本当に結ばれる、ただ一つの方法   作:らむだぜろ

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鈴谷の苦悩

 

 

 

 

 ……最近、思うことがある。

(鈴谷……完全に見劣りしてない?)

 鈴谷は思うのだ。自分は、完全に単なる劣化なのではないかと。

 今の鈴谷は、軽空母。元々は重巡から経て今に至る。

 ……思ったのだ。艦娘として中途半端ではないか、と。

 現在の、鈴谷は練度112。これは間違いなく上位に位置する高い練度である。

 然し、決して一番ではない。上には上がいる。勝てる気がしない相手が。

 艦娘として。あるいは、女として。どうしても勝てない相手が身近にいる。

(……飛鷹さんは……ズルいなあ)

 そう。長年の相棒、飛鷹であった。

 彼に全幅の信頼を寄せられ、重要な役割や相談は彼女に優先される。

 鈴谷も頼りにはされるけど、後回しが大半だ。

 提督は蔑ろにしている訳じゃない。

 こればっかりは、経験値の差が出ているだけ。

 付き合いの長い相手は気心を知っている。

 彼のことを一番知る艦娘は飛鷹なのだ。

 挑む相手が悪すぎた。劣化するのはある意味当然。

 前よりも頼られることで見えた現実。

 鈴谷じゃ、飛鷹に勝てない。分かりきったことだったけど。

(……努力じゃ追い付かないこともあるよね……)

 知っていたことだったけれど、自覚すると余計に辛かった。

 何となく気にし始めて、日々鈴谷は落ち込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 んで?

(……幸せ。今なら鈴谷は死んでもいい……)

 現実、提督にハグして幸せを堪能していた。

 彼が秘書の鈴谷が元気がないことを気付き、何か相談できるならしてほしいと言い出した。

 打ち明けたくても、プライドが邪魔をする。

 思い人に言うことじゃない。だから代わりに暫く全力で構ってほしいとお願いした。

 悩みは飛鷹が強すぎるから解決の目処はないし、現実逃避で妥協した。

 で、現在二人きりの執務室で甘えている。抱き締められて匂いを堪能して兎に角甘える。

「よしよし。悩みがあるなら言ってくれな、鈴谷」

 提督は以前と違いスキンシップにも寛容になった。

 その辺の分別は、ある程度彼女たちに任せることにした。

 榛名や金剛のような行きすぎは未だに嫌がるししかりつけるが。

 抱き締める程度なら大丈夫。頭も撫でてくれる。

「えっへへ……」

 何かから逃げているのか、鈴谷は振り切るように甘えてくる。

 何をそこまで、と言うと大体己のせいである。

 特に好きだと公言する彼女には辛い思いをさせている。

 ……情けない自分にできる事は今はこれしかない。

 よって、彼は好きなだけ甘えさせる。

 鈴谷も、劣等感から逃げるために彼に甘える。だって、悔しすぎる。

 羨ましすぎる。飛鷹には鈴谷じゃ勝ち目はないのに、同じ人を好きになった。

 圧倒的不利から始まった恋だろう。けれど、諦めもつかなくて。

 同じ土俵に上がったら……見劣りする自分に自信が無くなった。

 何か一つ。一つでいいから、飛鷹を出し抜きたい。

 勝ちたいのだ。彼に見てほしい。鈴谷だけの特別な何かを。

 ライバルの多い中、一人前をいく飛鷹に噛みつける特別が欲しかった。

(……探そうかな。鈴谷が勝てる何か一つを)

 ひっそりと決意した。飛鷹を……何とかして追い抜こう。

 自分にできる、確実な方法で。そう、鈴谷は心に誓った。

 

 

 

 

 

 

(…………)

 影から覗く、鋭き視線。

 無論、その決意を猛禽類が見逃すわけが、ないのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ずは、艦娘としての性能だ。

 鈴谷は毎度演習に飛鷹を相手にしているが……。

「うきゅぅ……」

 ぼろ負け。大敗。全敗。相手が強すぎる。

 毎度目からお星様が出るのは決まって鈴谷なのである。

「……」

 飛鷹は勝負になると情けなどかけない。本気で潰す。

 今日も勝てずに海の上でぶっ倒れる鈴谷。お空が晴れて綺麗だった。

 その隣を、今日は一番と冷ややかに見下ろす飛鷹が通り過ぎる。

「鈴谷。戦いは、付け焼き刃で勝てるものじゃないわ。……その、スペック頼りの戦法を改めない限り、私には勝てないと思いなさい」

 手厳しい言葉だった。流石鎮守府最強の艦娘は言うことが違う。

 一度立ち止まり、飛鷹が告げた辛辣な評価にすごく落ち込む。

 鈴谷は改装型空母。軽空母のなかでは破格に火力と装甲が高く、基本打たれ強い。

 然し艦載機の数は大幅に負けており、如何に効率よく戦うかを求められる。

 鈴谷はしょっちゅう艦載機が全滅する。理由は慣れないのと不器用だから。

 演習においては、全滅が通過儀礼になった。

 最近じゃコッソリと持ち込んだ重巡の主砲を使ってまで勝とうとするも、待機している艦載機に袋叩きにされて負ける。

 よろよろと起き上がる頃には、飛鷹は戻っていった。

 彼女は気がつけば鎮守府の練度は二位にまで上がっていた。

 葛城やイムヤを大幅に抜いた、短期間でのレベルアップ。

 然し一番怖いのは、時期的に鈴谷よりも遅かったのに不動の一位を守り続ける飛鷹だ。

 現在、既に130。鈴谷とも大きく差をつけている。

 出撃する回数こそ少ないが、倒す相手が大物ばかりなので上がる速度も半端ではない。

「うぅ……」

 またタコ殴りにされた。また惨敗した。一方的に蹂躙された。

 悔しい。空母になってまだ日は浅い。けれど、あの数をどうやって捌けばいい。

 加賀よりは確かに少ない。加賀が化け物じみた数を保有できるだけだ。

 しかも艦載機に頼らずとも、鈴谷をぶっ飛ばすくらい強い。

 練度が、飾りになる相手。加賀や飛鷹、あとは本気だした葛城。

 あれもめちゃくちゃな戦法で戦うので、正攻法では押しきられて負ける。

 鈴谷も何か工夫して見るも、二番煎じになってしまう。

「……何で勝てないんだろ」

 起き上がって、俯いて呟く。

 努力はした。でも、飛鷹にだけは何しても勝てる気はしなかった。

 何度も負ければなにかが見えると思っていた。実際、加賀は見えた。葛城も分かった。

 加賀は精神攻撃に非常に弱い。一見冷静に見えて揺さぶりをかけると割りとミスして自滅する。

 葛城は種類こそ豊富だけどパターンは単純だった。初手を譲って出方を見れば対処はできる。

 弱点をついたらギリギリ勝った。そのあと本人に文句は言われたけど。

 ……飛鷹は違う。毎回、微妙にやり方を変える。装備もランダム、下手すると使ってこないときもある。

 パターンが膨大すぎて覚えきれない。しかも隠し玉もまだ持っている。

 飛鷹を、本気にさせたことすらなかった。余裕で毎回、負ける。

 痛む傷。傷跡を確認。今回は雷撃がメインでサブに爆撃。

 また見たことのない箇所を怪我している。初見で対応するにも、手が多すぎる。

 スペック頼りの戦法。それはきっと、頑丈さを生かした後手に回って対処する方法の事だろう。

 飛鷹は言外にいっている。

「攻めてこい、ってことかな……」

 鈴谷は自分からは攻撃しない。安全な方法で対応する。

 一度死にかけた身だ。沈むことの恐怖をよく知っている。

 故に己から攻撃には出ない。油断もしない、提督いわく慎重な戦い方。

 迎撃が基本の鈴谷を、挑発しているのだ。勝ちたければ攻めろと。

 ギリッ、と悔しさで奥歯を噛み締める。強者の余裕か。それとも、違う意味での余裕か。

 どちらにしても、悔しいことには変わらない。

 此方を見下すわけではない。張り合いがないと、手招きしている。

 悔しかったら、かかってこいと。此方は何時でも受けてたつと。

 ……その余裕に苦しんでいるのに、やっぱり飛鷹はズルい。

 本当に、色々な意味で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦娘としては、負けている。

 ならば女としては?

(身体には自信あるけど……うん、無理)

 スタイルに自信はあるが、飛鷹もなかなかに良い。

 と言うか、飛鷹の方が確実に彼の好みに近いだろう。

 ロリコンと言われる彼だが必死に否定しているし、多分ない。

 飛鷹は美人で、鈴谷は可愛い。そういう区分だと何時だったか言っていた。

 要するに鈴谷は子供として見られているのかもしれない。

 何度かドック入りしたときに盗み見しているが……確かにきれいだと思う。

 長い漆黒の髪の毛は濡れると独特の色気を出すと言うか。

 隣に座って髪の毛を洗っているとき納得したものだ。

 手入れされているのか艶やかで、美しい色だった。

 鈴谷も手入れは欠かさない。然し生まれ持ったあれは格別であろう。

(ぐぬぬ……。葛城には勝てるのに……)

 あのまな板空母には負けない。言動も、身体つきも。

 素直じゃないツンデレに負けてなるものか。好きなら好きとハッキリ言えばいい。

 飛鷹のように立場が微妙でもない限りは素直にあるべきだ。

 ……彼は何か困っている様子だけど。嘘はつけないし、つきたくない。

 では料理などの女子力は?

 絶賛努力中の鈴谷に対して、飛鷹はやはり経験で色々知っている。 

 舌の好みを知るアドバンテージは大きい。喜ばれるのは飛鷹の方が多いと思う。

 家事も完璧、炊事も出来る。お嬢様のような見た目とは裏腹に飛鷹は庶民的で弱点はない。

 趣味だってダンスは出来るし英会話だってペラペラ。

 この間など町で迷子になっていた、イギリスからきたという金剛によく似た声の駆逐艦に、ネイティブの英語で普通に会話してした。

 何を言っているのかその場にいた鈴谷にはサッパリ。

 驚きなのが提督も英語ペラペラで、ネイティブにも聞き取れること。

 何で喋れるのか聞くと、秘密らしい。二人だけの。ぶっちゃけ妬いた。

 鈴谷にも共通の秘密とか欲しい。出来ることはないけど。

 その他、博識で器用で、なんと言うかハイスペックなのは知っている。

(うわぁ……。冷静に考えたら鈴谷って、誰に挑んでいるんだろ……)

 飛鷹、無敵すぎる。何でこう、弱点と言うものがないのかこの人は。

 ガックリと項垂れた。女性としても飛鷹は魅力的で、敵わない。

 何だか……余計に落ち込む気がした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よしよし。お前は頑張ってるから。な?」

「……………………」

 結局、逆に飛鷹に気遣われて、提督に知らされた。

 鈴谷がここのところ、自信喪失状態なので慰めて欲しいと言われたとか。

 塩を送る器量も含めて、何だか惨めな気持ちになってきた。

 心配する提督に、取り敢えず抱きつく。無言で全力で甘える。

 もういやだ。何であの人はこんなにも強いんだろう。

 泣きたくなる。好きな気持ちは誰にも負けない。それは言い切れる。

 だが……飛鷹はどうだろう? ずっと己を殺してでも彼を支える気概が鈴谷にはなかった。

 あの人は精神的にも圧倒的に強いのだ。鈴谷にも分かる。

 飛鷹は、彼女だけは、本当に、本気で、全てを擲ってでも彼とともにいる。

 艦娘を捨ててでも。戦えなくなっても。彼女はずっとそばにいる。

 それだけの覚悟があるのだと。

 それは好きとか愛しているとかの次元じゃない。もう、献身の類いだ。

 それが正しいのかは分からない。でも、彼女は決して揺るがない。

 鈴谷と飛鷹の大きな、縮まらない差は……気持ちにも現れている。

「……提督さあ」

「ん?」

「飛鷹さんとこ、どう思う?」

 思いきって、聞いてみた。返答に絶望するのは分かりきっているのに。

 彼は即答する。迷いも欠片もなく。

「最高の相棒だよ。俺を、誰よりも理解してくれる、大切な相棒」

 ……やっぱりだ。色恋沙汰抜きで、あの人だけは既に特別の枠にいる。

 彼の中で、数少ない彼が自覚する大切な人。まだ、踏み出していないだけ。

 逆を言えば。踏み出せば即、勝ちの位置にいる。だってそうだろう。

 感情こそ違うけれど、特別で、大切な人には……変わらないのだから。

「そっか……」

 知っていたとも。鈴谷には勝率は限りなく低いことを。

 命懸けで挑んでも時の流れには勝てないことも。知っている。

 鈴谷は寂しそうに言う。悲しい気持ちが溢れる。

 諦めたのではない。ただ、確認したのだ。

 彼にとって、飛鷹だけが……最後まで頼れる相方だと。

 鈴谷には到底真似できない……強固な絆があることを。

「……鈴谷。お前、やっぱり……」

 彼が何か言おうとする。怖い。悟られた。

 怖いことを言われる気がして、鈴谷は遮る。

「か、勘違いしないで欲しいな。……鈴谷、提督好きな気持ちは負ける気ないよ。それは言える」

 自己暗示。言い聞かせるのは自分自身。負けそうになる己を発起させるため。

 微かに身体が震えているとしても。涙目で涙声だったとしても。

 諦めの悪さだけは、多分……飛鷹にも負けないと思うから。

 提督も、何かで飛鷹と鈴谷が比べあっているのは分かっていた。

 飛鷹はああ見えて非常に努力家で、負けん気が強い。

 確かに提督との相性はバッチリで、阿吽の呼吸で動ける。

 何でもできる頼れる秘書として誇らしいと思う。

 でも、それは、飛鷹がひた向きに努力し続けて手に入れたもの。

 決して才能ではないし、況してやそれを自慢する気もない。

 好きなのは知っている。ただ、それとこれとは話が違う。

 比べないで、自分らしくいけばいいと言おうとしたのだが。

 見当違いなことを想像しているこの男には鈴谷の気持ちは分からない。

「……提督。鈴谷、提督を好きでいて良いんだよね……?」

「それは、今俺に言われても困るな……。俺にはまだどうにも言えない。でも、気持ちを否定はしたくない。鈴谷がそうしたいなら、いいと思う。……俺には、好意をどうこう言える材料がないから、な……」

 鈴谷の疑問には答えにくい。好きなことに制限はないだろう。

 しかし好きも嫌いも理解しない唐変木に何が言える。

 己の答えすら満足に出せない未熟な人間に、少女の恋に口出し出来る理由はない。

「はぁ……。悔しいなぁ……。全部足りないよ、鈴谷には……」

「……。よく、まだ俺には分からない。でも、鈴谷。お前の気持ちはちゃんと知ってる。無下にはしないよ。もう少し頑張って、お前の気持ちにも返事を出す。どんな形であれ、逃げないように誠意を。だから、お前が俺をどう思っても……俺は、答えを出す前ではお前のそばにいる。自信がないのは俺も同じだ。一緒に前に進もう」

 落ち込む鈴谷に、呼応して彼も若干沈み出した。励ましにならない言葉でしか彼には出来なかった。

 ……鈴谷の好きにしていい。好きでいたい。

 片想いだけど、それは皆同じで。好意を知って貰えているだけまだ良いのかもしれない。

 無理やり前を向くなら、提督を好きだと言い続けるぐらいしか思い付かない。

 鈴谷は素直しか武器がない。誤魔化しはしないし、偽りも嫌だ。

 飛鷹にできない、素直さで攻めるしかないのかな、と少し思った。

「提督」

「なに?」

「好き。……大好き」

 抱きついて何度でも言う。

 好きだと。大好きだと。

 照れ臭いけれど、言葉にして伝えるのが一番早い。

 彼も、満更でもないのが救いだ。今はただ、繰り返せばいい。

 素直な気持ちを、言葉にして。何度でも。

 それしか鈴谷には、方法はないのだから……。


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