屓はしないと決めた。

 上限に達すれば皆、次のステージに進んでほしい。それが司令官としての彼の願い。

 それが……間違っているとでも? 

 己の愛を優先して決まっている訳でもないのに一人に絞り、一人に愛を捧げるような男が司令官でいいのか? 

 それは公私混同と言うのではないのか。彼は失望されるのはいやだとおもう。

 そんなだらしない男にはなりたくない。

 司令官として、部下であり戦友であり、相棒である彼女達の活躍を願いたい。

 故に、決めた。提督は、愛することをしない。

 愛してはいけないし、そもそも彼も恋愛にはあまり、興味がない。

 恋愛よりも、彼女たちと戦場を駆け抜ける方が好きだった。

 戦い、笑顔を分かち合い、誇りを持ち続けたい。誇らしい男になりたい。

 愛なんていらない。必要ない。だから、重婚などと揶揄されようが、彼は行う。

 艦娘達の間では禁忌とされ、下手すれば怒って提督に攻撃することもあり得る。

 彼女たちも女だ。借り物とはいえ、一人を愛してほしいと願う。 

 この時点ですれ違いが起きており、早速彼は一人に怒られるのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府に一日かけて戻って、彼は尤も付き合いの長い空母に相談した。

「……刺されたいの? 死ぬわよ、貴方」

「お前もかよ。勘弁してくれ。何で死ななきゃならん」

 重厚な机に向かって書類を仕上げる彼は、傍らで荷物を運ぶ艦娘に言う。

「女心のわからない人ね。……艦娘だって、ちゃんと考えているわよ。よけーなお世話って知ってる?」

「はぁ? 司令官としての責務を果たして何が悪い。俺は、お前たちにもっと活躍してほしいんだよ」

「はいはい。言いたいことは分かったわ。執務室の外で絶対に口外しないでよ、お願いだから」

 書類にサインをして、もって帰ってきたそれを片手で遊ばせながら、他意もなく彼女に聞く。

 一番乗りならやはり彼女が相応しいと思っていたので、ちょうどよい。

「……で、お前これいる? ぶっちゃけ、お前がうちで一番強い空母な訳だけどさ」

「はぁ……。色気もへったくれもないプロポーズですこと。普通なら速攻でお断りね」

「あんだと、テメェー?」

「冗談よ。貰っていくわ。一応、予約ってことでね」

 素っ気なく了承する彼女に、無造作に指輪入れを放り投げる。

 彼女は片付けを終えて、飛んできたそれを難なくキャッチしてため息をついた。

「予約ぅ? お前と海外行く約束だろ? 当たり前だ、キャンセルする予定はねえぜ」

「それじゃないって。……貴方、流石に鈍感よね。一緒にいてよくわかるわ」

「あ?」

 空母と他愛ない話をしながら怒られる。秘書の空母は呆れていた。

 軽空母、飛鷹。提督と共に激戦を戦い抜いた一番の戦友であり、良き理解者。

 真っ先に相談して、飛鷹は肩を竦めて彼に言うがバカは自覚していない。

 ワインレッドのブラウスに赤いスカートを着用する、白いリボンをつけた長い黒髪の美女である。

 提督の一番信頼していると自負しているし、無論彼女も強く信頼している。

 ただまあ、頭が固いと言うか、考えが変な風に固執しているのがたまに傷。

 付き合いも長いゆえに、二人の時は割りとズケズケ互いにものを言う。

「何個受け取ってきたの?」

「えーと、18?」

「艦隊三つ補えるわね……。だけどうちの上位じゃ、数足りなくない?」

「ああ、だからまた貰ってくるつもり」

(こ、この男は……! 本気で艦娘の事考えてない!! ちょっと、色んな意味で修羅場になりそう!!)

 頭痛を覚える飛鷹。ストレス耐性は妹で鍛えられているが、彼は別格だ。

 移動する地雷源とは笑えない。正妻の余裕もあるが流石にキツイ。

 尚、飛鷹も当然彼を好いており、尚且つ彼の数少ない女の好みに引っ掛かる。

 伊達に努力して居たわけではない。今のところ、距離は一番近いと感じている。

 真顔で宣う彼に頭痛を覚えつつ、一応皆の前では隠そうと心に誓う飛鷹だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は、ホモではない。繰り返す、決してホモではない。

 恋愛に興味が薄いだけでちゃんと女性が好きだし、好みのタイプだって言える。

 静かで大人しくて、頭の良い女性。それが彼の理想とする女性像。

 ……現在、真逆の存在が目の前で騒いでいる。因みに彼は子供が苦手だ。

 距離感に遠慮がないのと煩いのがダメだと言う。要するに駆逐艦は大半嫌がる。

「葛城、これやる。書類に書いて持ってけ」

「えっ……? ゆ、指輪!? 何で、どうして!?」

 当日に呼び出し食らって顔を出したのは飛鷹の後輩、葛城だった。

 私服で現れた彼女は、怪訝そうにしていたが無遠慮に投げ寄越された指輪入れを受け取り激しく困惑。

 余りにも素っ気ない態度に密かに憧れを抱いていた葛城は吃驚してしまう。

「ちょ、指輪って……まさか、わたしに!?」

 提督はとくに気にせず、概要だけ述べて仕事に戻る。

 飛鷹は早速の言動に顔がひきつる。地雷を踏み抜いた。

 寄りによって、一番性格が厄介な後輩を刺激してくれた。

 我に帰り感動していたが、提督が複数配ると聞いて表情が……般若みたいになっていく。

 あれは何時だったか、提督が葛城の姉と一部分を比べてガチギレさせて以来の顔だ。

 その時は飛鷹が諌めたけれど今回はフォローしたくない。個人的な意味で。

「これからの葛城の活躍に期待するぞ……ん? どうした葛城。追加の艦載機も発注するのか?」

「いや、あのね提督。わたし……今凄いあなたの頭をクロスボウで貫きたいんだけど、いいかな」

 すっごい怒っている。純情を弄ばれたと勘違いしている。このままでは、提督が亡き者に……。

 軽く見られたと静かに激怒する葛城に、提督は理解したように言う。

 ある意味、止めのような一撃だった。

「お前は俺に何を期待していたんだ。……悪いが、他意はないぞ。お前の純粋な活躍を期待しているから、俺はこのシステムを導入した。誤解させたのなら、謝る。ややこしいのは大本営に言ってくれ。俺には限定解除のやり方に口出しは出来ないからな」

 他意はない。これから、この言葉でどれだけの艦娘が傷ついていくのか。

 それを想像すると飛鷹は胃痛が増す。今の彼女のように、唖然とするならまだいいだろう。

 下手すると、キレたりして襲ってくる可能性もある。身構えていた方が良さそうだと判断。

 然し……?

「……つまり? あなたは、わたしに期待してくれるんだ? 今以上に強くなって、戦場で先輩たちと共に戦うわたしを見たいわけね?」

 葛城は何かを感じ取って、確認するように提督に問う。

 様子を伺うその態度に、提督は機嫌よく言うのだ。

「おっ、物分かりがいいな。そうそう、俺が見たいのはお前たちの雄姿だよ。葛城、わかってんなー! うちには赤城とかがいないぶん、貴重な正規空母の葛城には頑張ってほしいわけよ」

「オッケー! なら見てなさい、わたしの活躍! いつか一番になって、見返してやるわ!!」

 ……あれ、提督に期待されていると聞いて葛城は上機嫌になった。

 どうやら、ある程度の機微を感じ取って惚れ直させてやろうという気になったと見る。

 悪意がないのは理解して、負けん気に火がついたと飛鷹は内心安心できない。

(うーん……葛城か……。あの子は気が強いけど素直じゃないし、彼からすれば妹って感じよね。ライバル……にならないといいけど。軽空母と正規空母じゃ比べ物にならないし、油断大敵ね。負けるな、私! 気合い入れて行こ!)

 顎に手を当てて思案する飛鷹。彼女は提督の好みとは真逆だが油断は出来ない。

 葛城は横目で、チラッと飛鷹を観察して……気付く。

 提督が仕事に戻り、私用で部屋を出た飛鷹にこっそりと近づいてきた葛城が後でこう、言ったのだ。

「飛鷹さん。……わたし、負けませんよ。絶対、あの人の思いを勝ち取りますから」

「っ!!」

 小声でいう、事実上の宣戦布告。硬直する飛鷹に、茶目っ気のある態度で行ってしまう葛城。

 やっぱり、周囲には飛鷹の態度はバレバレらしかった。不意うちせずに宣戦布告とは、葛城もよくやる。

「はぁー……。今年のバレンタインは、荒れそうだなぁ……」

 奇しくも、来週には女の決戦日がある。そう、今は二月の半ば。バレンタインである。

 一人ぼやく飛鷹は深い深いため息をついて、仕事に戻る。鎮守府は俄かに活気づく。

 それは、ケッコンカッコカリを切っ掛けに始まる、その気の全くない所かダメだと思っている言動の悪い提督を巡って開戦した戦争だった。

 激化を約束され、恐らくは誰もが苦しむであろう地獄が、ここに幕をあける……。


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