本当に結ばれる、ただ一つの方法   作:らむだぜろ

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イケイケ女子高生の奮闘

 

 

 

 

 

 ケッコンカッコカリを導入したことを、どうやら葛城は黙っていたようだ。

 翌日の仕事も至って順調。実は裏で飛鷹が無駄な困惑を避けるために他言無用と口止めしておいたのは秘密だ。

 その日の秘書は、凄くふて腐れる顔をする女子高生。

「提督ぅ……鈴谷、マジで暇なんだけどー。遊んでよー」

「仕事しろ。俺に構うな。黙ってやれ」

 綺麗な緑色の長い髪を漉きながら文句を言うのは航空巡洋艦、鈴谷。

 提督の苦手とする、煩い、無駄にハツラツ、そしてバカと言う天敵に等しい間柄。

 口の悪い提督は苦手な相手には辛辣になる。あと、割かし信用はしない。信頼もしない。

 だって苦手だし。何より、段々とキレやすい彼はイラついて来るのでダメだった。

「……ふーんだ。そうやって鈴谷には厳しくするくせに、飛鷹さんには甘いんでしょ。鈴谷知ってるし」

「当たり前だろ。仕事を怠けるサボり魔と勤勉を一緒に扱うか、バカ」

「バカって言った! 鈴谷のことバカって言ったっ!! 酷い酷い!」

「うるせえ……」

 割りと積極的で、距離感をはからないタイプの鈴谷。

 人懐っこいと言えばそれまでだが、彼相手には相性が悪かった。

 提督が嫌がる、マイペースかつ此方を振り回す艦娘で、何度か本気で怒らせた事もある。

 今回はそれに至ってしまった。

 鈴谷が、気になっていたケッコンカッコカリの話題を出した途端に、提督の眉間に皺が寄る。

 不機嫌になった証拠だった。

「お前練度足りないだろ。渡す意味がない。最大になってから言え」

 かなりキツイ言い方をされた。流石に落ち込む鈴谷。黙って俯くが提督は我関せずで、気にしない。

 鈴谷も好意を持っているのは自他共に認める所存だが、提督には敬遠されがちだった。

 それもそのはず。鈴谷や一部の戦艦など、提督は近寄ろうとしないし、スキンシップの激しい行為はまず怒る。

 異性に対する距離感を考えろとか、言動を鑑みろとか、逆セクハラで大淀呼ぶぞとか脅している。

 これも、彼女たちの無警戒を心配して、もう少し異性に対して適正な距離を理解しろという意味なのだが。

 言い方が毎回キツイのと、大体そう言うときに限って彼は怒るので、相手の状況を見ない。

「…………」

 あと鈴谷は、言動がふざけていると受け取られることも多く、卯月などと同じ扱いをされる。

 真面目にやれば出来るのに、真面目にやらない。やる気がない。

 鈴谷の好意を本気として受け取っておらず、その普段の言動が悪印象になっているのだ。

「鈴谷。何度も言わすな。仕事しろ」

「……うん。ごめん、すぐ取りかかる」

 練度が足りない。確かに鈴谷は現在95。練度は多少足りない。 

 然し予備軍としては練度は高い方だ。少しあげてくれれば、……並ぶことだって出来るのに。

「提督。……鈴谷の練度上げって、頼んだらダメ?」

「ダメじゃないが、お前の場合は魂胆が見え透いているしな……。最高練度になったら、余計に不真面目になりそうだ」

 ハッキリ言われてしまった。

 悄気て仕事に戻るが、落ち込んだ気持ちは上がらない。

 前々から思っていたが、この人は如何せん堅物で、ノリが悪いと言うか冗談が通じない。

 全部真に受けて、直ぐに怒る。

 鈴谷とは絶望的な相性の悪さも相まって、好かれてはいないと実感している。

 然し真摯に心配してくれるからこそ、鈴谷はホレてしまったのだ。

 自分とは違う、この堅物に。堅いから、大切にされている感覚がよくわかる。

 然し、自分の性格では素直になれずにふざけてこの様だ。完全に眼中にない。

 ならば……一念発起して、自らを変えると言うのはどうだ。

 今みたいにふざけているチャラい艦娘と思われていては、勝てる戦いにも参戦できない。

「提督。真面目にやるって約束すれば、鈴谷を鍛えてくれる?」

 不意に。一切の冗談を抜き取った、真剣な顔で鈴谷は彼に聞いてきた。

 声色を聞いて、書類から目をあげた提督は真っ直ぐ視線を捉える。

 逃げずに数秒、見つけあって。彼は軈て、告げた。

「……珍しいな。お前が真剣に何かに取りかかるなんて。本気で頑張るって、約束できるか? 途中で投げ出さないのと、諦めるときは全力を尽くしてからだって、俺に言えるか?」

 鈴谷の熱意を受け取って、ペンを止めて聞かれる。伝わった。鈴谷の本気が。

「うん。頑張るよ。鈴谷、逃げ出さないって。逃げたら凄く後悔するから。頑張りたいの」

「……そうか。分かった。じゃあ、明日からお前には前線に出てもらうぞ。覚悟はできてるな。俺は、約束を違える奴は信用しないぞ」

 取り付けた。折角掴んだチャンス。約束したからには、頑張ろう。

 提督の提案に鈴谷は頷いた。負けない。負けたくない戦いに名を上げるために。

 こうして、チャラい艦娘と思われていた艦娘、鈴谷の奮闘が始まった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――が、現実はそうもいかないのが常である。

 鈴谷は、彼に認めてもらえるように、死に物狂いで努力した。

 それは、周りからは豹変したかの如く、本当に心機一転と言えた。

 だが、今まである程度ペースを考えてやってきた鈴谷。

 それが急にアクセル全開ですっ飛ばせば、意外と早く限界は来るもの。

 僅か一週間で練度は最大に至った。

 然し、自己申告に任せていた鈴谷は、上がったタイミングでガス欠を起こした。

 提督が休めと言うのに話を聞かずに飛び出して行っては大破して帰ってきた。

 その都度、苦い顔で提督は鈴谷を迎えて、黙ってバケツをぶっかけて、再び送り出す。

 鬼気迫る勢いの鈴谷は、警告を聞いていなかった。

 何分本人がやる気にたぎっているので、止めても無駄だと判断した。

 そして、とうとう。提督が最も危惧する事態を引き起こしたのだった……。

 

 

 

 

 

 

「鈴谷……。生きてるよな、互いにボロボロになってはいるが」

「…………提督、どうしたの、その傷……?」

 練度が最大になった日。鈴谷は、一度沈んだ。

 水鬼相手に単機で突撃し、見事倒したがいいが刺し違えるような自爆覚悟のやり方で勝利した。

 こんなやり方は無論、彼の作戦ではない。撤退と命じたのに聞こえなかった鈴谷の独断専行。

 聞いていないではない。無視していたのでもない。

 戦闘があまりにも激しくて、大破していたのに食らいついて離さなかった相手と戦う鈴谷の無線は壊れていた。

 同時に鈴谷の聴覚が負傷により一時的に麻痺して、何も聞き取れない状況になっていたらしい。

 周囲の声も拾えず、執拗な水鬼の追撃が激しくて逃げ切れなかった彼女は覚悟を決めて特攻。

 自分が時間を稼いで、せめて仲間だけでもと死を受け入れての自爆。

 死にたくはなかった。でも、仲間が沈むのはもっと嫌だった。

 何も聞こえない世界で、目の前の敵だけを見据えて鈴谷は、最期の時を解して抗った。

 結果、彼女は一度沈んだ。然し……。

「あ、れ……? 鈴谷、確かに沈んだハズなのに……?」

 大怪我をしてはいるが、鈴谷は生きている。

 最後に見たのは、恨めしそうにこちらを見て沈む化け物と、共に引き摺り込まれる己の身体。

 冷たい蒼の底に消えている所までは覚えている。だが、ここは鎮守府の医務室。

 彼女はベットで横になり、全身に治療のあとが施され、傍らには包帯だらけの提督が腫れ上がった顔でため息をついていた。

「話は聞いた。どうやら、お前耳がやられて聞こえてなかったらしいな。ひでえもんだぜ。軒並みみんなドック入りだ。お前も酷いが、暫くはみんな出撃は無理だな。……よく、頑張ったな鈴谷。ありがとよ。お前のおかげでみんな帰ってこれた。けど、無理は勘弁してくれよ。お前に沈まれたら俺との約束が果たせなくなるだろ。勝手に腹決めて死ぬのは止めてくれ。俺は可愛い部下を死なせる気はない。お前が死ぬくらいなら、俺はこれぐらい平気でするぞ」

 勝手な判断も叱らず、皆を庇ったことを礼を言われた。

 そして、久々に面と向かって褒められた。

 なんだか複雑な気分で、顔を赤くした鈴谷は布団で顔を隠した。

 よく、自分は褒められて伸びるタイプと言う鈴谷。

 激戦を乗り越えた彼女の活躍により、とある海域の上位は半滅。

 次に引き継いだ鎮守府に任せて暫くは休養だと言う。

 でも、何で鈴谷は生きている? そして、提督は不自然に大怪我を負っている?

 混乱する鈴谷に、声を潜めて提督は説明した。

「最近、お前張り切っていたろ。人の話は聞かねえし、暴走寸前の自動車みたいだった。だから、何か自滅するかもしれねえって思ってさ。……使ったんだよ。俺の奥の手を」

「奥の手……?」

 確かに最近は暴走していた。

 思い返してみれば誰の話も聞かずに猪突猛進に突っ走ってこの有り様。

 情けないと猛省しつつ、問う。

「……ダメコンだよ。普通なら、誰も使わない大本営が使用を控えろって命じてる、あれ」

「!!」

 理解した。絶句する鈴谷。艦娘の間で噂になっていた、例のシステム。

 代替のきく艦娘は普段、轟沈したらそのまま死ぬ。提督は轟沈そのものを覆すことはできない。

 この方法以外では。何故なら。

 これは、余りにもリスクが大きすぎるから。

「提督……まさか、鈴谷の艤装に……?」

「ああ、コッソリと仕込んでいたのさ。ダメコンをな。お陰さまで、俺もお前と一緒に大ケガだ。全治一ヶ月。これでも、バケツの応用で作った薬を死ぬほどぶちこんでるんだぜ。普通なら一発お釈迦だ」

 ダメージコントロールシステム。略してダメコン。

 それは、一度だけ轟沈するほどのダメージを何かに肩代わりさせて沈むのを防ぐシステム。

 艦娘が大破で轟沈を回避できるが、請け負うはずのダメージをなんと人間に負担させることで回避すると言う本末転倒の欠陥システムと名高い出来損ない。

 この場合、対象は大抵提督の立場の人間になる。

 人間と艦娘では頑丈さが違う。肩代わりをすると人間が死ぬ。それもほぼ確実に。

 彼の場合は予め、死ぬほどバケツの応用で作った薬を打ち込み一時的に身体を頑丈にしていたから助かった。

 それでも大怪我を負って、挙げ句には身体の負担も大きいし、後遺症だって残る。

 ……無事な訳がないのだ。

「お前まで説教は勘弁してくれよ。飛鷹と大本営にすげえ怒鳴られたんだぜ。あいつだけじゃない。みんなに叱られた。まあ、その程度で死なないなら安いもんだろ。死人だすよかずっとマシさな」

 苦笑いして言う提督に、鈴谷は深く反省した。元はと言えば鈴谷の暴走のせいだ。

 彼に大怪我をさせたのは、強くなろうと躍起になった彼女の失態。

 ひどいことをしてしまった。彼を深く傷つけてしまった。

 鈴谷はとうとう、自責に堪えきれず泣きそうになった。

「ごめんなさい……。鈴谷のせいで……」

「いや、いいよ。死んでたら、謝罪だって出来なかった。お前がやらなきゃ、神通が無理してた。あるいは、榛名の奴かもしれん。どの道、あの場面じゃ誰がこうなってもおかしくなかった。それぐらいの激しい戦いだったんだ。俺が退けって言っても思い通りにはならねえよ。深海棲艦にゃこっちの都合は関係ねえ。況してや、水鬼。奴が相手なら死人が出るのが当たり前。でも、俺達は誰も死ななかった。見ろよ、完勝じゃねえか。これぐらいで勝てれば御の字ってな。だから、謝るな。お前の責任じゃねえんだ。俺の意思でやったことだ。約束を果たしたお前は立派だ。……MVPの鈴谷に、ご褒美やらねえとな」

 にやっと笑う彼は一枚の紙と……何かを取り出した。

 それは……鈴谷が欲していた、何よりの報酬。悲しみを吹き飛ばすほどの喜び。

 ケッコンカッコカリの……指輪と書類。そして、同時に鈴谷の胸は期待する。

 この流れは! もしかして、愛の告白……!?

 

「ほれ。お前の言ってた指輪な。あと、改装設計図。お前今度から空母な。飛鷹に弟子入りして、頑張ってくれや。」

 

(軽ッ!! 命懸けで頑張ったのにノリが軽いんだけど!? 提督、プロポーズは!?)

 

 軽い調子で指輪をゲット。然しプロポーズはない。

 頑張ってくれたご褒美としか、彼は出していない。

 確かに前から欲しかった改装設計図。コンバートしたかったのも認める。

 でも! ここはっ! ビシッと愛の告白を決めるところでしょう!! 

 と鈴谷は要求したい。

「んじゃ、怪我人のお見舞いはこれぐらいにしてな。お前も後で熊野に叱られると思うけど覚悟しておけよ。俺は今から皆にもっかい説教されてくるわ。お大事に」

 しかも爽やかな笑みを浮かべて立ち去ろうとしている!? 

「ちょいまって提督!! プロポーズないの!? 鈴谷はそっちが欲しいんだけど!?」

 思わず叫ぶ本音。此方から告白してしまった。

 しまったと口を塞ぐが、彼は。真顔に戻り、最悪な返答を返してきた。

「……すまん、鈴谷。気持ちは嬉しいし、光栄なんだけどな。俺、イケイケな今時女子高生って……正直、苦手なんだ。ってか、指輪は練度最高になれば必要と判断して配ってるから。プロポーズは……ない!! そして何より、俺は恋愛に興味ないし!!」

「嘘っ!?」

「本当! だから、ごめん。鈴谷、他のイケメン取っ捕まえて!」

 何か初霜みたいに断られた!! しかも重婚ですと!? 

 鈴谷、当然激怒。こいつのために頑張ったのにこの仕打ち!! 

「提督、流石に酷いよ!! 鈴谷本気で好きなのに!! これはないでしょ!」

「だってマジでお前苦手なんだから仕方ないじゃん! イケイケな奴ってどうすりゃいいのさ!? ナニすりゃいいのか!? さてはお前、男に慣れて」

「慣れてないから、経験ないから!! 勝手なイメージでビッチ言うのは本気で止めて! 処女、鈴谷まだ処女!」

「年頃のお前がそんなこという時点で信用はない! 兎に角、俺はお前とは付き合えません!」

「こ、こんの……!! だったらいいし! 鈴谷だって遠慮しないから! 既成事実作って無理矢理結婚してやるー!!」

 鈴谷、怒りで純情のメーターが振り切れた。命懸けでダメならば実力行使。

 勝てばよかろう、最早本音は知られてしまった。隠すものも失う恥もナニもない!

「うぐっ!? その肉食の目付き……鈴谷、とうとう本物のイケイケな女子高生に!」

「そうさせたのは誰だぁ! 責任とって鈴谷と結婚しろ浮気者ー!!」

 怯む提督、大怪我を気合いで起きる鈴谷。痛みは忘れた。今はこいつを一発殴る。

 逃げる提督、追う鈴谷。この日から鈴谷は晴れて提督大好きと言えるようになった。

 ……提督との夢見るラブラブデイズは、まだまだ当分先のことである……。

 


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