本当に結ばれる、ただ一つの方法   作:らむだぜろ

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五人目の指輪 忠犬の覚醒

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ある程度、艦娘と触れ合ってきて、何となくだが分かってきた。

 この娘には渡しても大丈夫、この娘には渡すには不安がある、などなど。

 そろそろ、頃合いかもしれない。

 彼は、再び決意した。今度こそ、軽んじない。決して間違えない。

 しっかり相手の心情を考えて導きだした。そして、相談する。

 

 ……五人目の、指輪を渡す少女を選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日、彼は鈴谷と飛鷹を呼んだ。

 相談することがあると聞いて、二人はやってきた。

 執務をしながら、彼は入ってきた二人に率直に聞いた。

「……五人目を決めた。二人に意見がほしい」

 指輪を渡す五人目が決まったらしい。神妙な顔で二人とも頷いた。

 念のため、執務室に鍵をかけて盗聴されないように防音のお札を飛鷹に張って貰った。

 勘づいていた数名が聞き耳を立てているが無駄なこと。窓にもカーテンを閉めて密室にしている。

 これで、完璧だ。中身に盗聴されたり盗撮されてないかも念入りに調べる。

 先日川内が仕出かしたこともあり警戒はしておく。

「大丈夫だよ。何もない」

 鈴谷に最後のチェックをしてもらい、本題を切り出す。

「俺は……次は、あの子にしようと思う。二人から見て、彼女はどう見える?」

 名前を切り出し、問う。鈴谷は色恋沙汰のにおいがするか。飛鷹は本当に相手がその気があるか。

 その二つの観点から印象を聞く。

「……微妙、かな。一見するとその気はないけど……分かりにくい子もいる。でも、根が真面目な子だし、多分そういう感情はないと思うよ。多分、だから鈴谷自信はないけど……」

 鈴谷からみても、堅物の艦娘で真面目一辺倒。あるのは色濃い忠誠心。

 そういう感情を抱いている様子はライバルとして感じられない。

「そうね。……託しても、きっと全力で応えてくれるわ。彼女にとって、貴方は誇りだもの。ただ……気がかりがあってね」

 飛鷹は少し、困ったように表情を崩す。

「何かあるのか?」

 提督が聞くと、飛鷹はこう切り出す。

「貴方次第なのよ。よくも悪くも、融通が聞かないでしょう。貴方が無理に言えば、自分を殺してでもあの子は応えてしまうわ。……無理強いされたら、あの子の意思は封殺されてしまう。期待されるとその気はなくても、が有り得る。……どうするの? いきなり渡す? それとも、本人と話してみる?」

 飛鷹はあくまで、断る意思も汲むべきと言う。当然、賛成だ。

 彼は直接、彼女と話してみることにした。

 色々、知りたいこともあるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の午後。秘密裏に、彼女は呼び出しを受けた。

 他言無用。極秘任務と告げられ、彼女は言われた通り人目を盗んで執務室に入室。

「……駆逐艦朝潮。只今参りました」

 そう。呼び出されたのは朝潮。彼が選んだ、五人目の相手。

 小声で言ってから、素早く静かに閉めて施錠。

 彼は重苦しい空気で座っていた。

「……来たか。朝潮、座りなさい」

「はい」

 側に飛鷹と鈴谷を携えて、彼は無言で待っている。

 何か重要な役割を与えられると感じる朝潮。

 ゆっくりと対面して、腰を下ろす。

「……司令官。それで、朝潮にお話とは?」

 朝潮が切り出すと、彼はため息をついて……朝潮に聞いてくる。

「朝潮。お前に一つ確認したい」

「何でしょうか?」

 何を問われるのか。

 朝潮が内心疑問符を浮かべていると、彼は意外な事を聞いてきた。

「……朝潮。お前にとって、幸せとはなんだ。正直に、そして堅苦しいのは無しで素直に教えてくれ」

 彼女は、幸福の意味を聞かれた。質問の本意を分からず、問い直すも、

「細かいことを気にするな。お前の本音が知りたい。今は俺を司令官と認識するな。卑怯かもしれないが、これは命令だ。……自分の思うことを教えてくれ。どんなことでも、俺は聞く」

 司令官と認識するなと言う命令。司令官の命令は絶対。彼女は思考が混乱する。

 司令官ではないこの人はなんだ。司令官として以外に接するとなるとどうすればいいのかわからない。

「提督さぁ……。朝潮がパニクってるよ。もっと言い方柔らかく」

 鈴谷が見かねて助け船を出してくれた。

 要するに気軽に、年上の兄貴に思っている事を言えばいい。

 朝潮にとって、司令官ではないこの人のイメージはなに? と聞かれた。

 彼女は考える。イメージ。そんなものでいいなら。

「親しいお兄さん、です」

「じゃあ、その仲良しのお兄さんが普通に話していいって言ってるの。敬語はなし。親しいなら、タメ口でいいよ。今は朝潮自身が一番幸せだと思うこと、教えてほしいって」

 鈴谷がそう、フォローして言う。

 親しき仲にも礼儀ありと言うが、鈴谷はじゃあ礼儀正しいまま言いたい事を言えばいいと屁理屈を言われて困る。

 幸せの意味。考えたこともなかった。この身は深海棲艦と戦いをするためのもの。

 それが、艦娘の意味では?

「……真面目だね。朝潮はやりたいこととかないの?」

「……特には。私は、平和と国防のために戦う艦娘だし、それを求めて誰かが言うのであれば、生きる限りは現役で戦うつもりだし……」

 渋い顔をする彼に代わり、鈴谷が話す。

 普通に話しているだけなのに、彼の反応は何故か、辛そうだった。

 幸せとはなにか。そう聞かれても、朝潮には分からない。

 今は戦うときだから戦う。それ以外に朝潮には考えは至らない。

「朝潮。質問を変えよう。お前の目標はなんだ?」

「深海棲艦の殲滅。それが、私に求められること。目指すべき目標」

「……」

 それは定めといっていい。艦娘にとって、敵の撃滅は最終的な目標のはず。

 彼は、益々酷い表情になる。朝潮は反応に戸惑った。

 司令官はなぜ、こんな表情をする。なにか不味いことをいったのか。

 鈴谷も、黙ってみている飛鷹も、困惑している。一体、何故?

「お前には……自分の意思がないのか?」

「えっ?」

 彼は、朝潮に聞いていた。自分の意思がない。

 何を言われているのか分からない。

 何も間違ったことは言っていない。思い返しても模範的なものだと思う。

 でも、彼らは重い顔色で朝潮に問うのだ。

「……お前には、やりたいこともなければ、目指すべきものもない。はじめて知ったよ朝潮。お前、真面目すぎる。少し、肩の力を抜いてくれないか。俺はお前が心配だ……」

 何だか、司令官を失望させてしまったらしい。

 慌てる彼女に、今まで黙っていた飛鷹が教える。

「朝潮。あなた、今質問された意味が分からないでしょ。もっと具体的な話をするわ」

 飛鷹は一つ例題を出す。例えば、この戦争が終わったと仮定する。

 その時、朝潮は何をするのか。聞かれて答える。

「それは……なってみないと分からないけど、なるようになるだけ。艦娘が役目を終えて退役する、と思う……」

「じゃあ、退役したら朝潮は何をするの? どうやって、生きていくの? 退役したら、導いてくれる人はいないわ。人間社会に放り出されるのは知ってると思うけど、朝潮は何をどうやって、生きていくの?」

「…………」

 そう言うことか。朝潮は理解した。

 彼らの言いたいことが、心配される理由が分かった。

「朝潮。少し、戦いから視野を広げてみろ。お前は、今戦いしか知らない典型的な艦娘だ。戦うことが理由で、やるべきことが目標だと言うな。それは、お前の意思じゃない。与えられたものだ。皆に等しく義務として与えられたものだ。……お前の言う目標はお前がしたいことじゃない。お前がしなければいけないと思うこと。つまり、義務。目標と言うには固すぎる。……朝潮。堅物過ぎると、後が大変だぞ。それはもっと言うと、何も考えていないに等しいんだ。状況に流されているといっていい。言われたことだけすればいい。それは艦娘としては正解だ。だが、俺はお前にその正解のままいてほしくない。なにか簡単なことでいい。望んでくれ。お前は、たくさんいるであろう朝潮という艦娘でしかないと誰かが言うかもしれない。けれど、俺にとっては……たった一人、俺と共に戦ってくれる朝潮という、真面目で頑張り屋で、俺みたいな奴でも慕ってくれる、可愛い女の子でしかないんだ。お前は、お前一人しかない。だから、艦娘のままでいようとしないでほしい。人間に、なってくれ。俺がお前に言いたいのは……これだ」

 朝潮は、艦娘としては完璧な正解を持つ少女だった。

 任務をこなし、反逆せず、問題も起こさない。ただの生きている道具のようなもの。

 疑問を持つことすら、今までなかった。言われて自覚した。

 朝潮は、未来に何も思い描くビジョンはなかった。

 生き残り、その先の計画など何もない。

 与えられたものを目標として、努力するのはいい。然し、そこから発展はしない。

 自分を持たずに、言われるままに戦う艦娘。それは人間とは言い難い。

 彼は言うのだ。人間になれと。どんな小さな望みでいい。

 何かをもって、人間の言われるままの傀儡になるなと。

 自分にとって、朝潮は朝潮という可愛い女の子に過ぎない。

 ……か、可愛い女の子に過ぎない!?

 色々考えて、朝潮は突然顔面が真っ赤になった。

 あたふたとあわてふためき、オロオロと視線を泳がせ始めた。

「……司令官。まさか、わ、私を口説いているんですか!?」

「……えっ?」

 今まで容姿を褒められたことのない朝潮はテンパった。

 誉め言葉を口説き文句と勘違い。然し事実なのでいかんともしがたい。

「ねえ、貴方ロリコンだったの?」

「鈴谷もちょっと我慢できないかな今の発言。場合によっては憲兵呼ぶよ?」

 後ろの二名も突然怒り始めた。彼は四面楚歌になって驚く。

「え、なにこの流れ!? 俺変なこといった!?」

 意味不明な空気に彼は周囲を見渡す。

 唐突なロリコン扱いされて全力否定する。

 その間に朝潮は懸命に考える。

 その一。彼に容姿を褒められた。

 つまりは、悪く思われてはいないと言うこと。

 そうでなければ誉めることなどないはず。

 その二。自分は、提督のことを嫌いじゃない。

 尊敬しているし、たった今可愛い朝潮、自分の目標を持ちなさいと言われた。

 目標の内容は何でもいいはず。小さなことでいいという。

 その三。悪く思われてない。朝潮は彼のことを嫌いじゃない。

 そして自分の意思を持つならば。

 …………だったら、彼を好きになっても良いよね?

 欲張りな事をいってもいいよね?

 大丈夫、彼が過去に辛い思いをしているなら朝潮は退役して彼を巻き込み、戦場から遠退いて幸せになりますので。

 はい、終了。

 この一瞬で一番の目標キタコレ!!

「司令官、朝潮は今この瞬間に、己で決めた目標ができました!!」

 突然はつらつした彼女に大声で言われて、思わず返事。

「な、何?」

「朝潮に指輪をくださいませんか!? 一番朝潮にとっての幸せを考えたところ、司令官に口説かれ恋人になるのが望みであると自覚いたしました。ですので、結婚してください!」

 まさかの朝潮が覚醒。諭された途端、意味不明な三段論法により提督を好きになった。

 というか、尊敬から一転。口説かれたと感じた=自分も吝かではないと自覚した。

 元々、無自覚な部分で憧れやら何やらが溜まっていて、彼の言葉で着火され大炎上。

 あかん方向にとうとう、大爆発してしまった。

「……え、何で!?」

 提督唖然。鈴谷唖然。飛鷹も唖然。

 何がこの一瞬で起きた。心変わりが早すぎる。

 一応、朝潮のなかでは理屈は通っている。 

 自分が一番欲しい幸せの意味で言うなら。正直、彼が欲しい。恋人に。ゆくゆくは旦那に。

 艦娘と司令官の恋に抵抗があるなら、最悪その時はやめちゃえばいい。

 これなら未来のことも考えられるし、問題ない。見た目アウトでも愛さえあれば問題ない!!

 肩の力を抜きすぎた。朝潮は見事に堅物の反動であっちの方面に全力疾走で突っ走った。

「可愛いならお嫁にもらってください。朝潮は何でも懸命に尽くします。司令官なら、一生一緒にいたいです! お返事は、司令官のお好きな時で構いません。予約させて下さい!」

 大真面目に朝潮が今度は彼を口説いていた。身を乗り出して、迫る勢いで彼を恋人にしたいと。

 ゆくゆくは、結婚かっこマジで。嘗ての鈴谷と同じ肉食の目付きに様変わり。 

 忠犬は目覚めた。目覚めて、主を欲する狼になってしまったのだ!!

「け、憲兵さーーーーーーーーんっ!! ここに、ここにロリコンが居ますよーーーー!!」

 血相を変えて鈴谷が叫ぶ。ハッとする提督。まさかの展開についていけない。

 何で可愛い言うただけでこうなった。飛鷹の汚物を見る目が痛い。

「指輪を!! 指輪を下さい!!」

「あっ、ハイ……」

 鈴谷の言う通り。

 その手の気配はなくても、酔狂な艦娘はいたらしい。気圧されて渡してしまった。

 ……相手が望んでいるなら、いいんじゃないかなとなげやりに思う。

 返事はいつでもいいと言うし、信頼している筈の彼女に好きだと言われて……無下にするのもちょっと心苦しい。

「……呼ばれた気がして一応きたで。おう提督、幼女に告白されたか。詳しくはほれ、向こうで聞くから顔貸しや」

 取り敢えず、よく考えるのは……知り合いの憲兵にも相談してみることにする。

 って言うか、なんで天井から登場しているんだろうか憲兵さん。

 兎に角ありがとう。これで、今は……救われる。

「……真っ白に燃え尽きとるがな。鈴谷、飛鷹。これどないすんの?」

「お説教で。ロリコン許さないもん鈴谷」

「ロリコンとは言い難いような気もしてきたけど、一応聞いておいて。知らない趣味があったら困るから」

 腕を捕まれ、連行される提督。力なく色褪せた彼は無抵抗だった。

「行くで、提督。……朝潮の嬢ちゃん、一緒にきいや。本気なら、今は無実証明せにゃならんから」

「はい! この朝潮、提督のためなら何処までもついていく所存です!」

「あ、これあかんわ。マジで何処までもついてくるパターンやんけ」

 ひきつった顔をした憲兵と共に朝潮は退出していった。

 左手に指輪をしっかりとつけて、上限と己の感情を解放させた状態で。

 まさかの展開に苦い顔の二人。また好意ストレートな亜種の艦娘が現れた。

 しかも、割りと危ないガチめな子が来るとは予想外。

「朝潮か……ロリコンに目覚めないといいけど」

「鈴谷もちょっとビックリしちゃった……」

 しょうがなく、仕事を再開する。 

 翌日、彼は窶れて帰ってきた。憲兵は責任とれと投げやりに言ったらしい。 

 戦意高揚の朝潮は見違える程ハツラツとしており、ただの堅物から恋する乙女にクラスチェンジ。

 満潮が姉の変容に言葉を失い、霞は失神した。最悪のライバルが登場。しかも先乗りされている。

 ポジティブに考えてロリでも行けると無理やり前向きになり、鎮守府中に広がった堅物提督、実はロリも行ける説が確立されるまで、そう時間はかからなかった。

 尚、軽蔑は幸い薄かったが他の駆逐艦が活性化したのは言うまでもなかった……。

 彼の波乱はまだまだ続く……。


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