本当に結ばれる、ただ一つの方法   作:らむだぜろ

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闇を知ると言うこと

 

 

 

 

 

 新しいメンバーが加わって数日。

 転属願いを出した子もおり、彼はその手続きの書類を作成していた。

 今度こそ、マトモな……とは一概には言えないが、少しは過ごしやすい鎮守府に行けるように慎重にやっている。

「……」

 その様子を、本日の秘書である翔鶴は感慨深そうに眺めていた。

 現在、昼を終えて午後の執務に取りかかっている最中。

 翔鶴は手伝いを終えて、次の指示を待つなか、気になることを聞いてみた。

「あの……提督。少し、ご質問いいでしょうか?」

「ん? なに、翔鶴」

 書類から目をはなさない彼に、恐る恐る翔鶴は聞いた。

 今やっている、元々の彼女たちの鎮守府についてだった。

「瑞鳳さんに聞いたんですけど……ああいう、酷い扱い方をする鎮守府って、本当にあるんですか?」

 彼女も元々は異なる鎮守府に所属していた。

 そこはここと似たような艦娘に自由を与える鎮守府で、よい場所だと今でも思う。

 彼は一度ペンを止めて、翔鶴をみて言う。

「そっか。翔鶴って確か、前いた鎮守府の提督さんが寿退役したんだっけ?」

「あ、はい……。それで、わたしもいっそ違う鎮守府に異動しようと思いまして。似た鎮守府の方が、やりやすいかなって」

「あはは。で、来てみたら俺がバカやってて呆れてた、と。ごめんね、その節は本当に」

「いいえ。今となっては……ここは、嫌いではありませんので」

 前の鎮守府の提督は、結婚を機会に提督を引退し、退職金でパン屋を開くといっていた。

 そして、本当に婚約者と結婚して引退。みな、微妙な反応だったが……祝福はしてくれた。

 因みにケッコンカッコカリはしていない。愛する人がいるから出来ないと断固辞退していたのだ。

「懸命な判断だな。……断りかたといい、完璧だ。万が一の暴走も視野に入れて考えている辺り、有能な人だったに違いない」

 彼は翔鶴が誇らしげに語る前提督をそう、讃えた。

 気になることを言うが、その前に彼は質問に答えた。

「で、さっき聞いてきた事だけど……。そうさな、答えは珍しくはない、としか言えない。俺も知り合いが何人か、そういうやり方をしているのを知っている」

 驚愕する翔鶴に、彼は端的に分断した。

 艦娘に自由を与える鎮守府と、艦娘を管理する鎮守府の二通りが、現在の鎮守府のあり方らしい。

 彼も、苦い顔をして翔鶴に説明を続ける。

「艦娘の翔鶴に言うことじゃないと思うけど……。どうする? 聞きたいなら言うけど、気分の良い話じゃないよ」

 前置きはしてくれた。嫌な話になると。彼女はそれでも進んだ。

 自分の知らない鎮守府のあり方を、知っておくべきだと思う。

「そう。じゃあ……始めるけど。先ず、祥鳳たちがいた系統の鎮守府って言うのは、管理することで戦闘を行っている。大本営もそれを承知の上で。そう言うところは大体、俗に言う道具扱いとかが多いんだそうだ。俺も向こうがあまり言わないから詳しくは知らない。でも、徹底的な管理によって保存される艦娘には、自我はない。そういう改造を受けているらしい。基本的に規模は大きいし所属する艦娘の数も多いけど、そのぶん大量の海域で戦っている最前線だから、イチイチ自由にしていたら問題が多すぎて運営に支障が出る。だから、自我を奪い従順にすることで、円滑な運営を可能にしている……だったかな。そっちの運営方針はよくわからん。俺には理解できないし、手腕もないから責める事も出来ない。でも、祥鳳達は大破したときに装置ごと艤装が破壊されていたから、ある程度回復したんだろうね」

 彼に言われて、翔鶴は絶句する。そんな扱いをする鎮守府があるなんて知らなかった。

 徹底的な管理。意思を奪う改造。成る程、道具として扱われる場合もあると言うことか。

 彼は更に補足する。

「……これは翔鶴に言わない方がいいと思うけど、一応覚えておいて。そう言うところは、基本的に何でもありだ。艦娘に対する意識が俺達とじゃ全く違う。向こうには向こうのやり方、向こうの流儀がある。この間の使い捨てみたいなやり方をしても、文句は言えない。祥鳳によると、訓練もろくにしないで投入されてって。多分、向こうは俺たちに主力艦隊って言うけど、見る限り主力艦隊じゃないよあれ。寄せ集めの数会わせで作られた即興の艦隊。あの海域の戦いは、予想外のモノだったらしいし、主力を回すにしたって、鬼や姫を毎度相手する連中にとっては、攻略を終えた海域に出る不意打ちのレ級風情なんてどうでもいい。だから、適当に召集をかけた新人をぶつけて相殺した。……考えてみなよ。うちより規模の大きな鎮守府の主力が、レ級程度に壊滅させられる程、弱いと思う?」

 彼は嫌な闇を語る。先方は主力艦隊を投入したと言うが……間違いなく嘘だ。

 あれは戦果欲しさに口裏会わせて作った、寄せ集め。

 改造されて沈めば、誰も口を割らない。死ねばくちなしとよくいったものだ。

 万が一、彼のような若輩者が何かいっても、どうせ潰される。階級が違うのだ。

 下手に楯突けば、ろくなことにならないのは提督をしている人間なら誰でも知っている。

「そんな……。じゃあ、彼女達は……」

「そう。言い方は悪いけど、使い捨ての駒っていう扱いじゃない? 俺みたいな酔狂な奴でもない限り普通は回収して治療しないからね。あの人たちも……確かにそういう顔をされる事をしているのも分かる。曙も言ってた。クズみたいな事をしても平然としているやつが許せないってね。……でもそういう人は権力で憲兵も抱き抱えているから、摘発も難しいと思うよ。それに、艦娘にも思考制御されているから、抵抗も反逆も起きない。まさに我が世の春、って感じ」

 彼が説明する内容に翔鶴は如何にここや前の鎮守府が平和かつ長閑な場所だったかを思い知った。

 思考制御されていても、記憶には残る。だから祥鳳や瑞鳳はあれだけ嫌がった。

 そういうところもケッコンカッコカリを形だけどんどん取り入れている。

 故に、重婚の推奨を大本営もしているのだ。そうしないと戦力が上がらないから。

 彼はそこまで語り、一息つく。翔鶴は柳眉を下げた。

 ……人間の都合で使役される艦娘がいる。その中には、きっと翔鶴の大切な妹もいるだろう。

 然し、その人間が滅ぶことはない。滅ぶ切っ掛けすら管理する、そんな鎮守府だから。

「翔鶴。……本当に困ったことは、ここだけじゃないよ」

 提督は再び、目を落として作業に復帰して口を開く。

 彼女が見ると、彼はなんとも言えない声でいうのだ。

「そう言うことをする提督に限って、才能がある。彼らを大本営は蔑ろに出来ない。理由は、その戦果」

「……何が言いたいのですか? そんな、人たち……提督をやる資格なんてないのに」

 翔鶴の言葉に尤も、と肯定しつつ反論する。

「無くても、事実彼らが前線を支えているのがこの国。敵の規模すら正確に分からないこの戦争に対して、イチイチ損害を気にしていたら、負けるんだってさ。そういう、割りきりの出来て戦える人間でないと、あの激戦区は身が持たない。俺は、そう思う。……擁護する訳じゃないよ。でも、口出ししている暇があるなら自分のできる事をした方が有益だとも感じている」

 彼らは確かに好き勝手しているだろう。だがそのぶん、同時に結果も確実に出している。

 出すものを出せば何をしても良いのか、と時々噛みつく相手もいるが彼はそういうことはしない。

 するだけ、無駄だ。こっちは不干渉、向こうも不干渉。互いの流儀に口は出さない。

 提督をする上で、暗黙の了解みたいなものを自然と知る。

 知らないと、相手に潰されて呆気なく人生終了。

 気に食わない相手を謀殺するぐらいもするんじゃなかろうか。

 彼は少なくても頭ごなしに否定はできない。身近に父を知るからか。

 父は戦果をだし続けている。それは個人的な復讐かもしれないが、誰かが苦しむことを防いでいるのも事実。

 あの人も沢山艦娘を沈めている。罪悪感はあるだろう。息子に自分から言うぐらいには。

 それを越える憎しみの炎が父を動かしている。彼のような場合でも、前線を支えている。

「恐ろしいもんだよ。寄せ集めの艦隊で、レ級やらなんやらがいる艦隊を犠牲ありとはいえ、倒しきるんだから。どんな指揮の能力をしていれば出来るのか、俺には想像できない。在り来たりな装備、低い練度。レ級って、しっかりと準備しないと高い練度とか装備を持っても下手なやつだと負けるっていうのに。うちの鎮守府じゃ到底かなわない。俺の能力じゃ、対策したって誰かは沈む。連中はそういう戦いを毎日してるんだ。どうにかする方がデメリットになる」

 才能があるエリートがそういう真似をしているのが一番の問題。

 必要とされるがゆえに、大本営も口出しできないし、野放しにしている方が好都合。

 戦果をあげれば階級も上がり、権力も持てる。もっと好き勝手出来る。

 そういう提督達は、少なくてもやることは建前上やっている。怠慢ではないのだ。

「そんな……」

 翔鶴は絶望する。激戦区はそんな状況が当たり前。

 ここのような長閑な鎮守府には、そう言うところは少ない。

 有能な人間は貪欲に上にいく。当然のこと。

「……逆に、うちみたいな緩い鎮守府じゃ自由に行動できるけどね。何せ、激しい戦闘も少ないし、そもそも暇な鎮守府に有能な奴はあんましいないからさ。そういう奴は前にいく。だから、みんなが望むのは暇な鎮守府になるってことかな」

 逆に彼女たちに自由を認める鎮守府は暇があるか、時間が余っている平和な場所だ。

 余裕があればそういうことも認めるし、好きに振る舞っても構わない。

 前にいけば無論、余裕はないからより効率を求める。その合間に提督は好き勝手を行う。

 結局、戦闘の度合いによるものなのだ。鎮守府を任されればそこから先は提督の采配次第。

 憲兵さえも権力で抱き抱えるような相手には、弱小が吠えたところで改善に至るわけもない。

 出来ることは、なるべく激戦区を避けて異動するように手配したり、今回みたいにやるしかない。

「……。だから、反逆による提督の死亡事案は極端に少ないんですね……。嫌ですけど、納得はしました」

 理屈はそうなる。戦いに明け暮れる毎日において、艦娘の意思など邪魔になる場合もあるのだろう。

 反逆の話を殆ど聞かないのはその意思すら制御にあるからということだった。

「逆に、うちみたいな中規模や小規模の鎮守府じゃ、時々あるみたいだけどね。提督の死亡事案。大抵は、艦娘に自由をあたえたことのよる痴情の縺れ。悲しいけど、この国じゃ艦娘に殺される一番の原因は恋愛らしいよ。制御されてないから、ありのままに生きる艦娘にとって、提督との恋愛ってのは暇な鎮守府しかできないから。……翔鶴の前の提督さんはスゴいね。婚約者がいるってちゃんと言ったんだろ? 度胸あるなあ。下手したら、その相手が艦娘が暴走したときに狙われるかもしれないのに。……だからこそ、指輪を使わなかったんだろう。真摯な人だ。俺とは大違い」

 彼が言うには、反逆による死亡事案は少ないが、平和な鎮守府においての死亡事案はたまにある。

 大抵は愛に狂った艦娘が、提督または艦娘を、酷いときは関係する一般人をも殺すことがあるらしい。

 恋愛になれていない彼女たちが裏切られたと感じて、その対象を瞬間的に熱くなって殺してしまう。

 その後は、周囲の艦娘による報復か、やってしまったことに対する自責からの自沈、あるいは満足して自殺。

 憲兵が制圧することもあるが、そうなると艦娘を解体するしかなくなる。

 結局救いは何処にもない。

「要するに、まとめると。戦いが激しくなるに比例して、祥鳳たちのいたような鎮守府は増える。逆に、暇になればなるだけうちみたいな鎮守府も増える。……俺みたいな、階級の低い提督とは違うんだよ。エリートの抱える問題ってのは。俺は外野だから、向こうのやり方には何も言えない。大本営も一枚岩じゃないから、色々ある。俺に出来るのは、少しでも自分の鎮守府を良くしていくことだけ。……本音を言えば、嫌だよそんな現実。でも、甘くないのも現実なんだ。俺みたいなやり方は向こうじゃ通用しない。敬意を払えないとか言ってる場合じゃないんだ。向こうは一進一退の防衛戦を日々繰り返している。俺には想像もつかない世界なんだと思うんだ。だから、嫌だとは思う。でも、頭ごなしに否定もできない。……翔鶴には、嫌な返事になってしまったけど。そういうもんだよ」

 恋愛がどうのこうのと言えるのはこういう平和な鎮守府に限る。

 向こうはもっと濃厚な命のやり取りをしている。余裕がないから、如何なる方法もするのかもしれない。

 彼は現場を見たことはないし、話を聞いただけだ。憶測で翔鶴にいっている。

 想像しただけの外野が偉そうに言うべきことではないと彼は思う。

 だって、そうだろう? 互いに国を守るという目的は変わらない。

 やり方に口を出しても、向こうは此方よりも結果を出して貢献しているのだ。

 言い換えれば、負けているような人間が何か言える立場ではない。

 言ったところで何が変わる。何が出来る? 何もないのだ。

「…………」

「この話は止めよう。互いに気が滅入るだけだよ」

 翔鶴も彼も顔を伏せる。他の人間にああだこうだという前に自分の方が忙しい。

 本音は嫌だと思う。思っていても結局出来ることはないし、だったら言わなければいい。

 綺麗事で変わるほど、階級の壁は薄くないし、差は埋まらない。

 出来ることはないと知っている。だから、行動しない。それが何か間違っているのだろうか?

 挑むまえから分かりきる事より出来ることの方が大切だ。

 たとえ、無法になっていても。見てみぬ振りしか、現実に出来ることはない。

 警告ぐらいはしておこう。そういう場所もあると知るだけいい。

 彼は仕事に戻る。そういう場所に送らないようにするのが今の仕事。

 やれることをしていこうと思いながら、ひたすらにペンを走らせる……。


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