本当に結ばれる、ただ一つの方法   作:らむだぜろ

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救える命

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲劇は何度でも起こるもの。

 何故なら今は戦時で、彼女たちは死すれば海に還るから。

 救いたいものは両手から溢れ落ちて消えていく。

 命は儚い。彼女たちはそれでも健気に戦っていく。

 己の命を誰かに託し、己の命が明日の糧になると信じて。

 酷使されても。軽視されても。ただ、戦う。

 だって、彼女は。艦娘、だから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌なニュースを聞いた。

 大本営から届いた緊急の一報。

 割りとよくいく海域で、何やら大規模な戦闘が勃発していたらしい。

 この鎮守府の出る幕はなく、他の鎮守府の主力艦隊が撃滅したと記されるが、聞くに沢山の艦娘が沈んでいるようだ。

 相手は……レ級やヲ級の連合艦隊。

 あの鬼や姫に最も近い化け物のなかの化け物が無数にいたのだ。

 単機で鎮守府一つを殲滅できる能力を持ち合わせ、こいつのせいで幾つか壊滅しているという。

 お達しは、その海域に通るときに十分注意されたし、とのこと。残党がいるかもしれない。

「……」

 丁度、今日はそこに遠征に向かっている子達がいる。

 念のために、旗艦に連絡を入れておこう。

 何かいた場合は資材を捨ててでも逃げてこい、と。

 レ級に遠征に出ている駆逐艦が勝てるわけがない。

 奴は何でもできる戦艦の皮を被った化け物だ。

 戦うべき相手ではない。この鎮守府の艦娘が危ないだけ。

「……聞こえるか、朝潮」

 そこを通りすぎる朝潮に、彼は警戒を怠らないように、告げるのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『司令官、聞こえますか?』

 その日の夕方。遠征に出ている朝潮が無線を寄越した。

 途端、彼は激しく動揺して椅子から転げ落ちた。

「ちょ、大丈夫!?」

 青くなった顔色で彼はよろよろと起き上がった。

 飛鷹が慌てて助け起こす。嫌な予感が的中したのか。

 敵との遭遇かと思い、胃痛を起こしながら……応答に出る。

 幸い、朝潮たちは無事だった。遭遇ではないとのこと。

 ではなにか、と思ったら。

『……恐らく、艦娘と思われる無数の反応があります。流されてきたんでしょうか……?』

 レーダーに浮遊する人を確認した、と朝潮は連絡を寄越してきたのだ。

 方角からして、先の大規模な戦闘があった海域の方角である。

 朝潮達は資材を持っていて回収できない。

 鎮守府からは、急いでいけばすぐに行ける距離ではある。

 どうするべきか。

「沈んだ艦娘の遺体……? 珍しいわね、普通なら沈むのに」

 飛鷹が彼に相談を受けて、呟く。

 艦娘は大抵、死ぬと沈んで海のそこに消えていく。

 轟沈の言葉通り、その先は誰も知らない。

 イ級などの餌になっているのではという見解が言われる。

 然し、朝潮いわくかなりの数が浮かんでいるようで、何かの罠かもしれない。

 怪しすぎると朝潮達も進言する。

「……飛鷹。金剛、榛名、イムヤ、加賀、夕立、神通に抜錨準備を知らせて。朝潮、そこの座標を此方に送って。戻ってきていい。十分気を付けてな」

 彼は、出撃を命じた。しかも戦艦や空母、潜水艦まで出す始末。

 朝潮は疑問を感じているようだが、素直に応じて無線を切る。その後、座標を確認した。

「……どういうつもり?」

 飛鷹が指示通り、通達を終えて不機嫌そうに問う。

 不自然な指示を飛ばした。何がしたいのか見えない。

「……一応、確認だ。敵の罠であっても全員戦える。加賀は索敵をしてもらおうと思って。神通より広範囲に出来るから。万が一に備えて、加賀にも装備の変更も言っておいて」

 何やら思うところがあるらしい。

 渋々、飛鷹は皆に再度通達するのだった。

 これが大きな分かれ目になるのを、飛鷹は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出撃した皆は、日没前に座標に到着。

 一帯を加賀が空から探すと多少ずれたがやはりいた。

『……大破した、艦娘? 提督、僅かですが……動いているようです。生きていますね、瀕死のようですけど』

 加賀がそう伝える。大破して、流されてきた艦娘だった。やはり、と彼は確信する。生きていた。

「加賀はそのまま、警戒を怠らないで。金剛、榛名。お前らはその沈んだ艦娘を回収して。イムヤ、海中の警戒は任せる。神通はサポート。夕立、護衛を頼むぞ」

 結構な数の艦娘が流されていると言うが、生きていると思われるのは一部だけ。

 加賀の指示のもと、迅速にその動いたという艦娘に近づく。

「うぅ……」

 艤装とともに、流される女性と子供。金剛が抱き抱えると苦痛の呻き声を漏らす。

 間違いない。確実にまだ、間に合う。二人では手が足りず、結局神通と夕立も二人ほど抱える。

 大ケガこそしているが、辛うじて無事だった。

 加賀も一人担いで、敵らしき無数の影をいち速く発見して、一目散に撤退。

 燃料のことなど気にしないでフルスピードで飛ばす。

 大半は死んでしまっていたが、僅かでも……彼は救うことができた。

「……そう言うことね。良かったわ、まだ息があるって。ドックも準備しておくわ」

 彼は敵の罠かもしれないとわかった上で、見過ごせなかったのだ。

 もしかしたら、生きているかもしれない。見逃せば死んでしまうかもしれない。

 彼は艦娘が死ぬことによって起きる悲劇を知っている。

 だから、助けに行ける距離だったから助けにいった。

 他の鎮守府の艦娘でも、虫の息を無視できるほど彼は優秀じゃない。

 出来ることがあるならしたかった。……それだけの話。

 愚行かもしれない。甘ったれているかもしれない。でも、しないよりはマシ。

 死なれるよりは、生きている方がいい。飛鷹はホッとする彼を見て、そう思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気を失った艦娘たちを保護して、直ぐ様バケツを使い傷を癒す。

 惜しみ無く使えと命じて、回収された数名はそのまま医務室に運び込まれる。

 大破して、艤装も失われた状況だったが、本人は生きていた。

 何とか連れ込んだ艦娘は全員、無事だった。

 空母に駆逐艦、軽巡に潜水艦。基本的に脆い艦娘たちだった。

 彼は大本営に連絡し、沈んだ艦娘を保護したというと、困ったような返事がかえってきた。

 聞くところによると、その沈んだ面子の所属する鎮守府では、既に轟沈して除籍されている。

 今更戻れないので、そこの鎮守府で引き取ってくれと。

 先方も全員、沈むような雑魚の艦娘はいらないから、そっちにやると受け入れを拒否していると。

 唖然とする提督。軽んじて、要するに彼女達は……棄てられたのだ。信じている提督に。

 言葉を失った。なんという傲慢。なんという軽視。彼は最早言うまでもないと判断。

 彼女達は……帰る場所を失ったのだ。飛鷹に報告すると、悲しそうに首を振った。

「貴方のせいじゃないわ。そういう奴もいるのよ。私達艦娘を鉄屑と同じだと思うような輩はね。貴方は間違ってない。正しいことをしたわ。……いいわ。要らないって言うなら、全員うちで引き取りましょう。空母の面倒は私がきっちりと見るから。……意識が戻ったら、辛いだろうけどちゃんと言わないとね」

 それが一番悲しいことだった。棄てられた彼女たちにかける言葉を思い付かない。

 こんな形で、所属するなんて……悲しすぎて、彼は飛鷹に言うのだ。

「……嫌だな。人間って。死ねばいいのに」

 嫌になる。同じ提督として、敬意を持てないやつがいる現実に。

 父と似たような存在は理解したくない。たとえ、自分がどんな悲劇に巻き込まれようとも。

 それが、彼女たちを軽視していい理由になるなら、提督に価値はない。

 ……彼は思う。せめて、この現実を……彼女たちが受け入れられるように努めたいと。

 飛鷹は黙って、彼を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 医務室で、二人ほど意識が翌日、回復したという話を聞いた。

 彼はその日の秘書、鈴谷と共に訪れた。

 医務室のベッドの上で、その二人は困惑していた。

「こ、ここは何処なの……?」

「分かんない、分かんないけど……」

 あまりに混乱しているので、先に同じ艦娘の鈴谷が顔を出していった。

「ああ、意識戻ったんだね。良かった」

 ああいう手前は、鈴谷の方が向いている。

 彼は軽く事情を話す鈴谷に呼ばれるまで、引っ込んでいた。

 二人はどうやら姉妹の空母だということは聞いた。

 沈んだと思っていたようで、助かったと知ったときは喜んでいた。

 然し、仲間は救えなかったことを言うと、彼女の艦隊では沈んだのは二人のみと聞いてホッとする。

 所属する鎮守府は違うようだったし、全ての先方から要らないと言われた事実は変わらない。

 人間のエゴで、捨てられたのは。

 鈴谷が彼を呼ぶ。彼は帽子を直して、ベッドをしきるカーテンをくぐった。

「調子はどうだ? 酷い怪我だったから、高速修復材を使ったけど、違和感はない?」

 なるべく、優しく問う。相手は一瞬身が強ばった。怯えている。

 恐怖の色で此方を見上げていた。

「ああ、そう緊張しないで。俺はなにもしないよ」

「安心して。何かする前に鈴谷阻止するから」

「何かする前提かいな……。さて、何から話そうか」

 椅子に腰掛け、先ずは自己紹介。鎮守府の名前と、己の名前。

 そして状況を説明する。二人は、怯えたようにするが……敵意はないと感じて、名乗った。

「危ないところを……姉妹共々、ありがとうございました。私、軽空母、祥鳳と申します」

「ず、瑞鳳です……」

 黒髪の美しい女性が祥鳳、まだ幼い感じが抜けきらないのが瑞鳳。

 二人に何があったのかを聞くと、二人のみ艦隊はヲ級の艦載機に爆撃されて、大損害を出した。

 で、大破した二人は更に混戦の中を目敏く狙ってきたレ級に砲撃を叩き込まれて、沈んだと思っていたようだ。

 そこから先は記憶にないという。つまり、沈んだと思われていたと。

 祥鳳も瑞鳳もさんざんお礼をいって、感謝する。そして、彼は切り出した。

 これからどうするか、と。すると。

「お、お願いします! どんなことでもしますから、あの場所には返さないでください!!」

「いやぁ!! 戻りたくない、戻りたくないよう……!」

 祥鳳懇願するように彼にすがりつき、瑞鳳も泣き叫んで嫌がった。

 鈴谷は彼を見て、彼もうなずく。予想通りだった。あんなことを言うのだ。

 ろくな扱いをしていないと感じていたが、やっぱり。彼女達は元より、酷使されていたようだ。

「お、お願いします提督さん!! 私は何でもします!! だからっ……!」

 彼は、必死になる祥鳳の手をつかみ、問う。

「……本当に何でもするんだな?」

 その問いに、怯えを出す祥鳳。口から出た言葉を取り消そうにも状況が悪い。

 何をされるか予測して、絶望した顔色になりながらも、彼女は頷いた。

 ……酷い扱いをされると思ったんだろう。

 その瞳から光が無くなりそうになって、うっすらと涙が浮かんでいた。

「じゃあ……先ずは、泣き止んでほしいな。涙は似合わないよ、祥鳳。瑞鳳。折角傷が治ったのに、それじゃあ綺麗な顔が台無しになっちまうよ」

 祥鳳の涙を指先で拭って、彼は苦笑する。

「……えっ?」

「……?」

 祥鳳も瑞鳳も、ポカンとしていた。

 彼は教えた。二人とも、向こうから拒否されていく宛がない。

 だから、是非うちで一緒に戦ってくれないかと。提督が頼み込んだ。

「俺は優秀な提督じゃないし、ここは規模の大きい場所でもない。戦闘もあんまり受けない、割りと大人しい鎮守府でさ。……ぶっちゃけ、資材は結構余裕があるんだ。だから、二人とも気にしないでうちに所属してくれていい。怖がらないでもいいんだ。俺は艦娘に見捨てられたら提督やってけなくなる。助けてくれる艦娘は大歓迎。一緒に戦ってほしい。祥鳳、瑞鳳。無能な俺だけど、助けてくれないかな」

 ……二人して目を丸くした。随分とまた、腰の低い人だった。

 艦娘に対して敬意を払って、確りと目を見て話してくれる。

 高圧的でも命令でもない。お願いだった。

「……いいんですか。私、練度はとても低いのですが……?」

「わたしも……。実戦は慣れてない、役に立てないかもしれないのに」

 実際弱い艦娘で実戦にいきなり放り込まれてこの様。出来ることなど、提督の夜の相手ぐらい。

 そう感じていた祥鳳に、彼は言う。

「嫌だな、練度だけで見てたら生きてけないって。練度なんてどうでもいいし、弱くてもいいの。俺は、バカだからさ。細かい事は気にならないんだ。それに艦娘は、人間なんだ。心も感情もあるし、泣いて、笑って、怒るもんだ。俺は泣かれるのが一番堪えるから、笑ってほしいな。今は無理でも……祥鳳、瑞鳳。いつか、笑った顔を見せて。俺が求めるとすれば二人が笑った顔がみたい。一番似合うのは笑顔だと思うし」

 笑顔がみたい。だから、練度なんてどうでもいい。 

 めちゃくちゃなことを言う人だと感じた。同時に、少しだけ違うと。

 この人の言葉は真実だと思った。隣の鈴谷がすごい顔で睨んでいる。

 この人は少なくても、ケッコンカッコカリをしている人で、その相手に妬かれるぐらいには艦娘に対して真摯なのだと。

 嫌なもので、焼き餅をやく鈴谷の表情で嘘ではないと二人は理解した。

(爆撃したい、雷撃したい、銃撃したい! バカバカバカ、初対面で口説くとか鈴谷に対する嫌がらせかぁ!)

 鈍感男は気付かない。どう見てもキザな口説き文句にしか聞こえない事を。

 あと、割りと瑞鳳と祥鳳は惚れっぽいコロッと騙される性格だと言うことを。 

「……はい。喜んで、お受けいたします……提督」

「宜しくお願いします……」

 死にかけて、傷心のところに颯爽と現れ、見事に命を救い口説いていく謎の提督。

 しかも結構優しそうなのは鈴谷をみて分かる。つまり、信用できると思う。

 ぽーっと頬を赤く染め熱に浮かされて、手を握られ祥鳳は堕ちた。瑞鳳も射止められた。

 ……チョロかった。

「宜しく。一緒に頑張ろう」

 悪気はないのが更に悪い。鈴谷の怒りマークは限界だった。

 その後、超不機嫌な鈴谷と提督は、意識の回復した艦娘たちに事情を説明。

 同じように口説きまくる無理自覚キザ野郎の台詞に、もう二人ほど多分コロッと堕ちた。

 最終的に積年の恨みを込めて、

「食らえ師匠直伝、瑞雲パンチ!」

「ズイウン!?」

 提督に嫉妬の瑞雲パンチを腹に喰らわせて自覚させた。

 以後、口説く真似をした場合は瑞雲が襲うと脅しておいた。

 彼は首を傾げていたが、鈴谷は結構頭に来ていた。

 口説くなら鈴谷を口説けばいいのにとか思っている事を、彼は知らずにいた。

 こうして、彼の鎮守府に新たな部下が加わるのだった。


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