……なんだこれは?
工厰で開発された装備のチェックをしていた彼は、不思議なものを見つけた。
指定した覚えのない……装備?
怪しくないか検査をかける。結果は装備であった。しかし、見た目がおかしい。
分類は……ジャマー? 妨害電場装置か。
こんな装備は作っていないが……何かたくさん転がっている。
見た目も装備には見えない。捨てるのも勿体ないし、保管しておく。
彼は後日思い出す。折角出来上がった新装備、試しに装備してもらおうと。
またそれが騒動を引き起こすとは露知らず。
仕事を終えたお昼過ぎ。
暇をする彼はふとずいぶん前に出来上がったそれを思い出した。
ジャマーとは要するに、相手から見つかりにくくするための妨害装置。
レーダーやソナーを誤魔化すために使われるもの。深海棲艦のレーダーにも効くのかは知らないが。
一度秘書に工厰にいくと伝えて離席。しばらくしてから戻る。
段ボールに入れた沢山のジャマーをもって帰ってきた。
「提督さん、これなーに?」
本日の秘書、夕立が無邪気に聞く。
いつもの制服に、犬を彷彿とさせる言動。
たまには趣向を変えるのも悪くない。
似合うかもしれないと思っている辺り、目的はすでに履き違えた。
「興味あるか?」
聞くと、肯定。彼は笑って、ひとつ取り出すと夕立に目をつむるように言った。
首を傾げながら言う通りにする。そして、彼はそれを彼女の頭にくっつけた。
目を開けて、サムズアップ。よく似合う。満足したので違和感があるか聞くと。
「ぽいにゃ」
……何か語尾がおかしい。ぽい、じゃなくてぽいにゃ。
気のせいか……夕立に装備したジャマーが……前後に動いていないか?
「提督さん……。なんかあたし、力が抜けるっぽいにゃ」
ヤバイやつだったらしい。へなへなと腰砕けになる夕立。
慌てて取ろうとすると、痛いと夕立が叫ぶ。
なんと。このジャマー、艦娘と融合している!
困惑する夕立に合わせてかわいく動いてるのだ!
デンジャー、デンジャー!! 提督の理性にダイレクトアタック!!
提督のライフに1000のダメージが入った!!
「なんだこりゃ!?」
慌てる提督。何しても取れないので、大本営に問い合わせ。
装備のジャマーについての情報を聞き出すと、愕然とした。
彼が持っていたジャマーは……実は、艤装のバグ的なもので、装備すると一定時間、艦娘の能力までも妨害して無力化、更に丸一日取れないらしい。
ジャマーとしては優秀だが戦えなくなるので、見つけても破棄するように言われた。
万が一装備してしまっても、翌日には取れるのでその場合は艦娘を戦闘に出すなと言われる。
……装備の名前は、そのふざけた外見と凶悪な性能からとって、こう呼ばれる。
――エラーオブキャット。と。
「ぽいにゃ?」
「夕立。明日にはそれ、取れるって。だから今日はお前、もうお休み。遊んできていいぞ」
「ぽいにゃ!!」
夕立に仕事が残っているがこのままではへなへなで、ダメになる。
彼女はお休みにして、解放すると遊びにいった。
ジャマー……何て恐ろしい装備。名の通り、凶悪な性能だ。
一日艦娘を無力化することで見つからないようにするってそれは、本末転倒である。
まあ、あれを装備した状態だと何故か猫状態なる状態異常を起こして艦娘、多摩に似た口調になるらしい。
意味不明だ。見た目は、ただの猫耳カチューシャなのに。何でくっついて動くのかは不明。
戦闘に出さない限りは大きな害はないので、別にいいのだが。
「しかし……」
猫耳カチューシャ。うん、悪くない。夕立の幼さに犬さながらの言動に猫の語尾。
高鳴る鼓動、燃え上がる提督のコスモ。新たな芸術を発見してしまった。
素晴らしい。ハラショー。実にハラショー。可愛いじゃないか猫耳カチューシャ!
この時、提督のなかで明確な性癖が誕生した。今度は言い逃れなどできない。
猫耳カチューシャと語尾のにゃ。……彼は、目覚めた。変態にとうとう覚醒した。
不幸なことに、部下を女性として見た結果、見た目が似合う事で彼の中の抑圧された何かが爆発。
夕立があまりにも犯罪的に可愛いすぎて、彼はこの日見事に壊れた。
ロリコンではない。ホモでもない。でも猫耳カチューシャフェチだ!
エラーオブキャットにより、こいつの頭の中までエラーを起こしてしまったようだった。
で。
「な、何てことしてくれるにゃ!!」
被害者が一人増えた。飛鷹だった。猛禽類が猫になった。
何かあったのかと心配になって姿を見せた彼女に秘書をお願いするともに、自分から新装備のテスターをお願いしたら、騙された飛鷹の猫耳装備が誕生。
脳内エラーを起こす、初めての変態衝動に駆り出される彼はブリッジして大喜び。
奇行、再び。ヒャッハーと叫んで狂喜乱舞する彼を見て、飛鷹は嵌められたと自覚。
当然怒って見るが、語尾がおかしい。慌てて取ろうにも、一日経たなきゃとれぬと言う彼の言葉に激怒。
おいかけっこが勃発。
「セクハラ、セクハラにゃ!! 何てことするのにゃ、許せないにゃ!! いくら貴方でも悪いことがあるにゃ!」
飛鷹のお怒りは可愛すぎて提督は再び発狂。今度は違う意味で狂った。
追い付かれ、殴らせる。何か喜んでいた。ハッスルハッスルしているのがキモい。
「おっふ……。俺の相棒はこんなに可愛い生物だったのか。俺は無知すぎた。飛鷹って可愛かったのね!」
「……今さらにゃ。気付くのが遅いにゃ」
ヘッドバンキングする提督に、割りと諦めの早い飛鷹は、そっぽを向いて小声で言う。
こんな形で自覚されたくなかった。軽いショック。でもまあ、本音なのだろう。
仕方なく、甘やかして許すことにした。可愛いと惚れた男に言われて嬉しくない女は早々いない。
「飛鷹、猫耳!! ウルトラ……ベストマッチ!! チョーヤベー!!」
発狂している。狂いに狂って仕事の速度が三倍になっている。
一時間もしないうちに、一日の業務終了。
興奮が止まらず筋トレ開始。完全に変態です、本当にありがとうございました。
「ちょっと落ち着くにゃ。言動が危ないにゃ。私に興奮するのは許すから本当おとなしくするにゃ」
「ああああああああああんっ!! チョーヤベーェ!!」
声かけるだけで大興奮だった。最早手遅れだった。
多摩化した口調じゃなくて、どうやら全部含めて興奮しているらしい。
確かに前後に愛らしく動く耳は、美人にくっつけると破壊力は計り知れない。
女性を知らない童貞には刺激がフルスロットルすぎて理性が吹っ飛んでいた。
(……意外な切り札ゲット。今のうちに、一個確保して、と。よし……)
したたかな飛鷹は冷静に破棄される前に切り札を入手。懐に隠す。
彼の知られざる性癖を暴露された今、手を打たない事はない。使えるものは使おう。
これでペンギンと猫耳カチューシャはゲット。有利になっただろう。
「おう、鼻血が……」
変態は鼻血を滝のように流していた。一帯がエロにより流れ出た鮮血で真っ赤に染まる。
ため息をついて掃除を開始する飛鷹。見てて面白くなってきたので、時々、
「にゃーん」
と言うと、彼は絶叫して腹筋して大喜び。全身で表す圧倒的感謝と興奮。
非常に、その、怖い。色々な意味で。普段真面目な人間が暴走するとこんな風になる。
「可愛いは正義! 可愛いは平和!! 猫耳は世界を救うッ!!」
意味不明。このタガが外れた変態は大騒ぎ。一応執務室から出ないように鍵はかけた。
今は彼のこの恥辱、思う存分堪能させてもらおうと飛鷹は思う。
「にゃおーん」
からかうように言うと、びくんびくんと痙攣し始めている。
反応が面白い。飛鷹も段々と面白がって悪乗りしていく。
終業しているいま、何をして遊んでも艦隊業務に差し支える事はない。
つまり、彼で遊び放題。誰も苦しまない。我に返って彼が苦悩するだけで済む。
「飛鷹、もう……やめて……。萌え死ぬ……俺、お前が可愛くて死んじゃう……止めて……」
「あらあら、嬉しいこと言ってくれるにゃ。やめないにゃ。貴方が狂うまでこのままでいてあげるにゃん」
すがるようにお願いする提督を、笑って上機嫌で一蹴する飛鷹。
可愛い、か。よく考えたらからかい以外でこんな風に本心で言われるのは初めて。
無論嬉しいし、世辞でないのでもっと聞きたい。
(もっと、私を見て。私だけを見て。自分で言うのも何だけど、良い女でしょ? 好きなことを言って良いのよ。私は何でもして見せるわ。貴方が求めてくれるなら……何でも。ほら、可愛いんでしょう? もっと褒めて? 鈴谷とかばかり褒めないで、たまには私を存分に……ね?)
普段から他の艦娘に譲ることが多い飛鷹。艦娘ではなく、相棒として行動するがゆえに不満が募る。
自分を殺すことに慣れて、見ているだけで満足してしまう日々。それじゃ物足りない。
もっと見て。もっと思って。もっと、求めて。飛鷹は何処までも一緒にいく。
欲しい。全部彼が欲しい。変態な所も、卑下するところも、真面目なところも、優しいところも、ヘタレな所も。
欲しい。全部知りたい。全部手に入れたい。自分のものに。自分だけの物に。
飛鷹をあげる。だから提督を頂戴。欲しい欲しい。どんなことをしても彼が欲しい。
独占したい。独占されたい。奪ってしまいたい。奪われたい。支配されたい。支配したい。
(提督。好きよ。貴方が私はとっても大好き。ねえ、貴方は知らないでしょう? こんなに私が愛しているなんて。こんなに私が想っているなんて。こんなに私が慕っているなんて。こんなに私が寂しいことなんて。貴方は何にも気付いてくれない。何年もずっと、私は貴方に恋い焦がれているのに。生殺しがずっと続くの。もうね、偽るのに慣れちゃった。隠すことになれちゃった。うふふ、鈍感な人。だから、沢山の艦娘に愛されるのね。バカで無神経で自信の持てない可愛い人。貴方の悪いところも大好きよ? 貴方はどんな傷を負っていても、私が一緒に越えるから。私が隣で支えてみせるよ。国が貴方を抹殺しても、私が国を抹殺する。言ってくれれば、ここの仲間だって後ろから沈めたっていい。裏切ったって良い。私が欲しいのは貴方だもの。仲間と貴方なら貴方を迷わず選ぶ女。死ねと言うなら死ぬし、死にたいと言うなら一緒に死ぬわ。安心して、苦しみは分かち合いましょう。提督、貴方が誰を選んでも……私からは逃げられないわ。そして、決して逃がさない。私は貴方抜きで生きられない。生きたくない。いいの、友情でも。繋がりがあるなら。貴方が本当に幸せになれるなら、私と結ばれなくても良い。私は後ろで祝福する。でも、貴方を幸福にできるのは、私だけだよ。私が一番知っている。貴方の全部を、私だけ。……良い顔。私を見て狂ってくれるの? じゃあ、私も少し……狂わせて。我慢できなくなっちゃった。ごめんなさい、提督。貴方を、私は……裏切ります)
発狂する提督に、長い長い我慢の蓋が吹き飛ぶ飛鷹。
彼も気付いた。飛鷹の瞳から……光が、ハイライトが消えている。
猛禽類は肉を食らう。刹那、彼は飛鷹に肉として見られていた。
「ひ、飛鷹……?」
我に返って、起き上がって彼女に問う。だが、時は既に遅い。
餌を見つけた鷹からはすれば、肉は食われるだけのもの。
「ふふふ……。ごめんにゃ、提督。少し……飛鷹は、乱れるにゃ。猫だからにゃ」
突然飛鷹は彼の背後に周り、首筋にお札をくっつけて一撃入れた。
傷つかないように、傷つけないように、優しく丁寧に、失神させる。
暴走を止める意味も込めて、今だけは飛鷹が独り占めの……ご馳走だもの。
(美味しそう。何年も……堪えてきたけど、もうダメみたいね。私も昂りを抑えきれない。バカな人。私に可愛いなんて連呼すれば、こうなることは分かる……わけないか。鈍感だし。ま、いいわ。ありがとうね、提督。うふふ……我慢できないわねえ……。この人、きっと初めてよね。じゃあ、私が初めてか。私もだけど。さて、誰も来ないうちに……この人のファーストは強奪しておきましょう。後で埋め合わせはするから。多分……)
飛鷹はゆっくりと、倒れた彼に顔を近づける。
地味な顔で、目立つようなイケメンでもない。
肉は肉でも安っぽい肉であろうが、彼女にしてみれば高級な霜降りよりも美味しそう。
好みの問題であって、飛鷹は彼がほしくて堪らない。
だから、我慢も出来ずにとうとう行動に移す。
(それじゃ、いただきまーす……)
……その日。飛鷹と彼は微弱ながら一歩前に進んだ。但し、彼はこの事を……知らぬまま。
翌日。
「……」
飛鷹は再び秘書につく。
「昨日の記憶がないけど、お前知ってる?」
彼は普段通りだった。いつも通りの仕事をしている。
お札の威力で、昨日の黒歴史の記憶が失われていた。
本日も絶賛失敗ペンギンしている飛鷹は首を振った。
今日は彼女は何も喋らない。ずっと黙ってやることをしている。
機嫌が悪いにではないのは経験で分かる。彼は悩みごとか聞くと否定。
理由は簡単。何故なら。
(うああああああーーーーーーー!! やってしまった!! とうとうキスしちゃった!! こっちから! 気絶させちゃったけど!! しかも猫耳つけて!! いやあああ!! 何てことを!! 何てことしてるの私は!? キス!? キスしたのよ!? 自分から!! おだてられて!! 今も猫耳つけてるの何で!! だってだって可愛いって言ってくれたから!! そりゃするわよね!? 彼覚えてないのがショックなようなショックじゃないような! ええい、どうせ顔が見えてないなら問題ないわ!! もっかい攻めてやる!! こうなれば自棄よ、食らいなさい!!)
「……………………。にゃ、にゃぉーん……」
「!?」
色々飛鷹は脳内で忙しいから。
そして仕掛ける必殺の一声。提督は面白いように竦み上がった。
周囲を警戒し、飛鷹以外の相手を探す。
「ね、猫……? 猫、ネコ……ネコミミ……うっ、頭が……!」
彼は頭を抱える。苦しんでいた。
昨日の暴走を止めた飛鷹も暴走していた。
失神させた彼に不意打ちで、なんとキスをしてしまったのだ!
因みに飛鷹も彼も初めての相手同士。猛禽類も我に返って悶えている。
恥ずかしい。めっちゃ恥ずかしい。でも後悔はない。美味しいものを頂いたので。
どのみち彼は忘れているので、ペンギンかぶって顔を隠しているのは照れ隠し。
(ああ、なんて卑怯かつ大胆なことを……。ま、まあ? いいでしょ、相棒だもの。彼のキスの一つぐらい、お礼に貰っても? 長い付き合いだし? 私は好きだし? いいじゃない? ……良いわけあるか!!)
「にゃああああああ!」
「!?」
鷹がペンギンのなかでネコの声をあげている。シュールな光景があった。
彼は驚いて、不自然な頭痛に苦しみつつ、ペンを走らせる。
そして。本日のMVPが登場。
「提督さーん!! 遊んでほしいっぽいにゃ!!」
猫耳カチューシャつけた夕立が参戦しました。
執務室のドアを豪快に開かれ、同時に。
恐らくは増えたであろう、彼のトラウマが再発。
「ヴェアアアアアアアーーー!!」
断末魔を残して、彼はもう一度気絶するのであった。
キョトンとする夕立に、苦悩するペンギンキャット。
今日も鎮守府はカオスでした。いいや、平和であったとさ……。
追記。
彼は己が猫耳カチューシャフェチであると数日後に自覚。
禁断のアイテムとして隠蔽したが、既に艦娘に知れ渡り。
回収され、悩殺アイテムとしてフル活用されたのは……言うまでもない。
合掌。