……何故だ。なぜ殺した。なぜ死んだ。
艦娘に関わるとみんながおかしくなる。
艦娘を愛するとみんながおかしくなる。
艦娘のせいだ。人間に似ているだけの化け物のくせに。
恋を語るな。愛を囁くな。お前らに何がわかる!
親の愛を知らず、家族の愛を知らず、何を語る!
お前らに親はいるのか? 父は? 母は?
生物に必ずあるはずの親を知らないお前たちが何を語る!!
最初に愛するはずの存在を知らないお前たち艦娘が、なぜ愛を知れる!?
答えろ、答えてみろよ化け物!!
愛を偽り、愛を欺瞞し、そして人間から家族を奪った化け物が!
返せ、俺の家族を返せ!! 兄貴たちを、親父を!! 返せよ、この化け物ども!!
お前らが惑わせたんだ!! 俺の家族を、俺の世界に土足で踏み込んできたんだ!!
死んでもなお呪いを残した怪物が!! お前らなんて海に沈め!! 死んでしまえ!!
水の底に消えてしまえ!! 女を模倣しただけの艦の化け物!! 死ねよ、死んじゃえよ!!
死んでしまえ、艦娘なんて!!
……勝手に言うなよ、過去の俺。
今じゃ艦娘を指揮する司令官だぜ?
もう、恨んじゃいないさ。時間が忘れさせてくれたからな。
なにも考えずに、考えるのをやめた結果が司令官、か。
バカな道を選んだもんだ。……三人も家族を奪われた俺が今じゃ艦娘のことで頭を悩ませている。
恨みはないけど、やっぱ根本にあるんだろう。艦娘に対する恐怖ってのが。
一度でも化け物扱いしてしまうと、どうも印象から抜けなくて困る。
今までは艦娘じゃなくて部下、あるいは個人と言うもので誤魔化していたけど。
もう、無理だろうな。艦娘だって意識してしまったから。
異性としてすら意識しなかった俺が、一気に認識を改めた。
そうしたら、この有り様。信頼するあいつらの感情が理解できなくなってしまった。
特に、好きとか愛していると言う感情が。まるで納得できない。
ダメだ。無理だわ。
受け入れたら最後、絶対に同じ結末になる予想しかできない。
今の俺より優秀な兄貴や親父が狂った始末に俺ごときが堪えきれる訳がねえ。
今だって見えている。嫌な記憶が甦る。何度見ても我慢できねえ。
これ見続けたら俺が壊れちまう。ああ、何か嫌だわ。信じられなくなってきた。
なあ、お前たちが愛しているって何で言える? 親も家族もいないお前らが。
それは本当の愛か? 本物の愛なのは分かった。でも、本当のものじゃないよな。
本物が、いつから他人にとっても本物だと思っていた。悪いけど、俺はそうは思えないよ。
俺にとっての本物の愛は、親がいて、家族がいて、ちゃんと子供の時代があって、大人になって、それで初めて生まれるものなんだ。
……ごめんな。やっぱさ、ああいうものを何度も見てると信じたくないんだわ。
艦娘が愛を語るのが、どうしても。俺以外の相手なら……祝うこともした。
でも俺には止めてくれないかな。本音言うとさ、信じたくないんだ。艦娘の愛ってのは。
艦娘である以上、本当の愛情を与えてくれる両親がいないお前たちに、俺は信じることはできない。
つまり、だ。分かりやすく言うと。
艦娘の愛情や恋愛に、応える気は全くないんだ。
ほんと、ごめん。裏切る真似しても、ここだけは譲れない。
どうしてもお前たちが俺を求めるなら俺は提督をやめる。そして此処から去る。
追ってきても無駄だ。そうなる前に俺は人に恋しているだろう。
言い出せば、無意味な言い争いになる。だから、シンプルにまとめたい。
俺に惚れるな。俺を好きになるな。異性として、俺を求めるな。
そして。俺に好きと、愛していると言うな。止めろ。信じたくない。信じない。
戦争をしているこの時代にそんな誓いは負の連鎖になるだけだ。
お前たちは死ぬかもしれない。なら、死んだあとのことも少しは考えろ。
残された人間のことも思い出せ。全員が乗り越えられると思うな。無責任な事を言うな、するな。
それが出来なきゃ、二度とその忌まわしい言葉を口にするな。……俺に、熱を持って近寄るな!!
夜更け。食堂に、意気消沈の艦娘が集まっていた。
まただ。また、提督が奇行に走った。今度も榛名の時と同じ自殺未遂。
しかも飛鷹にすらなにも言わない。つまり、止められたくない程本気だったと取れる。
そして。厄介なものを、現場にいた三人が持ち込んだ。
「あの人……。とうとう、手段すら選ばなくなったらしいわね」
飛鷹は頭を抱えていた。なが机に置かれた、14の銀の煌めき。指輪だった。
同時に、飛鷹が彼の隠していた事実をみなに遂に明かした。
「……見ての通りよ。あの人、指輪を合計で18も持ち込んでいるのよ。そのうちの四つはもう、渡しているの」
近々ケッコンカッコカリを導入すると聞いていた皆は、唖然としたり怒りを現したり困惑したり呆然としたり様々だった。
どうやら、提督のメンタルは限界を越えていると飛鷹は判断し、秘書の権限でこの事を明かすことにした。
そうしなければ、もう彼はいつ己にピリオドを打つか分かったものじゃない。
とうとう、指輪の物理破棄まで実行しようとした。しかも、自分ごと。
しかも、失敗すれば案の定、自分の責任として殺せと命令したと三人は言う。
飛鷹は原因を調べるため、悪いと思ったが彼の私物を探った。
すると、大本営の荷物に混じって何故か家族からの手紙を発見。
念のため拝見すると、原因らしきものが書いてあった。
飛鷹は内容に愕然とした。彼女ですら彼の身内構成は知らない。
付き合いで、禁句に等しいワードであることはしっていたが、これは皆には明かしていいものではない。
独断で、黙っていることにした。
「伊良湖達もアドバイスしたんですけど……お力になれませんでした」
「ごめんなさい。もっとあの時に何か的確な事を言えていれば……」
食堂の伊良湖と間宮が詳細を知っているのは驚いた。
同時に伊良湖はなんとなく察していたらしく、指摘したら彼は白状したのだと言う。
二人は頭を下げて、謝罪した。悪くはない。そう思っても、やはりトゲが若干飛んでいく。
提督は錯乱していて、川内の常備する酸素魚雷に頭を打ち付け大ケガをおった。
自分から罰を求めるように制止しても続けて、最終的に那珂が持っていた小型マイクで殴打して気絶させた。
慌てて医者を呼び、病院に搬送された。命に別状はないが、メンタルケア及び入院が必要なので今ここにはいない。
大本営にも知らせて、憲兵が護衛に向かい、現在鎮守府の運営は飛鷹が代理で行い、裏方は大淀が担当している。
「勘違いしないで欲しいんだけど、あの人はハーレムやろうとか思っていた訳じゃないわ。知っての通り、単純に私たちに活躍してほしいから、システムとして取り入れたの。まあ……こっちの感情は度外視してくれたけどね。悪意はないの。そこだけは信じて」
フォローするように、皆に言うと大体納得はしている。
普段から必要以上には接しないが、最低限とはいえ、気遣いもするし心配も感謝もする。
堅物で厳しいことはあったが、一切不満などはなかった。寧ろ心配になるレベルだった。
然し。
「言い分は分かったわ。……でも、やってることはクソそのものじゃない。浅はかにも程があるわ」
「ちょっと……信じられません。いくら何でも、艦娘の事を軽視しすぎじゃ……」
大体の理解は得た。然し、一部が苦い顔をしたり軽蔑の視線を出す。
まだ、鎮守府に配属されて日が浅い新入りの、提督を知らない艦娘。
駆逐艦、曙。及び正規空母、翔鶴。
特に翔鶴は一番の新入りで、彼のことはドライな厳しい人としか印象がない。
事務的で、いつも笑わず艦娘とのコミュニケーションを拒み、距離を離している人間と言う感じ。
曙は、口癖のクソ提督とは言わない程度には認めているが、尊敬までは至らない。
無神経な言動が癪に触って、どうも苦手なタイプだった。
その他、大井や北上、比叡、山城、青葉など。
大井や北上は理由を知って尚更言動が気に入らないと言うし、比叡や山城は姉妹を蔑ろにしていた事実への反感、青葉は単純な性格と価値観の違い。
各々、中傷とも取れる非難を続けていた。
無論、そこそこ配属されて彼は普通に接しているつもりだった。
然し、意味もなく気に入らない相手やそりの合わない人間もいる。
彼が倒れたからと、調子にのって彼女たちは口を滑らせた。
翔鶴も曙も、思っていた不平不満をここぞとばかりにぶちまけた。
本気で、彼を慕ったり敬ったりしている相手を無闇に刺激過ぎた。
限界が来た。言いたい放題している彼女たちに、堪忍袋が爆発して、行動を起こした。
――突然、曙の前を何かが高速で飛び去った。
あるいは、翔鶴の真横を風が通り抜けた。
……何が起きたか、最初は分からなかった。
だが、直ぐに理解する。自分の、背後の壁を見た。
激しく揺れながら深々と突き刺さる矢が、穴を開ける弾痕が。
彼女たちに対する、明確な殺意を物語っていた。
「なっ……!?」
曙が見る先には、主砲を展開して威嚇してきた、強い怒りを滲ませる朝潮が。
翔鶴が見たのは、底冷えする殺気を無言、無表情で出している加賀が弓を構えていた。
他にも大井には鈴谷、北上には満潮や大潮、比叡には神通、山城には吹雪たちがほぼ同時に威嚇を放っていた。
「み、皆さん落ち着いて!!」
間宮が慌てて仲裁をするが、誰も艤装を引っ込めない。
飛鷹も止めず、苦い顔で大半は眺めているだけ。多分、分かっているのだろう。
下手に止めれば、彼のいない間に鎮守府は崩壊する。
「何するのよ朝潮!?」
怒る曙に、朝潮は冷たく睨み、ハッキリ言った。
軽蔑と殺気が一段増している。
「……ここに来て、まだ日の浅いくせに、偉そうに思い込みで言うのは、私が許さない。司令官の侮辱は、司令官を信じる艦娘に対する侮辱と同じよ。何も知らないくせに。司令官が、どんな思いで私達の勝利を信じて待ってくれているのかも、その為に必死に考えて私たちと接していることも、知ろうともしないあなたが。共に戦おうと言う意志も、自分から拒絶している曙に何がわかるの。そうやって自分の中の司令官のイメージで勝手に改悪して、現実も個人も見ない艦娘の失敗作が、口を開かないで。……次、何かいったら今度は頭に当てる。練度の違いも分からないような駆逐艦は必要ないわ。大人しく黙ってて。不愉快よ」
怒らせた彼に忠誠や思慕をもつ艦娘の激情を触って、理性が振り切れてしまった。
普段なら朝潮は決してこんな真似はしない。
だが、彼が壊れるまで悩んでいるのを、外野から根拠のない好き勝手な罵倒をされるのだけは、許せなかった。
それが事実なら、朝潮も認めよう。だが曙が宣うクソ提督と言えるようなその言動には我慢ならない。
事実無根の妄言に過ぎない。見れば、姉妹たちも激怒している。
「曙さ、普段のあれならまだいいよ。ネタとしていじるだけだし。でもさぁ……言って良いことと悪いことの区別ぐらいつかないわけ? 曙の言ってることはただの寝言だからね。意味わかんないこと言ってっと、マジで軽蔑するよ漣」
「曙。仮にも上官にたいして、その物言いはやめろと何度も言ったでしょう。まだ、分からないのね。痛い思いをしないと、その妄言癖は直らないのかな?」
普段はチャラい漣や、厳しくも優しい綾波ですら、本気で頭に血がのぼっている。
見ていてわかる。地雷どころか、今彼女は鎮守府の大半を敵に回した。
「鶴という生き物は、昔から義理堅いものと思っていたけど、そこの鶴はあそこまで尽くしてもらっておきながら、平然と罵る恥知らずとはね。一航戦や五航戦なんて関係ないわ。翔鶴、所詮あなたはその程度の空母だったということよね。それでよく、誇りがなんだと言えるわね。聞いて呆れる」
加賀が静かに怒り狂っていた。
同じ空母でも、翔鶴とてよくしてもらっている。
が、翔鶴は前にいた鎮守府の提督と比べていて、そっちの方が社交性も高く明るい性格だったこともあり、彼を貶す結果になってしまった。
あまりにも速すぎて、放たれた矢の一閃が見えなかった。翔鶴は絶句する。
一航戦など関係ないと言った。つまり、加賀はただの空母として今、翔鶴を殺そうとしている。
己の認める相手を、ひどく言われたから。
「鈴谷の前で、提督悪くいうとか、いい度胸してんじゃん。今だけは前の鈴谷でいかせてもらうから。大井、もう口開かないで。ウザいから、今のあんた。ぶっ潰すよ?」
「思っていても言わなくていいわよね。なに調子こいて言ってるわけ? 駆逐艦嘗めんじゃないわよ。ぶっ飛ばされたい?」
一触即発。鈴谷も満潮も、ヒートアップして収まらない。
一部に対して激怒して本気で殺そうと最後の一線で踏みとどまる連中が仲間に殺意を向けた。
伊良湖や間宮が必死に宥めるが、そのほとんどが練度最高かその予備軍。
実力だけなら中立と対等だ。だから強引に止めれば殺しあうだけになるだろう。
中立も内心、腹が立っていたが理性が押し止めたのでやらなかった。出来れば同じことをしているだろう。
「火に油を注ぐけど、鈴谷はもう限界値越えてるからね。大井、死にたくないなら黙って。今の鈴谷は本気よ。もらった四人は、私と鈴谷、葛城にイムヤ。渡したのが彼がああなる前だから、順番に意味はないわ。練度最高は、なるべく全員に渡すって言うし、鈴谷の場合は努力するってあの人に約束して、それでみんな知っての通り死ぬ覚悟で手に入れたのよ。北上もいいけど、鈴谷の覚悟があんたに分かるの、大井」
飛鷹は淡々と進める。彼女が一番怒っている。
保留にしていた指輪を初めて人前で装備して上限を外し、必要ならありったけの爆撃をする準備すらある。
怒りを辛うじて堪えているだけに過ぎない。全員、皆殺しにしたいぐらいだ。
「彼は暫く帰ってこれない。だから、彼がもう一度しっかりと考えて指輪を渡すと決意したときには、多分何かしらの答えは出ているはず。あれだけ苦しんだ彼がなにもしないとも思えないわ。みんな……急かさないようにしましょう。これ以上追い詰めたら、本当に私達は後悔すると思う。それに、一歩手前のこの事態に追い込んだのは……言い出しっぺの私の責任でもある。本当に、ごめんなさい」
飛鷹が必要以上に彼を追いたてて、崖っぷちに追い詰めた。
知っていれば。彼女の無理解が起こした惨事として、頭を下げた。
みな、次第に落ちついていく。飛鷹が本当は一番暴れたいくらいなのは知っている。
ここで問題を起こしても無意味。渋々矛を納める。
ホッとする間宮、伊良湖。彼が戻る間、交代で仕事を進めていく。
暫定的に決まって、その日は始まった。
提督のいない、鎮守府の朝は……悲しいものだった。
飛鷹はもう一度、あとでコッソリと手紙を読み直した。
やはり、嘘でありたいと思う内容だった。
(あの人に兄がいたことも教えてくれなかった。多分、これが原因……)
詳しくは乗ってない。自力で調べて、驚いた。
海軍の中では事件になっていたのだ。彼の父も評判を聞いて、頭を抱えた。
食堂の二人にも少し喋ったようなので口を封じた。迂闊に広めたら今度こそ手遅れになる。
彼があそこまで、艦娘との距離を離したのはしっかりと理由があった。
彼は知っている。艦娘と提督の結ばれた、最悪のエンディングを。
彼の父は、嘗て妻を深海棲艦に殺され、数年後にケッコンカッコカリした艦娘も、激化する戦争で亡くした。
その結果、深海棲艦を強く憎悪するようになった彼は艦娘を戦争の道具にして、未だに戦っている。
時を経ても癒されない憎しみと悲しみを背負い、新たな悲劇を作りながら。
提督には二人の兄がいたという。
一人目の兄は優秀な提督で、有能な人物だった。
然し、とある時妹のように可愛がっていたケッコンカッコカリをした駆逐艦を敵に沈められた。
結果、その兄は呆気なく発狂。数日のうちに、忽然と鎮守府から姿を消して、今でも行方不明扱いだった。
その鎮守府は既に壊滅し、存在しなかった。
比較的年の近い兄の方は、彼が間宮たちに言っていた事を実践してしまったのだ。
大切な艦娘の代わりに、その姉妹を犠牲にして生き残らせた。
だが、その事実に助かった艦娘が暴走。……愛していたハズの提督を手にかけ、自沈したという。
(だから……嫌がっていたのね。あんなに。鈴谷にも、イムヤにも。……そっか。そう、だったんだ)
後悔した。悔やみきれないほど、彼女は悔いた。
彼は見ている。結末が滅びだった様を。何度も、家族を奪われて。
何年も前の話。でも、彼はなぜここにいる?
苦しいハズの海軍に、恨んでおかしくない艦娘の司令を?
どうやら、確かめないといけないようだ。飛鷹は彼に会いに行く決意を固めた。
そして……謝ろう。今までの事を。無理強いをさせてしまったことを。
それから決めればいい。これからの事を。
先ずは……顔を見よう。全ては、そこからだから。